【SIDE:異能力者集団】いきなり突撃! ~ニャンコのアジト訪問~その2
【SIDE:異能力者集団リーダー、白狼】
これは――たった一瞬の勝負。
絶対に負けない。
と。
異能力者のハクロウが嗤ってから――数分後の出来事だった。
ゲーム開始の合図の直後。
先攻と後攻を決めた途端。
トカゲを彷彿とさせる細面を尖らせるハクロウに向かい、黒猫は言ったのだ。
『こちらの先攻か。すまないね――私の勝ちだよ』
――と。
静まり返ったオフィス街。
最上階の社長室フロアに走るのも、やはり沈黙。
社長室の主、異能力者のハクロウは眼光を光らせ――じっと相手を睨む。
ただの黒猫だ。
多少太々しいが、甘やかされて育った大きなネコ。
と言った印象の、もふもふモコモコ毛玉である。
けれどそれは言葉を発している。
どういう原理か分からないが日本語を発している。
それでも。
この黒猫の言っている言葉の真意が分からない。
「すみませんが、もう一度、お願いできますか?」
『あれ、聞こえなかったかな? 私の勝ちだよ?』
大魔帝ケトスを名乗る黒猫は、ひじょうに申し訳なさそうな顔で、カカッカカッカカカ!
モフ頬をポリポリと肉球で掻いている。
当然、黒猫の対戦相手であるハクロウは面白くない。
不機嫌そうに眉をピクンとさせ、硬い口調で言う。
「戦意喪失ですか? まあ、構いませんが」
『いやいやいや違うよ。だから今から二人で山札から五枚のカードを引くだろう? わたしの先攻だろう? そこでもう、私の勝ちなんだって』
腕を組んだまま宙に浮かび、うんうんと頷く魔猫。
やはり真意は読めない。
ともあれ、はぁ……と男は息を漏らす。
「もういいですよ、山札から五枚カードを引いてください。別にワタシが勝ったからといって、あなたに不当な要求をするつもりもありませんから、安心してください。ただ弟を穏便に返して欲しいだけ。あれでも一応、身内ですからね」
やはり猫に複雑なルールは理解できなかったのだろう。
ハクロウはそう思ったのだ。
『ちゃんと理解できているさ。理解できたうえで――私の勝ちだと言っているんだよ。まあ、いいや。はいはい、山札から引けばいいんだろう、引けば。もう、先攻が私になった時点で勝ちは確定なのに、どーして分からないかなあ。君は賢そうなのに、わかんないなあ……』
わかんないにゃ~と、陽気に黒猫はニヤニヤニヤ。
組んでいた腕を伸ばし大あくび。
尻尾をぐるり。
ネコ手の甲を、長い舌でしぺしぺしぺ♪
ふざけた態度だがゲームは進む。
魔力で浮かべているのだろう、山札の上から五枚――カードが引き抜かれていったのだ。
互いにカードを引き、手札を眺め。
猫は言った。
『ほら。私の勝ちだ!』
「あなた、本当にルールを理解しているのですか? たしかに、この手のカードゲームは先攻を選んだ方が有利な場合が多い、先に手を打てますからね。例に漏れずこのゲームもそうです。先手を取った方の勝率がおよそ六割、統計結果を参照するならば有利といえるでしょう。けれど、それで勝てる程単純なモノではありませんよ」
このカードゲームの勝敗を決めるルールは、単純明快。
最初にお互いに定められたライフ……体力ポイントを、ゼロまで削り切った方の勝ちである。
シンプル故に分かりやすい。
多くのトレーディングカードゲームで用いられている基本ルールなのだが。
黒猫は本当に申し訳なさそうに、口をもごもご。
『だーかーらー! ルールはちゃんと把握してるよ! 基本は手札から魔物カードを召喚。場に出した魔物で相手や相手の魔物を攻撃する。カードごとにアタック数値が定められているから、それをダメージとして、君の体力ポイントをゼロにすればいい。そうだろう?』
「体力ポイントを減らす手段は魔物以外にもありますが――基本的には、まあその通りです」
最初のターンで、攻撃は出来ない。
だから黒猫が有利な先攻を取ったとはいえ、勝負がその場で決まることなどありえない。
ただ一つ、例外を除いては。
そう、唯一の例外……。
その考えまで思い立った時、何故だろうか――ハクロウの背中がぞくりと揺れた。
社長の男は考える。
いや、ありえない。
けれど、最初に五枚のカードを引いた時点で勝利が確定する、その条件を見たすルールが一つだけ存在したのだ。
「まさか……!」
『ああ、そのまさかなんだよねえ。いやあ、こうなると分かっていたんだけど、ニャハハハハ! 悪いね!』
