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貪欲の罪 ~大魔帝の華麗なる罠~

 偉そうな信徒を引き連れて司教様がやってきたのは、その翌日。


 当主の呪いを解いたことで、大泣きしながら感謝してくれたメイド長女メンティスが山盛りのイチゴパフェを私に提供している、午後の昼下がり。


 まあ呪いを解いたのだ、魔術の心得があるのならそれに気付くのは当たり前なのだが。

 翌日に来るって……。

 自分が呪いをかけてましたよって自白したようなもんだよね。


 ともあれ。

 メイド長女のメンティスがまだ休んでいる当主に代わり、司教を出迎えた。


 薄い味の紅茶を差し出し、メイド長女は軽い会釈をする。


「申し訳ありませんが、あいにくと主はまだ体調が優れません。せっかく来ていただいたのにご面会できずに申し訳ない――との伝言を承っております」


 当主は、というと。

 実はここにはいない。


 もう一度呪いを掛けられたらかわいそうだし、なにより面倒だから。私の生み出した暗黒空間で、休んでもらっているのである。

 退屈だろうし。

 今頃、私が日記代わりに記憶保存してある記録クリスタルの映像を鑑賞している筈だ。


 もちろん、人間に見せてもいい範囲のモノだけしか流していないが。


 最後にあの当主を見た時は、例のイチゴ踏みつぶし魔竜の過去映像を眺めて感慨深くうなずいていたが――ともあれ。


 応接室の椅子にでっぷりとした身体を座らせた司教は、一見すると穏やかそうな瞳を尖らせると。

 まるで脅すかのような声を上げた。


「ああ、それはいけませんなあ! きっと此度のことも神より下された罰であり試練。この神に愛されしわたくしめが! すぐにでも! 祈りを捧げ、神に救いを願わなくては――あなたの主君は再び倒れ込んでしまうでしょう、な!」


 なんか。

 くっそ妖しい宣教師みたいなんですけど、この人。


「ところで、マイスイートハニーの姿が見えないのですが、いずこへ?」


「スイートハニー?」

「あなたの妹さんに決まっているじゃ、ありませんか!」


 にたぁっと、まるでアンデッド魔竜の様に瞳をテラテラさせる司教。


 うわあ、マジだよこの人。


 あの娘。

 どちらかというと美人というよりは、クマさんとかパンダさんとか、そういう……感じの……子供らしい愛らしさなのだが。スイートハニーて。

 メイド長女メンティスさんも、涼しげな顔の中に怒りをメラメラさせ始めている。


「申し訳ありませんが、妹はまだ迷宮探索の疲れが癒えていないのです」

「それもいけませんねえ。ならば、わたくしが治癒の奇跡をかけてさしあげましょう。さあさ、ご案内なさい、いま! すぐに! 癒して差し上げましょう!」


 ブチ。

 そんな心の音が聞こえ。


「御言葉ではありますが。無礼を承知で申し上げます! あなたねえ! 妹があの迷宮に足を踏み入れたのは、司教様、あなたがあそこに当主の病を治す宝珠があるとおっしゃったからですよ!」

「はて、わたくし、なんのことだかさっぱりと。お前達、なにか知っているか?」


 お付きの聖職者に白々しくも言う司教。

 もちろん、お付きは知らぬ存ぜぬの一点張り。


「あ、こほん。しかし、困りましたなあ。当主の方がお見えにならないとなると――いやはや、この請求書の件でご連絡さしあげたのですが」


 請求書といわれた紙を受け取り、メンティスさんが眉を跳ねる。


「これは――!」


「あなたがたが前日、無理やりに、迷宮へと引きずり込んだ傭兵の方々の治療費と慰謝料でございますよ、ええ」

「なにを言うのですか! あの人たちは、向こうから声をかけてきて我らを裏切ったのですよ!」


「はて。彼らは我が教会の信徒、嘘を吐くはずがありませぬ」


 こいつ。

 温和そうな顔立ちのくせに、めっちゃ色々と企んでやがるの。


 おそらくだが、あの迷宮内での裏切りも計画の内だったのだ。

 わざと迷宮内で遭難させ何食わぬ顔で救出し、恩を売るつもりだったのだろう。悪党が考えそうな手である。


「当主の方がお見えになれないのでしたら仕方ありませんな。おまえたち、彼女たちを連行してさしあげろ」


「お待ちください! このような非道が許されると本当に思っているのですか!?」

「では、この金額を払えると?」


 ぐしゃあああっと顔を悪に染めて司教はほくそえむ。

 悪党のドヤ顔って、なんでいつもこんななんだろうね。


 さて。

 物語ならここで救世主が登場する場面だろう。

 そう。

 この私のことである!


