事情説明 ~正体バレと皇帝の決意~
時間停止を解き。
応接室に場所を変え――事情説明を求めると。
皇帝は。
なんとも見事な土下座を披露してくれた。
偉そうな格好なのに土下座してやんの、ププー!
「本当に申し訳ありませんでした。まさかワタシの知らぬところであの魔薬を使われていたとは。情けないとは存じますが、本当に、なにも知らないのです」
「ふむ、なるほどねえ」
魂を弄り、嘘を感知する魔術を使っているから、これは真実なのだろう。
今この場にいる、皇帝、従者のおっさん、私のおかしを用意する給仕。
少なくともこの三人は今回の事件の首謀者ではない。
魔術で操られていて、犯人の手伝いをさせられたが記憶にはない、という可能性も一応あるが。はてさて。
ジャハルくんはというと。
私の横にちょこんと座り、女帝スタイルでお澄まし顔。荒れ狂うほどの憎悪の魔力を私が放出したせいか、妙に冷静になったらしく、例の魔薬に対しての怒りは収まっているようだ。
まあブチ切れてる所に他の人がもっとブチ切れると冷静になってしまう、そんな現象が起こったのだろう。
そう。
全ては私の計算通り!
ともあれ。
従者と思しき険しい表情のオッさんが突如、声を荒げた。
「ガラリア陛下、頭をお上げください。たしかに今回の件はこちらの不注意。しかし貴方は一国の主なのですよ、そうやすやすと何度も頭を下げられては」
「バ、バカモノー! きさまもとっとと下座をせんか、下座を!」
従者の頭を抑えつけたガラリア陛下は、見事な土下座を更に披露。
「なにをなさいます!」
「いいから下座じゃ、下座! とりあえず偉い者が下座をすれば謝罪への重みとか、同情とか、そういうのが湧きやすいとそなたも知っておろう!」
「しかしワタクシはもう土下座などしたくありませぬ」
「なにをいうか! 我らは建国したとはいえ軍事力の面ではまだまだ弱小。魔道具の売買でやっと形になってきた所で、よりにもよって一番のお得意様の貌に泥を塗りかけたのだぞ! それに、毎回やっておるのだから慣れておろうが! ワタシなど下座の角度まで計算出来るほどレベルがあがったのだぞ!」
毎回って。
おいおい……。
スキルを確認すると。いや、マジで土下座スキルもってるし、皇族なのにそこそこスキルレベル高いよ。これ。
なんだかなあ……。
私はだされたカモミールティーを一口。お茶うけのミルククッキーもこれはなかなか。
うむ、美味しい。許そう。
これで美味しく無かったら高圧的な態度でイビっていたところだ。
やっぱりご機嫌取りの美味しい食事って重要だと、常々私は思っている。
今度魔王城にもそれを建前に、超おいしいお茶うけを用意させよう。
世界で一番たかいヤツがいいな。
うん。
私は緊張を解してやろうと友好的な笑みを送った。
「ま――まあ、とにかく。君たちが魔族と敵対するつもりじゃないってのは分かったよ。会場の客には迷惑もかけてしまった、お互い様さ」
「分かっていただけたなら、なによりですな」
そういって従者が立ち上がろうとするも、ガラリア陛下がその頭をぐぐぐと押さえつけ、再び土下座の姿勢を保つ。
なんというか。
ほんと、かわいそうになるくらい土下座し慣れてるなぁ……。
「君たちの魂には嘘をつけないように細工をしてある、言葉だけなら信頼はしているからもう土下座はいいよ」
ガラリア陛下はいまだ土下座姿勢を保ったまま。
「起き上がった途端に、ふっ、バカめ! だれが立ち上がっていいと言った、余の靴でも舐め機嫌を取ったらどうだ、くはははは! とかおっしゃいませんか?」
と、妙に卑屈な事を言い出した。
