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最終決戦 ~二匹の巨鯨猫神(ケイトス)~ その1



 神狼が作り出した地ディガンマ大陸。

 異なる歴史を刻んだ世界。

 二つの大きな聖戦が終わった地に鳴り響くのは――どこかで聞いたことのある猫の声。


 クハハハハハッハハハハハハハッハ!

 クハハハハハハハ!


 何者かの哄笑が――魔力(たぎ)らせ大地を揺らす。


 緊急事態なのは明白。

 大魔帝ケトスこと素敵ニャンコな私は、モフ毛をぶわぶわ!

 両手を広げて転移!


 周囲をきょろきょろ。

 ニャンコ砦の外に出たのだが――。


『えーと、声も魔力も確かにこの辺りなんだけど――あれ? どこにもいないな。しかも、なんで夜になってるんだろう。まだお昼過ぎだったよね?』

『ケトスよ! 上だ、ヤツは上におる!』


 一緒に転移してきた黒シベリアンハスキー。

 実は主神なホワイトハウルが犬手で指差し、息を呑む。


『上って――ぶぶにゃ! にゃ、にゃんだこりゃ~――ッ!?』


 黄金に輝く、月の上。

 なにかが嗤っていた――。


『クハハハハハッハハハハッ! 人類よ、よくぞ我の手駒たちを退治してみせた! 我こそがケトス! 大魔王ケトス! 脆弱なるニンゲンよ! さあ――我にもっと、もぉぉぉっと愉快な娯楽を差し出すのニャ!』


 えーと、マジでどうやっているのか分からないのだが……。


 まず月の上に猫がいた。


 世界の法則を捻じ曲げる、干渉系の魔術なのだろう。

 昼夜も天候も時間も時空も。

 ぜーんぶ、メチャクチャに乱し――巨大な月をコントロール。

 膨大な魔法陣を纏い。

 サーカスの玉乗りのように、月の上を肉球あんよでトコトコトコ!


 月そのものを転がしているのである。

 しかも。

 喉の中まで見える程の大笑い。悪の哄笑を上げながら。


『あれ? なんでワタシ。目覚めたんだっけ……ふぁぁ……ねむい……。まあ、いっか……うん、とりあえず。全部、破壊すれば静かになるだろうし。じゃあ、気を取り直して。クハハハハハハ! ニンゲンよ! 我を畏れろ! 我こそがケトス! 大魔王ケトスであるぞ! 頭が高い!』


 月を乗り回しドヤる獣は――クハハハハハハ!

 宇宙に広がる魔法陣を拡張展開。


 私は月の上の猫に目をやって。


『にゃにゃにゃ! にゃんだ!? あの美しい声に凛々しい顔の猫は!』


 鑑を見た時のように、思わずうっとり♪


 あれが異なる道を歩んだ私なのだろう。

 黒ワンコが呆れた様子で、私をじぃぃぃぃぃぃぃ。


『おまえ……本当に自分の事、大好き過ぎんか?』

『だって、私だよ? 魔王様に愛されし、私だよ!? 大好きに決まってるじゃないか!』


 ビシっと言い切ってやったのである。

 ……。

 って、遊んでいる場合じゃない!


 見惚れてしまう私の全身に――濃密な重力波が襲う。

 頭が高い。

 そう言っていたから、頭を下げさせる大魔術を行使しているのだろう。


 効果は単純、頭を下げさせ続ける。

 それだけである。


『な、なんだいこれ! ホワイトハウル! 君、結界は……っ、張れるかい――っ?』

『ここでは近すぎる……っ我は一度、転移する――ぞっ!』


 ワンコが離脱する中、私は耳を抑えて空を見上げる。


 月を乗り回し嗤う猫。


 その姿はコミカルだが悪質。

 とんでもない複雑な魔術式が、私の猫頭に響き渡り続けていたのだ。


 魔力の乱れが酷い!

