炭鉱のカナリア ~二つの心と、三つの心~
聖戦を終えた翌日――籠の中にお兄さんを閉じこめたままの私は、召喚したいつもの玉座の上でドデーン!
巨獣モードのまま、元冥王との話し合いを行っていた。
神社仏閣の似合いそうな神獣である私。
素敵にゃんこな大魔帝ケトスの投げ出す後ろ脚、その肉球がぷにっと輝くのは――特設会議室。
場所は秘密の会談ということで、闇の霧の中。
ラスボス化したままの私が生み出した、暗黒バグ空間である。
話し合いの人数は三柱。
冥界を乗っ取ったままになっている私と、このクリスタル城の元城主で元冥王の蒼白く燃える動く鎧。
そして、籠の中で寛ぐレイヴァンお兄さんである。
まあ成仏せずに私について来た黒マナティー亜種の一部と、数匹の護衛冥界ネコ魔獣もいるけどね!
ネコ魔獣の方はマイペースにラーメン屋台を開いて、ここからクリスタル城内に出前を行っているのだが――これは今は関係ないので割愛。
冥王の資格をもつ三柱の、話し合いの準備は整っている。
まず籠の中のお兄さんが言う。
「で、元冥王とやら――事情は説明して貰えるんだろうな?」
「そのまえに、城を直していただき感謝しております。レイヴァン神――まずはその件に関する謝礼と、礼を……」
鎧の内の炎を燃やし、ボゥっと魔力音を発する元冥王。
身体が黒い燃えるモヤなので分かりにくいが、頭を下げているのだろう。
その礼儀正しい態度にお兄さんは、ふっ……っと微笑し眉を下げる。
「いいってことよ、今回の崩壊事件は俺様のせいでもあったからな。もっとも、目の前でラーメンをズズズっと啜って他人事みたいな顔をしているコイツは、まったく気にしてねえみたいだが、なあ? 偉大なる大魔帝ケトスさんよ」
『ズズズ――んっちゅんっちゅ、我に構わず、ごっきゅん、話を進めるが良い』
こってりとしたチャーシューが特徴的な熱々ラーメン。
いわゆるチャーシュー麵を箸でズズズっとしながら――私は、フーフーとラーメンさんに息を掛ける。
お箸で半分に切ったトロトロ焼き豚さんを銜えて――じゅるり♪
濃厚なお肉の香りと、ほどよい脂をネコ鼻の先で感じながらモキュモキュする私は、ネコのヒゲをくねくねくね♪
真剣な表情で頷く。
シッポもモコモコに膨らませる私の後ろでは、黒マナティー亜種たちが、もきゅもきゅしながら頷いている。
私の行動を真似ているのだろう。
極悪な悪戯ばかりしていた彼等だが、既に私に懐き眷族化しているのである。
動く鎧であるオッちゃんが、心配そうな声を上げる。
「そのぅ……ケトス殿。元冥王であるわたくし、そちらのブレイヴソウルが何故いまだに貴方様に従い、それも懐いてコミカルに遊んでいるのか、理解ができないのでございますが」
『まあ、我。大魔帝ケトスであるからな』
いつも触れ合っている存在ならば、これくらいはいつもの事かと納得してくれるのだが。
このオッちゃんはまだ出会って日が浅いから、仕方ないね。
「あのぅ……急に呪ったり、洗脳電波を送ってきたりは……?」
『安心せよ、既にこの者らの憎悪は和らいでおる。我という更なる憎悪の塊が顕現したことにより、その憎悪が散ったのであろう。そして、レイヴァン神との戦い。あれは鎮魂の儀ともなった。今頃、ほとんどの個体は輪廻の輪に戻った事であろう』
私の言葉を肯定するようにお兄さんが籠の中から頷く。
元冥王の安堵を確認した後、私はメンマをもきゅもきゅしながら言った。
『というわけだ。気にせず話を続けよ――我も王の話に興味がある』
「それは構いませぬが……」
真剣な場で、メンマをモキュってる姿が気になっているようだが。
