カピバラ が あらわれた。 ~魔猫は どうしますか?~その1
モフ毛が輝く大迷宮最奥! 存在するのは大魔帝ケトスこと素敵ニャンコな私!
麗しき御方魔王陛下!
そして、愉快な仲間達。
もふもふ探検隊の前に現れた神こそが――おそらく今回のラスボスだった!
見た目はタワシボディな巨大ネズミ。
魔王様の父にして、現在カピバラさんに憑依している神の死霊群。
狂神クリストフパパである。
動物好きという弱点を持つ魔王様の魔術攻撃が、まさかのカピバラさん憑依で封じられた中。
シリアスとギャグの狭間。
実はけっこう神話領域レベルなバトルは開始されたのだった!
デデーン! デーン、デデーン!
ボス用戦闘BGMが流れ出すが、これは敵のしわざ。
カピバラパパがブモっと鼻息を漏らし、こっそりと音声魔法陣を展開している。
なかなかどーして余裕綽々である。
当事者の一人、辮髪モンク僧――。
カインくんが硬そうな眉間に、ぎゅっとシワを刻む。
「音響魔術――精神を高揚させる儀式魔術ですな。油断してはなりませぬぞ、皆様方。これは吟遊詩人等が扱う、強化の呪歌の類と思っていただければと」
『なーるほどねえ、ただの演出に見せかけた立派な作戦ってわけだ』
相手のペースに呑まれてはいけないと大魔帝な私も、ネコの瞳で相手を睨み。
ビシっと華麗に宣言!
『魔王様の父上だって、私には関係ないもんねー! そのカピバラの身体から追い出して、おもいっきし説教してやるから覚悟するのニャ!』
音楽につられて踊りそうになるも我慢する私。
とっても賢いね?
「ほぉ! 面白いことを言う、神たる我等を裁くつもりか?」
『いや、君達さあ……神霊となったことで狂ってしまったとはいえ、やっていたことは極悪。ニンゲンを騙し。絶対にダンジョンを攻略できないと知っていながら――煽り、時には攻略完了しそうな人間を謀殺。何食わぬ顔で善神の顔をして治療をし、信仰を運ばせ続けていた』
そこにはたくさんの涙と血が流れた筈。
『今までだってそういうなんとなく気に喰わない存在は、ニンゲンだって魔竜だって、神だって滅ぼしてきたんだ。魔王様の父上だからって例外はなし! ちゃーんと、落とし前はつけて貰うよ!』
ぶわぶわぶわ!
猛る私の獣毛が、荒ぶる魔力に反応して波打ち始める!
マーガレット君もヘンリー君も本格的な戦闘態勢に入る。
魔王様と大いなる導きは既に補助魔術と奇跡を構え――私をじっと眺めていた。
こちらは一度、大迷宮に入った時点でレベル初期化されたことで――最善の状態とは言えないが。
まあ。
並みの強敵相手なら、無双できる程の戦力が整っている。
本格的な戦闘の合図だろう。
魔王様が皆を励ますように――朗々たる声を上げる。
「さあ聖戦の時間だ! 攻撃は出来ないが、補助ならいけるからね――神々の戦いを始めよう。とっとと邪悪なる古き神を滅し、器とされていたこのカワイイ獣をワタシのコレクションに加えなくては! ああ、ラストダンジョンにまたかわいいモフモフが一匹。ふふ、それはとてもいいことだ」
……。
励ましではなかったが。自分の欲に忠実な魔王さまも素敵である!
『我はケトス! 大魔帝ケトス! 悪も正義も関係なく暴れる魔猫王なり!』
開幕は私の魔弾の射手。
そして、迷宮で手に入れた月女神の魔弓による、連射!
雷光にも似た鋭く早い閃光が――カピバラ魔獣に向かい飛んでいく!
「ほお! 多次元からの同時攻撃か! 面白い! 我、聖父クリストフの名の許。汝等に神罰を喰らわせてくれるわ!」
光沢をギラつかせるシルクハットの下。妙にダンディーなオーラを放ったカピバラパパが、柔らかタワシのような獣毛をモコっとさせて。
牙をギラーン!
神殿風空間を支える周囲の柱が、極光色に輝き――私の攻撃をキャンセル!
思わず私はヒゲと猫口を蠢かす!
『ニャニャ!? 問答無用の遠距離攻撃無効!』
「なーっはっはっは! 多人数での戦闘は遠距離攻撃がどうしても増えるからな! 対策をさせて貰ったぞ! どうやら教育が必要なようであるし、まあよかろう! 時には年長者の貫禄をみせることも、必須! さあ来るが良い! 無数の神を取り込みし我は、いままでキサマ達が相手にしてきた敵とはレベルが違うぞ、レベルがな!」
取り込んだ神の思考が混濁しているのか、わりと支離滅裂である。
しかしこいつ!