 悪い酔いした感覚が、精神領域を襲う。


 邪悪なネコが月の上でエッヘン! 襲い来る精神汚染系の怪音波。

 ヤツはクハハハハハによる猫哄笑攻撃を行っているのだが、これをレジストするのがけっこうきつい。


 こういう状態異常攻撃は、完全無効の筈なのに……っ。

 相手の耐性そのものを無茶苦茶に弄っているのだろう。


 ともあれ耐えきっている私に――。


 月の上の魔猫がこてん?

 首のモフモフを膨らませ、顔を傾けている。


『って、あっれぇ~!? なんかワタシに頭を下げていない生意気なネコがいるじゃニャいか!?』


 夜空でころころしながら、尻尾をびたーんびたん♪

 魔猫は鑑定の魔力で全身を赤く染め、くわっ!


『君はワタシか! クハハハハハハハハ! 素晴らしい! にゃるほどにゃるほど! やあ、初めまして異界のワタシよ! どうだい、我の再臨にふさわしき満月であろう! まあ、なんか空気の読めない太陽が出てたけど……取り替えちゃったから問題ないよね! ニャハハハハハハハ!』

『って、さっさとその迷惑な嗤い声をやめてくれないかな!? それ! 本来なら私の役回りなんですけど! 私だって、くははははははははってやりたいんですけど!?』


 くそ……っ!

 私より目立ちやがって!


『異界の大魔帝よ! 先ずは貴様の手腕、誉めてやろう! ついでに、我が配下の悪党どもを制圧したことも褒めてやろう! そこで、君にご褒美がある。いーや、君達全員にプレゼントだ! さあ綺麗な花火を受け取るがいいなのニャ!』


 告げて――月の上の猫が、くわっぁぁぁぁぁぁぁっと咢を開き。

 紅い瞳を、ギンギラギンに光らせる。


 きぃぃぃぃっぃぃぃいん!


 月の獣はそのまま――ゲシゲシとネコキック!

 まんまるお月様を蹴り上げて――ニヒィ!


『そーれ! ていっ、バッコーン! ネコちゃんパーンチ!』

『パンチじゃなくて、キックだし! って、にゃぁぁあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁあ! こいつ――月を壊しやがった! 魔力充填――詠唱開始! 我こそがケトス! 大魔帝ケトス! 時を操る魔猫なり!』


 慌ててモコモコ猫毛を逆立て――。

 紅き魔力を纏った私は、猫目石の魔杖をぐるぐるぐる!


『戻れ、逆巻け時間軸! 閉じて開いて、固定せよ! 《リバース・マジックショー》!』


 月の崩壊によって生じる魔力エネルギー。

 暴走する魔力の奔流を放置すると、世界が軽く三度は崩壊してしまうので相殺!

 慌てて代わりとなる月を時間逆行で顕現させる私。

 偉いしかわいいね?


『ぶにゃぁぁぁ? ニャニャニャ!? にゃ、にゃぜ!? 我の割った月が元に戻っているのニャ! まあ、いいか……じゃあもう一回!』

『いやいやいや。もう一回じゃないし! スナック感覚で、しかも私と同じ顔で天体を壊すんじゃない!』


 魔術発動を妨害して――。

 ビシっと暗黒色の肉球で指差してやったのだが。


『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? こ、このワタシにお説教だと! にゃにゃにゃ、にゃまいきなヤツだにゃ! 名を名乗れ!』


 私の生み出したもっと大きな月が、夜空の魔猫を照らし出す。

 そこにいたのは、一匹の白猫。

 相手はビシっと、ピンク色の肉球で指差し返してくる。


 更に私はビシ返し!


