最終決戦 ~二匹の巨鯨猫神(ケイトス)~ その2
異なる道を歩んだ世界が融合してしまった地。
亡き魔王様への愛が膨らみ、巨鯨猫神のようになってしまった異界の私。
大魔王ケトス。
動く無差別破壊モンスターと化した魔猫が、ラストダンジョンに向かって空を進む中。
大魔帝ケトスな私は、空飛ぶ部下の腕に抱かれて――うにゃうにゃん。
肉球を翳し――尻尾の先まで魔力をカッカッカ!
『ま、無駄だと思うけど鑑定してみるか――!』
鑑定の魔力もキャンセルされて。
鑑定の魔道具も妨害判定。
はい、わかってた。
私を鑑定できないんだから、鑑定できるはずないよね。
目の前の……ラスボス級に厄介な猫魔獣を眺めて、ネコちゃん眉もモフしっぽもグネグネとさせてしまう。
『んー……心情的には会わせてあげたいんだけど……これ、完全に暴走してるよね』
『魔王様だニャ! この世界には、魔王様がいるのニャ!』
冥界神による戒めも解けた大魔王ケトス。
巨大でぶニャンコがトテトテトテ。
天翔け、空駆け、天を駆け――猛ダッシュで魔王城に駆ける!
『魔王様ニャ! 魔王様ニャ! ああ、ようやく、ようやく会えるのニャ!』
本当に喜んでいるのだろう。
破壊のエネルギーを溜めこんだ涙を――ぼろぼろ。
堕ちた雫が、ざばん! ざばん!
抉れた海面から覗けるのは――海の底。
ようするに、この涙でさえ凶器。
海底まで、一瞬で届くほどの魔力が込められているという事である。
むろん。
こんなもんが無防備な状態の人間の街に落下したら、壊滅状態になる。
頼れる私の側近ジャハル君が言う。
「ラストダンジョンへまっすぐ向かっているなら……やばいっすね。大きな都市はないっすけど、たぶん何箇所か、人間の街の真上を通る計算になるんじゃ――」
『ああ、分かっている。私の関係者もいる街もあるから、魔術メッセージを送った時点で避難か行動を起こしてはいると思うんだけど……』
人間を心配してしまう。
それも私の変化であるとは分かっていた。そして、ジャハル君も自然に人間の被害を心配している。
そこにも、大魔王世界と大魔帝世界に変化が生まれているのだ。
私はジャハル君をちらり。
憂う横顔は、不謹慎だがとても綺麗だった。
無辜なる民を想っているのだろう――精悍さの中に、女帝としての美麗さが滲んでいる。
ジャハル君が、髪を掻き上げ……鑑定の魔術を発動。
人間の街への影響を計算しているようだ。
ぐっ、と心配そうに唸る。
「オレ……っ、つい最近。また人間の辺境地に投資したんすけど、あれ、絶対! オレが資金援助した人間の冒険者ギルドっすよ! 侵攻ルートのど真ん中っすよ!? 絶対、絶対、元が取れると思って国家予算も通しちゃったんっすから! マジでやばいんすよ! なんとかしないと、ケトスさま!」
そういう……心配かい。
『えぇ……なんか、君が投資した人間の地域ってさ、毎回、壊滅の危機になりそうになるよね? それ、ある意味もうスキルの一種みたいなもんじゃない?』
私と一緒にいる時に相談して投資すれば……。
たぶん、確率判定スキルが成功判定になってウッハウハだろうに。
猫上司と精霊部下。
こっちはまあいつものペースで話が進んでいるのだが。
『魔王様! 魔王様、魔王様、魔王様! いま、会いに行きますニャ!』
まあ……。
泣くことを忘れてしまった私とは違い。
大粒の涙を流し――主人との再会を夢見て駆けるその姿は、なんとも胸が痛くなる……。
同じ存在だからだろう。
大魔王の思考がノイズとなって、私の脳裏をたまに襲うのだ。
動かなくなってしまった魔王様の手を舐め。
何度も何度も、舐めて。
どうして動かないのか――。
分からない。
そんな――ネコそのものの貌で、首をこてんと倒し。
私は魔王様の遺骸に寄り添っていた。
体温を失っていく愛しき御方の身体に縋りつき、ワンワンワンワン泣いた――その日々。
苦しみと悲しみ。
絶望が――。
心に、沁み込んでくる。
もし私も、あの時――勇者を噛み殺せていなかったら。
こんな風に破壊の衝動に呑み込まれ……。
異界のあの方だと理解していても、泣きながら――こんな風に、駆けよらずにはいられなかったのだと思う。
一度、討伐して冷静さを取り戻させるしかない。
百万回だって泣いただろうこの猫を。
私は滅ぼしたくない。
ま、滅ぼそうと思ってもたぶん無理なんだけどね。
ようするに――!
