それぞれの決意 ~神が笑った日~
ほぼ全ての領域をネコ喫茶風エリアへと塗り替え、占領!
けれど我等は沈黙中。
今回の黒幕が古き神々の集合体。
神霊が合わさり一つとなった存在――レギオンかもしれないと聞かされて。
うん……。
空気はどんよりずっしり重かった。
いやあ。なにしろ、その中に魔王様のお父さんもいるかもしれないとのこと。
どんな理由で亡くなられたのか。
その関係性はどうだったのか、昔をあまり語らない魔王様からは読み取れないが。
んーみゅ。
まあこの感じだと……あまり良い関係ではない……。
というか、敵対していたとみるべきか。
確認するように大いなる導きに目線をやると、彼女は肯定するように頷いてみせた。
はい、確定!
すんごい、きまずいぃー!
大魔帝ケトスことネコちゃんな私は、後ろ脚をうにょーんと上げて。
内もものモフ毛をチペチペチペ♪
緊張をほぐし、心を落ち着かせるための毛繕いである!
かわいくしぺしぺ♪ する私を眺めて、魔王様がウットリ癒される中。
さて!
話を進めよう!
『はぁ……まあ、魔王様がどうして緊急でやってきてくれたのかは理解できました。そして、普段と妙にテンションが違うのも、こうして私に甘えているのも分かりました。さて、これからどうするかですが――……』
ここで私の猫口は止まってしまう。
まあ、やることは決まっているのだ。
神霊となっている聖父クリストフパパを退治するなり、封印するなり。
何らかの行動を起こさないといけないだろう。
だって、どーかんがえても魔王城を襲わせた犯人って、そのパパさんだよね。
重い空気を見かねたのか――助け舟を出すように手を上げたのはヘンリー君。
連戦の疲れでクマを浮かばせた瞳でじっと、私を見る。
「で、駄猫。アンタはどうするつもりなんだ? 眷族は主人の身内には手を出せない、なんていう契約や制約もあるって聞くけどさあ。仮に魔王陛下の考え通り黒幕が……その、なんだ、聖父クリストフさんを含む神霊集合体であっていたとして、戦えるのか?」
これはどちらかというと魔王様に戦えるのか。
そう遠回しに聞いているのだろう。悪くない機転である!
『ああ、当時の君はまだ引きこもっていたから、知らないかもしれないが――。魔王陛下の実兄である冥界神レイヴァンお兄さんとも、もう既に戦っているんだよ。私達にそういう制約は定められていない。我らが主人、魔王陛下は自由を重んじてくださる方だからね』
まあようするに。
倒そうと思えば、私の意志で倒せてしまえるのである。
メイド騎士のマーガレット君があえて明るい口調で、にっこりと花の笑み。
「ちょっといいっすか? 申し訳ないんすけど、あたしはやるっていうなら全力でやっちゃいますよ? ロックウェル卿様にこの神殺しのヤドリギ……ミストルティンの魔槍を託されたという事は、まぁ……たぶん。クワークワクッワ! 余には全てが見えていた! 特効武器を渡してやるから、おまえが余の代わりに力になってこい! ってことでしょうし」
ただ――、と言葉を区切り。
案外とのほほんとしている魔王様に、目線をチラリ。
「その聖父クリストフ様という存在は、滅ぼしても大丈夫な方なんすか? ぶっちゃけ、あたしたち人間には楽園っていわれても、お伽噺より前の神話時代のなんかよくわかんないヤバイ神様達がいた世界。そんなふわふわっとした情報しかないんで、わけわかんないんすよ!」
「然り――」
続いて。今回の事件の被害者でもあり、神々に騙され続けてきた聖職者。
モンク僧のカインくんも声を上げる。
「拙僧にとってはおそらく――そのクリストフ殿たちこそが、かつて信仰していた神々なのでありましょう。故にこそ思う所が多々あります」
死んでいった家族や旧友。
そして仲間を思う顔で、モンク僧は鼻梁にわずかなシワを刻む。
