魔導教室 ~のんびりニャンコと天衣無縫(てんいむほう)~その1
にゃんスマホを活用しての授業連絡。
転移魔術を学びたい者は集まれ! ということで、招集をかけたのだが。
学園の校庭には、多くの生徒が集合していた。
時刻はまだ早朝。
爽やかな風がモフ毛をイイ感じにぶわぶわっとさせる、心地良い陽気である。
葉擦れの音を立てる緑の木々が揺れている!
生徒達の声を聞く、私のピョコ耳も揺れている!
ただし!
天才頭脳は揺れていない!
そう、私は早起きをして眠いのである!
ちなみに大魔帝でケトスたる私は現在――女子高生勇者で生徒なヒナタ君の腕の中。
まだ良いニャンコは惰眠を貪る時間だからね。
遅刻しそうだったところを運んでもらっていたのだ。
ヒナタくんが、腕の中でスヤスヤと可愛く眠る私を見て。
「自分から授業をするって言いだして、これ……? あんた、本当にマイペースよねえ」
嘆息をモフ耳に受ける私の耳だけが、ぴょこんと揺れる。
顎でネコ頭をとんとんされてしまうが、まだだ!
我が惰眠は! この程度では解消されないのである!
「おーい、ケトスっち~! あんた、まだ寝ぼけてるでしょう? ほら、早く起きなさいよ。もう皆集まってるわよ。教師が寝坊してどうするのよ……っ!」
『ん~、あと五十年……』
肩に顔を埋めて、くぅくぅくぅ……。
あれ? なんで早起きしたんだっけ?
まあ……いっか!
「しょーがないわねえ……ジャハルさんから教わったこれで――ほら、液状猫おやつよ」
『カカカカカ! ぶにゃ!』
目覚めの呪文を魂に受け、ウニャニャ!
両手で細長いプラスチックの刀身を掴み、ちゅるちゅるちゅる♪
召喚儀式を受けた魔獣がごとく。
魔力とオーラを纏って復活!
『ほほぅ! 我を目覚めさせるとは、さすがはチューなんとかとやら! ネコ界における至宝の頂点。素晴らしくも香しい豊潤なオヤツよ! ふふふ、ふはははははは!』
「え? なにそれ、この液状猫オヤツってそんなに猫の中で評価高いの? まあいいわ、ほーら、もうこれでいいでしょ。早く授業をしてよ! あたしも転移のバリエーションを増やしたいしさあ」
おー、そうだった! 転移魔術の授業をするんだったね。
うにょーんと、後ろ足を伸ばし♪
くわぁぁぁぁぁっ――と、大きく欠伸をして、顔をふきふき。
周囲をキョロキョロ。
綺麗好きな私も――とってもかわいいね?
さて! 準備は完了!
『くはははははは! 良き授業日和である! 生徒達も揃ってるし、太陽のおかげで私のモフ毛も輝いているし。うん! 全てがイイ感じだね!』
ポジションも完璧!
砂利が肉球とあんよの隙間に入り込んでしまうのが嫌なので、抱っこ状態!
これぞ猫の特権だね!
私を腕に抱く女子高生。
勇者のヒナタ君が、んーっと考えながら私に問う。
「ねえ――ケトスっちさあ、前より軽くなった? なんか楽々持ち上がるんだけど」
『前から私は軽いけど、それはたぶん君の基礎レベルが上がっているんだろうね。無限の魔力を抱き上げてるようなもんだし、今までは負荷がかかっていたんだよ』
まあ、これも訓練の一環。
彼女に抱っこされてる時は、いつもと違って魔力をだしっぱ。魔力鉄球にてトレーニングする要領で、私自身が常に魔力負荷を放ち続けているんだよね。
「なるほどねえ。そっか、あたし強くなってるんだ」
まあ訓練なのも事実だが。
一番の理由はモフモフ抱っこ! 私、誰かに抱っこされて歩くのって結構好きなんだよね~!
頭を撫でよ! 撫でよ!
ドヤドヤ! 撫でたいだろう!
