カピバラ が あらわれた。 ~魔猫は どうしますか?~その4
今回の黒幕の処遇を一任された私、大魔帝ケトスは供物の捧げられた祭壇の上。
皆の前。
結論を口にした。
『んじゃあ! これから私が何をしても――全員の結論ってことで、いいよね! はい、決定! どうなっても皆の責任だからね!』
ブニャハハハハハハっと!
迷宮国家クレアリスタの街に、魔猫の偉大なる哄笑が響き渡る!
何をしても?
その言葉に、ビシっと空気の固まる音がしているが、気にしない!
慌てた死神貴族ヘンリー君も手を伸ばしかけるが――気にしない!
「ちょっと待て! 駄猫! おまえ……っ」
『我はケトス! 大魔帝ケトス! 全てを任されし代行者なり!』
大魔帝セット一式を顕現させ、装着!
玉座の上に、私用の座布団をポンポンと敷き直して準備は完了!
よーし!
名乗り上げも成功!
今のは世界へあくまでも私は代行者だと、宣言。魔導契約を行ったのだ。これで何が起こっても、私だけの責任ではなくなった。
後は、誰かに突っ込まれる前に、即行動開始するのみ。
ネコちゃんの鼻で息を吸って。
大空に向かって声をかけるように、天井に向かい私は声をかける。
『おーい! 見ているんだろう、ロックウェル卿! 悪いんだけどー! ちょっと降りて来てよー! 君の力も借りたいんですけどー!』
うわ、バレてた! と、ジト汗を流すマーガレット君の狼狽を見て見ぬふりをする私。
とっても優しいね?
召喚の声に応じ――空間の僅かな亀裂から、声が漏れる。
『なんだ、気付いておったのか――クワーックワワワワ! まあ、良かろう! 呼ばれて飛び出てなんとやらであったか? ケトスよ! お前の真似をしてほら、顕現であるぞ!』
カワイイモフ耳を可愛く揺らす私の前。
供物が捧げられている祭壇に、濃度の高い魔力の渦が……ぶぉぉぉぉぉっぉぉん!
空間が――軋む。
混乱が起きる。
それもその筈。
今、目の前に華麗に顕現した神獣こそが、かの高名なニワトリさん。
神鶏ロックウェル卿なのだから。
どっからどうみてもヤバイ魔力を滾らせる神鶏に、周囲は騒然。
辮髪モンク僧カインくんが、驚嘆の声を上げる。
「また新しき、神……っ」
「絶対に攻撃をするなよ! むしろ崇めよ! 隙あらば全力で煽てて、良い気持ちにさせるのだ!」
慌てて聖職者たちが、ニワトリさん用の高級座布団を用意して。
ははぁ! っと、土下座。
私達が登場して、神だと判明した時と同じパターンである。
って、クレアリスタの民……。
まーだ、神様への狂信は治ってないのね……こういう神を妄信する部分も、徐々に直してあげたい気もするが。
まあいいや。
ともあれ、この赤鶏冠のニワトリさんは私の親友である。
ロックウェル卿は周囲を見渡し、瞳を細めた。
『ほほぅ! なかなかどうして、感心な人間どもよ。余に平伏しておるのか! そう! 余を崇めよ! 余を讃えよ! 余こそがケトスの親友にして、一生涯の仲間! 今の余は気分がいい、ゆえに奇跡を披露しようではないか! 感謝し、更に平伏するがいい!』
民たちからの視線を受けて満足したのか、ロックウェル卿は翼を広げ!
ビシ!
ズバ――! バサササ!
いつもの変なポーズと舞を披露してみせた。
迷宮国家クレアリスタの上空に、ニワトリさんマークの大魔法陣が展開する。
まあ、いまの舞で……この王国でまだ負傷していた民が全回復してるから。
いいんだけどね……。
回復させ過ぎもどうかと思うのだが、私の心配を知らずにニワトリさんはドヤ顔。
『余も酒を喰らい、宴を興じる! 皆の者、存分に余をチヤホヤしていいのだぞ! 良い、許す! 余を疾く愛でるがいい!』
もかもかぶわぶわ羽毛を靡かせ。
クワワワワワ!
