最強の弊害 ~大魔帝ケトス討伐計画~その3
ふかふか玉座の感触を肉球と全身で確かめて、えらーい大魔族な私――。
大魔帝ケトスは困惑していた。
あの方を除き――誰よりも目立ち、誰よりも素晴らしい筈の私の前で行われるのは、冥界関係者同士の睨み合い。
ゴロゴロバチバチ、暗雲から稲光が発生する中。
広がるのは動揺と緊張だった。
冥界ネコ魔獣がゴロゴロと絨毯の上で転がる謁見の間で起こった、カオスな状況。
私が思う事は唯一つ。
なんか? 私、部外者みたいになってない?
冥界神のレイヴァンお兄さんもなんか偉そうにしているし。
この国の元冥王さんのリビングアーマーも娘さんのカナリア姫も、ごくりと喉を鳴らしているし。
なんだ、これ。
さて、私はどうしたもんかと巨獣の姿で、考え込む。
尻尾をボファンボファンに揺らし、目線だけを上に向けて。
んー……。
まあ、いっか面白そうだし。
玉座に座り直し――ふぁ~!
大あくびをして、くっちゃくっちゃくっちゃ。
紅蓮のマントをぐるりと身体に巻いて、じぃぃぃぃぃぃっぃ。
見物することにしたのである!
冥界巨大イカを利用した巨大イカ飯のお弁当を顕現させて、冥界ネコ魔獣たちと私は猫集い。
モフモフもかもかの猫ダンゴとなって、ぶにゃん! グルメを抱えワイワイ楽しむ観客となって、空気に溶け込んでいた!
先行したのは、我ら(?)が冥界神。
レイヴァンお兄さんの方が、すっと前に脚を向け――翼をばさり。
冥府属性フィールドで本領を発揮できるその魔力は、生意気にも至高なる最高神以上のモノである。
ワイルドでサディスティックな顔立ちを黒く染め、冥界神が言う。
「で、どうしたよお前さん達。そりゃ冥界の存在なら俺様を知っていても当然だろうが……おいおい、まさかこの俺様をどうこうしようだなんて、身の程知らずな事を考えてるんじゃねえだろうな?」
カツリと足音を立てる度に、死神の方々は後退する。
レイヴァンお兄さんのくせに、偉そうで笑えるんですけどー!
観客席のゆるーい空気とは裏腹、死神サイドは真剣そのもの。
元冥王が揺れる炎の身体を燃やし、ごくり。
鎧を輝かせ――ボォっと陽炎と共に告げる。
「貴殿が、あの冥界神レイヴァンで間違いないのであるか……?」
「ああ、そのレイヴァンだ。まあ同姓同名の存在でも居たんなら話は別だが――そのレイヴァン様本人だよ。んな、怖え顔すんなって、取って食いやしねえよ、今のところはな」
キシシシと悠然と笑うお兄さん。
その溢れる魔力を眺めて死神たちはぞっと顔を青褪めさせているのだが……、んーむ、なんだろうかこの反応は。
カナリア姫が、ぎゅっと胸の前で手を握って緊張しているので、クイクイと召喚。
私は顔を上げてこっそり問う。
『あー、すまぬが説明しては貰えぬか? 我、ぜーんぜん、なーんも分からんのだが。この魔兄レイヴァンがいったいなんだというのだ、魔王様の兄だ、不審人物ではあるが信用に値する存在であるのだが?』
「どーいうこと? ケトスにゃん知らないっつーの? あの、レイヴァン神よ!?」
あのって言われても、ねえ。
どうしたもんかとネコ髯をくねらせる私に、元冥王が言う。
「悪食のレイヴァン。その者、冥府全てを一度滅ぼした滅びの神。死せる者達の王にして、楽園より落命せし古き神。かつて楽園が滅ぼされる決定的な因となった存在。絶念の魔性によって滅ぼされた彼の地の住人、古き神々――その全ての魂を冥府の門にて待ち構え、喰らい、己が翼の裏へと封印した悪食の魔性。神をも喰らう禁じられた冥界神、それがレイヴァン……この男なのだよ」
「んなに、褒めるなよ。照れるじゃねえか」
なぜかお兄さんはご満悦である。
無駄に難しい言葉と、回りくどい言い方をされていたが……もうちょっと分かりやすく言って欲しいよね?
ようするに、お兄さんが殺されたせいで魔王様がお怒りになり、ドッカーン!
