人間狩り ~大魔帝の華麗なる侵略~その3
あの後、私達は富士山頂に拠点を設営。
とりあえず夜の嫌がらせのために、ぐっすりと眠ることになったのだが。
これは、その夜の事。
夢の国、ドリームランドの王であり神である大魔帝ケトスこと――私の眠りの力を使うという事で、にゃんこは可愛くお休み中。
毛布にくるまり、後ろ足まで伸ばして――グググググ♪
先にスヤスヤと、ニャンコ用お布団に包まれていたのだが。
どうやら深く眠ってしまったらしい。
夢を見ていたのだ。
滅びたペンギンの涙と、金糸雀の悲痛な叫びを人々の夢の中にお届け――歌として聞かせているのである。
イメージとしては、眠るニンゲンの枕もとに眷属猫が召喚され、童話集を開きニャホン。
むかーし、むかし。
と。
延々と耳元で悲しき滅びの夢物語を朗読しつづける、そんなファンシーな絵面である。
まあ、魔術効果は睡眠妨害なんですけどね。
それはとても悲しい物語。
私も夢の国の中で枕を抱えて、毛布を纏い……夢を見る。
ぐふふふふふ!
ニンゲンどもめ! 今頃眠れなくなって、キーキーしていることだろう!
そんな中。
私は何故だか夢の中で、目頭をじゅわっと熱く濡らしていた。
手を伸ばすとそこには、焦げたパン色の手をしたあの子がいて。
守れなかったあの子の夢を見ていたのだろう。
ただのネコだった頃のあの記憶。
きっと、滅びたペンギンと見捨てられた金糸雀の夢を人間に送りつける中。
同じ魔性である私の記憶も、流れて混じってしまったのか。
枕もとのネコは語る。
大魔帝の初めての憎悪。その憎しみの始まりを一枚、一枚、めくっていく。
ニンゲンであった頃を忘れて、ただのネコとして生きる日々。
幸せな記憶が、夢の中で流れていく。
綺麗好きなあの子は、焦げパン色の手をしぺしぺと舐めて、キョトン!
あの日のあの子が私に言う。
あら、あなた! ネコなのにそんな事も知らないの? ふふ、ダメな猫ね~。
まあいいわ、教えてあげるからついてきて!
なにをって、狩りの仕方でしょう?
もう! 本当にあなたって、真っ黒で凛々しい顔なのに、のんびりなのね。
これが、あの子と私の出遭いだった。
夢は進む。
悲劇はすぐにやってきた。
とても嫌な夢だった。
そうだ――これは人間達へ憎悪を送る滅びの歌。
夢の中で私はゆったりと瞳を閉じた。
夢の中でも、あの子が無惨に殺される場面を見たくなかったのだ。
代わりに私の眼に、じんわりと涙が浮かんでいた。
夢の中だからだろう。
もはやほとんど泣けなくなってしまった筈なのに、涙がボロボロ零れているのだ。
闇の中。
深く濃い霧の中。
あの日の私が、あの子の思い出をかき集めるように、小さな肉球を握っている。
ただ嫌味なほどに明るい太陽を睨んでいる。
ああ、人間よ。
なぜ我の愛しき者を奪う。
我らはただ街の片隅で、小さく幸せに暮らしていただけ。
我らの家を。
我らの楽園を奪った貴様たちを、我は忘れぬ。
冷たく固まってしまった、焦げたパン色の手を持つあの子。
その朽ちた躯の顔を舐め、その身を寄せて温め、眠り。
起きてくれと願いながら、嘆いたあの日々を、我は忘れぬ。
ニンゲンよ。
我が愛しき者の骸さえもゴミのように捨てた、憎き者よ。
我は――けして、貴様らを許しはしない。
夢の中。
黒いネコが、首をかくりと倒し。
赤い瞳を輝かせていた。
滅びよ。
滅びよ。今一度、己に問うがいい。
汝等に生きる価値があるのかと。
我らの滅びの歌を聞け。
ペンギンが、金糸雀が、そして黒猫が。
魔性の証たる瞳を赤く染めて――滅びの歌を奏で続けていた。
◇
夢を見ていた。
とても懐かしい夢だった。
夢操りの権能と、魔力を放っていたからかモフ毛がぶわっとモコモコになっている。
私は猫の手を伸ばして、あの子のモフ毛を抱き寄せようとするが――そこには何もいない。
そこで私は思い出す。
ああ、そういえば夢だったのか――と。
私は少し寂しくなった。
涙を拭おうとしたが、そこに雫は存在しない。
『我はケトス……か』
あくまでも涙が出ていたのは夢の世界だけの話。
現実では、強く美しく泣かないネコだから――仕方ないね。
ちょっと寂しい気分だから、二度寝しちゃってもいいよね?
