話し合い(物理)~アメリカンドッグの串は鋭い~その3
これは戦いも終わり、しばらく経った後の出来事である。
とりあえず襲撃者を撃退した私達は、既に場所を移動していた。
都会の片隅に佇む高級料亭。
厳かな空気もあるこのグルメの庭にて、当初の待ち合わせ相手と合流を果たしたのである。
料亭というと夜のイメージがあるが、今回は違う。
時は太陽がまぶしいランチタイム♪
通された場所は――密談の出来そうなお座敷。
黒い話をする芸能人とかが使っていそうな、グルメスペースである。
正座し静かに待つ社長さんと、テーブルに登りグルメを貪る黒猫が一匹。
もちろん私はグルメを楽しんでいる方の黒猫。
大魔帝ケトスである!
『くはははははは! これぞ、我が贄にふさわしき、極上和牛のすき焼き! 全て我が喰らって、胃袋の中を幸せで満たしてくれようぞ! くははははははは!』
あー、エーゴランクとやらの和牛。
おいちい!
今回の襲撃犯を囲っていた相手。当初の話し合い相手だったエージェントの奢りで、食事を堪能しながら、事情説明を待っているのだが。
まだ奥に通されて食事を出されただけで、人は来ず。
罠の可能性も低いと判断し、のんびりと交渉相手の準備を待っているのである。
はてさて、どうなることやら。
まあ、向こうにしてみればいきなりこっちを襲ってしまったのだ。
そりゃ仕方ないよね。
先ほどの戦闘中の言葉ではないが、ライフルが当たっていたら私はともかくこの社長さん、金木白狼くんは死んでいた可能性さえあったのだから。
それなりの地位にある人物が顔を出して、謝罪なり?
事情説明なり?
そういうケジメをつけないといけないのだろう!
じゃあ、誰がそれをするか?
そもそもこっちを信用できるのか?
など――向こうは向こうで、話し合いの前の話し合いの真っ最中。
時間がかかるのだろう。
ちなみに。
ネコちゃんを襲った悪い相手は、精神的なダメージを受けたが……まあちゃんと無事!
現在、女神汚染状態になった彼らは休養中。
ロックウェル卿の仮設病院で眠っている。
あえてこちらからは口に出さないが――。
人質、ともいうけどね。
『そんなわけで! 途中で余計な戦闘が入ったが! 大魔帝ケトスと愉快な仲間たちは、異能者集団との接触に成功したのであった! 高級料亭グルメを楽しみながら、さあいかん! すき焼きの小鍋を鍋ごと喰らってやるのニャ!』
ビシ――!
これぞ! 肉球の角度と湿り気まで計算した、魔王様への敬愛を表すカッコウなのだ!
和牛肉の蕩けた脂をたっぷりと吸った、すき焼き豆腐のタベカスを口の端につけて。
えらーいニャンコな私は言う。
『ふ……っ、お昼も素敵にポーズを取ってしまったのである!』
「また記録クリスタルに録画……ですか? それは義務なのですか?」
と――。
トカゲを彷彿とさせる細面の社長さん、ハクロウくんが淡々と呟いた。
テーブルから下りて、座布団にちょこん――。
顔を拭いて私は応じる。
『義務じゃないけど――魔王陛下への報告と、あと私自身が忘れた後のためにだね。私は基本頭脳が猫になっていてね、記憶容量も少ない。ちゃんと大切な記憶を残したいんだよ……だからまあ、撮影は実益を兼ねた趣味みたいなものさ。旅日記をつけるような感覚だよ』
「なるほど。ネコの頭脳……ですか。どの程度の記憶を残していられるモノなのでしょうか?」
そこまで大した意味のある質問じゃないのだろう。
相手の交渉人――。
エージェントが来るまでの雑談、といった感じの空気である。
『さあねえ、君たち人間だって昔の事を全部覚えているわけじゃないだろう? 子どもの頃の思い出はあっても、いつどこで誰と会ったのか、その記憶は曖昧になって思い出せなくなっているんじゃないかな? 夏休みになにをしていたかなんて、正確には覚えていない。ただ懐かしさとその時にあった楽しさや、悲しみといった感情だけは覚えている。そんな感覚だよ』
「ええ、それはまあ……あまり良い思い出もありませんけれどね」
心の読める私の思考に入ってくるのは、彼の過去の思い出。
セピア色の景色の中。
まだ若い兄弟の……きょうだいの……きおくが……。
う、うわぁ……なんか……草を摘んできてお浸しにしている光景が浮かんでいるし……。正義バカな弟くんにお腹がいっぱいだからとパンを譲ったり……。セミを捕まえて……醤油で……。
いや、もうやめよう。
本当に、大変そうな思い出がチラホラ。
苦労、してたんだなあ……。
なんか暗そうな過去を匂わせているので、話を逸らそう。
『と、ともかく! あんな状態さ。よぉぉぉっく思い出そうとすると、ちょっとは思い出せるけど――全部は無理でね。何を忘れてしまったのかも思い出せない、そんな時もたまにあるんだよ。ほ、ほら! 君だってセミを素揚げして醤油で……って! は! しまったぁああああああぁぁぁ!』
話を逸らす筈だったのに!
