エピローグ ―救世主―
迷宮国家クレアリスタの民の見送りを受ける私!
大魔帝ケトスは明日を照らす太陽を受け、モッコモコに膨らんだ獣毛をギラギラギラ。
ふっふっふ、今の私を触るとぽっかぽかだよ?
こんな湯たんぽ状態な私も素敵なわけだが。
ネコちゃんの頬を撫でる爽やかな風には、市場のグルメの香りが含まれている。
私は見送りの民と、民たちと共存するネコ魔獣達を眺め……。
眺め……。
『ねえ……ちょっと数が多すぎない? ネコ魔獣がじゃないよ? 全員だよ?』
ぼそりと告げる私に、初代国王でモンク僧のカインくんが辮髪を風に靡かせ。
「拙僧らはあなたがたに大変感謝しておりまする故。このような、仰々しい見送りになってしまったのでしょうな」
「そうはいってもさあ。ボクたちはまた例のカピバラ魔獣の様子をみにくるわけだし、今生の別れってわけじゃないんだろう? 大袈裟なんじゃないかなあ」
カイン君の言葉を受けたヘンリー君が、少し精悍になった頬を掻きながら周囲をチラリ。
私も周囲をチラリ。
まーた……聖職者たち、土下座してるよ……。
平伏する聖職者から信仰を受ける大いなる導きが、ふふふっと天女で女神な笑みを浮かべる。
「あなたたちに素敵な導きがありますように。この世界はとても楽しかったわ。色々とあったけれど本当に……ええ、本当に楽しかったわ。また必ず降臨するから、その時は一緒にまた踊りましょうね」
後光をペカーっとする女神様に、再び、ははぁ……!
民、土下座の追加である。
この女神様。
本当に見た目もいわゆる女神だから、この街に滞在している最中も大人気。
皆と一緒に舞う事も酒を嗜むことも愛していたので、宴会の神様みたいに思われてるふしもあったが……それは黙っておこう。
かつて人に裏切られ、ラスボス化してしまっていた彼女だったが。
その心もだいぶ癒えているようにみえる。
しかし、本当に人気だな。
私が霞んじゃうじゃん!
……。
私もペカーっと後光を照らし、注目を集め!
にゃほん!
『さて、カインくん。国王の君に改めて忠告しておく』
「はい、大魔帝ケトス様。そして巨鯨猫神とも謳われるケイトス神よ――どうか我等にご神託を」
神の言葉を受ける構えをとって、皆が瞳を閉じる。
もこもこネコ魔獣達も真似て、うにゃっと瞳を閉じている。
『この地はあの大迷宮を通じ、ありとあらゆる世界と繋がっている可能性が非常に高い。おそらく、その中には武力をもってこの地を制圧しに来る、敵対勢力もあるだろう』
「はい、承知しております」
大迷宮と共にあり、神と共に暮らしていた民に動揺はない。
きっとネコ魔獣。
そして新しき神、聖獣カピバラパパがいるからだろう。
あいつ……神モードの心の根底は闇。私や魔王様の魔力に魅入られたあの狂気神だけど、一見すると人当たりもいい善神だし。
実際に行動も善神。
子ども達に文化や言葉、安全な魔術を教える教師だし。
カピバラモードでは愉快なナマモノだし。
グルメさえ与えていれば、調子にのって奇跡を齎し。人間とも上手くやってるし。
まあ既に、良い関係を築いているのだ。
ともあれ、私は民たちにも聞こえるように、ネコの丸口をぶにゃっと動かす!
『もしピンチになったら、すぐに私を呼びたまえ! もちろんグルメも用意してだよ? グルメは後からの奉納でもいいけど、ちゃんと助けに飛んでくるからさ! ここは既に私の庭、おいちいグルメもたくさんある! 絶対に壊したくないからね!』
告げて、今度はネコ魔獣を見渡し。
『ネコ魔獣の諸君! 君達は私の加護が付与されているからだいぶ強化されているが、その力は共存相手を守るためにも使ってあげておくれ。彼らニンゲン達、いわゆる亜人を含める人類種が齎すグルメの偉大さは、もう既に知っているだろう?』
知っているか?
そう訊ねると、ネコ魔獣達のモフ毛は――モコモコモコモコ!
巨大な毛玉となって、にへら~!
