暴君ピサロ ~正体ばらしと請求書~
獣人モードで当主の席に腰深く座り。
訪れてきた男のレベルとスキル、職業鑑定をしながら思わず私はほくそ笑んでいた。
まさか、ここまでの大物が釣れるとは。
そう。計画通りに行き過ぎていた自分の手腕に、私は、にゃっはにゃっはと自画自賛していたのである。
目の前の男。
この国の国王。いや、帝国だから皇帝か。
若き暴君、西帝国の皇帝ピサロが騒ぎを聞きつけ、この屋敷を訪れたのは、あれから十日も過ぎた頃の話だ。
脅しのつもりだったのだろう。
ぞろぞろとお付きを連れて、屋敷を囲んでいた筈なのに。
「そなたは……もしや……」
今、目の前のこの男は震えていた。
声も震えている。
存在を隠す森林隠者の衣の下、王者らしい凄味を感じさせる精悍な顔立ちを歪め、暴君ピサロは私の貌を驚愕の眼差しで覗いているのだ。
……。
っていうか、今更だけど、ここ西帝国の領土だったのか。
ヤキトリ姫の国に攻撃をしかけようとし、私の強化したオーク軍と従者の聖騎士くんにあっさりと敗れたあの情けない帝国である。
いやあ、世界ってけっこう狭いね。
きしりと椅子を鳴らして、私は言った。
「やあ初めまして、皇帝陛下」
「赤き瞳……そのおびただしい虚ろなる魔力……」
皇帝は涼し気な鼻梁に似合わない濃い汗を流し、従者たちに向かい唇だけを動かした。
伝う雫の汗が、応接室の絨毯にしみこんでいく。
「皆の者……、直ちに武装を解除し後退だ。全ての者を下がらせよ……以後、一切の行動を禁ずる」
「いかがなされたのですか陛下。ただでさえ暴走している教会相手に、無作為に金をばらまく愚か者を罰するのでは……」
口を挟んだ爺やっぽい従者はどこかの賢者か、穏やかな魔術波動を感じる。
人間としてはそれなりのレベルらしいが。
そんな賢者を皇帝はギロリ。
「余の首を大事と思うのなら早々に命令に従わんか!」
独特な魔術波動を展開し。
皇帝がスキルを発動させ従者全員を強制的に下がらせた。
「へ、陛下!? いかがなされた!?」
「黙れと言っておろう!」
いや、言ってはないだろう。
まあ悪くない判断である。
「へえ、エンペラーのスキルか。カイザーとの違いがよく分からないけれど、皇帝職が扱うまともなスキルは初めて見たよ。冒険者ギルドのマスターが扱う、自分よりレベルの低いギルドメンバーへ強制命令するスキルと同系統の技かな」
だって私が見た皇帝のスキルは謝罪スキルの土下座だったし。
暴君ピサロは頬に浮かぶ玉の汗を拭うと、覚悟を決めたように瞳を尖らせる。
「余以外の皇帝と既知であったか」
「まあね。それなりに親しくさせてもらっているよ」
「親しく、とな」
「ああ、取引においては対等な関係を築いている」
嘘は言っていない。
とりあえずミルククッキーとエビフライをごちそうして貰える仲でもある。
ちょっと砂漠の国に、監視の目的で遊びに行くー!
と言えば、他の幹部連中も文句を言えないから行きやすいんだよね。
土下座皇帝も私との商談で儲かっているのか、既にお得意様の御猫様で、待遇も抜群にいいのだ。
取引に使っている魔道具は、世界に影響を与えない程度のモノを厳選しているし、他の幹部達の許可を得ての交渉なので問題もない。
最近、ちょっと人間の常識を学んだおかげだろう。
「少なくとも私はあそこが気に入っている。私の正体をしりつつも、普通に接してくれるしね」
「そなたのような大いなる魔を味方とする国がよもや現れようとは、時代の変化というモノは分からんものだ」
「私自身も少し驚いているよ。昔なら、考えられなかったからね」
最近はほんの少しだけ、人間が嫌いじゃなくなってきていた。
もっともそれは心綺麗な人間に限るが。
「我が国も是非、そうなりたいものであるがな」
「さあそれは君次第かな。まあとりあえず話だけなら聞いてあげようじゃないか。今の私は満腹でね、欲に満たされていてけっこう気分がいいんだ」
イチゴパフェのおかげである。
にゃふふふふふ! 感謝するのだな、人間どもよ!