「ここが魔王陛下に仇なすための力を稼ぐ、舞台。この世界が終わらぬ餌場として作られていたと知ってしまいましたからな。信仰のために延々と踊らされ続け、灰となった仲間を人質に戦わされ続けていた。何も知らずに主犯ともいえる神々に感謝し、祈りを捧げ続けていた。それはとても滑稽な光景であったのでしょう。失ってしまった同胞のため、その恥辱は拭いたい――そう思ってしまいますな」
この二人はどちらかといえば、倒すのに賛成。
ということだろう。
まあカインくんにとっては、本気でこの相手こそが恨むべき神でもあるのだろう。
ていうか。
本当にこの世界のニンゲンたちにとっては、黒幕も黒幕。
まっくろの邪神なんだよね、そのパパ入りレギオン達。
ようするにどっかの異世界で自作自演で信仰値を稼ぎまくっていた、大いなる輝きと似たようなもんなのだ。
ニンゲンとしてはそんな危険な神を許したくはない。
しごく当然な発想だろう。
残るは大いなる導きと魔王様なのだが。
さて、他の者達だと言いにくそうだし私が言うか。
『私も楽園に関してはレイヴァンお兄さんから話を数度聞いた程度で、正直分からないことばかりです。大いなる光もあんまり話してくれませんし。実際どうなんですか? まあ、今さら倒しちゃダメって言われても! 私は既に何度か、古き神を消滅させちゃってるんですけどね!』
私、つよい!
どーよ! 褒めてくれてもいいんですよ!
――と。
空気を少しでも明るくしようとする!
この努力を認めて欲しいのである!
魔王様も大いなる導きも、瞳を細め――ほんわか♪
私で癒されている!
「ええ、そうね――わたくし達、元楽園の住人が抱える問題……後始末でもあるのでしょうね。滅ぼしていいのか、その答えを導きましょう。結論から言えば、あの方を滅ぼしても問題はないでしょう。あの方は既に楽園と共に滅んだ身、神としての役目も、魔王陛下の父君としての役目も――既に終わっているのです。あの方の滅び、それは世界のシステムを壊す事にはなりませんから……けれど」
魔王様に目線をやり、女神はシャランと腕輪を鳴らす。
「クリストフ、あなたに確認したいのですが――当事者ともいえるあなた自身はどうしたいのですか? わたくしは主ともいえるケトス様の意思に従います。そしておそらく、ケトス様はあなたの意向を尊重するでしょう。どうしたいかはあなたが決めるべき、わたくしの照らすべき導きは――そう語っておりますわ」
不安そうな顔で、けれどハッキリと問いかける大いなる導きの言葉ももっとも。
あなたの父上を討伐していいですか?
そう聞いているわけなので、ちょっと聞きづらい事を言わせてしまったような気もする。
「ワタシは――そうだね。このまま未練を残し、忌むべき神の死霊群として父が漂っているのは、あまり好ましいとは思っていない。しかしこれはあくまでもワタシの未来を見る呪われし能力による予言。ケトスがこの案件に関わっている以上、未来は既にグチャグチャに書き換わっているだろう。今の父がどうなっているのか――会ってみない限りは、なんとも答えをだせないけれどね――」
魔王様がかわいい私の頭を撫で。
微笑んだ。
「それでも……ここで、きっちりと始末をつけるべきだと、そう思っているよ。滅ぼすにしても封印するにしてもね! 皆には悪いと思うが、もう少し付き合ってくれるかい?」
それは前向きな顔と答えだった。
以前の魔王様なら、どう答えていたのだろう。
私が変わったように、きっと……魔王様も私達との日々で色々と変化があった筈なのだから。
絶念の魔性。
世界への絶望と失望は、おそらくいまだにこの御方の心を蝕んでいる。
それでも。
私は明日を照らす肉球を――ビシ!
『じゃあ! そうと決まれば早速出発! 我等もふもふ探検隊! 魔王様をきっちり御守りしますニャ!』
モフ毛をわた飴のように膨らませ、更にカワイイアピールも追加!
完璧な宣言をしたのだった!
