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【SIDE:麒麟巫女スミレ】侵食 その3


【SIDE:麒麟巫女スミレ】


 神降ろしの余韻で落ちた雷。

 その影響で停電が起こる神社。


 語る阿賀差あがさスミレの口は――震えていた。


 それもその筈だ。

 儀式は成功した。

 けれどそれは、恐ろしき神が目の前に降臨いるという事でもある。


 それも自分の失敗、不祥事に近い内容を語り――。

 助力を願わなければならないのだから。


 暗闇に満ちた儀式の間。

 とばりの中ではツノ持つ聖獣が、巫女の言葉に耳を傾け続ける。

 時折に動く獣の耳が、影となって揺れているのだ。


 降臨した麒麟きりん神。

 神に事情を説明し終えた巫女スミレは、主の言葉を――見えぬ眼と聞こえぬ耳で待ち続けた。

 垂れる頭から滴る汗が、床をぽつりと濡らした。


 雨は終わらない。

 召喚の余波で発生した雷雨が響き続けている。


 やがて事情を聞き終えた麒麟神が、首を擡げるように下を向き。

 呟いた。


「大魔帝ケトスと名乗る異界のモノ――か」


 頭を下げ続ける巫女の黒髪を、霊力溢れる獣の息が揺らす。


「なるほどのう、我が惰眠を貪っていた内にそのような珍事が起こっていたとは。巫女よ――失態であるな。そうか大魔帝、ケトスか……今、古き友である七つの福を運ぶ者達にも確認した。間違いあるまい。その者こそが、異界より舞い降りた邪猫のようだ」


 天地が荒れ、大雨と共に雷がドドドドン。

 カカカ!

 帳の中で、がくりと……聖獣が揺れる。


「終わった……! ああ、終わった! 我らは……終わりだ!」

「どういうことですか?」


 巫女スミレは思う。


 確かに黒猫の祟りによるネコ汚染。

 その嫌がらせに心を乱された者に広がる光信仰――女神汚染。

 このマッチポンプ作戦も受けている。


 しかし、あくまでも嫌がらせと思想の扇動のみの話。

 絶対的な力を持つ聖獣で神。神獣に分類される麒麟様が狼狽する筈がない。

 そう思っていたのに。


 カカカ!

 揺れる帳の中で、角を光らせ神は語る。


「巫女よ、汝も異界より流れてくる魔導書……グリモワールの存在を知っておろう?」

「ええ、それはまあ……」


 読めば異能を授かることができるとされる魔書。

 まだ目が見えていた頃の彼女も数冊、それらを目にしたことがあった。


 もっとも。彼女が目にした魔導書は異界の文字で書かれていたため、読むことはできなかった。

 内容も分からず習得できず。

 その存在は知ってはいても、どれほどの力を持った異界渡来品なのかは知らなかったのだ。


「我もその書、目にしたことがある。荒ぶる邪猫異聞譚に記されし、その邪悪なる魔物の名も大魔帝ケトス――殺戮の魔猫の名を冠する大魔族よ。彼の者こそが破壊神。全てを喰らい尽くすほどの消えぬ憎悪を抱く、巨鯨猫神ケイトスの魔獣。そしておそらく、今この世界をダンジョン領域フィールドで覆っている主神。この世界の神となっている猫神だ」

「今、日本を覆うこの異様な世界を生み出しているのは、あのデブ猫だというのですか!?」


 思わず上げた声に霊力が乗っていたのか。

 天井裏がギシリと鳴る。


「おそらく間違いあるまい。七福たちが慌てて我に警告した、絶対に手を出すなと。敵対するな――とな」

「七福様……ですか? ワタクシには分からぬ方ですが……」

「巫女は何も知らずとも良い。我に仕える者に外界の穢れなど不要。しかし、奴らめ。神たる尊厳を捨て、ソーシャルゲームなどという手段で信仰を稼ぎ、僅かに永らえていたと思うていたが。異界の神と繋がりを得てかつての威光を取り戻していたとはな――流れる時代の変革、因果の変質とは不思議なモノよのう」


 懐かしむような声の後。

 麒麟神はカカカっと雷を落とし、語りを続ける。


「ともあれ、大魔帝ケトス。かの者の伝承を記すグリモワールが、我が麒麟山にも流れ着いたことがあるのだ。この我すらもその書に目を通した時は……恐怖に打ち震えた。それは外なる神を記した奇書。おぞましくも狂気に満ちた異書であった。我もその存在を訝しんだ。あまりにも破天荒。あまりにも規模の大きな闇。それは大袈裟であり、語るにはあまりにも信ぴょう性に欠ける逸話ばかり。我は思うた。或いは、この書は誇張されし日記帳。あるいは、ただの作られた物語の中にだけ存在する、魔猫神ではないかと感じたのだ。なれどそれは違った――!」