と、耳をぴょこぴょこさせていたのだが――。
なぜかすさまじい視線が二つ。
一つは殺戮騎士――。
教室の中。人間世界の学業を、メルティ・リターナーズから派遣された教師に教わるトウヤくん。
もう一つは――魔族幹部。
校舎の中から授業カリキュラムを生成する働き者、学長で中ボス魔物のヒトガタくん。
両者共に羨ましそうに、こちらをじっと見ている。
『あれ? なんだろう。私に用事ってわけじゃないみたいだし――ああ、もしかしてあの二人、ぷぷぷー! ねえねえ! あの二人さあ! 女子高生勇者の君に、抱っこされたいんじゃない? 二人とも寡黙イケメンタイプなくせにムッツリなのかな? なんか笑えるんですけど~!』
まあ確かに、口さえ開かなければヒナタくんは黒髪清楚な美少女だからね。
私に嫉妬してしまうのも仕方がない!
ブニャハハハハ! と笑う私に残念王子で授業参加者のヘンリー君が言う。
「いや、たぶんあの二人が嫉妬しているのはおまえにじゃなくて、そっちのヒナタ嬢に……まあ、いいか、別に」
応じるようにヒナタくんが、ヘンリー君に顔を向け。
ヒソヒソヒソ。
「し、視線が痛いんですけど……これ、絶対ヤバいわよね? ケトスっちを抱っこしてるから、睨まれてるのよね?」
「たぶんそうだろうね。あの二人からはネコに対する、すさまじい執着心を感じるしな。過度の猫好きはおそらく……この能天気ネコ、大魔帝ケトス様のせいだろうさ。あの二人は精神の奥まで、既に制圧され済み。魂の髄にまで太々しい顔をした駄猫が鎮座――図々しく心を侵食して、占拠しているんだろうさ」
そうなのかな?
じゃあ試しに――と。
いますぐモフれ~、モフれ~と電波を送ってみたのだが。
『さすがに通じないか』
「何の話?」
『いや、なんでもない――ちょっとした実験を……って!』
シュシュ――ン!
突如現れた魔力波動が二つ……、彼らは二人して転移魔術で瞬間移動。
私の目の前に現れて。
ナデナデナデ♪
私の電波を受信し、即座に頭をナデナデしてくれたようだ。
ヒナタ君がドン引きする中。
腕を組んだ私はネコの眉間を、うにょうにょ!
『くははははははは! くはははははははは!』
撫でられるとついつい、哄笑を上げてしまうのだ。
二人は満足したのか、なにもいわずにシュシュンと転移で帰っていく。
……。
あれ。あの二人って、実は――かなりのヤバいレベルでこの私や猫を、崇拝してたりするんじゃないだろうか。
動揺する私に構わず、ヘンリー君が細い顎に細い指をあて。
「なんていうか、心霊現象みたいなやつらだな……。まあ、理解したよ。今のが転移魔術の実践、見本を見せてくれたってわけか」
『そ、そうだよ! 転移魔術を使いこなせば今みたいな、瞬間ネコちゃんナデナデだってできちゃうわけだ!』
よーし、授業の一環ってことにできた!