楽園は滅び、死した楽園の神々は冥界で待ち構えていたお兄さんの復讐に遭い、封印された。
ということだろう。
この辺の逸話は、とうぜん私も知っている。
褒められてるわけじゃ、ないと思うんだけどなあ……。
そんなお兄さんにイカ飯をくっちゃくっちゃしながら私は、ぼそり。
『なるほど。約束の彼の地……遠き世界の果てにかつてあった場所。魔王陛下がお過ごしになられていた楽園。貴殿の高名は、その繋がりであったか』
「おう、なんだ、お前さん。随分と嫌そうな顔をしてやがるなケトス。そんなにあの地が苦手か?」
問われた私は、瞳を細め……。
グゥゥゥゥゥっと獣の唸りを上げる。
『我はあの楽園の連中を好かん。特に女神はな――味方ならばよい、反省するのなら良い。哀れならば救ってやろう。なれど、己が悪心すらも気付かずただ無邪気に他者を虐げ利用するような女神は、始末が悪い。殺さねばならなくなった時、仕方ないとは思うものの、やはりどうしても……女性は女性だ。女神の命を絶つその瞬間は不快な心が浮かぶからな。まったく、思い出させおって』
実際、私はあの楽園から逃げて悪事を働いていた古き神々の内、女神を二柱滅ぼしている。
大いなる輝きと、女神リールラケー。
一柱は主神でありながら人を嘲り、ゴミのように利用していたモノ。
もう一柱は、己が魅力と己が欲望のみに忠実で、人の心を知らなかった哀れな愚者。
まあ、魔王様が住んでいた世界だし、ホワイトハウルもあそこの出身だし。
今はなんだかんだでうまくやっている大いなる光と、大いなる導きもあそこの出身らしいけど。
元冥王が、王としての声で城を揺らし始める。
「大魔帝ケトス殿、貴殿は……よもや神殺しまでされておったのか!?」
『女神リールラケー。そして異界の主神大いなる輝き。この二柱は我が完全なる滅を与えた。二度と転生できぬよう、二度と再生できぬよう――永遠の滅びをな。なれど、我はその行為を悪とは思っておらぬ。彼奴らは罪なく生きる者達の命を弄び、殺していた。それは我の理念に反する。だから滅ぼした、それだけの話よ』
その二柱の名に覚えがあったのだろう。
死神たちが、ぞっと顔を青褪めさせ――歯をガタガタと鳴らし始めている。
『のう、姫よ。この者達はどうしたというのだ?』
「あはははははは……はは、いや……なんつーか。マージでケトスにゃんってヤバイ猫神様だったって改めて知ってビビったみたいな? その二柱はここでも有名だったから、殺されていたっていうのも衝撃だったっつーか……はは、あー……良かったわぁ、ケトスにゃんが話せるタイプの大神で」
まあ神殺しって、ふつうじゃあんまりしないみたいだし。
怯えられるぐらいは、仕方ないか。
私の周りって、なぜか知らないけど変人のヤバイヤツばっかりだから、基準がいまいち分からなくなるんだよね。
話を戻すように、私は元冥王の鎧オッちゃんをちらり。
『しかし、その二柱の話は今回の件と関係あるまい。して、レイヴァンがなんだというのだ』
「この方がなさっている事は……冥界にとってはタブー。禁忌の理なのですよ。いまだに様々の世界の冥府、奈落、冥界。ありとあらゆる死者たちが眠る世界を揺蕩い、楽園より死した者達を喰らって回っているとは聞いていたのですが、よもやこの地にまで訪れるとは……伝承は本当であったという事でありましょうな」
蒼白く燃える剣を顕現させ。
ギリリ!