『だーかーらー! 大魔帝ケトスだって、言っただろうが! 君、やっぱり破壊のエネルギーに呑み込まれてるから思考が安定しないのか……って、あれ? 白猫だね。君、闇落ちしたとはいえ私なんだよね? なんで色が違うんだろ』

『うわあ、にゃんだにゃんだ! この美しい猫は! きっと、由緒正しい美猫に違いないのニャ! 美しさがそのまま猫の姿となっているような、凛々しい猫だにゃ!』


 白くふわふわな猫毛をもつ、美しい魔猫。

 ちょっと太った、ふてぶてしい顔の猫が――私を見て。

 じぃぃぃぃぃぃぃぃぃい。


 私も、なぜか真っ白になっている美しい猫を――。

 じぃぃぃぃっぃぃぃぃ。


『え、マジで……なーんで異界の私、白くなっているんだい』

『おや、これは――はは~ん! にゃーるほどね~、にゃんかおかしいニャ~と思っていたら、まだ黒かった時代の異界のワタシが顕現していたのか!』


 言って、大魔王ケトスは肉球を鳴らし。

 空間転移。


 もこもこな頬毛をピクピク。

 新たな月を玉座として座り込んで、悪の皇帝顔で口角をつり上げてみせる。


『初めまして、魔王陛下を守り切った世界のワタシよ。ワタシはケトス。さきほども告げたかもしれないが、そんなの関係にゃい! 我は名乗りたいときに何度でも名乗るのだ! グハハハハハッハ! 我こそが、大魔王ケトス。闇に落ち、漆黒の猫毛を捨て白くなったケモノである!』

『え、いや……私って……闇落ちすると逆に白くなるの?』


 問いかけながら私は、ぎりっと猫のお口を引き締める。

 こいつ。

 コミカルな存在っぽいが、その実はかなり狂った存在なのだろう。


 かなり支離滅裂だし。

 思考がまとまっていない。

 それにだ。


 考えてみて欲しい。

 この猫がさっきまで何をしていたのかを。


 こいつは――自分が登場するギャグシーンのためだけ。

 つまり演出のためだけに月を崩壊させたのだ。


 軽く言ってはいるが、本来ならありえない大奇跡なのである。


 あれほど遠くにある月。

 天体とは目に見える範囲にあっても――実際にあるのは遥か遠く。

 干渉するには膨大な魔力が必須なのだ。


 更に月は魔力満ちた天体。

 魔力天体に干渉しながらも現実時空の距離を捻じ曲げ、肉球の下に顕現させ――なおかつそれを蹴り上げて、破壊したのだから。


 最近は強力な存在同士の戦いのせいで、天体操作魔術をぽんぽん。

 ブニャブニャぶにゃんと利用しまくっているが――天体とは本来とんでもない質量を持った、巨大な魔道具のようなモノ。

 干渉に必要な魔力も膨大。

 本当は、小指の爪の先ほどの距離を動かす事さえ困難な存在なのだ。


 それを、こいつは。

 月の上で違和感なくコロコロコロ。

 跳ねて蹴って、ごーろごろ。今現在は玉座として使っていた月を、ダイエット用のバランスボールのように、ぷにょんぷにょんにさせて遊んでいる。


 それがどれほどのインチキか。

 どれほど別次元な魔術を複数行使しているか、魔術を齧ったことのある人間なら少しは理解してもらえるだろう。


 月の上でゴロゴロする白猫が、私を睨み。


『ふむふむ。にゃるほど~、君。強いねえ~……って、う、うわ、ひくわぁ……なんにゃこの能力値。マジで引くんですけどぉ……。えー……純粋な能力値で、憎悪を増しているワタシとほぼ同じって。チートじゃん、チート。こんなの削除対象でしょ』

『いや、君には言われたくないんだけど。まあいいや』


 これは……会話が可能なのかな。

 ちょっと不安定だけど。


『えーと、一応確認したいんだけど。話し合いはできるかい? できるなら私は君を滅ぼしたくはなくてね、交渉で解決できるならそっちの方がいいじゃん? 成立するにしても決裂するにしても、ササっと済ませちゃいたいんだけど。どうかな、君もあの二獣みたいに私に協力する気はないかい?』