うん。
問題ない。
『んー……あと五十年……、ぐふふふふふふ、魔王様は偉大である……むにゃむにゃ』
枕を抱き寄せ考える。
ここは……そう。
夢の中。
あの日の思い出の中の楽園。
あの子が、焦げパン色の手で顔を洗っている。
私は……太陽に反射し輝くその黒色が、好きだった。
朝露に濡れるそのふわふわの身体も、ツンとした吊り目も、長くしなやかな尻尾も。
全てが愛おしかった。
もっとあの日の思い出の中で、揺蕩っていたいのだが。
なにやら現実が、煩くなっていた。
ドガーンバキーン! ズドドドオドーン!
遠くから爆音が聞こえてくるが気にしない。
音を聞いたモフ耳が揺れているが、きっと気のせい。
もしかしたら、ニンゲンたちがこの拠点を発見し攻めてきたのかもしれない。
でも、なんかダルイしなあ。
と。
ぶふーっと枕に顔をつっこみ、肉球あんよをバタバタバタ。
ぐるぐるぐぅぅぅぅっぅ。
お腹が鳴ってしまった。
早く何かを食べないと、憎悪の感情が漏れて世界を喰らい尽くしてしまうかもしれない。
けれど、まだ夢の中に居たい。
私はまどろみの二度寝の中。
思い出の中。
これは私の過去。
あの日の私は、あの子の躯を温めていた。
死したあの子の死を知らず、ただひたすらに。抱き寄せたのだ。
そんな時だった。
ふと猫耳に違和感を覚えた。
骸の上。
あの子の魂が、独り……ニャーニャーと鳴き続ける私の頭を撫でていたのだ。
これはあの日の記憶。
あの日、絶望に沈む私が直視できなかった日々。あの子の亡霊がずっと私に話しかけていた光景を、映像として投影しているのだろうか。
こんな事ができるのは、おそらく――死神の力を手にしている、死の聖母。
夢の中。
滅びの歌を賛美する死の聖母が、葬儀のヴェールを揺らし黄金色の魔力を放つ。
それが合図だったのだろう。
骸にこだわり温め『どーして動いてくれないのニャ……?』と。死を理解できないでいる当時の私に――。
あの子の亡霊が言う。
早く行きなさいよ、のんびりさん。
あなたって本当にダメな猫なのね。
死んでしまったらもう、ただの肉の塊。
それはあたしじゃないわ。
あの子の焦げたパン色の手が、あの日の私を撫でている。
ネコなのに、ネコじゃないみたい、ふふ、変なネコね。
でも、そんなあなたが――あたしは……。
そうだ。
私の憎悪は終わっていない。
けれど、君は死んでしまったが私はこうして生きている。
君がいなくなってしまった世界を、私はネコとして生きている。
もう五百年以上も生きている。
君のいない世界を肉球で歩いている。
大事なあの方との出会い、友との出会い、部下との出会い、グルメとの出会い。
そして。
かつてあれほどに憎んでいた人間とも、憎しみだけではない関係を築いている。
そうだ。
目覚めなければ。
『我は大魔帝ケトス……か。サタン・ムエルテめ、これはどういう趣向であるか。まあ……良い。我は行く、またいつかそなたと夢の中で会えると信じているぞ。我が愛しき思い出よ』
あの子の幻影にお休みを告げて、私は夢の中から浮上する。
◇
そろそろ起きてごはんにするかニャ!
