プロローグ ~ネコ強襲~
今日も今日とて、ぶわぶわっと風が吹く。
ネコのモフ毛を揺らしている!
大魔帝ケトス、素敵ニャンコな私はダンジョン領域日本に華麗に登場!
学園を解放した新イベも既に起動している!
さあ!
戻ってきました、ソシャゲ化されている日本!
どこにいても可愛い私は、今日もやはり美しい!
『くくく、くははははははは! やはり朝食のパンにはハムとチーズが最適である!』
もきゅもきゅと、パンを食べきり丸口をごっきゅん♪
ビシ――ッ!
にゃふふふふふ! いつものポーズも決まっている。黒猫魔獣としての凛々しさもアピールできたのではないか!
と、まあそれはいいのだが。
耳を後ろに倒した私は、はぁ……と大きな息を吐く。
問題は目の前の結界。
誰も入るなと中から封印された、重い扉である。
軽い苛立ちに尻尾の先だけを、びたーんびたーん。
ん-みゅ……。
あのバカ王子が素直に言う事を聞かないとは思っていたが……。
ともあれ。
スゥっと息を吸った私は、声に魔力を乗せて――うなん!
『ねえねえ! そろそろ出てきて欲しいんですけどー! 私、アーケロン元冥王から君を任されてるんだからさー! もう報酬は食べちゃったし、私がキレる前に出てきて欲しいんだけどー! どうかなー!』
こちらは優しく問いかけたのにだ。
「早く帰れって言ってるだろう! ボクは絶対に行かないからな! 何が高校だ! 馬鹿馬鹿しい! 王族のボクがなんで異界の庶民の施設に通わないといけないんだ! 帰れ! 帰れ!」
返ってきた答えはこれ。
と、そんなわけで。
私を悩ませているのは、このまだ若い声の男。
なんやかんやで家臣たちにも見捨てられ――不貞腐れて籠城している、冥界の王子坊ちゃんなのである。
『だーめだ、こりゃ……王族だから無駄に力だけはあるし、結界をバチバチに張ってるし。完全に閉じこもってるじゃん……』
漏らす私の吐息は、呆れである。
もう元冥王アーケロンとは契約しちゃってるから、さあ。
形だけでも学校に通わせないと、魔族としての面目が潰れちゃうんだよね。
『ねー! 本当に顔を出すだけでいいからさー! 出てきてくれないかなー! もう始業式が始まっちゃうんですけどー!』
「誰が行くか! ボクはもう駄目なんだ! 姉さんにも顔向けできないし、父さんにもこうやって異界に追放されたし! ほっといてくれよ!」
おや、なかなかどうして悲痛な本音が返ってきた。
そりゃあまあ……、姉を殺そうとして失敗したらこうもなるか。
勢力争いで担がれた一面もあったんだろうし。
しかーし! ネコである私には関係なし!
『えー! 君の境遇なんてわりとどうでもいいんですけどー! 君、もう十五歳ぐらいなんだろう!? 私、それくらいの生意気そうな男子生徒に、優しくしてあげる義理なんてないなーって本気で思ってるんですけどー!』
「おい、こら! 親父に雇われた糞教師! そこはちゃんとオブラートに包んで発言するべきだろうが! もっと労え! もっとチヤホヤしろ! ボクが気持ちよくここからでられるように、全ての言動に気を遣え!」
あ、わりと元気そうだ。
ともあれ。
この王子君を預かった私はこうして困っている、というわけである。
せっかく外も明るくて、いいお散歩日和なのに……。
ここだけ。
空気が湿ってるんだよね。
この籠城の主は、本当に正真正銘の王族。色々と訳あって、祖国から離れて常識を学ぶために留学しにきたのだが。
登校初日で、これである。
名前は……えーと……。
……。
私、男で三文字より多いと、忘れやすいんだよね……。
ちなみにここは、ダンジョン領域日本にある高級マンション。
その最上階の、一番豪華な貸し切りスペースの、いちばん大きな部屋の前である。
ここの部屋を借りているのは、異世界の王族。
死神の血族で、私がその身を預かっている王子殿下がいるのだ。
まあ、王子といっても、もはや姉が女王になっているので、厳密には違うのだが……。
ともあれ。
その通称はバカ王子。
その理由は、まあ今の会話から察して貰えると思う。
電波を受けていたとはいえ謀反を起こし――姉を暗殺しようとした、ちょっと困ったお坊ちゃんである。
