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黒き魔猫と死神姫 ~目覚める王女と、うどん会議~ 後編



 モフモフにゃんこに占領された死神の国。

 冥府の河の上に浮かぶ大陸での事件。

 死者たちの魂を送る際に発生する輝きなのか、荒れ狂う天にはオーロラ色の魔力が流れていた。


 ラスボスの魔力で曇る雷雲。

 走る稲光はまるで、終わらぬ戦いを繰り返す国を憂う涙のようで……少し、悲しい。モフ毛のもこもこに包まれる私の心まで、侘しくなってしまう。


 ああ! なぜ生き物はみな、私みたいに麗しく心穏やかでいられないのか!

 いっそ!

 生きとし生ける者、全員が私のようなすばらしいネコ魔獣になればいいのに!

 魔王様を崇め奉る、素敵ニャンコになればいいのに!

 いいのに! いいのに! いいのに!


 ……。

 いや、ちょっとカッコウよく言おうとしたけど。

 結局は武力制圧。


 大魔帝ケトスこと最強ネコ魔獣な私が、いろいろと順序をふっ飛ばして、ドッカーン♪

 顔見知りのプリンセスを救うために、一網打尽!


 国を乗っ取っちゃっただけなんですけどね。


 そんなわけで!

 とりあえず状況説明を再開した私、大魔帝ケトスは姫殿下に目をやってモフ毛をもこもこ♪

 熱々うどん鍋を啜りながら、猫口をモキュモキュ。


『えーと、民たちの様子を知りたいんだよね――ちょっと待ってね』


 冥界ネコ魔獣協力による遠隔操作ヴィジョンで、止まった時間の中で眠る冥府の住人たちを映す。

 人質になっていた家臣の無事も映す。

 ついでに、鎮圧した反逆者達も映す。


『と、まあ状況はこんな感じさ――君の家臣もちゃんと無事さ。みんな生きているよ』


 言葉を受けたカナリア姫も、うどんを啜り――映像をちらり。

 ずずずずずず。

 夢のようなロイヤル天蓋付きベッドで、ふーふーしながら熱々うどんを食べる姿は……。

 まあ、あんまりロイヤルではないかもしれない。


 ともあれ彼女は言う。


「オッケーオッケー♪ まあだいたいは分かったっしょ! でもさあ――なんか映像を見る限りアメントヤヌス伯爵とか、その他大勢が固まっちゃってるんだけど……どったの、これ? しかも、他の一般兵も住人も止まっちゃってるわよね? ケトスにゃん、なんかしたっしょ?」

『ああ、変に逃げられたり喚かれても困るなあって思って。君が起きてくれるまでの暫定的な処置。君と私、そして新たな眷族――冥界ネコ魔獣以外の時間を全部、止めてあるんだけど。駄目だった?』


 言って私は、時計を顕現させる。

 ゲーム画面でカウントダウン表示が行われる、あんなフォントを想像して貰えばいいだろう。

 これも制限内で使用可能な能力の一つである。


 なぜか彼女はうどんを啜るお箸を止めて、眉間に指をあて。

 はぅ……っと唸る。


『カナリアくん――? どうかしたかい? 頭痛? それとも、ネコの肉球モミモミをしたくなったとか?』

「いや、えーと……時間を止めてあるっていった?」


 そういや、ポンポン使ってるけど。

 一応レアだからね、時属性。


『まあ、大魔帝ケトスだからねえ――それくらいできても不思議じゃないだろう?』


 私これでも、本物の大神だし。

 ネコだけど。


「わっかんないわねえ……だってここは能力制限フィールドの中っしょ? いくら異世界で最強でも、ゲーム結界の影響受けるっしょ? そういう能力も制限される筈。なのにできるって、おかしくない?」

『おそらく、これはラスボス化の影響も大きいかもね。ゲームってさあ、画面をポーズさせることができるだろう? あれを時属性の魔術で判定してくれたっぽいんだよね』


 ジト目を作り彼女は言う。


「んなテキトーなの……ありなん?」

『チッチッチ! 君もそろそろ大魔帝ケトスに慣れて貰わないと困るね! まあ、大抵の事はインチキや抜け道やウラ技を使って、可能にしちゃうからねえ!』


 ふふーん!

