攻略ラストタワー ~にゃんこ(強)と愉快な仲間達~その1
かつての故郷だった遠き青き世界、地球。
その滅びの未来を知り、正義と液状ネコちゃんオヤツのためにやってきたのは私。
大魔帝ケトス。
超絶かわいくて、強くて偉い最強のニャンコである!
対する今回の黒幕は――。
異界人を使役する殺伐とした世界。既に滅んだ世界の主神をしていた巨悪。数多存在すると謳われるその名の一つは――。
アン・グールモーア。
なーんか、モフ耳にその名が引っかかる。人間だった頃に聞いたことのある名前なんだけど。
ん~……思い出せないんだよね。
まあ悪い奴だという事に変わりはない!
この日本から転移帰還者達を誘拐し、魔力を奪ったり実験に使っていた外道な輩である。
そんな悪党をぶっ飛ばすため!
我等、ニャンコと愉快な仲間たちはダンジョン攻略を開始していたのだ!
今回のダンジョンの内装は……まるで宇宙船。
卵とかを人間に埋め込み、繁殖しそうなエイリアンが出現しそうな、無機質でSFチックなエリアだった。
SFエリアの筈なのにファンタジー感のある寂びた金属の香り。このリアリティのなさがちょっぴし気になるが、まあ本物の宇宙船ではないのだから仕方ない。
正義のニャンコを筆頭に――いざいざいざ!
悪党討伐に向け、魔術やスキルをぶっぱなす!
どがどがぎぎぎ、ずばずどぉぉおおおーん!
低層でレベル上げをしているのだが。
ダダダダっと猫ダッシュで敵をかき集めた私は、ぶにゃはははは!
振り向いたその瞬間に――。
邪悪な顔で、ネコちゃんスマイル!
輝く肉球あんよが、罠をポーチポチポチ!
『くはははははははは! ぶにゃぶにゃり! 引っかかりおったな雑兵どもめ! 我が怒りの一撃を喰らうのだ! そーれ! どかーん! どっかーん! ドドドドッカーン!』
まあ、ようするに。
いつものアレ。
前のダンジョンタワーでやった状態異常無効を利用した、罠によるレベリングである。
罠を踏み込むときに、肉球がクイっとなるのだが。
にゃふふふふふ!
ちゃーんとにゃんスマホで撮影し、魔王様に後で送信するのである!
「我が主! もっとこちらにも目線を下さいませ! 吾輩、華麗に撮ってみせますぞ!」
『良いぞ! 良い! もっと、もぉぉぉおおっと私の美しさを映像に収めるのである!』
私の写真撮影をしながら、ハチワレにゃんこな新人――。
吾輩ネコなホープくんが、ドロップしたアイテムを猫魔獣の俊敏さで回収!
華麗に戦う私達の後ろ。
既に果敢に戦っているのは、遅れて合流した若い男女。
種族は人間。
今回の件で知り合った姉弟で、両方共にちょっと残念な美女美男。立花グレイスさんとトウヤくんである。
彼等はそれぞれに武器を構え。
「魔銃装填――因果反転! あなたの傷を加速させます!」
「くくく、くははははははっはー! ああぁぁぁ、いいぜ! やってやる、やってやる! 狂い咲きな――っ、魔刀紅天女!」
ごぉぉぉぉぉぉおおおん!