やるっきゃないのである!
自らを鼓舞した私は亜空間に顔を突っ込んで、ガサガサガサ!
回復グルメアイテムやらをムシャムシャムシャ!
大魔王はグルメを捨てたが、大魔帝な私はグルメを捨てていない。
この状況でも、グルメで回復することができるのだ!
『とりあえず倒すなり、魔力を抜くなりしないと! ジャハルくん! 距離を取ってあいつの横に!』
「了解っす!」
消耗した魔力を回復している間の私は無防備である。
なぜなら亜空間に――ずぼ!
可愛い顔を突っ込んでいるからね!
そこで大活躍するのが私の湯たんぽ兼、側近の炎の大精霊!
モフモフにゃんこな私を腕に抱く炎帝ジャハル君が、大魔王ケトスと並走。
んーむ。
次元の穴で体力と魔力回復スイーツを食べながら、アラビアンな美女に抱かれて移動するニャンコって。
実はけっこう……変な姿かもね。
空を舞いながら、ジャハル君が眉を顰める。
「魔王様のところに向かってるのは分かるんすけど……どうして転移しないんすかね?」
『世界融合の影響で、空間座標がズレているのかもしれないね。私も目に届く範囲なら座標を確認できるが――距離が離れていると誤差が生じるようだ。いっそのこと魔王城に転移してくれたら、結界に潰されてそこで終わってくれるんだけど……』
生クリームで口を汚しながらも魔術師として解明、解説する私。
かっこういいね?
「魔王様の元に辿り着いたら――どうするつもりか、分かります?」
『んー……正直言うと、なにをやらかすのかまったく想像ができない。ただ――』
「ただ?」
ちょっと言葉を詰まらせる私に、ジャハル君が息を呑む。
『私さあ。たまーに、私と魔王様以外の全てがなくなっちゃっても構わない。眠る魔王様と二人で、ただただ何もない世界で眠り続けるのも悪くない。なーんて考える事があるんだよね。そうすれば魔王様を襲ってくる可能性のある敵が、一生湧かないわけなんだし。安寧を得られるわけじゃん?』
「つまり――魔王様だけを残して、全世界……やっちゃうってことっすか? いやいや、さすがにそれは考えすぎなんじゃ……って、その貌。マジっすね!? マジでやっちゃう可能性、けっこうあるんすね!?」
いやあ、私って。
悪戯ネコだよね♪
私達より更にちょっと離れた場所。
大海を冥界とリンクさせている冥界神、レイヴァンお兄さんがハンサム顔を尖らせ――くわっと叫ぶ。
「おい、ケトスよー! これ、どうするつもりなんだー! お前さんと同じ魂を持ってるんだ、なんか手はねえのかー! 絶対倒せねえだろ! 封印の手段とか、力を吸う手段とか! ねえのかー!」
『どうするって私に言われてもー! ねー! これー! 冥界に引っ張り込めないのー!?』
言われてお兄さんは考え込み。
バサっと翼をもう一度開き――手を翳す。
魔王様の兄ことレイヴァンお兄さんは白きモコモコ巨大、破壊ネコの横につき。
後ろに撫でつけた髪の毛先を靡かせ。
ニヒィっと口角をつり上げ――ギロリ。
「まあ、試してみるが――期待はするなよ!」
ゴゥ!
雷鳴と共に、十重の魔法陣が天を衝く。
自己狂乱強化スキルで瞳を赤く滾らせ、悪食の魔性としての力を全開にしたのだろう。
その魔力は目視できるほどに歪んで、滾っている。
「始原解放! 憎悪を滾らす巨鯨猫神よ! 冥界の胎へとおまえさんを招待しよう!」
《――ノアの道連れ――》
魔力を孕んだお兄さんの魔術宣言に従い――世界の法則が乱れる。
冥界に招待する魔術のようだが。
ザパザパザパァァァァァッァアン!