フォローするようにお兄さんが籠の中で翼をバサリ。
「弟の弟子が、悪ぃな……。ああ、なんつーか。こいつはこれでも真剣でな。尽きぬ憎悪を食欲に変換していやがるから、常にある一定の飢えや欲求が襲っているんだとよ――まあ、空気を読めない所もあるんだろうが、勘弁してやってくれ」
説明を受けて、元冥王はこくりと炎の頭を揺らす。
「魔性としての感情制御……でございますな。強大な力を魂や心から引き出す代償に、その心は常に渇きを覚え、尽きることなく燃え続ける。力を手に入れた代償は、軽いモノではありますまい」
同情の視線を感じ、私は食事を止めてシリアスな顔で咢を蠢かした。
『我とて気付いたその瞬間に、憎悪の魔性と化していた。自らが望んでなったわけではないが、なれどこの力を悔いた事はない』
魔性としての赤き瞳が、滾る感情をギラギラギラと魔力に変換する。
『我はこの力、この魔力によって救われた――地に這い、ゴミのように殺され続けたあの屈辱から脱することができた。あの方に御逢いすることができた。我は忘れぬ。けして忘れぬ。あの方への感謝と忠誠を。そして、この憎悪は――永遠に燻り続ける。あの日の憎悪。忘れ得ぬニンゲンへの感情は今でも我に訴える。人を滅ぼせ、許すな、殺せ、駆逐せよ――その喉笛を噛み千切れとな』
告げて、ふと私は気が付いた。
ラーメンを啜るニクキュウを止め、憎悪を食欲に変換する儀式を一時忘れたからだろう。
世界が激しく揺れていたのだ。
意識して憎悪を薄れさせ、レンゲでスープをすくい飲み干しながら……私は静かに言った。
『すまぬ、己が憎悪を語り過ぎたわ。許せ、我の魂も思考ベースもネコ魔獣であるからな。このような自分を愛しているのだ。魔王様に愛される、美しきネコ魔獣としての誇りがあるのだ。くははははははは! まあ、それが自分勝手や我儘と言われてしまうのであるがな!』
消えぬ憎悪を冗談へと昇華する私を見て、元冥王もまた静かに炎を揺らした。
「大事をなさんと欲すれば、代償や犠牲が必要となる。対価なくして力は得られず――そういうことでありましょうな」
『話が逸れたな、それで――貴殿の話はまだか? ラーメンが冷める前に頼みたいのであるが?』
まあ魔性の話は関係ないしね。
私もレイヴァンお兄さんも、本題に話を戻すように元冥王に目をやる。
「お二方はお気付きのようですが、古き神々の魂を提出できない最も大きな理由。それは規律やこの冥界のルール以外にもあるのです。皆が知っている、けれどあの者だけが知らぬ秘匿の物語が――」
回りくどい言い方であるが、言いたいことは既に分かっている。
「古き神の魂は、既に転生しておるのですよ」
「そうだろうとは思っていたが、やっぱりか」
レイヴァンお兄さんが冥界神としての厳格な声で、不満げに眉間を跳ねさせる。
王は揺れる炎の身体から、空となった魂の牢獄の映像を映し。
話を続けた。
「以前告げましたように、魂の救済と贖罪こそが――死者の国の役目だと我々は思っております。どんな悪人であっても反省し、魂を清め来世に挑む、善人やそうではなくとも真っ当なニンゲンや種族として生まれ変わればいい。そこで、誰かを救う事もあるのだから――それこそが贖罪。己が罪を滅びという形で逃げはせず、善行をもって徳を積む。それが魂の円環。あるべき命の形。それこそがわたくしの理念でもあるのです」
レイヴァンお兄さんが話を聞きながら、翼を伸ばし。
……。
籠の中で伸ばしきれなく、ぐぬぬぬと唸っているのでちょっとだけ籠を大きくする私。
偉いね?