なかなかに派手な魔力波動が飛び交っている。
時属性と治療魔術を習得したグレイスさんの方は……。
まあやっている事は単純。
敵に特殊弾丸を撃ちこみ、単騎確殺。
敵を睨む女豹の眼光は鋭く、戦いモードでクール美人なスーツ姿もキマっていた。
のだが――。
んーむ……。
私もハチワレホープくんも、そのやり口を見てちょっと引き気味。
相手に銃弾を直撃させた後に、指を鳴らし魔法陣で必中の魔力波を発生。
時と治療魔術を同時に操作。
敵を確実に仕留めている――のだが……見た目が、すんごいエグイ。
やり口も、結果もエグイ。
治療の魔術を逆行させて、命中した弾丸を起点に傷口を超高速で拡張。全身に広げるという――それなり以上にグロテスクな遅延性の殺傷攻撃なのである。
でも、赤毛のキリっとした美人さんなので、戦闘シーンもなかなか絵になっているんだよね。
……。
いや、本当に見た目はいいんだよ。アクション映画の美人主役さんみたいだし。
でも、その。
なんつーか攻撃自体は……うん。
魔物の悲鳴は正にモンスターパニック映画そのもの。まるで死神から逃げるように、グレイスさんから逃げ回る敵が多数存在している。
一度、命中さえすれば……もう後は死を待つだけ。
延々と蝕み。
死ぬまで永続ダメージを与え続ける――解除不能な呪いみたいなもんだからね……。
ちなみに。
時属性の使い方と素養を導き、授けたのは私だが。この戦法を教えたのは私ではない。
脳裏に過るのは、クワークワククワ!
あの偉そうなニワトリボイス。
彼女の医療や治療魔術の師でもある大魔族。
ようするに――。
神鶏ロックウェル卿である。
あのニワトリも、なかなかやり口がエグイからなあ……。
ともあれ。
極悪な戦法で戦う、スタイリッシュなスーツの異国風美女の横。
「トウヤ! わたしは更にあちらのエリアの掃討に回ります、こちらの残党は頼みました!」
「ああ、いいぜ、姉ちゃん。俺に、任せな!」
ギリリと美貌を黒く尖らせ、鼻梁を闇に染める青年。
赤き眼光を魔力で灯らせ。
刀状の紅色魔力を握ったトウヤくんが――敵陣を駆ける!
「ふふふふ、ふはははははは! 全ては猫様が世界を支配するため! もふもふ黄金郷とするため! あの方の肉球を邪魔する輩は、みんな死んじまいなぁぁぁぁああああっぁぁあ!」
狂戦士状態になっているので台詞が、うん、よく分からん。
もふもふ黄金郷……ってなに?
エルドラド的な楽園?
ともあれ殺戮騎士のトウヤくんが、ちょっぴり魔力で髪を逆立てて、悪のイケメン幹部の形相で突進。
意外にも、こちらは見た目や言動と反してまとも。
至極、普通に戦っていた。
狂戦士化も単純に能力向上だし。狂い咲けとカッコウイイ台詞を漏らしていたわりには、紅色の刀もただ殺傷能力の高い魔力刀というだけ。
普通に達人レベルの剣技で、普通に魔物を狩る。
ただそれだけである。
もちろん、その剣術は戦慣れしているだけあってかなりの腕だが。
強いから、まあいっか!
順調に狩りは進んでいた。
そんなわけで!
メンバーは罠を使い稼ぐ私と、もう一人の新人ニャンコ! 不可視の性質を利用し――アイテム管理や皆のサポートを担当するハチワレホープくん!
あっちのエリアで魔物同士を扇動し戦わせて、そのトドメだけを奪うヒナタくん。
そして。
美形姉弟のこの二人。合計五人である。
まともに戦っているのは、うん、トウヤくんだけだね。
後はみんな、こんな感じ。
裏技みたいな、せこーい戦い方をしているのだ。
我等の目標はまず、トウヤくんが殺戮数によるスキルが発動できるようになること。そして私がパーティー内の数値情報を共有させる、例の《悪戯ニャンコの帳簿改竄》のスキルを習得する事。
この二点である。
私の殺戮数による固定ダメージを使えるようになれば、狩りも加速度的に進むからね。
ヒナタくんが騎士タイプのスケルトンと亡霊が集まる場所で、ズサっと足を滑らせるフリをし。
ズーン!
