カピバラ が あらわれた。 ~魔猫は どうしますか?~その3
平和が訪れた地域。
大迷宮と共に成長した国家――クレアリスタ。
その街並みにあるのは、モフモフ毛玉の群れ。
ぽかぽか太陽に向かって、クワァァァァっと身体を向けるネコ魔獣達に支配されていること以外は、まあ平穏だといっていいだろう。
さて迷宮探索をしていた私達だったが。
今は場所も変わっていた。
大迷宮から脱出した私達は、帰還してから一息。
軽くドラゴン料理のフルコースを味わった後――カピバラを担いで、迷宮国家クレアリスタの神殿に向かった。
代表となっていた聖職者たちに、迷宮内であった全ての事情を説明したのだ。
既に魔物襲撃の名残をみせなくなった国家の中央。
目の前でグースカグースカ。
気持ちよさそうに眠るのは――今回の騒動の黒幕。
魔王様の死したお父様。
聖父クリストフパパ。
その神霊が他の神霊との集合体となり、魔獣カピバラさんの中に入り込んでいた古き神である。
そんなナマモノが、なにもしらずに眠る中。
黄昏色の松明ライトで浮かび上がるのは、黒きネコ手と肉球!
その持ち主は――なんと!
ビロードだってびっくりな極上手触りの猫!
大魔帝ケトス!
ようするに、私である!
フルーツ盛り合わせの瑞々しい香りが漂う室内。
祭壇の上。
肉球を傾け――記録クリスタルの映像を流し終わった私は、人間達に問う。
『と、まあ――そういうわけなんだけど。このカピバラさん、どうしたらいいと思う? こっちだけで処分を決めるのもどうかなっと思って、持って帰ってきたんだけど』
ブドウを一房、まるごと喰らってごっきゅん♪
高級座布団の上でニヒィ!
牙の端から果汁を漏らすカワイイ私に、聖職者たちは困り顔。
代表するように老司祭が、細い手を震わせ――瞳をぎょろり。
「そう申されましても……いえ! か、神を信じていないわけではないのです! そこは勘違いしないで欲しいのですが、なにぶん、スケールが大きすぎて……」
「我等の創造主が、このような異界の魔獣で……しかも、その楽園……ですか? 神々の世界を取り戻そうと暗躍し続けていたと言われましても」
ざわつく聖職者たちの声は、まあごもっとも。
そりゃそうだよね。
今までの神様は現在、いしのなか。キャットタワーで封印されてるって言われても、ねえ?
ここで話を引き継ぐべく動いたのは――。
クレアリスタの民。
既にこちらの仲間として動いているモンク僧のカインくんである。
長い辮髪を筋骨隆々とした肩にぶつけ。
胸の前で手を合わせる例のポーズをし、皆を一瞥。
「大魔帝ケトス様が仰ったご神託はすべて真実――拙僧もこの目で確認し、聖戦に参加したので間違いない! この聖獣カピバラが我等の創造主、つまり神であったことは事実なのだ! その目的は我等を信徒とし、信仰心……つまり神の力となるニンゲンの心を集めることにあった。そのためにあの大迷宮を作り――我等にダンジョン攻略をさせ続けていたのだ! だが……!」
言葉を区切り、ぐっと奥歯を噛み締めて。
「そこで神々は効率よく信仰心を集めるために、我等にあえて苦難を与え続けていた。卑劣にも試練などと称し、我等の信仰を試し、煽り――祈りのノルマを加算していたのだ! まるで蜜を集める蜂を飼っていたようにである! 拙僧は……っ、師の蘇生を長い間待ちわびた。信仰が足りぬと、神託を受けたその日から毎日、毎日修行に明け暮れ、祈りを捧げ続けた! その果てに待っていたのは、裏切りであった! 我らが利用され続けていたのも事実。だが……」
拳をぎゅっと握り、言葉を床に落とすように。
彼は身体を震わせた。