『その言葉、そっくりそのまま返すよ? ねえねえ! そんなに強いんだし、人間への恨みもちゃーんと残ってるみたいだし。ワタシと手を組まないかい? 大魔王と大魔帝で、おもしろおかしく、いろんな世界を回って悪戯してさあ』


 一応、会話はできている。

 これはチャンスか……それとも――。


 ともあれ私は肉球を傾けて、言った。


『ちなみに、君の悪戯って、どれくらいを想定しているんだい』

『そうだねえ。まあ……世界から悪人をぜーんぶ駆逐して! 良い人はぜーんぶ! ネコ魔獣へと転身させるぐらいかな?』

『悪人を駆逐は分かるけど、猫魔獣化って――それは一時的って意味じゃ、ないよねえ……そりゃ』


 嘆息と共に漏らす私の言葉に、白猫は言う。


『当然である! 全人類のネコ化だにゃ!』

『人類、ネコ化計画――か』


 人間を猫化させるなど、わりと外道な魔術である。

 ……。

 ま、まあ私も数人。ネコ化したままにしちゃった人間がいるけど。

 あれは……ほら、ね? うん。最終的には猫と恋をして、向こうも納得して猫魔獣になったからセーフ!


『異界のケトスよ! よく考えるといいニャ! ワタシのいるこの世界軸も、君がいる世界軸も悪で満ちている! その大半がニンゲンだにゃ! だったら遊びながら掃除しようと思う、それのどこが悪いのニャ! そして人間はいつか悪を行う生き物にゃ! だったらぜーんぶ、猫化すれば悪も悪でなくなる。イコール世界平和なのにゃ! これは魔王様の意志にも反していない!』


 たしかに。

 ネコならば全ての罪は許される。


 異界の私の理論は完璧だ。

 人間による悪はなくなるだろう。


 あれ? わりとありじゃない?

 頭の上にぶしゅぶしゅぶしゅ~!

 考え過ぎて湯気を上げる私の後ろ。


 気配と音が――。

 シュンッ。

 人類、ネコ化計画を真剣に考え始める私のモフ耳を――女子高生の声が揺らす。


「うわっ、マジでケトスっちが二匹いるし!」

『全人類がネコになれば魔王様もモフモフパラダイスで……喜んでくれるかもしれないしぃ。マジで、ありじゃね?』


 シュンという音の正体は――私の転移波動を追従した転移魔術。

 顕現したのは女の子。

 実は転生した魔王様の愛娘だった、聖剣使いの女子高生勇者ヒナタくんである。

 

 黒髪と学生服を靡かせた彼女は私ではなく、ビシっと月を指さし。


「ちょっとケトスっち! なに騙されてるのよ! 全員が猫になっちゃったら、ネコの価値が下がって愛でで貰えなくなるわよ!」

『はっ! しまった。な、なんて恐ろしい精神攻撃。あやうく騙されるところだった!』


 私はギリリと猫牙を食いしばる。


『交渉決裂だね! 君の野望は叶わない!』

『いや、半分冗談で言ってたんだけど……そんなに真剣に考えられて、えぇ……ってなってたし。まあ、いいや。えーと、そっちのニンゲンは――ほう、勇者か! にゃるほど、にゃるほど! なかなか良い魔力を持つ娘である! にゃーんか懐かしい魔力だけど……君、もしかして』


 白猫ケトスがヒナタくんの顔を、じぃぃぃぃぃぃ。

 魔王様の魔力の名残を感じ取っているのだろう。


「な、なによ!」

『んー……ワタシの魔王様、もう転生しちゃってるのか。転生した場合って、ワタシの魔王様なのかな? それとももう違うニンゲンなのかな? どっちなんだろう』


 頭に湯気をじゅわじゅわっと浮かべて、大魔王ケトスは混乱中。


 白きモコモコ手で腕を組んで考え込む姿。

 悩むネコちゃんの凛々しきポーズもやはり美しいのだが――。

 ……。

 しかし……まずいな。


 この破天荒さ。

 物理法則も魔術法則も無視できる能力。

 魔王様消失と破壊のエネルギーとの融合のせいか、不安定な情緒。

 とんでもない性格で何をするか分からない魔猫。


 これ、とんでもない地雷だよね。


 下手すると、私の世界で眠っている魔王様の存在まで感知し……自分のモノにしようとする、なーんてこともやりかねないし。

 思ってしまった。

 その途端。


 ざわざわざわ。

 ざわざわざわざわざわざわざわざわざわ!


