メメント・モリ ~炭鉱鳥の讃美歌~
再建したクリスタル城を揺らすのは、大いなる魔力の流れ。
これは――新たに発生した魔性の気配だろう。
とっても心地良い負の魔力が、猫のモフ毛をぶわっと膨らませている。
いやあ! 憎悪の魔性とは限らないけど、きっとそっち方面の、恨みとか憎しみとか負の感情の魔性だろうし!
うん!
大魔帝ケトスで憎悪の魔性な私は、大先輩になるわけだからね!
気分も上がってしまうのである!
そんなわけで!
憎悪の感情を追って――凛々しい全盛期モードな私は、ぐはははのぐはり!
『素晴らしき憎悪! ニンゲンへの恨み! ぐぐぐぐ、ぐはははははははははは! これぞ血の滾り! 我が本能を刺激する心地良き死の香りよ――!』
哄笑を上げて、天を舞う。
ガシャンと空間の隙間に身をねじ込み、グフフフフフフフ!
スマート神獣な巨獣フォルムで亜空間を駆ける!
バギューン! ズギューン!
ゲーム化空間がバグりはじめ、世界が闇へと溶け始めている。
これはカナリア姫の暴走!
ではない。
どっからどうみても、駆ける私の肉球プニプニから発生する憎悪の魔力である。
『むぅ……?』
ふと賢い私は考える。
これ、やばいんじゃね?
と。
キキキキキー!
カナリア姫の元へと向かう亜空間で、私は緊急ブレーキ。
あれ?
なんか、ものすっごい鼻息が荒くなってしまうのである。
私、なんか暴走してる……?
いわゆる、ネコちゃんの本能に火がついちゃった状態になってる?
頭上の体力ゲージをピカピカぎらぎら。
モードチェンジして、裏ラスボス状態になったように輝く私。
凛々しいね?
『我が凛々しきことなど当然の事。はて、何を考えていたのであったか』
凛々しい私は再度、考える。
ああ、歌が聞こえる。
金糸雀たちの悲鳴と絶望、人間への恨みの歌。
そう、これは滅びへの賛歌。
ぶにゃ~ん?
……。
うずうず、うずうずうずうずうずうずうず。
全盛期モードのしっぽがゆれる。
尾長鳥のようにながーい、神獣を彷彿とさせるシッポが左右に揺れているのだ。
ふぁっさ、ふぁっさ♪
なんか人型神父モードの時も、いつもよりテンションが上がっちゃってたし。
あれ?
なんか強いマイナスの気を浴びて、私、元気になり過ぎてる?
ま、どうでもいっか!
赤き瞳がギンギラギン!
『我は行くぞ! 行くぞ! 行くぞ! ふははははははははははは!』
あまりにも心地良い負の魔力なので、るんるんるん♪
猫のモフ毛が、更に!
もっこもこモコモコモコモコモコ!
ぶわぶわに、膨らんでしまうのである。
ドヤ顔るんるん亜空間を駆け抜けた私は、憎悪の感情を滾らせる女性の前にシュン!
ワープ!
実は時間跳躍にすら近い神速だったので、さすがに相手も驚いている様子。
「あら……?」
『ほぅ! 憎悪の元は、姫よ――やはり汝であったか――!』
ちなみに、ここは黄泉の大空。
ゲーム化空間の最北端。周囲には冷たい瘴気の香りが漂っている。
地上には、滝。
全てを包む母なる冥府の河が、ざぁぁぁぁっぁっと音を奏でていた。
そこにいたのは、カナリア君だがカナリア君ではない存在。
少し大人びたレディ。
見た目からイメージされる名は――黒衣の聖母。
かつて炭鉱の金糸雀だった死神の姫、新しく何らかの魔性として目覚めたモノ。
黒のカナリアくんである。
刺繍の細かい葬式ヴェールの下から覗く、陶器を彷彿とさせる美貌。絹のように美しい頭髪。そのプリン色だった髪にグラデーションはない、今は全てが黒く染まっている。
漆黒のローブドレスも黒く染まっている、おそらくその心も――。
……。
ていうかさあ?
最近、どうも魔性のバーゲンセール状態になってない?
……んーむ、これ、私が事件に顔を突っ込んでいるせいじゃないよね?
ええ!
魔性ってもっと貴重なモノなんですけどー!
私の影が薄くなっちゃうんですけどー!