私は改めて周囲を見渡し。
『そんなわけで! ここに集まってくれたみんなは、転移魔術を覚えたいってことでいいんだよね?』
声に応じたのは光と闇のリーダー的存在。
獣人の生徒と、聖職者の生徒――まあ、闇番長と光委員長でいいか。
ともあれ、二人は互いにバチバチと睨み合い。
「ケトス先生! その前にお聞きしたいのですが――まさか、こんな闇の香りがする獣人に、そんな危険な魔術を教えるつもりなのでしょうか!?」
「んだと、この光くせえクソ女が!」
うわあ、やっぱり光と闇って相性悪いなあ。
聖職者の方の委員長は……っと。
秘書の如く、頭の回るヘンリー君がすかさず死神名簿を発動させ――私の脳内にデータを送ってくる。
転移した先で臨時教皇の位にまで上り詰めた、聖女よりの勇者か。
まあ、闇の勢力との戦いでそれなりに苦労させられたらしい。
友や仲間、異界でできた家族も卑劣な闇の勢力に殺されて――その復讐を果たし、結果として宗教国家の女王に認められ。
聖女猊下、すなわち教皇としての高い地位を得た転移帰還者。
その過程で闇の属性が大嫌い――と。
んで、闇の番長の方は――。
こちらの世界で死亡。獣人として異世界転生を果たし……闇の獣人王として君臨。
世界を征服したのか。
まあ、世界征服といっても戦乱時代の異世界に飛んだらしいので、虐殺などを行っていたわけではない。転生先で国同士の争いに巻き込まれ、結果として闇の獣人王になっただけのようだ。
その世界では光の存在は獣人に圧政を敷いたらしく、光とか聖なる属性が大嫌い――と。
こりゃ水と油だね。
両方とも扇動の力の一種、先導者としてのカリスマはあるみたいだけど。
ともあれ私のスタンス、立ち位置をはっきりさせるべく。
ピョン!
ヒナタくんの腕の中から抜け出し、教師としての声で言う。
『闇の存在にも転移を教えるのか――だったね、その答えはイエスさ。私の授業は誰でも歓迎。人も魔族も魔獣も、聖も魔も関係ない。学びのチャンスは平等に与えられるべきだと思っている。それがたとえ、ナメクジやオケラだとしてもね。学びたいのなら私は言葉を教え、世界を教え、魔術を伝授する』
ざわつきがおこる。
冗談だと思ったのか、委員長が顔をきつく尖らせる。
「ナメクジに魔術? あの、先生? ふざけていらっしゃるのですか?」
『おや、どうしてふざけていると思うんだい?』
淡々と告げる私も凛々しいのだが、ともあれ委員長は続ける。
「言語すらも知らない下等な種族……いえ、種族といえるのかどうかも分からない軟体生物に魔術を教えるなど。ふざけているとしか思えません。不可能ですし、少々、不愉快ですわ」
『んー、分からないなあ。どうしてたかが人間風情がナメクジをバカにできるのか……もしかして君達、勘違いをしていないかい?』
あくまでも淡々と、事実のみを告げるように私はネコの口を蠢かす。
『悪いけれどね、私にとっては同じだよ。所詮は地を這いまわり続ける塵芥。庭に棲みついたアリと同じ。それが人の形をしているか、ナメクジの形をしているかの違いでしかない。本当に申し訳ないと思うけれどね、脆弱なる魂の一欠片にしか思えないのさ。それに、もし知恵や力が勝っているからナメクジより人の方が偉いのだとしたら――君達はきっと驚くよ』
告げた証拠を見せるべく。
肉球を鳴らした私は緊急召喚。
キィンキィンキィン!
発生する水の渦と魔法陣。
ネコの生み出す召喚陣から生まれたのは、魔術師の三角帽子を装備しつまようじの杖を持ったぬめぬめ生物。
ナメクジさん。
「ナメクジ……ですわよね?」
「待ちやがれ光の女! こいつ、やべえぞ!」
手を伸ばそうとする委員長の腕を掴み――。
ズザザ!
闇番長が彼女を巻き込む形で、瞬足スキルを発動し後退。
「た、助かりましたわ。なんですの……っ、この魔力に、この寒気は……っ」
「わからねえ……っ、けど、たぶんマジでやべえぞ……っ」
土煙が起きる中、獣人の威嚇音が響く。
一応、強さをはかる程度の力をもっているようでなにより。
しかも。
ぷぷぷー! なんだかんだで、闇番長くん、光委員長を守るように前に出てるし。
私との模擬戦の時も地味にタッグを組んでいたし、この二人、実は一歩間違えれば……ぶにゃはははは!
