【SIDE:鬼天狗】ダンジョンタワー ~謎のプレイヤー・ケトス~後編
【SIDE:鬼天狗】
日本を占拠し、ダンジョン化を行った謎の大魔族。
大魔帝ケトス。
異界の神だと名乗るその男は旧神達の罠を悠然と、いなし。
ずずずずず。
椅子に座ってコーヒーを啜り、表情を鋭く尖らせていた――。
『おや、参ったねこりゃ……計算外だった』
空気が、変わったのだ。
紳士を気取るその頭と腰から、ニョキニョキっと猫の尾と耳がもふっと生え始める。
大魔帝は魔猫の証たる尾を揺らし、ふむ。
鬼天狗と黒き破壊神、そして琵琶天女は息を呑んだ。
今は既に敵の手中、男の放った眷属猫に捕縛された状況なのだ。
相手が本気になったら――やられる。
けれど。
濃い、死の気配を振り払ったのも、獣人のような姿になっている大魔帝の一言だった。
『おっと、警戒しないでくれていいよ? 本当に私は君達の敵ではないさ。まあ君達が実は悪い奴らでした、っていうのなら話は別だけどね』
「敵ではない……と、その話は本当なのか!」
恐怖を振り払って出した鬼天狗の叫びが、大魔帝の髪を揺らす。
覗く赤い瞳がギラギラと輝き、そして彼は言った。
ぼそりと。
『ああ。それにしてもこのコーヒー……に、苦いね……これ』
「……は?」
思わず漏れた鬼天狗の声に、大魔帝は苦笑で応える。
『いやあ、私、紅茶の方が好きなんだけどねえ。インタビューだっていうから、ついつい格好をつけてコーヒーにしてしまったんだよ。失敗だったね』
言って、指をパチン。
闇のようで影のようでもある眷属猫の姿が消え、三柱は解放される。
次に鬼天狗がテーブルを見た時には、既にコーヒーはミルクティーへと変貌。
存在を変換されていたのだ。
まるで初めから計算。
その魔術を自慢するためだけに、コーヒーを苦いといったかのように。
もちろん、そんな無駄な事をする筈はないだろうと鬼天狗は息を呑む。
鬼の形相の目の前。
端整で落ち着いた大魔帝の顔。
その紳士な美貌とは不釣り合いな猫耳と尻尾が、もふもふモコモコ♪ 揺れていた。
大魔帝は更にミルクをどばどば足して。
カップを傾け息を漏らす。
『いいね、やはり甘い方がいい!』
角をニョキリと蠢かし、翼を動かし鬼天狗は言う。
「存在置換……錬金術の系列か」
『まあとりあえず、座っておくれよ。こちらの事情も説明しようじゃないか』
大魔帝とは別。
いまだに男の影の中でざわめく眷属猫達。うにょ~ん♪ と、鬼のツノを狙い、てりゃ! てりゃ! とネコ手を伸ばす眷族猫を睨みながら。
ふぅ……。
鬼天狗は口をへの字に曲げ、ため息に言葉を乗せる。
「事情とは……、そもそもおまえたちは何者なのだ」
『異界の神だって言っただろう。本当はこちらが先に君達の事を知りたいのだが、土着神ならば敬意を表すべき……か。ま、いいよ。私達が何者なのか、その辺も含めて先に話すとしよう――』
妙に物わかりのいい男だと、三柱は拍子抜けする。
『ああ、でも注文したメニューは早めに持ってきておくれよ? あれも魔導契約の一種、破棄したらそれなりの代償が発生するから気をつけたまえ』
言って、大魔帝はウインクをしてみせた。
三柱もとりあえず敵意のない相手だと判断したのだろう。
それぞれが椅子に腰かけた。
どうせ逃げられないのだ、だったら敵ではないという言葉を信じるしか。
――ない。
◇
大魔帝ケトスを名乗る男の話を一通り聞き終え。
鬼天狗たちは拳を握って、考え込んだ。
世界滅亡の未来予知。
転移帰還者達の誘拐事件。
そして世界と被害者に共通しているのは、魔力を抜かれ灰化している点。
既に犠牲者が何人か出ている事も含めて、憂慮しているのだ――と。
その話が本当ならそれなり以上の大事だ。
大魔帝は敵意も悪意も無い表情で、続ける。
