聖戦 ~ネコ(神)がじゃれると大地が揺れる~後編
冥府の住人たちが見守る中での戦い。
聖戦は続いている。
大魔帝ケトスこと素敵ニャンコな私は全盛期の巨獣モードで、ぐはり!
黄泉の空で風を浴びて、ご満悦!
イイ感じの風である!
もっとも、これは吹き荒れる魔力の風で――私の頭上には冥界全体を覆うほどの、超特大規模な魔法陣がグルグルと回っているわけだが。
さて、そんな大魔法陣を操る私を見るのは観客と、お兄さん。
半壊したクリスタル城から戦場を見守る死神たちの瞳にあるのは、おそらく――絶望の獣。
混沌の闇を纏う、強大な猫神獣の姿が見えているだろう。
よくよく見ると、死者こそ出ていないが冥界、メチャクチャだね。
御城、ほとんど壊れちゃってるね。
これでまた一つ、私の逸話が増えるのだろう。
まあ、そんな私も凛々しいんですけどね!
壊れた城に目をやって、冥界神レイヴァンお兄さんがキシシと笑いながら肩を竦めてみせる。
「で? どーすんだ、これ。おまえさん、まーた異界の重要拠点の一つをぶっ壊しちまってるわけだが。こりゃあ魔王であるあいつには言えねえだろう? なあ? だから俺様を捕まえて、あいつの前に持っていくなんて、止めねえか?」
『否、魔王陛下は我の行いを正しくご覧になっておられる筈。これは仕方のない崩壊、よくよく考えてみたら、そもそもここの連中が我の世界に攻め込んできたのだからな! これはその、反動的な、アレ……そう! アレなのだ! だから詮無き事、些事である!』
どちらにしてもお兄さんを捕縛してから考えよう!
そう結論を出した私は、戦闘の構え!
肉球の先に浮かべた超特大魔法陣を叩いて、ぶにゃん……!
空を揺らし――魔術を宣言する。
『グフフフ、グハハハハハハ! レイヴァンよ、汝自身の逸話に囚われ落ちるがいい! 我、汝の原初を告げる! 禁呪詠唱、アダムスヴェイン――黄泉抱く哀れな奈落の王!』
「な……っ、てめえ! ケトス、なぜ俺様の原初神の名を!」
荒れ狂う天の中。
魔力波動を光らせ私が発動させたのは、異界神話を再現するアダムスヴェイン。
冥界神レイヴァンお兄さん、その原初の力と思われる堕ちた太陽神――アポリュオーンの逸話を借りた魔術を発動!
効果は奈落への干渉力を高める事。
奈落を支配する権能を引き出し、私は次元の狭間の黒マナティー亜種に魔力を接続したのだ。
もうやる事は分かっているよね?
『顕現せよ――憎悪滾らせ、世界の狭間で呪い続ける泡子よ!』
力ある宣言に従い魔法陣から顕現するのは、成仏できずに浮かぶ死霊達。
まあ直接召喚しても面白くないので、アダムスヴェインの効果範囲に組み込み済み。
その姿は無数の漆黒イナゴだった。
表面がテカテカしている、超特大の蝗さんを想像して貰えば問題なし!
蝗害を神格化させた奈落の王、その神話再現である。
「これは……っ――ただの漆黒イナゴじゃねえな」
お兄さんが多重結界を構築しながら、薄らと首筋に汗を流す。
肌の隆起に伝う雫にうっとりと目線を奪われる死神の御婦人たち……って! もうそれはいいっての!
本当は私の方がカッコウいいんだからね!
「こいつら――ブレイヴソウルどもだな! てめえ、やっぱりこっちの世界でもこいつらを操れるのか!」
『くははははははは! 当然よ、この者らの女王種は我が眷族。我の遊び仲間で友達! その気になれば、ほれ、この通り。こちらの個体とて我の眷属と化す。どーだ! 見たかこの我のカリスマ! 我はすごーい、大魔帝! あ、ほれ! ほれ! くはははのはー!』
溢れる魔力に酔い始めた私は、黄泉の大空で舞を興じる。
とりゃ♪ どうだ♪
クイクイクイっと猫ダンス!
