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エピローグ   


 ラーハルくんが精霊として復活した三日後。

 オアシスに咲く白亜の宮殿では宮中晩餐会が執り行われていた。


 精霊族と真ガラリア帝国の友好関係がまだ続いていると、諸外国にアピールする狙いもあるようだが――まあ、実際は。


「にゃっはー! エビフライじゃあああああああ!」


 私へのご機嫌取り、という意味が大いに含まれているらしい。

 そりゃあ今度の私は英雄。

 この国を救ったヒーローキャットなのだから当然である!

 テーブルの上にダイブしエビフライさんの皿食いをしようとしたのだが、


「だぁあぁぁぁぁぁぁぁあ! ケトスさま、それはさすがに行儀が悪いですよ!」


 紅蓮のドレスに身を包む、お澄ましモードのジャハル君に止められてしまった。

 エビフライを捕えるべくニョキニョキしていた私の爪が、むなしく宙を掻く。


「え、だって。土下座皇帝くんも遠慮せずに言ってたし……」

「アンタ、常識を学びに来たって建前、またまた完全に忘れてますよね?」


 ふむ。賢い私は考えた。


「いや、よく考えたんだけどさ。猫だったらこれが常識じゃないかな?」


 てい! てい!

 と、爪を伸ばす私。

 そんな私を胸に抱いたのはジャハルくん、ではなく。


「いいじゃないの、姉さん。だってケトス様なのよ、それくらい当然許されるべきじゃないかしら」


 精霊として再臨した蒼帝ラーハルくんだった。


「おお、ラーハルくんはさすがに話が分かるね」

「ふふ、当然ですわ。わたしは頭の固い姉さんと違って自由に生きる蒼き焔、月花の精霊ですもの」


 ほほ笑む精霊。

 邪気の消えた妹に炎帝ジャハルは何を想うのか、口元を緩ませて。

 しかし。


「ラァァァァハル! ケトスさまを悪の道に引きずりこむのはやめろ! 妾とサバス殿がどれほど苦労している事か」


「もう、本当に姉さんたら口うるさいんだから。そんなんだから嫁ぎ先だって見つからないのよ」

「いいんだよ、オレは。大精霊として、魔帝として強く生きるって決めてるんだから」


 妹はきょとんとした顔をみせる。


「あら、そうなの? わたしてっきり姉さんはケトスさまのことを好いていらっしゃるものだとばかり思っていたわ」


 がしゃり。

 皿を落として。

 何故かジャハルくんの貌が真っ赤に膨れ上がる。


「そっかぁ、そうなのね。じゃあわたし、ケトスさまのお嫁さんに名乗りでようかしら」


 玉の輿よ、玉の輿!

 と、キャッキャしながらラーハルくんは私をぎゅっと抱きしめる。


「そうはいうが精霊の娘よ。私、大魔帝なのにけっこう貧乏なんだよ。自由にアイテム売買もできないし、臨時収入がはいってもすぐに使っちゃうし」


「あら、そう。じゃあわたしが貢いであげれば解決じゃない」

「その辺にしておかないと、君のおっかない姉さんが妹を盗られそうなショックで大爆発しちゃうよ」


 私は目の前の炎帝をちらり。

 ジャハルくんは、ななななななななななな! と、バカみたいに「な」を繰り返して焔ボーボー状態で固まっている。

 妹ラーハルくんも燃え上がる姉の貌に目をやって。


「姉さん、あなたもしかして」


「な、なんだよ!」

「ぷ、ぷふー! やだ、本当にシスコンなんだから! いやぁ、モテる妹は辛いわねえ。本当にごめんなさい、いつもわたしばかりモテちゃって」


「と、とにかく! そういう冗談はやめろよな!」

「はいはい、ごめんなさい。わたしが悪うございました」


 冗談はこれくらいに、と。

 妹ラーハルくんは私を下ろし、姉の傍までよって。

 小声で。


「今回は引くけど。素直にならないなら、わたし、本気で狙っちゃうからね」


「ラーハル、おまえ、何言って」

「誤魔化さないで、姉さん」


 妹は姉の手をぎゅっと握った。


「言っておくけど、本気よ。だって……わたしと姉さんは姉妹、やっぱり好みも似ているもの。同じ想いを寄せたのは……今回だけじゃないでしょ」


「オレは、そんなんじゃ」

「まあ、いいけれど。ボヤボヤしていると私じゃなくて他の人にも盗られちゃうかもしれないわよ。たぶん、色々な所で無自覚に人間を誘惑しているわよ、アレ」


 猫耳な私にはばっちり聞こえていた。

 無自覚に誘惑する、アレ。

 すなわち。

 エビフライの争奪戦が行われようとしていたが、今回の事件の引け目があるから姉に一番おいしい場所を譲る、そういう話らしい。


 しかし。

 にゃふふ!

 ここのエビフライさんは、全部私が貰うのじゃあああああ!


