表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
510/701

医務室の戦争 ~口は禍の元~



 早々に始まった学園を襲った珍事件。


 気絶した異能力者。

 名も知らぬポリスマンを医務室へと運び、大魔帝ケトスな私は一息。


 治療の空間に広がっていたのは、薬品の香りではない。

 ほんわかと温かい湯気を上げる、肉厚ハンバーグとステーキソースの香りだった!


『ああ、オムライスを食べ損ねたのは残念だけど。まさかネコちゃんシェフたちが、分厚いお肉のハンバーガーショップを出店してたなんてね~♪ しかも! これもう高級ステーキじゃん! ジャンクじゃないじゃん! とってもイイ感じじゃん!』


 じゃんじゃんじゃん!

 もふ尻尾の先だけを興奮で揺らし、バンズと一緒にステーキを噛み切る私。

 とってもかわいいね?


 舌へと濃厚に絡まる肉汁とソースが、ネコ牙の隙間からツゥっと垂れるが気にしない!

 なぜなら、とても美味だから!


「へえ、さすがは噂のコックたち。一枚一枚、肉が丁寧に焼かれているし宮廷の味を彷彿とさせる仕事だ。ジャンクフードって感じじゃないね。ネコ魔獣なのに器用じゃないか、うん、悪くないぞ! 駄猫! なはははははは!」


 ヘンリー君と共に朝のハンバーガーをむしゃむしゃむしゃ♪

 オレンジジュースをちゅるちゅるちゅる♪

 大人しく朝食を食べながら、警察官の目覚めを待っていたのだが。


 なにやら荒ぶる魔力が接近中。


 廊下をダダダダダっと駆ける音がして、キキキキ!

 急ブレーキで引き返し、彼女は肩を怒らせやってきた。


「こぉぉぉらぁぁぁっぁぁあ――ッ、ケトスっち! 帰ってきてたなら、帰ってきてたってちゃんと言いなさいよ!」

『やあヒナタくん! 久しぶり~! 元気にしてたかな!』


 彼女こそがヒナタくん!

 偉大なる魔族、大魔帝ケトスな私と――ほか二名の弟子で女子高生勇者!

 聖剣使い!

 異界の転生魔王様の娘なのだ!


 ゴゴゴゴゴっと腕を組み。

 長く清楚な黒髪を魔力で広げて、愛らしい瞳を――くわっ!


「元気にしてたかな! じゃないわよ! あああ、あ、あ、あ、あ、あんたがいなかったせいでね! ストッパーのあんたが抜けた状態で、あたし! あの極悪アニマル達から、鬼のような訓練ばっかり受けてたんだからね!」

『魔術や技術の鍛錬は素晴らしい事だろう? あの二人から指導を受けられるなんて事は、普通ならまずありえない。全世界の英雄たちが、喜んで土下座するほどの奇跡なのに……何が不満なのさ?』


 ぶにゃん?

 ステーキソースで汚れた顔を横に倒す私、とってもイケてるね?


 私の貌をフキフキしてくれながら、ヘンリー君が呆れたように呟く。


「いや、駄猫。あの二柱の鬼訓練なんて普通に考えて地獄だろ……」

「って、ヘンリー君じゃない! あー、そっか。やっぱりケトスっちと一緒に帰ってきてたのね、なーんか、随分と成長したみたいだけど……あんたも、まさか……ケトスっちから訓練を受けていたんじゃ……」


 同情するように口元に手を当てるヒナタくん。

 対するヘンリー君はゾゾゾっと顔を青褪めさせて……。


「あ、ああ……ちょっと異世界の大迷宮にこもって世界を救ってきたよ……。古き神の親玉みたいな存在とも戦わされたしね……。ははは、はは……はぁ……」

「あんたも大変ねえ……」


 三獣神の弟子になれるなんて光栄なのに! ものすっごい栄誉なのに!


『別にいいじゃん、君たち二人ともかなり強くなったんだし。それにさあ――たぶん今の君達は、本当に成長した。人間に分類される存在としては、最上位に位置する実力者となっている筈さ。むしろこっちが授業料を貰いたいぐらいなんだけど?』

「駄猫……だらしないおまえの日々の生活を支えまくっていたボクは、けっこう、大変だったわけだが?」


 まあ、たしかに。


 散らかした部屋の掃除も、ついうっかり呼び出してしまった亜空間ワームの掃除も、朝朝オヤツ昼昼オヤツ晩晩夜食の食事の用意もさせていたけれど――。

 ネコちゃんの世話をするなんて、当然だし。

 ねえ?