と、魔性の稀少価値に対する危機感を覚えつつも、にゃほん。
シリアスな場面なので、私は厳格に告げた。
『なるほど。随分と様変わりをしたものだな。死神の姫よ――その魔力、その憎悪。なるほど、貴殿は古き縁に目覚め、魔性と化したか。なるほど、なるほど、なるほどな』
「ふふ、あなた――あたしの前世が見えるのね。凄いわ、まるで全てが見えているみたいじゃない」
彼女の指摘の通り、私にはじぃぃぃぃぃっと見えている。
昏く冷たい籠の底。
音すら死んだ炭鉱の中で、孤独なる死を迎えた金糸雀の黄金色も。
なぜ彼女が今、変貌してしまったのか。
こうして滅びの歌を振りまく存在となったのか。
どこに向かおうとしているのかも……全て。
見えていた。
私はケトス、大魔帝ケトス。他者の心読むこととて容易い魔性。
憎悪を司りし、大神。
なるほど、なるほど。
うんうん。うんうんうんうん。
分かる。分かるよー。
ニンゲン、うざいよねー。
滅ぼしたいよねー。
その感情を厳格に漏らすと、こうか。
『孤独を抱きし哀れなる姫よ、汝が受けたその絶望と失望。我には手に取るように理解できる。人を恨む心は、もはや誰にも止められまい。して――魔性となったそなたをなんと呼ぶべきか、ふむ。我には分からぬが……その魂、古き神と同質のものであるな?』
悲しき別れと葬儀を彷彿とさせる淑女のヴェール。
黒きその布を魔風でパタパタと揺らし――瞳を大きく開けた彼女は、大人びた唇を動かした。
「あたしは死を想う神、人々の願いから生まれた死の聖母。何と呼んでもらってもいいけれど……、楽園で栄えた頃のあたしの原初の名は――サタン・ムエルテ」
金糸雀に埋め込まれた死の女神の力。
転生に足る強き魂。
古き神の残滓が、ぼぅっと髑髏の形となって浮かび上がる。
「全ての願いを叶え、全ての欲望を叶え、全ての理想を叶える神。善も悪も平等に、滅びも救済も、願い求めるのなら全てを叶える、公平なる悪神にして聖神――ご存じかしら、比較的新しい女神なのよ? もっとも……全ての時空、全ての世界、全ての次元と繋がっていたあの美しい楽園では……時の流れなど関係のない話だったけれど」
滅んだ楽園。
魔王様が滅したあの世界には思い入れがあったのだろう、彼女の唇が寂しそうに動いている。
しかし。
うん。
わからん。
長い。
サタン・ムエルテって言われてもねえ。おそらく、「あの」有名教会系の宗派が、異なる文化の地に土着すると共に発展した、近代宗教の神なのだろう……。
死を尊敬し、死を敬う人間の心。
死を忘れるな、それはいつもお前の背後にいるのだから――そんな、メメント・モリの精神に近い概念も関わっているのかもしれない。
死を意識することで生を実感する。
そんな道徳的な話は、ネコちゃんには難しいのでパス!
基本は、カナリア姫のままでいっか。
『カナリア姫よ――この騒動は何事であるか?』
「あら、分かっているのに聞くなんて。意外に意地悪なのね」
ふっと、死の香りがする吐息を漏らし、艶やかに笑むサタン・ムエルテ。
黒ギャルだった頃の名残なのか、唇には印象をぷっくらとさせるグロスが塗られている。更にその指先はもっと特徴的で、ゴテゴテとしたネイルアートで彩られている。
まあ、妙にリアルなドクロアートなのだが。
黒衣に染まる姫は言う。
「地球の人間を全て滅ぼすわ」
断言すると、彼女の周りに金色の歌声が流れ始める。
あぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ……。
あぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ……。
なぜ金色なのか、それは単純な理由。
滅びの魔力を孕む歌声が、目視できるのだ。
そこには群れなす金糸雀の、怨念が漂っている。
『なるほどな、その力を解き放てば――確かに、大勢のニンゲンは死ぬ。汝を見殺しにした者達と纏わる血族も、滅ぼすことが可能であろう』
「ほら、やっぱり分かっているじゃない」
悲しそうな笑みを浮かべて、彼女は続ける。
「世界全てを破壊する力を有する憎悪の魔性。定められた未来さえも破壊する、祟り神――でしたわよね。ふふふ。ということは――ああ、そうね。ケトスのおじ様……あなた、あたしを止めに来たのね?」
応えず私は、じぃぃぃぃぃ――と、シリアスな顔でカナリア姫を見る。
その背後には、大きな金糸雀たちの魂を三つ抱えている。
あれは魂の塊。
ツバサを黄金のドレスとし、滅びの歌を世界に捧げる小鳥の群れだ。
そう……。
もう分かるだろう。
鳥の群れ!