なんか、いろいろと苦労してるんだな……。
この国、一回滅ぼしたの私だから……ちょっぴり、気まずい。
しかしこれでは話が進まない。
「そんなことより、今回の件の事情をききたい。構わないね?」
指を鳴らした私は魔力で二人を着席させる。
それを許しと判断したのか、ほっと胸をなでおろした様子のガラリア皇帝は深く腰掛け――はぜずに、背もたれのないギリギリのラインで椅子に座り直した。
お茶うけに手を伸ばそうとした従者のオッサンの手をぐぐぐと、引き。
ガラリア皇帝は女帝に扮するジャハルくんに目をやった。
「今回の件、深くお詫び申し上げます。以後は、このようなことがないように計らいます。何卒、これからもよしなに」
「構わぬぞ。妾の方とて確かめもせずに悪かったな。そなたらとの交易は精霊族にとっても有益なモノ。関係が絶たれてしまうのはこちらとしても面白くない。互いに水に流そうではないか」
「では次回の納品の際には、少しばかりの色を付けさせていただきます――これは今後とも宜しくお願いしたいというこちらの我儘でございますので、ご遠慮なく」
「そうか、断るのも失礼に当たるな。感謝して受けとるとしよう」
なんか。
ジャハルくん。暴走大爆炎野郎だと思ってたのに、ちゃんと一国の王としてやってるんだな。
さすがに部屋の片づけとか、肉球マッサージとかどこでもヤキトリバーベキューなんてさせるのは今後はちょっと控えよう。
「ところでジャハル陛下。こちらの方は本当にただの護衛なのでしょうか?」
「な、なんじゃ、妾の護衛に不服でもあるのか」
「いえ。先ほどのただならぬ憎悪と怒り、ジャハル陛下を守ろうと凛々しく前に出たお姿。もしやこの方は――と思いまして」
ほう、さすがに気付かれたか。
ジャハルくんが私に目をやる。気付かれたのなら、正体をバラしてもいいかの確認だろう。まあ一応、この国で私は災厄の黒猫だろうし。
私は肯定を瞳で示した。
ガラリア皇帝は、言った。
「ジャハル陛下の婚約者、なのでしょうか!?」
もちろん。
私は爆笑していた。
オアシスを蒸発しつくすほどの熱量で顔を真っ赤に染めて、ジャハルくんが叫んだ。
「ばばばば、バカモノオオオオ! どうしてそうなるのじゃ! 妾とこの御方をどうみればそうなるというのじゃ!」
「違うのですか?」
「いくら自意識過剰気味で傲慢と自覚している妾とて、この方とそういう関係になろうと思うほど自己評価は高くないぞ! ほんのちょっとさえトキめいたことすらないわ!」
ぜぇぜぇと肩で息をし、全否定。
女帝の姿で取り乱すジャハルくんに、皇帝は眉をひそめる。
「ではこの方は一体……並の存在でないのは理解できますが」
「聞かぬ方が良いと思うがのう。どうしてもというのなら語るが、妾は止めたからな。後で文句をいうでないぞ」
崩れた髪を炎のクシで正しながらジャハルくん。
「この御方の名はケトスさま。魔王軍最高幹部、そなたらには荒れ狂う混沌の魔猫といった方がわかりやすいか。伝説の魔獣、大魔帝ケトス様ご本人じゃ」
一瞬。
沈黙が走るが。従者のおっさんが、
「これはこれはジャハル陛下もお人が悪い、そういう冗談は笑えませんな。この方は獣人族、あの混沌の魔猫は黒の猫魔獣。さすがに場を和ませる余興と言えど、信じる者もおりますまい、はははははは!」
「はははははは! ああ、ほんと。冗談ならよかったのだがのう」
ハハハハハハと二人笑い合う。
案外この従者のオッサンとジャハルくん、苦労人同士で気が合うのかもしれない。
そんな中。
観察眼が鋭いのか。
皇帝陛下の、え、うそ、マジで? みたいな目線が私を見る。
にゃは!