現在、独りで立てこもり中。
そしてこちらの人員は、黒猫と女子高生の二人。
誘惑に負けて金属の扉で爪を研ぐ私、大魔帝ケトス。
と。
異界の転生魔王様の娘さんで、私とけっこう相性のいい女子高生勇者のヒナタ君である。
朝から呼び出されたことが不服らしい彼女は、可愛らしいと分類される美少女顔をムッとさせ。
黒い髪を靡かせ。
じぃぃぃぃ。
「それで、ケトスっち、よ――なんで勇者たるこのあたしが、よ? 学校に行くのが嫌だからって籠城してるバカ王子を、一緒に迎えに行かないといけないわけ?」
『だって、私だけで迎えに行ったら――うっかりマンションごとふっ飛ばしちゃいそうだし』
真顔で言う私に、もはや慣れているヒナタ君は、はぁ……とため息。
「たしかに、その通りだったわ……あんた、最近、開き直ってない?」
『己を知ったと言って欲しいね』
ふふんとドヤ顔をしてみせ、私は更に爪とぎをしながら言う。
ちなみに。
振り向きながらも揺れるシッポ――そのファッサファッサ加減も、実はネコちゃんカワイイアピールポイントである。
『それに、君だから甘えちゃってるのかもしれないね。なんだかんだで付き合いも長くなってきてるし、君はある程度強いし――なによりもだ、私が本当に加減を失敗した時は注意してくれるだろうからね。頼っちゃって悪いが、付き合ってくれると助かるよ』
「なっ……、猫モードで紳士の声攻撃ですって!?」
かぁぁぁぁぁっと頬を赤くし、ヒナタ君が目を泳がせ。
ぐぬぬぬっと唇を噛んでいるが。はて?
『なんだい、その変な攻撃名は……』
「ま、まあ別にいいわよ――と、とにかく! カナリアちゃんの弟くんを学校に連れて行けばいいのね! さっさとぶち壊して、引っ張り出すわよ!」
何故か腕を組んで、ふんと横を向いてしまうヒナタ君であるが。
まあ、彼女にも色々とあるのだろう。
さて。
今の爪とぎで、扉に付与されていた結界は解除できたし。
女子高生と黒猫は以心伝心、うんと頷く。
当然、この二人の前で力尽くでの籠城など無意味。
私は相手を殺さないで済む、固定ダメージのショボイ攻撃しか出せないピコピコハンマーの杖を装備。
ヒナタくんも手加減用の紙ハリセンを装備。
両者共に高度な魔法陣を展開し、マンション全体を揺らす。
さすがに魔術やスキルといった分野のある世界の住人、バカ王子もただ事ではないと気付いたのだろう。
狼狽した声が、響き渡る。
「ちょ! なんだ、この振動は! おまえたち、なにをするつもりだ――っ!?」
むろん。
武力行使である。
『それじゃあ――いくよ』
「早くしないと遅刻しちゃうからね!」
ガスガスガスと扉をハンマーとハリセンで殴り、破壊!
突入!
部屋にはいると、ヤツはいた。
籠城する問題児――。
意外に神経質そうな顔をした青年が、ぎょっと細い顔を歪ませて。
「な、なんだおまえら!? ね、猫と女! はぁぁぁぁぁぁ!? デブ猫のおまえが教師!? ちょ、まて! このボクをなんだと――って、人の話を、ぎゃぁああああああああああぁぁぁぁぁ!」
叫ぶ顔はムンクの叫び。
ひょろっとした身体と、目の下のクマが気になるが、まあ一応、王族としての品もある顔立ちである。
バカ王子だけどね。
ともあれ、今はそれよりも大事なことがある。
ゴゴゴゴゴゴゴ。
私は憎悪の魔力を背後に浮かべ、腕を組んで――ギシリ!
カッ!
『デブじゃないにゃ――!』
スパコーンっと、放ったピコピコハンマーの固定ダメージが、その顔面に直撃。
バカ王子は見事ベッドの中に落下。
ぴよぴよと、頭上に星を浮かべて気絶してしまったようだ。
「ケトスっち!? や、やりすぎないでよ!?」
『大丈夫だよ、だってまだ生きているだろう?』
ふんっと、ネコの鼻息を漏らす私もとってもかわいいのだが。
なぜかヒナタくんは自らの額に手を当て――。
ぼそり。
「やっぱり……あたしも来て、正解だったわね……」
これが、偉大なる大魔帝ケトスである私と。
異界の王族である、バカ王子こと元第一王子。
死神貴族ヘンリーくんとのファーストコンタクトであった。




