進撃のネコ神 ~邪神は高らかに笑う~その2
とある偉大なニャンコが降臨した異世界。
魔術と奇跡を封じられ――なおかつネコ魔獣であふれ出した地。
大迷宮を中心として広がるダンジョン都市。
名も知らぬ宗教国家は今、暗澹とした闇に覆われていた。
『くくく、くはははははははは! 人類よ! 我を畏れよ! 我こそが大いなる闇! 我こそが全てを喰らい尽くす混沌! 大魔帝ケトスである!』
その大神殿の最奥に顕現した私は、ふふーんとドヤネコ顔!
麗しモフ毛のケトス。
渾身のカッコウイイ登場シーンである!
ふ……っ、決まった!
ビシ!
宗教を大事とする聖職者たちが睨む祭壇の真上。
仄暗い闇の奥で、松明の中に浮かび上がり輝く柔毛は――漆黒!
歩く姿は黒豹か!
肉球ぷにぷに、今日も元気!
先に潜入した食糧庫から、保存食をたんまりと平らげて既にご満悦な私は――悠然と語る。
『やあ初めまして、異世界の信徒達。そして一部のモノは久しぶりだね。私は異界の神だ、説明は――もう要らないかな? 君達と交渉にやってきてあげたよ。光栄に思い給え』
松明の灯りの中で格好よく決め台詞を告げた私。
とっても凛々しいね?
ちなみに。
現在、素敵な私は単独行動中である。
連れである女神――大いなる導き。
そして王子ヘンリー君は、顕現されたネコ魔獣が奪った宿屋の中で待機。
ネコ魔獣たちに指導中。
結界を張り、守りを固め、ネコ達にやり過ぎないようにと言って聞かせて貰っているのである。
まあようするに、お留守番だ。
偉い人と交渉するなら団体で行動するより、私一人の方が何かと動きやすいからね。
と、いってもなにも彼らはサボっているわけじゃない。
ネコたちに注意を促すとともに、ヘンリーくん成長作戦も動いていた。
具体的には女神による修行!
私が封印し弱めてあるヘンリー君の魔眼の力――あの異能も、レベルが上がった今の彼ならば使いこなせるだろうと、解放しているのだ。
他者の心を覗く能力と、他者に状態異常を撒いてしまう能力。
この二つのスキルを再修行!
ある程度、任意でコントロールできるようにして貰っている最中なのである。
と、いってもこれは本人にとっては忌むべき力。
普段は邪魔となってしまう能力である。
だが!
使いこなせば!
こういう遠征時にめっちゃ便利だからね! 暇な時間に、女神に修行をつけて貰うなんてどうかな! という判断だった。
今頃、二人でじぃぃぃっと見つめ合って、魔眼の能力を調整している筈。
尋常ならざる力を持つ私だと、そういう細かい力のコントロールの修行とかは向いてないからね。
そういうのは導きの女神の方が向いている!
適材適所、というやつである。
誤解しないでいただきたいのだが。
けして、私が大雑把でテキトーな性格だから向いていない。
というわけではない。
にゃーんか、あの二人をセットで行動させる事で、冴えた私の未来視に変なノイズ……。
妙に甘ったるい直感が走り始めているのだが。
……。
なんだろう、これ?
二人とも一応は神に分類される存在だから、未来が読み取りにくいんだよね。
純粋女神と、冥界王の息子だし。
まあないだろうが、ああいう二人が恋に落ちて人間世界で暮らし始めると――新王国が生まれたりするんだよね。
ヘンリー君には人間の血が流れているので、あり得ない話じゃないし。
王族が特殊な力をもっているパターンって、先祖にああいうカップルがいる事が多いからなのである。
まあいいや!
とにかく! 向こうは遠見の魔術でちゃんとこっちを監視しているらしいので、二人に頼る事も可能!
さてそんなわけで、逸れてしまった話を戻すが――。
松明の灯りに浮かんでいるのは、人々の驚く顔!
驚愕してこちらに注目する聖職者たちの視線。
その中には辮髪が特徴的な、無礼な僧兵もいる。
挑発するように、私は、ふふん!
闇の中でヒゲをぴんぴんにして、丸い口をぶにゃ!
