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攻略ラストタワー ~にゃんこ(強)と愉快な仲間達~決着後編



 大魔帝ケトスたる私が語るのは、一つの終わりの物語。

 アン・グールモーアが、まだとある鳥だった頃の話だった。


 彼の物語を魔導書として創世し、静かに一言。


『すまないが――ヒナタくん、他の人を頼めるかい?』


 召喚ゲストライブの準備のため。

 そんな言葉を言い訳に、私は――ヒナタくんにトウヤ君以外のメンバーを連れて、先に帰って貰うことにしたのだ。


 異界の転生魔王様の愛娘は、眉を下げて。

 けれど暗さを感じさせない顔を作り、頷いた。


「オッケー、じゃあ先に行って美味しいご馳走を用意しておくわ。今夜はパーティーなんだから、あまり遅くならないようにしてよ。あたしはともかく、きっと他の獣神達が食べちゃうんだからね。なーんて、それじゃあ、後でね~」

「それでは我が主、後は頼みました――」


 ヒナタくんはそれを了承し、全てを知っているホープ君も頷く。


 物分かりの良過ぎる聡い少女勇者の髪と、黒白猫の尻尾が遠ざかっていく。

 グレイスさんは少し後ろ髪を引かれたようだが、それでも深い礼を残し――。

 塔を降りた。


 割れた塔の隙間。

 去り行く姉の赤毛が、暮れていく空のオレンジ色に反射していて……。

 それはまるで、甘い大学イモの輝く金色のようだと場違いな感慨が浮かんでいた。


 もちろんそんなことを口にする程、愚かではないが。

 静寂の中。

 私は周囲に目をやった。


 アン・グールモーアの端末は既に魔力消失と共に、消えている。


 ここには眠る恐怖の大王。

 アン・グールモーアと彼の世界を滅ぼした私と、そして彼のせいで人生を狂わされた人間。

 殺戮騎士になるほどに、殺したくもない他者を殺した哀れな青年――。

 立花トウヤ君。

 三人のみが残されていた。


 私はどんな顔をしていたのだろうか。

 分からないが――トウヤくんの顔をきっと、穏やかな表情で見ているのだと思う。


 ネコの口が開き出す。


『それでは語ろう。魔導書に記されたアン・グールモーア。とあるペンギンの物語を――』


 崩れる塔を魔力で支えながら、私は暮れる太陽の下で語りだしたのだ。

 そのために、顕現した魔導書が開かれていく。

 それは終末を記した物語。


 予言ではなく本当に起こった、楽園の終わりを記す魔導書。

 アン・グールモーア。

 彼が恐怖の大王、異界の主神として目覚める事となる、そのきっかけと生涯を綴る書だ。


 世界の法則が書き換えられる。

 童話魔術の応用で、その歴史を映像として顕現させた。


 ◇


 時は遡る事、世紀末の占いの五百年前。

 アン・グールモーアこと、かつてペン・グインと呼ばれていたペンギンに似た鳥は――数多くの仲間と群れを持っていた。

 北半球のとある楽園で、何百万という鳥の楽園を築いていたのだ。


 その時、まだアン・グールモーアは生まれてもいない。

 その魂すらもない。

 彼が生まれてくるのは、まだ先の話。


 この時のペン・グインは幸せの中に棲んでいる。


 平和な楽園だった。

 彼等は天敵のいない世界で悠然とのんびり過ごしていたのだ。

 血縁とも仲が良く、夫婦の仲も良く。

 種族間の仲も良好。

 とてもおだやかな種族だった。


 終わらぬ楽園。

 永遠に続く筈だった平和。


 けれど。


 楽園の終わりは突然。

 天敵に発見された事がきっかけだった。


 船が、やってきたのだ。


 彼等は警戒心を知らぬ、心穏やかで人懐っこい鳥だった。

 ペンギンのようなフォルムで、ガァガァ――がぁがぁ。

 興味津々だった彼らは天敵とも知らずソレに近づく。


 ガァガァとその顔を見上げた。


 大きなサルたちは微笑んでいた。

 にこにこ、てかてか。

 満面の笑み。

 きっとこれは良い生き物だ。

 ペン・グインたちはそう考える。


