契約 ~イチゴパフェと昔話~
『にゃっはーーーーーー! 苺パフェじゃああああああああ!』
ダンジョンを脱出して、十分な休息をとった後。
私はしばらく、彼女たちの主君の屋敷に賓客として身を置くこととなったのだが。
出されたごちそうが、これ!
イチゴパフェ!
生クリームの甘さと苺の酸っぱさがとってもスイーティ。パリパリのフレークにほどよく溶けたアイスが絡み合って、んーむ、やるなあ人間!
『いやいや、まさかこんな場所でパフェが食べられるなんてね! 君たちを救って本当に良かったよ』
「黒猫様はイチゴパフェをご存じだったのですか!?」
白百合騎士の長女、メンティスが、中性的な綺麗な顔立ちをわずかに崩し、驚いたように目を見開いた。
今の彼女は騎士姿ではなく、メイドの姿。
そう、彼女たちの本職は冒険者ではなかったのだ。
猫口の周りをホイップクリームでベタベタさせながら私はドヤ顔をする。
『異界のスイーツだろ、そりゃ知っているさ』
「っく、イチゴパフェについて物知り顔で語って、優位をとろうと思っていたのですが、失敗してしまいましたね」
『はは、ごめんごめん。まあこんなにおいしいモノを出してきたんだ、君たちの立場はだいぶ優位になっているよ』
「どうやら、お気に召していただいたようで――安心しました」
言葉を区切り。
長女メンティスが真面目な顔でこちらを見て。
「この度は、妹達の命とわたしをお救い頂きありがとうございました」
『なに、ちゃんとこうして報酬も貰ったから問題ないよ』
深々とした礼には、真摯な感謝が含まれている。
『ところで、妹さん達の容態は?』
「まだ休んでおります。一週間もすればよくなると思いますが」
『そうか、なら後はこの嵐の宝珠の取引ぐらいだけど』
「それが――」
これが目的であんなダンジョンに潜っていた筈なのに。
なぜか黙り込んでしまった。
『どうかしたのかい? お金が足りないなら、パフェを山の様にだしてくれてもいいんだけど。いやむしろ、他じゃパフェは買えないし、そっちの方が良かったりもするけど』
「お金はあるのです。パフェも材料がある限りは何度でもおつくり致します」
何が問題なのだろう。
『どういうことだい?』
「司教様が、主君の病は――嵐の宝珠では治せないと、突然……話をお変えになられまして」
パフェの底に残っているクリームを肉球で掬いながら。
私はぶにゃんと、首を傾げていた。
『そもそも嵐の宝珠に病の治癒効果なんてないんだけど、どうしてそういう話になってたんだい』
「ええ!? 嵐の宝珠はどんな病にでもきく万能魔道具ではないのですか!?」
ぺろぺろぺろ。
肉球についたクリームもまた格別。
『これ、船の先端に取り付けて嵐の元となる雷雨を吸い込む水夫用の雷避けアイテムだよ?』
屋敷の外で、アホウアホウと鳥が鳴く。
これ、もしかして。
『ねえ、あんまり言いたくないんだけど。君たち、司教に騙されてない?』
「そんな……じゃあ我が主の病は……」
膝から崩れて――メイド姿の長女メンティスは顔面蒼白となってしまう。
教会が絡んでいるとなると、厄介だ。なにしろ向こうは聖人、世間では一応、嘘や悪行をしないことになっている。
そんな教会が何かを企んでいるとなると――。
この家は、危ない。
それが彼女にも理解できているのだろう。
だから崩れ落ちてしまった。
権力争いか何かか?
助けてやってもいいが。
まあ、パフェが超おいしかったし。
この家が取り潰されたら一生、この世界でパフェが食べられなくなっちゃうかもしれないし。
むしろ、そうなったらパフェの恨みで人間世界をどうにかしちゃうかもしれないし。
それになにより。
もっとも大きな理由が――ある。
ようするに。
暇なのだ。
『仕方ないね、とりあえずその主君とやらに会わせておくれ』
「手を貸していただけるのですか?」
『まあ、それは話を聞いてみてからかな』
あってみないと分からないし。
実はこの屋敷の主がとんでもないヤツで、懲らしめるために司教が嘘をついたという可能性もゼロではないのだから。
◇
金のありそうな屋敷のわりには、ゴテゴテしていない趣味のいい調度品に囲まれた寝室。
病床にいたのは、一人の中年。
見かけは既に朽ちかけた老人に見えるが、実際はまだそこまでの歳ではなさそうである。
瞳だけはまだ鋭く、力を保っている。
「お客人よ、このような姿で失礼いたします……当家の主、クリーメストと申します。我が屋のメイドの命をすくっていただき……感謝しております」
『感謝はもう十分頂いたさ』
言って。
私は、当主のベッドに、にゃふんとジャンプ!