ガバっと起き上がった私は周囲を見る。
絵本や魔導書の属性を引き出し召喚する奥義――童話魔術。
いつものお菓子の家を召喚し。
ぐっすり休んだ素敵ニャンコな大魔帝ケトス!
巨獣モードでも輝く肉球の美しい私は、今日も健康な朝を迎えたのであった!
とても深い夢を見ていた気がするが。
んーむ、記憶が曖昧である。
なんか火照った身体も落ち着いてきているし、頭も冴えわたっている。
時間は……あれ?
おかしいな、朝の筈なのに十二時になっている。
もうランチタイムである。
本当にゆっくりとスヤスヤ、眠ってしまっていたようである。
毛布ごと前脚をぐぐぐっと前に伸ばし、くわぁぁぁっと大あくび。
寝ぼけマナコを前脚でウニャウニャする私。
とってもかわいいね?
『グハハハハハハハハ! 少し寝坊してしまったが、昨夜はニンゲンどもに嫌がらせをしてやったからな、さぞや奴らも困り果てていることであろう!』
言って、お布団とネコちゃん毛布をしまい。
朝食ではなくランチ用の大魔帝風ホットサンドを作ろうと、調理台の前。
パンを厚切りにしようと、召喚した――その時だった。
ビビーンと何故だか私のモフ耳が揺れた。
いやーな予感がしたのである。
アリスマジックで作った簡易ハウスの外。
なにやら爆音が鳴り響いているのである。
にゃんスマホも、ものすごい勢いで鳴り響いているのだ。
賢い私は考える。
ああ、寝坊しちゃったから、その間に人間達が攻めてきたのだろう、と。
優雅に紅茶を嗜んで、ごっきゅん♪
『仕方ない、我も加勢してやるとするか!』
そんな楽な気分で扉を開けた。
その先には、戦場が広がっていた。
◇
とても見晴らしの良い富士山の頂。
戦場に、声が響いていた。
その光景はさながら最終決戦――長い冒険の果てに繰り広げられている最後の死闘。
「滅ぶのであります! 人類よ! あの滅びの夢を見て、まだ意地汚く生きるというのでありまするか!」
と、恐怖の大王ペンギンがシリアスな顔で、クリスタルの杖を掲げ。
殺戮騎士のトウヤ君が無差別集団殺戮魔術の魔法陣を浮かべ、ギリっと唸る。
「ケトスさんの所には行かせねえさ、滅べ、滅びな! みーんな、消えちまえよ! 罪の重さに埋もれて滅しやがれ――ッ!」
二つの極大攻撃を受けるのは、本気モードの冥界神レイヴァンお兄さん。
血の紋様を肌に浮かべ、魔力飛蝗を操り――ぎり!
「てめえら! そこをどきやがれ! あのままあの駄猫に惰眠を貪らせたら終わるぞ! 滅びの夢と歌を奏で続けたら、マジで人類が絶滅しちまうだろうが――っ!」
「とにかく! 一度、ケトスっちを起こさないとマズいのよ! これ――! 憎悪の夢が強すぎて……っ、マジで世界が滅びるわよ!」
普段は見せないシリアスさで唸るのは、女子高生勇者ヒナタ君。
彼女は私も見た事のない極光で彩られた聖剣を握り、勇者の顔で戦っている。
光と闇の剣。
おそらく、すべての条件が満たされた時にだけ扱う事の出来る、最終武装なのだろう。
聖霊と狂神の力を纏うその輝きは、かなりのモノ。
魔帝クラスの幹部魔族にすら通用する力と自己バフ効果を、ギラギラと、常時発動させている。
ハチワレニャンコのホープくんが呑気に両者の記念撮影をしているが……猫化してから、だいぶ自由になってるよなあ、この子も。
ともあれ。
はて。
なんか、ラグナロク――いわゆる神々の終末戦争が始まったかのような大戦争となっている。
私、そんなに長いこと眠っていて。
滅びの夢をばら撒いていたのだろうか。
人間達も、滅ぶ世界をなんとか食い止めようと次々と転移陣からやってきて、ペンギン端末や、アンデッド達と戦闘を開始。
神に分類される威霊たるアンデッド軍も顕現し、大激突。
金糸雀の亡霊が空から範囲即死攻撃を奏で、その嘆きの歌をレイヴァンお兄さんが翼で受け止め防ぎ――。
ズドドドド、ドガドガバギィィィィッィン!