 首元のモフモフ部分を目立たせるように、ドヤ♪

 斜に構えてみせるのだが。


「でも、ゲーム化現象は解除できないッと……あははははは! そこまで凄いのに、解除できないってマージで詰んだんじゃないかしら、これ」

『いや、そ、それは……そーなんだけど、なんか君、嬉しそうだね?』

「姫じゃなくなって自由になれるって事でもあるもん、当然っしょ! あーしはこのままでも、問題なーし!」


 香ばしく皮を焼いた、カリカリ食感もおいしい鴨肉を噛み切りながら、カナリア君は微笑んでみせる。

 ま、これは気を遣ってくれたところもあるのかな。

 もしどうしようもなくなっても、自分は気にしないという優しさである。


 そう。

 彼女は基本的にイイ子なのだ。

 だからこそ見捨てられなかったんだけどね。


 さて――私は少し、シリアスに話の流れを戻すべく。

 ふわふわソファーに座り直す。


『じゃあ話を進めるけど――あのコヨーテっぽい顔のオッちゃん達はどーする? 反逆者とはいえ、洗脳されていたっぽいから殺してはいないけど――何か知っているかい?』

「洗脳って、伯爵が!? い、いつからそんなことになってんのよ」


 さきほども会話の中で告げたのだが、情報が多すぎて把握できていなかったのかな。

 さすがに驚いているようである。


 私は他人事のように、うどんを噛み切りながら、猫口をくっちゃくっちゃ。


『さあ、なにしろ私はこちらの世界には来たばかりだし。けれど、そーいう反応をするってことは、君も知らないって訳か。たぶん、この世界に存在する邪悪なナニカに、闇の心を増幅させられたみたいなパターンだと思うんだけど』


 姫は考え込み。


「なーる……そういうことね。なんつーか。はいはいはい、分かった。それ、たぶんこの世界に漂っている邪悪で哀れな邪精霊。世界を恨み続けている、けして救われる事のない泡子の仕業ね」

『何かヤバい存在なのかい?』


 よっぽど強力な存在なのだろう。

 うへぇ……と、あからさまに嫌そうな顔をするカナリア君。

 姫殿下は肩を竦めてみせて。


「ヤバいってもんじゃないっつーか。んー、最強の悪魂、みたいな?」


 最強とは、私を前にしてよくいったもんである。

 私も最強の悪魂みたいなもんだし。

 私の方が邪悪だし。

 ……。

 別に――張り合っているわけではない。


「なにしろ次元の狭間に取り残された浄化もできない魂だから、手も出せないし。そのうち集まって霊魂集合体のレギオン状態になっちゃったし、これ以上ないぐらいヤバイ憎悪と呪いの塊みたいになっちゃっててさあ……どーしようもないから、空間ごと塞いで放置してある状態になってるってわけ。それがたまーに悪さをして、こっちの冥界に干渉してくるのよ」


 ん? これって……。

 私はラスボスモードの遠隔ニャンコアイを発動。

 この世界に……漂っている呪いの塊を探ると……黒い、顔のない人魚っぽい塊がずらっと並んでいる。


 黒い人魚っぽい魂はこちらに気付き。

 無貌をギラギラギラ。

 シリアスな空気を纏って、くおおぉぉぉおおおおおぉぉっぉおっぉおっと集合。

 ヒソヒソヒソと顔のない顔で話し合い。


 ポン! と、――コミカルに変身。


 ほーろーべ!

 ほーろーべ!

 ぜーん世界、ほーろーべ!


 声なき魔力音で、滅びへの賛歌を大合唱。

 むろん、私はその正体を把握していた。


『ふーん。なんか、どこかで見たことも聞いたこともあるタイプのカワイイ悪霊みたいだけど、まあ今はいいや』


 冥界なのだから、凶暴で強大な魂もいるのだろう。

 まあ――たぶんこれ。

 黒マナティー……ブレイヴソウルって呼ばれている、異界召喚に巻き込まれたが生まれる前に滅んだ命、死した勇者の魂だよね?


 そういや、あの子たちも本来なら最恐に近い霊魂だからね。

 畏れられているのも仕方がないし、闇の心を操る嫌がらせぐらいは朝飯前なのだろう。


 たぶん今の制限された権能でも、私も黒マナティー召喚は可能だろうが。

 絶対混乱するだろうからやめておくか。


 しかしだ。

 私の知っている黒マナティーとは多少異なる、この黒人魚。冥界にちょっかいをかけてきているという事は……。

 成仏したがっているか、あるいは……。


 悩むシッポが揺れるが答えは掴めず。

 ともあれ私は、モフ耳をピョコンと立てて言った。


『えーと、話を戻すけど。とりあえず反逆者達は時間の軸から除外したままになってるから、このままずっと世界が終わるまで放置。運命の輪からも取り残したままにもできるけど……どーする? 私はたまーに、常識とか加減を忘れてしまうからね。君の意見を聞きたいんだ』