セミを食べる光景があまりにも不憫過ぎて、つい口に出てしまった!
そこで察したのだろう、ため息に言葉を乗せて社長さんがぼそり。
「見たのですか?」
『あー……うん。まあ、悪気はなかったんだけど――私の能力は強すぎて、たまに制御できなくなるんだよね。ネコの身体だし、うん。ご、ごめんねえ』
まあ、構いませんよ。
と、渋く告げた社長さんは――懐かしむように障子に目をやった。
彼もまた、話題を逸らすように口を開き始める。
「そういえば魔王陛下と仰っていましたが、そちらの世界にはその……魔王陛下と呼ばれる、ファンタジーにありがちな魔の君主がいらっしゃるのですか?」
『ああ、いるよ? 私の上司で師匠で育ての親みたいな方で――魔を統べる者。この三千世界で最も尊き御方さ』
メモ帳にさらさらと記入する、ハクロウくんは真顔のまま。
「どんなアニマルなのですか?」
『いや、魔王様は人型だよ? ま、まあ私と大いなる光のせいで勘違いしてるのかもしれないけど……分類するなら古き神。魔術が生まれたとされる神々の世界の住人さ。って、どうしたんだい? あからさまに興味を無くしちゃって』
パタンと手帳を閉じ、彼は言う。
「アニマルではないのなら、もういいです――ワタシはあなたのようにカワイイモフモフを想像していたのですが……人型なら、あまり興味がそそられませんからね。せっかく話していただいたのに、申し訳ない」
はぁ……と息を吐く社長さんは非常に残念そうである。
たぶんアニマルなら、カードのネタにしようと思っていたんだろうなあ。
「ところで、アニマルといえばです。あの女神に化ける白き鳩の神様はうまくやっているのでしょうか」
『ああ、今頃女神パワーで今回襲撃してきた連中を信者化させている筈さ。ああいう信仰は感染するからね。たぶん、異能力者集団に大いなる光信仰が徐々に広がっていくよ。ていうか……白鳩に化けてるんであって、女神が本体だからね? 彼女に聞かれると面倒な事になるからね?』
あの女神、たまに自分が主神だって忘れて暴走する時もあるし。
ともあれ、そうなのだ!
実はここでおとなしく相手を待っているだけではない!
相手を内部から洗脳し、そのままこっちの組織として利用しちゃおう!
そんな計画が私と大いなる光の中で進行中なのだ。
まあ高級料亭の食事を食べられないのが、ひじょうに残念だと言っていたが。
一応、自分の役割を遂行する部分は偉い!
ちゃんと神様してるんだよね。
「女神信仰で洗脳、ですか。ある意味で平和的だが、もっとも恐ろしい思想の汚染。味方側であるワタシが言うのもなんですが、あなたがた……少し手段が外道過ぎやしませんか? それほどお強いのです。そんな搦め手など必要ないでしょうに」
まあ、そう見えてしまうだろう。
私はシリアスな口調で、答えを返した。
『強いからこそだよ。私達が本気になって行動したら、こんな世界、あっさりと壊れちゃうからね。そういう搦め手の方が安心できるんだよ』
「またまた御冗談を……。世界を壊せる、それはさすがにファンタジーが過ぎるジョークですね。まさか、既に世界を何度か破壊している、そんなわけでもないのでしょう?」
はははは――っと、笑う私達。
一見すると同じ笑いだが、意味は違う。
んーむ、これ既に破壊経験があるってことは黙っておいた方が良さそうかな。
ともあれ。
私達は待ち人が来るまで、案外に楽しい会話を進めていた。
◇
松茸入り茶碗蒸しをぷるんとスプーンで掬いながら、私はネコ顔を膨らませ――。
ブスーっと相手を睨む。
接触してきたのは古風な着物で着飾った、高校生ぐらいの和服少女である。
そう。
ついにお偉いさんが直接、食い散らかし中のお座敷にやってきたのだ。
清楚な顔立ちの日本人形が動き出した。
そんなイメージの少女であるが――実年齢は……どうなんだろうね?
代表っぽいから、そのまま見た目イコール年齢ではないと思われるのだが。
はてさて。
座布団の上から、テーブルに手を伸ばし食事を続ける私は――。
キリリ!
慇懃無礼を承知な口調で、あえて嫌味さを隠さずドヤる!
『やあ初めまして、私はケトス! このような素敵なグルメと、急襲というサプライズイベント、どうもありがとう。とても楽しませていただいたよ? いや、本当にね。そうそう。ケトスと名乗ったが正式な名を告げていなかったね? この地の人々はどうやら異界についてあまり興味がないようだ。偉大なる御方から授けられた、尊きこの名を知らないらしいからね? 敢えて再度宣言しよう。私はケトス。魔王軍最高幹部。陛下に仕えし三獣神が一柱。大魔帝ケトスさ。どうかこの名をちゃんと覚えておいておくれ』
ケトス。ケトス。ケトス。
何度も告げたので、さすがに私の名を知っているモノならば反応をするだろうが。
相手にアクションはない。
こりゃ、私の伝承も知らないっぽいかな。
ええ!?
