魔獣聖戦 ~かつて女神に仕えし獣~後編
ギャグ補正で強力になっている闇落ちワンコが、次元の狭間からネチネチネチネチ。
安全な場所から。
一方的に。
天使を飛ばしてきたり。
異界神話を再現する特殊な魔術、アダムスヴェインで女神系の召喚幻影を飛ばしてきたり。
せこーくこっちを攻撃してきます。
……。
にゃぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!
戦場となった平原で。
大魔帝ケトスこと最強ニャンコな私、今回はわりと真面目に苦戦中。
反面。
襲い来る天使兵を打ち払いつつ、魔王軍は絶好調。
私の配下の魔物達は強化を続行し、何重にもバフを重ねてチャンスを窺っているのだが……。
彼らが受けるダメージを全て。
ぜーんぶ、まるっと、さくっと、私が肩代わりしているため。
もしダメージが目視できる魔術でもあったのなら、私の頭上に、赤い数字が滝のように流れては消えている事だろう。
軍一つのダメージを全部引き受けてるわけだからね。
『ぶにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! じ、地味に痛い!』
『グハハハハハハハ! 異界のケトスよ――我に降伏せよ! 主神となった我の力、たとえ魔力を移した分身体であってもキサマの力を既に超えている。滅びを知らぬ汝を滅することは我にも出来ぬし、する気もないが――これ以上傷付けたくないのだ』
お優しい言葉である。
実際、これ私だから生きてるけど――普通の大魔族ならとっくにダメージで何十回と死んでるからね。
私は考える。
今回はロックウェル卿が既に世界を守っている。
衝撃と魔力から守る結界を張っているのだ。
多少の無理をしても、そのまま世界が滅びるという事はない。
ただ問題は――ホワイトハウルの見せた先ほどの月召喚魔術。
太陽を奪われたのだ、おそらく――私の得意な天体操作魔術を使ったとしても逆に乗っ取られるのがオチ。
ロックウェル卿を倒した際に使ったブラックホール。
あんなものを反射などされたら、それこそ全滅してしまう。
まあ、試してみるか!
紅蓮のマントを靡かせ、猫目石の魔杖を翳し。
私はネコしっぽをもっふぁ~と揺らす!
『魔力――解放! 天に遍く星々よ! 流れ集いて浮かべ星! 集え、膨らめ、降り注げ! 天翔ける星の矢となり、次元の彼方に贈呈せよ!』
『天体操作系魔術か――だが、甘いわ!』
やはりカウンターマジックを用意してあるのだろう。ワンコが次元の狭間から犬の爪を伸ばし、空に魔術文字を刻んでいく。
私の詠唱とワンコの神話文字詠唱。
ゴゴゴゴゴゴオゴゴッゴゴォォォオオオオォ!
十重の魔法陣が荒れ狂う中。
当然、相手はカウンターを狙っているのだから――。
私の魔術の方が先に発動する。
『星々召喚魔術! キラキラあられ流星群!』
『魔術反転! マジックリアクター!』
魔術名が世界の法則を書き換え、天を黒雲が覆う。
降ってきたのは――異世界のあられ菓子。
そう。
私が唱えたのはいつか出逢った水龍神の天体魔術。
天子黒龍神の使ってみせた珍技。
異世界のデパートから星の形に見えるお菓子を購入し、こちらの世界に顕現させる大魔術である。
こんなギャグ魔術でも、マジで天体操作系に分類されるからね。
これ。
『な……っ! お菓子召喚魔術だと!』
『ブニャハハハハハハ! やーい! 引っかかった引っかかった! ねえねえ!? どんな気分!? ドヤ顔でお菓子転送魔術を反射したって、どんな気分!?』
戦場に降り注ぐアラレ。
そのお菓子の包みは、見回りネズミと自動召喚された猫魔獣大隊がおいしく回収中♪
後で皆に、くばっとこ!
『さて、これで君が天体魔術を反射できることは分かった――後は』
そう。
後は……どうしよう?