ギャグっぽい見た目と口調なのに、そこそこやる!
魔獣カピバラパパの黒い足が、トンと地面を叩く。
それは既にスキルの発動を意味していたのだろう――カピバラパパの頭上に浮かぶ、神々の霊魂が同時に魔術詠唱を始める。
《多重詠唱》
まあ、よくある連続魔――本来、同時に二つの魔術を扱うのは困難なのだが、それを補助する定番スキルだ。
ちなみに。
私も魔王様もそんなスキルを使わなくても、同時に詠唱も魔術管理も可能である。
まあ、古き神っていったら魔導技術も古いだろうからね……。
単純な魔術威力はともかく、こういった技術の発展が今に追い付いていないのだろう。
ともあれ詠唱を妨害する必要がある。
『頼む、マーガレット君!』
「了解っす!」
術の妨害も得意とする前衛のマーガレット君が、先陣を切り――尋常ではない速度で加速!
タタタッタ!
神殿風の床を駆け、そのまま一閃するのかと思いきや。
瞬間転移!
『ぬぅ!? フェイントか――っ!』
「悪いけど、速攻で貰ったっすよ――!」
カピバラさんの影の中から顕現したマーガレット君が三つ編みを揺らし、槍をズジャ!
詠唱で浮かぶ魔法陣ごと、獣の胴体を薙いだ!
しかし。
「ガーッハッハッハ! 脆弱なる人間の娘よ! 所詮は小娘、まだまだ未熟!」
「な……っ! に、肉球で防いだんすか!」
え? カピバラさんって肉球あるの?
そう、武神の類も取り込んでいるのか――なんらかの原初の神力を発動し、マーガレット君の攻撃を全ていなして、弾き飛ばしているのだ。
「娘よ、人の身でありながらその胆力と技術、見事なり。だが――我には及ばぬ!」
「なぁぁぁぁにが我には及ばぬ! っすか、そっちだって魔法陣を展開できてないじゃないっすか! 互角っしょ、互角!」
見た目は――達人の領域を凌駕する程に魔槍と一体となる美少女が、でっかいカピバラさんにちょこまか動かれて、だぁぁあああああああぁぁぁぁ! っと、唸っている感じである。
なんて、呑気に見ている場合じゃない!
向こうはカピバラさん本体とは別に、古き神の集合体が動けるのだ!
カピバラさんの頭上――古き神々の幻影。
レギオンが、マーガレット君を狙う中。
「三つ編み女!」
「頼むっすよ!」
黒き書を翳すヘンリー君がバササササ!
「我! 冥府の血族にして――以下詠唱省略! 盟友招集!」
仲間の緊急召喚魔術でマーガレット君を救出する。
彼女を狙っていた神の幻影が、魔力の雷を抱いたままに振り返る――。
その前に!
腕輪をシャランと鳴らし、女神が舞う!
「導き焦がれ、明日となる――生きとし生ける者に祝福と導きを!」
女神、大いなる導きの舞によるパーティ支援バフが発動!
効果は身体能力の大幅向上。
そして、三度だけどんな攻撃でもはじき返す、奇跡の守りの付与。
わりとチートじみた支援バフなのだが、まあ本物の女神様だからね。
そんな女神様だが、何か空気がけっこう重い。
彼女はぞっとするほど冷たい美貌で聖父を睨んでいたのだ。
「聖父クリストフよ、古き幻影の楽園に魂を囚われた、哀れなる神霊達よ。あるべき場所へとお帰りなさい!」
神殿フィールドで舞う彼女の足元に、魔術紋様に似た神印が浮かび始める。
こちらの効果も支援バフ。
時間と共に傷が治療されていく、いわゆる徐々に回復する持続型のスキルである。
マーガレット君が後退した隙間を縫って、モンク僧が突撃!
「神仏調伏! 拙僧ら――迷宮国家クレアリスタの民の恨み、晴らさせて貰う!」
支援バフを受けたカインくん。
神速にまで届いたその皇帝拳によるコンボ攻撃である!
肉球の先に展開したピンポイントな結界で、蹴撃を含むカイン君の攻撃を防ぎながらケモノが吠える。
「クレアリスタの民か! キサマらの信仰心、実に良い贄となったわ! 感謝しているぞ、ガハハハハハッハ!」
「拙僧らはあなたたち神を信じていた! それなのに!」
揺れる辮髪と、食いしばる歯茎。
まあ、彼の怒りはごもっとも。
「騙される方が悪いのだ! それに、キサマらこの世界のニンゲンを作り出したのは我等! 自分で作った物をどう使ったとて、誰も文句を言うまい! おとなしく信仰を捧げ続けていれば良かったモノを、大魔帝ケトスの甘言にまんまと乗りおって! もはや神の慈悲も管理も途絶えた! 神を冒涜せし、その恥を知れ! 恥を!」
『やっぱり、古き神って基本はそういう思考なんだね! っと!』
すかさず!