 なのに、この二人は被害者同盟よろしく。

 連携を組むように、ジト目でかわいい私を睨んでいる。


 あ、なんかヒナタくんも動き出し――。

 ヘンリー君に対抗するように、私の汚れた肉球を拭き始めた。


「もうケトスっちったら、手も汚れてるじゃない。やっぱりあたしがちゃんと世話してないと、ダメなのかもねえ。あ、あたしの方が、ケトスっちの世話をしている時間は長いんだからね!」

「いや。別にボクは、駄猫の世話係りを独占したいってわけじゃないから、対抗しなくてもいいんだけど?」


 モソモソとハンバーグを齧るヘンリー君に、あはははははっとヒナタくんが言う。


「ごめんごめん! いやあ、やっぱりなんだかんだでケトスっちは可愛いからね~! このまま取られちゃうのも嫌だったし! まあ、気にしないで!」


 ふふーん!

 やはり、私! 人気者!


 ポテトにケチャップをべっちゃり垂らしながら、カカカカッカ!

 一本一本齧って満足な私は、彼女に肉球を傾けてみせる。


『それでヒナタくん。何か用があってここにきたんじゃないのかい? まさかあの二柱への文句を言うためだけに、私を探していたってわけでもないんだろう』

「あー、そうだった! ちょっとヘンリー君を借りるわね。彼を探してきてくれってヒトガタさんから言われてて、場所を知っていそうなアンタを先に探してたのよ」


 言われた王子様はビクっと背を跳ねさせ。


「呼び出し!? ボ、ボクは別に悪い事はしてないぞ! この警察官をぶっ飛ばしたのは、全部駄猫だからな!」

「分かってるわよ、壊れちゃった結界の補強を頼みたいんだって。アンタ、結界魔術ならマジのガチで超一流でしょ? なんか得体のしれない連中が攻めてきてるみたいだし、物騒だからね。誰かさんの闇の魔槍で壊れちゃった一部の結界を、ちゃんと直しておきたいんだって」


 なんか睨まれているが、気にしない。

 ポテトの塩分の染みた肉球をチペチペ♪


『まあ理由は分かったさ。じゃあ行っておいで、ヒナタくんはどうする? できたら残って、この警察官の尋問に付き合って欲しいんだけど』

「あんたの監視も必要でしょうけど、ちょっとヘンリー君に話もあるからパス。その代わり、もっと適任の人を呼んであるわよ」


 言われて転移しやってきたのは、リターナーズ誘拐事件で知り合った女性。

 赤毛の美人魔銃使い。

 エリートオフィスレディ! みたいな雰囲気のある立花グレイスさんである。


 実際は重度のソシャゲ、しかも乙女系ゲームの中毒者なのだが。

 まあ。

 私をコントロールできそうな人間の内の一人である。


 薄く塗った口紅を品よく光らせた彼女は、女豹風だった美貌を和らげて――。

 私にニッコリ。


「お帰りなさい、ケトスさん。異世界の冒険はいかがでしたか?」

『おお、グレイスくんか! たしかに、裏とはいえ人間社会で活動していたメルティ・リターナーズの構成員なら、話もスムーズになるかもね。相手は公務員なわけだし、こっちもそれなりの組織名を振りかざしたいしね!』


 悪くない人選だろうと私も思う。

 話は決まり、彼らは言った。


「それじゃあグレイスさん。今日のケトスっちがかり、よろしくね~!」

「ええ、任せてください。わたし、こう見えてもケトス様係には慣れているんですよ?」


 塔攻略を通じて仲の良くなった二人の女子に続き。

 ヘンリー君が首に手を当て、安堵した様子で言う。


「へえ、それは頼もしいねえ。この駄猫の世話って、いうか……暴走を止めるのって結構ヒヤヒヤするし、神経を使うだろう? 今は眠っているけど。そこのカード召喚異能を使う爆弾警官がいつ目覚めるか分からないし、駄猫が急にペチンとやる可能性もあったし。緊張しちゃってたしさあ、正直助かるね」


 頷き合う彼らは、うんうんうんと妙な連帯感を持っている。


 まるで保護者顔の三人に向かい、じぃぃぃぃ。

 私はネコ眉部分のヒゲをクイクイ。


『なんか君達、失礼じゃない? 私、泣く子も黙る天下の魔族。大魔帝ケトスだよ? ていうか! こっちが保護者みたいなもんなのに、なんでこっちが保護されてるみたいな流れになってるんだい!』


 キシャーキシャーっとネコ手を上げて抗議する私。

 とってもかわいいね?