『というわけで! ケトスと共に冒険をした者達よ、余こそがロックウェル卿である! メイド騎士の魔槍から全てを見ておったのだが――、ふむ、どうやらそれに気付いていたのは魔王陛下とケトス。そして余の頼みを聞き、監視魔導カメラ兼、神殺しの奥の手、ミストルティンの枝を受け取ったマーガレットだけであるか。なーんとも、ニンゲンとは貧相な眼力しかないのであるな!』
頭を下げるマーガレット君が「黙っていて、いや、ほんとすみません」と謝る中――。
彼女に目線で問題ないと合図した私は、ロックウェル卿に猫口をうなんな。
『ずっと覗き見していたなら、もっと早く出て来て協力してくれればよかったのに……。女神クレアが街を襲っていた時に、一瞬、くさむらでナニかが動いた気配がしたのは……君だったんだね。で、私達が大迷宮に入ると、入場制限の問題で覗き見ができなくなるから――カメラ役となる人物を探しに帰還。マーガレットくんに声をかけて、私への忠誠心っぽい感情を利用し同行させた……と』
はははは、とロックウェル卿の分の紅茶を注ぎながら彼女は再びぺこり。
聖職者たちから塩茹でトウモロコシを受け取ったニワトリさんは、粒をひとつひとつ丁寧にクワクワと喰らいながら。
にやり!
『まあ、おおむねはそんなかんじであるな!』
『ていうか、ロックウェル卿さあ。いつのまにこんな、世界を超えた……しかも大迷宮の中まで覗き見する魔術なんて習得していたんだい? それ、自らが授けた武器から対象を観察する……魔王様の専用魔術だろう? 私だってまだ習得してないのに! ズルくない!?』
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、ロックウェル卿がぎらーん!
鳥目を輝かせる。
『余に不可能はなし! しかし、お前はネコ毛をプンスカさせているが……これも余の優しさであったのだぞ? たまには、そなたと魔王陛下が共に過ごす時間も必要だと思ってな? それには冒険散歩こそが! 最適な場所になろう! 余はそう思ったのだ!』
どうやら、私が意図的に魔王様と距離を取っている事を気にしていたのだろう。
卿は続ける。
『なれど、遠くから見守ることにしつつも、余は悩んだ! 古き神が関わる案件に、未来を大きく変動させるお前の存在、そして同じく未来を乱すほどの魔術を扱う魔王陛下。不安定要素が多すぎた、この余の目ですら――未来が読み切れなかったからな。レベルが下がったままのそなたと魔王陛下に何かあっても困るしのぅ、故にこそ――! 余はマーガレットに声をかけ、同意を得た後に派遣し、その魔槍から眺めていたというわけだ!』
『なるほど、いざとなったら助けてくれるつもりだったんだね』
ん? でも大迷宮に入らず、どうやって救助するつもりだったんだろう。
『ねえロックウェル卿、具体的にどうするつもりだったんだい?』
『状態異常を無効化するおまえがいるからな。大迷宮を含むこの世界ごと――生きとし生ける者、全てを石化させ。必要なモノだけ石化解除をするつもりだったのであるが? どーした、皆の者、そのように複雑そうな顔をして』
『いや、それ……この大迷宮ってめっちゃいろんな世界と繋がってたから、下手するとダンジョン領域日本まで石化しちゃってたんじゃない?』
言われて卿は、上を向き。
『大は小を兼ねるというからな、問題あるまい?』
『君……私が言うのもなんだけど、やっぱり結構邪悪だよね……』
まあ、救助に入る必要もなく、観察止まりであったからやはり問題あるまい!