『そして、このソシャゲ化の影響で力あるモノが必ず動き出す。真意を確かめるべく――混乱の犯人である私達の誰かに接触してくる筈。それらの存在が敵ならば滅ぼし、事情を知っている善良か普通の相手ならば協力関係か、不可侵条約を結びたい――これも作戦の一つだね。実際、いまこうして君達はこちらに接触をしてきてくれたわけだし』
語る空気はシリアスだが――大魔帝ケトスの口と食欲だけは違った。
世界の滅亡を語り映像としてみせた大魔帝は、飄々とフォークを回し。
モグモグモグ♪
カルボナーラスパゲッティのカリカリベーコンを、黄身と大粒黒コショウのソースに絡めて。
チュルチュルチュルチュル♪
『この夢世界は、被害が出たとしてもリセットできる状況を作るための結界さ。そして同時に、終わる世界への一石を投じてみよう、そういう作戦でもある――まだ見ぬ黒幕さんの油断と混乱を誘おう、って意味もあるけれど……まあ白状しちゃえばソシャゲ化の半分ぐらいは余興だね』
翼の先端までんーむと曲げて、眉間の皺をギギギギギ。
考え込む鬼天狗が代表して口を開く。
「地球が滅びるなど……にわかには信じがたいな……」
『だろうね。まあ信じる信じないはご自由に。でも、君達も神様なんだ。未来予知やそれに類似する能力者の知り合いぐらいはいるんだろう? 占ってみて貰ったらどうかな、おそらくキャンセルされるか妨害されるだろうけど。それこそが何かが起こっている証拠ともいえるからね』
言われて動いたのは紅一点の天女。
「そうね――わたくしも簡易的な未来予知ならできるから……」
「頼めるか」
「ふふふふ、戦い馬鹿の鬼天狗と、破壊馬鹿の老公じゃあ無理でしょうしね――いくわよ!」
天女の姿に変身した琵琶天女が、スッと水瓶を顕現させ。
琵琶を鳴らす。
サァァァアァァっと清き水を空いたグラスに流し込むが。
ビシリ!
グラスが割れて占いは失敗。
「あらやだ、本当に失敗しちゃったわ。観測できなくなっているじゃない」
「おい、琵琶天女。おぬし、女を男で騙すせこいゲームの作り過ぎで、腕が落ちておるんじゃなかろうな?」
「はぁぁぁぁぁ? 健全な男の子まで下品な女の露出で誘惑するゲームを作って、ゲヒゲヒ笑ってるあんたにだけは、言われたくないわよ!」
喧嘩を始める二柱に、強面を鋭くさせる鬼天狗が――。
唸る。
「やめないか。どちらも低俗なゲームであろう、やはり我の作りし鬼畜ダンジョンこそが――」
天女と破壊神が、くわっと牙を剥き出しにし。
「なにいってるのよ! 一番最悪なのはアンタのゲームよアンタの!」
「新たに顕現したダンジョンタワー、あの内部のみが鬼畜だから助かったがのう! もし、おぬしのゲームそのものがベースとして使われ、世界全体に鬼畜がバラまかれていたら……! 今頃一般人の生活は崩壊。世界が滅ぶ前に狂い死んでいたじゃろうて!」
なぜだろうか。
大魔帝ケトスのもつフォークがカチャリと止まる。
三柱が大魔帝に目線をやる。
誤魔化すようにモフモフな耳をぴょこぴょこ♪
『あー、やっぱり……駄目だったのかな。この素晴らしいダンジョンタワーをそのままコピー! 全フィールドに適用させるって計画だったんだけど、なぜか皆に反対されてね? 結構本気で魔王様にも怒られたから考え直して、止めたんだけど……皆が、言っていた言葉は正しかったのか』
尻尾の先までぶるりと下げて、震わせ。
これほどの強者である大魔帝が、まるで怯えたような顔をみせている。
「なんじゃ、その魔王様とは?」
『ああ……私の主人だよ。普段はとても優しいんだけど、さすがに日本全体を巻き込んで無許可でゲーム化しちゃったのはやりすぎだって、うん……ちょっとだけ、叱られちゃったんだよね。あははははは……はぁ……、まあ悪気がないからって許しては貰えたけど……どうも私は常識とか加減って言葉が苦手でね。たまにこういうミスをしてしまうんだよ』
この大魔帝すらも怯ませる存在が、どこか遠くで控えている。
それはそれで大きな事実で。
