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「明日、人類、滅ぼそっかなぁ」 ~クッキーの粉は肉球にくっつく~

 ジャハル君が僅かに語り出したのは、まだ精霊族が魔王様に保護と加護を受ける前の話。

 人間に囚われ使役され。

 戦争の道具として使われていた時代の悲話。


 彼はあえて、深く語る事はなかったが――。

 その横顔が酷く物悲しく見えたのは、おそらく私の見間違いではない。


 王として。

 かつて虐げられていた精霊族を支える彼には、私などでは想像できないほどの重責があるのだろう。


 炎の大精霊である彼の焔は、その精神状態で形状を大きく変化させる。

 精霊族にとって暗黒時代と呼ばれる歴史を語る今の彼の焔は、まるですすり泣くように弱く、淡い光を放っていた。

 きっと、何度も泣いたのだろうと思う。

 私は、前世の記憶を思い出していた。


 それは灯篭とうろう

 死者を送る燈火。

 女帝の揺れる炎が望郷を刺激した。

 遠い彼方にある故郷の記憶が私の鼻を揺らしたのだ。


 女を捨てたと言っていた彼には悪いし、不謹慎は承知している。

 けれど。

 悲しみを知り悲劇を起こすまいと戦うその姿は、美しいと思った。

 美しい魂だと思ったのだ。


 魔王軍幹部の座に上り詰めるまでに、様々な苦労をしたはずだ。

 魔帝の座は精霊族を守るシンボルとなる。きっとこれからも、彼はこの座を守るために強く戦い続けるだろう。

 それはとても悲しく、けれと美しい強さだ。

 私は少しだけ、彼のことを尊敬した。

 もう私は人ではないが、人として、尊敬したのだ。


 だから。

 つい。

 ミルククッキーを飲み込んで。


「明日。人類、滅ぼそっかなあ……」


 私はぼそりと呟いていた。

 今日でもいいけど、今夜はおなかいっぱいで、眠いし。うん明日、滅ぼそう。


 パリ、パリ、パリ。

 肉球についたクッキーの粉をぺろぺろぺろ。

 しばらく、沈黙が走り。

 ちょっと私が本気だと気付いたのだろう。


 黄昏ていた筈のジャハル君が、ぶぅぅぅぅぅぅぅと口に含んでいたカモミールティーと炎を吹き出した。


「ああああああ、アンタは! またさらっと、とんでもない発言しないでください!」


「だって、人間ろくなことしないし――滅ぼしちゃった方が色々と楽じゃないかな?」

「人間がいないと生きていけない魔族もいるからダメでしょうよ!」


 確かに。

 それもそうか。

 吸血鬼や人間の負の感情を糧とする悪魔や死霊系魔族。

 他にも人間専用の精神寄生型の蟲族(パラサイトワーム)もいるし――。


 あ!