よぼよぼの手を肉球で掴み。
『これ、呪いによる状態異常だね』
「あぁ……やはり、そうなのですか」
『おや、その貌は、なにか心当たりがあるのかい』
長女メンティスには聞かせたくない話なのか。
当主はメイドに目線を寄越す。
彼女は優秀なメイドなのだろう、それをすぐに察知して。
お辞儀をしながら、凛と言った。
「では、わたしは黒猫様の追加のパフェの準備をしてこようと思います。それでは、なにか御用でしたらすぐにお呼びくださいませ」
彼女も内容は気になるだろうに、主人の心を読んで退室した。
本当に尊敬しているのだろう。
主人を想う忠実なメイドというのは、まあ嫌いじゃない。
ほんのちょっとだけ、全面協力してやってもいいかなぁという気持ちになってきた。
最近よく遊びに来る蒼帝ラーハルくんの話だと。
なんだかんだで私は女と子供に甘いとか、弱いとか、炎帝ジャハルくんあたりに思われているらしいが。
勘違いして貰っては困る。
甘いのはパフェだけでいい。
私はただ。ほんのちょっと、全面協力するだけなのだから。
しかし。
なぜ、メイドには聞かせられないのか。
ふむ。
「失礼を承知で伺いますが、あなたさまはもしや、大魔帝ケトス様ではございませんか?」
『へえ、私を知っているとは。人間のくせに賢いじゃないか』
「やはり――その並々ならぬ魔力と食欲。当家に代々伝えられている逸話と同じなのですね」
ん……?
『……並々ならぬ魔力はいいけれど、食欲ってなんだい、それ』
当主は昔話をする体で語り始めた。
「この地はかつてドラゴン、魔竜に支配されておりました。植物の恵み、特に果実が豊富でしたからな――魔竜にとって果実は魔力の源、それを狙われたのでしょう。魔竜は我ら人間を奴隷とし、その栽培を強要していたそうです」
まあ。
ドラゴンは傲慢な種が多いから、そういうこともあるだろう。
「ただ、魔竜にとって苺だけは禁忌の果実。絶対に育ててはいけないと、言われておりました。我ら人間は、反発もあったのでしょうな、ある一人の男が苺を育ててしまったのです。我らはその苺の樹を反骨の象徴。心の樹として大切に守っておりましたが――それが悲劇の始まりでした――」
支配者である魔竜。
ドラゴンに気付かれたのだろう。
「街は破壊され、人は殺され――苺の樹は魔竜の手によって踏みつぶされそうになりました。心の拠り所となっていた樹が折れてしまえば、きっと皆の心も……そう誰しもが思ったその時」
当主は私をじっと眺め。
「そこに訪れたのが一匹の黒猫魔獣と一頭の白銀魔狼の聖獣。彼らは偶然、散歩中に苺の実の香りにつられやってきたのでしょうな」
まあ、この世界だと苺は貴重だし。
「その方々は――苺の樹を踏み潰そうとするドラゴンの群れにお怒りになられ、『はぁ? オレら魔竜をしらないのかだって? そっちこそ知らないのかい? こっちは二匹とも魔帝なんですけどお、ぷぷー、ねえねえ、何も知らないで自分より強い魔帝に喧嘩うっちゃったってどんな気持ち、ねえねえ? え? なに、やるきなの? いいよ! 言っとくけど、そっちの責任だからね!』と、異形なる魔竜を一撃のもとに粉砕。その身、全てをドラゴン料理とし二匹で美味しく召し上がった――と、当家では伝承されております」
そういや。
ふと昔を思い出す。
魔帝仲間の聖獣と、のんびりガッツリ食べ歩きの散歩中に暴れた記憶はある。
そういやあのワンコ聖獣。今頃どうしてるんだろ。
共に魔王様を守り、大魔帝の位を授かったのだが。
まあいいか。
『なるほど、それで私のことを知っていたんだね』
「さようでございます」
『まあ、これも何かの縁かな。それで、今回の事件の心当たりを教えてもらえるかな?』
「メイド長メンティスの末の妹とはお逢いには?」
アイテムで結界を維持していたあの娘だろう。