 応接室の奥の扉から、面倒そうに肩を鳴らしながら獣人姿の私が入ってくる。


「何の騒ぎだい、騒々しい――」

「旦那様、もうしわけありません――なにやら教会の方が当家に難癖をつけておりまして」


 打合せ通り、メイド長女メンティスが私に向かい忠誠を示しお辞儀をする。


「教会? ああ、あの神の信徒を名乗っている詐欺集団か。とっととお帰り願ってくれ」


「それが、謂れのない請求書をお持ちになっていて」

「ふーん、どれ」


 受け取った私は、小バカにしたように鼻で笑う。

 タコのように顔を怒りに染めた司教が叫んだ。


「メンティス嬢。なんなんだね、この無礼な男は!」

「当家の主と古き縁のあるお知り合いにございます。療養中の間、この屋敷の当主代理となってくださった方で御座いますが――それがなにか?」


「見たところ獣人ではないか。獣人ならばおとなしく魔王軍の傘下にでも落ちればいいモノを、人間と共生しようなどとは生意気にもほどがあるわ」


 魔王軍の傘下か。

 妙な所で真実に近くて、ちょっと笑える。


「へえ、君たちの神の教えでは汝らは平等である、じゃなかったっけ?」

「まあいい、貴様がどういう人物かなどどうでもよいわ。代理というのなら、貴様にこの請求者の代金を払ってもらう、それだけの話なのだからな!」


「いいよ、払おうじゃないか」

「そう、払えるはずがな――いま、なんと言った?」


「払うと言ったんだ。いつまでも小うるさいハエに騒がれていたら耳が腐る」


 言って、私は大量の金貨をテーブルに並べる。

 どうせこういう流れになるだろうと、金を用意していたのである。


 金策の手段は簡単。

 以前知り合った砂漠の魔導帝国の皇帝と正当な取引をしたのだ。


 私の所有物から、それなりに価値のある魔道具を相場通りの値段で買い取ってもらった、ただそれだけである。

 向こうも皇帝であり物の価値の分かる男。私の持参した魔道具の真価が理解できたのだろう、快く取引に応じてくれた。


「な、なんだと!?」


 これに驚いたのは変態司教様。

 払えないと断ったところで難癖をつける手筈になっていたのだろう。

 後ろのお付きも困惑している。


 もっとも、私の後ろのメイド長女メンティスも驚愕しているが。


 構わず、私は司教をバカにしたまま口の端をつりあげる。


「領収書は結構ですので、お引き取りを。今回の取引は魔導契約書に自動登録されておりますから」


「しかし――」

「まだなにか?」


 難癖をつける手段が浮かばなかったのか。

 それとも目の前の大金に目がくらんだのか。金貨を回収すると、神の信徒たちは素直に引き下がって屋敷をあとにした。



 ◇



 小うるさいハエ司教が帰った後。

 ポンと猫に戻った私は苺パフェを亜空間から取り出して、うっとり。


 さあ、お前も食べてやるからなあ。

 にゃははははは、げははははははははは!


 そんな私を見つめて。

 メイド長女メンティスが血相を変えて私に言った。


「く、黒猫様! あの大金は、いったい」


『安心してよ、この屋敷のお金じゃなくて私のポケットマネーだ』

「いえ、そういう心配をしているのではなく、だ、大丈夫なのですか! あんな大金を、知り合ったばかりのわたくしどものために使ってしまって」


 彼女は申し訳なさそうな貌をしている。

 きっと、心まっすぐな、清らかな精神の持ち主なのだろう。


『まあ本気で稼ごうと思えばいつでも稼げるし』


 言って。

 私は苺パフェをパクリ。

 んーむ、スイート!


「あなたさまは……何者なのですか?」

『言っただろ、いや、言ってないか。まあここの当主の古き知り合いっていうのは、事実さ』


 今の当主とは言ってないけれど。

 ともあれ。


『君も分かっているんだろう、私は魔族さ』


「ま……ぞく。まさか、本当に……この目でお見掛けするのは初めてで、なんだか、信じられません」

『私が怖いのかい?』


 パフェの底に溜まったイチゴジャムをかき集めながら。

 私はキリリと瞳を光らせる。

 おかわりである! そう瞳の力で訴えたのだ。


「いえ……まったく、すみません……ぜんぜん怖くありません。変な言い方ではありますが、それが――逆に、恐ろしくて」


 ことり、とニューパフェを私の前に差し出して彼女は微笑んだ。

 しっぽがぼわぁぁぁっと歓喜に膨らむ。

 今度のイチゴパフェはキャラメルソースの掛かった新感覚!


『にゃは! 君が私に美味しいごちそうを用意し続けてくれる限り、全面協力を約束しようじゃないか』


「材料もお譲りいただきましたし、この異界の書物に書かれたメニューならいくらでもおつくり出来ますけれど」

『何か問題でもあるのかい?』


「いえ、お腹、壊しませんか?」


 どうやら私の心配をしているようである。


 白百合の騎士姿だった中性的な彼女も、いまではすっかりメイドさんだ。

 きっと。

 あの時は、主人の病と妹たちへの心配で気をもんでいたのだろう。


 長いパフェ用スプーンをしぺしぺ舐めながら私は言う。


『そうそう、たぶん明日もあの司教がなんだかんだで難癖をつけて金を要求してくると思うけれど、君は黙ってみていておくれよ。全部、私が払うから』


 彼女は眉間に皺を刻んだ。


「えーと……本当に大丈夫なんですか?」

『ああ、問題ない。全てが私の手のひらの上さ』


 肉球に乗せたチョコクッキーを転がして。

 私はドヤ顔でそれを噛み砕いた。


 ◇


 私の予想通り、あの男は毎日金の無心にやってきた。

 様々な難癖。

 いいがかり。

 どれも構わず、私はそれに応じ続けた。


 司教はさらに調子に乗ったのだろう、その要求はどんどんと膨れ上がっていく。


 金から装飾品へ、装飾品から魔道具へ、魔道具から優れた魔道具へ。

 転がるように、欲望は膨れ上がる。


 もはやスイートハニーと呼んでいたあの娘の事さえ霞んでしまい。

 愚かなる神の信徒は、欲に溺れた。

 全ての取引が自動登録される魔道契約書の束は、既に箱に入りきらない程に分厚くなっている。

 そう、この契約書には嘘を書けない。

 不正の証拠も全て正確に、記入される――。


 私は、そろそろかと口の端をギシリと歪ませた。


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