 空気が――変わる。


『なるほど。ふーん……そっか。そうだよね! 君の世界には魔王様がいらっしゃるんだ。まだ、魔王様が……魔王様が、魔王様がいる。そうだね。うん。そうだよね。魔王様、いるんだもんね』


 しまった……っ。

 こいつ! 私だからある程度他人の心を読めるのか!?


 ラストダンジョンの魔王様の寝室。

 あそこは最奥だし。

 厳重に封印されている。けれど、その封印を素通りできるモノが三人いる。


 ロックウェル卿と、ホワイトハウルと――そして、私。


 異界の私であったとしても、その封印を解くことができてしまうのではないか。

 そんな嫌な予感が、私の猫耳を後ろに下げさせる。

 って!

 今もこれ、頭の中で考えちゃったら――。


 魔猫が――嗤った。


『にゃぁぁぁああああああぁっぁぁぁ! 本当厄介だね、私って! 言っとくけど! 私の世界の魔王様は私の魔王様だからね!』

『君は良い事を考える。さすがワタシだ。そうだね――うん、君の世界に行って、盗んであげるよ!』


 バリ、バリバリバリーン!

 次元を裂いて――大魔王ケトスが世界の境界線を目指し消えていく。


 慌てて私も次元の隙間に入り込むが。

 赤。

 赤。赤。

 目の前に、ぞっとするほどに濃い憎悪の赤が浮かんでいた。


『なっ――! 待ち伏せ!』

『ブニャ! ブニャハハハハハッハハ! 引っかかったね、ワタシだけの力じゃ君の世界への扉を作るのに時間がかかるけど――君の力を利用すれば! 開け世界よ、交われ世界! 汝の時空は決して交わらず、なれど我等は交差する。譬え異なる時空であっても、其に接点もまた在りき! 繋がれ交われパラダイス! 世界結合魔術! ニャンコ・ザ・ワールド!』


 憎悪の魔性として膨らんだ大魔王の力が発動する。


 きぃぃぃぃっぃぃいん!

 私の瞳は見た。

 世界そのものを包む、大規模魔法陣が――展開されていく様を。


 異なる世界が――融合していく。


 ◇


 元の世界。

 何もなかった東の大海部分に、突如として第六世界――ディガンマ大陸が顕現する。


『な、なんて無茶を……っ、黒ワンコと黒ニワトリはヒナタくんを回収! 世界結合の影響で世界そのものに大規模な亀裂が走ってるはずだ! 急いで修復を!』


 闇落ち極悪アニマル二獣もこの事態には、驚天動地。

 さすがにシリアスになるのか。

 二匹は転移しやってきて。

 私の指示を了解し、闇の霧の中へと入りこむ。


『まったく、ケトスよ……おまえたちが二匹そろうと、ろくなことをせんとは思ったが』

『まさか、世界を結合させてしまうとはのう……』


 ぼやきながらもヒナタくんを回収し、彼らは行動を開始していた。

 ディガンマ大陸は無事。

 たぶん、主神でもあるブラックハウル卿がいればなんとかなる。


 私は意識を、異界の私へと切り替えた。


 それは、空に浮かんでいた。

 ふよふよふよと。

 けれど、その顔は――西から昇る太陽の輝きを眺めている。


 いや、ありえない。

 あれは――魔王様の輝きだ。


 魔猫の目線の先には――魔王様がいる。

 それが世界に影響を与えて、まるで、西から太陽が昇っているように……見えているのだろう。


 世界創生規模の大魔術を行使して、弱っているようだ。

 大魔王ケトスの魔力は明らかに低下していた。


 その小さき白猫が、きょろきょろ!