あの大魔帝ケトス!? この反応が最近足りないのだ!
ちょっと消化不良なので、尻尾がバサササっと揺れてしまうのである。
ともあれ。
相手は名乗り上げた私を見て、小さな指を口元にあて。
「ケトス様とおっしゃるのですね? ふふふふ、お会いできて光栄ですわ。まさかこんなに愛らしい黒猫ちゃんだなんて、ワタクシ、少々驚いておりますのよ?」
『こちらも、まさか異能力者集団の一組織の代表が、君みたいに見た目が若い女性だったとはね。これも意外といえば意外さ、まあ、深く年齢を聞こうとは思わないけれど――女子高生、ってわけじゃないんだよね?』
見た目だけなら、女子高生勇者のヒナタくんと同年代。
目が悪いのか、それとも呪術的な封印でも施されているのか――その瞳は強く閉じられている。
耳にも何かの封印が施されているようだ。
まあ何かの異能で、聴覚や視覚は機能しているようだが。
「レディに年齢の話は、ご法度ではないかしら?」
たしかに、それもそうだ。
『それで君は? 一応、そちらの代表だっていう話だけど。まさか、こちらだけに名乗らせて君は何も語ろうとはしないのかい? せめて名前ぐらいは、聞かせて貰わないと不便なんだけど?』
まぁすみませんと、少女は微笑み。
虚ろな瞳のまま、頭を下げることなく語り始めた。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません、ワタクシは阿賀差。アガサスミレと申します。ご存じだとは思われますが……当代の麒麟の巫女を務めさせていただいておりますの。麗しのスミレとは、そう……ワタクシの事ですわ」
麒麟と言えば、聖獣や瑞獣に分類される神にも属する魔物達。
以前の事件で出逢った水の神様。
天子黒龍神と似た存在にあたる神獣なのだが。
それらの神に仕える巫女か。
まあ地球にもそういう伝承が残っている、異能があるのだからそういう力を受け継ぐ家系があっても、不思議ではない。
「驚いて言葉もないのかしら? そうよね、だって麗しのスミレが直々に謝罪に来たのですもの。当然、そのような間抜け顔になってしまっても許しますよ? ええ、許します。それで……えーと、お名前はケト……なんでしたっけ? それに大魔帝だか魔王軍……でしたっけ? ふふふふ、ごめんなさい。覚えられませんわね。もう忘れてしまいましたわ。そもそもです。そんな異界の、チンケなお名前を出されても困ってしまいますし……ねえ?」
明らかな挑発だ。
どうやら、あまり好意的ではないらしい。
まるで自分が女王で王者だと言わんばかりの態度である。
しかし、これで悟った。
こいつ、内面は既に年をとった女性、しかもいわゆる権力を笠に着る面倒なタイプ。
ようするに、お局オバちゃんだ!
いるんだよねえ、こういう人って。女性に嫌われるタイプの女性だと聞いたこともあるが、どうなんだろうか。
まあ一応女性だし、魔王軍と私への侮蔑で止まったからギリギリセーフだけど。
もし魔王様の御名を穢していたら、危なかったかもね。
ここは穏便に。
私は土瓶蒸しにかけるカボスを、敢えて、ぶちゅぅぅぅぅっぅぅっと潰し。
肉球をぺっぺ♪
柑橘の香りにネコ鼻をしゅんとさせながら、興味なさそうに言ってやる。
『キリンの巫女? なに? 君……もしかして、あの有名ビールのキャンペーンガール的な、バイトでもしているのかい? あー、美味しいらしいねえ。あのビール。私はあんまり飲まないけど』
「な、なんですって!」
そう! 麒麟とは!
一般的には、ご家庭ビールのパッケージに描かれている、あの麒麟なんだよね。
そもそもだ。
この私を前にして偉そうにするなんて、頭が高いのである!
彼女は見た目よりも年齢がかなり上。既に何度も麒麟イコール、ああ、あのビールの? と言われているのだろう。
明らかに急所。
明らかに最も言われたくない言葉。
相手の顔が、ヒクつく。
「ま、まあいいですわ。やはり、ケダモノには高尚なるワタクシの身分が分からないのかしら?」
『分からないのはどちらだろうね? 言っておくけど、君たちは加害者なんだよ? それにこれは話し合いの筈だ。チンケな麒麟ごときを神と仰ぐ君達には、理解できないかもしれないが――魔王軍の名を穢されることは少々、いや、だいぶ不快だね』
ゴゴゴゴゴゴっと告げる私と、麒麟をバカにされ、ぐぬぬぬぬっと唸るお局様な麒麟巫女。
その横で。
額に手を当てた社長さんことハクロウくんが、はぁ……。
ものすっごい、大きなため息を漏らしていた。
波乱の風が吹き荒れる中。
我らの話し合いはまだ、始まったばかりであったが……。
既に決裂寸前。
これが再び、話し合い(物理)にならないことを、強く願うばかりである。
本気の戦いとなったら、悪いが結果は見えているのだ。
そう。
だからこそ、この件は平和的に解決しないとね。
とても平和的に、ねえ?