最終決戦 ~二匹の巨鯨猫神(ケイトス)~ 終
決戦祭壇にて始まった最後の戦い。
大魔帝と大魔王。
二匹のネコ魔獣。
我等は戦闘を開始していた。
大魔王ケトスの目的は――私を滅ぼし、その力を吸収する事。
大魔帝ケトスこと私の目的は――猫モードの大魔王ケトスに正気を取り戻させる事。
どちらにしても、終着点。
大魔王が勝てば魔王様のみを残し、世界は終わる。
私が勝てば――この世界はそのまま存続するだろう。
相手を一度倒した時点で――長く続いた私の散歩道は終わるのだ。
と、まあ格好よく言ってはみたモノの。
その……一度倒すっていうのが、ムチャクチャ大変なんですけどね。
……。
こいつ、マジで強いでやんの。
現在、米粒のような一発一発がグルメ帝国全土をふっとばす程度の威力の魔力散弾。
それらを互いに撃ち合い駆けて。
ダダダダダダ!
結界の天井を衝くほどの衝撃の魔力波動を発生させ。
キィィィィィ!
『ダモクレスの剣よ!』
『インドラの魔弓よ!』
互いに同威力の逸話魔術を解き放ち――。
呼び出された魔力剣の嵐と、魔力弓の雷撃が衝突。
ドズドゴゴゴゴォォォン!
結果は相殺。
弱い世界なら今の一撃で世界ごと吹き飛んでいただろう。
衝撃に飛ばされる我等はそのまま――――。
ザァァッァァっと決戦祭壇の床を削りながら、足でブレーキ。
影猫魔術で影を渡り、距離を取り。
聖剣を構え――魔杖を構え。
タンと地に手を当て――ニヒィ!
『顕現せよ黙示録の赤竜!』
『顕現せよ黙示録の巨獣!』
互いに紅蓮の魔力波動を大量放出。
世界の法則を搔き乱す。
狂う世界が悲鳴を上げて――。
回転する極光色の極大魔法陣を展開。
きぃぃぃぃっぃいん!
互いに、神話領域の召喚獣を呼びだし――。
召喚しきる前に、互いに指を鳴らし。
『『滅びよ――!』』
パチン――。
「がぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁ」
「ぐげぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううっぅぅぅぅ」
召喚された召喚獣神は一撃で消滅。
と、まあかなりの魔術の頂上決戦を繰り広げているのだが。
……。
実はお互いに、目を点にして頭上を見上げていた。
ラスボス二匹の戦いを眺めるのは、見覚えのある黒い影。
結界の上を叩く、でっかい肉球。
ベン♪ バン♪ ドンドン♪
ベーチベチベチベチベチ!
黒く巨大なモヤモヤ魔力猫が、うにゃぁぁぁぁぁぁぁ?
私達の決戦祭壇となっている結界の外から、更に肉球をベーチベチベチ!
中にいる私達を攻撃しようと、ニャニャニャニャ!
しかし結界を破れずに――じぃぃぃぃぃぃっぃぃ。
ニャニャニャニャニャ!
ベチベチ、ゴガゴン!
結界の外は絶対に安全だった筈なのだが、人間達の阿鼻叫喚な声が響き渡っている。
あー、うん。
思いっきりジャレてるね、この子。
大陸どころか、世界。
揺れてるね。
構わず私は――最終回の顔で、異なる自分との戦いに唸る。
『へえ、大魔王ケトスだっけ。君――デバフまみれなのに、やるじゃないか。まあ私の勝利は揺るがないが、なかなかいい勝負ができていて感心する。さすが異界の私だ。褒めてあげるよ』
どどどどごごごごぉぉぉぉっぉおおぉん♪
結界の外で、モヤモヤ猫の暴れる音がする。
この中ニャ! この中に戦っている連中がいるのニャ!
と――。
気にせず大魔帝な私は、キリリとシリアス顔を維持する。
まあ……。
頬に脂汗を滴らせているが、気にしない!