「時に神がきまぐれに、癒しの御手を用いていたのも事実。信仰心を稼ぐために人を救っていたのも……また事実なのだ。拙僧も、病弱な子どもだった頃……その御手で病を治して貰った経験がある。だから信じた。だから従っていた。拙僧にはどうしたらよいのか――正直よく分からぬ。神がどこまで悪意のみで動いていたのか、それが分からぬ。天井を見る事しかできなかった幼き日々、あの生き地獄から救ってくださった淡い奇跡の光……あの日の救済と温もり。それを拙僧はどうしても忘れられない。あの救済こそが本来の姿。楽園と呼ばれた彼の地で狂う前の、神の慈悲であったのかもしれぬと、そう――思いたくなってしまう部分もあるのだ」
拙僧には分かりませぬ。
そう、もう一度だけ言葉を漏らし、カイン君は黙り込んでしまった。
部外者である私達には計り知れない想い、ニンゲンの感情が様々にあるのだろう。
聖職者たちの表情も複雑そうである。
良い所も悪い所もある。
信仰心を効率よく稼ぐためには、奇跡の力を見せるのが一番。
利害が一致した案件もあったということだ。
神々は欲に忠実だ。時に彼らは信仰を稼ぐため、善良な神様な一面も見せていたようなのだ。
この迷宮国家クレアリスタの図書館には、様々な歴史が所蔵されていた。
川の氾濫から民を救ったり、火山の噴火を鎮めてみせたり――そういった奇跡を行使してみせていたのだろう。
魔術の痕跡から神の仕業だと気付かれるリスクがあるので、わざと氾濫させたり、火山を噴火させたりはしていなかったようだし――。
かといって、ダンジョン攻略を煽っていたのも真実。
信仰心を集めようとする欲望は表裏一体。
本当に、善行と悪行が積み重なり過ぎているのである。
まあ、今も善神とされている存在だって、けっこう似たようなもんなのかもしれないけれどね。
私だってグルメや暇つぶしのために動いて。
結果として人々を救う、なーんていうお約束なパターンも多かったし。
一人の巫女少女が前にスッとでて、カイン君に頭を下げる。
「それでもアタシは……この脚の傷を治していただきました。二度と踊れぬと嘆き悲しんでいた時に……主は降臨なさり、誰にも内緒だぞ……と、治療してくださったのです。アタシ、踊る事しかできなかったから、本当に、嬉しくて……その、すみません。そういうこともあったって、伝えたくて……」
か細くなっていく声に続き。
しゃがれた老婆の声が響く。
「あたしもさね。昔さ、悪漢どもに襲われかけたところを……主に救われたのさ。このような悪しき者は要らぬ、そういって、罰を与えてくださり、救ってくださった。まだ未来なんてモノを信じていた、乙女だった遠い過去の話だけれどね。それでもあたしにとっては、神は神。恩人なのさ。たとえ利用されていたとしても、あの時の救済だけは真実であったと、そう思っているよ」
声は複数から上がる。
皆は気付いていないが……その大半は、女と子供。
……。
そう。魔王様の信念と同じ……。狂った神に堕ちてもなお、そういった部分のパーソナリティを垣間見ることができたのだ。
人によって考えは違う。
裏があった神とはいえ、それでも神は神。
利用されていたとはいえ創世神をまだ崇めたい――そう考える民も、それなりの数はいるのだと思われる。
それにだ。
ここはラストダンジョン襲撃のための餌場。
それは間違いない。
そうは言っても、一連の流れは全て異世界での紛争。
ここの民たちにとっては神々同士の争いに過ぎず――極端な話、だ。
彼らが生きていく上では、まったく関係ない話なのである。
侵略ネコが平穏を崩した、そう思うモノもいるだろう。
そんな中。
街の男が言う。
「だが、神々は俺達の街を滅ぼそうとしたんだろ? ケトス様や、いま街でスヤスヤと寝ている猫達がいなかったら今頃俺達は……っ!」
そう。
魔王陛下の戦力増強に繋がってしまうとなったら、即座にこの国家を切り捨てた。
それも事実なのだ。
ま、まあ……そもそも私達がこの国家に侵入しなかったら、古き神々もここを滅ぼそうなんてしなかったんだろうけどね。
せっかく作った餌場だし。
信仰稼ぎの場所であった国家を乗っ取られそうになったから、じゃあ潰すかってなったんだろうし。
……。
あれ?