なんか最近、ロックウェル卿の癖が移っちゃったんだよねえ……。
ちなみに。
既にお分かりだとは思うが――次元の狭間から召喚したこの霊魂イナゴの元は、黒マナティーの亜種。
例の次元の狭間から、洗脳電波を飛ばしアメントヤヌス伯爵を扇動していた、生まれてくる事の出来なかった召喚されし勇者の魂である。
むろん、地上にいる死神たちはドン引きしている。
「ね、ねえお父様……あれって、ブレイヴソウル……よね? 長年あたし達に嫌がらせをしてきた、世界を呪いし怨霊よね? どーなってんの、これ」
「余、余に聞かれても……こんなモノまで使役してしまうとは……、大魔帝ケトス神、よもやここまでの悍ましき死霊王の素質があろうとは……っ」
これもラスボスを操る、真なるラスボスみたいな図だしね。
驚愕も当然か。
ふふーん! ドヤタイムである!
ともあれ、一匹だけでもそれなりの怨霊なのだ。
魔力の性質を切り替え、分裂――群れなす漆黒イナゴ化すればその数も膨大。
これもゲーム化結界の悪用である。
ラスボス化してるからゲーム内の魔術式を改竄しやすいし、そのうちもっと自由に色々と悪戯できるとは思うのだが……。
ともあれ、レイヴァンお兄さんが警戒しながら私の眉間に目をやり――。
唸る。
「なるほど、ケトスよ。おまえ――冥府の王となる最終試練をクリアしやがったな」
言われて私は目線だけを上に向けて、賢く考える。
該当する案件を思い出し、くわっと口を開き答えた。
『カナリア姫が行う筈だった試練であるな。たしか……異界の冥界を支配する事、であったか。ふむ、我はその条件を満たし、正統なる冥界王の後継者として世界に認定されたというわけか。どーりで自由に動けるようになってきたわけよ』
「それ大丈夫なのか……? 俺様も殺され楽園から死者の国へと落とされた時にやった儀式、冥府の神となるための条件の一つだぞ、それ?」
あれ。
これ、本当の意味で冥府を乗っ取っちゃったっぽい?
国家転覆と同時に、正式に王たる証を手に入れちゃったっぽい?
「何も考えずにやっちまったんじゃねえだろうな?」
『し、しつれいなことを言うでない! 我には崇高で高尚なる考えがあるのだ!』
まあ、ないんですけどね。
どうも珍しくヒトガタ神父モードなのにテンションが上がっちゃって、ノリと勢いで国家転覆させちゃっただけなんですけどね。
あ、地上の元冥王の鎧オッちゃんが、またもや物凄い焔を揺らして昏倒している。
頬を掻くカナリア姫の方は、あはははは……と、困惑しつつも何故か嬉しそうである。
カナリア君はやっぱり、女王になる気はあまりないのかな。
……。
まあ、今はこの話よりも目の前のお兄さんだ。
「なあ、なあ! ケトスよ! おまえさん、正式な冥界の王の権利を手に入れたんだろ? だったら古き神々の魂をサササっと解放して、俺様に提供しろよ。なあ! それで今回の事件も解決! 悪い神々は永久に俺様の黒翼の中で封印され、この地も滅ばずに済む。一石二鳥じゃねえか」
『まあ、我も古き神々の魂に同情するつもりはないが……』
元冥王はどうしても反対しているみたいだし。
引き渡すにしても一度話し合いを挟みたい。
たぶんだが、元冥王はなんらかの事情があり、古き神々の魂の提出を断っている。私はその理由をちゃんと把握しておきたいのだ。
ともあれ、冥王の力を手に入れた私は古き神々の魂の居場所を探り。
……。
モフ耳を後ろに下げ、ゆったりと瞳を閉じた。
『なるほど、ああ……そういうことか』
「なんだ? 勿体ぶった言い方をしやがって」
元冥王が魂の引き渡しを断った理由。それを理解してしまった私は、シリアスに唸りを上げる。
『レイヴァンよ、気が変わった。我も古き神々の魂の提出を拒否する――』
空気が変わる。
ぴくりと、冥界神レイヴァンの眉が跳ねたのだ。
「それは、完全に敵対するっつーことでいいんだな?」
『此度の件に関しては、そうなるな。確かに、この世界にはかの楽園より滅び死んだ、愚かなる神の魂が存在する。なれど――渡せぬ理由もまた納得のいくものであった。それでも尚、引き渡しを要求するというのなら――レイヴァンよ、我を本気で負かせてみよ。我は、譲らん』
私の本気を悟ったのだろう。
冥界神レイヴァンもまた、本気の眼光で私のモフ毛を睨みつける。
ついでに黒マナティー亜種も二柱の本気に反応し、ヒソヒソヒソ。
漆黒イナゴがラスボスである私に敬礼をして――ビシ!