「いやいやいやいや、さりげなく運命改変の禁術宣言をしないで欲しいっつーか。あー、どーしたらいいんだろ。たぶんお父様が動き出せば処分はされるだろうけど、勝手に殺しちゃうのは問題だろうし……」


 ああ、やっぱしこうなったか。

 国のゴタゴタ。

 私がとっても苦手とする分野である。


『えぇ……なんか面倒になってきたし。洗脳されていたとはいえやったことは極悪。王族への暗殺未遂なんだ、現場判断でチャチャチャって消しちゃいましたじゃ、ダメなのかい? 王族なんだから、それぐらいの権限はあるんだろう?』

「王族だからこそよ――これ、証拠も証言も裁判もなく消しちゃったら、黒幕の弟に姉さんの計略だ! ってあることないこと言われるっしょ? そーいう、面倒な事ばっかしなんよ、王族ってね」


 苦笑し漏らす吐息は、それなりに重い。

 表情が明るいのが更に疲れを感じさせていた。余計に無理をしているように思えてしまうのである。

 これ。

 相当にストレスが溜まってるんだろうな。


『んじゃあ、後で元に戻せるから……とりあえず、豚さんにでも変身させとこうか』


 私が猫手を上げて肉球をクイクイすると、反応した眷属猫魔獣が魔法薬を担いで――わっせわっせ♪

 ゲーム内アイテムのブタ化の魔法薬を使用しに、捕虜の詰まった弟殿下の城へと向かう。

 これでとりあえず、反逆者達への対応は問題なしっと。


 既に城主として動く私を見て――カナリア君はじぃぃぃぃぃ。

 思う所があったのか。

 王女としての顔で、彼女はシリアスに言う。


「ねえ、ちょっと変な事を聞いても、いい?」

『そりゃあ構わないけど』


 はて。

 なんだろう。


 彼女はスゥっと息を吸って、吐息と共に言葉を漏らした。


「なんで――助けに来てくれたの。そりゃあ、とっても嬉しかったけど、あたし……もうあのまま終わってもいいかな、なんて弱気な事も思ってたぐらいだったし……それに、ぶっちゃけケトスにゃんにとっては他所の世界の政争でしょ? なんで……助けて貰えたのか、分かんないっつーか」


 黒ギャルモードではなく、王女としての問いかけなのだろう。

 だから私もまっすぐに彼女を見た。


 大魔帝として応じるべく、ネコの眉間を肉球で寄せ寄せ。

 シリアスな顔をうにゅっ――と、作り。

 下げたネコ眉で苦笑した。


『逆に聞くけど――もし君は一日前に一緒に遊んで笑ったワンちゃんが、翌日におうちの事情で無惨に殺される! なーんて分かっていて、助ける手段があったら、どうするかい?』

「そりゃあまあ、助けるっしょ……って、は!? なに、あーた! あーしが動物と一緒だっていってんの!?」


 プリン頭のグラデーションを揺らし怒る彼女。

 そんな少女の顔に向かいドヤ顔な私は、ふふん♪


『人間だって死神だって、動物の一種。更に追求すれば魂の一種、もっと奥を覗けば魔力情報の配列によるただの情報体だろうさ。もとを正せばね、たぶん皆一緒だと私は思っているよ。スキルや魔術や奇跡が、元は唯の力、とある御方が所持していたプラズマ球に浮かぶ魔術式だったように――根源は同じだという事さ』

「なーに、それ……難しくて意味わかんないっしょ」


 必殺!

 それっぽい魔術理論で論点をはぐらかすの術!


『ようするに、色々と言い訳をしてもいいけど――考えるだけ無駄って事さ』


 猫状態のまま、教師の顔と声音で優しく私は告げる。


『助けられるから助けた。助けたかったから助けた――ただそれだけの話さ。ま、人質を取って王女暗殺! なんていうあんな見え透いた悪事は、最後の最後で邪魔してやりたくなるのが悪戯ネコの本分でね。嫌がらせをしていい対象にはとことん嫌がらせをしてやる、私の趣味みたいなもんさ』

「なんつーか、ケトスにゃんも面倒な性格してるわねえ」


 呆れた様子で言う彼女は、どうやら私が本気で嫌がらせも楽しんでいたと察してくれたようだ。

 実際。

 ラスボス化しての無双も楽しかったしね!


