魔導教室 ~のんびりニャンコと天衣無縫(てんいむほう)~その3
ポカポカあたたかい太陽が、真上から私のモフ毛を照らしている。
転移の魔導授業も佳境を迎え、ランチタイムへと差し掛かろうとしていた。
そう。
迫るタイムリミットはお昼ごはん!
朝からやっていたんだから、初日の訓練はこれくらいで終了が丁度いい。
周囲を見渡し、鑑定!
大樹の下。
赤き瞳が、木陰からギンギラギラギンと輝いている。
現段階で転移を発動できるようになったのは、生徒の八割程度。
まあ可もなく不可もなく。
と、言った所だろうか。
肝心要で、今回の本筋である死神貴族のヘンリー君の方はというと。
私とは違う樹の下。
不貞腐れた様子で陽射しを避けるように、木陰で優雅に読書中。
大魔帝ケトスたる私は、王子の爽やかなる休息を睨み。
ハンターのように目を尖らせる。
『って、君! それ漫画の本じゃん!』
「ふっ――ボクは悟ったのさ。無理に無い才能を伸ばすよりは、信頼できる友や仲間を信じ、彼等にボクを転移させればいいじゃないか――ってね」
いや、まあ自分でできないなら仲間にサポートして貰う。
それも一つの選択。
別に悪い事じゃない……のだが。
『あのさあ、君。そういうのはただの現実逃避にみえるんだけど……』
「だってボクは悪くない! この魔導書が悪いんだ! どれにも才能がちょびっとしかなかったボクはどうしたらいいのか。ご教授願えないかな?」
そうなのである。
適性を見いだされた生徒は――私の熱心な指導によりシュンシュンシュン。短距離転移なら、既に発動可能になっているのだが。
私の授けた万能と叡智の書が記した彼の才能は、転移魔術全てに微量な適性有り。
本来なら多種多様な転移を発動可能!
伸ばしさえすれば、万能サポーターになる可能性もある!
のだが、実はこれ……初心者には結構な罠で。
全部に少量の適性があるおかげで、どれも中途半端――。一つの才能に恵まれるモノより、転移可能な領域へと至るのに時間がかかってしまうのである。
『君、王族で元冥王の息子だし、本人の素質も頭脳も十分にある。魔力もキャパシティも十分あるんだけどねえ。どうしてできないんだい? たしか、冥界神レイヴァンお兄さんの力を借りた魔術も使っていたし、冥界の門を操って転移に利用する変則転移も可能な筈なんだけど……?』
ようするに、一度冥界を経由させ――空間と空間を繋ぐ扉を形成する。
結果として望む場所に転移。
ネコ型ロボットが使いそうな、どこでもな扉である。
「やったよ! もうそれも試したんだよ! でも、冥界ゲートへの接続が途中で途切れて、わけがわからない世界に繋がるだけ! 望む場所に転移するどころか、生きたまま地獄めぐりするところだったんだよ!」
『あー、君。今、冥界出禁みたいなもんだから――こっちの冥界にも入場拒否されちゃってるのかもね』
尻尾をくねらせて、私は次の提案をする。
『じゃあオーソドックスな転移魔術――転移門なんてどうだい? 原理はさっきと似ているね。空間軸に転移門を形成して、転移門を一種の座標計算コンピューター化して固定。転移を望む場所と、自らの前に転移門を二つ設置。転移門に計算させて世界の法則を捻じ曲げ、空間と空間を繋げる――後は繋がった道を歩くだけ。冥界を経由しないから君でも使えるはずの転移だね。これがファンタジー系の世界でもよく使われる魔術による転移だけど、これなんてどうだい?』
言って私は転移門を生成。
世界の観光名所に繋げて――高速グルメ購入を実践しながらモフ毛を颯爽と靡かせてやる。
「転移門を維持するだけの集中が続かないんだよ。そもそもここはボクにとっては異世界、座標認識にも誤差が生じるし、この世界は魔力が薄い! 貧弱魔力な世界じゃあ、いくら冥界の王子のボクだって、大魔術は扱えないんだよ!」
『えぇ……じゃあさあ。なんならできるんだい? 微量な才能はあるんだから、発動自体は可能だと思うんだけど』
「それをこっちが聞いてるんだよ! 駄猫!」
ぐぬぬぬと唸る彼に、私は言う。
『まあ君が言うように、地球は魔力の濃度が薄いし……私みたいに憎悪の感情を吸収して無限に利用できるような裏技は使えないだろうし。ああ! じゃあさ! こっちの世界でも発動できそうな物理的な理論に基づく転移なんてどうかな!』
「物理的な理論?」
オウム返しに近い彼の言葉に、私は自慢げにふふん!
