人間狩り ~大魔帝の華麗なる侵略~その2
風がビュンビュン、天は明るく! ここは一番高い場所!
富士山に顕現した私は、華麗に着地!
ぶわぶわに膨らんだ大魔帝ケトス、ここに登頂なのである!
まだ陽が落ちる前という事もあり、太陽が私のモフ毛を照らしている。
一緒に転移してきた、死神姫カナリア君も照らしている。
さて、見晴らしの良い富士山頂でまず私がやったこと、それは!
嫌がらせ再開!
ではなく。
紅蓮のマントをぐるぐると身体に巻いて、へぷし!
くしゃみをしてしまったのである。
鼻をズズズズと啜り、私は闇の咢を蠢かす。
『ここ……結構寒いのであるな』
「そりゃそうっしょ、山の頂上だもん。うわ、なーにケトスにゃん! まさか、何も考えずにここに転移したの?」
指摘する陽気モードなカナリア姫の言葉が、私のモフ耳を揺らす。
頂上の風に吹かれた葬儀のヴェール。
彼女の美貌を隠すロイヤルな刺繍が、ジャレたくなるほどにパタパタと揺れているが――我慢。
ちゃんと耐える私、偉いね?
『あ、あの時はホワイトハウルが迫ってきていたからな! い、急いで転移する必要があったので、わ。我のせいではないぞ!』
周囲を炎の結界で包みながら暖を取り、吠える私。
肉球を温める姿も可愛いわけだが、そんな私に彼女はきょとん。
「ん? あのワンワンと遭うとマズいの?」
『おう、伝えておらんかったか――今の我はゲーム化現象で弱体化しておるからな。白銀の魔狼と正面からぶつかれば、死闘となるし、まあ……おそらく我が負けるであろう』
「うげぇ……やっぱり伝承通り強いのね、あのシベリアンハスキー」
言葉に応じ、私はわりと真面目な声で言う。
『まあ単純に相性が悪いのだ。今の我はゾンビ系ガンシューティングゲームのラスボスの力、すなわちアンデッドの力を取り込んでおるだろう? 更に、そなたは死霊使いに分類される魔術師であろう? 奴が得意とするのは結界構築、罪悪感に働きかけ強制発動させる裁定魔術。そして浄化だ。我の力も浄化され大幅に能力を下げられるであろうし、そなたは眷族を扱えぬ。今の我らの天敵なのである』
「浄化……っ、なんて恐ろしい言葉かしら」
死霊使いである彼女も、心底嫌そうな顔をする。
浄化の使い手との相性の悪さは、よーく理解しているのだろう。
アンデッド系ラスボスの力を取り込んでいなかったら、弱体化しても搦め手でなんとかなると思うのだが……。
こればっかりはしょうがない。
相性というのは大きな壁となる、一朝一夕でなんとかできる問題でもないのだ。
「ソドムとゴモラもあっさりやられちゃったみたいだし……しゃあないわね……。どーする? あーしはもう結構満足してるけど……まだ続けるの?」
『このまま敗北を認めるのは面白くない! ゲームなのだ! ヤツに捕まる前に、人類にできる限りの嫌がらせをすると決めたのだ!』
吠えて宣言する私に、彼女はくすり。
「はは! なーにそれ! もうあーしよりも、ケトスにゃんの方がムキになってるっしょ? まあいいわ! しょーがないわねえ! 付き合ってあげるっしょ!」
キシシシと微笑む姫少女。
その表情はだいぶ和らいでいる。
「それにしても、ここは綺麗な世界ね――ねえ、見て見て! 雲が海みたいになってんの! マジやばくない!?」
『絶景というやつであるな』
私と彼女は頂上から地を眺めた。
景色は美しく、心の奥を活気づかせる。
やはり世界は美しいモノだと実感できる。
これがかつての故郷。
今はもはや記憶の中にすら残されていない、私の古巣。
「よーし! いっちょ、下民共にあたしの怒りを見せつけてやるっきゃないわね! ケトスにゃん、力を貸してくれるのよね!? 怒ってるんだからねー! って、言ってやるんだから!」
『グハハハハハハハ! その意気だ、どこまでも見渡せるこの大空に、嫌がらせの魔術をセットしてやるのである!』