こぉぉぉぉぉおおぉぉ……。
海が割れて、海の底から黒い死者の腕が大魔王ケトスの身体に巻きついた。
『ニャニャニャ! おかしい。進まないニャ。昆布でも絡みついたのかニャー?』
死者の腕に抱かれた巨大白猫が、じたばたじたばた。
成功か!
と思いきや。
唸るレイヴァンお兄さんが歯を食いしばりながら、だんだんと海面へと落ち始める。
つー……っ。
その口の端から、濃い血を垂れ流し始めているのだ。
魔力反動だろう。
大魔王ケトスの魔力が大きすぎるのだ。
「捕まえる事はできるが……っ、ダメだ、こいつ――っ、不老不死で冥界との相性が最悪だ! 取り込めそうにねえ、ケトス! 時間を稼いでいる間に、なんとかしろ!」
『もうちょっと待ってよー! 私! こいつに魔力を勝手に使われて、世界創生規模の魔法力を全部吸われちゃって、回復できてないんだよー! 世界を融合させちゃったんだ、それがどれくらいの消耗か、古き神々でもある君になら分かるだろー!?』
私の言葉に、お兄さんは眉をきつく尖らせる。
ようするに。
まだしばらくは、私の力を頼ることができない宣言だからである。
そう!
私はいわば怪我人。負傷者! 休憩が必要な可哀そうなニャンコ!
もっとチヤホヤされてもいい筈である!
悪戯ネコの心が、ムクムクっとしてしまう。
『ねえねえ! もっとー! 私をー! ねぎらってよー! 回復したら、ちゃんとなんとかするからさー! なんとかしてください! ってー! お願いされたいんですけどー! 大量に死者が出ちゃったら―! 冥界。パンクしちゃうだろー!』
「だぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ! おまえさんは! この状況で遊んでるんじゃねえ―! とっとと回復に集中しろ! そろそろマジで、制御の限界だぞ!?」
やりとりの最中にも、冥界へ誘う魔術効果は続いている。
だが。
ぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃいぃぃ……。
魔法陣が崩れ始める。
鈍い音を立て、冥界の門が閉じ始めたのだ。
限界か!
そう思った、矢先――大魔王ケトスがレイヴァンお兄さんをじぃぃぃぃぃぃぃ!
『ニャニャニャ? ブニャ……!? にゃんだ貴様は! 魔王様との再会を邪魔するニャ!』
「やば――っ、あ、あぶねえ……っ」
叫んだレイヴァンお兄さんが転移した。
その瞬間。
カァァァアアアアアアアァッァァァ!
ネコの威嚇音と共に――次元が揺らいでいた。
海を切り裂く猫爪攻撃。
単純なひっかきが、膨大な魔力と共に襲い掛かっていたのである。
ぎりぎり避けたレイヴァンお兄さんは無事だが。
「一旦……っ、離脱する! ここまで力を貸してやったんだ、なんとかしやがれよ!」
死者の腕による冥界誘導は失敗――。
魔力を回復しに一旦、冥界に戻るのだろう。
冥界神相手にこれである。
まーじで、どうすんのさ……コレ。
◇
いや、まあ……。
世界融合での消耗と魔王様への感情の暴走のおかげで、魔術の行使はしてこない。
あの時みたいに、月を割ったり大暴れしなくなったから……むしろ弱体化している状態ではあるのだが。
それでも厄介な事には違いない。
ジャハル君が胸の谷間の亜空間から、備蓄食料を大量召喚し。
「ケトス様、とりあえず亜空間のグルメを食べまくって回復してくださいよ! ほらほらほら! まだいっぱいありますから! いつもの爆食いはどうしたんすか!」
炎のキャンディをぺろぺろ!
輝き燃える紅蓮クッキーをパックンチョ♪
んー、美味♪
これさあ。
普段、ジャハル君が隠しているグルメをぜーんぶ貰えるチャンスなのでは?