はははははは! 参ったね~! と、怒られたはずなのに妙に嬉しそうな大魔帝を見て。
ごくり。
ひそかな悪寒が彼らの背筋を冷たく湿らせていた、三柱の緊張が増していたのだ。
つまり。
様々な奇跡や神々の協力を得て、この大魔帝を封印したとしても――大ボスが顕現してくるということなのだから。
それに、加え――白銀の魔狼。気高き後光の神鶏。清浄なる光に満ちた白き鳩。
まだ三柱も、恐ろしき存在が顕現している。
味方ならばいいが、もし敵となれば――。
……。
考えたくもないのだろう。
ともあれ。
話題を進めるべく、黒き破壊神が老いた手で頬のシワをなぞり。
「それで、なんじゃ。今、この日本の状態はどうなっているのじゃ?」
『どうって、ああ――難易度とかの話かい』
友好的な返事が戻ってくる。
「まあその辺りも含めてな。ワシらにとってはどこにどんな変化があるのか、把握できておらんでな。それくらい教えてくれてもいいじゃろう? おそらくじゃが――敵ではない現地の存在には穏便にと、その魔王様に言われておるのではないか?」
ふさふさの眉毛を下げ、にんまりと笑む破壊神。
その指摘に大魔帝は眉を下げる。
『すごいね、あの方のお説教を見ていたかのような言葉だ』
「ふぉっふぉっふぉ、まあ伊達にジジイではないからな!」
老いた破壊神と会話するその姿も善良そうだ。
鬼天狗はほっと息を漏らす。
尻尾を揺らす男は語りだした。
『まず――家の中や学校、幼稚園や通学路なんかは魔物が湧かない安全地帯になっている。魔物が湧くのは主に公園や公共施設ばかり。森や山でも湧くけど……。まあ、そういう所は元から一般人には危ないからね。一定の範囲外にまで入り込むとにゃんスマホが警告を出して、強制帰還させる仕掛けを施してあるから――安全なようにはなっているよ』
「ほう、それもおぬしが考えたのか――配慮されているという事であるのう」
大魔帝はワンコの配慮だと、苦笑し。
『子どもやご年配、そもそも魔物と戦いたくないって人への対応もすでに終わっている――自動護衛、眷属ジャパニーズボブテイル猫が護衛し、守るようになっているからね。まあ自動護衛に頼っちゃうとポップしている宝箱の取得ができなくなっちゃうけど、そればっかりは仕方ない』
「そうした機能を使って不正拾得はできんというわけか、案外に厳しいんじゃな」
これも自分ではなくワンコ主導の厳格な調整なんだ、と。
他人事みたいに大魔帝は、ハハハハハ……。
『で、蘇るとはいえ死ぬ危険があるのは――タンジョンタワーだけだ。あの中だけは本当に何の容赦もなしに罠も仕掛けも、極悪な魔物も顕現させまくっている。鬼天狗くんだっけ? おそらく君の作り出したゲームを元にしてね。ダンジョン塔も時間経過と共に自然と各地でポップするし――日に日に数を増す予定になっている。まあ、どの入り口にも必ず注意免責事項が表示されるようになっているけれどね。そもそも同意しないと入れない仕組みになっているから……。ちゃんと読まずに入って、魔物に殺された―! なんて言われてもさすがにお門違いかなって、私は思っているよ』
鬼天狗は頷き。
あくまでもこの地の神としての顔で、ギッと強面を鋭くさせる。
彼は思った。
――悪意はない。言葉も本物だ。しかし、それ故に、危うい。
彼には思えていたのだ。
無邪気さゆえの残酷さも、この男は持ち合わせていると。
そう、まるで猫そのものなのだ。
ネコが突然の気まぐれでオモチャを壊してしまうように、この男も突然気が変わり――。
……。
そんな懸念を払拭したい。
鬼天狗は意を決し、瞳を鬼の眼に変え。
重い言葉を吐いた。
「貴殿は少し、身勝手が過ぎるのではないのか?」
『そうかもしれないね』
鬼天狗の後ろ。
天女と破壊神の顔がビシりと固まる。
それは挑発の魔術。
いわば、敵対行動とも取れる一手だったからである。
せっかく良い空気だったのに、なにをぶち壊してくれるんじゃ!