大魔王ケトスが、ついに痺れを切らして言う。
『ストップ。ああ、なんだ……君も気付いていると思うけど――なんだい、この巨大に膨らんだ魔力猫は』
『ふぇ? あ、あぁ……なんだろうね、これ。不思議だね~♪』
黒髪の隙間からタラタラタラと汗を滴らせ――私は、目線を逸らす。
そう。
以前エンドランド大陸で解き放った肉球スタンプ魔術が、そのままになってたんだよね。
世界に漂っているモヤモヤ巨大猫。
主神クラスが喧嘩をすると魔力加速度をつけて突撃してくる、迎撃型の魔術として世界に漂い続けているアレである。
ちなみに。
大いなる光と私とレイヴァンお兄さん。主神クラス三柱が、一度こいつにペチペチ肉球スタンプをされて――結構なダメージを受けたという苦い過去があったりする。
いや。
まあ私が、そのままにしていたのが悪いんだけどね♪
大魔王は暴走ニャンコだった自分を棚に上げて、私をジト目で睨み。
『あー、なんとなくわかったよ。犯人は君か、大魔帝ケトス』
『にゃ、にゃんのことかな?』
『無駄な茶番はやめたまえ、君はワタシでワタシは君だ。誤魔化しても分かる』
そりゃそうか。
ならば! 私は開き直って!
『にゃはははは! なんか前より強くなってるし、消しちゃうのも可哀そうだし。そのままにしちゃってるんだよねえ!』
ネコとしての本能がムクムクっとしはじめているが、我慢我慢。
うっかり猫モードに戻ってしまうと計画が破綻する。
人間形態をしっかりと維持する私に、大魔王は言う。
『いや、君。破壊のエネルギーを取り込んで暴走しているワタシが、言うのも変な話だけど。これさあ。むしろワタシと大魔帝の君だけが安全空間で戦闘中、そのまま外がとんでもない事になり続けるんじゃ……さすがにマズいんじゃないのかい?』
『あー、やっぱり。そう思う?』
大魔帝と大魔王。
二人はじぃぃぃっぃぃぃぃぃぃっと結界の外を見て。
……。
ま、いっか!
大魔王はこの空気をどこか懐かしむように目を細め。
けれど、冷淡な瞳で――唇を動かす。
『君の世界は、本当に――あの世界の延長上なんだね』
『ああ、そうさ。もう世界は君と私の魔術で融合しちゃったんだ、どうだい? このままおとなしく諦めてくれると、大魔帝で世界を守る立場的な私にとっては楽でいいんだけど』
もう黒ホワイトハウルと黒ロックウェル卿は諦めたのだ。
おそらく。
封印されている本体も、心は変わっている筈。
グルメですっかりコミカルを取り戻してるからね、あの二柱。
『君だって――戻れるさ』
無駄に争う必要なんてないのだ。
提案する私に、大魔王は首を横に振る。
『そうはいかない。まあ、少しだけ――楽しそうだとは思ったけれど。君だって知っているだろう? ワタシは憎悪の魔性だ。それも君とは違い、既に完全に大覚醒している。今は君に呼び起こされて人間の心が浮上しているけれど、猫に戻ればまた暴れ出す。一度走り出したら止まらない。本格的に暴走したネコの恐ろしさを知っているだろう? 止められない。ああ、止められない。今だって、ワタシが油断すれば精神を乗っ取り返される。もう、ワタシはワタシにも止められないのさ』
その証拠とばかりに、赤い憎悪の魔力を漲らせるその顔は――正に魔性。
呼吸すらも赤いのだ。
吐く息さえも憎悪の魔力。
大魔王の魔力は今にも暴走し、破壊の限りを尽くしそうに歪み、膨らんでいたのである。
会話はできても、結局は……同じ。
一度倒して、あの猫を止めるしか道はないって事か。
戦いを再開する前に、私は言う。
『ならどうだろう。魔導契約をしてくれないかな?』
私と同じ存在だからだろう。
先の流れを読んで、白銀の髪の隙間から紅き瞳を輝かせ。
大魔王がふーむと唸る。
『なるほど。勝者が相手の言う事を聞く、まあありきたりな契約書を結びたいのかな? 確かに、魔導契約が優先されるから、暴走状態の魔猫なワタシも行動を制限される。魔導による契約の強制力は、大魔王にさえ適用されるからね。世界を壊すことが最優先事項ではなくなるはず。けれど――』
今度は私が先の流れを読み。
『ああ、言いたいことは分かっている。君ほどの魔が、何の代価もなく契約を結ぶことはできない。しないじゃなくて、できないんだろう?』
『そういうことさ。まあ、本音を言うのなら……悔しいけどね、今のワタシは少しこの世界に惹かれている。なにしろ、魔王様がいるし。それに……この愉快な魔力ニャンコや、ワタシにデバフをかけまくってくれた人間達を見ているとね……思ってしまうのさ。そういう破天荒な未来の可能性がワタシにもあったのかもしれないとね。君が本当に奔放に、自由に暮らしていたのだと分かってしまって――そう、少し――羨ましいとも思っている』
大魔王にとって、私は異質。
人間とこれほどまでに協力関係を築いている異界の自分が、不思議で仕方ないのだろう。
私とて、つい最近までは考えられなかった。
思わず、懐かしむ私の顔を見て――大魔王は赤き瞳を揺るがせた。
『ニンゲン全てではなく、憎悪の対象を見極め選ぶようになったワタシ。大魔帝ケトス……か』
『ああ、人間を恨まないわけじゃない。選んでいるだけ。実際、私は大魔帝となった後でも人間を狩っている。闇討ちや暗殺、虐殺だって行ったよ? 戦争に加担して人々を薙ぎ払ったことだってある。悪い奴や、気に入らない奴限定だけどね』
闇の魔力を放ちながら、私はすぅっと手を伸ばした。
『大魔王ケトス。君もおいで――もう、疲れただろう』
こちらがしんみりと話をしているのに。
結界の外。
モヤモヤにゃんこに襲われる人間達が、ガヤガヤガヤ!
