ニャンコと破壊神 ~はじまりは穏やかに~
悩める残念美女な立花グレイスさん。
その弟、トウヤくんとのダンジョン攻略から一週間ほどが過ぎていた。
時刻は朝とお昼の間。
まだ昼食には早いが、ちょっと小腹が空き始めるぐらいの時間である。
ぽかぽか太陽の下。
大魔帝ケトスこと素敵ニャンコな私は現在、みたらし団子をムチュムチュムチュ。
和菓子屋さんのベンチで肉球をのばして――ちょこん♪
お菓子を食べながら会談を行っていた。
相手は黒き破壊神こと、土着神の一柱。
ギャルゲーソシャゲを経営している建設業の老人神である。
穏やかな陽気に猫毛をモフモフ。
干したお布団のような香りに包まれながら、私は猫口をうなんな!
『とまあ――そういうわけで。このダンジョン領域日本に登録されている人間に、異常はなし。被害者は出ていない。かといって、怪しい人物も見つかっていないし不審な動きも見られないって、状況なんだよね~。と、なると! 転移帰還者を誘拐していたのは、やっぱり異界からの侵略者だと思うんだけど……んー……』
悩むように、ネコ眉をうにゅうにゅ。
頭についてる数本の長い毛も、ぴょこぴょこ。
モフ耳もぴょこぴょこ、ついでに肉球あんよもピョコピョコ!
ムチっと、串ダンゴに丸いお口をあてて頬張る私。
かわいいね?
山のように積まれていく食べ終わった串。
その上に更に食べ終わった串を乗っけて――私はお手々についた蜜をペロペロペロ。
甘くて、おいちい♪
こんな感じでのんびりと――現在のこちらの状況を説明。
私は簡単にまとめた情報を述べる。
『まあようするに。敵は隠れたまま――沈黙。被害者も出ていない代わりに、犯人を捕まえる事も出来ていない! っていう微妙に困った状態なんだよね』
「なるほどのぅ――」
説明を受けた黒き破壊神は、ふむ――と草餅を頬張りながら。
むっちゅむっちゅ。
ずずずずずずっと軽快にお茶を飲み干す、その喉が揺れる。
「だいたいの事情は掴めたが――それにしても何故ワシを呼んだのじゃ? まあ今この世界はある意味で時の止まった世界――仕事も休みで暇だから構わぬし、土着神の中から特別に選んでもらったようで……そりゃ、悪い気はせんがな! 他の者でも良かったじゃろうに」
『深い意味はないさ。正直な話、既に出逢った君達三柱の中なら誰でも良かったんだけど――君は破壊神だからね、私も破壊神としての一面もあるから、相性がいいかなって思っただけさ』
私も草餅のお皿に肉球を伸ばして、ニヒヒヒと猫笑い。
やはり相性が良いのか。
破壊神の爺様も、にひひひひっと濃い皺の笑みを作る。
「ふぉっふぉっふぉ、なるほど。その気持ちは分からんでもないわい」
頬のシワを擦りながら、ほんわりと告げる――が。
その眼光は、老齢でありながらも力に満ちている。
まじめな話をする顔で、老公は魚の目にも似た瞳をぎょろり。
「――して、ワシに何をして欲しいのじゃ? 協力する気はあるでな、遠慮せずに言ってくれて構わぬぞい。ワシらの方でも調べておったが、数年以上も前からワシらの世界、すなわち地球から転移帰還者が誘拐されているのは確からしい。勝手にワシらの信仰者を連れていく、不届きモノがいるということじゃ――まったく、腹立たしいことよ」
静かなる怒りが、その老体から青い魔力となって滲み出ている。
ゴゴゴゴゴゴと、周囲が揺れる程の感情の揺れだ。
『助かるよ。じゃあ悪いけれど、今から仮説も含めて世界崩壊についての私の考えを述べるんだけど――意見を聞きたいのとね。あと、むっちゅむっちゅ……ずずずずず、あーごめんごめん。この話を、他の土着神にも伝えて貰えるかな? 連携を取りたいんだ』