「その対象は悪神とて同じこと、罪を犯しその報いとして滅ぼされたのだとしても……再生の機会はあるべきであると、我等が冥界ではそう考えております。だからこそ我等が冥界では、楽園を崩壊させる原因となった神々であろうと、その魂を保護し転生の機会を与える事にした。神々の魂に救済と贖罪のチャンスを与える事にしたのです」
まあ、言っている事は分からなくもない。
私みたいに罪人をどんどん消滅させていたら、力ある魂の総数は減る。更生の機会すらも消滅させているわけだしね。
愛を育み子を宿し、新たに輪廻を回る魂を生み出せば……総数も増えるだろうが、この辺はややこしいことになるので割愛。
ともあれ私は、自分が悪だと思ったモノを踏みつぶす主義を別に悪いとは思っていないし、これからも主義を変える気はない。
どちらの主張が正しいとも、間違っているというわけでもないのだ。
言葉を受けたレイヴァンお兄さんが言う。
「なるほどな、まあそれも一つの考えだ。間違っちゃいないだろうさ。俺様だって罪人の魂を清め、何度も転生させている。古き神々の魂だけを許せねえのは我欲、いわゆる私利私欲か、そう言ってもいいだろうが――まあ、それは今は関係ねえ。回りくどい話や建前なんてどうでもいいだろう? 冥界の主といえど、古き神の魂を扱うにあたる法や規則なんてものはねえ。結局は感情の問題だ。故にこそ――ハッキリと聞こう」
言葉を区切り、眼光を強め冥界神レイヴァンは唇を動かした。
「なぜ古き神の転生母体に実の娘を使った」
空気が、沈む。
あの戦いの最中、古き神々の魂を追跡した私もそれを知ってしまった。
カナリア姫。
あの娘は――古き神々の転生した姿で間違いない。
おそらく本人だけが何も知らない。
民や忠臣、眷族ですら知っているだろうその事実を秘匿されている。
反乱があった理由の一つはそれだろう。
私達が魔王様への仕打ちを憤り、古き神々を基本的に敵視しているように、彼らを憎む者はいる。かつて楽園の神の奴隷となっていた種族は多い。
この冥界の住人も、あるいはそうだったのかもしれない。
反応の代わりに蒼白い焔を鎧の中で浮かべ、元冥王は言う。
「順序が逆、なのですよ」
「逆だと?」
詰問に近いレイヴァンお兄さんの声にも、王はまっすぐに応じていた。
「はい、今は亡き我が妻はとても慈悲深い死の女神。厳格なる女王でありながら、あれで裏では本当に気立てのいい妻であり……何と言ったらいいのでしょうか、少し、天然、なところがありましてな」
「今は貴殿の奥方の話をしているわけではないのだが?」
話が逸れたのかと私も思ったのだが。
どうやらそうでもないらしい。
「失礼しました、けれどこれも関係のある話。ある日、我等夫婦は見てしまったのです。異界を覗く月見鏡で生者の世界――人間達の世界を眺め、様子を見物している時に……妻もわたくしも見てしまったのですよ。鉱山に取り残された一羽の魂。死した金糸雀を……」
元冥王は、そっと亜空間に魔力を接続し――ばさり……。
金色の鳥が表紙に描かれた魔導書。
《聞き知らせる孤独の金糸雀》を召喚し、開き――話を続ける。
「炭鉱のカナリアという言葉をご存知でしょうか?」
俗世への知識に偏りのあるレイヴァンお兄さんの代わりに、ズイ。
戯れを捨てた私が、瞳を赤く滾らせ唸る。
『人々に使役され、人のために危険を察し――先に死ぬための使役獣。それが炭鉱のカナリア。歌を奏で続ける金糸雀は、様々な害を先に浴び、人よりも早く死ぬ。瘴気を吸い込み、歌う事を止め――その命を落とす。死を探査する哀れなる獣――炭鉱のカナリアとは、そういう犠牲者の総称よ。弱き種族である金糸雀の性質を利用した、一種の防衛魔術……いや、魔術ではないか。ともあれ、獣を犠牲に命を守る、人間ドモの浅ましい猿知恵の一つであるな』
グググググ、ゴゴゴゴゴゴ。
再び、世界が揺れる。
私の機嫌が一気に悪くなったと両者共に悟ったのだろう。
スススと、私の前に水餃子のスープが提供される。
冥界ネコ魔獣コックによる、グルメ鎮魂の儀式である。
尖っていた私のスマートな顔が、ぶにゃっといつものモフ顔に戻る。
水餃子の肉汁スープをお口の中で弾けさせ、着席する私に――元冥王はほっとした様子で、けれど真剣な声で言う。
「それは人間達の知恵の一つ。炭鉱夫の生きるための術。狭く昏い鉱山の中で発生する様々な毒、魔力汚染、呪い――それらの災厄からいち早く退避する術、生贄として選ばれたのが、人間よりもそれらの害に弱い鳥。金糸雀だったのでございます」
「おいおい、勘弁してくれよ。話は読めたが――まさか逃げた人間のせいで鉱山に取り残されて死んじまった金糸雀。そんな小さな命を救うため、転生にたる魂にすら育っていなかった一羽のカナリアのため――あんたの奥さんは古き神の魂をただの小鳥に抱えさせ、自らの母体に宿した。そう言いてえのか?」
咎める声と共に、レイヴァンお兄さんが皮肉気に眉を顰める。
それはある意味で魂の冒涜。
たとえ悪神であったとしても、神は神。上位存在の魂を私欲で使ったといえるからだろう。
当然、冥府の番人である死神にとっても禁忌の手段。
冥界神であるお兄さんにとっては、あまり心地良い話ではなかったようだ。
