魔猫王の本領 ~ここを猫ちゃんキャンプ地とする!~
無双は続くよ、どこまでも!
既にレベルも十分あがって、魔王様をリーダーとする探検隊は怒涛の快進撃!
あれから休憩を挟むことなく、我等は強敵エリアを進んでいた。
階層としては、二十フロアくらいはごぼう抜き? していることになるだろう。
もちろん!
大魔帝ケトスこと最強ネコ魔獣な私も、大暴れ!
丸口から牙を覗かせ、いつものドヤ!
『くはははははははははは! 我こそがケトス! 魔猫王の進撃なのじゃ! 存分に喜びたまえ、諸君!』
ビシっと宣言して、瞳を赤く尖らせモフ毛をモコモコ!
《魔猫王の侵食》を発動!
黒ネコの影がフロア全体に広がり、全ての影を支配していく。
効果は単純。
倒した相手を呪いで魔猫化させる、存在塗り替え系の邪術である。
『おまえたちもネコ魔獣にしてやるのにゃ――!』
人類ネコ化計画の実験として、仲間化!
さきほど私に倒されたサキュバスの身体が、ぐににににっと蠢き――ポン!
お色気ニャンコに大変身!
目覚めた途端に周囲の魔物を猫爪でズジャ!
私の眷属猫に倒された魔物にも魔猫化が伝染――!
ネズミ算式にネコ魔獣が大量発生していく。
まあ言い方はアレだが。ゾンビ映画を想像して貰えばいいだろうか。
先頭を突っ走る私は魔術を再詠唱。
『ネコは増えていく、どこまでも♪ さあ、魔王様の道を切り開く――勝利の肉球駆け巡れ!』
《魔猫王の侵食》を発動!
鼻歌まじりで、伝説級の魔物達が住まうエリアを強引に攻略!
いやあ!
テンションも上がっちゃうよねえ!
ぷにぷにドドドドドド!
無限に増えていくネコ魔獣。
無数の肉球音が大迷宮に鳴り響く!
後衛なのに先頭を進み、輝く肉球をのぞかせ走る私も可愛いわけだが。
魔王様が苦笑に言葉を乗せて言う。
「どうやら――ダンジョン猫としてのケトスの仕事が始まったようだね」
「はて。拙僧には……ただ、くははははは! と暴走しながら進んでいるようにしか見えませぬが、いったい……なにが始まっているのでありますかな?」
モンク僧カインくんが――ダン!
冒険最初に出てきた魔物パーズズを一撃で粉砕しながら、そう問いかけていた。
応じるのは――元引きこもり王子ことヘンリー君。
得意の結界を攻撃に転換。
強靭な盾状態のカッターとして利用し、細面を苦笑させ。
「ああ、純粋なニンゲンだと見えないのかもしれないね。今、あの駄猫はダンジョン猫の王として、魔力を振りまきマーキングしている。その力を悪用しているのさ。ここにくるまで……もう何度もやらかして、永続魔力を解き放ったままになっているのは、当然――覚えているだろう?」
「あぁ……はい。それはもう……数度、巻き込まれそうになりましたからな」
硬そうな眉間をぎゅっとしながら、カインくんは言葉を濁す。
そう。記録クリスタルを起動していない裏。
ここにくるまでにも、実は!
何度かやらかしちゃったんだよねえ!
各フロアには、それぞれ暴走したままになっている私の魔力がいまだに暴れている筈。
しかーし!
最初の一回はともかく、途中からは計算通り!
心を読む魔眼持ちのヘンリー君がジト目で私を眺めて、話を続ける。
「つまりこの大迷宮にはもう、あの駄猫の魔力が匂い付けされている。数フロアに渡り、ネコ汚染が満ちた状態になっているのさ。ボクの計算が正しいなら、そろそろ長年蓄積されていたこのダンジョンの魔力総量を、駄猫の魔力が上回ることになる。すると起きるのは、ダンジョン領域と支配権の上書きだろうね」
「そういうことっすねえ」
と、マーガレット君がミストルティンの魔槍を振りかざし。
シュンシュン――ッ、ザシュ!
魔神王を名乗る魔物を、名乗り上げの最中に串刺し!
何事もなかったような顔をして、話を引き継ぐように言う。
「ダンジョンに関してあの方はプロ。なにしろダンジョン猫っすからねえ。そもそも迷宮に閉じこもった時点で相手に勝ち目なんてないんすよ。って! すみません、漏れた敵がそっち行ったんでえ、導き様お願いっす!」
「ふふ、お任せくださいませ。まあ……強すぎる相手から逃げるため迷宮の最奥に逃げる、その心理は分からなくもないのですが。悪手だったかもしれませんわね。もうこの迷宮はケトス様の領域になりかけている、支配は時間の問題でしょう。支配権を奪われれば当然、ダンジョン領域のボスの力――すなわち神としての権能も弱まる事になりますわ」
大いなる導きが後光を輝かせ、周囲の敵を浄化していく。
既にこちらはこんな感じの無双状態。
話を引き継ぎ、私は大ジャンプ!