モキュキュキュキュ!
モキュキュキュキュ!
黒マナティー亜種こと、漆黒イナゴは本気となって私に協力をしてくれるようだ。
「なら、仕方ねえ――続きだ、我が弟の愛弟子よ! 血の狂乱! 《愛しき月女神の狂乱舞踏》!」
お兄さんが、前衛職おなじみのバーサーク系のバフを発動。
全身から紅い魔力を滾らせ、月の魔力で瞳を赤く染める。
効果はいつものアレ。狂戦士化による、能力の大幅上昇だ。
ちなみに気弱な戦士ですらも、この効果中は強気になれるというオマケもついている。
対する私も闇の魔力を纏い、ぐふり。
膨れ上がる漆黒イナゴの魂を操り、更に宣言する。
『冥界神レイヴァンよ――汝の源流は看破した。貴殿では我には勝てぬ。そのままではな』
「ほぅ、興味深いことを言うじゃねえか。時間稼ぎか?」
狂気に染まった三白眼をつぅっと細めるお兄さん。
狂戦士の顔を眺め、私は神としての声で宣告する。
『その力の在り処は、黙示録に記されし奈落の王。蝗害をもって悪食の神と謳われし魔君アバドーンが、力の一柱。更に、かつて神々の楽園より追放されし金色の天使、黒き翼に染まりし反逆者と同一視される存在が、力の二柱。そして、光明、芸術、予言の神と謳われるアポローンの堕天せし存在、アポリュオーンの流れを汲んだ大神が、力の三柱。人の心の中に残り続け、時に同一の存在として扱われる三柱の力こそが、汝の原初! その逸話を読み解き、我はいまこそ汝を捕縛しよう』
まともに顔色を変えて、レイヴァンお兄さんがシリアスに唸る。
「どうしておまえさんがそんな事を知っていやがる! 俺様とて、その全てを把握しているわけじゃねえっていうのに!」
『決まっておろう――』
静かに吐息を漏らし……。
賢き私は真実を告げた。
『あれはそう、魔王様がお目覚めになってしばらくたったある日。オヤツタイムが終わり退屈をしている私に、暇つぶしとして、魔王様が教えてくれたのだ!』
くれたのだ! くれたのだ! くれたのだ!
遠くの方でやまびこがこだましているが、気にしない。
何故かレイヴァンお兄さんは、ぐぬぬぬぬと眉間に濃い皺を刻んで。
くわっ――!
「がぁぁああああああああぁぁっぁぁ! まぁあぁぁぁぁっぁぁぁたあの野郎か! なんで俺様ですら把握してねえ最重要情報を、かわいいモフモフアニマルとはいえ、ケトスに先に教えるんだよ、あいつは! しかも暇つぶしで教えるような内容か……ッ?」
空で地団駄を踏む器用な男を見て、私はドドドド、ドヤァァァァァ!
