魔王陛下の弱点 ~パパとタワシとネコちゃんと~
引きこもり結界で封印された地。
大迷宮最奥。
重厚な扉を開けた先に待っていたのは、古き神々の悪霊。
魔王様に対し妄執をもって現世に留まり続ける、神霊集合体。
死霊群。
遠き青き星。すなわち地球の福音書にて記された悪霊と、同一の名を持っているが――はたして目の前のコレはどうなのだろう。
分かっている事は一つ。
この中に、大魔帝ケトスこと私の主、魔王陛下の父君の魂も入り込んでいるという事だ。
すなわち。
これからシリアスをやろうというわけである。
憎悪の魔性でネコたる私!
そして、ここまで一緒に冒険散歩をしてくださった魔王様! 更にその他、愉快な仲間達で武器を構え!
いざ!
最終決戦なのである!
と――いきたい所なのだが……。
ネコちゃんである、私のモコモコ毛はこの部屋の主を、おもいっきしジト目で睨んでいた。
神々の神殿を彷彿とさせる最終フロア。
玉座にも似たソファーに座るそれは、スゥっと瞳を細め。
朗々と語りだす。
「待っていたぞ、我が息子――! そして我が息子の仲間達。まずはオマエたちがここまでやってきた、その奇跡! 神にさえ届く、叡智と武力に敬意を表してやろうではないか!」
その声は少し魔王様に似ていた。
上に立つ者だけが持つ、覇者の声音を持っていたのである。
そこに威厳のある男や魔物が立っていたのなら、それは映画のワンシーンにでもなったのかもしれない。
だが。
メイド騎士マーガレット君がヒソヒソと魔槍を片手にしたまま、私のモフ耳を揺らす。
「どーすんすか、これ……?」
『いや、どーするのかって私に聞かれても……』
私は目線を逸らし、チラリ!
死神貴族ヘンリー君に助け船を求めたのだが、クマの残る瞳を逸らされてしまった。
いつも飄々としている魔王様も珍しく悲壮な顔で。
あぁ……こういう人だった――と嘆き。
女神、大いなる導きとモンク僧カインくんは警戒したまま――結界をこっそりと維持している。
よし、二人はシリアス顔だ!
まだ大丈夫!
様々な反応を示すこちらに、聖父クリストフと思われるソレはずずいっと瞳を細めたまま。
口をもごもご。
「どうしたというのだ? なにか思っていた反応と違うのであるが?」
ええーい、仕方ない!
これと向き合うか!
『いや、あのさあ。この際、魔王様のお父さんだっていう威厳ある立場を、もう忘れちゃって話すけど……ね? どうツッコんだらいいか、悩んでたんだけどさあ? 君、どっからどーみてもデッカイ齧歯類。カピバラさんだよね?』
そう、私の目の前にいたのは無駄に高級そうなシルクハットを被った。
巨大ネズミ。
「カピバラ? ああ! この聖なる獣の真名であるか! 左様! この全てを喰らうが如く、モソモソと咢を動かす魔獣こそが! 我等二相応シキ、器!」
なーにがふさわしき、うつわ! じゃ!
しかも、キリっとする場面じゃないだろう!
『えぇ……マジでカピバラなの? なんで、そんなことになってるのさ!? 夢猫ネットでも確認したけど! 文献だとレギオンって、一人の男と大量の豚に憑依するんだろう!? 人の肉体から追い出された後はブタに憑依して、溺れて消えるってなってたし、全然違うじゃん! ネズミじゃん!』
その毛並みは少し柔らかいタワシを想像して貰えばいいだろうか。
それなりに大きな動物園で飼育されていて、ヌートリアに似ていて、食いしん坊で。
温泉とかに入って瞳を細めウトウトとしている。
あのカピバラである。
で、さあ?