尾を揺らしながら飛翔!
『つまり! これからはこっちのやりたい放題ってわけだね! さあ仕上げだ! みんな、ちょっと眩しくなるから気を付けておくれよ!』
一見すると何もない空間。
迷宮の核となっている無の領域へと干渉した私は、両手を広げ。
ドヤァァァァ!
もっこもこに膨らんだ獣毛を魔風に靡かせ、王者のドヤ猫顔!
カッコウイイポーズである!
ダンジョンそのものに、私の方が領域ボスにふさわしいよ? と、アピール。
つまり、誘惑しているのだ!
両の肉球の先から、十重の魔法陣を展開し――。
詠唱を開始!
『我、魔猫の王ケトスが命じる! 大迷宮よ、聞くがいい! 《ここを――ネコちゃんキャンプ地とする!》』
デデーン!
ちなみに、ふざけているわけではない。
これがちゃんとした魔術名なのだ。
もちろん、開発者は私である!
まあ、いつも異世界散歩をするときに使っている手。
領域占領なんだけどね。
ただし今回乗っ取ったのは大いなる導きが少し説明した通り、この大迷宮そのもの。
領域乗っ取りの確率判定は、もちろん成功。
突き詰めれば魔術式で構成されている大迷宮。
その全域に、システム音声が流れ始める。
《――大迷宮所持者、変更要請を受諾。管理者名:大魔帝ケトスに移行されました――》
《――ダンジョン領域ボス、大魔帝ケトスの要請により全ての権利が上書きされます――》
《――魔物の皆さま、お疲れさまでした――》
周囲の景色が一斉に変化していく。
魔物は全てネコ魔獣へと置換され――おどろおどろしい祭壇風だった深層エリアは、まあなんということでしょう!
猫カフェのような、おしゃれな空間に早変わり。
ふっふっふっと、猫口がまーるく蠢く。
尻尾も膨らみ、猫毛がぶわ!
地面に着地した私は勝利のポーズ!
『完全乗っ取り完了! いやあ、ここまで長年繁栄していた大迷宮を盗むのって、結構大変なんだけど、なんとかなっちゃったねえ!』
そう! ようするに!
私はこの大迷宮を盗んだのだ!
もはや攻略は完了したと言ってもいいだろう!
戦いにも慣れてきたヘンリー君だが、さすがに連戦で疲れたのか。
どさり。
ネコカフェ化した空間に座って、ひとり理解が及ばないカイン君に語り掛ける。
「これで今まで侵入者だったこちらに代わり、引きこもり結界に封じられている敵の方が侵入者となったわけだ。いやあ、強引な手だとは思うけれど見事だね。自軍の領土だからこれからは自由に外界とも転移ができるし、能力向上の自動バフもかかる。油断はしない方がいいが、だいぶ有利になったとみていいんじゃないかな」
例によって例の如く。
頭痛を耐えるように、モンク僧のカインくんが唸りを上げる。
「うーむ、た、たしかにネコ魔獣が盗賊系に分類されるクラスだとは説明されていたのですが……、迷宮そのものを誘惑し、支配権を窃盗で、ありますか? こ、これはちょっと変則的過ぎるのでは? 拙僧の常識が……音を立てて崩れると申しましょうか、少々めまいと頭痛が……」
『ぶにゃはははははは! まあ、私に慣れるまでは時間がかかるから! 仕方ないね! 君も感覚がマヒして、そのうち動じなくなってくるから大丈夫だって!』
そんな大人な対応をしている私に向かい、微笑むのは魔王様。
「さて、これで黒幕も完全に手札を失った筈だね。ケトス、お疲れ様――さあおいで! これでワタシたちを邪魔するモノは、なにもなくなった!」
我が主!
魔王様が再び両手を広げて、抱っこのポーズを取ったので。
私の猫目はギンギラギン!
当然、猛ダッシュで腕の中にゴー!
『全て魔王様の計算通りですニャ~!』
「じゃあいっそここを新しい魔王城として、移住しようか。うん、ネコに囲まれて暮らすダンジョン生活。悪くない、とても良い事だとワタシはそう思うんだ」
と、現実逃避をするような言い方の魔王様。
その顔が私のお腹のモフ毛に押し付けられ、フーハーフーハー♪
……。
これ、殺戮騎士のトウヤくんもやってたけど、ネコ好きの中で流行ってるのかな?