会話スキルを発動し、涙を浮かべてちらり。
「きゃー! あたし、まだ死にたくないのー! あーれー! だ、だれかこの凶悪なモンスターを倒してくださる、素敵なお兄ちゃんはいないかしら―!」
チラっと、周囲を見渡し――ヒナタくんが瞳をうるうるうる。
ものすっごい棒読みだけど、これ扇動の才能と話術スキルが発動してるからね。
演技力は関係なく、扇動とステータス値のみを参考にして効果が発動。
魔物の中で混乱が起こり。
瞳が狂気で染まっていく。
あ、もう魔物同士が殺し合いしてやんの。
しばらくして。
「さて、こんなもんでいいかしらね。ハチワレホープちゃーん! カモーン!」
よっと起き上がったヒナタくんが手を上げて、ぶんぶんぶん!
アイテム係のニャンコを呼ぶ。
すかさず不可視モードでホープくんが、わっせわっせ♪
尾を震わせ、るるるにゃん!
「はてさてお嬢さん、あなたはなにをご所望で? 剣ですか、槍ですか。それとも魔導書でありまするか?」
「とりあえず童話魔術が発動できるレベルまで、魔導書のスキルも上げておきたいから――そうね。さっき手に入れた雷神の書と経験値増加のポーションかなあ。一瞬だけ入手経験値が増加するヤツあったでしょ? あれはタイミングが難しいからここで使っちゃうわ。ねえー、ケトスっちいいでしょー?」
問われた私は、モフ耳をふぁっさ~♪
罠で弱った悪戯小悪魔グレムリンの首に爪を当てながら、ずぶしゅ!
ちゃんと計画的にとどめを刺して応じる。
『ああ! こっちはタイミングを合わせる事が難しい狩り方だしー! トウヤ君もグレイスさんも同じく使っても無駄にしちゃうと思うからー! 君が使っておくれ―!』
「それではお嬢さん。はい、こちらをどうぞ。零さずにお飲みくださいませ」
ハチワレホープくんから受け取ったポーションを、まるでおじさんみたいな豪快な仕草で飲み干して。
ぶはー!
ぐぐっと口を拭った、その次の瞬間。
ヒナタくんは雷神の魔導書を開き――。
まるで残念じゃない美少女のような顔で、詠唱を開始。
「雷霆よ! 我等に仇なす敵を薙ぎ払え!」
異神魔導書による広範囲攻撃。
同士討ちで弱った敵はこれで全滅である。
「よーし! じゃああたしはあっちの奥でまた扇動してくるから! ホープちゃん、ここのドロップ品の回収が終わったら、あっちでもよろしくー!」
かよわい乙女のふりをして、また向こうでも扇動を始めているヒナタくん。
その後ろ姿を目にして、ハチワレ模様なホープくんが一言。
「にゃるほど、人間とはこのようにして効率よく敵を屠るのですね」
『んー……私たちが特殊なだけな気もするけど……ど、どうなんだろうね?』
これらの戦術が人類の基準になったら――うん。
たぶん色んな人に怒られそう。
「吾輩もまだまだ未熟でありました。早く皆様のやり方を学習し、習得せねば! それには、そうです。まず! 情報をアップグレード、すなわち役に立つスキルを入手――! 足手纏いは嫌でございまするからにゃ!」
モフモフ顔をキリリと尖らせ。
ホープくんが尻尾の先までモフモフな毛を、気迫で靡かせている。
彼が今習得したのは――。
あ、猫魔獣の窃盗スキルだね。
不可視状態で接近、敵からアイテムを盗むつもりなのだろう。
なんつーか、このパーティー。
やっぱり、卑怯者集団のような気がしないでもないが。
まあ、戦いなんて勝てば正義なので、別にいいか!
よーし!
私もみんなに負けないように、どんどんと敵を罠にハメてこよう!