そのカピバラさんの頭上……に、おそらく古き神々だと思われる神々しい幻影が、無数に蠢いているのである。
これが人間に憑依していたなら。
聖書のワンシーンを切り取ったような、恐ろしくも美しい場面になったのだろうが。
動揺するこちらに満足なのか。カピバラさんは、ふふーんと悪役幹部の表情を無理やり作り。
ぷは~!
タバコの代わりにトウモロコシを齧って、振ったお塩の香りを漏らす。
「ふむ、ならば聞かせてやる! 我等が入れる器を探した結果――相性がいいと判断したのは全てを貪欲に喰らい、病という名の死を運ぶ存在。すなわちネズミ! そして、その最も大きかった種が、鬼天竺鼠、別名でカピバラ! すなわちこの姿だったという事だ! どうだ、これでよーく、分かったであろう? 恐れ入ったのなら、とっとと我等の軍門に下るがいい!」
ででーん!
まるで偉そうな魔獣みたいなポーズで私を指じゃないけど、指差し。
ズリ落ちかけたシルクハットを、こっそり直すその姿はまさに珍獣。
『なんで、よりにもよって器に選んだのがカピバラ……えぇ、めっちゃ戦いにくいじゃん』
「ほほぉ! ネコ魔獣であるのにネズミが怖いか! なかなかどうして! かわいらしい所もあるモフモフではないかッ!」
あ、微笑む顔はちょっとかわいい。
『いや、色んな意味で怖いけど……これ、たぶん、そっちが思ってる類の恐怖じゃないよ? うわあ、関わり合いたくないなあ……とか、そういう方向だよ?』
どーしよ。
このパターンは想像してなかったぞ……。
レギオンなんていうぐらいだし。人型種族の器に、神々の魂を憑依させていると思っていたのである。
ようやくショックから立ち直ったのだろう。
魔王様が無理やりにシリアスに顔を引き締め、こちら全員に伝えるように声を出す。
「こんな残念な再会だし、見た目もげっ歯類だが――おそらく、その力は本物だ。複数の原初の力と神性を感じるからね。ま、まあ……楽園と共に滅び神霊となった事と、他の古き神と魂を集結させたこと、そしてなによりカピバラに憑依した事で……人格に異常が発生。なんというか、性格や行動理念にズレが生じているようだね」
息子である魔王様が、ぎりぎりでシリアスな顔を維持する中。
カピバラパパさんは、ちょっと小振りのスイカをカカカッカッカ! と齧っている。
あ、手についた汁を舐めた!
……。
どうやら、食料補充をできる古き神も取り込んでいたのだろう。
魔王様が悲痛な顔で、べちん……とその麗しい顔を大きな手で覆う。
「あぁ……なんというか、ケトス。すまない、ちょっと、これの相手をしばらくキミにお願いできるかな? ワタシはこれとまともに向き合う気力が……もちそうにない」
あからさまにドン引きしている魔王様は、実にお労しいのだが。
構わず、カピバラパパが――ふふん!
「臆したか、我が息子よ! よほど我等が怖いとみえる!」
いや、だから、そりゃ怖いよね。
だって厳格だったらしい父親が、カピバラさんの身体に憑依して――無駄に偉そうにしているのだから。
現実逃避モードに入りかけている魔王様、その前にスッと出たのは心優しき女神。
大いなる導きである。
彼女はカピバラパパに向かい、礼をしてみせて。
「お久しぶりですわ、聖父クリストフ様。わたくし……大いなる導きと名を与えられました、しがない女神で御座いますが、覚えておいででしょうか?」
「ふむ――華麗なる舞にて、閉ざされた光を闇から救い出した者。生きとし生ける者の未来を照らし導く、美しき女神か。偉大なる我等に舞でも見せてくれるとでもいうのか? ガーッハッハッハ!」
おお! シリアスが一歩リードした!
女神は結界を維持し、こちらを聖なる光で守ったままに――唇を艶やかに動かした。
「そうですか、やはり覚えていてくれたのですね。ならばこそ――もはや多くの言葉は不要でしょう。答えなさい、かつて滅んだ楽園の残骸よ。貴方は一体、なにをなさるおつもりだったのですか?」
ツゥっと睨む、その眼光は女性特有の鋭さがある。
ラスボス系女神だけあって、けっこう怖いんだよなあ……。
しかし相手はひるまず、ガハハハハ!