『にゃはははは、ごめんごめん! そうだね。いやあ――やっぱりこんなに美しくて凛々しい猫を相手にしちゃうと、どうもねえ?』
「こんな時に自画自賛しないでください!」
『くはははははははは! 世界を救ってほしければ、我にもっと、もぉぉぉっとグルメを貢ぐといいのである!』
まあ、冗談みたいに言ってるが――この世界のグルメをかき集める勢いじゃないと、たぶん回復しきらない。
実際、世界創生規模の魔術の影響は重い。
異界のホワイトハウルが勇者に不意をつかれて、封印されてしまった時と同じなのだ。
もう済んだ話だから、アレだけど。
勇者ってこんな状態の時に、主神でもある魔狼に襲い掛かったんだから。
やっぱり卑怯だよね。
ジャハル君が取り出したいつかの炎牛のステーキ串を、むっちゅむっちゅ。
脂のついた肉球をチペチペしながら私は顔を引き締める。
『とりあえず。時間稼ぎができて、海の上でも行動できる仲間を呼ぶしかないか。ジャハル君は悪いけどそのまま私のジェットエンジンになっておくれ!』
「ジェ、ジェット……なんすかそれ!?」
そういやこの世界、そんなもんないのか。
気を取り直した私はネコちゃんウインクをして。
『君なら私の考えるとおりに飛んでくれるだろうから、頼んだよって事さ!』
「任せてくださいっすよ!」
返事を受けた私は、ふぅと息を吐く。
……。
亜空間に手を突っ込んだ私は、いつもの蜂蜜魔導書を顕現!
よーしよしよし!
いやあ。
亜空間の中の整理をちゃんとしてないから、普段使ってる魔導書じゃないとすぐに出せないんだよね。
ざぁぁぁああああああああああぁぁぁっと黒い霧を発生させ。
魔術詠唱を開始!
『魔公召喚! 盟約に従い、顕現せよ! 我はケトス! 大魔帝ケトス! 異世界の魔猫なり!』
バサササササササ!
開いた魔導書から顕現するのは、魔導バチに寄生する植物魔族。
蟲魔公ベイチト君である。
彼女には、人間と戦うつもりなら全面協力する。その時には呼んで欲しいと言われていたのだが。
まあちょっと状況は違うけど、ピンチだし!
問題ないだろう!
濃厚な蜂蜜と花の香り。
そして蜂の翅音と共に――。
世界を飛び越え、彼女が顕現する。
「盟約に応じ参上した。四大脅威が一柱。蟲魔公ベイチト。我、ここに推参」
『突然呼び出して、すまない! ニンゲンとの全面戦争じゃなくて悪いけど、君の力を貸しておくれ!』
ベイチト君は蜂の顔に花を浮かべて。
ふふふふ、と微笑んで見せる。
「事情、わかっている――、あなたの声。こっちの世界でも、聞こえていた」
「召喚、歓迎! 時間稼ぐ、了解。その間に、魔力回復するといい」
「蜂蜜パンケーキ、持ってきた。そっちの側近に渡しておく」
女帝蜂の姿へと転身したベイチト君は、髑髏状の杖――邪杖ビィルゼブブを握り。
髑髏の顔を、カクカクカク!
玉虫色の魔法陣を抱き――魔力波動を展開。
私の力を借りた魔術を唱えるようだ。
「怠惰なりしも、いと、慈悲深き者――」
「我の世界を救いし猫の王」
「世界と世界を結びし楔。汝の在り処をここに具現する――《自重魔力の漬物石》!」
効果は――。
なんか無駄に偉そうなデブ猫の漬物石を召喚。
対象の頭上に顕現設置。
対象の魔力に応じた重力効果を発生させる、行動遅延魔術のようだ。
続いてベイチト君はレイヴァンお兄さんが残していった魔力飛蝗を操作し。
空を舞う。
踊るように駆けるその翅が、空一面に十重の魔法陣を展開。
「魔公――連鎖召喚」
「顕現して、気まぐれなるジーク大帝」
招かれるように顕現したのは、元ジャガイモの四大脅威が一人。
大魔族、通称謎の触手君である。
ちなみに、私の友達でもある。
触手君は私がプレゼントしたマフラーを風に靡かせ。
ビシ!
彼も状況は理解しているのだろう。
大魔王ケトスに向かい、触手で編んだ魔法陣を展開。
ぐもぐももももももも!
謎のダンスを踊り始め、触手の先に無数の杖を装備。
あらゆる場所。あらゆる次元に、デバフ空間を顕現してみせる。
彼の得意技はデバフ。
しかも大魔帝印の猫祝福マフラーを装備しているので、効果は抜群!