黒猫はニヤニヤニヤ。
ルールに従い最初に引いた五枚のカードを、魔力で浮かべて遊ばせて。
まるでCM広告のように、一枚一枚表に向けて披露する。
国王のような魔物、女王のような魔物、騎士のような魔物。
十人隊兵士のような魔物。
そして。
革命を目指す平民の魔物。
具現化能力を使っていないのに、カードから魔物が顕現している。
黒猫の力だろう。
まるで解説者のように、素人ネコは我が物顔で語りだす。
『これが特殊勝利条件の設定されているカード群。トランプの王国と呼ばれるシリーズさ。ロイヤルストレートフラッシュと近代化を象徴とする革命、両方をモチーフとしたんだろうね。カードの効果は単純。スペードの国王とスペードの女王、スペードの騎士とスペードの十人兵士。そしてスペードの平民。この五枚のカードを試合開始から二ターン以内に、全て手札に揃えればオーケー。エースによる反乱が起こり革命終了、その時点で特殊勝利が決定する』
黒猫の手札――翳す肉球の先に並んでいたのは、トランプの王国一式。
そう、それは間違いなくネコの勝利。
『うん――まず揃わない御遊びカードさ。特定のカードを手札に五枚揃えれば、その時点で終了、相手の体力を削っていないのに勝利が確定する。昔にいた私の故郷でも、そんなカードがあったような気がするよ。この世界ではなぜか見当たらないけど……まあいいや。そんな御遊びカードを作り、自由に選べるようにと私にカードプールから選ばせた。それが君のミスさ』
あり得ない光景の中。
ハクロウは考える。
そんな――奇跡。
最初の手札から揃えることは実質不能。
ありえない奇跡を、この黒猫はやってみせたのだ。
デッキ……積まれたカードの枚数はルール上、四十枚から六十枚。
同じカードは最大三枚までしかデッキに入れられない。
この黒猫は今回、四十枚のカードをレンタルした。
ハクロウも共に確認したから間違いない。
その四十枚の中から最初に引き、手札とするのは五枚。
そして。
このトランプの王国は枚数制限が定められていて、一枚ずつしかデッキに投入できない。
その条件下で考えると――。
特定のカードを五枚、最初の手札で全て揃える確率は――。
「六十五万分の一」
乾いた言葉が漏れていた。
「そんな確率を、引き当てたというのですか。いえ……バカげているが、ゼロじゃない。不可能ではない。世界で数人は、そんな奇跡を起こした者もいるかもしれない。しかし、そんな偶然がこんな場面で起きる筈がない」
『不思議な事じゃないさ。私はこれでも幸運を司る猫でね、たった六十五万分の一の確率を引き当てた、それだけの話だよ』
黒猫はまだカードを引く前に勝利を確信していた。
それは即ち。
「不正ではないのだろうな!」
漏れたハクロウの声は上擦っていた。
証拠もなしに疑うなど、マナー違反。
それは分かっていたが、つい口から言葉が漏れていたのだ。
ウイスキーの香りが、部屋に広がっている。
溶けた氷の香りもだ。
それを酔いの高揚と判断したのか。黒猫は不正を疑う声を咎める事もせず、ただ紳士な声音で応対する。
『疑うのならもう一回やるかい? そうだね、こういう大事な場面での勝負は、運の影響を減らすために先に二勝した方の勝ち――そういうルールもよくあるしね。じゃあ、第二セット目だ。なんなら君がこっちのカードをシャッフルして貰ってもいいよ?』
「貸せ……っ!」
念入りにカードを切って。
再びゲームを開始する――が。
互いに最初にデッキから五枚を引き。
そして。
揃ったカードを手札から披露し――黒猫は眉を下げる。
『二回連続で引き当てる場合は、天文学的数字になるね。けれど、ゼロじゃない』
「そんなバカな……っ、不正できないように、ワタシの異能も発動させた! それなのに、ありえない!」
弟の命がかかっているかもしれない。
だから慌てて声が出る。
負けるとは、まったく思っていなかったのだろう。
それもそのはずだ。
彼は本当に、カードゲームで負けたことがなかったのだから。
ごくりと息を飲み。
男はネコの手札をじっと眺めた。
『すまない、やはり揃ってしまったね。また私の勝ちだよ』
「……っ」
声を失う相手に向かい――やはり申し訳なさそうに、黒猫は引いたカードを披露する。
そこには同じ魔物。
ロイヤルストレートフラッシュを模したトランプ王国のモンスターが、ずらりと並んでいた。