おや、戦うつもりなのだろうか。だいぶ、無茶だと思うのだが。
レイヴァンお兄さんも少し困った様子で応じていた。
「その反応。なるほど、ここにも楽園関係者の死した魂が眠っていやがる。そういうわけか」
「いかにも。なれどこの地の冥府の王として、眠る魂の解放を許すことなどできん。たとえあの者達が悪神であったとしても、冥府に眠りし魂。余にはそれを守り、見守る義務があるのだ」
空気が――変わる。
レイヴァンお兄さんの尖る瞳が赤く染まり始める。
「一度しか言わねえぞ。お前さん達を滅ぼしたくはねえ、素直に明け渡しな」
あちゃー、どうしよう。
こりゃシリアスか。
『ふむ、なるほどな。元冥王としては冥府の番人として眠る楽園関係者の魂を守る義務がある。冥界神レイヴァンには、あの楽園の住人の残党は魂であっても滅ぼしたい――そういうことか』
となると。
前回の事件でも冥界荒らしに協力してくれたのは……。
まあ、そういうことか。
あの青き世界の冥界にも古き神々の魂が埋葬されていないか、密かに探っていたのだろう。
その結果はおそらくハズレであったのだろうが。
ともあれ私は、冥府の住人をさりげなく守るように立ち上がり。
冥界神に向かい闇の咢を蠢かした。
『この地は冥界であっても、それ以上の意味も持っていたというわけか。我も知らぬあの楽園で死んだ者達を祀る場所。忌み地であったのだからな。おそらく女神リールラケーに似た、悪しき心の神達がいまだに眠っているのだろう。いつか目覚める、再臨する、転生する……そんな希望を抱いたままな。ならばこそ、納得もした。レイヴァンよ、貴様、まだ当時の事を恨んでおるのだな』
指摘に鼻梁を黒く染めた男は、嗤いで返す。
「俺様は悪食の魔性。感情を暴走させし憎悪の魔性であるおまえさんなら、分かるだろう? この感情は永久に消えない、永遠に残り続け、魂を貪り燃やし訴える。そりゃあ普段は抑えているがな、こうして当時の連中を思い出しちまうとな……悪いな、我慢できなくなっちまうんだよ、おい」
憎悪と悪食。
赤き瞳の眼光が、ぶつかりあう。
『冷たき久遠の時の中。孤高に冥界で生き続けたモノ、レイヴァンよ……そなたはいったい何を望む。いったい何をしようというのだ。もはや古き神々は死んだ。死した者にまで、こだわる必要などあるまい?』
冥界の住人は冥府の番人。
おそらく、この地の死神はその制約と義務に縛られている。
レイヴァンお兄さんがもし本気でこの地に眠る冥府の魂。すなわち古き神々の御霊を回収し、喰らおうとするのなら、それを阻止するために動く筈。
結果は見えている。
この冥界は滅び、死神も滅び――冥界神レイヴァンの領地となるだろう。
「決まってるだろう? 落とし前だよ。弟を追放した? そりゃあ仕方がねえ、あいつは魔術なんていう爆弾を、地に伏す奴隷であった人間に同情し授けやがった。まあ、追放されるだけの罪だ、実際、魔力と魔導を手にした人間は驕り高ぶり、ついには魂の頂点に立つ存在だと勘違いするモノまで現れていやがる。そりゃあそんな爆薬を渡しちまったんだ、追放も、誹りも、しかたねえだろうさ。俺様が殺された? そりゃあいい。上に逆らったんだ、死ぬのもありえねえ話じゃねえ。けれどだ――」
冥界神は言葉を区切り、悪食の魔力。
すなわち、全てを奪い貪り尽くすほどの貪欲な魔力を浮かべながら、口角をつり上げた。
「優しい弟に、楽園を滅ぼさせた。大量に殺させた。嘆かせた。そりゃあおめえ、兄としては――許しちゃおけねえだろう? 今一度だけ問おう、異なる冥府の者達よ。奴らの魂を渡せ、俺様が俺様でいられるうちにな」
いやさっき、一度だけとか言ってたじゃん……まあいいけど。
ったく、普段は良い人だけどやはり魔性。
その感情を暴走させた因となる案件に関しては、私達と同類。
自制が利かないし、利かせる気などないのだろう。
気さくなお兄さんみたいな顔をしているし、実際に良い人なのだが。
その根本は狂気に染まった魔性。
ヤバイ存在なのだ。
これはある意味で、私やホワイトハウル、そしてロックウェル卿とて同じこと。
魔性として、運命の輪から外れたノケモノ。
感情を暴走させて力を手に入れたバケモノの性分なのだから、仕方がない。
しかしだ。
なーに、これ。
シリアスな空気の中、やっぱり部外者となっている私はあんまりおもしろくない。
ズズイっと話に割り込むように、私は言う。
『のう、カナリア姫の父、元冥王よ。どーせ、本気でくだらん連中だったのだ。魂を、こう、さくっと提供するわけにはいかんのか? 滅びるよりマシであろう?』
呑気な私の声に、やはりシリアスで上書きしながら鎧を燃やし。
元冥王は朗々と告げる。
「否、それはできないのでありますよケトス殿。たとえ狂える魂であっても、驕り高ぶり淀んだ魂であっても。冥府の中で揺蕩い浄化され、心を入れ替えた魂は来世を掴み転生する。我らは信じているのです、どんな悪人であっても、更生の機会が与えられるべきだと。そして実際、一部の悪人は来世で善人となり、人々を救い導く存在となっているのですから。魂は回る。だからこそ見捨てるわけにはいかない……それが世界の摂理、それを見守り助けるのが我ら死神の使命」
だーめだこりゃ。
全面対決宣言みたいなもんだよね。
まあ、言いたいことは分かるけどね。
前世で汚した罪と魂は、来世で善行を為し償えばいい。この地はそういう考えを持つ冥界なのだろう。
正しいか正しくないかは、別として、そういう冥界もあるということだ。
パチパチパチと皮肉気な拍手を鳴らしたのは冥界神レイヴァン。
男は悲しい顔をして、告げた。
「そうか、なら交渉決裂だな。残念だよ、とてもな――我は冥界の神として、楽園の民を狩る死神の王として――貴公らの魂すらも狩り尽くそう」
その身が、魔性の魔力を纏い神格を高めていく。
そこには更に冷たい美貌と威厳を纏う男がいた。
戯れではない、死を運ぶ神の姿なのだろう。
仕方ない。
私はスゥっと完全に立ち上がり。
体力ゲージをピカピカさせながら、レイヴァンお兄さんの前にどしり。
そして、告げた。
『我はケトス。大魔帝ケトス! このゲームのラスボスにして、冥界の王なり!』
いつもの名乗り上げの詠唱に、ほんのちょっとゲーム言語をひとつまみ。
これでおそらく、裏技完了!