「まあ二度、三度と説明するのも大変じゃろうからな。構わぬが、他の四柱にはどうするつもりじゃ? おぬし、鬼天狗と琵琶天女とは面識があっても、他の者とはなかろうて」
おー、ちゃんとそこも気にしてくれるとは。
やっぱり信用できそうだね、このお爺さんは。
『君達には悪いんだけど、七柱に関してはにゃんスマホを通して情報を見せて貰ったからね。全員白。洗脳や悪意のある行動も感知されず。とりあえず関係ないって事は把握済みさ』
「なななな、なんと! つまり――ワシが見ていたエッチィサイトの履歴も……!」
そのパターンの反応を、こんなご老体にされると。
うん、こっちが反応に困ってしまうのだ。
『え? いや……、さすがにそういうプライベートな閲覧履歴はチェックしてないんですけど……ていうか、そういうのが気になるなら、にゃんスマホを使わずに、普通の端末でやった方がいいんじゃ』
「ふぁっふぁっふぁ! 分かっておる。ちょっと揶揄っただけじゃよ。おちゃめなジジイの愛らしい悪戯じゃて!」
心配して告げる私に――おじいちゃんはカッカッカッ!
梅餅を食べた影響でちょっぴり赤くなっているベロを、ちょこんと出し。
愛嬌たっぷりな顔で言う。
「どれほど老いても、楽しみというモノは変わらんからのう。良い桜を愛でるのは、まあ楽しいんじゃて。おぬしは違うのか?」
『私は猫になった時に、その辺の感情は薄れちゃってるからね~。まあたまーに、猫用の動画。チチチチチって鳴きながら動く鳥の映像は、じぃぃぃぃぃぃっと夢中になって眺めちゃうけどね』
「快楽など人それぞれということじゃな」
それにしても。
なかなかどうして、性格のイイお爺様である。
親しみを感じさせるように笑った後――破壊神は神としての顔で、ぎょろり。
ふさふさな眉毛を尖らせ、眼を光らせた。
「で、どうして大丈夫だと思うんじゃ。ワシもあやつらを信用はしておるが――前にも言った通り、本人に悪気がなくやらかしておる、という可能性もあろうて」
信頼関係を築くためにも私の猫口は正直に、語る。
『こっちには異界の主神――大いなる光っていう一応、格の高い女神がいるからね。彼女の全能の光はわりと神託に関しては有能なのさ。未来視とは違ったアプローチで未来の光を読み取ることができる……ようするに、占いのように過程をすっとばして、危険か危険じゃないかを判断することができるんだよ。まあ、色々と細かい発動条件があるらしいんだけど――君達は条件を満たしていた。それで調べて貰ったのさ。全員真っ白だったよ』
「ふむ……かつてそのような能力を持つ光の女神が、この世界にいた気もするが」
もしかしたらの話。
大いなる光は、こちらの世界の原初の力を授かっている可能性もあるが。
まあ、今は関係ないので深入りはしないでっと。
『まあ力だけは本物さ。これで犯人だったら女神の目すら誤魔化せるヤバい存在ってことになるわね! って、偉そうに言われちゃったしね』
「それにしても、女神とな……? その、なんじゃ――別嬪さんか?」
好色爺さんが、妙に目を輝かせて私をじぃぃぃぃぃぃっと見ているが。
『あー、紹介してもいいけど。白い鳩だからね?』
「分かっておる。ワシが会いたいのは分霊ではなく、本体の方じゃよ!」
『はいはい、騒動が終わったらね』
約束じゃぞと、破壊神は笑い。
私も笑う。
まあ、悪くない雰囲気である。
『さて、話を戻させて貰うよ。実は世界滅亡の予知に多少の変化が生まれていてね、五年から十年の誤差があって滅びるはずの世界に、更に幅ができている。最長でも十年ぐらいしかもたない筈だったんだけど、二十年後の未来を観測できたのがその証拠だ』
