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幹部会議 ~魔王軍のぽかぽかゆたんぽ その1 ~



 遅刻者とは珍しい。


「ギリギリセエェエエエエエエエエエーフ!」


 いや思いっきりアウトだろ。

 まあ人のこと言えないけど。


 私は遅刻してきた魔族をじぃぃっと眺めた。

 見ない顔である。新入りだろうか。


 外見は、焔を身に纏った褐色肌の青年……いや長身の女性か。野性的なハンサム淑女であるが、猫魔獣となった今は正直貌の区別があまりできない。服装や雰囲気は童話や絵本にでてくるランプの精と似ているだろうか。


 おそらくは魔力ガスが命を持った魔族の一種、精霊族に属する魔人である。性別は無。

 彼らは男性でもない女性でもない、ガスが本体だからどちらの姿にも代えることが可能だと耳にしたことがある。炎の力を宿しているのだろう。


 ……。


 炎の大精霊。

 か。


 じぃぃぃぃぃぃぃぃ。


 たぶん膝に乗ると凄く温かい。

 それはさながら床暖房。ゆたんぽ。ポカポカカイロ。


 ヒゲがぴんぴんと前に向く。

 うずうずとしてしまう。


 ……はっ!


 いかんいかん、どうも猫の本能ってのは厄介だ。


「すいやせん! 遅れました……ってなんすか、このクソ猫は。オレ様の貌をジロジロ見やがって」


 一瞬にして――


 空気がざわつく。

 猫と言ったら私しかいない。


 古参幹部の何人かが慌てて場を治めようと立ち上がるが、私は肉球を見せる形でスッと手を伸ばし制止する。騒ぎを起こしたくないのだ。


 このスッと制止するの幹部っぽくていい!

 すごくいい!


 腕を組みこちらを睨む新入りに向かい、私はにぃぃと瞳を尖らせた。


「自己紹介が遅れてすまない。初めましてでいいんだよね? 私はケトス、魔王様の猫。マオにゃんだよ」

「魔王様の猫? 猫……どっかで聞いたことが……」


 彼はふと眼だけを上に向けて、


「まさか!? 皆殺しの魔猫、殺戮の大魔帝ケトス!?」

「ああ、そうさ。何か問題があるかい?」


 涼しげなハスキーボイスを意識して言ってやった。


 やはり脳内イメージは高級スーツの似合う美貌のオジ様魔族幹部。

 目指せイケにゃん上司! である。


「いやいやいやいや、ただの猫じゃねえか!」

「そりゃあ猫魔獣だし」


「おいデブ猫! そういう嘘はよくねえぞ、大魔帝ケトス様っていったら泣く子も黙る冷酷な狩人。闇の中に潜む伝説の大魔族。百年前の戦争で勇者を噛み殺した血も涙もない魔猫ってはなしじゃねえか!」

「はははは、そういう時期もあったね」

「そういう時期も……って、アンタがあの伝説のケトス様ってのは、その、なんだ。新人を騙すお約束な洗礼とかじゃなくて、マジなのか?」


 幹部達が頷く。


「シャーシャー唸ってたのは百年前だよ百年前。私だって丸くなったんだよ」


 そう。

 今の私は色々と丸くなっていた。


 昔みたいにやんちゃではないのである。

 大人のよゆう、とかボスのかんろく、というモノが滲み出てもおかしくない程に落ち着いているのだ。


 ぶにょんぶにょんと私のお腹をぷにぷにモフモフしながら彼は言う。


「するってーと、なんだ、今のアンタはただの置物。コネ幹部っつーことか」


 更に空気が凍り付いた。

 だが。


 私は思わず笑いそうになってしまった。

 最近、こういう無礼だけど面白い幹部がめっきり減ってしまったから。


 嬉しいのだ。


「そうそう。コネ幹部でネコ幹部。まああまり虐めないでおくれ、これでも役に立ってないって自覚はあるんだ」


 にゃはははと笑顔を作った拍子にズレた王冠を直しながら言う私。

 不躾に見ていた意趣返しなのか、私の瞳をやはりじぃぃぃっと睨み返し、魔人はフンと勝ち誇ったような息を吐く。


「これなら勝てるわ」

「そりゃあ猫に勝つのは当たり前だろう」


 猫と張り合ってどうする。

 いや、実際戦ったら私が勝つんだけど――新人を虐めるのも、ねえ?


「まあアンタが力だけで幹部になったんじゃないってのは聞いた。犬っころの部隊とかな。アレだろ、策謀とか智略とかそういうアレだ。まあ、なんかかわいい猫ちゃんだし、いざとなったらオレ様が守ってやるよ」


 おや。

 案外敵対的ではないようだ。


「へえ守ってくれるのかい」


「魔族だからな! 強き者が弱き者を守るのは義務。オレ様は強さに誇りをもっている! 所詮コネと知恵だけで上り詰めた臆病猫野郎だって分かっていても、守ってやるさ。なーっはっはっは!」


 腕を組んで豪快に彼が笑うと、周囲に炎の魔力が飛び散る。


 あー、だめだ。

 これぜったい超きもちいい温度だ。


「そんなに強いのなら、どうかな。君もこの玉座に座ってみないかい?」


 揺れる焔を見つめながら私は言う。


 絶対あったかい。

 温くて、ポカポカ。

 湯たんぽとして期待できそうだ。


 ゆーたんぽ! ゆーたんぽ!