 だってこんなにもニコニコしている。まるで宝を見つけたように。

 恐怖を知らない楽園に棲んでいた彼らは、ニコニコ猿に無防備に近づいた。

 きっと、楽園を案内したのだろう。


 ニコニコ笑う彼等、その名は人間といった。


 彼等が去った後。ペン・グインは少し寂しくなった。

 せっかく来てくれたのに、おもてなしもできなかった。

 あんなに良い生き物なのに。

 それが残念だ。


 しばらくして――大きな船がやってきた。

 それは人間達にとっては、さほど大きな船ではなかったのかもしれない。

 けれど楽園の外を知らないペン・グインにとっては大きな船だ。


 興味津々だった彼らは近づいた。

 あのニコニコ笑顔な生物の顔を覗き込んだ。

 遊んでくれるのかな? と、見上げたのである。


 人間達、彼らはやはり笑顔だった。

 けれど、その笑顔は笑顔であって笑顔ではない。

 ろくに動かぬ、よちよち歩く宝を見つけた顔だったのだろう。


 ペン・グインの瞳には、太陽が見えていた。

 キラキラと輝く太陽だ。

 その太陽の下、人間達は大きな棍棒を握り――ぐじゃり。


 空は赤く染まり、太陽は色を失った。

 そう。

 人間達がニコニコ笑顔を浮かべていた理由。

 それは人間を警戒しない間抜けな、そして飛べもしない大量の鳥を――宝を見つけたからだったのだろう。

 楽園は血に染まった。


 ペン・グインは生まれて初めて天敵を知ったのだ。


 そうして彼らは――死んだ。

 次々と死んだ。

 死んで、死んで、死んだ。


 狩りに、遊びに、ニコニコ笑顔な殺戮者達が毎日やってくる。

 楽園の鳥にとっては地獄。

 笑顔人間にとっては天国。


 乱獲されたのである。


 その羽毛を、肉を、脂を――うまく逃げる事も出来ない彼らは、狩人にとって良い獲物だったのだろう。

 乱獲は続く。

 乱獲は続く。

 乱獲は続く。


 時は過ぎ。

 仲間の数は減っていた。

 楽園は楽園でなくなっていた。


 楽園は既に滅んだ。

 邪悪なる恐怖の大王に支配されるようになったのだ。


 けれどペン・グインは山ほどいる。

 どれだけ狩ってもいなくならない。


 やがて時が過ぎ。

 ペン・グインはふと周囲を見渡した。

 何百万といた筈だった仲間は、既に彼等だけになっていた。


 まだ名もなきアン・グールモーアは卵の中で考える。


 なぜ生まれる前の卵の彼が考える事ができるのか。

 答えは簡単だ。

 それはおそらく神の奇跡。彼がこの楽園で、最後の卵だったからである。


 最後のペン・グイン。

 それがアン・グールモーアの魂だった。


 島には何も残っていない。

 死骸の山すらも持ち去られた。

 二羽のツガイと卵だけが残されたのだ。


 それでも終わりではない。


 孵化する前の魂は、両親の温もりを覚えていた。

 楽園は滅んだ。

 けれどまだ自分がいる。


 卵は自覚をしていた、自分には特別な力があるのだと。

 だから。

 生まれる事ができれば、大丈夫。

 滅びる楽園をなんとかできる、そう考えていた。


 温かい日々だった。

 両親の羽毛が、毎日自分を温めてくれるのだ。

 楽園は死んだが、まだ――。


 ある日。

 急に周囲が冷たくなっていた。

 父と母の温もりが消えている。


 仲の良いツガイはいつも一緒に行動をしていた、二羽で交互に卵を温めるのだ。

 だから、今日もその筈だった。

 なのに冷たい。


 ゴン。

 鈍い音がした。

 何かがつぶれる音だ。


 何かがおかしい。

 目覚めぬ卵は魂のまま外を見た。


 そこには地獄が広がっていた。

 まず目に入ったのは動かぬ黒い羽毛。

 父であるオスのペン・グインはツガイである母を守ろうとし――こん棒で殴られ殺されていた。

 犯人は人間だ。


 ニコニコ笑顔で虐殺を行う、残酷な生き物。

 次に目に入ったのは、揺れる黒い羽毛。

 どさり。


