にゃんこフェスティバル開催! ~遭遇~その1
フェスの初日、現在はランチタイムを過ぎてオヤツ時。
夜のゲスト召喚ライブに向けて、土着神の一柱。あの七柱の中の紅一点、音楽の神でもある琵琶天女と打ち合わせをしていた時の事だった。
突如鳴り響いたのは、にゃんスマホの魔力探査アプリ。
そう。
ついに、魔力を吸収されたトウヤくんとの類似魔力反応が感知されたのである。
美味しい露店街を抜けた細道は、少し冷たい。
祭り会場に流れているBGMも遠くに聞こえ、どこか物悲しい雰囲気となっていた。
大魔帝ケトスこと私。
お祭りノリノリ気分だったニャンコは今、顔を引き締め。
祭り会場の路地裏――肉球を蠢かす。
続いて影の中を舞う美しい女性は、件の琵琶天女。
犯人逮捕にも協力的な彼女は――ふぅと緊張の吐息を艶やかに漏らし。
紫色の口紅を提灯の灯りで輝かせる。
申し訳なさそうに告げたのだ。
「黒猫ちゃん、わたくしも一応は戦えるけど――本当に一応ってぐらいでもう全盛期の力は残っていないの。だから戦力としては、あまり……その、ね?」
『分かっているよ。君のような芸術を愛する女性に無茶をさせるつもりはない。ただ、敵の反応が近くにあったからね、神である君の力を吸われても厄介だし――守らせて貰うついでに、一緒に犯人を追った方がいいかなって。そういう作戦なんだけど、ダメかい?』
猫目でウインクをしながら守る宣言をする私。
かっこういいね?
「ふふ、敵だと本当に恐ろしいけれど。味方だと頼りになりそうね。ちょっと偉そうに言ってしまって申し訳ないけれど、頼んだわよ。これでも吉兆を操る神柱のひとつ、まだ滅びるわけにもいかないし――当然、まだ滅びたくなんてないモノ! しっかり守って頂戴ね」
『頼まれたよ――じゃあ、そろそろ仕掛けるけど……そちらの準備はどうだい』
ニャンコと美人天女。
なかなか見た目も整ったコンビではある。
「わたくし自身の結界も強固。水瓶に注いでいただいた異界の聖水、葡萄酒の神酒のおかげで力に満ちておりますの。戦いはともかく、補助なら――問題なく、いけるわ」
『オッケー。じゃあ近づくよ』
そろーりそろーり。
影の中を、かわいいネコちゃんがゆったりゆっくりと移動。
その後ろに、ふよふよふよと天女の羽衣が続く。
絵面としては、なんか泥棒シーンみたいなのだが。
まあ気にしても仕方がない。
もちろん、悪戯をしたから逃げようとしているのではないしね。
私は影の中でにゃんスマホを操作。
転移帰還者狩りの被害者、トウヤくんと同じ魔力波動、パターンをもつ反応が確かにあるのだが――その姿は見えない。
立ち止まる私に、琵琶天女がくっきりとした唇を動かして見せる。
「どうしたの……?」
『反応はここなんだ。けれど……ご覧の通りさ。何も見えない』
「次元か、それとも時間軸。なにかインチキをして認識を誤魔化している……そんなところかしらね」
琵琶天女がゆったりと瞳を閉じ。
パァァァァッァアっとその身を輝かせる。
「間違いない、なにかいるわ。ここは黒猫ちゃん、あなた達の支配するダンジョン領域日本とはいえ日本は日本。わたくし達の得意フィールドとして日本が設定されている。だから――」
『私にも感知できない敵の存在も、そうやって神力を行使すれば認識できる、か。助かるね――君と一緒に行動をして正解だったようだ』
ありがとうと、顔を傾けてみせる私。
その無言の礼に、琵琶天女が笑みで応えてみせてくれた。
『さて。この私の目を欺く存在。その時点でまっくろだ。仕掛けるから――私から離れないでおくれ。戦闘体勢は打ち合わせの通りに』
「頼りにしていますわ、異界の黒きネコ王子様」
微笑むように言って、琵琶天女は私を抱き上げふよふよと影の中を舞う。
図にすると。
ニャンコを抱っこする絶世の美女神である。
戦闘を仕掛けるにしては、ちょっと情けない姿かもしれないが――。
これが一番安全なんだよね……。
影からニョコッと路地裏に顔を出して、私はいう。
『ねえねえ! 出ておいでよー。そこにいるんだろう? それともアレかい? 君はこんなかよわいネコ魔獣に呼ばれても出てこられない、雑魚なモンスターさんだったりするのかなー?』
まあいつもの便利枠。
挑発の魔術である。
反応はない。
ふむ。
完全に影から顕現した私は、周囲を見渡し。
『ねえねえ! 本当に聞こえていないのかーい! この私、大魔帝ケトスがせっかく呼んであげてるんだよー! 私、無視って嫌いなんですけどー! もしもーし! 聞こえてるんだろー!』
挑発が効かないとなると、耐性持ちか……あるいは精神自体がない相手か。
なんにしてもここで消し去る方が良さそうだ。
スゥっと猫の瞳が、邪悪に……。
細く締まっていく。
『さて、警告はしたからね』
冷徹に囁いた私の息と連動し、琵琶天女の喉がごくりと揺れる。
仕掛けると理解したのだろう。
肉球を鳴らし――。
魔法陣を展開。
ググググゴゴガァァァァッァアン!