『聞け! 愚かなる人類どもよ! この国は既に我等ネコ魔獣が支配した! 既にほぼすべての施設が占拠されたことは知っているだろう! そう! 貴様らはネコに負けたのである! まずは約束のグルメを……って、なに? その目は? どうしたんだい君達。たしかモンク僧のカインくんだっけ? まさかもう私の事を忘れちゃった?』
こっちが勝ち誇りボイスを上げているのに。
なんか様子がおかしい。
「い、いや――キサマ! なぜ神の台座の上に座る事ができているのだ!?」
『台座? ああ、これのことね』
言われて私はお尻に敷いている台座をチラリ。
なにかの魔道具なのだろう。
私はペチペチと肉球で台座を叩きながら――へん!
『ぶにゃははははは! なんの魔道具かは知らないが、この私に関われば全ての魔道具など無意味! なんたって、大魔帝ケトスだからね! 状態異常も無効にするし、ほとんどの属性は吸収か無効化するし――って、だからなんだい、その目は?』
せっかく私が自慢しているのに、聖職者たちは動揺した様子で私を見ているのだ。
なんかやりにくいな……この世界の聖職者たちって。
モンク僧カインくんが、ずずいっと前のめりになって唾を飛ばす勢いで言う。
「もしかして、キサマは……いや、あなたも真なる神の一柱……なのですか!?」
結界で飛んでくる唾を防御。
ネコ眉をうにゅっとさせて、私は応じる。
『真なる神? その言葉が示す意味は分からないけど……神は神だよ? ああ、この台座、神じゃない存在が座るとその魂を焼き焦がす効果があるのか。なら問題ないよ? 私は神属性を持っているし、なにより色んな世界で破壊神として信仰され始めてるし。なんなら神の証拠もみせようか?』
告げて私はペカー!
よくある後光で暗黒を照らしてみせてやったのだが。
ざわざわざわ……。
……。
ザワザワザワザワ! ザワザワザワザワザワザワザワザワ!
ザワザワザワザワザワザワザワザワ! ザワザワザワザワ!
ひ、ひえぇ!
な、なんか狂信者みたいな顔と瞳で、素敵ニャンコな私を見つめてるんですけど!
めっちゃ、こわい。
「おぉ! それこそまさに神の光」
「では、この御方も……もしや!」
「おお、どうかこの老いぼれに……あなたさまの希望の光を見せては下さらんか」
かなり騒がしくなってきた中で、失明している老人がズズズっと前に出てきたので。
『え? なに……君、目みえないの?』
「はい、前の神様にはお前の修行が足りぬと……治療して貰えませんでしたのでございます」
前の神様?
ふむ……ついさっき、私が顕現した時に逃げていったのか、それとも私が来る前には既に逃げていたのか。
わからないが、この老人の目を覆っている病魔はいわゆる状態異常。
ダンジョンの罠、宝箱解錠に失敗した時に呪いを受けたようである。
『まあ、いっか――これくらいなら。チチンプイの、チキンライス……っと!』
私は肉球をペチペチ。
まあお年寄りは大切にしましょうの精神で、その目を見えるように治療してやった。
――のだが。
「見える、ああ見えまする――! 美しい獣毛、まるいフォルム。偉そうな髭に、ドヤ顔! そうですか、あなたさまこそが真なる神!」
老人の言葉に、全員の瞳が更にカカカカカっと光り輝いていく。
地鳴りが天まで轟く勢いで、歓声が上がる。
「みなのもの! 神だ! 神であるぞ!」
「囲め! 崇めよ! 全力で平伏せ!」
にゃにゃにゃ!?
にゃんだ!
その空気に私は毛を逆立てて、後退り。
『な、なに君達……!? 手相を見せてくださいとかいいそうな顔と空気、できたら止めて欲しいんですけど?』
魔術も奇跡も使えない状態の聖職者たちなのだ。
どう考えても相手は雑魚。
それでもなぜだか、私のセンサーが危険だと告げている。
この私を狼狽させる何かが……ある!
宗教国家!
もうその時点で、心穏やかなニャンコには刺激が強いのだ!