 周囲を見渡し――鼻をスンスン♪


 目が膨らみ――鼻腔も膨らみ。

 ぱぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっと表情を崩して、全身の毛を震わせていた。

 白き獣毛が、もこもこ膨らんで。


『ああ、魔王様! 魔王様のいる世界ニャ!』

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 世界融合の大奇跡なんて、これ! 絶対に魔王さまが目覚めた後に説教されるヤツじゃん!』


 頭を抱えて叫ぶ私に構わず、大魔王ケトスは身体を溶かし。

 破壊のエネルギーそのものとなって空に膨らんでいく。


 重なった世界の空に――まるで大鯨神ケイトスのような白鯨が顕現。

 ラストダンジョンの方向へとまっすぐに。

 侵攻し始める。


『魔王様、魔王様! 魔王様! 魔王様だにゃー!』


 異界の私はぼろぼろぼろ。

 大粒の涙を流しながら――空を走る。


 ま、まあ見た目は白いモコモコの先からぴょこんとネコ手、ネコ足がくっついている感じの――こう、なんつーか。

 白鯨猫ケイトス・キャット

 巨大でぶ猫なわけだが。


 とにかく、止めないと!

 零れる涙さえ、大地を抉る魔力砲となって海を抉っている。


 暴走したままのコレが、お眠りになっている魔王様の元に辿り着いてしまったら。

 白鯨猫の目の前に顕現し、私は肉球をビシ!


『闇の魔槍よ――!』


 短文詠唱による闇の槍召喚!

 とりあえず、足止めをする!


 時間を稼いでいる間に――繋がった世界の皆に連絡を。

 そう。

 頭を働かせたその時だった。


 白鯨猫の瞳が赤く染まる。

 動いている!?

 私の呪縛が効いていない!?


 あ、まずい。


『魔王様との再会を邪魔するニャ――ッ!』


 大出力の魔力閃光が私に向かって放たれる。


 このままだと直撃を受ける。

 けれど。

 避けられなかった。

 何故か、身体が動かない。

 世界結合魔術に私の魔力も利用された影響か。

 いや、それだけではないだろう。


 白鯨猫が、毛を逆立てて――涙を零しながら、私を睨んでいたからだ。


 ああ、分かる。

 分かってしまう……っ、そうなのだ。


 私は――この白鯨猫に、魔王様を失っている私に同情しているのだ。


 魔王様がいない世界。

 魔王様を守り切れなかった世界。

 この私は、何度泣いたのだろうか。

 そう、思ってしまったのだろう。


 って、しんみりなってる場合じゃない!

 ガードガード!

 ダメージを覚悟し、目をぎゅっとつむったのだが。


 シュゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウゥゥッゥゥ!


 あれ?

 痛くないね?


 うっすらと瞳を開けると、そこにあったのは褐色肌のおっぱい。

 助かったけど。

 こんな所に、ネコちゃん専用エアバッグなんて召喚したっけ?


 ペチペチと叩いてみると、湯たんぽのような温かさがある。


「まぁぁぁぁっぁあった、勝手に抜け出して! あんた! なにやってるんすか! 今の攻撃ぐらい避けられるでしょうが!?」


 猫の身である私を抱き、その場から離れ。

 迅速に私を守っていたのは――。


『ジャ、ジャハルくん!? どうしてここに!』


 そう、私の側近で炎の大精霊。

 アラビアンで男勝りな美女、炎帝ジャハル君だった。


「どうしてじゃないっすよ! ケトス様! あんたがなかなか帰ってこないから、共犯者のファリアルを問い詰めて、魔術モニターで探そうと思ったら全然見つからなくて。それでもようやく魔力を辿って映像を映して――発見したと思ったら、大戦争中。異なる世界軸の、異なる世界の極悪アニマル三獣神と戦ってたんすよ! マジ、ビビったんすからね! 心配したんすからね!」