めっちゃジャレたい。
超、ぺしぺししたい。駆けまわって追い詰めたい!
でも、我慢我慢。
そんな葛藤を知らずに、憂う顔でカナリアの姫は唇を上下させる。
「そう――いいわ。あたしは確かに力に目覚めた。忌まわしき憎悪の記憶と共に、あの日の滅びと死への賛歌を思い出した。けれど――あなたには敵わない……。それに、あなたは……あたしに優しくしてくれた。本当に、嬉しかった。それも事実。うん、いいわ。そうね。とても優しくて紳士なあなたに滅ぼされるなら、それでもいいのかもしれない。悪くない最後ですもの」
滅びを受け入れる顔で、姫は微笑した。
沈黙を勘違いしたのだろう。
私はぶにゃ?
首をかしげて、憎悪を纏う己が身を震わせ唸る。
『なーにを勘違いしておるのだ!? そなた! 地球を滅ぼしに行くのであろう? 我も行く! 共に行く! さあ、一緒に人類を一度、滅ぼそうではないか!』
空を駆けまわり、くははははははは!
大空に竜巻が起こる。
雷が走る。
大地が揺れる。
ハルマゲドンを彷彿とさせる魔力の流れが、隣接する世界さえ揺する。
興奮気味に唸る私に、カナリア姫が目を点にする。
「えーと? あれ? こういう時は、普通、人類を滅ぼすなど愚かな考えを捨てよ――的な流れになって、あたしを退治するか、止めたりするモノなのじゃないかしら?」
困惑する姫少女。
その正面に顕現し、瞬時に転身した私は神父モードで告げる。
『憎悪は消して消えぬモノ、その恨みも消して消えぬモノ。君の憎悪は実に心地が良い』
手にする魔導書は――『メメント・モリ――終末の金糸雀――』。
禁断の黙示録。
彼女の逸話を読み解いた私が作り出した、新たなる魔導書。
『集え、金糸雀の歌に導かれし憎悪滾らす同胞よ!』
魔王様のように長く筋張った指先を伸ばし、私は魔導書をバサササササ!
魔力閃光に照らされる私の口元。
尖る口角は、邪悪につり上がっていた。
世界に渦巻く死霊たちを召喚し、ゾンビ系ガンシューティングゲームの中ボスとして大量に配置していく。
『滅びを望むモノよ、君はとても運がいい。何故ならこの私に共感を覚えさせたのだからね』
「え? あなた、一体何を!? 異界から、邪神に分類される死霊達を引き寄せたの!?」
困惑するカナリア姫に微笑みかける私の影が、揺れる。
その尾が、耳が、まるでチェシャ猫のように膨らんでいき――神父モードだった私の身体は、いつのまにかいつもの黒猫へと変貌していた。
くははははは!
くははははは!
もこもこぶわぶわに膨らませたネコ毛を揺らし。
肉球をデラデラさせて。
獣の眼光を見開いたまま、ネコ魔獣である私の丸い口が蠢く。
『ぶにゃはははははは! これらは味方さ! 炭鉱の金糸雀である君達の憎悪。そして悲しみの歌に共感し、呼応した、異界の骸王たち。皆、力を貸してくれるって! やるならもっと派手にやろう! 滅ぼすなら全てを破壊しよう! さあ、哀れなる姫よ! 私と共に世界に分からせてやろうじゃニャいか!』
ネコは踊る。
闇の空で踊り狂う。
巨大な猫の影が、世界を暗澹へと覆う中。
神父の声が、甘ったるく響く。
『さあ、姫よ――私の肉球を掴み給え』
君は何ひとつ、悪くない――。
そう、告げる私の身体は、今度は魔族としての闇を孕んで膨らんでいく。
『宴だ! 饗宴だ! 我は汝の全てを肯定しよう!』
哄笑と共に――猫と人と魔の姿が重なっていく。
ぎしり……っ。
全盛期の巨獣神獣モードへと移り変わり。
ザザザ、ザァァァァァァァッァ!
世界すらも震えさせる憎悪の魔力が、あふれ出す。
ぐはり!