 猫としての本能がうずうずと私に訴えかける。


「お、先輩方を通り越してオレが座っちゃってもいいんか」

「私は君に新たな可能性を感じているからね」


 嘘は言っていない。

 声だけはハスキーおじ様を意識しながらも、ペシペシと肉球で玉座を叩き催促する。


 はよ座れ。

 床暖房を体験したいんじゃ! 新体験にゃ! そんな私の考えを吹き飛ばすように彼は言った。


「だがそれはできねえな。オレは魔王様を直接知らないが偉大な方だ、オレ達精霊族を魔族として認めてくださった恩人だ。その恩人の玉座をオレごとき弱者で穢すほど愚かじゃねえ」

「おや、そうかい」


 どうやら魔王様への忠義は本物らしい。


 大変よろしい。

 むしろ彼を玉座の湯たんぽ代わりに使おうとしていた私の方が、不忠モノなのだろう。


 私は。

 少しだけ真面目に彼に向き合った。


「気に入ったよ、君の名前を教えておくれ」

「アンタがふらふらとどっかに行ってる間に幹部になった魔人ジャハル。見てわかる通り炎の精霊だ、人間たちはオレを恐れて炎帝ジャハル。最強の魔人って呼びやがるがな。それと、女扱いしやがったらぶっ殺すんで、そこんところよろしくな」


 炎帝ジャハルは燃える瞳と口元を滾らせながら、ケハハハと笑い声をあげる。


 血が滾っているのだろう。

 ぽかぽかと温かい風が私の猫毛をふんわりと包む。


 人間なら丸焦げになる温度だろうか。

 なんか後ろの方でちょっと炎耐性の低い幹部が大炎上しているが、まあ魔族は弱肉強食の世界、耐性のない奴が悪いと昔から会議で決まっている。


「それじゃあジャハル君、これからよろしく頼むよ」


「なんだその手は、オレさまを肉球で籠絡しようって魂胆か」

「握手だよ、握手。魔族だって礼儀は大切だ、覚えておきたまえ。分からないことがあったらちゃんと私に聞いておくれよ」


 今回はガチの良い上司ムーブだぞ!

 私もだんだんできるイイ男に近づいていると確信した!


「よせよ……オレさまに触れると、みんな、火傷しちまうからよ」


 構わず私は無理やりに握手した。

 最初、彼は驚いた様子だったが、それからちょっと照れているようだ。

 肉球をつかんだ彼の指が、ウズウズとしている様子を魔王軍最高幹部たる私は見逃さなかった。


 照れを隠す様に彼は言う。


「しかしアレだな。本気でわかんねえわ」

「なにがだい?」

「力こそが魔族の基本。アンタを立てようとしている先輩方には悪いが、既に力もやる気もないアンタがいつまでも最高幹部の座に居座っている意味が分からねえ」


「はははは、こいつは手厳しいねえ」

「そんなんで部下を守れるのか、てめえ」


 その言葉には凄味が効いていた。炎の魔力を込めた威圧だ。

 魔力を押し当てることで挑発しているのだろう。


「アンタやアンタを庇う爺さん達にゃ悪いが、オレ様は弱いくせにイキがる身の程知らずが一番嫌いなんだよ!」


 部下を守れない雑魚がいつまでも上司面するな。そう言いたいのだろう。

 自分の力に絶対の自信があるのだろう。


『若造が調子に乗りおって』

『失礼であろう炎帝』

『こりゃ死んだな、小童』

『消しちゃいましょうよぉ、こんなお嬢ちゃん。タイプじゃないわ』


 などとガヤが飛ぶも目の前の炎帝は静かに佇むのみ。


「正論だね、まあとりあえず自分の席へ座りたまえ。君だって力で勝ち取ったその座が大切だろう? さすがにこの場全員を敵にしたらどれほどの強者でも滅んでしまうさ」

「ち……っ、わかったよ」


 力ある古参幹部達までをも挑発的に睨む彼は、物怖じせずに自らの席へと座る。

 実力のある新幹部の登場は悪い事ではない。

 が。

 このままでは喧嘩になってしまうだろう。幹部クラスの魔族の喧嘩は正直ちょっとシャレにならないレベルの災害が起こってしまう。


 それは戦争。

 人間達の言葉で言わせれば神話規模の聖戦だ。


 まあ。

 一応最高幹部である私が場を治めるしかないか。


「いい機会だからね、ちょっと皆に話がある」


 私は彼以外にも自分の立場を伝えることにした。

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