 ま、止める人がいないとさ。

 暴走しちゃうってのも確かなんだけどさ。


 ブスーっと瞳を三角に尖らせる私を抱き上げ、グレイスさんがやはりニッコリ。


「ケトスさんだって、わたしがいた方が何かと便利でしょう? 国家機関ではありませんが、メルティ・リターナーズは一般社会でもある程度権力を持っていますからね。もちろん裏から、ですが――警察、公務員が相手でも、ちょっとは幅が利きますよ。下っ端相手なら、猶更ですね」

『私が言うのもなんだけどさ。君、けっこう黒くなったよね……』


 なんだかんだで、彼女も強くなった。

 そう言う事だろう。


 ◇


 校門襲撃事件の犯人。

 ポリスマン(仮)が目覚めたのはあれから一時間が経った後。


 警官は医務室のシーツから起き上がり。

 キョロキョロ。

 トカゲを彷彿とさせる三白眼を尖らせ、ニヤり。


「ここは――ああ、なるほどな! このオレ様を拘束したか! そりゃあ仕方ねえな、なんたって! オレ様は異能力者! 警戒されるのも無理はねえ!」


 いや、拘束してないし。

 おもいっきし、自由にさせてるし。


 今回の交渉はグレイスさんが中心になるという事で――。

 前に出た彼女が、目線のみで会釈をする。


「あら、お目覚めになったのですね――金木かねき黒鵜くろうさん。怪我の方はこちらで治療をさせていただきました。感謝しろとまでは言いませんが、一応、ご留意くださると助かりますね」

「あんたは……」


 相手の名を告げる、それは既に素性を察しているという合図。

 妖艶に微笑むグレイスさんは、スッと名刺を差し出し。


「わたしはメルティ・リターナーズの構成員、立花グレイスと申します。我らの管轄であるこの異世界帰還者の学び舎への不当な攻撃、こちらは大変困惑しております――事情を説明していただきたいのですが、構いませんね?」


 既にあなたの上司の許可は得ている、そんな書類を差し出している。

 相手も許可証を眺め、チッと舌打ち。

 おお! なんか刑事ドラマみたい!


 まあ警官は相手の方なんだけど。

 ここは夢の中の世界、ダンジョン領域日本だからね!

 常識は通用しないのである!


 ちなみに、許可証は私による偽造である。


 言葉を受けて、慇懃な仕草で姿勢を正し。

 男は嫌味な顔をし言う。


「メルティ・リターナーズねえ。ああ、あの犯罪者共を囲っている組織ね、ああ、はいはい、知っていますよ。よーく知っております。彼らは転移した先で常識を失ってしまった、だから保護をし守っている。保護する前にやった犯罪も見逃して? 被害者の心も無視をして? みんないい子で平和に暮らしましょう? たしか、そういう組織だったかな?」


 ここまで早口で言って、男は三白眼を光らせ。


「ふざけるんじゃねえぞ! 異世界帰りかなんか知らねえが、犯罪は犯罪だ。きっちり捕まって罪を詫びるのが、正しい人間の在り方ってもんじゃねえのか!?」

「なるほど、一理ありますね。けれど――あなたも不当に校門を攻撃しましたよね? それは犯罪行為では?」


 正論に正論で返され、男は言う。


「本官は問題ないのだ、なぜなら警察官! 正義の味方だからな!」


 決め台詞だったのか、キリリ!

 カネキ警官はじっとグレイスさんの貌……ではなく、胸元を覗き込み。

 ごくり。


 あ、視線が完全にロックオンしてる。


 グレイスさん。ビシっとしたスーツ姿の美女なので、本当にカッコウいいんだよねえ。

 これであそこまで残念な趣味じゃなかったら、ねえ?


 実際。

 この男が目覚めるまで、……うん。

 私は延々と、セイヤ君についての話を聞かされていたわけで。

 この私が怯んで、疲れを感じる……それほどの熱意だったのだから恐ろしい。


 ともあれ、この淫らな視線に気付かぬ私ではない。


 ニャハニャハにゃきーん!

 ニョコっと尖がった瞳と耳を膨らませ、私はニヒィ!