 目をくわぁっと見開き、耳としっぽをモフっと膨らませ。

 賢い私は閃いた。


「じゃあ人間の魂にだけ作用する洗脳魂硬化剤を作ってさ。魔族に必要な分だけ人員を用意する、人間牧場を作ればいいんじゃないかな!」

「アンタ、それ、人間どもが精霊族にやったこととほとんど同じじゃないっすか……ドン引きっすよ……たぶん魔王様、めっちゃ怒るヤツじゃないっすか……」


 言われてみればたしかに、めっちゃ怒られそう。

 横で聞いていたガラリア皇帝と従者のオッさんが、下を向いたままがくがくと震え始める。

 はぁ……と炎のため息を漏らしジャハル君は言った。


「心配してくれて、ありがとうございます」

「別に、君が心配だから人間滅ぼそうとしたわけじゃないし……」


 なんか気まずくて。

 しっぽがぶんぶん揺れる。

 妾口調ではなく、普段の様子に戻っているジャハルくん。

 そしてちょっぴり本気で人類滅亡計画を猫頭で考える私。


 そんな二人に。人間の皇帝であるガラリア陛下がダッラダラと汗を垂らし、膝の上に置いた拳で服を握りながら言った。


「あのう、できれば人類を滅ぼさない方向でご検討いただきたく、ええ。とりあえずまずは犯人を探そうと思うのですが、どうでしょうか、ケトス様」


 それもそうか。

 人間が今回の事件の犯人とは限らないし。

 あやうく直属の部下、スパイワンワンズに各国の首脳陣の身柄を確保させるところだった。

 あの子たち、たぶん仕事も早いし私に忠実だし。一日でやってくれそうなんだよね。

 わりとマジで。


「そうだね、で、あの料理を作ったのは誰なんだい」

「先日雇ったモノなのですが、それがおかしなことに今になって誰も貌も名前も思い出せないのです」


 まだこの皇帝の魂には嘘を付けない細工がされているので、嘘ではない。

 従者のおっさんも給仕も同様のようだ。

 ふむ。

 なにやら、いかがわしくなってきた。


「へえ、なるほど――魔術による記憶操作かそれとも認知機能を惑わす幻術か。なんにしろ、偶然隠し味として使ってしまったのではなく、意図されたモノとみて間違いないわけだね」


 私は肉球をぎゅぅぅぅぅっと握り、亜空間から魔王様より賜りし猫目石の魔杖を取り出す。

 ちょっとヒゲをぴくりとさせ。

 先日、魔女マチルダが使った魔術の構成を思い出す。


われ久遠くおんの時の流れを読み解く者――』


 詠唱を開始し。

 集中し、精神を統一する私に不安顔のガラリア皇帝が言う。


「とてつもない魔力を感じますがなにをなさるおつもりで?」


「んー、ちょっとね」

「もし人類を滅ぼすつもりだったら先におっしゃってくださいね。人類の皇帝として全ての生きる人間を招集し、全力で土下座しますから」


 なんか。

 目の前で、使命感に目覚めた戦士の貌をした皇帝の、全人類統一土下座ワールドパーフェクトゲザとかいうわけわからんネタスキルを習得した瞬間を見た気がするが。

 ともあれ。


「占い、つまり先見の魔術の応用で過去の映像を映そうと調整してるんだよ。最近は人間のスキルや魔術に触れる機会が増えたから……いろいろとバリエーションが……っと、あとちょっとで……お、きたきた!」


