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勝利宣言 ~絶対に負けない~

 青々と輝く満月。

 魔力に満ちた月夜を背に、復讐者はその焔を滾らせていた。


 赤い焔に身を包んだジャハル君が使役する火炎龍を轟かせながら、叫んだ。


「ラーハル、きさま、どこでそのような異様な力を手に入れた!」

「ははははは! 無駄さね! わっちは今宵ジャハル姉上とこの地を滅するためにありとあらゆる準備をしてきた、今更どうにもならんわ!」


 二人の大精霊がぶつかりあう。

 魔力と魔力の衝撃波が波となって砂漠を襲う。

 ったく。

 私が防いでなかったらこれでもう一回滅んでたぞ、この国。


「たとえ魔王軍幹部といえど、今の状態のあっちには傷一つつけられない。全てが完璧なのさ! あははははははは!」


 蒼白い火炎球が無人の砂漠に降り注ぐ。

 業火の火炎球を、もわもわ綿毛に存在変換しながら私はふよふよと空を浮かぶ。


「なるほど、君のその強さの正体がわかったよ」

「ほう、なんじゃそなた。猫のくせに生意気にもなにを理解したというのじゃ」


 そういえば。

 ジャハルくんも最初、私の事知らなかったし、妹君の方もそうなのか。

 まあいいか。


「君、魔道具化された精霊族を大勢連れているね。いや、その身に取り込んだか――君からは無数の魂を感じる」

「ラーハル、そなた、まさか!」


 ジャハルくんの動きが止まった。

 対するラーハルは自らの胸元に輝く無数の光、精霊族の魂を見せつけ恍惚とした笑みを浮かべた。


「そうじゃ、わっちは恨み持つ同胞の力全てを借りてここに立っておるのじゃ。父上も、母上も、わっちに協力してくれておる。むろん、卑しき人間の犠牲となった他の仲間もおる。わっちは一人ではない、復讐を忘れ守る事ばかりを考えるようになった姉上とはちごうてな」


「妾を魔道具化しようとしていたのは、取り込むためか!」


 ぶるぶると握る姉の拳に目をやり。

 ラーハルは小バカにしたような侮蔑を送っていた。


「その通りさね、姉上。人間を憎悪しながらも、僅かな情に絆された愚かで優しい魔帝。姉上がどうしてもできないというのなら……、わっちが代わりに魔道具化された姉上の力で人間を滅ぼしてやる。そういうておるだけの話じゃ」


 いや。

 小バカにしているわりには、その瞳は静かに迷いの色を咲かせている。

 もしかすると、この妹は……。

 ラーハルはふぅと息を吐き。

 手を伸ばした。


「今からでも遅くない、姉上。共に力を合わせこの国を滅ぼし、我らの憎悪を晴らそうではないか」


「戯言を」

「戯言ではない。きっと父上も母上もそれを望んでおる」


 言って。

 ラーハルは僅かに眉を下げた。

 姉に向かい伸びる腕は月の光を浴びて、力強く輝いてみえた。

 けれど、その手はかすかに震えている。


 どうか、断らないで欲しい。

 そう心の中では願っているように。


 生物の動き、心の機微を敏感に察することのできる猫魔獣である私は、その震えを察してしまった。

 実際には、分からないが。

 ジャハルくんは、どうするつもりなのだろうか。


「妾は――そなたの手を取る事は出来ぬ」


「ほう、なぜじゃ?」

「もし人間を滅ぼすにしても、それは魔王様がお目覚めになられた後の話じゃ。我ら精霊族に御力を貸してくださったあの方に無断で、人間を滅ぼすことなど妾にはできん」


 魔王様を尊敬する。

 その心は固く、強いのだろう。


「妾は魔王軍幹部、魔帝ジャハルとして精霊族の王として、ラーハル、そなたの首を刈る!」


 妹だとしても信念のためには己を貫く。

 うん……。

 なんというか。

 さっきスナック感覚で人間滅ぼそうとか言ってて、すっごい恥ずかしいんですけど私。


 思わず誤魔化そうと肉球をなめちゃったくらい。

 恥ずかしいし、気まずい。

 ……。

 ま、幸い誰もこの空気に流されて気付いてないから、別にいいか。


「そうか」


 ラーハルは姉の返答に、肩を落とし。

 決意をもった眼で、ぎゅっと唇を噛んだ。


「ならば、この国ともども滅びるがいい!」


 戦闘が再開された。


 シュピンシュピンシュピン!

 魔力の刃が空間を切り裂き、焔をまき散らす。

 魔炎弾の隙間を潜り抜け、ジャハルくんが魔力炎で生み出したシミターで――。

 切りかかる!