嫌がらせの準備のために二人で魔法陣をカキカキしながら、麓の露店で買ったオヤツとジュースを楽しんでいたのだが。
ふと姫が、思い出したかのように言う。
「そーいや、北の大地と西の……なんだっけ、大阪? あっちは大丈夫なん? かなり強力な魔鳥だったから負けてはいないと思うけど、逆にやり過ぎちゃうって事はない?」
『両者共に強さは問題なし。行動の方は……まあロックウェル卿の方は問題あるまい。奴はあれでも穏健派であるからな。とりあえず石化させるだけでそれ以上はせぬし、話はそれで済む。そして、恐怖の大王ペンギン、始まる世界のペン=グィンであるが。あやつは畏怖の魔性。色々とあって人類を憎んでいるが……我との契約で普段はその行動に制限が与えられている、この機会に少しガス抜きをさせてやりたいのだ』
ガス抜きと聞いて、カナリア姫が死の聖母の顔を浮かべる。
「ふふふ――なるほど、やはりあなたはお人好し。その方にもあたしと同じように、人間を恨む感情をただの嫌がらせへと昇華させてストレスを解消させる。そういうおつもりだったのですね」
『人間を滅ぼしたいと願う感情を抑えていると、ストレスはどうしても溜まるであろうからな』
漏らす私の言葉に、彼女は口元を動かした。
「それは、あなたも?」
『さて、どうであろうか――』
はぐらかした私に、彼女は一言……ふふっと笑った。
「でも、本当に大丈夫なのかしら。一度、火がついてしまったら――止まらなくなってしまう事だってあるでしょう? 抑えが利かなくなって、本当に人類を滅ぼし始めたりしないかしら」
『畏怖の魔性。ヤツは冥界神レイヴァンには勝てん。本気の戦いとなった場合もそうであるし、なによりあの冥界神は、ヤツにとっては恩人。滅びた楽園の同胞たちの魂を救出した、冥界の権能の持ち主。存分に遊んだ後ならば、素直に勝利を譲るだろうて』
事情を説明はしていないが、なにがあったのかはなんとなく察したのだろう。
「ねえ、あなた。それほどに他人を助けているのに、どうして自分を助けようとはしないの?」
『何の話であるか?』
首をぎしりと傾げ、全盛期モードの私は問い返した。
聖母は憐憫を浮かべるように、口元を悲しく蠢かす。
「だって、あなたの心には――いまだに消えない憎悪が氷のように冷たく燃えている。あたしの原初はどんな悪しき願いでさえも叶える神。それが純粋な願いであればなんだって……手を伸ばし拾い上げる死の聖母サタン・ムエルテ……いまでもあなたが負の感情を食欲で誤魔化し、抑えている憎悪と願いが見えているのですもの。本音は――どうなのかしら」
『それでも我は――楽しいのだ。ああ、本当に毎日が明るく希望に満ちておるのだ! あの方がお目覚めになり、笑っていらっしゃる! それだけで、我が心は富士の景色よりも健やかで、あつあつ豚まんよりも温かくなるのだ!』
魔王様への賛美を吠える私に、死の聖母モードになったカナリアくんは――きょとん。
驚いた様子で目を見開いていたが――ヴェールの下の美貌をくすり。
「ふふふ、なにそれあなた。本当にあの方のことが好きなのね」
『当然であろう! あの方こそが我が希望、我が主!』
フンフンフンフン!
猛る感情に猫の鼻を膨らませ、モフ毛をぶわ!
大空に嫌がらせ魔法陣を書きながら、私は肉球をギラつかせる。
空をビュビュン!
跳んで跳ねて、転がっていると――ふと我に返る。
紅蓮のマントによる炎の結界、その範囲外になってしまったせいか。
なにかが蒸発する音が聞こえる。
ああ、私の頭に氷の結晶が落ちて――しゅぅ! っと溶けたのか。
火照っていた頭が冷えていくが、はてさて。
私、なんでここに来たんだっけ。
……。
なんでこんなに火照ってるんだっけ?
しっぺしっぺと巨大な前脚を舐めて、賢き私は思い至った。
『そうだ! 人間どもに全力で嫌がらせをするのであったな!』
結界の中に戻り、私はグハハハハハハ!
なんか妙にテンションが高いけど、問題ない!
なぜなら私は、かわいいから!