「未来への介入、禁術レベルや神話領域の魔術による干渉の結果であるな」
どうやら爺さんも、未来を変えるための手段を知っているのだろう。
まあ話が早くていいけど。
……。
ちょっと自慢したかったわけじゃない。
魔王様から送ってもらった新たな未来視の映像を顕現させ。
私は言う。
『異界からの転移者、リターナーズを誘拐し、実験。魔力を抜き去る正体不明の黒髪の男。そいつが私達の妨害により動けなくなったから、滅びの未来にズレが生じた。これが一つ目の理由で』
ネコのお手々を器用にピコピコし、一つ爪をのばして見せる。
『私達の計画通りに、このダンジョン領域化された日本。この中の人間達が世界で遊び、学んで――潜在的にスキルや魔術の素養を手にいれている。中には神とまではいわないけど、神の尻尾に手が届くほどの魔術を習得する者もいるだろうからね――そこには様々な禁術も含まれている筈だ。結果、滅びの未来を回避するための力も育ち始めている。これが二つ目の理由さ。どちらも神話領域の魔術を使った干渉の結果だから、まあ変化がないとお手上げだったんだけどね。そこは助かったよ』
魔術式としても提示してみせる。
黒き破壊神は、顎を触りながら。
「たしかに――ゲームを通じて、この世界の人間達はさまざまなスキルや魔術を習得しておるからのう。これが彼らにとっては夢の中だとしても、魂に影響があるはずじゃからな。まあそれが未来にどう影響を与えているのか、正直よくわからんが」
『ま、どっちの要因が大きいのかは謎だけど。二つの変化を与えたら滅びの未来は遠ざかっていった。つまり、どちらかは確実に滅びの未来に影響している』
悩めるネコの顔で、柏餅の葉っぱを剥いて。
『ここからはあくまでも私の勘だ。けれど、私の勘は当たりやすいと前置きした上で言わせて貰いたいんだけど……その、正直、根拠とか証拠とかはないから。真面目な相手に言ったら眉を顰められそうなんだけど』
「ワシならば問題ない、ということじゃな。ほれ、もったいぶらずに早よぅ言わんかい。爺はせっかちなんじゃよ。外れてもいいから、聞かせよ聞かせよ!」
『そう言ってもらえると助かるよ』
微笑み猫耳をピョコンとし。
『私が出会った哀れな被害者。転移帰還者狩りにあった青年の記憶にね……黒い髪の男がいたんだ。何かの神を祀るような祭司だったんだけど、どうもその男が気になってね。犯人と同じ黒髪だし』
長くなってしまうので、爺さんには口にしないが。
私の反裁定魔術の影響からも逃れた、あの世界にとっては異端の存在だったし。
私の怒りを鎮めようとなんか魔術を使っていたが、私、レジストしちゃったしね。
「その男が怪しいと?」
『ん-……黒髪なんて山ほどいるんだ。だから本当に根拠のないただの勘だね。けれど、勘って言うのも今までの経験則からくるモノだ。魔術現象の一種といえなくもない。おもいっきり外れる事もあるけど、まあ他にあてもないしね? いっそのこと、狙いをつけてそいつを探そうかと思っているってわけさ! ハズレだったら謝るって事で!』
ま、トウヤくんの記憶を読み取る限り。
その男は、あの世界で異世界召喚に関わっていた可能性が非常に高い。
なにしろ貴族から平民まで、ほぼ全員が異界召喚を使って異界人奴隷を使役していたのだ。
異界召喚とはそれなりに高度な儀式魔術、おいそれと誰もが使えるレベルの魔術ではない。
ならばそれを主導していたモノがいるはずだと、私は考える。
『あの世界はどーしようもない異界でね。過去の私がブチ切れて壊しちゃったから。生きているかどうかもわからないんだけど。もしかしたらその恨みで悪霊や神霊に進化、こちらの世界に干渉をできるほどの闇に育ち――復讐に何かを企んでいる。って可能性もあるからね』