西帝国の皇帝、ピサロ君が風の結界を張りながら大真面目に吠える。
「ええーい! だ、誰か余の他にも結界を張れるものはおらぬのか! 決戦祭壇の結界を維持している大魔族たちがもしこの謎のモヤモヤ魔力猫に叩かれたら最後、この二人の阿呆みたいな大魔力が一気に放出され、世界が滅ぶ可能性すらあるぞ!」
「だから! いま妾も協力しておるじゃろうが! まったく! 西帝国とやらはずいぶんとせっかちな皇帝が治めておるのだのぅ!」
「バ、バカモノども! 喧嘩などあとにしろ! いいからっ――全員で物理結界、魔術結界を共に展開するんだ!」
コプティヌス君やギルマスくんも結界を張りながら応えるモノの。
ぶにゃっぁぁぁぁっぁ?
モヤモヤにゃんこが、結界の中で戦う私達を仲裁しようと肉球スタンプでベンベンベン!
結界に阻まれた衝撃は周囲に散り――ゴゴゴゴゴゴオォ!
女性陣のスカートを吹き飛ばす。
「きゃぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ! ス、スカートが!」
「ど、どうしましょう! この子、いま鑑定してみたんですけど~、あ、ありえないほど強いっぽい?」
様々なモノが衝撃で吹き飛ばされ、大混乱。
まあよくある風景である。
誘う私の手を見ていた大魔王が、やはりジト目で憎悪の赤眼光を細め。
『あのさあ、君。常識人ぶった顔をしていたけど、いつもこんな事をしているのかい?』
『まあ、だいたい――こんな感じかな』
素直に告げる私に。
大魔王は、外の様子を眺めて――。
息を吐く。
心を、決めたのだろう。
『いいよ、君達に少し興味が湧いた。じゃあ決戦用の契約を結ぼうか。君が勝ったらワタシは君の眷属となろう。世界を壊すことをワタシも諦めるし、契約により猫のワタシも世界を破壊できなくなる。けれどだ、悪いけれど――ワタシは世界を滅ぼしたい願望もかなり強いんだ。そしてこの契約には代価も必要だ。もしワタシが勝ったなら――』
『君に力を渡して、共に魔王様以外の世界を滅ぼす。それでいいかい』
頷き、大魔王も契約書を顕現させる。
あのデバフループを続けて貰った目的の一つはこれ。
大魔王に人間への興味を持たせ、選択肢を増やさせる事にあったのである。
これで互いに、もう後戻りはできない。
私も契約書を顕現させ、互いにサイン。
『契約は結ばれた――さあ、世界を賭けた勝負といこうじゃないか!』
大魔王は、妙に嬉しそうに魔杖を翳す。
私も聖剣を握り――魔力波動を展開した。
後は勝つだけ。
そう――勝つだけ……。
それが、なかなか面倒なんだけどね。
しかし、勝利に向けた私の作戦は既に――。
いや――。
最初から動き始めていた!