牙を覗かせ、瞳を見開き頭上の神々(幻影)を光らせる。
「決まっておろう、楽園を取り戻す――! いや、前の楽園よりももっと素晴らしき地を作り出し、我等がその頂点へと君臨するのだ! 今度こそな!」
『いやいやいや、信仰心の欠片も失っちゃった君達には無理でしょう。君達の力の源だった大迷宮信仰大作戦は失敗! この迷宮国家クレアリスタの民も、もう君達がやっていた悪事を知っちゃったし? 諦めちゃったらどうだい? わーたーしー! 魔王様のお父さんだからって! 手を抜くつもりはないんですけどー!』
お父さんといっても、亡霊だし。
そもそも私がお慕いしているのは魔王様本人であって、その血筋や、しがらみではないのである。
カピバラパパは柔らかタワシのような毛をぶわっ!
デデン! と、足を踏み込み高らかに宣言する。
「いーや! 我等が野望は潰えてなどおらぬ! なぜなら計画通り、楽園を再建する手立てが今、目の前にやってきたのだからな!」
ビシっと指を差されてしまったのである。
あー、はいはい。
これ、ようするに私を仲間に引き込もうとしていたのね。
「その鍵となる存在こそがキサマだ、大魔帝ケトス! っと、なんだキサマは! 冥界の血筋のモノよ、我等が新たな御旗となる最強の魔猫神をどこに隠した!?」
「って! 駄猫! ボクを身代わりの術で前に出すなよ! 変なナマモノにボクが睨まれてるだろう!」
狼狽するヘンリー君の後ろに隠れて、肩からにょこっと顔を出し。
私はアッカンベー!
『ぶにゃははははは! なんで最も愛され崇高な存在であるネコ魔獣の私が、でっかいネズミの君の言う事を聞かないといけないわけだい? そもそも見返りは? どーせ、神にしてやるとか、世界の半分をくれてやるとか、そういったお約束しか言えないんだろう?』
くはははははっと嗤ってやって。
ビシっと逆に肉球で指差し!
『私を従えたいのなら! せめて大量のグルメでも用意するんだったね!』
まあ、さすがにグルメでさえも魔王様よりは下。
この方を裏切ることなんて、絶対にないのである!
ネズミの鼻を、モキュモキュさせ――カピバラパパが唸りを上げる。
「戦闘力においては、我が息子をも凌駕する破壊神! 荒ぶる魔猫。終末の獣! 大魔帝ケトォォォォォス! 我等は必ず! キサマを神とし! 我等の繁栄を否定した我が息子に代わり、楽園の神へと仕立て上げる! 新たな宗教、新たな国、新たな楽園を生み出してみせるぞ!」
宣言と共に、十重の魔法陣がその足元から浮かび上がってくる。
さすがに古き神の集合体。
暴走するその魔力は見た目と反して、かなりのモノだ。
少なくとも、女神リールラケーや大いなる輝きよりも数倍は上。
『瞳は狂気に染まっているし、そもそも亡霊系の魔物だとするとその精神状態は安定もしない。狂神霊クリストフパパ……って名付けたらいいのかな。まあ! このままだと話し合いは無駄だね。とりあえず、一度倒して正気に戻らせるしかない!』
「そのようですな!」
唸るカインくんが、皇帝拳を装着。
シリアスモードとなったマーガレット君が無言で、ミストルティンの魔槍を構え――シュルンシュルン、シャン!
ヘンリー君が北の賢者から託された黒き書を翳し――そして。
魔王様がその隙間を縫って、長い腕を伸ばし!