容赦なく――螺旋状の闇の波動を解き放ち、空間自体を攻撃したのだが。
当たり判定がない!?
「あっちよ! いま、あの路地を曲がったわ!」
『捕まっていておくれ! 走るよ!』
路地裏の空を駆けるニャンコ。
ネコの肩に掴まり空を飛ぶ美女――、その羽衣が、ものすっごくイイ感じに風に揺れてジャレたくなってくるのだが……。
我慢我慢!
『角を曲がったら一気に捕縛する!』
「わかったわ!」
おー! なんか探偵映画とか警察映画みたいじゃないか!
すんごいカッコウイイ気がする!
更に音楽が遠くなる場所。
路地裏の角を曲がった、その時だった。
見知った顔と、声がその暗闇の中で浮かんでいた。
転移帰還者誘拐事件の被害者、立花トウヤくんである。
「あれ? ケトスさん、それに、えーと……名前を知らないっすけど、そっちの女性も。どうしたんすか?」
『って、トウヤくんじゃないか。どうしたのってのはこっちのセリフなんだけど!』
しまった。
私は彼、トウヤくんの魔力パターンで探査をかけていた。
そのことに気付かれて、本物がいる場所に逃げ込まれた――か。
慌てて周囲を見渡す私、その尻尾と耳が揺れる。
『とにかく、ここは危険だ! グレイスさん達と合流を――っ、私はまだこの辺りにいるはずの敵を索敵する!』
「分かりました!」
指示に従い、真っ先に動こうとするトウヤくん。
ジャバジャバジャバ!
その身体に、水の魔力波動が襲う。
敵か!
思わず振り返った私の目線にあったのは。
琵琶天女が神酒の水舞で、トウヤくんの身体を戒める謎の光景。
『えー……、なにこれどうしたんだい?』
「二人とも悪いわね――わたくしに少し時間を頂けるかしら」
この急いでいる時に何を! と、ならなかったのは天女の表情のおかげだ。
彼女は真剣そのもの。
まるで、犯人を見る顔で――トウヤくんの整った顔立ちを眺めている。
声のトーンを落とし、私は言う。
『私はね。君達二人ともを信頼できる存在だと認識している。どういうことか、説明をして貰えるかな』
「説明もせずに動いてしまって申し訳なかったわね。わたくしのミスや勘違いであったのなら謝ります。だから聞かせてちょうだい。トウヤくんでしたっけ? なぜあなたから、嫌な気配……そう、まるで人の心を蝕む、邪悪なる神の香りがするのかしら?」
私は目線をじぃぃぃぃぃ。
神水柱に戒められるトウヤ君に向ける。
大魔帝である私にすら、邪悪なる神の香りなど感じ取ることができないのだが。
たしかに。
言われてみてからよーく見ると……どこかがおかしい。
そう。
この麗しい私と出逢ったのに、隙あらばモフモフをしたいという、あの特有な猫念が感じ取れないのだ。
本物のトウヤ君ならば、肉球で瞼の上をプニプニして貰っていいですか?
と、真顔で聞いてくるはずなのに……。
い、いや――まあそっちの方が異常なんだけど。
ともあれ!
この琵琶天女は間違いなく、かつて高名だった女神。
日本というフィールドにおいては、神の権能が行使できる。私ですらも感じ取る事の出来ない、僅かな違和感を、察知することができるのかもしれない。
べべん♪
べんべんべべっべん♪
琵琶を鳴らし、魂を揺さぶる音色を立てて天女は朗々と告げる。
「もう一度お聞きいたしますわ、その邪悪なる神の気配……其れはいったい、なにでありましょうか? どうか、ご説明いただけますでしょうか?」
口調を変えたそれは神としての言霊。
言葉には魔力が宿る。
日本の神の一柱として、日本に住まう人間に対して問いかける。
この問いには、一定の強制力が働く筈。
だが。
問われたトウヤくんは、眉を顰め。
「あの、すんませんけど、何を言っているのか……」
「なら、そうね――ナンバー十五。この意味と、あの呪文を答えられるかしら」
何の呪文かと一瞬、私も理解できなかったが。
すぐに思い出した。
これ……昏睡状態のトウヤくんの前で、グレイスお姉さんが延々と――涙と鼻水を垂らし、看護師さん達をドン引きさせながらも聞き続けていたアレ。
車崎セイヤくんのあのボイス番号か。
まあ、あのソシャゲを作ったのはこの琵琶天女。
そのボイスの存在はもちろん。
私の関係者のグレイスさんがずっと聞き続けていたという残念エピソードも、私が口を滑らせたから知っている。
当然答えられる。
筈だったのだが。
「呪文? なんのことです――そんなことよりも」
そんなこと?