 まあここで、大事なシリアスをほんの少し。


『それにだ、ヒナタくんが君を心配していたからね』

「え……?」


 驚いた様子で、彼女はぽかーんとしている。

 構わず私は言った。


『さすがに偉大なる異界の魔王陛下の愛娘、姫殿下ともいえる彼女を異界に連れていくわけにもいかないからね、私が救出に来た。そういう理由もあるね。だから、悪いけれど百パーセントが私だけの善意ってわけでもないんだよ、むろん、私も君を心配していたけれどね』

「そっかー、ヒナタちゃんが……そっか」


 カナリア君は自らの毛先を撫でて――。

 照れたように、けれど頬を緩めてそう言った。


 黒ギャルの彼女と王女の彼女。

 二つの心に揺れる死神姫。

 どちらが過ごしやすいのか、それは私には分からないが。


 まあ、揺れる少女の顔はおそらく――とても儚くキレイなのだろう。


 人間種とは美的感覚の違う猫である私にも、それだけは理解できていた。

 けれど――だ。


 何故キレイと思うのか、それがうまく理解できない。

 ジャレたくなるまるいお月様や、半月状になってうどんに浮かぶカマボコが美しいとは、よく分かるのだが。

 人間が憂いを帯びた微笑を浮かべる、その美しさの根源と理由がどうしても曖昧になってしまう。

 何故美しいのか。

 それを猫の言葉と感情で理解するのは難しい。


 美しいと思う心。

 きっとこれも。

 ネコの記憶容量の中で私が忘れてしまった、薄れてしまった人間の心の一部なのだと思う。


 そんな侘しさの中、私は猫の口を動かした。


『特異な能力者なヒナタくんも友達が少ないからね、今回の騒動が終わったら友達になってくれると助かるよ』

「それは無理ね」

『おや、どうしてだい? 相性が良さそうに見えていたけど』


 王女の口調で眉を下げたと思ったら。

 黒ギャルな顔で、ニンマリと笑んでみせる。


「だって、もうあーしとあの子は友達っしょ? 一緒に買い物したんだし? だから友達になってくれっていわれても二重登録的な? なんつーか、もー! やだー! ケトスにゃんたら、言わせないでよー! あーしが言いたいことは分かるっしょ?」


 ああ、やはり。

 これが魂の輝き。

 美しいという感覚なのだろう。


『そうか――そうだね。既に友達なら――私が横から変なお節介をするのは不粋だったかもしれないね』

「そーいうこと!」


 太陽のように笑った後。

 月のように静かな微笑を浮かべて、王女は冷厳な声で私のモフ耳を揺らす。


「それではおうどんを頂いたら――城のみなの時間も戻して、解決策を相談しましょうか。あたしも知らない情報を持っている者がいるでしょうし、あるいはこのゲーム化結界を解く手段も……そう、たとえばこのゲーム化結界魔術を我らに授けた賢者様、あの方の書物を探すという手もありますし……お父様に書庫に入る許可を頂いて……」


 王女の顔で思考するカナリア君。

 その儚く美しい横顔に向かい、私はちょっとした悪戯を仕掛けてやる。


『いやいやいや、この城はもう私のモノなんだから。書庫なんて自由に漁っていいんじゃないかな? 私、満足するまではこの御城を返すつもりなんてないよ? せっかくのマイキャッスルだし』

「ふふ、そうですね。けれどケトス様。たぶんあなた様は全てが無事解決したら、この御城も返してくれるつもりなのでしょう? あなた、とてもお人好しだから――そういうの、全部、分かってしまうわ」


 本音を見抜かれキョトンとする私のネコ鼻を、輝くネイルでツンと突き。

 少女は微笑んだ。


「よろしくね、ネコの王子様。なーんっつって、ふふふふ。王女モードのあーしも、さすがっしょ? イイ感じでお姫様っしょ?」


 まあ……。

 その事件を解決するってのが、大変なんですけどね。


 死者の河に浮かぶこの大陸に棲む、邪悪なる泡子。

 おそらく闇の力で、この世界の死神の心を操っていただろう、謎の黒マナティ―軍団への対処。


 そして、御家騒動。

 全員が全員、その邪悪なる泡子に洗脳されていたわけではないだろうしね。

 止まる時間を戻し、話し合いを再開するとなったら必ずトラブルが発生する。


 更にこれがもっとも重要な問題で。


 永久的にかかり続けている、本来なら防衛システムのゲーム化状態。

 なんてったって、解除方法がない。

 現状だと倒せぬラスボスの私をどうにかして倒す――それしか解決方法がないので……うん、実にまずい。

 一生、防衛システムに閉じ込められている状態だからね


 その三つを解決しないといけないのだから。

 このお城を返すのなんて、まだまだ先の話なのである。


 とりあえず、うどんを食べた私達は――目覚める王族から話を聞くことにした。

 もうとっくにこの世界の事情に巻き込まれまくってるけど。

 まあ、別にいいよね?



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