万華鏡のように十重の魔法陣を展開。
「神罰再現アダムスヴェイン! 崩壊せし楽園!」
収束する破滅のエネルギーが、カピバラパパの身体を包み。
魔力大爆発を起こす。
当然、引きこもり結界内のこんな密閉空間でそんな大魔術を使ったら……うん。
こっちも巻き込まれる。
大いなる導きが慌ててサポートに入りながらも、珍しく大声を上げる。
「ちょっと! クリストフ! いきなりこれは、やりすぎじゃ……っ!」
「んー。少々試したいことがあってね、これはその確認。小手調べさ」
魔王様はまったく動じていない。
それもその筈。
反動でこちらも全滅してしまう所だが、それは安心なのだ!
すかさず動いていたのは当然、私!
肉球を翳し、十重の魔法陣を瞬時に――展開!
『我はケトス! 大魔帝ケトス! 白銀の魔狼の力を借りし、盟友魔猫なり!』
名乗り上げの詠唱に導かれた魔力が具現化。
《冥府魔狼の墓守神》が発動!
こちらの全員をジャッカルの幻影が包み、守り始める。
ホワイトハウルの力を借りた、結界の奇跡である。
パタパタパタと、爆風が私のモフ毛を揺らしているが――これ、結界で防御してなかったらこっちもかなりのダメージを受けてたんだよね。
まあ、魔王様との連携!
というやつだ。
小手調べといっても、魔王様の魔術――相手はもはや動けまい。
こちらの勝利!
の筈だったのだが。
爆音と煙が消えた後。
それはモキュっと顔を出し、ドヤァァァァァァ!
「ガーハッハッハ! やはり我らの計画は完全! 我が息子よ、キサマの弱点など父である我はとっくに把握しておる! そちらも確認のようであったが、こちらも確信を得た! この勝負、我等の勝ちである!」
『え!? あの魔王様の一撃で、無傷!? ど、どうなってるんだい!』
思わず私が狼狽したのも当然。
相手の柔らかタワシな寸胴フォルムには、傷一つついていない。
ギリリと歯を食いしばり、魔王様がシリアスな空気で言う。
「やはり……こうなってしまったか。すまないキミ達、今回のワタシはあまり戦力になれそうにない……!」
『どういうことなんですか? もしや、あの残念パパが何か魔術を!?』
残念パパという言葉に、カピバラさんの耳がぴょこんと動くが。
構わず魔王様は言う。
「いいかい、落ち着いてよく聞いて欲しい」
魔王様はごくりと息をのみ……私達も息をのみ。
そして。
もっとも尊き御方は、ぷるぷると拳を震わせながら、こう言った。
「ワタシは……ああいうアニマルを傷付ける事が、できないんだ! 中身は腐れ外道な神々だと分かっていても! 本能が、あのつぶらな瞳を傷付けてはいけないと、勝手に魔術にアレンジを加えてしまうようなんだ……っ」
ようなんだ! ようなんだ! ようなんだ!
と。
大迷宮に、魔王様の宣言がこだまする。
マーガレット君が慌てて叫ぶ。
「ちょ! 魔王陛下!? そーいう冗談をやってる場合じゃないっすよ! って、なんで目線を逸らしてるんすか? え、ガチのマジで!? 相手が一応かわいい動物だから!? あんな強力無比な大魔術なのに!? 攻撃が無力化されちゃうんすか!?」
「ははははははは! ははは……はは……――うん、すまないね。ここは、キミ達に頼るしか……ない、みたいな?」
あ、これ。
ネタじゃなくて、マジなやつだ。
えぇ……。
私の方が可愛いのに……。
カピバラパパさんが、シルクハットを輝かせ偉そうにふんぞり返り。
朗々と語りだす。
「オマエ達は我等を追い詰めた気になっていたようだが、実はその逆! まんまと騙されここまでやってきた弱き者どもよ! その愚かさを反省するといい! ガーッハッハッハハ!」
声だけは良いだけに。
なんか、ムカつく。
って、地味にイラっとしている場合じゃない!
えぇぇっぇぇぇぇっぇえ!
これ、魔王様の攻撃抜きで戦わないといけないの!?