肉球に汗をにじませる私を見て――。
『そちらがその気ならば、我は大魔術を見せてやろう! おそらくもはや誰も知らぬ魔術、貴様にこれが防げるかな?』
言いながらも、グフフと嗤い。
転移。
ワンコは遠く離れた場所の次元から、ワフッ!
シュっとした黒きイケワン顔を覗かせて、詠唱を開始!
ワンコの手が、まるで弓を引き絞るような形をさせて――神の雷霆、つまり神雷を纏い始める。
バチバチと静電気で膨らむ犬モフ毛。
これは――。
『神話再現。始原解放。顕現せよ――原初の力!』
神の雷鳴の矢。
大嵐たる一条の神雷矢!
『我がかつての巣よ、古き懐かしき魔王軍よ! 魔猫のココロを縛る汝らは要らぬ、消えてなくなるがイイ!』
雷鳴が多重魔法陣を描いて、魔王軍に襲い掛かる。
私ではなく、向こうに直接ダメージを与える事で――魂リンク状態の私にダメージを与えるつもりか!
神雷纏う魔術の矢が、降り注いだ。
が。
『これさあ、私一度見たことがあるんだよね。異界の神話大系。主神の力を借りた、天地雷鳴の魔術だろ? はいはい、君達、出番だよ』
肉球を鳴らすと、私の影から古き楽園の蛇神親子が顕現し。
かつての主人が放った最後の一撃を吸収し。
ニヤリ!
蛇神は古き神の力を宿し、その背に大きな翼を生やし始める。
見事、攻撃を全て防ぎ進化を果たした彼らは天を踊る。
宝石のように紅い瞳をキラキラと輝かせ、空を泳いでいたのだ。
私の役に立てた事を、喜んでいるのだろう。
『楽園に棲む太古蛇神だと! それは魅了の原初神に拾われ、使役されていた筈。ケトスよ、なぜ貴様が我が同胞らを使役している!』
『ま、君の知らない世界でも色々とあったのさ』
同胞ら。
そういうからには、やはりホワイトハウルも楽園に棲んでいた獣なのだろう。
この蛇神達は楽園の地を這い、踏みつぶされていたような野生動物。
そこをかつてはまともだった女神に救われ、拾われたのだ。
その後、彼女は狂ってしまったが――最後にはこの蛇たちを私に預け死んでいった。
経緯や詳細は違うだろうが……。
白銀の魔狼も、似たような経緯で魔王様に拾われたのではないだろうか。
私は動揺するホワイトハウルの心に接続する。
魔狼の過去を、少しだけ覗くことができた。
◇
魔狼の誕生は、楽園の深い森の中。
原初の神々を祀る祭壇の上、彼は一人で生まれた。
その誕生の経緯は――異世界召喚。
最も正義感の強い魂を異世界から呼び寄せ、裁定の神獣として転生させる儀式――つまり悪を裁く召喚神獣として招かれたのである。
そして楽園にとっての悪とは――。
人間に魔術を授けた魔王陛下。
けれど魔狼は自らを召喚した古き神々の方を、噛み殺した。
それもそのはずだ。
彼は異世界召喚で招かれる際に、転生されるために魂を抜かれた。
つまり、殺されたのだから。
それは悪である。
かつて生まれ変わる前。
魔狼がどこの異世界で生きていたのか、それは私には読み取ることができなかった。
けれどその人となりは垣間見ることができた。
やはり公明正大。
冷静で理知的なシュっとした、シャープな印象のある男のようであった。
高潔に生きた彼の仕事は――人の罪を量り、罰を定める厳格で重要な職業。
その世界にどんな種族がいたのか、それは私には分からなかったが。彼は主に人間種を裁いていたようだ。
もし人間社会でその言葉を探すとすると、裁判官。
であろうか。
まるで死者の罪を量る、アヌビスのような仕事をしていたようだ。
けれど。
罪を量るには、その罪を犯した事件や経緯、内容の詳細を知ることが求められる。