確率判定スキルがほんのわずかでも成功判定を示す、つまりゼロじゃないなら、全て成功判定されるおまけつき!
ベイチト君が触手君の魔術を援護しているのだろう。
大魔王の全能力が徐々に低下している。
『おー! さすが異界の四大脅威! 私相手でもちゃんと足止めできているじゃないか!』
「ケトスさま……あんた、異界でどんな知り合い作ってきてるんすか?」
ジャハルくんのジト目を受けながらも、私は食事を続ける。
ベイチト君に貰ったパンケーキをチペチペチペ。
私は暴走する大魔王ケトスの対策を練りつつ、空を進んだ。
◇
あれから十数分。
魔力を使い疲弊したベイチト君も謎の触手君も一度、帰還。
行動遅延を中心とした妨害を続けているので、敵はまだなんとか海の上。
モコモコ大魔王、白猫鯨神は空を肉球でトテトテトテ。
牛のような歩みで、魔王様♪ 魔王様♪
魔王様♪ 魔王様♪ 魔王様♪ 魔王様♪
と、るんるん気分で進んでいる。
状況に大きな変化はない。
『魔王様はこっちニャ! 早く、早く! なんか足がどんどん遅くなってる気がするけど、早く行くニャ!』
魔王様♪ 魔王様♪
魔王様♪ 魔王様♪ 魔王様♪ 魔王様♪
もはや魔王様を求めて突き進む、それ以外に考えられないのだろう。
これは確かに……制御できそうにない存在だ。
涙で世界を壊してしまったとの話も、納得できてしまう。
魔術を使ってこなくなったのはいいのだが。
その分、遊び心もなくなっているのだろう。
時間を稼いでもらったおかげで、一応……討伐の方法は考え付いた。
私にあって、大魔王にないモノ。
それはグルメ以外にもある。
可能性に賭ける事になるのだが、私はプランを立て猫頭を動かし続ける。
『なんにしても、時間がまだ足りない……っ。私が万全な状態まで回復することが最低条件、そこから結界による一時的なタイマン状態を作り出して……っ』
「ケトスさま、みてください! あそこ!」
頭を悩ませ、魔術計算式を並べまくる私の前にジャハル君の指が見える。
その先には。
『氷の大地? あれ? あんなところに大陸なんてあったっけ?』
「誰かが大海を凍らせて道を作った……感じっすね。待ち伏せしてるみたいですが。どうします?」
と、シューンと氷大陸方面に飛びながらジャハル君。
私はカップケーキを一口で味わいながら。
『ここにいるって事は――たぶん事情を把握しているって事だ、少しでもアレの足止めをして貰えるのは助かる。任せよう。そこにいる皆! かならず、何とかしてみせるからー! 私に時間をおくれー!』
私の頼みに応えるかのように、次々と人影が見え始めてくる。
あれは――人間達だ!
高度な氷魔術で大陸を作っていたのは――。
嘆きの魔性。
商業都市エルミガルドのギルドマスター、ナタリーくんである。
彼女はふふふっと微笑みだけで私に挨拶を残し――。
空に嘆きの波動を展開。
彼女はバンシークイーン、その歌声には強力な力が備わっている。
あぁぁぁぁあああぁっぁぁぁぁ!
嘆きの声による広範囲干渉魔術なのだろう、大魔王ケトスの魔力が徐々に減少していく。
その直後。
氷塊の上。
槍から放たれた魔法陣がネコタワーを顕現させ、大魔王ケトスの攻撃力を低下させていく。
しゅるしゅるしゅる!