「そうね、人類滅亡もいいけど――この世界はとても楽しそう。ねえ、あたしも少し全力で嫌がらせをしたくなったから、手伝ってくださる?」
『ほぅ? 姫よ、何か考えがあるのか! 良いぞ! 我は騒音で嫌がらせをするための魔力ブースター魔術式を構築し終わった! ここから滅びの歌を一晩中、延々と鳴らし続けようと思っていたが、代案があるのなら! ほれ! もそっと! 早く! 言わぬか! 気になるではないか!』
大空を駆けまわる私に、死神の姫はふふっと悪戯少女の顔で微笑した。
◇
嫌がらせの準備が整った私達は、ロックウェル卿と恐怖のペンギン大王アン=グールモーアに連絡をいれ。
参加するかどうかの意思を確認する。
『クワワワワワワ! なるほど! 良いぞ! 良い! 余もすぐにそちらに向かう!』
「ガガガグワァァァァア! 吾輩も参りまする! 富士の山頂でありまするな!」
告げた彼らは瞬間転移で、鳥の舞!
そういやこの二柱は弱体化してないから、私の結界で補強してあるこの場所にも簡単に入ってこられるのか。
「ほほー! ここがかの有名な富士山でございまするか! なかなかどうして、悪くない景色でありまするなー!」
ペンギンさんが、邪悪な魔力を纏いながら周囲を見渡し。
その絶景に感動しているのだろう、ペギギギギギっと分身端末眷属と一緒に拍手を送っている。
まあ……見た目はちょっと謎。
富士山の頂上でズラっと並んだペンギンの群れが、ペンギンの翼でベチベチ音を鳴らしている――なかなか奇妙な光景なんだけどね。
……。
って、なんかペンギンの群れの中にこっそりと、別の気配があるな。ハチワレにゃんこなホープ君と、恐怖の大王の飼い主であるトウヤ君かな?
ほえーっと、ハチワレニャンコと美形男子が富士山の絶景に感動しているご様子。
あー、そういや私。
ちゃんと見守っている事を、ペンギンを救う条件にしてたっけ。
あ、ホープ君が肉球でトウヤ君を引っ張って写真撮影してる。
仲いいなあ、こっちも。
なんか二人とも――大いなる光の強力な加護を受けている所を見ると、あのぐーたらサボり女神がちゃんとこのコンビを守っているようだが。
あの女神……わりと美形に甘いよね。
まあ、これで問題なし。
関係のないホープ君とトウヤくんが、お仕置きや戦いに巻きこまれて怪我をする――ということはなさそうだ。
『ふむ、あの女神にしては気が回るではないか。腐っても主神ということであるな!』
吠える私に、なにか違和感があったのか――コココケ! っと、ロックウェル卿がツバサを広げやってきて。
何故か、私の顔をじぃぃぃぃぃっぃぃっと見る。
翼を私のおでこに当てて、じゅぅぅぅっぅぅっと湯気を発生させる。
『ケトスよ、そなた……暴走しておらぬか?』
『何のことであるか? おかしなことをいう卿であるな! 我が暴走など! そなたもそーいう冗談をいうようになったか!』
ジト目をして、なにやら未来視を発動させるニワトリさん。
山頂の風で揺れるトサカをネコ手でチョイチョイする私に、肩をすくめるように翼を上げてみせていう。
『まあ……たまにはよいか、余は一応警告をしたからな。それはそれで愉快な宴が見えそうだしのぅ! こちらはこちらで楽しませて貰うぞ!』
と、何故かクワワワワと愉快そうに尾羽を揺らしながら、羽毛をフリフリ♪
富士山の形をしたクリームメロンパンを保存してあるダンボールに、コケっと顔を突っ込むロックウェル卿。
はてさて、どんな未来を見たというのか。
まあいいや!
ニーンゲーンに嫌がらせ! ニーンゲーンに嫌がらせ!
ぶわっぶわに猫毛を膨らませた私は、憎悪の魔力を撒き散らしながらルンルンルン♪
そんな私にペンギンさん部隊がやってきて、大王が言う。
「おんやあ? カナリアの姫が見当たりませぬが、どうされたのですかな? こんなに楽しい人間への嫌がらせでありまするのに、よもや、別行動でありまするか?」
『姫なら上にいるぞ、ほら見えぬか?』
「上でありまするか……」
アン=グールモーアが上を向き、私も上を向き。
分身端末ペンギンさん達も上を向く。
そこにあるのは黄金のモフモフ。
「吾輩には、黄金の太陽の様な魔力の塊に見えまするが……」
『その通りだ、もっと近くで見ると分かるであろうが――あれは金糸雀の群れ。羽毛の塊。姫の内にある復讐の心を具現化させ、連れていた無数の炭鉱のカナリアを太陽とした魔力核。ここから地上の人間達に向かい、延々と滅びの歌を聞かせ続けるのである!』
私の声に反応し、黄金の太陽が歌いだす。
一羽一羽が翼を広げ。
ほーろーべ♪
ほーろーべ♪
ニーンゲーン、ほーろーべ!
