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学園戦争 ~ネコの瞳はナニを見る~その1



 騒動が起こっていたのは――学食建設予定地から少し離れた場所。

 既に戦いが起こっているのだろう。

 紛争地は、人だかりができている広い教室だった。


 爆炎魔術や氷結魔術。

 さまざまな魔術式がぶつかり合う中――。

 とある美しい黒猫の、モフ耳と尻尾が爆風に靡かれ揺れている。


 残念王子のヘンリー君を引き連れて到着した私、大魔王ケトスが状況をじっと観察していたのである。


 ぴんぴん髯がくねくね~。

 ネコの瞳で冷静に眺める私も、とても可愛い!


 さて――!

 結界で覆われた教室の中を一言で表現するなら、カオス。

 混沌であろう。


 じぃぃぃぃぃぃい。


 飛び交う魔術とスキルの山を眺める私の瞳は、ただただ数式を刻んでいく。

 見知らぬ魔術式を追って自動登録。

 異界のスキルに文字通り目を輝かせ、学習できているので、大満足なのである!


 だからついつい、興奮気味ににゃはり!


『にゃはははは! うわあ! 私も知らない世界の魔術がいっぱいだ! なんか、凄い事になってるね! さすがに世界を救ってきた勇者や、滅ぼしてきた人間。私の知る魔術であってもアレンジが含まれているし、そこそこ器用だねえ!』

「いや――笑い事じゃないだろう? 駄猫さあ? これ……、どうするんだ? たぶん、おまえが無責任に転移帰還者を集めたせいだろう?」


 冷静に状況を眺めるヘンリー君に言われて、ふと賢い私は考える。


『無責任なんて人聞きが悪いなあ。私はちゃんと――』


 ちゃんと……。

 ……。

 目線だけを上に向けて――記憶容量の少ないネコの頭をフル稼働し、私は言う。


『あれ。私、ここに彼らを連れて来た時にちゃんと同意を取ったっけ? たしか、強制的にアイテム所持させているにゃんスマホから、登録されているデータを取得。称号を検索。転移帰還者の称号をもつ若者を、強制転移して……』

「へえ、手放すことのできない呪いの魔道具から勝手に個人情報を検索して、強制転移? ねえ?」


 あー……、うん。

 たしかに言葉にすると、ちょっとアレだね。


『いや、待ってよ! メルティ・リターナーズで保護していた人たちには、ちゃんと説明してあったんだよ! 彼らは同意してくれたし! 全員を保護できていたわけじゃないから、検索するのは仕方ないじゃないか!』

「つまりだ――今回の件で初めて転移帰還者だと分かったリターナーズ? だっけ、まあ帰還者にとっては、寝耳に水。ひっそりと隠れて転移帰還者だとバレずに生活していたのに、いきなり強制的に表に出されてしまった――そういうわけだろう? 不安もあるだろうし、そもそも信用される前の状態なわけだ。そりゃあ、こうなるんじゃないか? 善も悪も、光も闇も関係なく、日本にいた転移帰還者を全員強制召喚したようなもんだろう? 水と油が同時にバケツの中に注がれたようなもんさ」


 饒舌に語るその言葉には、一定の説得力があった。

 こいつ……!

 残念王子のくせに鋭い……!