 告げた麒麟神は帳の中で霊力を放つ。

 ネコのドヤ顔を刻んだ魔法陣が浮かび上がった、その直後。

 カランカラン……と床に宝石が落ちる。


「猫目石……ですか?」

「いかにも。今のは大魔帝ケトスの力を借りた魔術と呼ばれる異界の異能。無から宝石を生み出せる程の神だという事だよ、巫女よ。この言葉の意味は、分かるな?」


 巫女スミレはごくりと乾いた息を呑んだ。

 そして神に対して、答えを返す。


「ワタクシが麒麟様の力を借りて異能を扱うように……実際に、大魔帝ケトスの力を借りた異能が発動した。すなわち――大魔帝ケトスは実在し、その伝承も真実だという証明に他ならぬ。そういうことでありましょうか」

「その通りである――既に女神と結託していたとの報告だ。我等ははじめから……嵌められていたのやも知れぬな」


 それにはスミレも同意した。

 相手は完全にこちらを潰す――いや、潰す以上に恐ろしい思想の洗脳を、最初から仕掛けていたのだから。

 相手の情報をもっと知るべきか、考えた巫女は口を薄く開き、問う。


「それで、その異界の書にはどのような伝承が刻まれていたのでしょうか。その逸話を読み解けば、弱点や弱みの一つでも握れるのでは」


 問う巫女の前。

 がたりがたりと大地が揺れる。


 帳の中で、神が武者震いを始めたのだ。

 麒麟は語る。


「今風に言うとだ。マジ超やばい」

「そ、それは……今風なのですか?」


 カカっと雷が鳴る。


「と、とにかくヤバイのだ! 反撃だからと世界を破壊することなど日常茶飯事。ただのナメクジに魔導を教え、世界の半分を破壊できるほどの大魔術師に育て上げ、あまつさえそれを平然と人里に放つ。そんなバランスを考えぬ悪戯さえも、しょっちゅうやらかし。条件さえ満たしていれば時間逆行さえ可能だという、とんでもないチート魔獣なのだぞ!? 我なんか、これ絶対最強思想を拗らせた創作の神だと思ったのだからなっ!?」


 ぜぇぜぇぜぇ。

 帳の中で、麒麟様の角が揺れる。


 喋るたびに鳴る雷に慣れつつあった巫女は、考え。

 床をただただ眺めた。

 ぼそりと漏らす言葉が、地で溜まる汗を揺らす。


「つまり、ワタクシは……取り返しのつかぬことをしてしまったわけですね」

「その通りだ、巫女よ。汝はけして怒らせてはいけない邪悪なる破壊神を、激怒させたということよ。それが自由を望む汝自身の願望の表れ。自由に生きる若者たちに汝自身の心を委ね、その行動を戒めず好きにさせてしまった――籠中こちゅうゆえの過ちだとしてもな」


 そう、たしかに巫女は思った。

 若者たちには自由であって欲しい。自分の代わりに自分ができなかった青春を、送って欲しい。

 そんな願いがあったからこそ、襲撃の許可を出してしまったのだ。


 ワタクシが自由になれない代わりに、あなたたちは自由であって欲しい。

 そんな。

 囚われの巫女のわずかな憧れ、その先が――この未来を引き寄せた。


 もしあの時、諫めていれば……全てが変わっていただろう。


 けれどだ、現実は今も動いている。

 過去にこだわってなどいられない。

 巫女として、代表として彼女はこの先を考えなければならない。


「疑うわけではありません。ですが、我らが生きる可能性の一つを探るうえでの質問、お許し願えますでしょうか?」

「許す、申してみよ」


 カカカっともはや慣れた雷が鳴る中で、巫女は考えを口にする。


「人違い、いえ、ネコ違いという可能性はないのでしょうか。ワタクシは大魔帝ケトスを名乗る黒猫と直接に会いました。その霊力はほんのわずか、あまりこのような表現は好みませぬが……FPS能力を扱う若者らの言葉を借りるならば、レベル一桁。雑魚といってもいい、ネコ。異能すら用いないワタクシが倒せる程度の存在のように思えたのです」