ここ数日、私達は共に迷宮を潜り冒険したのだ。
それなりにコミュニケーションが取れているし、仲間意識もある。
異論はないのだろう。
私達はそれぞれの思いを胸に、最奥へと向かった。
◇
もはやダンジョン領域自体が私の城のようなもの。
最奥に進むと言っても、邪魔するモノはなにもないわけで――。
魔猫化したダンジョンモンスター達が、それぞれに交友を深める中。
私達は、とてとてとて♪
黒い毛並みが、魔力照明に照らされてとってもイイ感じではあるのだが。
うん。
順調に歩いているっていうのも、色々と複雑なんだよね。
これから魔王様のパパさんのゴーストを倒すわけなんだし。
そういう空気を見かねて、やはり空気の読めるマーガレット君がまず声を上げた。
「そういえば魔王陛下、質問なんですけど――いいっすか?」
「なんだいマーガレット君。スリーサイズと年齢以外だったらなんだって答えてあげるよ?」
……。
魔王様、ちょっとそれは古い……というか化石のようなギャグなのだが。
こちらではそういう返しの文化がないのか、それとも気を遣ったのか。
そのままスルーしてマーガレット君が言う。
「戦う事を前提として話を進めさせてもらうっすけど、そのレギオン……でしたっけ? 神霊が合わさって一つになってるっつーヤバイ存在。具体的にどういう見た目で、どういう特徴を持ってるんすか? いざ戦いとなった時に、対応できずにこっちが苦戦! なんてなっても嫌ですし、何か知っているのなら教えて欲しいっすけど。どうっすか?」
おやじギャグをスルーされて、ちょっと頬に汗を垂らしているが。
それでも魔王様は応じる。
「ふむ、キミは実に賢い子だね。さすがは我が弟子ケトスとロックウェル卿、そしてホワイトハウルに認められたこともある娘。勇者の圧倒的な破壊の力を受け継いだ存在だ」
「あー……やっぱり、あたしにはそういうなんか、よくわかんない力が混入しちゃってるんっすねえ」
と、肩を落として、マーガレット君。
姉には勇者の扇動の力が、妹には他者を……特に権力者を魅了する力が、それぞれ引き継がれていた三姉妹。
まあおそらく、その心境もこれまた複雑。
マーガレット君も立派だししっかりしているが、若い娘さん。
力への恐怖や、不安も存在するのだろう。
そういう感情に魔王様も敏感だからね。
穏やかな顔と声で語りだした。
「心配することはない。キミが受け継いだのは力だけ、勇者としての運命や、バランスを保とうとする世界から放たれる干渉力、それらを受けるわけではないからね。キミは力の良い所どりができるってわけさ。それって結構お得なんだよ?」
「え? じゃあもし勇者としての力以外も受け継いでいたら、なんかマズかったんすか?」
問われて少し眉を下げる魔王様。
きっと百年前の、あの勇者の事を思い出しているのだろう。
「ああ……ワタシを一度眠りにつかせたあの勇者のように……、いつか世界の狂気に取り込まれ、世界の調和とバランスを保つだけの歯車。狂人へとなり果てる可能性が高い。ワタシとケトスの世界、つまり魔力密度が濃い世界の勇者は特にね。そういった暴走者になってしまう可能性があるんだ」
……。
私のモフ耳が、ぴょこんと蠢いていた。
おそらく私こそが、該当人物。
いや、ネコだけど。ともあれ。
人と魔と天界がグルメを通じ和解し、栄え、平和となった私達の世界――あのグルメランドともいえる地の、今世の勇者なのだろう。
それは間違いない。
けれど、自画自賛をしてしまうが私は圧倒的に強き存在。
世界の干渉力など受けるどころか、逆に――運命力を操り、都合のイイ未来を引き寄せる豪運。いつもの悪運に変換することができる。
カワイイ私がついついミスやうっかりでやらかしてしまっても、いつも問題ない。
そりゃ多少のトラブルはあるが、罪なき者の死者は出ない。
ギャグ補正とでもいうのか。
まあ結局は、最終的になんだかんだで上手くまとまっている。
それは類まれなる豪運と、勇者としての力があるからなのだろうと思う。
しかし……。
私よりも弱い存在が百年前の、あの勇者の力と運命を引き継いでしまったとしたら。
……。
私の脳裏には、いつも明るいあの娘の顔が浮かんでいた。
ポテチもついでに頭に浮かんでしまったが、それは仕方なき事……。
まあ。
いつかくる未来を変えるためにも――私は頑張っているのだが。
ともあれ!