◇
大魔帝ケトスこと私の剣撃を受け止めて、大魔王ケトスは朗々と詠唱を開始する。
壊れた世界から作られた魔杖が輝き出す。
『我はケトス。大魔王ケトス! 全てを破壊する憎悪の魔性なり!』
大魔王の周囲にはネコ型の魔導球が飛んでいる。
常に高速詠唱を続けるオート追従の珠が魔法陣を形成、本体である大魔王ケトスと同時に詠唱を開始。
十重の魔法陣で結界内が覆われる。
『遍く星々の導きを――黒き新星:ブラック・ノヴァ!』
ざぁああああああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
放たれたのは、天体魔術。
憎悪の魔力を伴った星の輝きを、嘆きの雨として降らせる超高範囲の殲滅攻撃。
対する私も――赤き瞳を輝かせ。
聖剣で空を薙ぎ――!
ぎぃぃぃっぃいん!
『我はケトス。大魔帝ケトス! 魔王軍最高幹部、全てのグルメを喰らい尽くす者なり!』
足を踏み込み大地を鳴らした私は、空間を歪め。
しゅぅぅぅぅん!
憎悪と嘆きの雨を吸い込み――反転。
『魔魂反転:マジックリアクター!』
『へえ、ブラックハウル卿の反射魔術か――。もう覚えたんだ!』
魔杖を回転させ憎悪の魔力を払った大魔王ケトスは、白銀の髪を揺らし――手に乗せた魔導書を掲げ。
影に溶けながら超高速で詠唱を開始。
『大魔王が命じる――天に遍く星々よ! 流れ乱れて狂う星!』
『詠唱なんて――させないさ!』
勇者の剣をモードチェンジ。二刀の突剣に切り替え、私は跳んでいた。
駆ける身体が魔の突風となった影響だろう。
結界内に暴風が吹き荒れる。
祭壇が崩れ世界が悲鳴を上げるかのように、揺れ、乱れ始めた。
二刀流の剣舞。
魔術師である大魔王ケトスを追い込むように――ダン! ダン! ダダン!
私の足に踏み込まれた大魔王の魔法陣が崩れ、霧散する。
詠唱によって生まれた魔力の乱れを正しき法則に戻し、次々と強制的に解除しているのである。
突剣を避ける大魔王の後ろ。
ネコ型の魔導球を丁寧に破壊しながら、風となった私は駆け続ける。
『大魔帝ケトス……っ、そうか、君はずっと封印されていたワタシと違って――運動不足ではないのかっ!』
『その通り。私はスマートなのさ! 残念だったね、大魔術なんてそうそう何度も使わせるはずないだろう!』
たまに私をデブとかいう無知蒙昧な輩もいるが。
けっしてそんなことはないのだ!
動揺する大魔王が、ネコ型魔導球を再度顕現させながら唸る。
『ちぃ……っ、賢しいねえ! まさかこのワタシが魔術を捨て、剣技で向かってくるなんて! 世界が変われば攻め方も変わるという事かい!』
『君は知らないだろうが! 私は散歩の中で様々な武術の達人とも出逢っている! 魔力と魔術で劣る人間であっても、その技術も研鑽も馬鹿にできないものなんだよ!』
シュ!
シュシュシュシュ――ッ!
剣技のみで攻める。
実力が拮抗した魔術師の戦いならば、この手も有効。
まともに勇者の剣の直撃を受ける気はないのだろう、大魔王が大地に手を翳し。
瞳を赤く染め、吠える。
『影よ! 我が意に従え――』
距離を取ろうと転移後退した大魔王ケトスが、影の猫を顕現させる。
指先で刻んだ魔術文字で、影猫を強化。
分身ともいえる影猫を盾に、大魔術を詠唱するつもりなのだろう。
すかさず私は手を翳し――ニヒィ!
『主よ――導きの光持ちて、我が手を照らしたまえ!』
唱えたのはただの照明の奇跡。
夜中に本を読むための祝福を極大化させたモノ。
神の力を借りた神聖魔術で、影そのものを消去したのだ。
しかし影猫そのものが囮だったのか。
既に詠唱を終えていたのだろう。
今度は大魔王がニヒィと嘲り嗤うように、口角をつり上げる。
『その聖剣――我が貰い受ける。猫魔獣奥義、装備窃盗!』
『な……っ、詠唱が早すぎる!』
一瞬のスキをつかれた。
私の手から勇者の剣が消失する――制御を奪われ、その使用権すらも上書きされたのだ。
所有権がなくなったからだろう。
双つの突剣になっていた聖剣が、崩れ一本の聖剣へと変貌。
元の形へと刀身を戻す。
盗んだ聖剣を握った大魔王は、クハハハハハハハハハ!