 にゃっはー!

 と、私はテーブルにダイブし、姉妹が話し込んでいる今のうちに、ごっそりとご馳走を堪能したのであった。




 ▽▽▽





 ▽▽





 ▽


 姉妹水入らずで酒を飲み交わしている合間。

 夜も更けた丑三つ時。

 まあ、この世界じゃ丑三つ時とは言わないか。

 そんな戯言を頭に浮かべながら。


 魔道具ショップの倉庫で――私は指を鳴らしていた。


「ぁ……ぁ……――――」


 密売を行っていた者を一匹一匹処分して回っているのである。

 あの時。

 魔道具にされてしまった精霊族の光が元に戻ろうと輝いた時。

 ラーハルくんの取り込んだ魔道具ではない反応が数点、真ガラリア魔導帝国の街並みから上がっていたのである。

 気付いてしまったなら、まあ仕方ない。


 やはり人間たちの一部は、まだ精霊族を魔道具化していた。


 この話はハッピーエンドで終わったのだ。

 ジャハル君もラーハル君も自分の中の憎悪に、ひとまずの決着をつけた。

 それに水を差すなんて、やはり許される事ではない。

 とてもいけないことだ。


 あの姉妹は何も知らない。

 だから。

 私はゴミを掃除する。

 音すら立てずに歩く私の貌を怯えた様子で眺める男が、下らない言葉を言おうとしていた。


「まってくれ……金ならいくらでも出す、だから、命だけは!」


「知らないのかい、金でも買えないものって世の中には結構あるんだよ」

「なら情報を……情報を渡す、あんた、精霊族の魔道具を探しているんだろ! 俺を殺したら、わからなくなる。それでもいいのか!」


 ふむ。

 私は男の魂から必要な情報を抜き出し。

 指を鳴らした。

 命の焔が、燃えて。

 ゴミは塵となって消えた。


 私は心優しい老店主から譲り受けた魔導地図に目をやって、また一つバツをつける。


 これで、とりあえずは――あと一か所で終わりかな。

 最後の目的地に転移すると。


「おや、これは奇遇だね」


 そこには血に染まった剣を握る皇帝、ガラリアの姿があった。



 【SIDE:ガラリア皇帝】



 大魔帝は全てを知っているとばかりに、ワタシの前に現れた。

 罪人を先に処分してから事情を説明しようと思っていたのだが……間に合わなかったか。


 とにかく、会話をしないのは失礼にあたるだろう。

 大魔帝はこちらの言葉を待っている。

 恐ろしい。

 そう感じた。

 今、この国は再び危機に陥っている。

 知らぬこととはいえ、我が国は、精霊国との約束を守り切れなかったのだから。


 ワタシは全身を奮い立たせ。

 皇帝として。

 何とか平静を保った声を出そうとした。


「これは――ケトス様。どうしてこのような場所に」

「たぶん君と同じ理由だよ」


 言って、大魔帝はワタシを見ながら指を鳴らす。

 パチン。

 ただそれだけで、謀反人たちは闇の中に消えていく。

 悲鳴も断末魔さえも許されないままに、消滅したのだ。


 その中には。

 皇帝であるワタシの従者をしていた男もいた。

 既に、ワタシの手によって事切れていたが――。


 ワタシと同様に、魂が嘘をつけない加工をされていたせいだろう。この男はボロをだしたのだ。

 大魔帝はこの加工は数日で解けると言っていた、それを待てずに国外に逃げようとした――それが愚かな選択だったのだ。


「部下を殺したのか。君も――辛かっただろう」


 大魔帝は存外、優しい苦笑を漏らしていた。

 今、人の命を絶ったばかりとは思えないほどに、穏やかな苦笑だった。


「いえ、ワタシの見る目がなかったのでしょう」


 ワタシは土下座ではなく、跪く形で、裏切り者の部下の血で穢れた剣を差し出した。

 これで斬り捨てて貰って構わない。

 全てをゆだねる、と。


「けれど、君は責任を取ってちゃんと処分をした。皇帝でありながら自らの手を汚してね、私は君を称賛しよう。尊敬に値する」


「恐れ多いお言葉にございます」

「そんなに畏まらなくても、今回は許すよ。ただ約束して欲しい、次に私がこの国に訪れた時、同じことがあったとしたら――分かるね?」


 今回は許す。

 それは裏を返せば、次回は絶対に……。

 もし、約束を違えたら。


「その時は――この大陸が消えるだけさ。たぶん、私は憎悪と怒りで私を抑えられなくなる」


 心を読まれている。

 この国ではなく、大陸と大魔帝は言った。


「だからどうか、私を失望させないで欲しい。これ以上、人間を嫌いになりたくないんだ」


 大魔帝は恐ろしい存在の筈なのに。

 なぜだろうか、ひどく哀しそうな瞳をしていた。

 人間。

 その言葉は大魔帝にとって、大きなウェイトが置かれている。

 そう感じたのである。

 理由は分からないが――。


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだい」