「こんな筈じゃ……」
『こんな筈じゃなかった? そう言いたいのかな。けれどそれは君が、相手から何度も言われた言葉じゃないのかい? 君、異能を使って勝利を取り続けていたんじゃないのかな。ただの遊びならいいけれど、もしそれが真剣勝負の世界ならば――あまり感心できるやり方じゃないね』
まるで裁判官のような赤い瞳が、社長室を包んでいる。
罪を睨む目線。
ぞっとするほどに重い視線だった。
顔面蒼白となり、男は筋張った長い指で顔の汗を拭った。
敗北。
その恐怖を初めて知ったのだ。
滴る汗が絨毯に落ちる。
冷めた瞳でネコはそれを眺め、複雑怪奇な魔法陣を展開しながら言った。
『君自身はともかく――このトランプの王国カードシリーズは良く出来ているね。これが初手で揃う確率は、トランプの初手でロイヤルストレートフラッシュを引く確率とほぼ同じ。厳密には違うけど、あっちの確率もやはり約六十五万分の一。不可能な確率だが、ゼロじゃない。そこまで再現したのだろう? そういうリスペクトはうん、嫌いじゃないよ?』
カードの魔物を魔術で具現化させてみせ。
トランプの魔物を従者扱いとし、どで~ん♪
ソファーにふんぞり返り、液状ネコおやつを持ってこさせた猫は語る。
『トランプゲームを生業とする人だと、初手のロイヤルストレートフラッシュは、二十年に一度ぐらい起こせるらしいしね。人はそれを奇跡と呼ぶだろう。出した本人だって驚き、叫ぶだろう。けれど確率はゼロじゃない』
ゼロじゃない。
そう繰り返し解説するネコに、ハクロウは喉を震わせる。
「ゼロじゃないなら……なんだっていうのですか」
『ゼロじゃないなら、もうその時点で私の勝ちなんだよ。私にはそれを引き当てるだけの運がある。なぜだって? そりゃあ私が大魔帝ケトスだからさ。このカードゲームに、特殊勝利条件を発動できる五枚のカードが存在する限り……そしてその対抗カードをわざわざ作らない限りは、無敵なのさ。まあ君が先攻を取り、私より先にこのカードを揃えていたら君の勝ちだが、そういうカードは入れていないんだろう? 御遊びカードだろうからね』
ハクロウは考える。
相手を甘く見ていた。
しかし、まだ信じられない。まだ不正の可能性が脳を過る。
「デッキをみせて貰っても?」
『ああ、どうぞ。君も弟の黒鵜くんと同じで、私をインチキ扱いするんだね。まあ、気持ちは分からなくもないけれどね。魔術世界で生きる者のステータスと、一般社会で生きるモノのステータスではどうしても差が出る。そして君たちは、自分の幸運値の確認すらできないのだろうから』
ペラペラと語る猫を横目に、ハクロウは相手の山札を確認する。
そこに残るのは、さきほどの特殊勝利条件カード群を除く、三十五枚のカード。
ほぼ全てがデッキ圧縮。
手札を補充する性能を持つカードと、ギャンブル効果で手札を補充するカード、そしてデメリット付きで手札を補充するカードで構成されている。
残るは、捨て札からの回収系カード。
それは手札を破壊する効果によって、トランプ王国のカードが失われた場合の備え。
そして同時に、トランプカードを引き当てるための布石でもある。
手札補充のデメリット効果でわざと該当カードを山札から捨て、それらを選んで回収するためのキーカード。
特殊勝利条件を狙うためのデッキそのものだ。
もちろん、こんな極端なコンセプトデッキの勝率は極めて低い。運に左右され過ぎるからだ。
しかし。
もしも、もしも相手が天文学的数字レベルの豪運の持ち主だったとしたら。
種明かしをするように黒猫は嗤い――黒い霧を発生させる。
闇の中から通常のトランプを取り出して見せ、封を切り。
肉球で器用にシャッフル。
デッキとしてセット。
『無論インチキなんてしていないよ? けれど、ほら――こうなる』
黒猫はそのまま五枚のカードを引く。
上から五枚を引いたはずなのに、そこにはロイヤルストレートフラッシュが揃っていた。
インチキではないとハクロウは知っていた。
何故なら彼も、幸運の持ち主。
十回に一度程度の確率で、初手のロイヤルストレートフラッシュを引くことができるからだ。
『どうやら君は、カードゲームに関してのみに働く幸運も能力としているようだが――残念だったね。私も似たような能力者、豪運の持ち主なのさ。ああ、インチキとは言わないでおくれよ、君だって自分の能力を知っていて、この勝負を選んだのだろうからね。お互い様さ』
