蒼帝の逆襲 ~焼け焦げた悲しみクッキー~
帝国を包んだ私の防御魔法陣はちゃんと効果を発揮していたようだ。
白亜の宮殿からオアシス付近の砂漠に転移し。
「なんとか、間に合ったようだね」
揺れる大魔帝の冠を肉球で支えながら。
私はふうと安堵の息を漏らした。
晩餐会で破壊衝動に突き動かされた時。
無関係な人間、特に非戦闘員である女子供を絶対に殺さない様に把握し、既に魔導地図にマーキング済みだったのが功を奏したのだろう。
お茶うけが蒼い業火に焼かれてしまったのと、無人の応接室が完全に消失してしまったのはいただけないが。
ジャハルくんとガラリア皇帝、と給仕と従者のオッさん。その他あの付近にいた臣下の者たちは全員ちゃんと無事だ。
偉いぞ私!
凄いぞ私!
さすが天下の大魔帝! にゃははははは!
助けてやったんだから、人類を滅ぼそうとした件はこれでチャラである。
うん。
ともあれ。
衝撃を吸収する魔術結界で宮殿を包み守った私は、攻撃者に目をやった。
大魔帝じゃなかったら全滅だったぞ、これ。
満月の灯りを背に夜に咲く蒼い人影。
ビジョンに映っていた蒼い焔が特徴的な精霊族。食事に魔薬と似た効果を持つ自身の息吹を吹き込んでいた者だ。
身内だけあってその外見はジャハルくんによく似ている。
今回の事件の張本人。
ふよふよと浮かんだ私は少数しか守り切れなかったミルククッキーをパリパリしながらギロリ。
「君は……ジャハル君の妹さん、かな?」
「そうじゃ、わっちは蒼帝ラーハル。炎帝ジャハルの妹にして、この世界全ての精霊族の憎悪を糧とし力とする大精霊。今宵は精霊族の次代の王として顕現するため参った」
私も名乗り返そうとするが。
スッと飛んできたジャハルくんが私の前に出て、紅い焔をメラメラと燃やしながら叫んだ。
「ラーハル! きさま、どういうことじゃ!」
「以前にも申したであろう姉上。わっちは姉上の方針には従えぬ。今宵でそなたとの長き付き合いも終わりじゃ、おいのち頂戴させていただくぞ!」
「姉上って呼ぶなっていってるだろうが!」
「おやおや、姉上。どうしてだい、たった二人の残された家族じゃないかえ。他はみーんな人間に魔道具化されちまった、まったく人間など、げに卑しき種族は嫌じゃ嫌じゃ」
くふふと魔性の笑みを浮かべてラーハルは扇を振るう。
ヤキトリ姫も使っていた魔術扇か。
月夜の下で妖艶に、ひとしきり笑った後。
切れ長な瞳が、ギリッと尖る。
「わっちの邪魔をするのなら、姉上とて容赦はせんぞ!」
杖や魔力剣と違って扇は魔力の波に柔軟性を与えられる。
これは、まずいかもしれない。
ズジュ――ッ、ズジャジャジャジャジャン!
そよぐ扇の風に乗って疾風の刃が四方八方から飛んできた。
宙に舞い、蒼い焔を纏い彼女は謳うように魔力を放つ。
問答無用か。
迎え撃つのは炎帝。
「魔帝となった妾を舐めるでないわ!」
ジャハルくんが焔の魔法陣を展開し、ラーハルに突撃を仕掛けるが。
街の守りは皆無。
仕方がない。
ブォォォン!
カッと目を見開いた私は急ぎ魔法陣を展開する。とりあえずガラリア帝国の空間座標をずらし、ラーハルの攻撃から帝都を守ってやった。
疾風が崩れ、砂塵が巻き起こる。
右手では防御結界を。
そして左手で神に向かい、なんかすっげぇムカツクが祈りを捧げてやる。
魔杖を翳し、
「砂漠の民よ、我が守りの奇跡に耳を傾けたまえ!」
国民一人一人に、一度だけあらゆる攻撃を防ぐ神の奇跡を付与する。
本来なら、仲間と認識されている味方への攻撃を数回弾く奇跡なのだが。効果を範囲拡大に使ってしまったために、一度が限界だったのだ。
ったく、ケチくさい神だ。本来ならおまえの眷属である人間を守ってやってるんだから、もうちょっと奇跡の力ぐらい貸せっての。
バーカ! バーカ!