うん、滅びの直前だねえ。
最終決戦だねえ。
あー、これ。やばいな。
完全に私、やらかしたんじゃない?
後で戻せるとはいえ、イベント開始前に冬眠モードを作っていたから問題ないとはいえ。
人類も世界も、滅びかけてない?
他人事のように腕を組んで。
肉球で、シュッと細い全盛期モードの顔をぽりぽり。
『ふーむ、これはいったいどうしたものか……まさか今さら我が麗しく顔を出し、おはようと、出ていっても治まらんだろうし』
「あら――ケトスのおじ様。お目覚めになったのね」
声は背後から聞こえた。
お菓子の家の暗がりから、闇の霧が発生する。
振り返る先に居たのは――もちろん、今回の物語の主役。
『カナリア姫よ、我が眠りの波動を送っている間に、なーんでこんなことになったのか。説明して欲しいのであるが』
「それはケトスのおじ様。あたし達とペンギンさんの滅びの歌に、あなたのとても悲しい夢が混ざってしまったから――でしょうね」
悪戯そうな顔で微笑んだ死の聖母は、少女と聖母が混じった顔でそう言った。
聡い私は全てを悟った。
あの時、彼女は協力して欲しいと言っていた。
私も同意した。それを魔導契約とし、ここまでの規模の嫌がらせを人類に対し行ったのだろう。
意図的に、私にも滅びの歌を披露させたのである。
この私の滅びと憎悪の歌なのだ。
その効果はこの通り。
この疑似世界は終末を迎えようとしている。
やはり女性はなかなかどうして、油断できない。
ここまでやって、もうだいぶ満足していたのだろう。目の前の淑女は穏やかに微笑んでいた。
「先に謝っておくわ、ごめんなさいね。少し、上手くいきすぎてしまったけど、殆どは計算通り。あたしの復讐は成就した。願いはこれで――叶ったわ」
『なるほど――やはりそうか。そなた、滅びの歌い手に我も巻き込みおったな。肖像権的なアレが欲しい所なのであるが! グハハハハハ! まあ良い! これほどの滅びを世界に与えるとは、実にあっぱれ! 我はすこし、感動しておるぞ!』
そう。
これがゲームではなかったら――おそらく彼女の復讐は完遂していた。
私の滅びの歌に潰され、人類は消滅していた。
まあ、ゲームじゃなかったらたぶん。
彼女もここまでは、できなかったんだろうけどね。
だってこの子、根がイイ子だし。
『さて、一応言い訳を聞こうか。なぜ我にも黙ってここまでの大事にしたのであるか? 相談して欲しかったのであるが?』
責めるわけではない、本当の意味での問いかけだった。
それが分かっているのだろう、彼女も困った様にヴェールの下で眉を下げる。
「だって、あなた、きっとあたしがこの作戦を伝えたら――断ったでしょう? あなたはあなた自身の憎悪をあまり他人に知らせたくなかったみたいだから……」
『まあ、そうであるな――あの日の思い出は、我の原点。全ての原初――我はあの日の悲しみと嘆きと、憎悪を力の核としておる』
あの子が生きてさえいれば、私はおそらく違う道を歩んでいた。
憎悪の魔性として覚醒はしていなかった。
あの子との出会いが、大魔帝ケトスを生んだのだ。
懐かしき日々。
心醜き人間に思い出を踏みつぶされたことで、私はこうして魔性となっている。
それでも私は魔王様と出逢い。
人間も醜いモノばかりではないと知り……今に至る。
それはとても複雑で長い道のりで――誰かに訴えたかった。
そんな感情も、私のどこかにあったのだろうか。
私の悲しみと嘆きを、人類にも分からせてやりたかった!
