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猫の人助け ~難関ダンジョンと三人の女騎士~


 ダンジョン制覇報酬である嵐の宝珠を口に銜えて持ち帰ろうとした、午後のひと時。

 迷宮内だから正確な時刻は分からないが。

 ちょっと小腹が空き始めるオヤツの時間。


 仄暗い魔力と湿りを帯びた迷宮。

 その最奥。


 ふと私はモッフモフに膨らんだ猫毛をピンと立てた。

 悲鳴に近い叫びが、ダンジョンに轟いていたのだ。


「姉さん! 前から何かが接近しています!」

「な、なに! いま抑え込んでいる敵だけで、もはや対処できんというのに!」

「はわわわわ、ど、どうしましょう」


 白銀の鎧に、白百合の紋章を刻んだ騎士姿の三人組である。

 こんなダンジョンに女性三人のパーティとは珍しい。


 どうやら、シャドウナイトと呼ばれる影の騎士の群れに囲まれているようであるが。

 んーむ。

 どうせ面倒事だろうし。

 まあダンジョンには覚悟があって潜ったんだろうし、助ける義理もないか。


 私はどこにでもいるただの通りすがりの可愛い猫のフリをして。

 結界を張る三人組の横。

 嵐の宝珠を銜えたまま、一言。


『るるるにゃん♪』


 結界の隙間にプリティな体を滑り込ませ、流れて襲ってきたシャドウナイトを肉球パンチで吹っ飛ばし即殺。

 生意気にももう一体が仕掛けてきたので、影縛りの魔術を吐息で弾き、カウンターで猫キック。

 二匹のシャドウナイトが消滅する。


『ぶにゃん♪』


 おう、これは!

