大魔帝再臨 ~ゆたんぽ救出大作戦~後編
指を鳴らし。
破壊を齎そうとしたその時。
「ちょおおおおおおおおおおおおっと待ったああああ! ケトスさま! ストップ! ストップ! ステイ!」
「えー、なんでだい。いま私、すっごいカッコウイイ所なのに」
なぜか。
ジャハルくんに止められてしまった。
肥大する憎悪は遥か上空に虚無の渦を作り出し、帝国全土を覆うほどに広がっている。
今はただ、膨大な魔力が待機しているだけだが。
あとは合図するだけで、ドカンなのだ。
腕にしがみつき。
必死の形相のジャハルくん。
「待った! ほんと、それ、たぶん! まずい、ほんと、話を聞いて! 世界が壊れちゃいますって!」
「一瞬で終わらせるから大丈夫だよ」
必死に縋りついてきたもんだから、魔力会話は途切れていた。
人が折角、無関係な人を巻き込まないように結界を張り、残る国のお偉いさんを全部滅ぼそうとしているのに。
ズゥゥゥゥゥゥ……。
とりあえず懐中時計の動きを止めて、ついでに世界の時間も停止させる。
私とジャハル君以外の時は、完全に止まっていた。
ブチ切れていたのは彼だったのに。
ふと偉い私は考える。
あれ?
なんでこっちが止められているんだろう。
尻尾がもっふもっふ揺れる。
ふぁっさふぁっさ。
まあ、やった後で考えよう。
「ちょっと離れててねえ、サクっとやってくるから」
「いやいやいやいやいや、まじでそのまま世界をやる気だろアンタ! コ、コ、コ、コラアアア! 何食わぬ顔でもういっかい魔力を貯めないでください! マジで、ちょ! 待て、待ってくださいってば! もしこのヘナチョコ皇帝が犯人じゃなかったら国際問題になるんですよお!」
自分が先にブチ切れてたくせに。
冷静になりおって。
「だって一番偉い人なんでしょ? もし無関係だったとしても、国賓を守れずにこんな失態を犯したなら死んでも仕方ないんじゃないかな」
尻尾をぶんぶん振って。
とりあえず殺してから考えようと提案する私に。
「とりあえず、とりあえず事情を聞きましょ? ね? ね?」
そうは言われても。
なんか喋る気なさそうなんだよね、この皇帝。
私はじぃぃぃっと目の前で固まるガラリア皇帝陛下に目をやった。
「アンタに本気の敵意を向けられたら誰だって話なんてできませんよ」
ふむ。
私は手のひらに展開する帝国を滅ぼす魔法陣に目をやって。
ここまで魔力貯めたんだし、もったいないよなあ……。
「事情とか面倒だし、やっぱり一度滅ぼしてから聞けばいいんじゃないかな」
「アンタ、今回常識を学ぶためにきたっていう一番大事な理由、完全に忘れてやがりますよね?」
おー、そういえばそうだった。
確かに、勝手に滅ぼしたら古参幹部連中に文句言われるだろうし。
魔王様は部下を守るためだから仕方ないでしゅねえ、とかいってなんだかんだで許してくれそうだが。
まあ話だけは聞いてもいいか。
「分かったよ、君に免じて今だけは怒りを収めようじゃないか」
「今だけはって……」
腕を組んで、すこしムスっと答えてしまう。
尻尾がびたーんびたーん! とテーブルを叩く。
「仕方ないだろ、私は君を気に入っているんだ。故意か不慮の事態か知らないけど、攻撃されたなら怒りもするさ」
「は? え? あの、気に入っているって……?」
「私は猫だからね、気に入らない相手とはそんなに気安く行動を共にしないよ」
猫耳と猫しっぽを、ぶほんぶほんと膨らませて私は言う。
ジャハル君は気まずそうに首を掻きながら、ちょっとだけ目線を逸らす。
顔を背けたからだろう、火炎イヤリングがほんのりと輝いた。ドレスアップされた姿はまるで照れる女帝。
いや、まあ実際女帝らしいけど。
「真正面から……そんな恥ずかしい言い方しないでくださいよ。なんつーか、変な勘違いしそうになるっていうか、むず痒いというか……あれですよ、背筋とか、胸のあたりがキュキュキュっとするというか……。まさか、本当に大事にされてるのかなぁ……なんて、はは、ケトス様相手に何言ってるんだろ、オレ」
「仕方ないだろう。大事なんだよ、とてもね」
湯たんぽに不備はないか正面から見据え、顔をそっと撫でる。
「な……っ!」
よし、ちゃんと燃えているな。
これでポカポカゆたんぽは確保されている。
ふぅ、ここまでの業火はなかなか見つからないから貴重なんだよね。そりゃまあ、魔族の仲間としても気に入ってはいるけど。
「良かった、無事なようだね」
「えぇ!? あの、その……ケ、ケトス……さま……っ!?」