◇
しばらく低層での狩りが続き、レベルも順調に上がっている。
私は《悪戯ニャンコの帳簿改竄》をすでに習得済み。
トウヤ君も初級ではあるが、殺戮数スキルを習得し始めていた。
後は――トウヤくんがスキルを何度も発動できるように、練度と魔力容量を上げる事。
そして魔力回復アイテムの補充。
やはりレベルはあればあるだけイイという事で、レベリング続行中なのである。
ちょっと不安だったのは最上階にいるはずの黒幕さんが、ルールを無視して低層に出張。
まだ成長していない状態の私達に、襲い掛かってくる事だったのだが――。
どうやらその心配は杞憂だったようだ。
ま、低層に行けば行くほど出口と近くなるわけで。
それはすなわち、外からの干渉も受けやすい場所ともいえるのだ。
支配しているダンジョン領域の境目。
バグを利用しフィールドを盗んでいる状態にある黒幕にとって、一番厄介なのはフィールドを取り戻される事。
外にいる、もふもふアニマル三獣神はいつでも周囲を見張っている。
彼等に魔力干渉をされてしまったら、たちまちエリアの支配が奪われる、その時点で敵さんは終了。
ゲームオーバーだからね。
慎重になっているのだろう。
こちらの敵の群れを一掃したトウヤくんが、ふぅ……と息を吐き。
頬を気まずそうにぽりぽり。
狂戦士状態を解除し、落ち着いたからだろう――ちょっと目線を逸らしている。
恥ずかしいのだろう。
このギャップがなんか笑えるんだよね~!
敵のリポップ待ち。
休憩時間が重なったので、悪戯ネコの顔な私はトウヤくんの足元で――うにゃん!
『お疲れ様! いやあ、あいかわらず戦闘中の君は勇ましいですなー』
「からかわないで下さいよ。ちょっと、その、アレっすよ。気にしてるんすから――」
といいつつも、彼は私の脇をモフっと持ち上げ。抱っこ!
私も仕方ないから撫でさせてやるのである。
かわいいネコちゃんの労い! という意味もあるのだが。
本題は別。
信じられない話なのだが――ネコ好き深度が更に上がっている彼は、変な種族スキルを習得してるっぽいんだよね。
効果はネコに触れると超高速自動回復。
魔力も気力も体力も、数分で最大値まで回復するようになってるんだよね……。
重度の精神ネコ汚染による副作用みたいなものなのだが。
それで落ち着いているし、回復のメリットもあるから別にいいんだけど。
猫がいないとまったく意味のないスキル。
便利かどうかは、よくわからんスキルだよね。
トウヤ君が向こうで戦う姉、グレイスさんに目をやって。
複雑そうな顔をしてみせる。
その感情を知りたくて、私は猫抱っこをされながら見上げた。
『どうしたんだい? たぶん今の彼女なら一人で問題なくレベリングできると思うけど。やっぱり心配かい?』
ネコのヒゲをくいくい前に倒しながら言う私に。
トウヤ君は穏やかな笑みを浮かべ――けれど、ゆったりと眉を下げる。
「まあ、心配は心配なんすけど――姉ちゃん、いつのまにかこんなに戦えるようになってたんすね。異界にも行った事のない、普通の姉ちゃんだったのに。なんか、変な感じなんすよ。俺にとっては、魔術もスキルも知らない、分かってくれない一般人……なんて、ちょっと嫌な言い方かもしれないっすけど。住む世界の違う姉ちゃんだって、どこかで思ってたんで」
ちょっと相談っぽい口調だったので。