『世界そのものを四次元座標で認識。転移先の空間座標を魔術式で算出、自分の身体と魔力を魔術式に変換して分解。指定座標に飛ばし、跳躍後に元の存在へと再計算。再生して身を戻す――これが超能力でテレポートと呼ばれる異能だよ』
告げて、シュン! シュン!
校庭の端から端まで転移。
超能力者のテレポーターを再現してみせ、シッポを震わせ帰還する私もやはりかわいい。
これならにゃんスマホに物理演算をさせる事も可能。
微量な才能と魔力さえあれば、SF漫画で使われるテレポートに似た現象を再現することもできる。
顎に曲げた細い指をあて、ヘンリー君が言う。
「なあ、それって一度自分の身体を分解するわけだろ? 転移先で再生する身体が本体になるのはわかるけど、元の場所で分解された自分は消滅するわけじゃないか。どっちが本物とか、転移元にいた自分の意識はそこで途絶えちゃうとかさあ。そういう、問題は大丈夫なのか?」
『あー、それはよくある質問だね』
ようするに、一度自分を分解して再生成するわけだからね。
消えた自分の意思はそこで途絶えて、終了!
転移先の新しい自分は何も知らずに意識を引き継いでいるが、厳密にいえば同じ肉体構成をした別人である。
転移を使った自分の意識は、その時点で死んでしまうのではないか?
そういう。
テレポートを使う上での怖い概念である。
『結論から言えば使った側の意識が、そのまま転移先に飛ぶから問題ないよ?』
「本当かぁ? 今のおまえも、自分が本物だと思い込んでいる、作られたばかりの駄猫じゃないのか?」
なかなか捻くれた青年である。
『そもそも魂はこの世界とは別の軸にあるんだからね、魂の方が認識しているからまったく問題ないのさ。君も死神なんだから、魂と肉体が離れている場面は何度も目にしたことがあるだろう? あれと似ているね。魂への理解が足りないせいか――な~んか人間って元の自分が消えるんじゃないかって、変な発想をするんだよねえ』
「あー、なるほど……魂が干渉を受けているわけじゃないから問題はないのか。いや、そういう怖い話を、哲学書で読んだことがあったからちょっと気になっただけで。か、勘違いするなよ! べ、別にビビっていたわけじゃないからなっ!」
この反応からすると。
はは~ん!
『するってーと、君。もしかして転移魔術が発動しなかったのは、自分が消えるかもしれないからっていうビビリが原因ってことか』
「おい。教師、なんだその顔は」
カカカっ、にゃきーん!
私の猫目がぶにゃっと広がり、揶揄いモードに大変身!