そんな、心がどこかに……。
その私自身も知らぬ願いが、私の眉を困らせる。
どういう表情をしたらいいか、分からなかったのだ。
「ごめんなさいね、勝手にこんな事をしてしまって。でも――このままじゃあなただって、報われないじゃない」
聖母が私の頭を撫でる。
とても愛おしそうに、神話に出てくる聖女が醜き怪物を慰めるように――。
「あなただって我慢をしていた、あなただってストレスが溜まっていた。たまにはいいじゃない、あなた自身のために暴れたって。あたしはその願いを叶えただけ。たまには暴れたっていいじゃない! そう、願ったのは……二人。あなたと、そしてもう一人……もう分かっているでしょう?」
『かつて金糸雀であった姫の心か』
黒ギャルとしての、あのカナリアくんである。
「そう、あの子はあなたに感謝をしている。優しくしてもらえた事を本当に喜んで、感謝しているの。それはきっと卵の殻を破って生まれたその時、はじめて目にしたものを親と思ってしまうように……。はじめて優しくしてくれた他人であるあなたに……あの子は惹かれた。あたしだってそうよ?」
カナリア君の心が見えてくる。
それはサタン・ムエルテが見せているのだろう。
嬉しいのだと、彼女は心の中で泣いていた。
あたしに優しくしてくれる人がいる、それがとても嬉しいの。
そう、気まずそうに言っている。
「恋とは違うのでしょうけれど、それでも……あなたのために何かをしたくなったのでしょう。あたしも叶えたくなった、だからこうして世界は滅びかけている。もしいつかあなたがその抑えをなくし、グルメだけで憎悪を耐えていられなくなった時。あなたにはそんな未来も見えていた筈よ? 現実世界でこの滅びへの賛歌を解き放っていたら――その時点で世界は終わっていた。ゲームだからこそ、許された。あたしたちは、世界を救ったのよ。結果的にですけれどね」
言われ浮かんでいたのは、ダークエルフへと転生したかつて人間だった男。
ギルマス。
私はあの時一度、世界を本当に滅ぼそうとしていた。
私という魔獣は、世界を滅ぼす可能性のある終末の獣なのだ。
たまにはガス抜きをしないと、爆発する。
――か。
『それで我にもストレス解消を、か――なかなかどうして、我に同情するとは大物であるな』
実際、熱暴走していた頭が冷えてきている。
私。
たぶん、暴走してたよね、これ。
途中から、やりたい放題暴れ回ってたよね。
まあ、その辺りの反省は後でするとして。
さて、なんとかこの場を治めなくてはならないか。
私は大魔帝としての声で、姫に問う。
『して、状況は?』
「人類の脱落者は昨晩で八割。みんなあなたの憎悪と嘆きの魔力に押しつぶされて、耐え切れずに冬眠モードに移行したわ。残った一割が、人類に絶望し人間を滅ぼすためにここを目指し、残った一割がそれでも人間を信じ、元凶であるあなたを倒すためにここを目指している。今頃、地上でも人間同士で戦争状態よ」
まあ、戦争と言ってもゲーム。
それほど険悪で血みどろな戦いではないけれど……、と葬儀のヴェールを揺らし彼女は言う。
言われて私も遠くを見てみると。
……。
うっわ、まじで人間同士で戦いあってるな。
なんかキノコとかタケノコとか言ってる気もするけど。
これ。
私を言い訳にして、なんか代理戦争してない?