 私はもう一度、教室に目線を移す。


 教室、というかこの学園自体が私の魔術で作り出した箱庭なので――どれだけ暴れても壊れる事はない。

 中で大ダメージを受けても問題なし。

 致命傷を受けても後で治せるので、死ぬことも無くなっているソシャゲ仕様なのだが。


 まあ、戦い自体はなかなかに苛烈である。


 魔術と共に広がっているのは、互いに互いを罵る罵詈雑言。

 魔剣や聖剣。

 神器や伝説の装備がぶつかり合う。


 犬耳をしたニンゲンベースの亜人種帰還者が、闇の魔力を纏い吠えた。


「はん! 勇者か英雄か知らねえが、こっちは勇者に滅ぼされた側なんだよ! なにが許して差し上げますわだ! 死ねや、偽善者ども!」

「まあいやだ! 選ばれし英雄帰還者たちだけの学園だと思っていたのに、こんな下劣な亜人種がいるだなんて、聞いていませんわ! 滅びなさい、闇に生きるモノよ!」


 お嬢様っぽい聖職者の帰還者が、薔薇の盾を顕現させて咆哮を相殺。

 どうやら。

 異世界で闇とか魔に染まったものと、光や聖の道を歩んだもので戦争状態になっているようである。


 死神貴族であるヘンリー君が、愚かな戦いを揶揄するように言う。


「へえ、やっぱり異界で過ごすと価値観が変わるんかねえ。故郷を同じくする人間種なのに――これじゃあ、まるで別種族みたいじゃないか」

『どうなんだろうね……人間は人間と戦う生き物でもあるし。ある意味でこれも正常な反応なのかもしれないけど』


 ちなみに、聖と魔のどちらの力も持っているヒナタくんは、観戦中。

 この学園戦争には手を出すつもりはないらしい。


 トウヤくんは……姿が見えないな。


 ともあれ。

 光と闇の戦争よろしく。

 激しい火花が飛び散る中で、私は肉球に汗をじんわり浮かべる。


 これ、どうしよう。

 と。


 いや、まあ戦いを止めること自体は簡単なのだ。

 私がちょっと手を下せば、全員瀕死の状態にはできるだろうし……。

 そうすれば戦争も終わる。


 でも、いくら死なない空間とはいえだ。

 ヘンリー君を連行した時みたいにやり過ぎちゃう可能性も高いしなあ。


 ここで賢い私は考え、思い至る!

 とりあえず、誤魔化そう――と。


 肩の猫毛のもこもこ部分を揺らし、くっくっくっく!


 いつも通り――舌先三寸を駆使し扇動の能力を発動!

 神妙な顔をし、シリアスな仮面を被った私は――戦いあう生徒達に目をやる。


『しかし、これで証明されたね。やはり異世界から帰還した彼らは……申し訳ないが危険だ。一般社会では脅威となる存在。ここでちゃんと常識を取り戻す必要があるだろう』


 これは仕方のない手段。善行だったと誘導しているのだ。


 いつもならここで。

 なるほど、全ては計算だったのかと賞賛の言葉が来るはずなのだが。

 ……。


 あれ?

 褒められ待ちをして、ドキドキどやどやしていた私のワクワク顔を見るのは――。

 王子のジト目。


「おまえさあ……なに渋い顔と言葉で誤魔化してるんだよ。そういう論点のすり替えはボクも得意だからな? 言っておくが口先だけの偽装には、騙されないぞ?」

『せ、扇動が効かない!?』


 黒マナティー亜種の洗脳電波を受けた影響で、耐性が身についているのかな。


「なあ、それ勇者の能力だろ? 悪用するのはマズいんじゃないのか?」


 クマの目立つジト目が、細面の王子様から送られてくる。

 う……っ。

 どうしよう、ここまで堂々と突っ込んでくるタイプはあんまりいなかったからなあ。


 困る私を目にして、ヘンリー君は顎に手を当て言う。


「まあ……、おまえが言うように――結果的にはこうして危険そうな連中を把握できたんだ。それこそうっかり遭遇していたら、見知らぬ場所で戦いを繰り広げていたんだろうし。ここでそれを未然に防ぐことができたと考えれば、悪くはないんじゃないか」


 おっと、どうやらフォローしてくれているようだ。

 すかさず助け船に飛び乗った私は、ドヤ顔で言う。


『その通り! とりあえず、ここの過激な連中をどうにかすれば、学園生活も開始できるってことだね! いやあ、全部私の計算だったのさ!』

「はぁ……まあいいけどな。ボクも異界の魔術を学べそうな学園とやらに少しだけ、興味があるから。協力してやってもいい――が。だが勘違いするなよ! 別におまえを認めたわけじゃないからな! それと、やっぱりおまえ! 力が強すぎてなんでもできちまうようだからな! もうすこし考えてから行動しろよな!」


 ごもっともです。

 しかーし!

 言われて私は目を膨らませ――かわいく首を横に倒す。


『ねえねえ! なんで君そこまで頭が回るのに……全体的に残念なんだい?』

「ほっといてくれ!」


 姉へのコンプレックスとか、周囲からのプレッシャーとか。

 そういうしがらみで、いままで能力を発揮できていなかったのかな?

 なんか。

 うーん、磨けば光りそうな気もしてきたし――ちゃんと私が教育して、能力を伸ばしてみたくなってきたかもしれない!


 さて、その前に――。

 私は静かに瞳を閉じて深呼吸。


 そろそろシリアスをやらないといけないだろう。

 このまま戦争をさせておくわけにも、いかないしね。


 空気を切り替え――。

 ぎしり。

 ネコの口を、淡々と動かしていた。


『ヘンリー殿下、君はやはりまだやり直せる。私はそう確信した。それはとても喜ばしいことだと私は思うよ。そして君も喜びたまえ。君に私の知恵や魔術をほんの少しでも学んで欲しい、受け継いでほしい。今、この私が――そう思ったんだ。誇りたまえ。喜びたまえ。その豪運に感謝したまえ。君はきまぐれなる魔猫、大魔帝ケトスの目に適ったのだから』

「はぁ? おまえ、なにをいきなり本気で落ち着いた声を……っ」


 第一王子ヘンリー……政争に負けた男はごくりと息をのんでいた。

 一瞬だった。

 空気が冷たく尖ったのである。


 性質の変貌。

 物語が切り替わったと、察したのだろう。


 王子は言った。


「おまえ……それが、本性……なのか?」

『本性?』


 シリアスな顔で、声で。

 全身に濃い汗を滴らせている。


「だって、全然……ちがうじゃないか!」


 あー、そういや私。

 この子の前だと、ずっとマイペースなドヤ猫モードしかみせていなかったのか。

 そりゃいきなりじゃ、こうなるよね。


 だって私!