私も後衛からトネリコの杖をぶんぶんブニャン!
『我、韋駄天の如く! 汝を討つ! さあ、現世に彷徨いし古き神よ。我が操る、滅びの風を受けるがいい!』
魔法陣そのものを纏いながら私は猛ダッシュ!
「滅びの風だと!? 笑わせるな! 魔術式の欠片も発生してな……って、おいキサマ! なぜ鈍器のように杖を握って、こちらに突撃を――ぐはぁぁああああああああああぁぁぁ!?」
『やーい! 引っかかってやんの~! そもそも今の私は盗賊職! 魔術よりも接近戦なんだよね~!』
ボコボコボコ!
っとカピバラパパの頭上に浮かぶ神霊達を、杖でぶん殴った。
ただそれだけである!
逃げるタワシ魔獣を追いかけ、私は延々と幻影を攻撃し続ける。
「コオッォォォラァァァァァ! 盗賊のくせに、魔術の杖で殴るんじゃない! キサマ! マナーを知らんのか、マナーを! これだから最近の若いもんは!」
『くはははははは! マナーなんて関係ないもんねえ! 今のうちにレベルドレインで弱体してくれるのニャ!』
風を纏わせた杖でドゴズゴバガズゴ!
レベルドレイン――すなわち相手のレベルを吸い取る嫌がらせ攻撃のおまけつきである!
みるみるうちに、敵のレベルが下がっていく。
そして代わりに、私のレベルは上がっていく!
さすがにレベルを吸われ続けるのは困るのか、神霊の幻影たちが反撃の光で私に三回攻撃!
三回までなら攻撃カット!
女神の祝福で問題なし!
続いて本体のカピバラパパが吠える
「小癪な、こざかしい真似を!」
ハート型にも見える肉球を翳し、狂える神霊クリストフパパが《多重詠唱》を開始。
この魔術式は――。
神話再現魔術、アダムスヴェイン!
魔王様が叫ぶ!
「まずい、戻るんだケトス! その魔術はキミと相性が悪い!」
「もう遅いわ! 喰らえ! 神話改竄、アダムスヴェイン。汝が積みし経験を糧とし、弾けよ大罪! 《欲張りし者への罰》!」
同時詠唱とはいえ発動が早すぎる。
こいつ――! 私の行動を読んで、先に準備していたのか!
避けられない!
『ニャニャニャニャ!? ぶにゃ!』
敵の魔術式が私の全身を包み――緊急発動。
黄金貨を掴む大罪悪魔の幻影が浮かび上がり、私の心臓をギュチュ!
嫌な音を立てて、魔力が体内を通り過ぎる。
モフ毛が逆立っちゃったし、肉球の表面がピリピリとするし!
地味に……痛い!
ダメージを受け吹き飛ばされる私に、周囲が驚愕。
ヘンリー君が乾いた悲鳴に近い声を上げる。
「どういうことだ!? あの駄猫が、あれほどのダメージを受けるなんて!」
「ロックウェル卿様から聞いたことがあるっすよ、あれはレベルアタック。対象者のレベルに応じてダメージが跳ねあがる魔術属性らしいっすね!」
そう。
これはどう見ても、私への対策。
美しき私は低級ネコ魔獣ゆえに、次のレベルまでの必要経験値がかなり低い。
膨大なレベル故の弱点。
レベル量に応じた効果を発揮させる魔術の影響を、大きく受けやすいのである。
飛ばされる私を受け止めたカインくんが、高速詠唱。
「主よ! 癒しと慈愛の導きよ! その御手を、どうか我が友にお与えください!」
《主の導きによる奇跡の治癒》が発動!
大いなる導きの力を借りた回復の奇跡で、私の傷を癒してくれたのだ!
『ありがとう、助かったよ!』
「いえ――しかし、このげっ歯類。少々妙ですな、まるでケトス様の弱点をあらかじめ狙ったかのような行動をしているように、拙僧には見えましたが……」
やっぱり、モンク僧カインくんもそう思ったようである。
馬のシッポにも似た辮髪にジャレたくなるが、ぐっと我慢する私。
偉いね?
『ああ、そうだね。どうみても私への嫌がらせ魔術だし。ここで待ち構えていた、というか追い詰められたフリをしていたというのも、あながち間違ってはいなかったのかもしれないね!』
やられっぱなしは癪なので、ギリリ!
ちょっと本気モードな私は、握った杖の先端から輝きを発する!
瞬間転移で影から私、再登場!