じゅるりと舌なめずりをしている。
『よーく、分かっているようだね。あ! でもでも! もし悪さをしている人間、私の倫理観にそぐわない人間が目立つようだったら、こっそり狩っちゃってもいいから。それも君たちの自由さ。逆に、君達も酷い悪さをするようだったら、聖獣カピバラパパのチェックを受ける筈。ようするにまあ、仲良くやっておくれ』
新たな国王のもと。
きっと法律や規則、ルールが生まれるのだろうが――それは人間種とネコ達、この地で暮らす彼らが決めるべき話。
部外者の私が介入する領域ではないだろう。
私は空を見上げた。
太陽がとても綺麗だった。
大迷宮の頭上。
巨大なキャットタワーには、私を見送るネコ魔獣達が並んでいる。
……。
ま、まああのキャットタワーの中には、再誕した古き神々が文字通り”いしのなか”で眠っているわけだが。
いつか彼らも、どうにかしないといけないのかもしれないね。
改心してくれるならいいが、そうでないのなら!
きっちりと消してしまう必要もあるし!
まあしばらくは反省のために、いしのなかってことで!
『それじゃあ、私達は行くよ。カインくん、君との冒険散歩も悪くなかった。またいつか、どこかの迷宮を共に攻略しようじゃないか』
「はい、ネコ神ケトス様。あの冒険は、生涯の誇りとさせていただきます。いつかまた――新しき冒険をあなたと共に」
いつものモンク僧の挨拶をして、カインくんは僅かに瞳を潤わせる。
『って、おいおい。これから王として民を導く者が、そうやって涙ぐんでどうするんだい。皆の前で泣くのは、悪い事じゃないけれど――男にそうやって泣かれかけても……ねえ?』
「も、申し訳ありません。あなたと出会えてから全てが変わり……その、拙僧にとってはあなたさまこそが、救世主で……そのっ」
苦笑した私は、あえてその流す涙を見ずに。
姿を全盛期の姿へと変貌させる。
『それでは――さらばだ、迷宮国家クレアリスタの民よ。我はケトス、大魔帝ケトス。汝等の行く末、歩む道標! その暮らしとグルメを、いつまでも近くで見守っておるからな!』
黒い霧が――私とヘンリー君と女神の身体を包み。
この世界から消えていく。
なぜ、全盛期の姿を見せつけたのか。
それは決まっている。
とーぜん、ただの演出である。
私達は去った。
けれど、この国の民たちの一日はこれから始まる。
ネコと人類種が共に暮らす世界。
迷宮国家クレアリスタ。
その街並みを照らす太陽は、明るい未来を導くように輝いていた。
◇
ヘンリー君と大いなる導きを連れ帰還したのは、魔王城。
学園に戻る前に、一度報告にやってきたのである。
マーガレット君もまだ魔王城にいたので、今頃三人で談笑をしている筈。
私は、というと――。
再度、亜空間を抜け。
隠しフロアでもある魔王様の執務室に顕現。
そして。
悪魔執事サバス君の頭の上であった!
『くはははははははは! 大魔帝ケトス! 華麗に登場!』
「ケ、ケトスさま!?」
狼狽するサバス君のヤギ顔をペチペチし、にゃははははは!
『ただいま、サバス! 今回も急に呼びつけて悪かったね』
「いえいえ。こちらこそ――魔王陛下の逃走先……いえ、潜伏先……ちがいますな、えーと……そう、休憩先を教えてくださり、ありがとうございました」
苦笑する悪魔執事に手渡すのは、お土産。
魔猫新聞紙で包んだ大量のトウモロコシを差し出す私。
とっても偉いね?
『自動で分裂するようになっている、ある程度の量を確保出来たら――すまないが城の皆に配って上げておくれ』
「畏まりました」
食いしん坊な私がグルメを差し出す。
それはグルメよりも大事な用事があるという事。受け取ったサバスは察したのだろう。
こちらから言い出さなくても、人払いをするようにサッと瞬間転移で退室する。
二人きりとなった部屋。
もちろんその相手は魔王陛下だ。
相変わらず麗し過ぎる玉顔を輝かせる魔王陛下は、とても凛々しい顔で!
キリリと!
書類を投げ出し……ふへー。
机に突っ伏し、はははははっと笑ってみせる。
「お帰りケトス。どうやら、全てが上手くいったようだね」
『ええ――全てかどうかは分かりませんが、おおむねは順調かと』
微笑む陛下の腕の中にダイヴしたい所だが――。
仕事の邪魔をしてはいけないとぐっと我慢する私。
やっぱりとっても賢くて偉いね?