「ああ、ネコに包まれて百年は眠っていたい」
『うにゃ? ……もう、百年寝ましたよね?』
お労しや、きっと書類仕事がよっぽど面倒だったのだろう。
仕方ない。
ここは飼い猫としてではなく部下の役目として、少し厳しい言葉も必要であろう。
私は大人ネコの顔と声で言う。
『少しの間ならいいですが、魔王様は全ての民の希望の星。疲れを癒したら、ちゃんといつもの魔王様に戻ってくださいね』
「おや、ケトス。おまえはワタシとずぅぅっと一緒にいたくはないのかな?」
『それも素敵ですけれど。私は大魔帝。貴方がお眠りになられていた間、魔王城を支え、魔王軍を従えていた魔猫。彼らを裏切ることなどできる筈がない。そう教育してくださったのは貴方でしょう? 魔王陛下』
魔王様第一主義ではあるが、私はちゃんと魔王様を支える側近でもあるのだ。
言うべきことはちゃんと言う。
これが眷族としての矜持でもある。
「ああ、そうだね――」
まあ、魔王様もふざけているだけのようだが。
しかし、どうも魔王様……今回は妙にはしゃいでいるというか、反対にナイーブというか。
そもそもだ、魔王様がこうしてやってくるのは珍しい。
何かあるのだろう。
顔色を窺う私を見て、魔王様が苦く笑ってみせる。
「何度も口にしている気がするが……キミは本当に大人になったね。嬉しいけれど、少し寂しい気もする。ワタシだけのケトスだったキミが、今は皆にまで気を配っている。皆に心から必要とされている。これが我が子の成長を眺める、複雑な父親の気分なのかもしれないね」
『貴方と、そして皆が変えてくれたのです。さて――話を逸らしてばかりでしたが、そろそろ本題に戻りましょう。黒幕に心当たりがあるようでしたが、どんな存在なのですか? 魔王様が直々に手助けに来てくれたのです、おそらく強敵なのでしょう』
未来を読める魔王様が急遽やってきた。
書類仕事から逃げているのも事実だろうが、おそらくナニかが見えたのも事実。
私はそれを確認しておきたい。
楽しい時間はこうしたシリアスがあるからこそ、輝いて見えるのだ。
全てに絶望して楽園を滅ぼした御方。
魔王陛下とその眷属である黒猫が――見つめ合う。
魔王様は静かに瞳を閉じ。
押し出すように言葉を漏らした。
「夢の時間はしばらくお休み、か。そうだね。真面目な話をしよう。他の者達もどうか耳を傾けて欲しい」
戯れを捨て、最奥にいるだろう黒幕の方角を眺め。
魔王様はわずかに口角をつり上げる。
その唇が、どこか物悲し気に動き出した。
「おそらく、今回の黒幕はかつて楽園で滅んだモノ。その残留思念だろう。ワタシに恨み持ち、冥界への入場すらも拒否――死して尚も蠢き続ける神の死霊群、というわけさ」
この場合のレギオンとは、異なる神霊が同一の目的のために重なり合い、一つの個体となった魔物。
そう思って貰っていいだろう。
「冥界入りを拒否した古き神の怨霊群……ですか。厄介ですわね」
大いなる導きが、眉を顰めて呟いた。
祟り神の恐ろしさは私自身がなにより知っている。
冥界の王子であるヘンリー君も、明らかに空気を変えている。
強敵。
なのは間違いない。
複数の古き神の権能、原初の力を行使できるのだろう。
しかし――。
疑問を口にするように、私の咢は動いていた。
『たとえ古き神の亡霊が恨みで強化された存在だとしても、私達の敵とは思えません。自惚れるつもりはありませんが……事実としてこちらの戦力は異常な領域へと届いています。私と貴方、そして大いなる導き。三柱が揃っているのです。主神クラスの存在が束となってかかってきたとしても、負けるとは思えないのですが――まだ何かあるのですね』
問われた魔王様が、髪の隙間から紅き瞳を輝かせる。
それは魔性の証。
兄の死に絶望し、嘆き、この世の全てを諦めた感情。
絶念。
それこそが、絶念の魔性である魔王様の心の中に在り続ける影。
「キミはなんでもお見通しなんだね、ケトス」
『あなたの弟子、ですから――』
私の言葉を受けて、魔王様は笑った。
わずかに救いを得た顔で、その唇が動き出す。
「その死霊群の中に含まれている、とある男が問題なのさ。ワタシは彼をよく知っている。彼もワタシをよく知っている……表面上だけだろうがね。そう……かつてワタシの教師だった者。かつてワタシの狂信者だった者。ワタシが生まれたその日から、狂ってしまった哀れなる男――かつて楽園で聖父と呼ばれていた賢神」
自嘲するように。
魔王様は言った。
「その者の名もクリストフ。楽園と共に滅んだ男――ワタシの父さ」
しばらく。
誰も何も言えなくなってしまった。
……。
お、おう……。
……ええ、なんつーか。
重い。
こ、このパターンは想像していなかったのだが。
魔王様……。
そんな人相手に、嫌がらせの引きこもり結界を張らせてたんかい!