「ラァァァァァァハルゥゥゥゥ――ッ!」

「あははははは、叫んでも無駄じゃ! もう姉上ではどうにもならん!」


 扇で受け止め、ラーハルは余裕の笑み。

 魔道具の、それも同胞から作られた最高峰の魔道具の力を借りた大精霊の力は伊達ではない。

 ジャハルくんが押されている。

 私も帝都を守るので手一杯だ。


 なんというか、こう。

 全てを破壊するとか塵すら残さず次元から消滅させる! というのなら得意なのだが、守るとか、壊さないように、というのは苦手なのだから仕方がない。

 彼女が身に取り込んだ魔道具を破壊してもいいなら、すぐに解決するのだが。

 それをしてしまったら、おそらくジャハル君は悲しむだろう。

 きっと許してくれるし、逆に謝ってくるだろうと思うが。

 それでも……できれば避けたい。


 可能ならばジャハルくんが勝ってくれれば――。

 しかし。

 その時もまた、ジャハルくんはきっと悲しむだろう。

 自らの妹を手に掛ける事となるのだから。

 私には。

 迷いが生じていた。

 こんな時、魔王様ならどうしていたのだろう。


「蒼き月の加護で今宵わっちの魔力は無限に湧いてくる。魔道具もまたわっちの魔力に呼応し力を増している。諦めてわっちの力となれ、姉上」


「借り物の力で、調子に乗るなよ!」


 叫んだジャハル君は空を駆けた。

 魔炎シミターで扇を弾き飛ばし。


「これで――」


 素早く五芒星の魔術陣を月夜に刻む。


「終わりじゃ、ラーハル!」


 次の瞬間。

 グォォォオオオオオオオオオオオオォォォォォン!

 二頭の火炎龍を媒介とし。

 五匹の魔炎龍が唸りを上げて飛び出した。

 魔力の渦が蒼帝の体にまとわりつき、その肌をじゅわりと嘗める。

 胸の谷間に、一頭の龍が入り込んだ。


「な……っ、入り込まれたじゃと!?」

「皆を返して貰うぞ!」


 魔炎龍はラーハルと魔道具の魔術的接触を食いちぎろうと、その咢を穿つ。

 これなら、いける!

 そう思っていたのに。


「なんてのう、わっちを殺す気さえ持てぬ姉上の弱き技はお見通し――じゃ」


 すぅぅぅぅ。

 魔炎龍はそのままラーハルの胸の中へと吸収されてしまった。

 魔炎龍は火炎龍と違ってジャハルくんの魔力を大きく取り込んだ召喚獣。

 いくら姉妹とはいえ魔力ガス生命体である彼女の魔核に、かなりの負担がかかるはず。

 これは――大丈夫なのか?

 私の予感は当たっていたのか、ジャハルくんが枯れた声で、呟いた。


「なんてことを……ラーハル、蒼き焔の使い手のそなたが妾の赤き魔炎を吸収などしたら、そなたの肉体は!」

「ああ、一週間も持たずに消えるじゃろうな」


 迷いもせずに、言い切った。


「じゃが、短時間であれば逆に姉上の魔力をわっちの魔力とかけあわせ、更なる魔力へと変換できる。この瞬間を、わっちは待っておったのじゃ!」


 もう。

 後戻りはできない。


「そこまでして、人間を滅ぼしたいのかよ」


「ああ、そうじゃ」

「オレは! ラーハル、おまえにも死んでほしくない。ただそれだけだったのに!」


 叫ぶジャハルくんの言葉が、普段の口調に戻っていた。

 炎帝ではなく、女帝ではなく。

 身内としての叫びだったのだろう。

 ラーハルもまた、呼応するかのように。


「わたし、もう嫌なの……仲間が死にもできず人間の道具となりはて苦しむ姿は、もう、みたくないの!」


 その叫びは月夜に悲しく轟いた。

 それが、普段のラーハルの口調だったのか。

 分からない。

 けれど、これだけは理解できた。

 彼女は。

 蒼帝ラーハルは彼女なりに、考え抜いてこの計画を立てたのだろう。


「もう、戻れないんだな」

「ええ、姉さん。わたしはもう、止まるつもりはないの。だから、ごめんね」


 言って。

 ラーハルは蒼帝ラーハルとしての顔色を取り戻し。

 背に抱く満月よりも輝く、蒼い憎悪の焔を周囲に展開した。

 勝負をしかける気だ。


「力がみなぎってくる、ああ、わっちは一人ではない、父上も母上も皆もいる! 全てにおいてわっちの計画通り。もう、今のわっちは誰にも止められない!」


 と。

 扇に乗せた双頭の魔炎龍を人間の街へ向かい解き放った。

 すかさず。

 炎帝が飛んだ。


「させるかぁぁぁ!」


 まともに受けて。

 ジャハルくんの魔力ガスが漏れ始める。

 これは。

 まずい。

 このままだと、ジャハルくんは……消滅する。

 かなり、シリアスにならないといけないだろう。


「もう、終わりじゃ! 姉上、残念じゃがこれでお別れさね! 今宵、この国と姉上は滅びる、これはもう変えようのない未来! わっちの勝利は揺るがない、そう!」


 勝利を確信した狂気の笑みを浮かべ。

 蒼帝ラーハルは高らかに叫んだ。


「伝説の大魔獣、あの大魔帝ケトス様でも来ない限りはね!」


 それは。

 蒼く美しい大精霊の勝利宣言だったのだろう。


 ……。

 あー……。

 うん。

 だから。


 シリアス潰すの、やめようね。

 なんか。

 彼女に取り込まれたジャハルくんの魔炎龍がすっごいかおをして、うねうね、困った様に動いているし。


 ガラリア陛下がなんかすっごい顔をしてこっちをみているが。

 今回は、私のせいじゃないからにゃ!

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