――と。
ロックウェル卿は翼をバササササ!
ミストルティンの魔槍は、苦労を掛けたマーガレット君への報酬でもあるのだろう。
なんだかんだ、この二人は良いコンビなようでもある。
説明し終えたロックウェル卿は、キョロキョロと首を左右に動かし。
コケケ?
コケケケ!
とある人物を見つけ出し。
トッテトッテトッテ♪
嬉しそうに駆けていく。
鳥足で、供物の山の横を通り抜け……ようとして、ブドウを喰らった後。
げぷりとお腹を叩き。
キリリと、闇の貴族の顔をして見せたロックウェル卿が、魔王様の前で立ち止まった。
恭しく、臣下としての礼をしてみせる。
『陛下、御久しゅうございます。此度の散歩はいかがでしたかな?』
「堅苦しい挨拶はよしてくれ、卿よ。キミとワタシの仲じゃないか。まあ、とても楽しかったよ? たまにはレベル一からやり直してみるのも悪くないね。少しは、気晴らしもできたさ」
微笑する魔王陛下の顔に真実を見たのか。
ロックウェル卿も、ニワトリの顔で微笑する。
そのままお茶でも始めそうな雰囲気だったので、私は肉球をビシッと割り込ませる!
『って! 魔王様への挨拶は後にしておくれ! すみません魔王様、ちょっとニワトリをお借りしますね――ほら、君はこっち!』
『コケケ!? なるほど! しょーがない奴だな! それほどに余が必要か!? では魔王陛下、缶詰づくり……あぁ……たぶん、これは……まあ何も言いますまい。ともあれ、頑張ってくださいませ。それでは』
あー、白桃缶詰でごめんなさい作戦の失敗が、ロックウェル卿には見えたのかな。
『んじゃ、拗ねられても面倒だし――ホワイトハウルー! 聞こえてるんだろう! 大いなる導き経由で見てるんだろうし、君もきてよー!』
まあ、魔王様と私がセットで行動し。
なおかつレベルが一にされてしまうのだ。絶対にあの白銀の魔狼も見ている筈なのだが。
こっちは確信はない。
が。
『グハハハハハッハ! そうか、ケトスよ! 我にも気付いておったのか!』
次元の隙間から雷の魔法陣……神雷がジャリジャリドドーン!
祭壇の床に、自らの召喚魔法陣を展開し――その白き獣は現れた。
白銀の魔狼で私の親友。
見た目はシベリアンハスキーで、実はとっても強いワンコ。
ホワイトハウルである。
座布団を運んでくるニンゲンたちをちらっと見ながら、彼は言う。
『大体の事情は見ておった。我が主、大いなる光の権能と我が力を合わせた千里眼でな。ま、まあ……卿が三千世界そのものを石化させかけていた事には、少々肝を冷やしたが。さて、話は早い方がよいだろう。で、我等に何をさせるつもりなのだ?』
今日は他の人も大勢いるから、駄犬モードではないのだろう。
まあ、彼が言う通り話が早い。
『簡単な話さ。これから当時の聖父クリストフの人格を再生させ、魂を再登録。魔王様のお父様とカピバラさんの魂が混ざりあっちゃってるこの憑依の器に、馴染ませ固定。このカピバラさんが悪さをしないために制御する人格を設定しようと思ってね』
「な、なあ。ど……どういうことだ、駄猫。単語が専門的過ぎて話が見えてこないんだが?」
ホワイトハウルとロックウェル卿の魔力にビビっているのだろう。
不安そうに問うヘンリー君に、追加のトウモロコシを齧りながら私が応じる。
『元の神の人格再生……ようするに、神の魂の蘇生とカピバラさんへの魂の追加さ。私達のように、カピバラの器に、二つの魂を同居させる儀式を行いたいんだよ』
「んー? んん?」