槍を回転させ、氷の大地を削りながら――次々とデバフの猫砦を顕現させているのは。
「ケトスさまー! あたしも来たっすよー!」
『マーガレットくん! それに、君達も来てくれたのか!』
白百合の鎧を着こんだ三姉妹。
実は勇者の力の残滓を受け継いでいる彼女たちが、私に向かい手を振ってみせる。
「ええ、ケトス様!」
「たぶん! あなたに助けられた人、全員にー、声が届いていると思いますー!」
かつて迷宮で遭難していた所を救出した、メイド騎士三姉妹。
彼女たちは勇者の力の後継者でありながら――更に、ドラゴンステーキを食したことにより、人間の枠を超えた力をもっている。
はて。
槍使いの暴走マーガレット君の肩に、なにやら見覚えのある魔力を持つ銀ネコが乗っているが。
……なんか、明らかに異様に強い。
まあ、今は気にしている場合じゃないか。
「姉さんと妹が緊急で作りまくってるイチゴパフェを転送するんでー! ジャハルさんに受け取ってもらってくださいっす! こっちはー! こっちでー! 異界のケトス様の足止めをするんで―! 離れててください―!」
『足止めって言ってもー! なるべくダメージを与える系の攻撃は避けておくれ―! そっちにー! ターゲットが向いちゃったら、たぶん、君達即死しちゃうからー!』
マーガレット君がニヒヒヒと笑い。
自動デバフなネコタワーを建築しまくりながらこちらに言う。
「だいじょうぶっすよー! ちょっと死ぬくらい! ケトス様のためなら、それくらい問題ないっすからー!」
「……にゃにゃ、にゃ……」
あ、肩の上の猫が、やっぱりこいつ駄目ムスメだにゃ……って嘆いている。
即死と聞き。
後ろの冒険者ギルドのみなさんも、帝国と王国の正規兵も……ビシっと顔をヒクつかせている。
グルメ帝国の皆も、東王国のヤキトリ姫もそれぞれに魔道具を持って。
空に構え。
煌びやかな鎧をまとったイケメン皇帝が、悠然と告げる。
「聞いての通りだ皆のモノ! 魔道具、構え! ダメージを与えても無駄、ならばこそ我等はその能力を少しでも下げる事に尽力せよ! みみっちく、せこーく! デバフの嵐を送ってやるのだ!」
「ケトスさまー! ガラリア産の魔道具は一味違いますよ! この騒動が終わったら、エビフライー! 食べに来てくださいねー!」
マジックアイテムの老舗。
エビフライが美味しい♪ 砂漠国、ガラリアの皇帝さんと、西帝国の既に暴君じゃないけど通称暴君ピサロくんがコンビを組んで指揮をしているのだろう。
あの二人。
私と関わってから指揮官レベルが上がってるからな~。
まあ、一人は私に土下座謝罪スキルを成功させて大幅なレベルアップをした。
なーんて、ちょっと情けないエピソードなわけだが。
エビフライか~!
皇帝二人によるバフが発動!
結構な量の支援バフが、氷の大陸の上で待ち構えていた人間軍を強化し。
シュシュシュシュシュシュシューン!
魔道具によるデバフ砲撃が、大魔王ケトスの肉球をプニプニっと揺らしている。
バフ要員の皇帝二人の後ろ。
大量のアンデッドを従えるのはヤキトリ姫。
アンデッドの骨戦車に乗っているナディア姫が、魔王様のモノと思われる死霊魔導書をバササササとしながら私に言う。
「ケトス様ー! わたくしもおりますわよー! 八花亭。タレのヤキトリ串十二本詰め合わせセットをお持ちしましたわー! そちらの方に転送いたしますので―!」
「姫様! 涙が降ってきます! どうか、御下がりください!」
言って、元騎士で暗黒騎士のアーノルドくんが紅の魔剣エキゾォチュールを――ぶん!
ちゅどーん!
ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ! じゃきぃぃぃいいいいん!
人間部隊に向かい落ちていた、破壊の涙を一掃!
そのままの勢いで、暗黒騎士は魔剣をギラつかせ――。
「全ては姫殿下のために!」
「ファリアルの、友の贈ってくれた魔道具が活躍する時がきたということか――弟子たちよ、参るぞ!」
吹き飛んだ残滓を更に振り払うように、ぶぉん!
賢者の爺さんと、その弟子たちが風の結界を張り巡らせる。
張った風の結界を踏み台にし、飛んだのは暗黒騎士アーノルド君。
歯を食いしばり――。
「爆ぜろ魔力――魔剣解放!」
ぶおおぉぉぁぁぁぁぁぁぁあああ!
紅い刀身をギラつかせ、暗黒騎士が空を駆け――。
ジャキィィィッィイィィィン!