私はポンと猫の姿に戻ってやり、大魔帝の証たる王冠と紅蓮のマントを亜空間から取り寄せ被る。
ついでに玉座を暗黒空間から取り寄せて、偉そうに座って。
ニヤリとしてみせた。
「冗談じゃなくて悪かったね。君たちとは初めましてになるのかな、私は猫魔獣ケトス。魔王様より大魔帝の位を授かりし魔王軍最高幹部、大魔帝ケトス。かつて魔王様を愚弄したこの地を滅ぼした魔帝、ケトスとは我の事である!」
名乗りってなんか気分いいよね。
さすがに一度国を滅ぼされたから、私がどういう形状の猫魔獣なのかは知っていたのだろう。
ははははは、と笑っていた空気がビシっと固まる。
まず従者のオッサンが白目をむいて気絶し。
給仕がティーカップの皿を落とし。
オアシスの樹で眠っていた鳥たちがギャーアアアアアアと叫んで飛んでいく。砂漠モグラが大泣きしながら大規模移転を開始し。
ガラリア陛下は顔面蒼白となって卒倒した後。
キッと皇族としての使命に目覚めた顔で。
「スキル発動! 華麗なる皇族土下座!」
いきおいよく土下座。
一部の隙も無い、完璧な土下座である。
「なにをやっている、下座じゃ、全国民を集めて大至急、下座の準備をするのじゃ!」
気絶したままの従者のおっさんに全力で指示を出す。
まあ国民を守ろうと必死なのだろう。
そういう王様は、嫌いじゃない。
許すか。
あ……なんかスキルランクアップしたっぽい気配がする。
なんか目の前で、土下座スキルが上がる貴重な場面を確認してしまった気もするが……。
よくよく考えてみれば、一応土下座で許す気になったわけだし。魔王軍最高幹部相手に謝罪スキルを成功させたのだ、そりゃスキルも上がるよね。
あれ、なんかこの皇帝。
じぃぃいぃっとレベル鑑定をする。
今のレベルアップで並の英雄クラスの人間より高レベルになってるような。これたぶん、ヤキトリ姫並みになってるぞ。
まあともあれ。
「土下座とかそういうのは面倒だからいいよ。それよりも話を進めよう」
「足の爪でも肉球でもなんでもお舐めしますので、どうか、どうか民の命だけはお許しを!」
「いや、だから別にいいって。そもそも私は部下たちのために頑張る上司って、嫌いじゃないんだよ」
土下座したままの皇帝に手を差し伸べる。
肉球だけど。
これ以上の謝辞は逆に気分を損ねると見事に察知したのだろう。
土下座スキルの使い手、ガラリア皇帝は不意に一国の王の声音で。
「ではお言葉に甘えさせていただいて。ジャハル陛下、今回の魔薬の件、詳しいお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。無論、我が国としては恩あるあなた様に全力で協力させていただきたいと存じております故」
急に王族の貌になるからなんか笑えるが、そういうことを言ってられる事態でもない。
会話を促すようにジャハルくんに目配せでちらり。
炎帝である彼は頷き、口を開き始めた。
「無論じゃ、妾がまず問いたいのはあの魔薬をどこで誰が手に入れたのかじゃ」
「と、仰いますと」
ここは魔道具が揃う世界最大のマジックショップ国。
精霊族を硬化させ魔道具化する魔薬が密輸されたとしても、まあおかしくないと思うのだが。
実は私も魔薬の原料や製造方法を知らないのだ。
魔王様に聞いても、妙に悲しい顔をされて答えてくれなかったし。
「あれは、並の人間が手に入れられるような代物ではない。既に存在しない薬の筈、だったのじゃ」
「ジャハル陛下は魔薬の材料をご存じなのですか?」
皇帝の問いに、ジャハルくんは瞳を伏した。
どうしたのだろうか。
彼にしては少し、様子がおかしい。
料理に魔薬を入れた犯人を特定するには、材料についての情報共有も悪くはないと思うが。
いや。
私はジャハルくんの立場で考えた。
確かに、精霊族にとっては禁忌の薬。簡単には口にできないのだろうか。
それに交易相手とは言え相手は人間だ。
この皇帝や従者のオッさんがその情報を悪用しないという保証はない。
ま、私が知った以上、もしそんなことをしたら冗談ではなく国ごと滅ぼすけど。二度と再生しない様に、塵すら残さず。
うん。
そんな私の滅びの意志を察したのか、ジャハルくんは口を開き始めた。
「他言は無用じゃぞ」
「勿論です。大魔帝ケトス様を前にしそのような愚かなことなど、絶対にできますまい」
「そうじゃな。妾も同感じゃ。魔薬の材料――それは」
炎帝ジャハルは、遠くを見つめ。
哀しそうに、いった。
「精霊族の魔力核。つまり命じゃ」
オアシスに佇む白亜の宮殿。
その応接室で。
炎帝は静かに息を吐いた。