ともあれ。今の私ならば一度刃を交えたこの西帝国とて、交渉の余地は残されている。
そういう意味でもあるのだ。
この皇帝はどう動くだろうか。
私は猫耳をピンと立てた。
どんな言葉を漏らすか、楽しみなのだ。
慎重に、言葉を選ぶように皇帝は唇を上下させた。
「単刀直入に伺おう。此度の人間世界への介入、何が目的なのだ」
「別に目的なんかないさ」
「そのようなはずがなかろう! 今や我が西帝国の富は全て教会に集中し、我が国の経済は破綻を来す寸前となっているのだぞ!」
そりゃ、バラまいた金を私利私欲で使いまくったらそうなるよね。
でっぷり司教さんあの性格だし。
それを見越して、教会相手に正当な抗議をできる有力者を釣ろうと待っていたのだから。計画通りである。
失敗したらどうするつもりだったのかは、まあ。
……。
ドカンで終わらすつもりだったので、良かった。
「それは君たち人間の事情だ、魔族の私には関係のない話だよ」
「しかし!」
「私の古い知人が迷惑を掛けられて困っていると言っていたからね。依頼もあった事だし、それに見合う対価も受け取った。だから加護を与えている。ただ、それだけのことさ」
私と皇帝のやり取りを不思議そうに見つめるのは、置いてけぼりの賢者とメイド長女。
両方とも顔を合わせて、困った様に首を傾げている。
お二人は知り合いなのですか? そんな顔である。
どちらが聞くか。
二人の中でなにやら目配せがあったようだが。
前に出たのは賢者の方だった。彼は細い腕を伸ばし、言った。
「あの、陛下。この者は? いささか我らには話が見えませぬ」
「爺や。そちも知っておろう。余が封印したダークエルフの里の跡地を暴き、大森林のオーク軍に味方した影なる人物。その他にも謎多き教団、黒の聖母教の大司祭と契約を交わしているのではないかと噂されている人物」
暴君ピサロの言葉に。
賢者がまさかとつぶやいた。
「この者は降臨する都度、歴史に名を刻む大魔族。大魔帝ケトスだ」
ざわ!
廊下で待機している臣下ども。
そしてメイド長女メンティスが驚愕の息を漏らす。
「なんだい、せっかく自分で自己紹介しようと思っていたのに。まあいいや」
私の背後の空間が歪に曲がっていく。
荒れ狂う闇の渦が顕現し。
中から浮かんできたのは、魔王様から賜った猫目石の魔杖。
魔杖を掴んで、ひょいと振る。
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
闇の瘴気と共に現れたのは、麗しい黒猫。
当然。
私である!
むろん、ポンで元の姿に戻れるのだから何の意味もない、ただの演出である。
闇を背景に。
『初めまして愚かで脆弱なる人間たち。私はケトス。魔王軍最高幹部にして魔王様より大魔帝の位を授かりし魔猫。大魔帝ケトスだよ』
言って。
私は魔力をほんの一部だけ解放する。
暴君ピサロ以外の人間の魂が、絶望の色を孕んで震える。
本能的な恐怖を感じているのだろう。
メイド長女メンティスもまた、震えた声で言った。
「そんな、黒猫様が……大魔帝ケトス様だったなんて……」
『ごめんね、君の主はすぐに私を見抜いたんだけど――驚かせたくなくて、君たち三姉妹には言えなかったんだ』
「いえ、そのお気遣いはとても嬉しいのですが。なぜ、あなたほどの大物があのダンジョンに……もしや、わたし達のせいで目的を果たせなくなってしまったのでは」
迷惑をかけてしまったのではないか。
そんな申し訳なさそうな表情で彼女は私を見る。
どうも私が動くと、とんでもない理由があるのではないかと誤解されてしまうから困る。
『いやあ、最近ちょっとエビフライを食べ過ぎてね。少しエクササイズしようと、散歩のついでに歩いていたら偶然ダンジョンがあったから攻略した、それだけが理由だよ。君たちはエビフライに感謝するんだね、にゃはははは!』
「え、それは……えぇ!?」
『私もエビフライには感謝しているんだ。君のような心綺麗なメイドさんとイチゴパフェに出会えたんだからさ。さあ、一緒にエビフライについて語ろうではないか!』
ビシっと肉球でポーズを決めて。ニヤリ。
ふ……っ、決まったにゃ!
さて。
『まあ戯れはこれくらいにして、と』
私は大魔帝としての面構えで、皇帝に目をやった。
きっと。暴君ピサロの眼には、憎悪の魔力で赤く照る猫の瞳が映っている事だろう。
ごくりと、男が息を呑んだ。
『そんなわけで、君がこの国で一番偉い人間。で、あってるよね?』
「今この場で、余が存在ごと消されるというのでないのなら、そうなるな」
『まだ消すつもりはないさ』
これからどうなるかは分からない。
実際。流れ次第では私にも分からないのだから仕方がない。
『これを見てくれるかな』
言って、展開したのは司教の暴虐の数々。
それを記録したクリスタル映像。
そして魔導契約書。
愚か者である司教をみる皇帝の貌が、ぐぬぬと軋む。
誰がどう見ても、ごまかしようのない不当請求だからだろう。
『とりあえず、不当な請求をされた分を返して貰おうと思うのだけれど、どうかな。大魔帝を謀ったこの国を滅ぼすかどうかは、その後で考えようと思うんだ』
「もし断れば、我らはどうなる」
あくまでも確認のため。
そんな空気で皇帝は問うたのだろう。
『国を治める者ならば今の魔族の人間への方針は知っているだろう。基本は不干渉、されど敵対行動をされたのなら――ねえ?』
「で、あろうな。承知した。それで金額は」
まあ証拠が残っているのだ、仕方がないことだろう。
これで私が大魔帝でなければ、武力と権力で事実を踏みにじっていたのだろうが。
ともあれ。
私は言った。
『貴国に対し金貨にして二十七億枚。全額の返金を私は要求しよう』
「な……っ!」
暴君ピサロの貌が、困惑と動揺で歪んだ。