そんな怒気の中、鬼天狗は続ける。
「おそらくこの状況に適応できず、混乱している者もいるだろう。貴殿はその事に関してどう御思いか?」
『ふむ、そうだね――たしかに悪かったと思っている部分もあるにはあるんだ。ヒナタくんと魔王様にお説教されちゃったしね。けれどだ。滅んでしまうのなら、せめて足掻いた方がいいだろう――根底の答えはそこにあると私は考えている』
それにだ、と紅茶を啜り。
尾と耳をもふもふさせながら、悪戯そうに顔立ちを引き締めた大魔帝は言う。
『こちらも最低限の配慮はしたはずだ。初めに説明もした、警告もした。一人で生活ができないモノには眷属猫がついている。そしてダンジョンの中に入らなければ、危険も少ない。非道な行為を感知したその瞬間、神獣ホワイトハウルによる厳格なる裁定、審判魔術が下されるようにもなった。世界の滅びを関係ないと思う者も、夢の中だと思い続けている者も――普通に暮らしていくには十分な筈だと、私は思うけれど。どうだい?』
「魔物が湧いている状況に対応できないモノもいるだろう」
『そうした者達は眠っていればいい――私は選択肢をちゃんと用意した。二年間を一瞬で過ごす体感時間の転移機能もつけておいたからね』
一応、筋は通っている。
若干、言いくるめられているだけ、という気もあるが――。
鬼天狗は言い返せずに――。
肯定を含んだ息を漏らす。
「それはそうだが――」
『だが、君の言う事も確かだ……そうだね。メンタルが揺らいでいる者のところには……自動的に我が配下のニャンズ達を送り、心を癒すか、再度の二年間スキップモードを推奨するように更新しておこうか』
にゃんスマホを弄り、アップデートしているのだろう。
ネコと犬とニワトリと白鳩の紋章が空に浮かび。
キィィッィィィィィィン!
世界の法則が書き換わっていく。
実験なのだろう。
大魔帝ケトスはにゃんスマホを操作し、眷属猫を召喚。
大中小。オスとメス。
さまざまなサイズのかわいらしい猫が無数に顕現し、るるるにゃ~ん♪
鬼天狗の足元でスリスリスリ。
癒しの魔力を発生させ、その精神の乱れを安定させていく。
鬼天狗は落ち着く胸の鼓動を感じながら、息を漏らす。
「精神魔術を扱う猫、か」
『ああ、ついでに――魔猫ショップにも出張癒し猫のメニューも追加しておこうかな。まあこっちは残念ながら有料コース。現代社会はなにかとストレスが溜まるというし、なかなか稼げそうじゃないか』
ニヒィっと嗤う男は実に楽しそうだった。
『まあ本音を言うとね。君が不審がるように……実はどうでもいいと思う気持ちも――どこかにあるんだ』
「どうでもいい、だと」
鬼天狗の声に、大魔帝は応じる。
『ああ、そうさ。ここは私にとってはもはや関係なき場所。別にどうしてもこの世界を救いたいわけじゃない。このまま滅びる事を人々の大半が望むのなら、仕方ないからね。見知った顔と液状オヤツだけを我が世界に連れ帰り、滅びる世界を少しだけ憐れに思い、その終わりを見送る――それも一つの選択。終わる世界の物語だ』
ゆったりと瞳を閉じて。
ぎしり。
空気を入れ替え、大魔帝は口を開く。
『ああ、そういえば確認をしていなかった――君達に質問だ。転移帰還者を襲っているのは君達、ではないんだよね?』
息さえも凍える程の、ぞっと冷たい声だった。
犯人探し。
これこそが、大魔帝ケトスがわざと罠にかかりにやってきた――その本題だったのだろう。
鬼天狗は考える――。
ここで選択を誤れば滅びが待っている。
だから答えた。
「少なくとも我は違う、おそらくそこの二柱もな」