 それは偽りのない感想だった。

 雷を鳴らさず、麒麟神は語った。


「巫女よ、逆に汝に問おう。地べたを這うナメクジが、天を飛ぶ飛行機なる機械仕掛けの鳥を見たとしよう。どれほど優れたナメクジであってもだ、所詮はナメクジ。その飛行機がどれほどに優れた叡智の結晶であるか――理解できると思うか? 石器を扱う原始人が、スマートフォンとやらを眺め、優れた技術の結晶だと見極める事ができると思うか? 蛙は大海を知らぬ。見る事さえできぬ。その広さも深さも推し量る事などできぬ。人は宇宙の本当の広さをけして掴めはしない、それと同義なのだよ、巫女よ」


 天と地ほどレベルが違う。

 次元が違う。

 神の力を人が把握できないように、あの黒猫の力を読むことなど――無謀。


 人の身でできるはずがない。

 そこまで考え、巫女はハッとした。


 思わず頭を上げて、叫んでいた。


「もしや、麒麟様もあの黒猫には勝てぬと、そう仰るのですか!?」

「た、たわけ! 負けるとは言っておらんであろう! 負けはせぬが、あ、相打ちとなるやも知れぬと、我はそう申しておるのだ!」


 まったく、近頃の巫女はとブツブツむしゃむしゃ。

 若芽を喰らって麒麟様は唸る。


「しかし我には解決策の一つが見えた」

「本当で御座いますか!」


 巫女は、見えぬ虚ろな眼を輝かせた。


 己が過ちでこのような事態になったのなら。

 なんとしてでも平和を取り戻したい。挽回のチャンスがあるのなら、縋りたい。


 そんな心を見透かしたように、帳の中の獣は――。

 唸る。


「それには巫女よ。汝の協力が必要だ」

「なんなりと! はい、なんなりとお申し付けください!」


 婆やを取り戻すためなら、なんだって。

 巫女は黒髪を靡かせ、ぎゅっと胸の前で手を握って叫んでいたのだ。


 それは純粋なる願い。

 献身の心だった。


 帳の中。

 聖獣が嗤う。


「そうか。良い心がけだ――ならば、すまぬが巫女よ。そなたはこれから鎮魂の儀の贄となれ。汝の死を対価とし、我等は汝の首を捧げ――祟り神を鎮める事としよう」


 カカカカッカ。

 雷が、すぐ間近で落ちた。


 天井裏が、なぜかギシリギシリと怒りに打ち震えるように――揺れている。


「ワタクシを……ですか?」

「なんなりとお申し付けください。そう言の葉を紡いだのは汝であろう? 彼の者を激怒させたのも汝である。その罪、拭わねばなるまい? かつて我の顔を眺めようとした、その罰で巫女として生き続ける汝ならば――分かるであろう?」


 巫女は考える。

 ああ、たしかに良案だ。


 巫女スミレは立ち上がり。

 両手を広げ――まるで籠から抜け出す直前の鳥のように――。

 すっと前に出た。


 清々しい顔だった。

 諦めを知った顔だった。

 けれど、諦めを知った巫女の中にも一つだけ、願いがあった。


「麒麟様の御心のままに。ワタクシはその役目を果たしましょう。だからどうか、お願い。一度だけでいいの。一度だけでいいから、この瞳に光を返してください。この耳にせせらぎを返してください。ワタクシは一度でいい、消える前にこの目で――世界を見とう御座います!」