『この私にダメージを与えるなんて、生意気だニャ――ッ!』
奇襲は成功!
先ほどの魔術式を盗み取り――封印。
そのまま後ろ足で肉球キック!
げっ歯類の頬に、肉球スタンプが直撃する。
昏倒させるつもりのキックだったのだが――。
だぁあああああああああぁぁぁ! こいつ! またピンポイントで高密度な結界を張り、私の攻撃を軽減してるし!
まず、武神と思われる神を眠りにつかせるしかないか。
「がふぅ! ちぃ! 年寄りを労わらんかい!」
ともあれこれで、今のアダムスヴェインは封じられたが。
な……っ!
こいつ、まだ嗤っている!?
「しかーし! 再びかかりおったな! 大魔帝ケトッォォッス! キサマの行動はしばらく監視しておった、その行動パターンも弱点も読めておるわ! 喰らえ、キサマ対策第二弾! 神話改竄、アダムスヴェイン!」
《貪り喰らうケモノへの罰》が発動――!
王冠を被ったカエルが顕現し、無数に浮かんできた蠅を……。
ぱっくんちょ!
そのままカエルの王様が私をじっと見て、罪を問うかのように羊皮紙をひろげる。
瞬時に私の思考は加速する。
先ほどの魔術にあった神の名バアル……目の前のこれがそれを再現された存在なのだろう。一説によると、暴食の罪を司るベルゼブブの元になったとされる伝承の魔神である。
悪魔蠅王の名を有するベルゼブブではなく、旧神であるバアルの力をわざわざ借りているのだ。
私の天才頭脳がピキピキピーン!
すなわち。
後の世に人間が創作した七つの大罪を軸に改変した、原初神話への逆行魔術か!
通常の魔術式に神の伝承を正しくさかのぼる過程を追加。
その神話伝承の元となった旧神の力を直接引き出すことで、魔術の効果と威力を上げているのである。
まあようするに、通常よりも強力なアダムスヴェインということだ。
しかもこれ! 大罪を罰する力だとすれば。
まずい!
たぶんこれは食欲に応じたダメージか、いままでの飲食量に応じてダメージを与える攻撃魔術――ようするに。
大食いな私への特効攻撃じゃん!
しかもこういう大罪とかのメジャーな題材って、信じている人が多いから効果も絶大!
疑似的に信仰心を得た、神としての攻撃が可能なのだろう。
『ニャァアアアアアァァッァァァ! このカピバラ! さっきから私への対策完璧じゃん、なんなのさ!』
案の定、唸り怒る私の防御能力は貫通されていた。
この私が、ちゃんとしたダメージを受ける程の攻撃が続いているのだ。
それは正に異常事態。
カエルの王様が羊皮紙を読み上げる度に、私の身体が暴食の罪と罰を受け――ギシシシシ!
あー、うざったいぞ!
「先生! それ以上直撃を受けたらまずい!」
『大丈夫さ、ヘンリー君! 私は君の師匠なんだからね! 魔力解放――影渡りの猫』
影移動魔術で無事帰還!
両手を広げ、マーガレット君の頭の上へと着地!
ついでに、今のアダムスヴェインも魔術式を窃盗することで封印!
カエルの王様が闇の霧となって消えていく。
本来――先ほどのアダムスヴェインは私に致命傷を与えていた筈。
避け切れずに直撃した筈の私の身は、二回ほど消し飛んでいただろう。
しかーし!
私は無傷でモフ毛を揺らし一時撤退!
種明かしは簡単。
相手の動きを読んでいた魔王様による高速支援――支援効果の範囲を拡大する即興魔術。
そして大いなる導きによる補助――例の、三回までならダメージを無効化できる祝福の効果である。
大いなる導きの支援バフ。これ……やっぱり、だいぶチートだよね。
相手もそれを察したようで。
ブホっと鼻をフゴフゴさせ――ビシ!
「ふぅぅぅっぅうむっぅうぅ! まずは厄介な補助役、大いなる導きよ! キサマを倒さねばならぬようだな!」
「それができるのなら、戦いは苦労しないのでしょうね。貴方の攻撃が、わたくしに届きまして?」
告げる大いなる導きが余裕なのは、まあこれも簡単。
魔王様が完全防御しているからである。
相手は大いなる導きを最初に倒さないと話にならないのに、あの魔王様が全力でガード。
私はそもそも不死身だし。
わりとこちらは完璧な布陣なんだよね。
しかし、参ったな。
このお父さん――ギャグみたいな見た目と言動なのに強い。
現在、いしのなかの女神クレア。彼女の情報収集能力を侮っていた。
情報を握られるとこれだから厄介なんだよねえ。
こっち……。
というか私への対策が結構しつこくて、くどいでやんの!