勝利を確信し、気持ちよさそうな哄笑を上げた。
『大魔帝ケトスよ、かかったな! ワタシは時間経過で次第にデバフが解けていくが、君は反対に仲間にかけて貰っているバフが解けていく。その能力差を計算しなかった、君の負けだ』
『しまった……っ』
聖剣を失い、狼狽する私に――大魔王は眉を下げ。
少しだけ寂しそうに、けれど終わりを見る瞳で。
言った。
『終わりだ――君達との未来も少し魅力的だったけれど、どうやら無理らしい……っ、な、なんだこれは……いったい!』
言葉の途中で、大魔王の身が燃え始める。
燃えない筈の身体が、聖なる炎で焼き尽くされているのである。
くくくく、くははははっ。
くはーはっははははははははは!
今度哄笑を上げたのは、大魔王ではなく麗しき大魔帝。
つまり。
私である――!
『ぶぶぶぶ、ぶにゃーっはははははははは! やーい! やーい! 引っかかった、引っかかった! これが百年の経験の差なのである!』
勝利が確定した私は人間モードから猫の姿に戻り。
くははははははははは!
ビシっと勝利のポーズ!
自らが握る聖剣に焼かれ、大魔王の身が朽ちていく。
その憎悪の魔力すらも、燃えている。
元より勇者の聖剣は、魔王と呼ばれる存在を倒すための剣。その炎は大魔王には特効となって突き刺さる。
『うぐ、うがぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁ! な、なぜ……っ、完全に盗んだはずなのに、どうして……っ!』
『勇者の聖剣はねえ――世界に認められた本物の勇者しか使用ができないんだ。もし資格のない者が手にすれば、その輝きに身を焦がされて死んでしまう――いわば呪いの即死アイテムなのさ! そしてどれほどに強大な君でも、装備カテゴリーで発生する現象に耐性はない。私の勝ちだよ! さあ、おとなしく敗北を認めるのである! くははははははは!』
そう。
様々な散歩を経て、数度世界を救い――私は世界から勇者と認められたが。
大魔王は違う。
これが、私と彼との一番大きな差異。
勇者としての称号、救世主としての称号。
魔導ケシゴムでがーしがしがし!
何度消しても蘇る、呪いともいえる称号が、私には複数授与されているのであった!
へへーんとドヤ顔をして、更にダメ押しに私は窃盗スキルを発動!
効果は成功判定。
壊れた世界から作り出された名もなき魔杖をゲット!
『それじゃあ、悪いけれど――勝者としての権利だ。君に契約を結ばせて貰うよ』
勝者の魔導契約。
眷族化の儀式を発動し、私はモフ毛を靡かせる。
悠然とドヤる私を見て、弱る大魔王が言う。
『初めから……っ、これを狙っていたのか』
『その通り! 理性を取り戻した私ならまず相手の弱体化を検討する、ならばこそ! 絶対にタイミングを見計らって相手の武器を盗むと思ったからね。君は勇者の剣について知らなかったようだけど、私は知っていた。そこを利用させて貰ったよ』
トテトテトテのとててんてん!
くるくると優雅な猫ダンスをしながら、えらーいニャンコな私は大魔王ケトスを私の眷属。
つまり!
ラストダンジョンの猫魔獣として契約!
大魔王ケトスは燃え尽きるが、転生特典である不老不死で再臨。
これで一度死んだことにより、大魔王の暴走も治まって一件落着!
の筈なんだけど。
大魔王は、負けた筈なのに妙に清々しい顔をして――ダーク銀髪イケメン顔を緩める。
『分かった。ワタシの負けさ。それはいい――認めよう。敗者がいつまでもウジウジするつもりもない。スッキリしたしね、世界を滅ぼすことは諦めるよ――今のところはね。おそらく、猫のワタシも納得している筈さ。魔族としてのワタシは……まああいつは地味だし、別にいいとして。それじゃあこれから大事な話をしようか。マスターケトス』
長いセリフを告げて――結界の外を大魔王がチラリ。
そこにいるのは。
今もなお、絶賛大暴れ中のモヤモヤ魔力猫。
うん、なんか――凄い事になってる。
『で、これどうするんだい?』
『んー……死者は出てないから、別にいいんじゃない? 私と君との戦闘。つまり主神クラスの戦いがなくなればたぶん……退散するから。しばらく遊べばまた大気圏と宇宙との境に戻っていくと思うよ? きっと』
『なるほど、コレ……あの魔力の濃い場所を生息地にしているのか。どーりで……ありえないほど強いわけだ』
敗者としての清々しさもあるのだろう。
大魔王は、笑っていた。
これで、長かった戦いも散歩も――終わったのだ。
私も晴れた気分で、外の大混乱を見なかったことにして。
猫口をうにゃん♪
『さて、彼らのお説教も嫌だし今のうちに行こうか』
『行こうって、どこにだい』
ジャハルくんに、こっちは終わったから後は頼むよ!