なんかこれ、地味にマッチポンプになってないかな。
いやいやいや、だってそもそも神に扇動されたとはいえ!
カイン君たちが学園に攻め込んできたのが悪いんだし! 私、悪くないよね!
よし、悪くない。
うん。
と、ネコちゃんが自己完結するが。
ともあれ話は進まず。
長い沈黙の中。
マーガレット君はすました顔のまま、私達のカップに紅茶を注ぎ無言。
彼女はこの世界の事はこの世界の人で決めるべき、そう思っているようである。
大いなる導きも、魔王陛下も古き神。
口を出すべきことではないと、部屋の隅で錬金術中。
供物の白桃を魔術で加工し、缶詰を作り出してお土産にしようと励んでいる。
これ、サバスくんへのお土産だな。
ようするに、抜け出してごめんね、てへ♪ でもお土産も持ってきたから許してね! をやりたいのだろう。
さすがは魔王様、まさに叡智の結晶である。
だが実は、前に私が試し失敗しているという事は、黙っておこう。
意外にもまともに会話に参加できそうなのは……。
チラリ。
視線を受けたヘンリー君が、あからさまな息を漏らす。
「あー……ちょっといいかな――?」
『あれれ? なんだい、意見があるなら聞こうじゃないか!』
横から手を上げる彼に、私はうんうんと頷く。
いやあ助手って感じだし、神経質な性格が上手く働き頭も回るので――うん!
実に使いやすい!
死神として、ようするに神としての側面を前面にだし。
彼は語りだす。
「このカピバラには古き神……神話世界の神が宿っている。その力は本物だった。この迷宮国家クレアリスタのニンゲンたちを創造したことは間違いないだろうね。それはまあ……一応、善行に分類される奇跡だ。この世界の民にとってはな? そして、クレアリスタの民が生きていくために必要な手段……ダンジョン内に食べ物や生活必需品を湧くようにセットした、それも善行だ。実際、それがなければ、規模に対して人口密度が高いこの国家の自給自足は、成り立たなかっただろうからね」
これは死神としての彼の本分。
あくまでも公平に、条件を提示しているのだろう。
「更に言うなら――かつて荒れていたこの地と、纏まっていなかった民の心を集め国家とするべく、彼ら古き神が尽力していたのも事実。もちろん、それは最終的には自分への信仰を稼ぐためではあるけれどね。大迷宮周辺の土地を清め、まだ生まれたばかりのニンゲンを導いていたのも善行。火を与え、文化を与え、言葉を与えた――それはまさに、人を見守り育む創世神そのものだ。結果としてだけれどね。だから――まあ、そのなんだ。おまえたちが捧げていた信仰全てが過ちだったわけじゃない、間違っていたわけでもない。それだけは、確かだっていう事さ」
随分とまあ長い言葉だが、ようするに今までの信仰を否定する必要はない。
そう言いたいのかもしれない。
なにしろ今までのこの国は神が第一だった。狂信的なほどに神に敬愛を捧げ、献身をみせていた。
あれほどにいた古き神々を頼って、長年暮らし続けていたのだから。
文化を否定されたと、もうおしまいだと絶望されても困るしねえ。
いまさら神の行いは全部悪でした!
なーんて、決めつけるのもどうかとフォローしているのだろう。
ほほー、あいかわらず根はイイ子ですニャ~!