肉球で指差し――。
『ぷぷぷー! やーい! ビビリ弱虫~! ぶにゃははははは!』
「なっ! おまえ! そういうことはもうちょっとオブラートに包んでいえ! ボクは王子だぞ! もっと丁重に、もっと優しく扱え! ありとあらゆる角度からボクを安心させて、気持ちよくさせるのがマナーってもんじゃないか!」
どうやら、図星だったようである。
ははーん、それで知らず識らずのうちに自分でも転移魔術への忌避が生まれ、発動できなかった。
そういうパターンかな。
『なら安心したところでリトライだ。たぶん深層心理の不安が消えたから、短距離転移ならできるんじゃないかな?』
「うるさいなあ! わ、分かってるよ! ボクはおまえたちとは違って繊細なんだ!」
言いながらもちゃんと手は動いていて、テレポート軸で魔術式を組み上げるヘンリー君。
その魔術式を猫の魔眼でチェック!
一度自分を分解し、情報を固定。
転移先で再生成――うん、魔術式は問題ない。
『いいよ――そのまま発動してごらん』
「あ、ああ――行くぞ!」
言って、彼はちゃんと転移魔術を発動!
その距離、なんと三十センチ。
これはけして短い距離ではない、最初でこれなら十分凄い!
『ほら、ちゃんとやればできるじゃないか』
「あ、ああ……なんか、すごい疲れたが……まあ、悪くないな」
肩で呼吸し、魔力も乱しているが……。
その達成感はそれなりに彼を高揚させているようだ。
『おめでとう。これで少しだがレベルアップしただろう。大事な一歩を踏み出せたね』
「といっても、本当に少しだよ――自慢にもならない程にな」
どうも彼は自己評価が低い傾向にあるようだ。
目線を逸らすヘンリー君の瞳をみて、私は告げる。
『できなかったことができるようになった。僅かではあるが――前に進んだ。ちゃんと成長しているんだ。それはとても素晴らしい事だと、私は思うよ? 少しは自信もついてきたんじゃないかい?』
「ま、まあ……別にどうでもいいけどな!」
素直じゃない青年である。
『ご褒美にモフモフさせてあげようか?』
「いや……それ、褒美なのか? むしろ、おまえへの褒美になるんじゃないか、それ?」
空をふよふよしながら撫でられ待ちする私に、皆の視線が集まっている。
はて?
なんだろう。さきほどからこちらを見ていたようだが。
転移訓練をしていた筈のヒナタ君に、私は問う。
『え? なに? どうかしたの?』
「いやケトスっちさあ。さっきから思ってたんだけど。魂の在り処とか……別の軸にあるとかって話、なに? 初耳なんだけど」
他の生徒もこちらを凝視している。
……。
私とヘンリー君が顔を見合わせて。
「まあボクは死神貴族だから、肉体と魂が別に存在していると知っているけれどね。人間達の知識だと、あまり詳しくないんじゃないか?」
『あー、まだ人間はその領域に辿り着いてはいないのか……じゃあ、言っちゃいけなかったのかな。今のは、なしで!』
肉体と魂が一緒の場所にあるなら魂の転生なんて発生しない。
一緒に滅びるはずだからね。
けれど私や、ここの生徒の何人かは転生を果たしている。
アンデッドなどの不死系モンスターや死霊魔術なんかは、死した肉体に別の魂を与えて動かすわけだし。
肉体なんて、あくまでも肉の容器でしかないのだ。
私なんて猫の器に、魂が三つも入り込んでいるわけだからね。
もっとも、これも一つの仮説にすぎない。
私が住まう魔王様の世界のみでの現象であって、他の世界では違う――なんてこともあるだろうし。
実際に、肉体と魂が連結している世界だってあるのだろう。
なにしろこの無限ともいえる三千世界。
魔王様の誕生と共に、なんでもありな世界になっているからね……。
「いや、なによ! そのそれっぽい話は! 誤魔化して適当な事を言ってるのか、それとも本当にナニかあるのか教えなさいよ!」
言って、ヒナタくんは習得したばかりの転移門型の瞬間移動を発動!
移動手段を攻撃に転じさせているのだろう。
行動と選択肢の幅を広げ――私を捕まえるつもりらしいが。
これは使える!