神のアホー!
寄付が枯れて、しおしおのヘナヘナになっちまえ!
……はっ!
こんな事をしている場合ではない。
いかんなあ、やっぱり猫の姿だとどうも思考を引っ張られる。
ま、これで無関係な人間の命が奪われることはないだろう。
あくまでも、今のところは、だが。
魔力風に靡く私のネコしっぽに目をやり。
ガラリア皇帝が中規模な魔術結界を作りながら言った。
「守って、いただけるのですか」
「仕方ないだろ、無関係な人間が死ぬのはあまり好きじゃないんだ」
「感謝、いたします」
土下座をしようとする彼に、
「土下座はいいから、早く民の避難を。彼女の攻撃は異常に範囲が広い。全ての命を守り切れる自信は申し訳ないけどない」
私が街の守りに時間を割いている間にも姉妹の戦いは続いている。
戦況は……互角。
いや、少し押されているか。
火炎属性の魔術で速度を強化しながらジャハルくんが呟く。
「どういうことじゃ、炎帝である妾の動きについて来れるじゃと!?」
「王になってから鈍くなったのではないかえ、炎帝の姉上」
蒼帝は、既に炎帝の背後を取っていた。
だが。
「変わらぬのう、ラーハル。そなたはいつも調子に乗ると妾の後ろを取りたがる。本当に……変わらぬのじゃな……。だが、これで! 終わりじゃ!」
ジャハルくんは、背後をとられると予想し準備していたのだろう。
八重の魔法陣が夜空に一斉に展開された。
眷族である火炎龍を二頭、敵の背後に生み出されるように召喚したのだ。
「炎龍よ、妾の敵を戒めよ!」
ジャハルくんの生み出した龍が地獄の業火の竜巻を顕現させ、ラーハルの胴体を戒める。
罠か!
火炎竜巻と火炎龍。そしてジャハルくん。
三点からの同時攻撃に耐えられる者は、魔族の中ですらそうはいない。
うまい。
これなら!
しかし。
「甘いぞ姉上!」
うわ、マジか!
膨大な魔力で強引に突破した!
「なっ…………ッ、……――!」
「わっちの憎悪はこの程度の脆弱な戒めで、封じられるものではないわぁ!」
叫びがそのまま詠唱となり。
戒めを解き放ち、蒼き焔を蛇のようにうねらせ。
ゴォォォォォゥン!
魔力爆発が、月夜に輝いた。
吹き荒れる蒼い焔が巨人の腕の様に膨らんで、不規則に帝都へと伸びる。
しまった――!
姉との戦いよりも、先に街を滅ぼす手に出たか。
「滅びろ人間ども!」
魔力を孕んだラーハルの叫びに呼応し、蒼き爆炎が天を包み。
刹那。
――……ッ!
広すぎる!
そのまま流星のように魔力焔が地上に降り注ぐ。
駄目だ、守り切れない。
思ったその時。
ガラリア皇帝が砂漠に手を付き、魔力を注ぎ込んだ。
「我は願う。大地の精よ、我が声に耳を傾けたまえ。我が名はガラリア。ガラリア=ヴル=パープルヘイム。贖罪の一族として民を守りし唯一の王! 砂漠よ、その温かきも凍える慈悲で我らを守りたまえ!」
ずざざざざあああああぁああああ……!
すんでのところで、帝都は砂漠の結界に守られた。
「へえ、なかなかやるじゃないか」
「え、ええ。まあ……アレ?」
なんか皇帝君、おもったより力がでて戸惑っているようだが。
そりゃ。
大魔帝に土下座を成功させて、大幅レベルアップしたとは思わないよね、普通。
ともあれ。
これは、冗談や洒落をいっている場合じゃない。
「さて、どうしたものか――これはちょっとやばいな」
ラーハルとかいうジャハルくんの妹。
どんな裏技を使っているか知らないが。
こいつ。
強い。