 レアドロップの影の塵を、冒険リュックサックにウキウキで詰め込んで。

 肉球ステップで、とてとてとて。

 壊れそうな結界のヒビ部分をくぐり、ダンジョンの壁に通行用の穴を抉じ開けて、危険な戦場の横を通り過ぎる。


 よし、完璧だ。

 どこからどう見てもただの猫。

 ちょっとダンジョンを散歩する愛くるしい黒猫にしか見えなかっただろう。


「ね、姉さん! いま、なんかすっげぇヤバイ黒猫が嵐の宝珠を銜えて通り過ぎたのですが!」

「はぁ!? どうして黒猫が我らの目的である宝珠を持ち去っているんだ!」

「はわわわわ、も、もう結界がもちません!」


 さらば人間の三人組。

 自分の実力と合わないダンジョンに潜ってしまった運命を呪うしかない。やはり何事もコツコツと、ジャイアントキリングなど狙うもんじゃないのである。

 いつかダンジョンを徘徊する、立派な白騎士グールになって強くなってくれ。


「ちょ、待ってくださいぃ! そこの猫ちゃあああん! シャドウナイトを一撃で倒せるなら強いんでしょ! 依頼、依頼するから! 助けてえぇぇぇええ!」


 アイテムで結界を維持している一番小さな子が叫んでいた。

 見た目からすると――十四~五歳、ぐらいか。


 まあ一応、子供になるのか。


 ……。

 これ、たぶん。

 見捨てるとほんのちょっと、眠る前とかに良心が痛むヤツだよなあ……。

 面倒だけど。

 子供を見捨てるのは……。


 はぁ……。

 ため息と共に振り返り。


『仕方ないねえ。で、依頼料は?』


 このあと、めちゃくちゃ無双した。



 ◇



 ボスを倒して手に入れた嵐の宝珠をリュックサックに詰め込んで。私の展開した敵避けの結界の中。


 娘たちのアイテム収納袋に顔をつっこみ、もふぁもふぁ尻尾をフリフリしながら。

 肉球おててで中をガサゴソ。

 無事、救出した百合騎士三人組の一人に私は問う。


『回復薬なんて要らないし、地図も……要らないなあ。たいまつも必要ないしぃ、ねえ君たち、なにか美味しいものとか持ってないのかい?』


 依頼料の代わりに、彼らの所持品からどれか一つ、好きなものを持って行っていいという話だったのだが。


 よく考えてみたら。

 ここはそれなりに危険度の高い難関ダンジョン迷宮の最奥。

 補給もできないこんな場所では、既にろくなアイテムも残っていなかったのだろう。


 姉さんと呼ばれていた男装の麗人風の女騎士が困惑気味に呟いた。


「お、おいしいものですか?」

『そう、乾燥芋とか煮干しとかでもいいんだけど』

「国に戻れば用意はできますが、いま手持ちの食料はなにも――」


 申し訳なさそうに彼女は言う。


『え、なにもないって。じゃあどうやって戻るつもりだったんだい? ここは最奥。脱出するにしても人間の足なら三日はかかるだろう』

「それは、その……面目ない」


 黙り込んでしまった。

 中性的な美しい顔立ちには、濃い疲れの色が滲んでいる。


 ちなみに他の二人は今、精神力を回復するために後ろで休んでいる。それはもう、ぐっすりと。

 よほど疲れていたのだろう。

 体力や魔力なら私の魔術で回復することもできるのだが、根性とか精神力となるとそうもいかないのである。


 こりゃ、私が通りすがらなかったら確実に全滅してたな。

 ちょっと私はきつく彼女を睨んでいた。


『見たところこの魔導地図は不完全だ、自動地図作成スキルを持つマッパー職もいない。回復役もいないし、たいまつも残りわずか、魔術支援は攻撃に不向きな結界魔道具使いのその子が一人って……死ににでも来たのかい?』

「あの……依頼料を払って傭兵を雇っていたのですが……途中で、裏切られて……」


 裏切られたか。

 まあ冒険者ギルドに登録していない傭兵ならそういう事もあるだろう。

 ……。

 あれ。

 これ……裏切られて傷心な女の子を、めっちゃ責めちゃったんじゃ……。


 肉球に汗がじとり。


『悪かったよ、責めるつもりはないんだ。ただ、こんな子供までダンジョンに連れ込んで、ちょっと理解ができないって思っただけさ』


「我ら三人は姉妹なのだが、主君が……重い病を患ってしまってな。その治療に――どうしても、このダンジョンに封印されているといわれる嵐の宝珠が必要だったのだ。司教さまの話だと、主君の病はそれでしか治せないらしく……」


 ちらり、ちらり。

 騎士娘は私のリュックサックに目線をやっている。


「頼む! 恥を承知でお願いする。嵐の宝珠を譲ってはくれないだろうか! ちゃんと代金は払う!」

『適正価格で譲るのは構わないけれど、どうやって帰るつもりなんだい』


 困った様にくっと唇を噛んだ女騎士は、またしても私の貌を覗き込んで、ちらり。

 上目遣いである。


「わたしができる事ならばなんでもしよう、たとえ、それが人道に反することだとしても、どんなことでもする。だから、それもご助力願えないだろうか。妹たちをここで死なせたくはないのだ!」

『どんな、ことでもねえ』


 たぶん、下衆な男どもなら一瞬でコロリだっただろう。

 こいつ、傷だらけの女騎士っていう職業特性を理解しているのか、いないのか。

 まあどちらにしても、必死なんだろうが。


 私はじいぃぃぃぃっと女騎士に目をやった。

 確かに。

 スレンダーだが、出るところは出ていて、顔立ちも整っている。

 これで私が情欲を食事とする悪魔や、欲深い人間だったら大喜びだったのだろうが。


 私、ネコだし。


 まあ、女性にここまで言わせてしまったのだ。

 これを助けないのは魔王様のペットとしての沽券にかかわるだろう。

 裏切られてショックを受けているところに追い打ちかけちゃったし。


『しょうがない。助けてあげるよ。そのかわり、君、街に戻ったらちゃんとなにか美味しいご飯でもごちそうしておくれよ』

「かたじけない……っ……、約束は……かなら……ず」


 ドサリと何かが崩れる音がした。


『とりあえず、全員を安全な場所まで転移させるから……って、寝ちゃってるよ』


 目の前で、眠る騎士娘が三人。

 この子もよっぽど疲れていたのだろう。

 妹たちを守るように抱いて、寝息を立てている。

 ちょっとだけ微笑ましい。

 しかし、よくもまあこんな怪しい私を信用したものだ。

 普通、寝てしまうまで気を預けないだろうに。


 藁にも縋る思いだったのは確かだろうが――。

 ここまで信頼されるのは。

 まあ。

 悪い気はしない。


 魔王様も、通りすがりで私を助けてくれたし。

 魔王様にちょっと近づけたかなあとか、思ってもみたりするし。

 ヒゲがぴんぴんと跳ねた。

 ……。

 まあ、たまに人助けをするくらい。

 問題ないか。

 どうせ暇だし。


『ん……なんだろう』


 なにやら後ろで気配がする。

 こちらを探るような目線だが――。

 モンスターか。

 このままここに居ては危険かと。

 騎士達を魔力で宙に浮かせた私は、急ぎ、ダンジョン脱出の転移陣を展開した。



 これが。

 私こと超絶偉くてプリティな猫魔獣大魔帝ケトスと。

 ダンジョンで遭難していた白百合騎士三姉妹との出会いだった。

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