 魔杖の先から過去を投影するビジョンが生み出される。

 例の晩餐会の食事を調理する場面を映したのだが。


 なかなか。

 動きがない。

 なんか、普通に人間の料理人が二日前から仕込みする暇な映像しか流れないぞ。


 トントンと魔杖の先で叩いて百倍速。

 キュキュキュキュキュキュ。

 ふぁぁぁぁぁ……飽きてきた。

 躰をぐでーんと伸ばす。

 しっぽも、ぐでんぐでんとソファーを叩く。

 面倒だし。

 やっぱり、人類、滅ぼすか。


 そう思って尻尾をくるりと回した時だった。

 調理場に魔力の渦が発生し始める。


「お! これかな」


 これが犯人か。


「なにも、見えないのですが」

「ああ、人間の知覚や認知に認証されない防衛魔術を張っているんだろうね」


 皇帝に説明するように、私は映像の不届き者の特徴を語る。


「蒼い髪に、蒼い瞳。褐色肌。蒼白い焔を操るガス状の生命体――自らの焔の吐息を料理に吹き込んでいるね。おや、これが魔薬の代わりのようだが……どういうことだ」


 なぜか。

 タラタラタラとジャハルくんが冷や汗を流し始める。


「あー、すんません。それ、たぶん精霊族で……妾の……妹です、じゃ」


「は?」

「あいつ、妾との争いに負けてどっかに出奔しちまったんすけど……もしかして、オレをここに呼んだのは」

「あー、皇帝君に洗脳魔術をかけて招待状を書かせてるね。もしかして晩餐会開催自体も洗脳による誘導の可能性も……あるね、これ」


 今回のきっかけとなった招待状にも過去視の魔術をかけて見ながら私は言う。

 あれ。

 これって。

 もしかして。


 この国、完全にジャハルくんの国の御家騒動に巻き込まれただけなんじゃ。


 魔杖を握る肉球にほんのりと汗が浮かぶ。

 あぶねえ。

 あの時、滅ぼさなくてよかったぁ……。

 しかし私は責任転嫁が得意な猫。

 ジャハルくんの貌をじっと眺めて。

 じとり。


「なんか、ほんと、すんません」


 汗をびっしょりと熱で焼きながら。

 ジャハルくんは、めっちゃ申し訳なさそうに詫びた。


「まあ、身内だからといって君の罪ってわけじゃないさ。で、どんな事情でこんな事を企んだのか、心当たりはあるのかい?」


 しばらく考えて。

 ジャハルくんは女帝としての貌でガラリア皇帝に目をやった。


「妾とあやつは人間への方針で対立してな」


「我らとの、ですか」

「ああ、そうじゃ。そちらの先祖が我ら精霊族を虜囚とし魔道具化した歴史は知っておろうな」


「無論です。その他にもさまざまな人種、同族ですら我らは傷付けその尊厳を辱めてきました。世界征服など愚かな欲望に目をくらませた末路は――魔族であるあなた方が一番ご存知でしょう」


 一つ、大きく息を吐き。


「驕っていた我らはケトス様による神罰を受けた。世界最強、軍事魔導国家を名乗っていながら、たった一夜で……力により他者を支配していた我らは力により滅びたのです。愚かで、皮肉な教訓ですよ」


 いや、神罰てか。

 ただの、魔王様を舐め腐ってた連中への私怨……だったんだけど。

 ここは空気を読んで黙っていた方が良いよね。

 うん。

 重い空気の中、今度はジャハルくんが口を開いた。


「あの日。あの荒れ狂う一夜の出来事で、旧ガラリア帝国は滅亡。その混乱の中、我らは動いた。魔道具にされた我ら同胞の成れの果てを回収し、保護したのじゃ。今も妾の国で厳重に保管されておる、妾の父も、母も……そこで眠っておる」


 ジャハル君の瞳の焔は、揺れていた。


「動かぬ父母をみているとな、ふと思う瞬間があるのじゃ。こんな所業を許してよいのか、こんな醜い種族など全て滅ぼしてしまえばいいのではないかと」


 わかるー。

 その気持ち、超わかる。


「けれどな――同胞の魔道具を回収しているうちに、気付いたのじゃ。人間の中にも、この地獄の所業を憐れみ、精霊族を想い守り続けてくれた人間もおるとな。黒の聖母と呼ばれる魔道具の彫像を女神と仰ぐ聖職者達の存在だったか、彼らは妾たちに協力してくれた……そのおかげで今はもう、ほぼ全ての同胞を保護できておる」


 黒の聖母。

 どっかで聞いた名前だが、なんだっけな。


「妾は人間への恨みを最小限に留めることにした。その恩に報いるために、心を鎮めたのじゃ。なれど――妹、蒼帝ラーハルは違った。父と母の魔道具の前で泣き崩れたあの顔は……もはや憎悪に縛られていた」


 私の頭に浮かんでいたのは。

 運命に翻弄されたダークエルフの貌だった。

 そう、憎悪はそう簡単に忘れられるものではない。


「次代の王を決める場で妹は人間を滅ぼすといった。妾は反対し、人間との共存の道を提示し――戦った」


 炎帝は手を伸ばし、焔を生み出した。

 焔がその時の争いの一部を過去視のビジョンとして映し出す。


「長き戦いであった。どちらが勝ったとしてもおかしくない、僅差であったのだろうな。結果として妾が勝者となり、精霊族は人間への恨みをひとまず保留することとなった。そして、妹は去った。必ず人間を滅ぼすと言い残してな。それが――おそらく、今じゃ」


 なるほど。

 そんな事情があったのか。

 というか。

 そんなめっちゃ重要な責務を担っているジャハルくんに、私、くっそくだらない用事で呼びつけたりしてたわけか。

 部屋の片づけとか。

 背中掻いてとか。

 ……。


「ラーハルは必ずやってくる。ガラリア皇帝よ、その前に急ぎ戦の準備――を……っ」


 空間が揺らぐ。

 次の瞬間。

 オアシスの泉の表面が揺れ。

 強大な魔法陣が帝国を包み。


「しまった、退避を!」


 蒼い閃光が、応接室を貫いた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公は軽々しく人類滅ぼす言うけど、 子殺しに対してはやたらと禁忌してて、矛盾している 人類滅ぼすって、大人だけを殺すってことなのか? 大人が全員いなくなったら、子供達も間もなく共倒れ…
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