姉さんは悪くない的な、ある意味で洗脳のようなボイスを忘れるはずがない!
予備動作も抜きに私は牙をクワ!
『偽物ってことだね!』
ザァァァァッァァアっと闇の霧を放ち、偽トウヤくんを捕縛!
したはずだったのだが。
既にその場所には何もいない。琵琶天女の戒めの水も解除されている。
周囲を見渡しながら、私は告げる。
『なーるほどねえ。君、魔力吸収をした相手と同じ姿にはなれても、吸収後に起こった記憶を感知できるわけじゃない。つまり、昏睡状態だった時からのトウヤくんの記憶や感情までは、コピーできないのか』
答え合わせをするようなセリフに反応はない。
んーむ、お約束というヤツを理解していない敵か。
ふつう、こういう場面だと自分から犯行を語りだす筈なのだが――。
琵琶天女が私の庇護下で結界を強固にし、薄らと額に球の汗を浮かべる。
「やばいわね……、一度発動したわたくしの戒めを解くなんて、これ、なにかおかしい性質の存在よ。違うゲームの存在といったら語弊があるかもしれないですけど、強さのベクトルが、異質……厄介なタイプかも、しれないわね」
漏らす琵琶天女の言葉ももっともだ。
この敵はなにかおかしい。
捕縛したはずなのに、その姿はない。
琵琶天女による神水の戒め。
そしてこの私の闇の戒め――二重の捕縛魔術を、いくら人間としては強いとはいえ、トウヤくんの力で抜け出すことなどできるはずがない。
けれど。
いま、付近にいるだろうコレは――私の捕縛からも逃げおおせていた。
単純に、他人の魔力をコピーする能力とも違うということだ。
ならば。
『そこか――!』
私は僅かな空気の流れを感知し、とりあえず殺戮の波動をぶっぱなす!
判定は――直撃。
ダメージこそなかったが、効果はてきめん!
隠匿の魔術やらスキルやらが、バリバリバリと崩れ落ちていく。
冷たい路地裏。
祭囃子が遠くで流れる昏い空間。
どこからともなく声が、響いた。
「素晴らしい! 実に素晴らしい! ああ、まさかこの吾輩の変装を見破る神がいるなんて! ああ、少々、見くびっていたようでありますね」
空間の亀裂から、グヒャヒャと顕現した美青年は、私と天女を眺め――ぱちぱちぱち。
慇懃な仕草で拍手を送ってくる。
トウヤくんに化けている、その美貌がギシリと歪む。
「はてさて? 理解できませぬ。なぜわかったのです。吾輩の変装は魂すらもコピーする完全なる偽装。その性質も同一。多少の聞き違いがあったところで、見破れる筈などない。理解できませぬ。はてさて、これはいったい――」
精神構造が人間とも多少異なるのか。
その言葉には違和感がある。
まるで虫が人間の言語や精神構造を模倣したような、そんな若干の誤差があるのだ。
『まあ、ナンバー十五の暗号。そして麗しい私による自動ニャンコ魅了――精神ネコ汚染を知らなかった。調査不足が君の過ちだね』
言って――。
猫毛を膨らませた私は、闇のオーラで周囲を影世界へと包んでいく。
『観念したまえ。悪いけれど――私はね、君を見逃すつもりはないんだ。分かるね?』
私の声は――存外に冷たく尖っていた。
いわゆるシリアスというやつである。
「ほう! この吾輩をどうにかするおつもりで! ネコごときが? 吾輩は知っております。猫とはこの日本において愛玩家畜に過ぎぬ怠惰な存在だと。人間に従い、時に仕事に従事する犬とは違い、グータラと一日の大半を惰眠で潰し、ゴロゴロする生き物。そんなネコが!? この、吾輩を!?」
な、こいつ!
気高きネコという種族を、よりにもよって犬と比べやがった!
おのれ、許さん。
ぶちのめす!
神としての力があることは間違いない。
油断はできないが――ここで逃がすつもりはない!
念のため、私はにゃんスマホを通じて関係者全員に警告を発信。
各地で敵が罠にかかったと伝わったのだろう。
魔力柱が上がる。
本物のトウヤくんは……っと、よーし!
グレイスさんと共に別の場所にいる。
こいつは捕縛、もしくは消滅させて問題なし!
一般人に被害が出る、その前に。
赤の魔力波動を発生させ、私はモフ毛を魔風に靡かせる。
ギリ!
『我はケトス! 大魔帝ケトス! グルメ愛する漆黒の獣――異世界の魔猫なり!』
名乗り上げの詠唱を開始。
偽トウヤ君を相手に、肉球を傾けた!
とっとと問題を排除し。
せっかくのお祭りを、思う存分に楽しみたいのである!