十四~五歳ぐらいの、ちょっとぽっちゃりした健康的な女の子である。
私は頷いた。
当主はとても物悲しい顔をして。
息を漏らす様に。
静かに言った。
「司教様は――あの娘の貞操を狙っているのですよ」
……。
うわぁ……。
『ちょっとまっておくれ。一応、聞くけど、そこの宗派だと。子供に手を出すのは……』
「もちろん、禁じられております。だからワタシはそれを断り、抗議し、あの娘を守ったのですが――その結果が、今。こうして病にふせっているのでしょうな」
『実はその娘が司教様とやらと恋愛関係にあるとか……ほら、自由恋愛ならまあ、分からなくもない歳だし』
当主は首を横に振った。
そりゃ、物悲しい顔にもなるわな。
……。
人間、やっぱり滅ぼそうかな。
「ワタシは自分の選択を間違ったものだとは思っておりません。メンティスや彼女たちに迷惑をかけたとしても……この選択が誤っていたとは……どうしても、思えないのです」
『いや、そんな当たり前のことを言われても……そりゃ、当たり前のことができないひとって、けっこうおおいけど……』
司教の魔の手から少女を守っただけだし……褒められるべき人物だよね。
魔族の私が人間を褒めるのはなんか変だけど。
『ここがどの大陸のどの地域かちょっと私には分からないけれど、統治者はいるんだろ? 王様とか領主に訴えることはできないのかい?』
「教会は……その直訴を許しはしないでしょう」
言って、当主は窓の外に目をやる。
見ろという事だろう。
そこにあったのは神の信徒である聖騎士が、民を苦しめる姿だった。
魔道具を神と崇める黒の聖母教などとは違い、天界にいるとされる神を崇める団体か。まあ、人間の中だと一番信仰されている宗派らしいが。
『これは――聖職者が民を監視しているのかい?』
「この地はもう、教会に支配されているのですよ。女子供は……特に、酷い目に遭わされることが多い。嘆かわしく、悲しい話ではありますが……」
しかし宗教相手となると色々厄介だしなあ……。
この世界。
実際に神がいるしね。
まああくまでも自称だが、少なくとも神の奇跡を発動させる元となる大いなる光が実在するのである。
こっちも魔族だし、敵対することは別に問題ないのだが。
どうしたもんかと悩んでいると。
「大魔帝ケトス様、ワタシはもう駄目でしょう。この街も……おそらく。けれど、あのメイドの娘たちだけは……どうかお救い頂きたいのです。取引、契約をしていただけないでしょうか」
『それは構わないけれど、私は魔族だよ。契約の代価が必要なのは、知っているだろう?』
当主は、手を翳す。
亜空間から現れたのは、一冊の書物。
この男、亜空間収納が使えるということは、教会に呪われるまではそれなりに戦える男だったのだろう。
「異界の書物にございます」
『へえ、これは――なるほどね』
そこに刻まれている文字は――まぎれもなく。
異界のモノ。
私はそれを受け取り。
猫目をくわぁぁぁぁぁぁっと広げた。
ネコでもできる、簡単おいしい三時のおやつ!~真夏のスイーツ特集号~
こ、これさえあれば!
一応おんなのこである蒼帝ラーハルくんあたりにスイーツを作ってもらえるのではにゃいか!
猫毛がビンビン! もっふぁもっふぁと膨らんでいるが、それを隠して。
大魔族の表情で、にやり。
『いいよ、契約しよう! じゃあさっそく、とりあえず君の呪いを解除しようか!』
「できるのですか!?」
私は口の端についたパフェのクリームをぺろり。
七重の魔法陣が、屋敷に広がっていく。
『私を誰だと思っているんだい、この地を支配していた魔竜を屠った大魔帝ケトスだよ。こんな脆弱な呪い、パフェに乗ったバナナのスライスよりも軽いさ!』
信徒を制御できない神なんて滅んじゃえ!
と、付け足し言って。
私は呪い解除の魔術を展開した!