『だーかーらー! カピバラさんの魂は混ざっちゃってるから分解できないの! けれど、邪悪なレギオンの感情に支配されてるから、動き出したらまた同じことをするだろう? それもダメ! でも処分しちゃったら、罪もないカピバラさんの魂も消しちゃうわけだし。それもだめ! その問題をなんとかするために、あの残念パパモードのカピバラさんの魂を制御する別人格と魂を、用意したいの! そこで白羽の矢が立ったのが、楽園にいた頃の厳格パパ! その人格を再生させて任せるつもりなのー! 分かっただろう!』
ややこしい事になっているのは事実。
「ぜんぜんわかんないっての!」
んーむ、どう説明したらいいのか。
悩む私に、厳格モードなホワイトハウルが犬歯を輝かせる。
『なるほど、たしかに元の聖父クリストフならば――レギオンとなり果て行った自らの罪を自覚している筈。魔王様と袂を分かったあの男でも、恥じる程度の常識は持ち合わせているだろうからな。かつて楽園の神であった時に存在した良心を取り戻させ、行動で罪を償わせる。具体的には神としての治療の奇跡、無償の奉仕をクレアリスタの民に行うというわけか』
国民たちの感情が許しを与えれば、自然と魂も浄化されていくだろうからね。
『そう! そんな感じさ!』
『コケケ? なんだ、このカピバラを喰うのではないのか?』
じゅるり……クチバシの端から、涎が流れている。
『いや……三人で食べるために、呼んだんじゃないよ?』
『そうか、ではそれはまたの機会にするとしよう』
コケコケと頷くロックウェル卿だが。
んーむ……卿の場合、冗談なのか本気なのか判断できないのが困るな。
まあ、結論は決まった!
ここで急に声を上げたのは、なんと魔王様。
モモ缶を積んでいたその手を止め、陛下は言った。
「三人ともちょっと待っておくれ。まさか、あの男を復活させるつもりなのかい?」
私は言う。
『ええ、そうですよ? お父様は厳格だったそうですから、自らの罪の反省もできる筈。幸いにもこの国家の民は、まだ神の救済を必要としていますからね。私達がずっといるわけにもいきませんし……償いの機会は多く存在するでしょう。この迷宮国家クレアリスタの民の感情が慰められるまで、いえ、その日は来ないのかもしれませんが……まあ、カピバラの身体のままで、例の残念パパの人格と共に、奉仕活動でもして貰うつもりなんですけど。なにか?』
珍しく狼狽する魔王様が、私に言う。
「いや、だって……あの男も古き神だからね? ワタシの父だし……一度、滅んでいるわけだし。そこを蘇生させて、昔の話を色々と喋られても……ほら、ね? 色々と、そのなんだ……色々だろう?」
昔の話。
そう――私としては楽園の情報を引き出せる相手が欲しい。
そんな思惑もあるのである。
いつまでも勿体ぶった様子で。
まだ語るべきではない……的なはぐらかしを受けるのは、嫌だしね~!
『魔王様、私に言いましたよね。このカピバラの処遇は、キミが選んでいいみたいなこと。ちゃんと魔導契約、とってありますよ?』
にっこりと邪悪に笑う私。
その影も、強大なチェシャ猫笑いを浮かべている。
「いや、けれどねケトス――」
『責任を放棄したんですから、魔王様でもこの決定には逆らえませんよね?』
私は魔王様第一主義だが、魔猫でニャンコ。
言うべきことは言ってしまうし、一度決めた事はご主人様の意向であっても知らん顔。
それがネコという生き物である。
そんなわけで!
『じゃあ、二人共いくよ! 行った罪は自分でちゃんと償わせる! これが私の結論さ!』
輝くのは六つの輝き。
ネコ、犬、ニワトリの赤き瞳。
そして――。
猫目石の魔杖。
三女神の牙杖。
世界蛇の宝杖。
三種の神器の輝き。
大魔族三柱による、神蘇生魔術が発動した!