「マルクス=フィン=バルドリッヒ。宮廷の争いに巻き込むまいと遠くに置いた、我が実の息子のことで御座います」


 大魔帝はふと考え込んで。

 素知らぬ顔でこういった。


「さあ誰の事だか、私には覚えがないね」


 つい先ほどの晩餐会であれほど懐かれていたのに。

 それを知らないと大魔帝は言う。

 これほどに大きな魔が、偶然に、ワタシの隠した息子を手懐ける筈がない。全てが計画通り、ということか。


 汗が背筋を這う感覚。

 じとりと嫌な感覚が肌着に伝う。

 つまり。

 ワタシにこう言っているのだろう。


 もし、この国で魔道具化された精霊族を発見したら。

 ワタシの息子を……。

 悍ましい考えを思い浮かべるより先に、


「将来有望な若者を、殺しはしないさ。しかし、君に息子がいたとはね。若く見えるから気付かなかったよ」


 闇の中で、大魔帝は唇を蠢かした。

 ぞっとした。

 殺す以上の目に遭わせる――そういうことか。

 事実、息子は異常なほどに大魔帝に惹かれていた。他にも重要な公務を担う役職の身内の女性には、既に、大魔帝の手がかかっていた。


 皆、あの晩餐会に入る前に籠絡されていたのである。

 あの時から既に、全てが大魔帝の手のひらの上にあった。

 ということか。

 魔族の中には人間を使い、いかがわしい肉の宴を行う者もいると聞く。


「いつか、彼とも共に肉を味わう機会があるかもしれないね」


 舌なめずりをし、大魔帝は妖しく微笑した。

 それは欲を堪能する大人の貌。

 まさか本当にただの肉パーティの筈はないだろう。

 恐ろしい存在だとは思っていた。

 力ならば間違いなく、この世界で圧倒的な存在だ。

 しかし、それだけではない。

 智略に掛けてもこの大魔帝は恐ろしい手腕を発揮しているのだろう。


「君はなにか誤解をしているようだね」


「……」

「まあ――何を考えるかは自由だが、この国と交易をしているのはジャハルくんだ。今回は特例だ、私が動く機会はもうあまりない筈さ」


 言って。

 その体が猫魔獣の姿へと変わっていく。

 猫が見ていた。

 黒々とした猫が、紅い瞳で見ていた。


「さて、人間の皇帝よ。君に一つ頼みがある」

「此度の失敗を反省しております故、何なりとお申し付けください」


 どんな要求でも呑むしかない。

 愛した女の残した子。忘れ形見。

 ワタシが唯一、信頼している愛しき我が子。

 アレを守るためなら、ワタシは――どんなことでも。

 たとえ、人間という種族そのものを裏切る事となっても。

 その覚悟もできていた。

 そして。

 大魔帝は言った。


「我を抱っこし、直ちに宮廷に戻り。エビフライのお代わりを用意するのだ」


 ……。


「いま、なんと?」

「エビフライのおかわりである」


 ドヤぁと猫笑いをし、大魔帝はワタシの腕の中に飛び込んだ。


「ケ、ケトス様!?」

「ほら、なにをしているんだい。私の可愛さを褒め称えながら歩きたまえ」


 これは道化の演技か。

 それとも素の性格なのか。

 分からない。

 分からないが、直ちにエビフライを用意する。

 世界のためのエビフライ。

 その後に土下座だ。

 世界のための土下座だ。


 ワタシは人間の皇帝として、何よりも恐ろしい猫魔獣を腕に抱き。

 急ぎ、給仕を叩き起こして大量のエビフライの用意をさせるのだった。


 ◇


 その後、大魔帝は勝手に抜け出したと炎帝に説教をされていたが。

 彼は、何も言わなかった。

 本当は炎帝姉妹のために、自ら足を運んでいたのに――。

 きっと悲しませたくなかったのだろう。

 ワタシには分からなくなっていた。

 エビフライを食す彼は本当に幸せそうで――。


 策士の彼。

 部下を想う彼。

 人間を無表情で消し去る彼。

 まるで本物の猫の様に食事をする彼。

 どの顔がこの方の本当の貌なのか、分からなくなっていたのである。

 すべて演技の可能性もある。

 すべて真実の可能性もある。


 説教はまだ続いている。

 つい、フォローしたくなってしまった愚かなワタシに。

 大魔帝は口元に指を、置き――しぃぃぃいと、黙っているように命令した。


 少なくとも。

 部下を想う彼の優しき心は――きっと……。



 第四章

 亡国からの招待状 ~砂漠に咲くエビフライ~編 ―終―

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公猫だし、序盤にそういう気配がなかったので安心してたけど、 徐々にハーレム包囲網が敷かれつつあるなぁw 3人目だよ3人目。だが諦めるのは早い よく主人公の近くに居るのはまだ1人だけ…
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