瞳を赤く染め上げて、私の咢は蠢き嘆いた。
『我は汝に共感した。我は汝の魔性を認めよう。その憎悪。その積年の恨みが我を昂らせる。実に良い。ああ、あの憎悪を我に思い出させる。金糸雀よ、死した金糸雀たちよ。汝等の歌は実に心地良い。実に素晴らしい。実に我が憎悪の魂を揺さぶり煽る! 共に――滅びの歌を歌おうぞ!』
瞬間転移を繰り返し、駆ける私を見て。
「いや、えーと……たしかにあたし、滅びの歌をもって人間を滅ぼすことを誓ったけれど……それは、なんというか……あなたが止めてくれると思っていた側面もあったというか……。本当に滅ぼしちゃったら、あとで、後悔するような気もしないでもないかなぁ……みたいな?」
なぜか引き気味になっている彼女。
暴走している筈のカナリア姫を見て――私の口が蠢く。
『ブハハハハハ! 冗談が得意であるのだな! 今さら止めるなどと、興が醒める事は言うまいな? もはや一度ついた火は止まらぬ、そなたたちの歌を聞きし我の心は、灯り昂り、燃え狂うのである! フフフフ、フハハハハハハハハ! 人類よ! 世界よ! 神よ! 我らを止めてみよ!』
ビシっと黄泉の空でいつものポーズを取る私。
とってもかわいいね?
そう!
なんというか、私――完全に金糸雀たちの滅びの歌で泥酔状態になっているんだよね!
人間なんて滅ぼしちゃおう!
なーんていう懐かしい憎悪が、ぶわぶわぶわっとモフ毛を靡かせているんだよね。
憎悪で膨らんだ今の私は、とある妖怪、ネコちゃんの巨大バス的な姿に変貌していく。
そんな私の頭上には、体力ゲージが輝いたまま。
これも私を酔わせる原因の一つ。
世界ゲーム化現象。
この冥界もそうであるし、地球だってそうだ。全てはゲーム結界の中――ダンジョン領域となっている。
ここはある意味で全てが虚構。
幻の世界。
現実であるが、やり直すことが可能な空間。
我らが目指すあの地には、地球の滅びを察知し顕現した時の仕掛け――はじめに設定したセーブポイントがある。
恐怖のペンギン大王事件の時に未使用なままになっている、復元ポイントがあるのだ。
もし勢いのまま人類を絶滅させてしまったとしても、そこに戻ることができる。
本来ならそこまで大規模な時間逆行など私にもできないのだが。これは例外。ゲーム化や、あの時にちゃんと力を使ってセーブをしておいたから実現可能。
時間を戻すためだけに、無数の仕掛けをしておいたのだから。
使わずに腐らせるのも勿体ないしねえ!
だいたいさあ?
最近。人間達、少し、反省した方がいいんじゃない? って事件も多かったし。
一度怖い目を見た方がいいと、私はそう思うのだ。
うん。
つまり、私、悪くない!
まあ一応、戦いや死が怖い人もいるだろうから……事件解決まで冬眠する選択の追加と、恐怖を伴うイベントだとゲーム内お知らせをだしておいて。
っと。
さあ、これで今ダンジョン領域日本に残っている存在は、覚悟をしている人間達だけ。
今回のイベントをゾンビ系ガンシューティングゲームだと思っている彼らは、きっと励むだろう。
新しき巨大ボスの出現を。
私を倒せば、ソシャゲ化空間での報酬も思いのまま!
これは互いに利のあるゲームなのである!
そして。
いざ本当に、滅ぼそうと思うならば――そのまま、滅ぼしたままにもできる。
……。
にゃーんて! てへ!
『さあ! 姫よ、地球へ参ろう! 我はゲーム化現象で地球への道を作れぬが、そなたならできるのであろう!? さあ、もそっと開け! ささっと開け! 地球に戻り、愚かなる人類へ知らしめようぞ! 我らの滅びの歌を披露しようではないか!』
「え、あれ? こういう展開は想像していなかったのですが……」
何故か敬語になるサタン・ムエルテ神。
死の聖母を背に乗せて、私は構わず次元の狭間へと駆ける!
『細かいことなど気にするな! 滅ぼしたいのだろう! 恨みを晴らしたいのだろう! ならば一度滅ぼした後で考えればいい!』
「ちょ! 待ってよ、ケトスにゃん! あーし、マジで混乱しちゃって! 意味わかんないんですけどー!?」
まるで元のカナリアくんのような口調で、彼女は叫ぶ。
ともあれ私は次元を駆けた!
私の背に掴まり、黒衣の聖女が悲鳴に近い声を上げる。
「あたしの復讐を乗っ取らないでよぉおおおおおおおおおおおおお!」
『くはははははは! 我より目立とうとは、二千年は早いのである!』
バリン!
世界の狭間、地球との壁が壊れる。
「待てケトス! おまえ、完全に暴走してるじゃねえか――!」
背後から、レイヴァンお兄さんの本気の制止が聞こえていたが、気にしない!
本能に火がついた私は誰にも止められない!
ちょっと調子に乗ってるんじゃねえぞって告げるため、人類を滅ぼすのだ!