『それで魔王様。実際に相手はどんな形状なんです? 例えばですけど、集団で魔術反射をしてくる神霊集合体――! なんてなったら、私、けっこう困るんですが』
「はははは。魔術反射に弱いのもキミの弱点だからね。まあ強引に対策を考えているようだから、今のキミならば問題ないだろうが。うん、そうだね。レギオンについての情報だが、全くないんだ!」
にこやかに言い切る魔王様に。
こちらは茫然。
天女の羽衣を揺らす大いなる導きが、明らかに動揺した声を漏らす。
「クリストフ? どういうこと? だって、あなたは地を這うアリの誕生から世界の終末まで……全てが見えているのでしょう?」
「ワタシは最近ね。全てを見る事ができなくなっているんだ……ケトスのおかげでね。キミが未来をいつも書き換え、肉球で弾き飛ばし転ばすから――未来視が安定しなくなっている。だから、これから何が起きるか、ワタシにも分からないんだよ」
本来の戦いならば。
それは不利であるし、絶対的な力を失っている状態ともいえる。
けれど魔王様は笑っていた。
本当に幸せそうに、笑っていた。
「こうしてワクワクしながら、仲間と大迷宮の探索ができるなんて。考えても見なかった。楽園で絶対的な神として崇められた日々からは想像できない程、今のワタシは楽しいんだよ。キミのおかげだね、ケトス。ありがとう」
その笑顔を受けて――ネコの頭が動き出した。
様々な感情が、小さな脳を巡っていたのである。
私には、楽園にいた頃の魔王様を想像することしかできない。
けれど。
魔術を生み出した神以上の神。
その存在がどんな扱いを受けていたのか、だいたいの想像は出来る。
レイヴァンお兄さんの話だと、魔王様は生まれたその瞬間から魔王様だった。
生誕し、その日の内にはもう周囲を魅了していた。
厳格だったといっていた父親さえも跪き、赤子に向かい頭を垂れたと聞いている。
神々の世界で、神と祀られた御方。
それが魔王様。
崇められていたこの方が、どういう経緯で追放されたのか――私は知らない。
そして、そこから起こる悲劇も……話では知っているが、詳しくは知らない。
けれど私は、無数に枝分かれする運命の中で魔王様と巡り合った。
それだけは知っている。
魔王様には、未来が見えなくなることが見えていたのだろうか。
私を拾う事で、力の一つを失うと知っていて助けてくださったのか。それが目的で、私を探していたのだろうか。
いや。
魔王様の事だ、どーせ、なにもかんがえずに私を憐れみ、拾ってくださったのだろう。
この人、モフモフ大好き過ぎるからね……。
ホワイトハウルもモフモフだし、ロックウェル卿もモフモフだし……。
けれど私は知っていた。
私を拾うだけでは、ダメだったのだと。
魔王様の道は途絶えてしまう……。
私の世界と似た、もう一つの世界。
大魔王ケトスの世界はそのあと、歩いた道が狂ってしまったのだから。
それでも――異界の魔王様は最後の力を振り絞り、未来のために行動なされた。
残留思念として様々な時代に心を残した。
場所はもちろん、時さえも超越し残したあの方の布石が、今を作り出したのだ。
あの方が動かなければ、私の世界の道も途絶えてしまっていた可能性は高い。
全ては巡り巡り、繋がっている。
出会いとはとても複雑で難解で、けれどとても暖かいモノなのだと思う。
全てが繋がった先の現在。
こうして今。
私と魔王様は共に迷宮の奥にいるのだから。
全てが見えていた魔王様には、今この瞬間。
見えない明日が楽しくて仕方ないのだろう。
魔王様は本当に幸せそうに、笑っていたのだ。
当然!
褒められて有頂天な私も! ドヤ顔で返したんだけどね!
◇
私達は、引きこもり結界で封じられている聖域。
最奥まで足を踏み入れた。