まあ生徒の恋愛未来予報はこの際、気にしないとして。
『すまないね突然呼び出して――本気じゃなくていい、少し君の力をみせてあげてくれないか?』
呼ばれたナメクジは、ぺこりと私に礼をし――状況を察したのだろう。
杖をちょこん♪
次の瞬間――。
七重の魔法陣が発生し、校庭の空を魔力陣と魔術式で覆い。
ドガゴゴゴゴゴドガバギズゴォォォッォォォォッォン!
遥か上空。
生徒達に影響を与えない場所で、水属性の大爆発が発生する。
「きゃ……っ! なんですの、これ!」
「バ、バカやろう! 伏せろ……ッ!」
ざぁあああああああああぁぁぁっと降り注ぐ雨と霧。
生徒たちの沈黙の中。
濃厚な魔力を背景に、ナメクジさんはドヤ顔で――ふふん!
役目を終えたと判断したのか。
転移魔法陣で自らの身を包み、魔王城に帰還する。
ちなみに、このナメクジさんは私の教え子。魔王様が昔、ただのナメクジに魔術を教えて大問題を起こした! という事件を参考に。
じゃあ私もやってみるかな!
と、ただのナメクジさんに魔術を教えた時の優等生。
生徒の一人である。
いや、一人じゃないか。まあいいや。
『もう理解して貰えたかな? 彼は私の生徒だ。ご覧の通り、あの威力の魔術と転移魔術を軽く操るナメクジ魔導士。どうかな? 人間とナメクジ、君達にはどちらが優秀にみえるだろうか? もし転移魔術を扱えないのなら、君達は申し訳ないけれどね、バカにしていたナメクジさんにも劣っているということだよ』
私は生徒たちの顔を眺め。
黒猫の顔のまま、教師の声音で空気を揺らす。
『もし嫌う勢力の力が増すのが気に入らないのなら、自らも学び、均衡をとればいい。私は命を差別しない! 種族を差別しない! いや、魔竜は嫌いだけど。その他の種族は関係ない。さあ、生徒達よ! 若者よ! 私から学ぶといい、魔術を、知識を! 君たちが望む限り、私はなんでも教えよう!』
高らかに告げる私を見て。
ヘンリー君がぼそり。
「いや、転移魔術の授業なんだから。いまのナメクジのデモンストレーションは要らなくないか?」
……。
こ、こいつ……。
ジャハル君並みに、私にツッコミを入れるタイプだな。
肉球で地面をペチペチしながら、私は唸る!
『いーの! カッコウイイから必要なの!』
「そ、そうなのか――まあいいけど、なあ、ドヤるのもいいけど早く教えてくれよ駄ネコ先生。せっかく部屋の外にでたんだし、ボクさあ。転移を覚えて日本の聖地巡礼をしてみたいんだよねえ」
にゃんスマホを操作するヘンリー君。
その端末には、日本各地のアニメや漫画のモデルとなった地の情報が浮かんでいる。
委員長が聖地と聞き、声を上げる。
「聖地巡りですか――それはとても良い事です。あなたに女神ガイアの祝福があらんことを」
「いや、そいつが言ってる聖地って、っち、まあどうでもいい。とにかく、ネコの先生よ。闇の獣人であるオレにも分け隔てなく、転移魔術を教えてくれるって事でいいんだな?」
手を組み祈る委員長。
そして私に問いかける闇番長。
二人に目をやり私は言った。
『ああ、それを君達が習得できるかはまた別の問題だけれどね。私は様々な転移魔術やスキルを知っている。誰でも、どれか一つぐらいは適性があるとは思うよ』
その言葉を聞いてやる気で唸るのは、ヘンリー君。
偉そうに仁王立ちになり、フン!
「電車って人混みがすごいらしいからな。あー嫌だ、嫌だ。ボクは必ず転移を習得し――聖地で、記念撮影をしてネットのやつらに自慢してやるからな!」
ネットのやつらって、ああ……ネトゲの友達か。
この王子、頭は回るし。
直接対面しないネットだとほぼ完ぺき人間なんだよね。
まあ動機はアレだが――。
やる気になってくれたのなら、なにより!
私もちゃんと張り切って教えないとね!