『あー! いーけないんだー! 君、いまグレイスさんの胸をじっと見てたよねえ!?』

「な! 正義に燃える警察官たる本官がそんな、や、やましいことなど! けしてそんな事はないぞ、言いがかりはよすんだ!」


 トカゲ顔の三白眼を狼狽に揺らすが、もう遅い!


『ええ? あれれー? おかしいなあ! 事情聴取用に撮影してるから確認してみてもいいんだけど、本当に? ウソ? ついてないかなあ? セクハラってー! 警察官が行うと、けっこうヤバイ犯罪なんじゃないかなー! 毎日テレビで騒がれるんじゃないかなー!』


 弱気になったのか、先ほどまでの威勢は消失。

 カネキ警官は救いを求めるように、既にうっわ、最低……と引いているグレイスさんをちらり。


「立花さん! なんなんですかこの失礼な猫は! 大魔帝ケトスを名乗るインチキプレイヤーが猫のアバターを使っている、そこまでは知っているのですが」


 揶揄からかうう私が踊る中。

 グレイスさんは対照的に重い声音で、キリリと告げる。


「あなた。本当にケトスさんを知らないのですか? 異能力者、なんですよね?」

「立花さん、あなたもオレ様……いえ、ワタシと同じように異能力者なのですか。いい胸をお持ちなようですし、そうですか、ええ、分かりました! きっとこれは運命なのでしょう。さあ、是非この正義の味方! 金木黒鵜と、にゃんスマホのメッセージアドレスを交換しましょう!」


 とりあえず分かった事は、女性に弱い。

 ――か。

 グレイスさんがこちらに目線を送ってくるので、頷く。

 無視して話を進めておくれの合図である。


「リアル男性の情報などどうでもよいのですが――確認させてください。おそらくないとは思いますが……これは警察組織全体が、メルティ・リターナーズの管轄に嫌がらせをしているのですか? それともあなた個人が暴走して動いているのか、どちらです? なお、本件の質問の結果次第では、正式にそちらの組織に抗議をさせていただきますが」

「組織に抗議? ふっ、それは困りますね立花さん。たしかに、ワタシは公務員で警察官、正義の味方です! だが、しかーし! ワタシの裏の顔は違う! 秘密組織トレーダーの工作員が一人! ジャスティスマン! ここまで言えば、もうお分かりですね?」


 いや、秘密組織なら知らんし。

 そもそも秘密組織なら名乗るなって……。


 えぇ……どうしよう、やっぱりすごい残念じゃん……この兄ちゃん。

 苦手なタイプである。

 引き気味になってモフ毛を逆立てる私だったが、つい魔術をぶっ放すのは我慢できた。


「えーと、ジャスティスマンさん。もうこの際、異能力者集団でもなんでもいいのですが、目的はいったいなんなんです?」

「決まっているでしょう? 危険な存在であるリターナーの監視、そして――可能ならば処分」


 空気が、変わる。

 まあ、現地人にとってはこちらは危険分子。

 異世界人も、異世界からの帰還者も厄介な存在なことに違いない。


 グレイスさんもそれを知っているのだろう。

 まあ彼女は私が関わるより前から、裏社会で生きていたのだ。こういう異世界帰還者と、異能力者との間の摩擦とか……因縁? みたいなモノの対応も行っていた可能性は高い。


 まあとは言っても、最後の処分の部分はブラフ。

 いわゆるカマかけだ。

 物騒な発言をチラつかせ、こちらの反応を見ているのだろう。


 何故分かるかって?

 そりゃあ心を読んだからである。女性相手ならともかく、こんな残念男なら遠慮なんてする必要ないもんね。


 グレイスさんもおそらく、ブラフであると察しているのだろう。

 私に目線を送るので、頷く。

 ただのハッタリだ……と。


「そうですか――」


 とりあえず、この残念刑事も裏の組織、おそらく異能力者集団として動いている事が分かった。

 こちらもそれにあわせた対応を……。


 って、ネコ眉をくねくねさせていた私の前。

 グレイスさんが魔術式を構築し始めている。


『あれ? グレイスくん? なんで、時を狂わせて遅延性の即死効果を与える《タナトスの弾丸》を装填してるの……。さっきの目線ってただの脅しだっていう、確認だったんだよね……って、ストップ! ダメダメ、なにしてるのさ!』


 スバキューン!