相手の魔力のみを切り裂き、弱体する暗黒スキルなのだろう。
そのまま空を駆け。
追撃の嵐。
大魔王のステータスを、目に見えて分かる程に低下させていく。
『ブニャ? ノミの分際で、生意気だニャ!』
『あ、まずい! アーノルド君! 君の魔剣は強すぎて、反応しちゃうみたいだ!』
巨大でぶ猫鯨モードの大魔王ケトスが、前脚をぶにゃん!
ざぁぁぁあああああぁぁぁっぁ!
衝撃が、暗黒騎士に襲い掛かる。
『にゃぁぁぁぁぁああああぁっぁぁぁぁ! やばい! 避けて! それはさすがにまずい! 喰らったら、蘇生できないから!』
「心配無用です、だぁぁぁぁぁぁ――っ!」
だが。
ジャキジャキジャキと、全ての衝撃を切り払い――。
「ご心配ありがとうございます、ケトス様! しかし、この程度の攻撃。問題ありません!」
何故かそのまま空を駆け、暗黒瘴気を力へと転化。
アーノルドくんがデバフブレードで大魔王の爪をカット!
神経の繋がっていない部分なので、ダメージはゼロ。
いわゆるネコちゃんのお爪きりである。
それでも能力は、やはり大幅にダウンしている。
海底へと沈む大魔王の爪先。
誰が回収するかは知らないが、たぶんとんでもないレア素材となるだろう。
しっかし、これ。
本来なら悪党サイドである魔王軍の私なのだが。
今の展開ってさ? いわゆる勇者が、冒険の中で助けた仲間の力を借りて、大魔王の力を弱体化する。
最終局面でよくあるパターンだよね。
アニメだったらもう、最終話直前の状況だよね。
それとは別に。
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃい。
私は困惑気味に、ヤキトリをむちゅむちゅしながら言う。
『え、あれ? アーノルドくん。君、たしか魔性とかじゃなくて普通の人間だったよね?』
「ええ! でも問題ありません! 姫が見ておりますので!」
あ、これ。
紅の魔剣エキゾォチュールを使いこなしているうちに、人間の器を越えちゃったのかな。
……。
んー……今さらなんだけど、この魔剣。
人間に渡しちゃって良かったんだろうか……。
もう渡しちゃったんだし、呪われてるから外せないんだし。
使いこなしてるんだから問題ない……。
よね?
どういう原理か分からないが――なぜか空を飛んだまま。
大魔王ケトスと戦い続けるアーノルド君。
もちろん、地上の人間達はちょっとドン引き気味である。
大魔王の意識が、だんだんと戻りつつあるのか。
白猫はぶにゃっと慌てて空を駆けながら、暗黒騎士をギロリ!
『ニャ、ニャンだこいつ!? ほんとうに、ニンゲンなのかニャ?』
あ、敵の方に突っ込まれちゃった。
そりゃ……暴走してても、は? ってなるよね。
ある意味で最上位の支援職である皇帝二人のバフ。
ヤキトリ姫を守るという愛の意志。
多重デバフで大魔王の能力が大幅に下がっている――と、色々な効果が重なった結果なのだが。
ヤキトリをむっちゅむっちゅと串から引き抜き食べて。
イチゴパフェを呑むようにペロンチョ♪
私は構わず魔力回復!
そんな中。
大魔王がついに進軍以外の行動を取り始めた。
その目が赤く輝き――。
『魔王様との再会を、邪魔するニャ! そんなつまようじ、盗んでやるのニャ!』
大魔王ケトスがスキルを発動。
ネコの窃盗スキルを白きモコモコから発生させるが。
判定は失敗。
『ニャニャ! 盗めない? あれ? あー、呪われてるのか、それ。エンガチョなんだ。ぷふふー! さあ、そんなことより魔王様ニャ! 魔王様! 魔王様!』
もし盗まれていたのなら、色々と面倒なことになったのだが――。
しかし、ちょっといいアイディアが浮かんだ。
大魔王も、装備という枠の影響を受けるという事が分かった。
これならいけるかも、そう思っていたプランが形になり始めているのである。
だから。
まあ、危険な魔剣を渡しちゃったかもしれないけど!
ヒントを得られたんだから問題ない!
むしろ正解だった!
私、えらい!
と、自己完結しつつも私は息を吐く。
皆の心も魔力の糧となり、だんだんと私の状態も元に戻り始めている。
にゃっふっふふ!
私は魔術メッセージを各地に送り、着々と準備を整えつつあったのだ。