よぼよぼなご老人司祭が前に出て来て、ごっほごっほ。
弱者アピールのわざとらしい咳と共に――窺うように、上目遣いでチラチラ。
「時に……ネコ様。そのぅ……なんですじゃ。あなたさまは傷の治療や、状態異常の回復や……そのぅ、もっとも大事な事なのですが。迷宮で死した冒険者の蘇生――などの奇跡はお使えになったりは、するのでしょうか?」
できないと思われるのは、なんか嫌だよね。
『ま、まあ――原形をある程度とどめた遺骸と本人の魂さえあれば、蘇生もできるし。たぶん迷宮内は特殊なダンジョンルールが定められているだろうから、死者の灰さえ集めて貰えば蘇生もできるし。私の力を借りた聖職者でも、最上位まで修行すれば同じこともできる筈……って! さっきからなんなんだい! その怖い顔は! え? なに、この国。そんなに死者でも出ているのかい?』
再度、瞳がカカカカカカッ!
まるで宝石を見つけたような顔で、聖職者たちが瞳と歯と魂を輝かせ。
ズジャジャジャジャジャ!
辮髪カインくんが大きな手を翳し――叫ぶ!
「ええーい! おまえたち! なにをしている! 人をかき集めよ! 手早く集団で平伏し、もっと全力で神を崇め、全身全霊をもって褒め称えんか! けして逃がすな! この御方は本物だ!」
魔力波動を放ち、全員が整列。
強制命令を含んだ号令スキルを使った辮髪カインくんは、自らも含めて全員でザザザ――っと土下座。
……。
モンク僧に、大司祭にクレリックに……まあ宗派も異なる聖職者たちが一斉に、私を崇めだしたのだ。
それはもう、見事な土下座であった。
普段ならば、にゃは~! っとその背を踏んで歩く所なのだが。
怪しい宗教の勧誘を受けた事のある人なら、少しはお分かりいただけるだろうか。
なんか、この独特な空気がすんごい怖い。
この私が気配に圧され、引き気味である。
耳を後ろに倒し、腰を落としながら私は言う。
『え? えぇ……? なに――……、こっわ。君達……ちょっと気持ち悪いんですけど』
「迷宮国家クレアリスタにようこそおいでくださいました、真なる神! 大魔帝ケトス様! ワタクシどもは、あなたさまの僕でございます!」
え、えぇ……。
なんだろう、テンションについていけないんですけど。
『いや、そりゃ魔王様以外の全ての生き物はネコの下僕だけど……君達、あの時さあ。私の事、さんざんバカにしてたよね?』
「それは無知蒙昧なるワタクシの罪。お望みとあらば、この首を差し出す所存でございます! まさかいしのなか状態をも解除できる大いなるネコ魔獣さまだとは、思いもよらなかったのであります!」
本当に首を切り落としそうなので、ブンブンブンと首と尻尾を横に振り。
私はげんなりと言う。
『首、要らないからね……? マジで』
神様ならなんでも崇める国、なのだろうか。
たしかに、思想の違う種族や聖職者が集っていたので、広い範囲で神を信仰しているとは思っていたのだが。
外道とは思いつつも心を読んでみる。
そして私は悟った。
ここはダンジョンと共に成長、発展してきた国家。
ダンジョンにこもって生計を立てる冒険者が多いのだが、その生活は常に怪我や死と隣り合わせ。
需要があれば供給も生まれる。
自然と治療が扱える聖職者の職に就く者が増え――その奇跡と力の源である神を讃える文化も同時に、育っていったのだろう。
治療を扱う存在である神に、絶対の感謝を抱いているようなのだ。
ようするに、石化状態を治してくれたり毒やマヒを治療してくれる神。
傷を治し、時には蘇生すら可能な存在である神。
聖職者から信仰を得て、その代価に力を貸し与える神を――狂信しているのである。
治療を扱える神を、心の底から信仰しているということだろうが。
治療さえできるのなら、ネコであっても問題ないのだろう。
極端な話。
おそらく邪神でも問題ないのだと思われる。
んで。
以前は寺院にも教会にも、治療の力を司る神がいた。
どこかに行かないように全力で崇め奉って、引き留めていたっぽいのだが――現在その神は謎の失踪中。
――と。
なるほどねえ。
ちょっと話が見えてきたかな。
『とりあえず、私を信仰してくれるってことでいいのかな? んーむ、でもニャ~! ウソか本当か分からないし。君達の信仰の証を確認したいよねえ! 私、約束をしていたグルメを貰いたいんだけど――どうかな?』
「はっ――ただちに!」
全員が、全力で土下座!
ネコを崇めて平伏している!
これは――使える!