と、一方的に通信し――。
シリアスな顔で、大魔王に言ってやる。
『どこって、決まっているじゃないか。世界を破壊する気もなく、暴走もしていない今の君なら――会えるよ』
『会えるって、誰に――』
そこまで言って――。
空気が変わった。
大魔王の憎悪の瞳が、揺らぐ。
動揺したのだろう――紅い魔力線が、瞳から流れる。
『まさか――』
『ああ、そうさ。さあ、二人で魔王様に会いに行こう。と、いってもあの方はまだ寝ているからね。挨拶をして、上に乗って早く起きろー! って、二匹同時に猫プレスをしてあげるぐらいしかできない。それでもよかったら、だけど。どうだい?』
告げてやると。
大魔王はぶにゃんと変身!
白きモフモフにゃんこにその身を戻して、ゴロゴロゴロ♪
モコモコ耳もモコモコ尻尾も、瞳もぼっふぁー~♪
『ま、魔王様に、会ってもいいのかニャ!』
『当然さ、私が懸念していたのはそのまま世界を破壊してしまうかもしれない……っていうか、懸念じゃなくて本当に破壊していたんだろうけど。とにかく、世界崩壊だったんだけど。魔導契約の制約があるから今なら絶対安心だしね。ほら、私の肉球を握っておくれ』
言って、私は手を差し伸べる。
彼は私なのだ。
知っているのだろう。
私の真意を。
そう――。
この騒動をうやむやにするために、とっとと逃げようとしているのだと。
『君は本当に、異界のワタシなんだね』
『ああ、そうさ。きっと魔王様も――君を受け入れてくれるよ。まあ、世界を何回も壊しているんだ、お説教ぐらいは受けるかもしれないけど。それでも――大丈夫。あの人、私に甘いからね』
つまり。
寝ている間のお説教の矛先が、ぜーんぶ! 大魔王ケトスにズレるのである!
いやあ、私。
この最強最悪モヤモヤ魔力猫の件も含めて、超やらかしまくっているからね!
大魔王も魔王様に会えるし、一石二鳥なのである!
それに。
まあ――ほんの少し。
この、異なる道を歩んだ大魔王ケトスに私は同情していたのである。
私も、あと数歩――道を踏み外していたら。
こんな風に、世界を破壊する魔猫と化していたのかもしれないのだから。
じ、実際。
一回、ダークエルフの隠れ里事件で世界を滅亡させようとしたし。
まあ、過ぎた話は忘れよう。
大魔王と大魔帝。
二人の心は一致していた。
早く、この場から逃げよう――と。
『コココ、コケケ! 二匹のケトスよ! ちょっと待てい! なにを大団円みたいな顔をして逃げようとしているのだ!』
「てめえ! ケトス! この魔力猫、なんとかするって言ってたじゃねえか! そのままだったってのは聞いてねえぞ!」
「コ、コラァァァッアアアアアアアァァ! ケトスさま! これ、マジでそのままにして行くつもりじゃないでしょうね!」
黒ニワトリさんと、冥界神と優秀な側近の声を聞かなかったことにして。
我等は最終回のシリアス顔で、頷く。
『じゃあ、行くよ。心の準備はいいかい?』
『クハハハハハハハッハ、我の心に問題なし! さあ大魔帝ケトス、我がマスターよ! 魔王様に会うため、我等は行くのニャ!』
『くははははははははは! 異議なし! それじゃあ! みんな、後はよろしくね~!』
言って、大魔帝と大魔王は、くはははははははは!
哄笑を上げて、転移!
魔王様の寝室へと向かう亜空間。
大魔王ケトスは私の肉球をぎゅっと握り――。
ぶにゃん!
本当に、嬉しそうに――笑ったのだ。
ちなみに――。
あとでメチャクチャ怒られた。