 卵を守ろうとする母は、そのまま絞殺された。

 死体はそのまま運ばれていく。

 彼等は貴重な最後の宝。

 その身は剥製とされ、最後のペン・グインとして稀少価値のある死骸として売られていくのだ。


 そして。

 その騒動の中。

 アン・グールモーアの魂は死んだ。


 生まれる前に割れていたのだ。

 卵を守り、ガァガァと鳴いた父と母。

 その声も願いも天に届くことはなく。


 最後のペン・グインは生まれることなく、死んだ。


 世界は死んだ。

 アン・グールモーアの卵は、そのままゴミのように投げ捨てられたのである。


 最後の卵。

 その白い楕円がつぶれる様は――まるで灰化し壊れる地球の様だった。

 割れた卵から、雫が垂れる。


 ポトリポトリと、流れる雫さえ――やがて塵のように流れて消えた。

 楽園には憎悪の魂だけが残された。


 それこそが、楽園が終わった瞬間。

 それは、一つの世界が終わった瞬間でもあった。


 ペン・グイン。

 まだ人間達にペンギンが発見される前に、ペンギンと呼ばれていた鳥。

 オオウミガラス。


 人間の手によって何百万羽と殺され、絶滅した種。


 オオウミガラスにとっての恐怖の大王。

 それは人間。

 終わりを齎す神とは人間だったのだ。


 人間に与えられた終末予言とは違い、滅びが現実となった終末。

 本当にあった終わりの物語だった。


 楽園は死んだ。

 そこには何も残らなかった。


 ◇


 最後のペン・グインだった卵の魂は、世界を彷徨っていた。

 人間を恨み、憎悪し。

 その憎悪を纏って世界の狭間を彷徨っていた。


 それはまるでブレイヴソウル。

 生まれる事の出来なかった――力ある泡子。


 アン・グールモーアになる魂は考える。

 ニコニコと笑顔で虐殺を行う人間を、許したりはしない。

 楽園を滅ぼした人間を、許したりはしない。

 世界を終わらせた存在を許したりはしない。


 やがて魂はとある楕円の隙間に入り込んだ。

 とても穏やかな場所だった。

 静かで暖かな場所だった。


 ガァガァ――と仲良く自分を温めてくれた羽毛を思い出し。

 しばらく温もりに包まれていた。

 そこが何なのか、分からなかった。


 けれど、何者かに温められているのだとは分かる。


 ある日。

 生まれる事の出来なかった最後の命は、ふと目を開いた。


 そこには自分たち、優しい父と母とよく似た種族が自分の顔を覗いていた。

 黄金の美しい飾り羽をもつ。

 イワトビペンギンと呼ばれる、外見だけは父と母に似ている鳥だった。


 生まれることなく殺されたペン・グインは、ペンギンとして転生したのだ。

 転生特典は、不可視の能力。

 もう二度と絶滅しないための力――敵から身を隠す能力である。


 そしてもう一つ。

 自らの分身端末を生み出す能力。

 絶滅を防ぐ、一種の危機回避能力であった。


 そして時は流れ――彼は大人となり。

 思い出したのだろう。

 人間への恨みを、世界を滅ぼされた哀しみを――鳥の頭脳に思い浮かべたのだ。


 そこに、奇跡が起こった。

 人間達が恐怖の大王を召喚しようとしていたのだ。


 共鳴が起こった。

 それは偶然だったのかもしれない。

 それとも神と呼ばれる存在の、慈悲や悪戯だったのかもしれない。


 真相は分からない。

 けれど、神としての力を授かる権利を有していたのは現実だ。


 人間達が抱く終わりへの畏怖。

 負の感情が漂っていた。

 その偶像に、人間を終わらせるほどの恨みを持つ彼が選ばれたのは――はたして偶然だったのだろうか?


 やはり真相は分からない。


 天命を受け、力を授かったペン・グインは神となった。

 恐怖の大王としての資質を手に入れたのだ。

 かつてペン・グインだったペンギンは言った。


「父上、母上。吾輩は神となります。神となって、今度こそ楽園が滅ぼされないように――人間を滅ぼしたいのであります」


 言われた両親は、ガァァァ?