 銃声が――医務室に響き、濃い魔力硝煙の香りが包み込む。


「ひぃぃいいいいいいぃっぃ! な、なんだ!?」


 引き攣った声を漏らす男。

 その足の隙間に生まれたのは、プスプスと魔力の煙を垂れ流す弾痕。


 それは咄嗟に張った私の結界で射線がそれたから、そこに突き刺さっただけで――実際は心臓をまっすぐに狙っていた。

 ようするにだ。


 グレイスさん……。

 おもいっきし撃ちやがったのだ。


「ちょっとケトスさま! なんで邪魔するんですか! そんな強力な結界を張ったら、当たらないじゃないですか!」

『いやいやいや! 話し合いをするんじゃなかったのかい! なんでいきなり即死させる気満々なのさ!? 今の攻撃、人間としてはやっぱり最上位クラスの攻撃だったから、私じゃなかったら防御できなかったよ!?』


 いきなりの銃撃である、さすがに相手も想定外だったのだろう。


「ななな、なんなんだ、この人は!?」


 トカゲ顔のポリスマンは怯んで、ザザザザっとベッドから崩れ落ち――地面をペタペタペタと後退り。

 血の気を引かせた顔で、更にザザザザ!

 完全にビビっている……。


 緊急用の召喚カードが胸元に入っていたのだろう。


「女性相手に気は引けるが、仕方がない! いでよ、パズーズデーモンの……っ!」

「させませんよ――!」


 が。

 ズバキューン!

 正確にカードを狙った弾丸が、その召喚媒体を貫通。

 なんか、ウルトラスーパーアルティメットレアとか描かれていたレアリティのカードが、闇の中へと消えていく。


 パラパラパラと。

 塵となって闇へと消えるカードを見て、ヒクっと顔面を崩壊させ。

 男は絶叫。


「ひぎあぁああああああああああぁぁ! オレ様の給料一年分で密輸した、パズーズデーモンの顕現がぁあああああっぁぁぁぁ!」

『ちょ! グレイスくん!? いまのたぶん、超レアカードだよ!?』


 召喚士が召喚する前にその魔道具を破壊することは、しごく当然の戦法なのだが。

 よ、容赦ないなあ。

 ……。

 とりあえず、パズーズデーモンの顕現のカードはコピーしとこ♪


「さて、今度こそ――」

『ストップ、ストップだってば! どうしちゃったんだい、君らしくもない!』


 仕事中だけはいつも冷静で、ある意味やれやれ系のクールお姉さんなのだが。

 構わず――。

 カチャりと銃を鳴らし、異国風美人さんはニッコリ。


「やだケトス様ったら、大丈夫ですよ。もうヘマなんてしませんてば! わたしの時魔術で周囲の時間は止めてありますし、誰にもバレませんから!」


 美人さんだけに、笑顔の殺意が怖い。

 あれ? なんか……、ソシャゲキャラのセイヤ君にぞっこんモードだった時の口調になっているが。

 はて。


『いやいやいや。そういう問題じゃなくて! ていうか、なんでこの私が止める方になってるのさ! そういう暴走は私の立ち回りなんですけど! そっちが先に暴走しちゃったら、こっちが冷静になるしかないじゃん! 殺すのはストップ。まだ早いって!』


 ガクガクと脚を震わせる男は、うんうんと頷くが。


『殺すならちゃんと情報を引き出してからにしないと、ダメだろう! やっちゃった後にネクロマンシーで蘇生させて従属化、情報を引き出すのは魔王城では禁止されてるし。わーたーしー! そういう条約違反はあんまりバレたくないんですけどー!』


 ジャスティスマンだか金木黒鵜だか知らないが。

 え? 止めてくれるんじゃないのか? とポリスマンは硬直しているが、それは無視!


 だいたい、だ。

 ハッタリとはいえあんな物騒なことを言ったのが悪い。


 はぁ……と吐息と共に彼女は不思議そうに言う。


「だってこの人がいけないんですよ? リターナーズを処分って、……それってつまりわたしの弟を殺そうって事ですよね? もはや、それは宣戦布告。わたしとケトス様しかいない空間ならば証拠隠滅も簡単。面倒な事になる前に消してしまおうかと――この完璧な理論のどこに問題が?」


 美人さんは――。

 それはもう……自信満々にこちらを見ていましたとさ。


 ああ、なるほどね。

 つまりさきほどのブラフを真に受けたのか。


 じゃあさっきの目線の合図は、消しちゃってもいいですか?

 の合図だったわけね。


 それにしても、なんでだろう。

 普段冷静で、どちらかといえばツッコミ役で……止める役目の彼女がいきなり……。

 って。

 あ、あぁぁあああああああああああああぁっぁぁ!