「よもや妻が名も知らぬ、異界の小鳥一羽にそこまで同情するとは、わたくしも思いませんでした。だから哀れとは思いながらも、そのまま映像を切ったのでありますが。その後の事は……わたくしも知りません。ただ――妻は本来なら不死の存在でありましたが……既に消滅。何らかの儀式の反動が原因で、長くは生きられぬ身となっておりましたから。おそらく、弱き孤独なる死を迎えた金糸雀に、神の魂を授け転生させようとした……それが事実なのでありましょう」
ようするに、転生すらできないほどに弱い魂に古き神の魂を付与。
言い方は悪いが、合成したのだ。
神は人間のために犠牲となって滅んだ弱き金糸雀の善行に従い、悪神であっても魂の浄化を省略して転生することができる。
カナリアも、本来なら転生できなかったはずの魂を輪廻の輪に乗せる事ができる。
二つの魂を利用した命――それがおそらく、あの娘。
「なるほど、それであのお嬢ちゃんには二つの魂があるように見えるのか」
一つは黒ギャルとしての彼女。
死神であり冥府の住人であるが――人間種として生まれ変わり、明るく陽気に生きようと励むカナリア君。
不器用に微笑む、年相応の遊びにも興味のある娘。
そしてもう一つは、おそらく。
王女として責任や威厳を保ちながら生きる、本来なら古き神であった彼女の罪深き魂。
カナリア姫。
話に割り込み私が問う。
『ふむ――公私によって使い分けていただけではなく、よもや本当に異なる魂が一つの器に入っていたとはな』
それはある意味で私と同じか。
私は三つの魂と心を、ネコの器で共有している。
まあ、全部がちゃんと私なんですけどね!
『しかしかつて冥王であった者よ、そなたの妻も無茶をしたものよ。あの姫の魂の主人格が本当にかつてただの鳥であった金糸雀ならば、古き神の魂によって蘇生転生したとしても――その身も心も不安定。いつ暴走するやもしれぬ、危険な存在となろうに』
「ケトスよ、どういうことだ?」
問いかける冥界神。
その疑問に応じるべく――。
魂を三つもつ身として、私は顕現させた空のグラスに肉球を乗せる。
『我は強靭なる心と猫の戯れ、そして魔王陛下への忠義とグルメへの探求でこの魂を繋いでおる。本来ならば一つの器に異なる魂が入ることなど、あり得ぬのだ。どこかで必ず歪みが生じる。そうだな――たとえばこのグラスにラーメンの汁と、オレンジジュースを混ぜたとしよう。汁とジュースで器の中は混沌とするし、肉の脂とオレンジの果実が混ざり違和感を生じさせるであろう? そして何より、グラスが小さければ汁もジュースも零れてしまう。その果てに待つのは――暴走だ』
ばちゃり……と、グラスから液が漏れる。
必殺!
なんとなくそれっぽい例え攻撃! まあちょっと違う気もするが、本質はそう外れていない。
例として使ったグラスから零れるラーメンの汁と、オレンジジュース。
食べ物を粗末にできないから、啜ろうと思うのだが――ここはまだ我慢である。
耐えてこその大魔帝。
空気が読めて、偉い。
「いかにも、だからこそ姫はずっと王城の中。籠の鳥姫として、隔離して育てて参りました。実際、何度か暴走の兆候を見せ……古き神であった時の魔力で国を混乱させることもあったのです。皆はそちらのブレイヴソウルの仕業だと思っていたようでありますし、本当に彼らが悪戯で引き起こした混乱もありましたが――全てが全て、ブレイヴソウルの仕業ではなかったということでありましょうな」
地味に責任を押し付けられている黒マナティー亜種であったが。
本人たちはあまり気にしていないようなので、まあいっか。
「しかし勘の鋭き者や、予知能力者。そして身近にいたモノにはなんとなく、分かっていたのでしょう――あの子が、危険な存在であると。それでもわたくしは、亡き妻の遺志を継いであの子を見守り、育てました。他の子よりも気を掛けて……愛情に偏りが、あった……ということでしょう。それが我が息子、アメントヤヌス伯爵の主君である弟王子には気に入らなかったのでしょうな。老いて休憩が必要となったわたくしが眠りについている間に、あのような事件を起こしていたとは……王として、父親として、わたくしは失格なのでありましょう」
何故姉さんばかり。
そんな嫉妬もあったのだろう。
その感情と、嫌がらせが趣味な黒マナティー亜種の電波も手伝い事件が発生。ついに弟王子の心を動かした。
反乱も謀殺も未遂に終わったが、弟王子は反旗を翻した。
ということか。
御家騒動の根本は、愛情の偏り。
そこにあったのだと私も思う。
ちゃんと話し合いをすれば、解決できた可能性も高い。
ただ別に――滅んだわけではないのだ、今から話し合いをしてもいいわけだし。
まだ間に合うだろう。
まあ、大魔帝ケトスである私を利用し返り討ちにさせるとかいう、地味に腹立たしい手段であったわけだが。
ともあれ。
籠の中の冥界神が、瞳を赤く染めて宣告する。
「冥界神としての立場から冷たい事を言わせて貰うが、あんたの奥さんはたかが金糸雀一羽を憐れみ救うために、自分の国と世界を危険に晒したってのか? 人間にとって金糸雀は使役獣。喰われるために育てられ生きる家畜と分類は同じだろうが。そこに冥府の住人が関与し、よりにもよって脆弱なる魂の転生を補助するために神の魂を使用するとは――軽率にもほどがあるだろう」
普段優しい人からの厳しい言葉には、まあそれなりに重い響きが含まれている。
実際、国を治める者としては褒められる行為ではなかっただろう。
当然。正論である。
だが、しかーし!