さて、大事なことを告げなくてはいけない。
『聖父カピバラはあのまま、迷宮国家クレアリスタの主神としてやってもらう事になりました、そのご報告です』
少し、空気が硬くなる。
だって、因縁のあるお父様だもんね。
「それがキミの選択ならば問題ない。分かったよ――、カピバラ魔獣もラストダンジョンに迎え入れたかったが、まあ中にアレが含まれているんじゃ仕方ないね」
『見回りネズミ達に来てもらいますか?』
彼等もネズミ魔獣。
魔王陛下のためならば、獣毛を磨いてモコモコとなって顕現するだろう。
「それはまた今度だね。それで、甘えん坊なキミがワタシの腕の中に飛び込んでこない、ということは。まだ何かあるんだね」
『ええ――これを一応、お渡ししておこうかと』
告げて私は亜空間から一冊の書を取り出し、魔王陛下の机へと顕現させる。
『聖父クリストフの聖典、彼の逸話を記した魔導書――その複製書です。これを一読すれば、古き神の力を借りた魔術が発動できる事でしょう』
「少し、読むのが怖いね」
それが本音なのだと思う。
『それでも、どうか目を通してあげてください。おそらく、一度死したあの神がこれを私に授けたのは――私を通じ、陛下達に伝えたい言葉があったのだと、私はそう考えます』
だからこうして、突然きたのです。
と。
私は静かな猫顔で、淡々とネコの丸口を上下させる。
「おや、今日は抱っこをしなくてもいいのかい? 人払いもしてあるし、存分にモフモフしてあげようと思ったのだけれど」
『とても嬉しいのですが、それはまたの機会に。今日は弟子であるヘンリー君も連れてきていますからね。彼はまだだいぶ人見知り気味なので、今頃、強力な魔族に囲まれて困っているでしょう。遠くから眺めて、楽しむ予定なので』
別に悪戯が目的ではない。
社交性をつけるための訓練である、うん。
「悪い師匠だね。いったい、誰に似たんだろうか。って、本当に行ってしまうのかい? モフモフは? モフモフが必要だろう?」
『くはははははは! 申し訳ありませんが、今は弟子を優先させて貰いますよ。私にも貴方にも時間は無限にあるのですから』
告げて、私は身を闇の中へと沈めていく。
本当はモフモフをして欲しかった。
たくさん撫でて貰って、ドヤりたかった。
けれど。
私には見えていたのだ。
あの方は私をモフりながら、あの書を開いてしまう。
私がいる場で開いてしまう。
おそらく、陛下はあの書を開き――そしてあの一文を目にして。
……。
泣きはしないだろう。悲しみもしないだろう。許しもしないだろう。
けれど、確実に……あの方の絶望に、風を与える筈だと思った。
陛下はおそらく、まだあの父を許さないだろう。
あの絶念の日々を忘れないだろう。
ならばこそ、父の残したあの贖罪の言葉など、意味をなさないのかもしれない。
けれど。
全てが終わった果て。
滅びた楽園と滅びた世界の果てに遺した、すまなかったという言葉には、きっと……重みがあるのだろうと私には思う。
これがあの方だけに残した謝罪の言葉ならば、私はあの魔導書を魔王様には託さなかった。
或いは、永遠に封印していたかもしれない。
燃してしまったかもしれない。
けれど――あの聖典にはこう書かれていた。
我が子ら――と。
そう、それは魔王陛下のみに残した謝罪ではなかった。
全てのきっかけとなった、ある男の死。
おそらく、あの冥界神に向けた――初めての謝罪でもあったのだから。
私は魔王様の愛猫。
主人が独りきりになりたい時に、場所を離れる事もできる賢きネコ。
亜空間を駆ける私は雨の香りを感じていた。
魔王城に、珍しく濃い雨が降っていた。
ざぁぁぁぁ、ざぁぁぁぁっと雨が降る。
それがあの方の涙だったかどうか。
或いは偶然降った通り雨だったのか。
その答えは……。
私にも分からなかった。
ただ雨はしばらく降り続け。
触れる雫は優しく、まるであの方の心のように――。
私のモフ毛を撫でていた。
裏ステージ3
天才ニャンコとバカ王子 ~ソシャゲ学園イベ編~ ――終わり――