 ただのペンギンである彼等には、言語が理解できないのだろう。

 けれど彼は言った。


「吾輩は今日からアン・グールモーア。世界に滅びを齎す神を顕現させる、恐怖の大王となるのです!」


 決意するための言葉だった。


 今度こそ、仲間を守る。

 楽園を守る。

 そのために、アン・グールモーアは旅立った。


「吾輩こそがアン・グールモーア! 吾輩こそが恐怖の大王! 終わりを齎す破壊神を召喚させる、復讐の神なり!」


 人間達の恐怖の大王への畏怖を信仰の力とし――次元を渡り、異界の人間達の住まう世界で神となった。

 ブレイヴソウルの亜種ともいえる彼の力は強大だった。

 終末予言への畏怖を取り込んだ、その力も強大だった。


 彼は主神となり。

 そして、見た。

 人間達が、異界より人間達を呼んで奴隷としているのである。

 憐れだと思った。

 憐憫が浮かんだ。


 けれどだ。

 よくよく見ると、その大半が青き遠き世界の住人。

 そう、憎きあのニコニコ笑顔の人間どもだ。


 アン・グールモーアは思った。

 何故救う必要がある?

 彼は冷めた鳥目でそれを承認した。


 かつて自分たちの楽園を滅ぼした人間、それを奴隷と使役する世界を認めたのである。

 主神であった彼ならば救えた。

 神の言葉で、異界人を使役するその行為を止めればよかっただけ。

 けれど、止めなかった。


 彼の心に浮かぶのは、あの両親の温もり。

 ガァガアと鳴く懐かしき声。

 撫でても貰えず、抱きしめても貰えず。生まれる前に死んでしまった楽園と世界への、望郷。


 彼はこう思ったのだろう。

 世界を滅ぼした悪魔たちを、何故吾輩が救う義務がある?

 勝手に苦しめばいいのである。

 勝手に滅びればいいのである。

 止めて欲しいのならば、楽園を取り戻してみせるがいい。


 何百万といた同胞を駆逐したお前達に、救われる権利など――ない。


 そして時は過ぎ。

 大魔帝ケトスを名乗る異神が現われた。


 彼の者は何者かに導かれたのだろう。

 召喚されたのだろう。

 それは狭間に取り残された人間の魂。


 終わりを運ぶモノとして、世界に顕現したのである。


 気に喰わぬモノ全てを滅ぼし、世界に終わりを齎したのだ。

 まるで、あの終末の予言を成就させるかの如く。


 偶然か。

 必然か。


 大魔帝ケトスこそが、終わりを齎す神だったのか。

 それは誰にも分からない。

 もし本当にそうであったのなら――或いは、青き星を滅ぼす神もまた――。


 ◇


 語り終えて――。

 私は一冊の魔導書を閉じた。


 《滅びし楽園のペン・グイン》

 ペンギンとは違う、ペンギンの終わりを記した書であった。


『これが、彼がアン・グールモーアとなった経緯。滅んだ楽園の最後の卵。その亡霊が掴んだ、恐怖の大王として降臨した物語さ』


 既に落ちかけた太陽。

 黄昏の中。

 崩れかけた塔の隙間から覗く、夕焼けの下。


 淡々と告げた私は、ただ茫然と空の赤色を見上げる青年を見た。


 殺戮騎士の瞳に浮かぶ雫。

 彼は泣いていた。

 自分の人生を狂わせた敵、その正体を知って――ただただ綺麗に泣いていたのだ。


 きっと優しい心の持ち主なのだろう。

 だから、泣いている。

 私はあえて冷静な声で、神父の吐息で言葉を繋ぐ。


『このペンギンが恐怖の大王の伝承と共鳴した理由は、これ。種の絶滅。すなわちそれは滅んだ世界、終末。終わりという共通の属性が、最後の命としての特殊アビリティを受けた強力な個体、そして転生者であったアン・グールモーアと――引き寄せ合ったんだろうね』


 神へと至るまでには理由がある。

 おそらく。

 アン・グールモーアは相当に、人間を恨んでいたのだろう。


 トウヤ君は静かに、眠るアン・グールモーアに目をやった。

 コミカルに目をぐるぐるさせているペンギンだ。

 けれど。

 その魂には、憎悪や恨みが詰まっている。


 おそらく、このまま消滅させてやるのが一番いい。

 昔の私ならどちらに協力をしたのか、それは分からない。

 けれど、きっと。

 あの日々。グルメを通じて人間達と触れ合っていなければ――私はアン・グールモーアのツバサを握っていたのではないだろうか。

 彼が望むまま、彼が顕現させる筈だった――終末を齎す神として顕現。


 この地球に、滅びを齎していたのだろうと思う。


 でも、今は違う。

 そうはならなかった。


 今の私はきっと、まともな人間もいるのだと信じて――この世界を救ってしまうだろう。

 だから。

 私はこのペンギンをここで、永遠に眠らせる。


 揺れる青年の赤き瞳を見て、私は猫口を蠢かす。


『私は初めに語ったね。それでも君が被害者であることに変わりはないと。かつてただの鳥の卵だったアン・グールモーア、彼の種族が理不尽に滅ぼされたのは事実だ。それでも君が受けた仕打ちが、非道であったことも事実だ。君は君としてその理不尽に怒る権利がある』