私も肉球をむぎゅっとさせて、応じる。
『実際に違う世界にいたんだから仕方ないさ――まあ今は、この日本全体が――変わった。私の作り出した異界に呑み込まれているようなものだからね。転移から戻ってきた当時の君達の関係を、私はあまり知らないけれど。今……このソシャゲという夢の二年間だけは、君やヒナタくんのような転移帰還者も異質ではないのさ』
それが良い事なのか。
悪い事なのか。
私にはよく分からなかった。
いつかなくなってしまう、魔術とスキルの世界。
現実に戻ったら、異世界召喚された者たちはまた、その力を隠して生きるのだろう。
「姉ちゃん、ヒナタさんとダンジョン攻略をしてるってのは、聞いてたんすけど……まさかこんな戦術を使っていたとは知らなくて。その、なんつーか……グロイっすね」
『ああ、トウヤくんは見たことなかったのか。出逢った時は街の門番ぐらいのレベルしかなかったから、ちょっと驚いただろう? この私も、えぇ……? ってなったくらいだからねえ』
昏睡する自分に泣いて詫びていた姉が、まさか傷口を拡大する呪いみたいなスキルを使いまくるようになるとは思わないよね。
ぜーんぶ、あのニワトリのせいだが。
頬を掻きながらトウヤくんがぼそり。
「ええ、まあ――その……守らないとヤバいかなとか。正直、ダンジョンタワーだと足手纏いになるんじゃないかとか、思ってたんすけど。なんつーか、はい。驚きました」
グレイスさんが魔銃に疑似魂を灯らせ、天に放射。
呪いの治療雨をばら撒きながら、バンバンバンと次々に遅延の時魔術を発生させ。
じゅびゅしゅ!
わずかに与えた傷口から敵を破裂させ――またガンガンガン!
雨にあたるとその触れた部分が腐食。
腐食した肌から傷口を生成、あとは時属性と治療魔術の組み合わせでグジュグジュメキン!
敵が自壊し、ドロップアイテムを落として消えていく。
戦う姉を見て、弟のトウヤ君が首に手を当てて。
再びぼそり。
「あの時魔術も、ケトスさんが?」
『い、いや! 時属性は確かに私が教えたけど! あの戦術は私じゃないからね! 君の医者でもあるロックウェル卿だからね!』
姉を殺戮マシーンに変えた犯人にされても困るのだ!
ぶぶにゃっと否定する私に、トウヤくんがぼそり。
「え? いや。責めてるんじゃないんで安心してください。ただ、時属性ってけっこうレアだったんじゃ……俺、姉ちゃんの能力を鑑定したことあるんすけど、そんな力、その時はなかったっすから――ちょっと気になって」
『あ――ああそういう意味か。習得条件さえ満たしていれば――まあ、ちょっとした刺激で覚醒させることができるからね』
「後天的に習得できるもんなんすか?」
『可能だね。実際私は、彼女の中に眠る時属性を引き出すことができたし』
彼女も望んでいたし。
できそうだったし。じゃあ実践してみよう! と、実験感覚で試してみた事は黙っておこう。
私は大人ネコの顔で言う。
『彼女は力を求めていた――私はそれに応えてあげたいと思った。だから適性にあった能力を目覚めさせてあげたんだが……いやあ、まさか治療魔術と組み合わせてこんなエグイ攻撃手段を手に入れるとはねえ……さすがに想像していなかったよ』
あくまでも悪いのはロックウェル卿。
ここをアピールしながら、私はこっそりとニヒヒヒ!