 最後の願いを聞き入れる。

 それが神の流儀。プライド。矜持。


 誰もがそう思うかもしれない。けれど。

 神とは不遜な存在。

 帳の中――霊力を放つ獣は唸りを上げた。


「ならば一度だけだ。ほんのわずかであるが、汝の罪を許そう。我が威光を眺めながら、ね。我が神雷で焦げた身で、解き放たれた魂の内で自由に見続けるが良い!」


 巫女の頭上に――神雷が集い、落ちる。

 黒と白。

 雷の色を例えるのなら何になるのだろう。


 一時の解放。


 巫女の見えぬ瞳は雷を見た。

 光を見た。

 わずかな光だった。


 けれど瞳は開いていない。

 ああ、最後まで……この神は光を奪ったまま、自分を殺すのだろう。


 雷がスローモーションに見える中。

 巫女は少女の顔と声で、言った。


「分かっておりましたわ……あたしがそうであったように、あなたも酷い神ね」


 あの日。

 掟を破り、麒麟神の顔をみようとしてしまった。

 それがいけなかった。


 そう。巫女たる彼女がワタクシと名乗り、信徒たちに不遜であったように。

 神たる麒麟は、巫女に対しても不遜を貫き――その言葉に耳を傾けることなどない。


 巫女は死を悟った。

 けれど、それでいいと思った。


 どうせ一生この神社の中で、巫女として生き――愛も恋も知らずに朽ちるのだから。

 せめて最後は、仕え続けた神の手で――。


 その筈だったのに。


『くははははははは! くはははははは!』


 声は天井裏から響き――ナニかが雷を超える速度で駆ける。

 ぷにん♪

 なぜか、巫女のまぶたに変な感触が走っていた。


 それはまるでネコの肉球。

 思わず開いたその瞳には、稲光の中でふてぶてしく嗤う黒猫のドヤが見えていた。


 そう。

 見えていたのだ。

 瞳は開き、光を取り戻し――襲う稲光の音までも、聞こえていたのである。


 巫女の口は言葉を発する。


「あなたは……どうして」

『さあ、どうしてだろうね。んー、私も本当は出てくるつもりはなかったんだけどね。これじゃあ、ねえ?』


 ポリポリと顔を掻く黒猫に向かい、帳の中の神が吠える。


「きさま!? いつのまに!」

『ずっといたよ? 天井裏から見ていたよ? いやあ――まさかこんな展開になるとはねえ。ニャハハハハハ! ハハハ! ハハ……うん、本当に想定外だ』


 嗤う猫はぷにんぷにん♪

 肉球で神の雷を掴んで弄び、まりのように転がし始めていた。


 その姿は猫そのもの。

 けれど、転がしているのは巫女を殺すために放たれた雷。

 この猫にとっては神の雷さえも、児戯じぎに過ぎぬ扱いなのだろう。


 鞠を蹴ってリフティングをしながら。

 ネコは言った。


『麒麟さん、だっけ。君、つまらないね』


 ぞっとするほどの殺意が。

 空間を支配した。


 ◇


 対峙する猫神と麒麟神。

 先に動いたのは――怒りに震える麒麟であった。


「なぜだ! 我は汝の怒りを鎮めるべく、我が巫女を差し出そうとした! 何故それほどまでに激怒する! 人など憎悪の対象に過ぎぬ、大魔帝ケトスの逸話にはそう刻まれていた筈!」

『はい、失格! それはもうだいぶ昔の情報さ。それにさあ。よく考えてみなよ。君、忘れてない? あのさあ、キリンさん。私の逸話に書いてあるよね? 女子供を粗末に扱うのを嫌うって、ちゃんと読んでないのかい?』


 指摘が刺さったのか。


「――っ……!?」


 麒麟の気配が、狼狽に揺らぐ。

 そう。

 麒麟はその一節を読んだことがあったのだろう。


 これはたしかに、女性を生贄に捧げる行為。

 神にとっては起こりうる儀式であるが――それは大魔帝にとっての地雷。


 巫女はあまりの事態に動けない。

 瞳も開き、動揺に揺れている。


 その困惑を守るように、黒猫はすっと少女の前に立ち。

 帳の中の麒麟神を睨んでいた。


『さてと、それじゃあ改めて名乗ろうかな』


 雷の鞠をそのまま肉球で挟んで、バギシィィィィィッィイギギギン! と破壊し。

 黒猫はスゥっと瞳を細める。


 恭しく、慇懃無礼な仕草で礼をしたのだ。


『やあ、初めまして異界の神よ。そして神に囚われた哀れな巫女よ。僭越ながら自己紹介をさせて貰うけど、構わないよね? 私はケトス。大魔帝ケトス。グリモワールに記されし大魔族、時に世界を滅ぼし、時に世界を救う気まぐれなるネコ魔獣。殺戮の魔猫さ』


 震える巫女は、なんとか口を開く。

 見える眼で、ドヤ声ネコの後ろ姿に問う。


「あなたは、どうして……っ!」


 どうして助けてくれたの?

 どうして、瞳を治してくれたのですか?