「それでも俺は――っ」


 吐き捨てるとは違う。

 強く吐く言葉とも違う。

 擦れた言葉が、青年の口からは零れていた。


「俺は……」


 やっぱりこうなったか。

 きっとこの青年が事情を知れば、心が変わってしまう。自分が受けた仕打ちすらも二の次にして、哀れなペンギンの物語に共感してしまう。

 そんな直感はあった。


 だから。

 誰にも語らぬまま――この物語を閉じるつもりだった。

 私と分身端末であるホープ君の中だけで、終わらせるつもりだったのだ。


 けれど、今。

 被害者でもあり、加害者の種族でもある人間の青年が――こうして私に訴えるように、ぎゅっと唇を噛んでいる。


「うまく、言えねえんすけど……俺は、そのペンギンに滅んで欲しくないんだと思います」


 綺麗ごとだった。

 まるで物語のような、単純な言葉。

 けれど、どこかその言葉を私の心は喜んでいた。


 猫毛がぶわりと膨らむ。

 人の心の輝きと光に、歓喜さえしていた。


 それでも私は言う。


『アン・グールモーアは君を苦しめた世界の神であり、君を襲い、何年も昏睡状態にした悪だ。君の誘拐事件でお姉さんは傷つき、その人生を狂わせた。その原因でもある。元をただせば人間のせいかもしれない。けれど、いやだからこそ――人間の世界を考えるなら、ここで処理をしてしまった方が平和に終わる』


 口から、次々と言葉が流れる。


『おそらく、このペンギンの憎悪が消える事はない。その証拠に、既に人を何人も殺めている。そしてここで放置すれば、犠牲者は増える。君だけの問題ではなくてね。これ以上の犠牲者がでないように、悲しい思いをする存在が増えないように――滅ぼすべきだと、私は提案する。既にそれだけの罪をこのペンギンは犯しているんだ、仕方のない事だと――どうか君にもそう思って欲しい』


 建前ときれいごと。

 都合のいい事を、この私が口にしている。

 それも私には不思議で仕方がなかった。


 私はきっと。

 既に大きく変わっているのだろう。


「無理ですっ、だって俺だって! もし、このペンギンと同じ立場だったら、きっと……っ」


 トウヤくんの言葉は途切れてしまう。

 噛んだ唇は赤く。握る指の爪先は、白く変色していた。


 しばらくして。

 浮かんだ感情をそのまま言葉にするような息が、漏れた。


「こんなの……っ、だって。どうにか、ならないんすか……っ。俺だって、色々憎い事があります。今でも疼く憎悪が、あの日々を思い出して――殺せ殺せって、瞳に宿って訴えていて、でも――このペンギンの心も理解できてっ……俺は、死んでしまった人々の心を無視して、ペンギンに死んでほしくないとも思っていて……っ」


 まだ彼の心は成長しきっていない。

 大人になる前に、召喚らちされてしまったから、まだ純粋なままなのだろう。


 その青臭さが、私には酷く愛おしいものに思えていた。

 もし、彼が。

 こんな恐ろしいペンギンは危険だから、早く滅ぼしましょうとニコニコ笑顔で口を蠢かしていたのなら――。

 赤く染まった空と、色を失った太陽なような顔をしていたら。


 世界の運命は変わっていたのかもしれない。


 私は魔猫。

 天邪鬼あまのじゃくな悪戯ネコ。

 この青年の魂が醜く黒く歪んでいたのなら――世界は終末の予言を成就させていたのかもしれない。


 それも一つの可能性。


 そんな、冷たく黒い感情を心のどこかで覚えつつ。

 そうはならなかった現実を見て。

 この場に居合わせた主神クラスの神として、私は行動をする事にした。


 大人として、提案したのだ。


 手を伸ばした。

 ネコの手だ。


『そうだね。確かに、部外者である私がこの世界のためだ! なーんて正義感で、邪魔をするのも理不尽か。既に一度、私はアン・グールモーアの復讐を邪魔しているわけだし』


 悪戯ネコの顔で、少し道化っぽく……。

 私は、んーむと考える。


 そして。

 言った。


『ならば契約をしよう、運命の歯車を狂わされた哀れなる殺戮の騎士よ。ただ一度、私はこの場だけはこの者を見逃そう。その代わり、もしこのアン・グールモーアが無関係な人間を殺してしまったとしたら――その時は、君が責任を持つんだ』