 シリアスだと超カッコウイイし!


 ともあれ。

 本性かと問われた回答を、私の口は告げる。


『どちらも――私さ。少し待っていておくれ、生徒を静かにさせてくるから』


 闇の微笑を漏らす私。

 とってもニヒルだね?


 同時に、教室の空気が固まる。

 ギィギギギィッィィイイイイイイィィィィッィィイ――!

 魔力を一部分だけ、解放したのだ。


 ◇


 荒れる教室に、ざわめきが起こる。

 狼狽が走る。

 世界が――揺れた。


「なに……これ」


 誰かが、引き攣った声を漏らす。

 異界にて、かつて勇者や英雄だった生徒達の何人かが気付いたのだろう。


 ナニカがいると。

 顔色も空気も、ぞっと変わっていたのだ。


 闇に蠢くケモノ。

 けして敵にしてはいけないナニかが、行動を開始しようとしている。

 そんな直感が襲っているのだと思う。


 彼等は勇者。英雄。反英雄。

 異常を察する能力があるほどの――強者なのだから。

 まあ当然と言えば当然なんだけどね。


 こっちの内心はコミカルなままなのだが。

 生徒達の空気は大変に重い。


「戦いを止めろ! なにかが、くる!」

「魔神の再臨か――!」

「いえ、あたしの世界にいた悪に落ちた創造神かもしれない……っ、既に倒したはずなのに……っ」


 察した彼等はその異常な気配の先を探り。

 あっち見てえ。

 こっち見てえ。

 困惑気味。


 仕方ないから私はトテトテトテと、その視線の先にわざと割り込んでやる。


「黒猫しかいないじゃないか……っ!」


 叫ぶ男に、女が言う。


「ねえ……ソレ、じゃない……?」

「なにが!?」


 重い空気の中で、私は目立つように猫ダンス!


「だから、ソレよ! その変な踊りを舞っている黒猫からでてるのよ! この夥しい憎悪と闇の魔力は!」

「そんなバカな……っ」

「いや、見たくない! 呑み込まれる……っ!」


 ようやく色んな生徒と目が合ったので、肉球を振ってみせてやった。

 ……。

 生徒達はなぜか目を点にしている。


 あまりの私の美しさに、見惚れているのだろう。

 やはり誰かが、ぼそりと乾いた声を漏らす。


「やっぱり、ソレよ……っ!」

「じゃあ本当に、この黒猫……が、この魔力を!?」


 言葉に応じ――チェシャ猫のように闇に溶けて私はニヤリ。


 ラスボスが出現する前。

 世界を闇で覆いつくすイメージで、教室全体の空間を侵食していく。

 むろん、ただの演出である。


 憎悪の魔性としての紅き瞳を、闇の中からギラギラギラギラ。

 影の口が、ぎしりと蠢く。


『やあ――初めまして、人間諸君。私はケトス、大魔帝ケトス。君達の教師になる存在さ。授業をしたいのだが。その前に――』


 言って、私は闇の霧を発生させて。

 ザァアアアアアアアアァァァァ!


 姿を人型神父モードへと変身!

 悠然と顕現し、指を鳴らし――パチン!


『君達、いい加減にしたまえ』


 指パッチンの効果は魔術の無効化。

 戦いに夢中になって、こちらに気付いていない生徒達を止めたのだ。


 混沌とした教室。

 集められた転移帰還者――人間としては頂点にある実力者たち。


 彼等は顕現した魔を見た。

 ネコを見た。

 私を見た。


 そう。

 今ここに、大魔帝ケトスが顕現したのである。


『ようやく静かになってくれたね。うっかり吹き飛ばす前に静まってくれて、本当に――良かったよ』


 ゆったりと瞳を閉じて。

 私は美麗な顔で微笑を作る。


 生徒達の目には、闇の教壇の前で静かに微笑む――。

 黒衣の美壮年が見えている事だろう。


『じゃあ――授業を始めようか』


 ふ……っ。

 なんかイイ感じのセリフも、決まった――!


 いやあ!

 私、やっぱりこういう登場シーンも似合ってるよね~♪


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― 新着の感想 ―
[一言] さすがケトス様、雑魚勇者など一瞬で黙らせたね たかが古き神を倒したくらいで天狗になってる雑兵など……所詮この程度だね ところでヘンリー殺害未遂について証拠隠滅しても、証拠隠滅までしっか…
[一言] ケトスにゃんに「ちゅ〇る」を献上するための決まり事と献上した「ちゅ〇る」をお食べいただくための作法を勉強するんだね(* ̄∇ ̄*)
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