――と、ニヨニヨする私に、ヘンリー君が青筋を立てる。
さて、怒られる前に。
シリアスな空気を作り出し、私は大人ネコの顔でヒゲを動かす。
『善行も、悪行も神の都合。どちらも行うのが神々という存在だ。聖父クリストフを擁護するわけじゃないが、上位存在なんて基本的にそういう思考を持っているモノなのさ。君たちだって、地面を歩いているアリが、もし調教次第で極上の蜜を運んでくるのなら、利用するだろう? 明日の糧とするため豚や牛を飼い、その命を喰らっているだろう? 善悪はこの際、語らないけど――神にとってはそれと同じことなのさ』
アリや家畜に言わせれば、人間達こそが卑劣で恐ろしい神。
そういう考えだってある。
倫理や思想の違い、その辺のむつかしいことはネコちゃんの私にはむいていないが。
皆を一瞥し、私はいった。
『それで、君達にもう一度問うけど――このカピバラを君達はどうしたい? 傷を癒され回復し、いまだに感謝している者もいる。逆に灰となった仲間の蘇生を渋られ、延々と信仰を捧げさせられたモノもいる。恨みを晴らしたいというのなら、それもいいだろう。真実を知った上で再び創世神として祀るのも自由。君達次第ということさ――まあ乗り掛かった舟だし、この世界の均衡を破ったのは私達だ。どちらを選んでも、ある程度は手を貸してもいいよ』
むろん、グルメは頂くけれどね。
と。
肉球についた葡萄の汁をチペチペ舐め上げながら、私は告げる。
皆が相談を始める。
老聖職者が質問するように、スゥっと瞳を開く。
「確認させていただきたいのですが、傷の治療やいままでの奇跡などは……」
『ん? ああ、このカピバラを処分してしまうと回復施設が使えなくなってしまうのか――っていう心配かな。結論から言っちゃえば問題ないよ? 今、この世界はネコ魔獣が支配しているし、ネコの神父さんも大量に生息している。丁寧に猫を崇めてグルメを提供すれば、彼らが代わりに私に祈りを捧げ治癒の奇跡が発動。今まで以上の治癒が受けられる筈だ』
だから神が挿げ代わっただけ、ともいえるんだよね。
『ネコに祈るか、カピバラに祈るのか。人類よ、よく考えて選びたまえ――私はどちらでも構わないよ。言っちゃあ悪いけれど、結局は部外者だからね』
無責任とはいうなかれ。
ここまで尽くしてあげたのだ、もう十分すぎる筈。大いなる導きの言葉ではないが――過剰な保護的干渉は、堕落を招きかねないしね。
しばし考え――彼らは目配せし。
私の前に跪き、答えを出した。
「分かりました。我らの結論は――大魔帝ケトスさま、我等をお救いくださった貴方様のご意志に従います。どうか――魔猫王の導きを我等に」
はい、キター。
絶対こうなると思ってましたー。
そうなのである。大事なことを自分の発言で決定したくはない、そんな学生時代の学級会の空気を思い出してみて欲しい。
結局は責任を取るのは、結論を決めた人。
みーんな、なんだかんだでその責任を負いたくないのである。
私だってそうだったのだが。
皆が私をじっと見ている。
えぇ……ネコちゃんにこういう責任を押し付けるのって、どーなの?
よくないよね?
……。
よし、押し付けよう!
耳を後ろに下げて――半目になった私はくるりと振り返る。
『あのう……魔王様! ちょっとご相談が!』
魔王様が笑顔で手を横に振る。
「ははははは! すまない、ワタシは一応このカピバラの身内だからね。さすがに決定権はない、というか道理が通らないだろう」
『えぇ……だってこれ、どっちを選んでも結局は一定数の不満が出る、答えなんてない選択肢ですよね? 私、そーいう、面倒な選択肢がでるとゲームとかでも投げちゃう方なんですけどー!』
そうなのだ!
だから私は答えたくない!
「いいじゃないか、皆がキミに決めて欲しいって言ってるんだから、後で文句なんて言わないだろうし。それに、自分から責任を放棄したのに文句を言ったのなら、いつもみたいに猫罰を下しちゃえばいいんじゃないかな。得意だろう? そういう呪いは」
いつもみたいに?
と、周囲の視線がうわぁ……っとなっているが、気にしない。
否定もしない!
なぜなら!
そういう、後から全員の会議で決めた結果に文句を言う輩には! ちょっとだけ不幸になる呪いをかけている!
それが事実だからである!
心を読んだのだろう、死神貴族のヘンリー君が呆れ声を漏らす。
「駄猫。おまえいつもそんなことをしているのか?」
『いつもじゃないよ、たまにだよ。たまに。それに呪いといっても三日に一度、夜中に、脂汗がでるぐらいの腹痛が何度も襲うだけだし』
さて。
まあ今の呪い発言で、後から文句を言う人間達にも牽制ができたところで!
私は口を開いた。
結論は――。