 忘れてたぁぁぁぁあぁああああああああああぁぁぁっぁぁ――ッ!


 グレイスさん!

 負い目を感じている弟くんの事になると、けっこう暴走するんだった!

 リターナーズを処分。イコール、弟さんを殺す。

 イコール、こいつは処分するべき敵、で完全に頭に血が上ってるんだ!


 えぇ……。

 なんで私の周りって、残念な美人さんしかいないの……?


 もうちょっとさ。

 正統派のヒロインさんがいてもいいと、思わない?


『仕方ないね、じゃあ今回は私が止める役目になるのかな。金木君だっけ? 君ももう少し考えてから発言をしたまえよ』


 言って、私は闇の霧を纏い。

 ざざざ、ざぁあぁああああぁっぁぁぁぁ!


 神父モードに大変身。

 慇懃無礼を意識して、嫌味っぽく礼をしてみせる。


『やあ、この姿では初めまして。私が大魔帝ケトス。どうやら私の逸話も伝承も知らないようだけど、名前だけでも覚えて帰っておくれ。もし君の組織の中にも、この無名な私の伝承を知っている者がいるのならば、きっと、とても驚くだろうからね』

「人間に、化けた……!? 変身系の異能か!」


 さすがに驚愕している。

 おお! 悪くない反応だ!

 最近、私が超絶イケメン神父に変身しても、反応が薄かったからね。


『いや、異能じゃなくて魔術だよ魔術。まあ、スキルも魔術も奇跡も祝福も、元を辿れば全て同じ。ならば異能も結局は同じなのかな……』

「じゃあやっぱり、あんたがあのインチキチートランカーの大魔帝ケトス!」


 だから、インチキじゃないっての。

 まあいいか。


 グレイスくんがぐぬぬぬぬとなっているから、私は妙に冷静で。

 ふと、ある答えを導き出していた。


『これ、ヒナタくんが未来視を成功させたな』

「どういうことですか?」


 呟く私に、銃を構えたまま言ったグレイスさん。

 その冷静な殺意を眺めたまま、麗しい私は苦笑してみせる。


『弟くんのことで暴走する君の未来が、ヒナタくんには見えていたって事さ。君の唯一の沸点……でもないか、ソシャゲとか弟くんの事で何かあれば、こうなると分かっていたんだよ。そして、こうなった場合、場を収めるべく私は人間形態となり、頭もネコではなく人型で思考。そのまま冷静になるからね。いつもの猫状態での戯れをすっ飛ばして、シリアスに移行できるってわけさ。なかなかどうして、彼女も成長しているって事かな』

「なるほど――すみません。たしかに冷静さに欠けていましたね。金木さんも申し訳ありません、お詫びと言っては何ですが――殺しはしませんよ、今のところは。猶予を与えます」


 うわあ。

 まだ根に持ってるな、これ。


 ともあれ、これでこの迷惑な客人もだいぶ大人しくなった。


『さて。戯れの理由ではなく、君がここに攻め込んできた本当の理由をそろそろ教えて貰えるかな? 答えたくないのならそれはそれでいい。脳に直接寄生植物を送り込んで支配するから、君に選ばせてあげるよ』


 こっちはどちらでも問題ないのだが。

 なぜだろうか。

 死ぬよりはマシだろうに……私は穏便な方法を提案したのにだ。


「なんでも話す……っ、だから、どうか殺さないでくれ! き、寄生植物も、嫌だ!?」


 こんな感じで、怯えだしてしまったのである。

 うーむ。

 ファンタジー世界の私にとっては、まあよくある手段なのだが。


「どうしたんです、この人」


 私と同じく不審がるグレイスさんだが。

 賢く冷静な私は、紳士な声で解説する。


『もしかしたらだが、純粋な現地人にとっては刺激が強すぎたのかな? 少々異能に目覚めたからといって、ここは平和だからね。殺戮の戦場や魔術合戦の最中にいたというわけじゃない。この子にとって、いままでの異能関係の出来事は全部、ゲーム感覚――だったのかもしれないね』


 ようするに死への恐怖耐性がないのだ。


「ああ。じゃあ完全にやり過ぎちゃいましたね」


 ちなみに。

 グレイスさんは私と塔を冒険した事で、そういう精神耐性がめっちゃ育っている。

 ……。

 別に破天荒な猫モードの私と関わって、神経が図太くなったわけではない。


 まあいいや!

 完全に大人しくなってくれたし!

 私達は彼に深い事情を聞くことにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