「責任?」

『ああ、そうさ。しばらく、アン・グールモーアと君の魂を繋げる。眷族契約を執り行うことにした。君がマスターだ。契約期間、君にはアン・グールモーアを制御し、他人をあやめぬように監視する義務が発生する。もし、このペンギンが君の心を裏切り、看過できないレベルの罪を犯したら――君が君の責任で断罪をする。約束できるかい?』


 トウヤくんが、言う。


「それってつまり……このペンギンを身近に置いて、監視しろって、ことっすか?」

『まあ、そういうことだね。そして責任が発生した以上。もし問題が起こったら――君もその命を消失する。それは覚悟して貰うよ』


 いささか、強い口調で私は告げていた。

 トウヤ君は言葉を受け止め、その意味を考えている。


 まあ、契約時に制限をかけるから。

 ペンギンはそういう行動ができなくなるんだけどね……。

 これはトウヤくんの覚悟と意思を確認しているのである。


 考えた末の結論が浮かんだのか、彼は言った。


「分かりました。お願いします」

『了解だ。まあホープくんを見ている限りは……大丈夫そうな気もするけどね。ともあれ約束は約束だ。もし何かあったら私はこの場を見逃した責任を自分で取る。それだけは覚えておいてくれ』


 ようするに。

 なんか起こったら私の責任で全部解決するよ、そういう意味でもある。

 少し甘すぎるかなとも思うけど。


 いいよね。これくらい。

 彼はそれくらいの甘さを受ける権利が、私にはあると思うのだ。


 だって私、猫魔獣だし。

 好き勝手やっても許されるし、ねえ?


「あー、でも、なんつーか……もし俺がそれで死んじまったら、姉ちゃんにごめんって、詫びてたって言ってくれますか?」


 かつて人間に絶望した青年。

 その口からは、姉を思う言葉が零れていた。


『私がグレイスさんから恨まれないように、そうならないことを願っているよ』


 苦笑して、私は魔力波動を纏う。

 十重の魔法陣を展開。


『準備はいいかい?』

「いつでも。ありがとうございます、ケトスさん……なんつーか、何度も、甘えるみたいになっちまって……その」

『まあ年上に甘えるのは悪い事じゃないさ。これでも私は君よりもかなり年上だからね』


 ナイスミドルな微笑を浮かべる私。

 渋くて素敵だね?


「何歳なんっすか?」

『ふふふ、それは内緒さ』


 不敵に笑い。

 私は――契約の儀式を執り行った。


 ◇


 日は完全に暮れて、一つの物語が終わり。

 そして新たな物語が始まった。


 アン・グールモーアは、かつてペン・グインと呼ばれた絶滅種は――きっと人間を許すことはないだろう。

 私も憎悪の魔性。

 永遠に残り続ける感情もあるのだと、知っていた。


 けれど。

 グルメを通じで私の心に光が差したように、いつか彼にも……。

 そう思ってしまった私はやはり、甘くなっているのだと思う。


 アン・グールモーアが目覚めたら、とりあえずマグロでもご馳走してやるか――と。


 主であるトウヤくんの腕の中。

 ガァガァと寝息を立てるペンギンの顔を見た私は――。

 祭り会場へと亜空間を駆けた。


 さあ、今から大規模イベントのメインステージなのだ!



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― 新着の感想 ―
[一言] 過去の世界からオオウミガラスの群れをパチッてくる位余裕で出来そうだよね。
[良い点] アン・グールモアさんが一応命拾いして良かったよ! (^-^) [一言] 人間め…。性懲りもなく悲劇を生みおって…。 (*`Д´)ノ!!! まったく…。こんな事ばかりするからいっそ滅んだ方…
[一言] 大丈夫ここで「ペンちゅ〇る」を開発して食べさせてあげれば、たちまちグルメの虜さ!此で解決(´∀`)b
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