ゲーム内であっても発言がキーとなり、ゲーム内魔術が発動する筈だ。
『ラスボス冥帝ケトスとして命じる、死者たちよ――我に従え』
禍々しい髑髏に彩られた十重の魔法陣が発動。
私の周囲には、ゲーム状態化した死霊の騎士達が顕現する。
ギン――!
まるで王を守る騎士のように、私の周囲を警備し始めた。
一連の流れを確認すると、レイヴァンお兄さんが愉快そうに顔を緩め――いつもの顔立ちに戻っていく。
ワイルドに尖らせた顔で、飄々と口を動かした。
「おいおい。なんのつもりだ、ケトスよ」
『分かっているであろう? 我は一度気に入った相手には、そう、過保護なのだ。目の前で散る命を見るのは、あまり好かぬ。どーせ貴様も、ちょっとは止めてくれるかなあ、とかそう思っていたのだろう?』
ニヒィっと口角をつり上げ、更に続けた私はドヤァァァァァ!
ラスボスの顔で言う。
『生憎と、今の我は冥府の王だからな。それに、良い! 実に良い! このシチュエーションも悪くないのだ! 我もたまには本気を出して戦う、あの感覚を取り戻したいのだ! ゲーム化結界に囚われ弱体化している我ならば、貴殿と対等に戦う事も可能であろう?』
要約すると、せっかく大暴れしても世界が壊れない環境だから、遊びたい!
である。
いやあ、私って全力を出せる機会があんまりないからねえ。結構我慢して、ウズウズしていたのである!
「言うじゃねえか。いっておくが、俺様は手を抜かねえぞ? おまえさんが弟のために理性を無くし暴走しちまうように、俺にだって譲れない矜持がある。あの連中は、消す。魂すらも噛み切り滅ぼす。それが――誓いだ」
『もし我に勝てたのなら、貴殿の行いは見過ごそうではないか! さあ、かかってこい魔王陛下の兄君よ! 我と共に、悠久なる聖戦を繰り広げようぞ!』
よーし、完全に部外者から話の主役に帰還成功!
まったく、私より目立とうだなんて、ここの連中もいい度胸してるよね?
というわけで。
冥界神対、大魔帝ケトスあらため――ラスボス冥帝ケトスとのバトルが開始されたのであった!
むろん、突然の展開に死神たちはポカーンとしている。
けれど、お兄さんと私は気にしない!
まあ真面目な話。
こうでもしないと、死神たちは滅んでいただろう。
しかしだ、なんだかんだでお人好しなレイヴァンお兄さんの事だ。
たぶんこれ、私にわざと守らせてるっぽいんだよねえ。
たぶん、冥界神であるレイヴァンお兄さんにはなにか考えもあるのだろうが。
何を企んでいるかは、私にはまだ把握できていない。
まあ、しばらくは乗ってやることにしたのだが。
それはそれとして、ウズウズウズ。
ゲーム化現象の乗っ取りもだんだんとやり方が分かってきたし、いざ!
遊ぶのじゃぁぁぁぁぁぁっぁ!
『さあ行くぞ! 我は遊びたい……じゃなかった。たまには全力で暴れ……でもない。……まあよい、ともあれ! 我の華麗なる魔咆哮の雨を喰らうとよかろう!』
言って、私は逸話魔術を発動!
《インドラの雷矢雨――!》
ゲーム内フォントが宙に浮かび――次の瞬間。
降り注ぐ雷の矢が、城内をザザザザザザザザァァァァッァ! っと、暴れ回る。
「はは! やるじゃねえか、だが、甘い、甘いぜ! 禁呪、詠唱――アダムスヴェイン!」
お兄さんも両手と両翼を広げ、詠唱を開始。
降り注ぐ雷の雨を全て紙一重で避けながら――ダン!
冥界に、轟音が鳴り響き始めた――。
城の中で戦わないでよ! と叫ぶ、カナリア姫の声も、気にしない!