爺さんも考え込み。
しゃがれた声で言う。
「復讐なら、直接おぬしのところにいくんではないか?」
『そうなんだよね。まあ単純に私の世界は、その……人間を含めてヤバい連中ばかりだから直接手を出せない、って可能性も高いんだよね。それに、だからこそじゃないが……思い浮かんだんだけど……私はね――その男も、地球からの転移者だったのではないか、そう思っているんだ。知っている土地ならば、転移帰還者を狙って力を吸収する作業もしやすいだろうからね』
そして最終的には地球全ての魔力を吸って灰化。
その力をもって、私の世界に――。
ふーふーっと、自分のお茶を冷ましながら言った私に。
破壊神の爺さんは熱いままの自らのお茶に口をつけ、そそくさと氷魔術を発動して言う。
「まあ異界に流れた黒髪の人間は、ここ日本での転移者が圧倒的に多いからのう。なぜここ日本に、異界からの召喚魔術が集中するのか、その理由はワシにも分からぬが……もしかしたら、文化的に転移を受け入れやすい性質を持っているせいで、召喚候補にあがりやすいのやもしれぬな」
そういう説はたまに耳にする。
ようするにタマゴが先かニワトリが先かではないが――。
日本に住まうモノは、異世界召喚を扱うサブカルチャーに対しての造詣が、他の地域に比べて極めて高い。結果、召喚されても比較的はやくに適応できるので、召喚候補にされやすく。
召喚されてから帰還した者が、また異世界召喚や転移の文化の本を読み――需要が生まれ……。
なーんて感じに、召喚されやすい条件がどんどん積み重なっている。
という説だ。
「ところでおぬし。まあどうしようもない世界だったのなら構わぬが――いま、さりげなくその世界を破壊したといったか?」
ジト目で冷や汗を浮かべるご老体、その言葉を聞かなかったことにして。
私は話を続ける。
『ま、やり口を変えられて新たな犠牲者が出る前に――犯人をとっ捕まえちゃいたいってのが本音なのさ』
そこでだ。
と、私は悪戯ネコの顔でいう。
『実は、誘拐犯に拉致されて昏睡状態だった青年が目を覚ましてね。協力もしてくれるから、彼を魔力軸として探査魔術を発動しようと思っている。例の黒髪の男が、私も見た祭司姿の男と同一人物なら――必ず反応が浮かび上がる。まあ日本は範囲が広いからね、すぐに探すことは困難だが――土着神ならば異界神である私達よりも、日本への干渉をしやすいんだろう?』
「なーるほどのう、話が読めたわい」
ぎょろりとした眼が、笑みと共に細くなっていく。
イタズラ爺さんの顔である。
『そういうこと。そこで、現代日本に溶け込んでいる神である君達にも、ぜひ協力して欲しいってわけさ。残念ながら私は、今のこの日本にそこまで詳しいわけじゃないからね。どうしてもチェックにミスがでる。現地の神の協力があると、すんごいありがたいんだよね』
「あいわかった。具体的に何を企んでおるのかは知らぬが――、一枚、噛ませて貰うとするかの!」
ブチブチブチ!
一気に串ダンゴを引き抜き喰らって。
カーッカッカッカッカ!
「祭りと女は派手な方が良い! 敵を炙りだすならば盛大にやろうではないか!」
『だねー! そう! お祭りが始まるのさ!』
二人の破壊神が、にひぃぃぃぃ!
いやあ、この好色爺さん。
わりと話が合いそうである!
私の計画は――このソーシャルゲーム世界で、お祭り。
つまり、初の大規模イベントを開催しようと思っているわけなのである!
遊びながら、その裏で。
……。
私達はこちらを舐め腐ってくれてる誘拐犯を、締め上げるのじゃ!