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!
その黄金の太陽の中心には、かつて金糸雀だった頃の姫が、前世の姿でフフン!
「さあ人間達、覚悟なさい! あたしの歌で眠れなくしてあげるわ!」
『そうだ! いいぞ! 姫よ! 今宵からは毎晩かかさず、枕もとで大音量の滅びの歌がかかる呪いをかけてやるのだ! 夢の中まで追いかけてやるのだ!』
「ええ! ケトスのおじ様! 分かっていますわ!」
そう、彼女が提案したのは睡眠妨害!
私は夜に延々と嫌がらせをするだけのつもりだったのだが、彼女はそれを補強。夢の中にまで侵入し、無理やりに歌を聞かせる魔術式を編み出したのだ。
むろん、眠りの国の神でもある私の権能である。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!
ぐははははははははははは!
私と金糸雀さんの群れは大笑いしているが。
なぜか恐怖の大王ペンギンが、クチバシを困った様にさすりながら。
「ケトス殿? そのぅ……これほど強力な憎悪の魔力でありまするのに、まさか眠ろうとすると大音量の滅びの歌が流れ続けるだけ……なのでありまするか?」
『で、あるが?』
「まあ確かに嫌がらせではありまするが……それで姫の気が晴れるのなら、良しとするでありまするか! さて、吾輩にも滅びの歌を教えてください。お嬢さんたち!」
金糸雀に歌を教わる彼としては、もうちょっと嫌がらせを強化したかったらしいが。
まあやりすぎも良くないからね。
これなら怒られないだろうし!
いやあ、全てが順調に進んでイイ感じ!
と、なる筈なのだが。
ふと、見学していたトウヤ君がぼそり。
「これ……本当に大丈夫なんすかね」
『トウヤよ、何か心配事でも?』
「どーいうことでありまするか?」
ホープ君と共に彼を見る私に、応じ。
考えをまとめるように顎に指をあて、トウヤ君が言う。
「いえ……ケトスさんや大王は軽い嫌がらせだと思ってるみたいっすけど……眠る時に必ず妨害が発生するんすよね? しかもこの滅びの歌……、たぶん、このペンギンが感じた恐怖と、炭鉱で滅んだ金糸雀の悲痛の声を魔力に変換した精神攻撃っすよね? ケトスさんが思っている以上に、人類に大ダメージを与えそうな気もするんすけど……怒られませんか?」
寡黙なトウヤ君にしては珍しく、なかなかの早口である。
どうやら、私を心配してくれているようであるが。
『なに、心配あるまいて。それに仮に大ダメージが入ったとしても、それだけのことを人間どもがやってきたのも事実。だから、我、悪くないのだ!』
「そーよ! そーよ! 人間達も少しは反省するべきだし、これくらい当然じゃない!」
ぐはははははと私は嗤い、神速ダッシュで空を舞う。
金糸雀たちも私の周りを嬉しそうに飛び回る。
ぜんぜん暴走をしていない私を見て、トウヤ君がなぜか頬をぽりぽり。
苦笑し、息を吐いていた。
「そうっすね、じゃあ。まあ……、いざとなったらあなたを守りますよ」
と――。
乙女系ゲームみたいな事を言って、殺戮騎士の全身暗黒ヨロイに身を包み、禍々しい邪神刀まで顕現させるトウヤ君。
なにやらだいぶレベルも上がっているようで……。
こちらに協力してくれるようであるが。
そこにメロンパンを喰い漁っていた筈のロックウェル卿まで帰ってきて、周囲を観察。
全身フル武装の美形騎士に目をやり、大人びた声でシリアスに言う。
『やはりトウヤよ、そなたもこちらにつくか――ケトスを頼むぞ』
「はい、先生――」
先生と呼ばれたロックウェル卿。何故かその手には、魔王様より授けられた神器、世界蛇の宝杖が握られている。
本気という事だろう。
『ロックウェル卿よ、どうしたのだ。なにやら随分とやる気のようであるが』
『ふむ、ケトスよ、そなたはまあ気にするな。少しだけ、熱っぽいようであるからな。余は許そう。そなたの全てを許そう。そして、余は楽しみでもあるのだ。ホワイトハウル、あの魔狼とたまには本気で戦うのも悪くはない――そう思うてな! クワワワワワワ!』
はて?
なんか結構おおごとになりそうな雰囲気は、なんなのだろうか?
まるで最終決戦の前みたいな空気なんだけど。
どういうこと?