答える事ができたのは、鬼天狗が武神であったからだろう。
大魔帝の持つ威圧感に、圧されながらも口を開く。
それは並の存在では難しい事であったのだから。
鬼天狗に導かれるように、琵琶天女と破壊神も続く。
「ええ、この琵琶に誓って……第一、もう既に神の力を持っているんですもの、転移者達の力を奪い取る必要もないでしょう?」
「然り。ワシも全世界のオナゴに誓って――のう。ふぉっふぉっふぉ。だいたいじゃ、そなた、おそらくある程度なら他人の心を読めるのであろう? 読心術を操る者に、ウソをつくほどワシらも愚かではない――ただ」
天女と老体に目をやり、大魔帝は言う。
『ただ? なんだか含みのある言い方だね』
「ワシら三柱はまあなんだかんだで仲がよくてな。そなたが取り込んだソーシャルなゲエムを互いにプレイしたことがあるほどには繋がりがある。なれど、他の四柱とは疎遠とはいわんが、そうちょくちょく連絡を取っているわけではない。あの者達も良き神じゃ、まずあり得んとは思うが……絶対にないとは言い切れんのじゃよ」
もし残りの四柱が、悪意なく何かをしていたら。
その可能性は捨てきれない。
だから、絶対にないとは言い切れないと保険を掛けたのだが。
大魔帝は三柱を見渡し、眉を顰める。
『ん? ちょっと待っておくれ、四柱って……君達は八神で行動していたんじゃなかったのかい? あの時、私達が素敵な鬼畜要素を――ダンジョンタワー内部限定で蒔いた時に、こちらを覗いていた神は八人だった。数が合わない』
三柱は互いの顔を見て。
「いーや、ワシ等は七柱じゃぞ?」
『なるほど――じゃあ、君達以外にも誰かもう一人、私達を見ていたモノがいるのか』
考え込んで。
一人で納得したのか、大魔帝は微笑した。
『情報をありがとう、助かったよ。私はてきとーに遊びながら。その覗き見をしていた輩を探すことにするよ。たぶん――何かを知っているだろうからね』
言って、店のメニュー全てを食べきった男は立ち上がり。
ぶわん♪
モフモフもこもこな黒猫に姿を変貌させ、にゃっはにゃっは!
悠然と歩き出した。
そのネコ足は軽快なステップを踏んで、ダンジョンタワーに向かっている。
立てたモフ尻尾も、ぷるぷるぷると歓喜にぶわる!
次の瞬間。
鬼天狗の武骨な手が思わず伸びていた。
「待ってくれ、なぜ、我の無礼を見逃した」
ネコは振り返り。
こてんと、愛らしく首を横に倒す。
ああ、あの挑発の魔術か――と、猫は丸い口を上下させる。
『なぜって――そりゃ見え見えの挑発にかかるのはオトナげないだろう?』
足元に、無数の見えない影猫を這わせ。
全てを見透かす神の顔で――黒猫は猫口だけを蠢かす。
『私に対しての挑発――すなわち危険かどうか。話ができる存在なのか、理性を保てる存在なのか。それを君は確かめたかったのだろう。自らの身を犠牲にしてでも世界のため、皆のために確認しようとした善神を消してしまう程、私は愚かじゃないってことさ』
ふ……っ。決まったニャ!
そんな顔をしながら、尻尾で別れの挨拶を送り――ドヤ!
「どうやら、おまえさんのお人好しまで見透かされているようじゃな、天狗の」
「ほーんと、こいつ。顔と鬼畜ゲー趣味に似合わず、変な所でこうなのよね。だから嫌いになれないんだけど、あーあ。いやんなっちゃうわ」
中の良さそうな三柱を見届け。
魔猫の影が消えていく。
くははははははは!
くははははははは!
と――。
嗤いながら、ネコは行く。
新しく生まれたダンジョンタワーへと、その太々しい姿を消したのだ。