「時属性っすか……なんかすごいっすね。俺も異世界にいた頃に、時属性の使い手に一度だけあったことがあったんすけど……。なんか飄々とした人だったんすが。まあ……なんつーか、ちょっと特別感がありますよね」
もしかしたら。
それもあの賢者。世界に布石をバラ撒いていた、異界の魔王様の影法師……だったりするのかもしれないが。
ともあれ私は言った。
『特殊な力ではあるけど――たぶん、君も覚えようと思えば、習得できる筈だよ? 条件を満たしていそうだし』
「その、条件ってのは?」
私は一瞬、答えるかどうか悩んでしまった。
それは彼女や彼の心について、言葉にする必要があるからだ。
しかし。
彼等はもう子供じゃないのだ。知っておいてもいいだろう。
そう判断し。
魔術師の顔で淡々と私は告げた。
『本当にそうなのかは分からないけど、時属性の行使には一つの感情がカギとなっていると、私はそう思っている。過去に後悔があり、やり直したいと強く思う心。感情が壊れてしまいそうになるほどに、過去を思う事。あの頃に戻りたい。大事にしていた筈のモノ。大切なナニカが壊れてしまったあの日に戻り、やり直したい。そういった感情が因となっている。それが私の知る、時属性習得の条件さ。ま、たぶんそれだけじゃ足りないだろうけどね』
昏睡状態の時に、姉の後悔と贖罪。
懺悔を何度も目にしていただろうトウヤくんは、ぎゅっと唇を強く結んで――。
吐息に言葉を乗せた。
「あー、なるほど。たしかに、姉ちゃんはいっぱい……後悔していましたからね。俺はまだ、ちゃんとその時のことを話せていないんすけど……やっぱり、いつかちゃんと、もう気にしてないって――言ってあげるべきなんすよね」
言いたい事や伝えたいことがあっても、うまくできない。
人間とはそういう生き物だ。
まあ、言わなくても分かる関係もあるだろうけど――。
今のトウヤ君の表情に、負の感情は見えない。
『グレイスさんは君を信じてあげられなかった。それをずっと悔いていた。それは事実だろう。けれど一度取得した時属性が失われることはない、いつか君にその気があるのなら――その後悔を拭ってあげるといい』
お節介ついでだ。
私は人生の先輩としての声で続けた。
『まあ、既に彼女も前向きになっている。きっと、あえて君が動かなくても、もうすぐ自分自身の心で、立ち直ると思うよ。お姉さんの強さを信じてあげる、そういう選択も――あるかもしれないね』
私の言葉を受けて、トウヤくんの手が揺れた。
感情も震えているのだろう。
おそらくこの二人はもう大丈夫。
壊れかけてしまった関係も、心も――割れる前に戻ろうとしている。
とても純粋で、若々しい人間の心だ。
穢れを知ってもなお、高潔さを保つ――優しい魂だ。
それが私には――少し。
羨ましいと思えていた。
泣きそうな顔をした男の頬に伸ばす、この手は猫の手。
慰めようと開く口も、ネコの口だ。
『君はよくやったよ。いままで辛かった分、幸せになるといい』
「幸せに――なっていいんすかね」
彼はいまだに、異界で人を殺めた事を気にしているのだろう。
私に言わせれば相手の世界の自業自得。
けれど――後悔や殺めた相手を思える優しい心は、きっと大切な感情だ。
これが私の失ってしまった心の輝き。
人間としての光か。
今の私には――もう、相手が悪いのなら滅んで当然だ。
そういう割り切った心しか浮かばなくなっていた。
それが少しだけ、寂しいのだ。
私も時属性を扱える。
きっと、あの日に戻りたいと願う感情が残されているのだろう。
あのふわふわな太陽の香り。
焦げたパン色の毛並み。
ただの猫だった、二度と戻らぬあの日々。
守れなかったあの子との思い出の中で、ゆったりと、私は瞳を閉じる。
私は大事な光を失ってしまった。
二度と、この肉球で抱いてあげる事ができなくなってしまった。
けれど、この姉弟はまだやり直せる。
だから。
まだ光り輝く彼の心を磨くように――私はウニョっと猫笑い!
湿りそうな空気など、この我が吹き飛ばしてやるのだ!
『ま! 私と関わった人間はたいてい、私の幸運値の影響を受けるからね! 嫌だといっても、勝手に幸せになっちゃうだろうさ! いやあ、素晴らしい私。これぞ天下の大魔帝!』
くははははははは!
笑う私に、トウヤ君は気まずそうに、けれど――。
屈託のない笑みを浮かべてみせた。
◇
私達は念入りな準備を終えて、中層に向かった。