『ちょうどいい機会だ、皆に映像を送ろう! これが実戦での転移の使い方だ』
言って私は、校庭の映像をにゃんスマホに転送。
女子高生勇者、ヒナタくんの転移を混ぜた攻撃の映像を映し出してやる。
瞬時に移動する攻撃手段。
それは、高速を超える攻撃となり戦いの幅を広げるのに向いている。
が。
むろん、弱点も増えてしまう諸刃の剣。
「もらったぁぁぁ! 今日こそ、あんたの生意気なドヤネコ顔を捕まえて、驚愕させてやるんだから!」
『へえ、早いねえ! けれど――』
ヒナタ君の攻撃を避けながら、しっぽを揺らし――私は大地に干渉!
にゃにゃにゃ!
地脈を通じて、ヒナタくんが設置している転移門の位置を計算。
って、あれ?
地脈になんか……違和感があるな……これはヒナタくんじゃない?
ということは――。
ビビビっと猫の頭脳を働かせた私は、先に授業を進めるべく転移への対処を披露!
『甘いね――はい! 転移破り!』
「なっ……! ちょっと、あたしの魔術式に変な干渉しないでよ! うわ! なによこの、魔王様は最高だニャ~! って、謎の計算式は……っ、やば、制御が……きゃっ!」
私とヒナタ君の戯れを見ていた生徒達の目が、鋭くなっている。
一見すると可愛い光景。
美しく優雅な黒猫と、ちょっとお転婆な黒髪女子高生がジャレあっているようにみえるが――。
実際は、人知を超えた魔導戦。
それなり以上に戦闘経験のある者なら、一時も目線を外せなくなっているだろう。
まあ、おっとり少女のノスタルジアくん。
そして、戦いに興味のなさそうなヘンリー君は、ぼんやりしたままだが。
ともあれ。
魔力を放出し、膨大な計算式と魔法陣を展開するヒナタ君が――。
叫ぶ。
「魔術干渉を破棄! 魔力を影に接続して……逆に干渉を、だあぁああああああぁぁぁ! 全然魔術式が間に合わないじゃない! ヤバ……ッ、転移門が奪われる!?」
『チェックメイトさ――!』
告げて私はモフっとしたネコ手を伸ばし、肉球をクイ♪
ヒナタくんが転移を使う起点となっていた転移門を操作!
侵食!
逆に奪い取り、魔術式を逆流させ彼女を好き勝手に転移!
世にも珍しい、聖剣を片手に空中で無作為転移を繰り返す――。
ぶっ飛び女子高生の完成である。
「きゃあ! そんなの、ありぃいいいい!?」
『はい、みなさん注目です。こうやって安易に転移を使った攻撃をすると、より上位の転移魔術能力者に奪われて――こうなっちゃうからね。アタッカー気質な思考をする人は、よく考えてから戦略に組み込んだ方がいいだろうね』
説明しながら私は再度、肉球をぱちん!
ヒナタくんを安全な場所に戻し――隣接空間の状況を把握して、と。
先ほど地脈に感じた違和感を探り。
ザァァアァァァァッァ!
シリアスな顔を作った私は、教師の低音で――ぶにゃ~。
何もない虚空に向かい猫口を蠢かす。
『そういうわけだ――そのまま宇宙の果てに飛ばされたくないのなら、でてきたまえ』
「は? おい、駄猫教師。何を言ってるんだ? そこにはなにも……っ」
ヘンリー君も、声に出した途中で気が付いたのだろう。
肌を撫でる違和感。
その正体に。
「敵なのか?」
『さあ、それは相手次第だが――なにかがいるのは間違いない』
告げる私の息は、存外に硬質的だった。
ここにはヘンリーくんをはじめ、戦闘が得意ではないタイプの転移帰還者もいるからね。
ちょっと警戒してしまうのである。
ともあれ、一つの事実からは目を背ける事は出来ない。
今この瞬間。
魔導学園と化しているこの空間を――誰かが眺めている。