まあいいや。
魔術師としての思考を働かせ、私はぼそり。
『なるほど、何人か群れを扇動するリーダーがいるな。あれを叩けば終わるか。それにしてもこれは……我の憎悪が洗脳電波となって感受性の高いモノを、群れのボスとし操ったか』
「ええ、アメントヤヌス伯爵と同じ状態。ブレイヴソウルの悪戯と同じね」
さすがに死神の姫として転生した、かつて楽園に在ったモノ。
色々なモノが見えているのだろう。
『我もおそらく、勇者となるべく呼ばれた魂であったのだろうからな。しかし、参ったのう。これでは予定と変わってしまったな。どう、解決するか。まあその前に聞いておこう――姫よ、楽しんだか?』
「ふふふ――あたしは満足ですわ。だってあたし達とあなたと、そしてあのペンギンさん。それぞれの滅びの歌で、人間は壊滅状態。これはゲームだったから終われば元に戻る、限定イベント? という夢の中の現象なのでしょうけれど――もし現実だったら、あたし達は人間を滅ぼすことに成功していたのでしょうから」
これでおそらく。
しばらくは安全。カナリア君が暴走する事もないだろう。
世界を利用してのガス抜きだからね。
さて。
そろそろ私は問題を直視するべく、天をチラリ。
人間同士の戦争、あれは本当にソシャゲ化世界の延長での大規模イベントのようなもの。
イベントが終了すればいつも通りだろう。
なにしろ本当にゲームだからね、この世界。
そしてここに集い、私の眠りを守っていた者と、私を起こそうとする者の戦いもこうして私が起きて、スッキリしたことで解決。
多少は怒られるかもしれないが、私がごめんにゃさい! をすれば、戦いも終わるだろう。
そして、直視するべきアレは……。
いやあ、マジでどうしよう。
『で、なーんでロックウェル卿とホワイトハウルが本気の勝負をしておるのだ?』
視線の先には、世界蛇の宝杖を握り次元切断魔術を解き放つニワトリさん。
そして。
三女神の牙杖を周囲に浮かべ、因果改変結界を刃に変換し唸るワンコちゃん。
傍から見ると、ファンシーな光景だが。
これ、やばい。
暴走や混沌は私の得意分野の筈なのに、今のこいつら、完全に暴走してるじゃん……。
彼等の周りで魔法陣を組んでいるのは、必死に世界崩壊を食い止めようと翼と鱗と肉球を翳す眷属達。
それぞれロックウェル卿とホワイトハウルの眷属が、主人の暴走による世界崩壊を防ごうと、強固な結界を張っているのだ。
あ、私の眷属達はというと――どちらが勝つかで賭け事をしながらオヤツをむしゃむしゃ。
ブニャハハハハって笑ってる。
わ、我が眷族ながら……マイペースだなぁ……。
ともあれカナリア姫が、微笑しながら言う。
「ふふ、これはきっとあなたのせいね」
『我の?』
「そうよ――だってあなた、両方に声を掛けずにニワトリさんの方に声をかけたでしょう。ワンワンにはそれが面白くなかったのよ」
つまり。そう。
嫉妬、か。
嫉妬の魔性による嫉妬……。
うん、やばいねえ。
私、途中から暴走してたから、そういう配慮がかけていたねえ。
聖戦の狼煙は、私がぐっすり眠って人類を滅びの歌で呪っているうちに上がっていたのだろう。
二獣が、赤き瞳を輝かせ――。
ガルルルコケケケ!
『ガァルッルルルウゥゥゥッゥゥ! ロックウェル卿! 一度キサマとはどちらが上か、ハッキリとさせるべきだと我は常々思っておったのだ!』
『クワワワワワ! 笑止! 常々、余はキサマに気を遣っていた! 余の方が上だとハッキリさせないようにと、戦いを避けていたというのに! 余の気遣いを無下にするか!』
始まっていたのは死闘。
世界創生規模の力を持ちし神獣達の、聖戦。
ニワトリさんとワンコの、どちらが上かハッキリさせる最終戦争。
これ、今の私は弱体化してるし……どーやって収拾しよう。
いや、マジで。