『決まっておろう、何故なら我はかわいいからである! 何をしても許されるとまでは言わぬが、ちょっとの悪戯ならセーフ! 多少の我儘もセーフ! それこそが猫魔獣の特権! 貴殿の魂情報を教えて貰うことなど、容易いことよ!』
「あいつといい、お前といいヒナタ嬢ちゃんといい! なんであいつの関係者ってのはこういう残念な奴しかいねえんだ! 俺様、可哀そうすぎるだろ!」
さて、相手の動揺は十分に誘えている。
私は魔法陣から無尽蔵に生まれ続ける、イナゴ状の魂を操り、前脚を――クイ!
一気に勝負をしかけるべく、魔術を発動!
『救済を求む死者の魂に、その身を戒められよ!』
「しまった――っ」
宣言に従い、漆黒イナゴが閃光のように降り注ぐ。
ざざざ、ざざぁあぁああああああああぁぁぁぁぁ!
漆黒のイナゴ霧の中に包まれたお兄さんの声が、冥界に響く。
「いたたたったた! あた! こ、こら! これは俺様の一張羅! 噛むな、食うな! やめ! ぎゃぁああああああああぁぁぁぁぁ!」
漆黒イナゴの目的は成仏。
そして退屈しのぎ。
私の指示に従い、この冥界と世界の狭間に漂っていた侘しさを、冥界神であるレイヴァンお兄さんにぶつけている。
このお兄さん、本物の慈悲ある冥界神だからね。
救いを求める黒マナティー亜種から生まれた漆黒イナゴ、その哀れな霊魂のエネルギーをもろに受けるはず。
やがて満足した漆黒イナゴが成仏したり、冥界の狭間に戻っていった頃。
中から服をボロボロにされたお兄さんが、よろよろと出て来て。
ぼそり。
「て、てめえら魔王一派の残念連中の……、ギャグ属性のくせに糞つよい、その卑怯なギャップはやめ……ろ……、ぐふ……」
あ、気絶した。
当然、私はその頭に虫取りアミならぬ、神取りアミをバスン!
『くはははははは! 冥界神、ゲットだニャ!』
つまり、私の勝ちである!
お兄さんを籠の中に入れてと。
これで死神の方々の安全は確保できたが――さて。
問題は……これから。
私はお家騒動の原因も、なぜ元冥王が古き神々の魂にこだわっていたのかも。
全てを悟ってしまい……、心の中で嘆息する。
おそらく、秘匿されていた物語は動き出す。
巡り巡って歩き出す。
私という破壊神に秘密も破られ、否が応でも新しい道、未来をこの国は刻むだろう。
この冥界の未来を憂う神として、私はスゥっと地上を見る。
いわゆるシリアスな顔だ。
そこにあるのは……死神たちの顔。カナリア姫は、笑っていた。
『何も知らぬ籠の中の鳥姫、か――』
誰にともなく呟いた私の言葉に、籠の中に封印されたレイヴァンお兄さんが、眉をぴくり。
「そう言う事かよ……ったく、それならそうと言えっての」
『そうは言うが、貴殿は狂戦士化した状態で我の話に耳を傾けたか?』
冥界神の返事は、苦笑だった。
「お嬢ちゃんが手を振ってやがるぜ」
『そのようだな、えーと……なになに、この壊れた城、どうするのよケトスにゃん?』
言われて私は、クリスタルの瓦礫に目をやる。
これ。崩れたクリスタル城か。
……。
あ、そこまで大したことじゃないけど――そういや城が半壊しちゃったんだっけ。
『まあ、いっか』
「いや、よくねえだろ……」
籠の中の冥界神。
魔王様への貢物お兄さんからのツッコミを無視し、私は勝利を告げに地上に下った。
◇
ちなみにこの後、城はすぐに再建された。
冥界属性の城の修復など、最も古き大神に分類される伊達男には容易かったのだろう。籠の中のお兄さんが冥界神の力でチョチョイのチョイ。
完全状態でリフレッシュ!
すぐに直してしまったのである。
本当、なんだかんだでお人好しだよね、このお兄さん。
……。
わ、私だって!
ゲーム化結界の中で弱体化してなかったら、これくらいできたんだからね!