目が合った。
彼の燃える瞳がなぜか魅入られたように揺れている。
うむ、瞳に反射する私の姿はなかなかどうしてハンサムではないか。
にゃふふふ、きっと魂の高潔さにつられて顔立ちが引き立っているのだろう。うん。
ともあれ。
ジャハルくんはいまだにボーっとしたまま、私の瞳を見入っている。
精霊族は道具として意思のない人形にされる魔道具化の恐ろしさを知っている。だから不安なのだろう。
その不安を取り除くためにも私はふっと微笑みかけた。
「心配しなくても君は、私が守るよ。必ずね」
湯たんぽがなくなったら超困るし。
ヤキトリ焼くにも、ふかし芋作るのにも超便利だし。
だから私は、心の底から言ったのだ。
「だから君も、あまり無茶をしないで私に頼って欲しい。できるかな?」
と。
大魔帝の湯たんぽを守る決意をはっきりと伝えてやる。これで安心するだろう。
しばらくして。
突如。
ボン! とジャハルくんの貌から湯気が上がり始めた。
おや。
湯たんぽとしての性能が向上したのだろうか、随分と身体が熱くなっている。
「ななななななな、なに言ってやがるんっすか! バカなんすか! こんな状況で何考えてるんすか!」
「大事なことはちゃんと言っておかないと、後悔するからね」
「たたたた、たたみかけるにゃー!」
なぜか顔を真っ赤に染め上げたジャハルくんは完全に硬直した。
そう。
少し真面目な話だが。
私も言えないままで後悔したことが何度かある。
まだただの猫だった頃の恋。
あの頃はまだ心は人間で、ネコとしてネコに恋をする恥ずかしさに慣れていなかったから。言えずに、彼女は死んでしまった。
人間に、殺されてしまった。
人間にとってはたかがネコ。
けれど私にとっては……大事な。
大切な。
愛おしい相手だったのだ。
……。
私がふと、過去の切なさに思いを馳せている後ろで。
「はっ……! オレ様はなんで、こんなどうしようもない暴走おおぐい能天気、基本ダメダメ無責任な猫上司に一瞬でもときめいてしまったのか……あぶねえあぶねえ。がんばれ、オレ様。炎帝ジャハル! 仲間を守るために女を捨てると決意しただろうが、このバカバカバカ! 妾のたわけ!」
ぶつぶつぶつと一人芝居をしている。
パンと自らの頬を叩き、彼は普段の口調で言った。
「アンタのことだから、どうせ違う意味で言ってるんでしょうけど。ほんと、その人型の姿のままでそういうことするの、誤解されるから止めた方が良いっすよ」
「誤解? 何の話だい? 君が大事だって言うのは本音だけど」
まだ、湯たんぽとしての大切さが伝わっていないのだろうか。
猫しっぽがぐにゃーんと「?」の形を作る。
「そういうところだっつーの。まあ、とにかく事情を聞くって方針でいいですね」
「分かったよ、今回の私はただのゲストだ。君の方針に従うよ」
「ところで、なんか周りが動いてないってのはいったい」
ポンと、時間を停止したまま猫の姿に身体を戻し。
「時属性の魔術で時間を止めているからね、解除したら動き出すと思うよ」
言って。
「けれど、その前に――」
ニヤリ!
目の前に広がるのは、無数のお宝たち。
「我が本気、みせてくれよう!」
テーブルの上に、ダイブ!
私は会場に残された食事をバリバリモグモグ、片っ端から平らげていく。
精霊を魔道具化させる魔力だが、他の種族ならただの美味しい隠し味。もし精霊族やそれに類する種族がこれを食べてしまったら大変だからね。
仕方ないね。
これは善行だからね。
バリバリバリ、むしゃむしゃむしゃ!
ジュルジュルジュル、ごくごくごく!
にゃにゃにゃにゃにゃ!
ひゃっはー!
にゃっはぁぁぁぁぁああああー!
晩餐会の食事を、独り占めだにゃああああああああああ!
立食パーティとかって妙に遠慮しちゃって、好きなのを食べられないときあるし。こういうの、一度やってみたかったんだよねえ。
どてっとテーブルに直接乗って、皿に勝利の肉球をかけ、ニヤリ。
くはははははは!
覚えておくがいい、愚かなりし人間よ!
この蹂躙こそが、偉大なる魔族の真の力なるぞ!
ぐにゃーっはっはっはっは!
お膳の上に乗ってもお皿の上に乗っても、怒られないなんて、最高じゃないか!
エビフライうめええ、エビフライうめえええ!
にゃふふふふ!
これぞ大魔帝の食事!
「ケトス様……アンタ、ほんとうになんでもありっすね」
ジャハルくんは疲れたように頭を抱えていたが。
その頬は、なぜかいまもほんのりと赤く染まっていた。