 その言葉を告げる前に、振り返った猫がウインクをする。


『いやあ、ずっと嫌がらせをしながら天井裏で見てたんだけどさあ。死人が出るってなったらさすがに問題になるし? 実際、慌てたよ? ここは日本なんだし、私は教師なんだし。まああんまり学園に帰っていないけれど、にゃははははは! 生徒達にそろそろ怒られちゃうね! ま、そんなわけで邪魔をさせて貰った。そういうわけさ』


 コミカルに嗤う猫だが。

 その足元にはギラギラギラと、殺戮の波動が滾っている。


 一歩でも道を踏み外せば――おそらく死が待っている。

 麒麟神が、ズズズズっと口を開く。


「理解ができぬ。そなたも神なのであろう? ならば巫女を受け取ればよいものを……分からぬ。我には分からぬ。汝に無礼を働いた巫女である。汝の好きにすると良かろう。それで話は終わった筈だ。なのに、なにゆえ、なにゆえ!」

『ふーん、そんな感じなんだ。契約の対価かなんか知らないけど視力と聴力まで奪って、女の子の一生を縛った癖に最後はポイ! それってどうなの?』


 ジト目で告げて、黒猫はモフモフな毛を膨らませ。

 ぐぎぎぎぎぎぎぎ……。

 憎悪に染まる紅い瞳を、ただただ――ギラギラと輝かせ始める。


 その霊力は――まるで宇宙の海。

 推し量ることなどできぬ、大海であった。


『ねえ、麒麟さん。君も神なんだろう。どれくらい強いかちょっと気になるし。さっき言ってたよね? 私には負けないまでも、相打ちぐらいにはできる実力者なんだろう? 少し、私の余興に付き合っておくれよ。ちょっとイライラしたしさあ、こっちも土足で聖域に足を踏み入れているわけだし、そっちの気も治まらないだろう?』


 バチバチと雷を浮かべ肉球を鳴らす猫。

 対する麒麟は悠然と告げた。


「麒麟伝承を知らぬわけではあるまい? ね。異界の魔物よ――我は無益な殺生はせぬ。たとえ邪悪なる猫神といえど命は命。それを摘むのは詮無き事というモノよ」


 威厳ある言葉に、カカカっと雷エフェクトが鳴る。

 そんな中。

 大魔帝ケトスは、じぃぃいいいいいいいいぃぃぃぃっ、と帳を睨み。


『んー? ねえ君、本当に麒麟なの?』

「な……っ! なにを戯言を!」


 そのまま。

 太々しい顔をした黒猫が、とってとってとて♪

 結界を破って、帳の裾をペシペシ……ペシシシシ!


「な、なにをする!」

『出ておいでよ。この私を前に顔を隠そうだなんて、頭が高くない?』


 中から麒麟神が、必死に結界を再構築するも。

 ぱきん♪

 黒猫が肉球で撫でるだけで、幾重にも張られた結界が破られていく。


「ならぬ! わ、我は今……そう、ポンポンペインなのだ!」

『ぽんぽんぺいん? ああ、腹痛か。そんな草ばかり食べてるからだろう――っと! そーれ! ビリビリビリ――ッ!』


 ニヤリと嗤った黒猫は、ぶにゃはははは!

 禁断のヴェールを破る。


 結界が割れる音が――。

 ギギギギゴゴゴギギリビリィイイイイイイイイイイィィィィッィ!

 響いた――!


 破られた結界の中。

 黒猫はじっとそれを眺めて、丸い口を皮肉気に揺らした。


『ふーん、やっぱりね。麒麟じゃないじゃん』

「わ、我は麒麟だ! 昔のニンゲンは、そう言っておったからな!?」


 そこに現れたのは――角を持つ聖獣。

 ……。

 であったが、その体躯に鱗はない。竜を彷彿とさせる顔も無い。


『なんか変だと思っていたんだよ。麒麟信仰なのに、信者たちは普通に肉食してたし。君、聖獣で神獣なのは間違ってないみたいだけど。中国から渡ってきた麒麟神じゃなくて、首が長くて偶蹄目で、どうぶつえんにいる方の獣神』


 そう。

 そこにあったのは伝承で語られる麒麟神。鹿の身体に竜鱗と牛の尾、そして龍の顔を持つ神獣ではなく。


『サバンナのキリンさんだったんだね』


 首が長くて、脚もながーい。つぶらな瞳の!

 キリンさん。

 だったのである!


「わ、我の顔を見たな!」


 若芽をむしゃむしゃしながら――キリン神は吠えていた!



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― 新着の感想 ―
[一言] ついにケトス様に次ぐカッコウイイアニマルが仲間入りか!! って思ってたのに そっちのキリンかい!!
[一言] そっちのキリンでも魔王や社長は気に入らなさそうだなあ そこまで気深く無いだろうし
[一言] 【にゃ・わーるど】猫がシリアスをシリアルに変える!! 最強の【すにゃんど】である。
感想一覧
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