黒猫は証明してみせるように、再びカードをシャッフルし。
またロイヤルストレートフラッシュ。
何度やっても、役が揃う。
何度も、何度も。
何度も、何度も。
あり得ない確率を、連続で引き寄せ続ける。
まさにそれは豪運の怪物だった。
ぞっと顔を青褪めさせて、ごくりと喉を鳴らした男は言う。
「な、何者なのですか……あなたは」
いままでこういう幸運の異能者にあったこともある。
彼らは運命を操り、自分に有利な状況を生み出す力をもっていた。
けれど、この黒猫はけた違い。
まるで運命そのものを改竄したかのように、延々とロイヤルストレートフラッシュを引き続けているのだ。
目線を合わせる事すら不敬に思えてしまう。
コレは明らかにおかしい存在だ。
ハクロウの視線は、汗が落ち続ける絨毯ばかりを眺めていた。
『だから大魔帝ケトスだって言っているだろう? まあ知らないなら仕方ないけど、んー……ファンタジーな異世界に詳しくない人に説明するとなると。日本語で言えば……そうだね』
黒猫は後光を輝かせ、ドヤ顔を浮かべてこう言った。
『神――だよ。淡い夢の中。現実で眠る全てのニンゲン、全ての生き物の魂と心を夢とリンクさせ再現、演算させ続けるこのソシャゲ世界を作れるほどのね』
ハクロウはハッと頭を上げた。
「じゃあ、この狂った世界を作り出したのも!」
『ああ、そうだよ。私だよ? 驚いたかい?』
気付かれたことが嬉しかったのか。
むふーッ!
猫の鼻腔を膨らませ、ヒゲをうにゃっとしながらドヤドヤドヤ!
黒猫は嗤う。
神を相手に戦っていた。
ならばこそ。
「勝てないのも道理……ですね」
『そういうことさ。悪かったね、絶対に勝てる勝負を拒否しないで。こちらも情報は欲しかったから、どうか許して欲しい。悪いようにはしないさ』
存外に優しい声を上げる黒猫に、男は問う。
「その、負けた身で大変恐縮なのですが、弟の身は……」
『ああ、君に返すよ。というか、早く引き取って欲しいんですけど……わりとマジで。身内の君には悪いんだが、ウチの女性陣からけっこう評判悪くてね……あの正義かぶれくん』
たしかに、アレは昔からそうだったと。
思わずハクロウは微笑する。
そして、同時に心も緩む。
相手は存外に会話のできる黒猫なのだと、悟ったのだ。
武力制圧すれば解決する問題にもかかわらず、あくまでも会話や交渉を重視してくれている。
少なくともハクロウの知る、野蛮で恐ろしい異世界人ではない。
それが分かったのである。
「すぐにでも引き取らせていただきます。そして、こちらも情報を提供いたしましょう。どんな情報が欲しいのかリストアップして下されば、より正確に提供できると思いますが――」
『頼むよ――こちらから後で弟くんと一緒に人員を送る。誰に頼むかは決めていないが、信用できる存在を送るから、その人と話を詰めておくれ』
ハクロウは敗北を認め、既に氷の溶けたグラスに手を伸ばす。
溶けた氷のおかげだろう。
度の高いウイスキーだった筈なのに、とても飲みやすく――。
爽やかに喉の奥へと落ちていった。
『ところで話は変わるが――この部屋に飾られているお酒、とっても美味しそうだね』
「値段だけが立派で……ただの飾りみたいなものですけれどね、飲みたいのなら出しますよ? 普段はあまり飲みませんし。好きなだけ飲んで貰って構いませんが」
それなのに深酒をしてしまった。
それだけ弟が心配だったと、自身も改めて自覚したのだろう。
ハクロウは苦笑してみせる。
『好きなだけ? 本当に良いのかい?』
「ええ、全部持ち帰るから運ぶのを手伝えと言われたら、さすがに困りますが。ここで飲む分にはいくらでも」
ネコとしては大きいとはいえ、小さな猫だ。
飲める量など、たかが知れている。
その筈だったのに。
黒猫は言質を取ったと言わんばかりに、ニヒィ!
『ねえねえ! 私の友達のアニマルが二匹いるんだけど。そいつらも呼んでいいかな?』
「アニマルですか、この際なんだっていいですよ。弟を返していただく代金、そう思っておきますので。好きなだけ飲んでください、後で文句なんて言いませんから」
告げた男にますます黒猫は嗤う。
約束したからね、と呟き。
ざざざ、ざぁああああぁぁっぁぁ!
『ならばこれも契約だ。君とはいい関係が築けそうだよ』
黒猫はフレンド招集魔法陣を展開した!