『にゃはははははは、ご、ごめん……助かったよ』


 それにしてもタイミングが良すぎる。

 元の世界のロックウェル卿に、私が戻ってくる場所を予言して貰ったのか。


 白鯨猫はジャハル君にも私にも興味がないのか。

 そのまま魔王城に向かって進軍している。


『話もお説教も後だ! お説教はそのまま流れてもいいけど……とにかく、異界の私を止めるのを手伝っておくれ! 彼は魔王様を失った私、何をするか分からない!』

「魔王様関連のケトスさまってことっすか! マジでやばいじゃないっすか!」


 言いながら、私はこっちの世界の仲間に事情を伝えるべく魔力通信。

 時間も無いので。

 私が見てきたモノを全部、送り込む。


『そう、本当に――やばいのさ。このままだと異世界を含めて全世界が壊れてなくなる可能性もある! 世界の危機なのさ!』


 叫んだ刹那。


 キィンキィンキィン!

 突如として現れた十重の魔法陣。

 詠唱の声が――魔力飛蝗の翅音と共に鳴り響く。


 海中の底から顕現した漆黒神殿が、その扉を開き。


「原初――解放。アダムスヴェイン。我、魔術の始祖王の兄にて、奈落の王。レイヴァン=ルーン=クリストフの名のもとに命じる。汝、大魔王ケトスよ! だぁぁぁぁぁ、まどろっこしい! その歩みを止めやがれ!」


 酒とタバコで灼けた、ハスキーな男の声が響き渡る。

 扉を潜って顕現したのは人影。

 ワイルドハンサムで皇帝風な男が――黒き翼をバサっと広げ――。

 手を翳す。


 ゴガゴゴゴゴゴゴゴガゴォォォッォオオオオオオオオオォォォッォォン!


 私のニャンズアイに引っかかる魔術名は――。

 《滅びし奈落のアポリュオーン》

 神話再現魔術、アダムスヴェインである。


 魔術効果は――フィールドを冥界に変え、効果対象の行動を遅くすること。

 か。

 今の魔術は並の存在では使う事も感知することもできない、幻の禁術。その使い手は、奈落の貴公子。

 魔王様の兄である。


 長く筋張った指でタバコを弄び、ふぅ~!

 煙結界で私を強化しながら彼は言う。


「久しぶり……ってほどじゃねえが、まだ無事だったようだな! いやあ、まさか召喚に割り込んでいって別の世界軸に入り込むとは、おまえさんも相変わらず常識離れな散歩をしてやがるなあ、おい」

『レイヴァンお兄さん! 君まで!』


 ジャハル君の腕の中で私は、ビシっと肉球で指をさしてしまう。


「よっ! なんだなんだ? 俺様に会えなくて寂しかったか、このモフモフ魔獣! だーっはっはっは! 異界のおまえなんぞ、この冥界神の力にかかりゃ……って! やべえ、数十秒しかもたねえな、これ」


 おそらく私の幸運値の影響だろう。

 結果的に弱体化した大魔王ケトスであったが。

 その力は健在。


 今のレイヴァンお兄さんは冥界神モードで、全力全開だった。


 いつもはおちゃらけてる、三枚目を装った冥界神が全力で放った攻撃。

 ギャグキャライケメンのシリアス攻撃なのだ。

 それを受けても、白猫は侵攻を止めない。


 数十秒の足止めしかできないとなると。


 これは――うん。

 私ってさ。

 敵に回すと、まじで厄介でやんの……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] わー!!ハチャラメッチャラだよ!! 若干理性吹っ飛び気味の真っ白にゃんこな大魔王ケトスにゃん。 どーなんのこれ!! (´д`|||) [一言] 大魔王ケトス様次元を越えて大魔帝ケトス様…
[一言] なんだこの似非補完計画は。ゼ●レもびっくりだー。
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