『ククク、クハハハハハハハハ! なるほど、気に入った! 元冥王よ、貴殿の奥方は実に心地良い存在である! 人間に見捨てられ、昏き鉱山で死に絶えた哀れな金糸雀。その報われぬ魂への救い! 我は気に入った! 己が寿命を削りながらも脆弱なる魂に手を差し伸べるその慈悲、その心、真なる高潔な貴婦人と呼んでふさわしき者よ!』
特に、独りで苦しみ消えかけていた弱き魂に手を伸ばした。
そこが私の琴線をビビビっとさせる。
うんうんとモフ耳をピョコピョコさせながら何度も頷く私に、レイヴァンお兄さんは言う。
「ったく――あいつが言っていた通り、本当にお前さんは……誰かを助けようと動いた存在と、その関係者にはとことん甘くなりやがるんだな。いや、気持ちは分からなくねえが、実際どうすんだ、その古き神の魂は。たぶんあのお嬢ちゃん、制御できてねえだろ」
「そこは最終試練を制覇することによって、冥王としての資質と資格を獲得させ解決。弱き金糸雀であった魂そのものの神格を上げ、問題なく女王として君臨させる予定だったのですが……その、冥界が留守になって簡単に制圧できる筈だった地球には、なんというか……ケトス殿がいらっしゃって、計画が頓挫してしまいましてな」
それは私のせいではない。巡り合わせとタイミングが悪かっただけである。
んーむ、しかし。
私は腕を組んで、肉球をプニプニ。
「どうしたんだ、そんな難しい顔をして。心配事か?」
『いや、なんだ。杞憂であればいいのだが、こーいう話をしているとフラグが立ったように話が進んでな? 本当に姫の内にある古き神の魂が暴走し、悪しき神として再臨する。などというお約束が起こってしまうのではないか、などと……くだらん思考が働いたまでよ』
まあ、そんなことはないか。
うん――ないない。
いくらなんでもお約束もそこまでは続かない。気分を変えて食事を再開! ――と。
チャーシュー麵の上に乗っている卵の黄身だけをペロリ♪
浮かんだ白身にスープを流して麵を入れ、ミニラーメンである! と、楽しみながら私は告げたのだが。
ゴゴゴゴゴゴゴ、ゴゴゴ。
私ではない魔力で、世界が謎の振動を起こしている。
冥界神のレイヴァンお兄さんも籠の中。
他に強力な存在は黒マナティー亜種であるが、その大半は成仏しているし、ここにいる群れは既に私の支配下にあるので彼らが犯人でもない。
となると――。
未来視に分類される予言の能力もあるレイヴァンお兄さんの顔が、ビクっと動く。
「あー、マジかよ……」
『お約束、というやつであるな』
既に察知した私とお兄さんはゲンナリしているが。
分からぬといった様子で、元冥王が蒼白い焔の吐息と共に問う。
「どうかなされたのですかな?」
『時は来た――』
告げて私は、冥界神の籠を解放し――。
スゥっと玉座ごと身体を魔力で浮かべる。
『おそらく、目覚めてしまったのであろうな。哀れな金糸雀の中に埋め込まれた、古き遠い、悪神が――のう』
告げる私の言葉の意味を悟ったのだろう。
元冥王もまた、蒼白い焔を纏い――その炎の身を燃やした。