惨く凄惨な場面を、何度も目撃したのだろう。
だんだんと、人の醜さを感じ始めたのだろう――。
その生活はあまり明るいものではなかったようである。
いつの日にか、荒んだ心を抱いたまま――彼は腹を刺されて、死んだ。
それはおそらく、転生召喚で招かれた影響だろう。
けれど腹を刺されたぐらいで死ぬなんて、普通じゃあまりない。きっと、魔狼に生まれ変わる前は人間のような弱い種族だったのだろう。
犯人は、罪を裁かれた加害者の関係者ではない。
被害者の家族だった。
魔狼はただ、法に則り厳格に罪と罰を定めただけ。
そこに何の落ち度もなかった。
けれど――被害者の家族にとっては物足りない判決であったのだろう。
誰が悪かったのだろう。
魔狼は死ぬ意識の中で考えていた。
それでも魔狼は、己が正義を貫くことを悔いてはいなかった。
正しくあり続けたのだ。
そして。
生まれ変わり。
魔狼は魔王陛下を裁くことはなく、そのまま楽園の森に棲み続けた。
もちろん、自分を裁くために呼ばれたはずの召喚神獣が襲い掛かってこないことに、魔王様が気付かない筈がない。
逆に召喚主である古き神々が喰われたと聞き、そんな面白い話をあの方が放置する筈がない。
そこで魔狼は初めて、魔王様と出逢ったのだ。
楽園を追われ、堕天させられた魔王陛下の後を追い楽園を捨て。
魔狼は魔王様を探し求め続けた。
脆弱なる人間に魔術を与えたことは間違っていなかったのだと。
そこに正義はあった筈だと。
彼なりに答えを出したのだ。
魔狼は魔王様と再会した。
魔王様は自らの兄が自分のせいで殺されたと知って、荒れていた。
いや、消沈していた、と言った方が正確か。
魔狼は魔王様が楽園を滅ぼしたと聞いたが、それでも猶予を与えた。
兄を殺された者の報復が、間違っているとは断言できなかったからだろう。
魔狼は魔王様を見張った。
今度、何か罪を犯したら――今度こそ噛み殺す。
そう誓い、ずっと傍にいたのだ。
時は流れ――。
魔術を得て、力を得た人間が次第に傲慢になりだした。
人間に虐げられていた魔の眷属達を集め、守るダンジョンを作ろうと言い始めたのは――どちらが先であったのだろうか。
彼等はある日、ひとつの迷宮を作り出した。
その名は――ラストダンジョン。
様々な魔の眷属が集められた。
亜人類や、魔獣。妖精や、霊体。
その中には、猫魔獣や鶏魔獣の姿もあった。
いつの日にか、魔王様は魔を統べる者。
すなわち。
魔王と呼ばれるようになっていた。
そして、更に時は流れ。
あの日。
魔王様は、自らが人間に与えた慈悲。魔術によって人間である勇者に殺された。
それは、人間の裏切り。
人間の恩人であるはずの魔王様への背信。
魔狼の定める正義に、反する行いだったのだろう。
嘆き絶望する魔猫の背を眺める魔狼はその日、誓ったのだろう。
疑問を強くしたのだろう。
ニンゲンは不要な存在ではないのだろうか。
と。
魔狼は楽園の残滓ともいえる神を喰らった。
天界を滅した。
人を滅ぼした。
自らの正義を貫き続けた。
そして――今も、おそらく。
◇
魔狼の意識から戻ってきた私は、ぎゅっと肉球を握った。
ああ、つまり。
人間に慈悲を与えた魔王様が、その与えられた慈悲によって滅ぼされた。
その時点で、闇落ちは確定してしまうのだろう。
どう運命がねじ曲がろうと、魔王様が勇者に滅ぼされた時点で人類は終わる。
自らの正義を執行する魔狼は主神となり、人間の罪を裁くという事だ。
そしてここは、魔王様が勇者に滅ぼされた世界。
ロックウェル卿が言ったように、おそらく説得は不可能だろう。
魔狼は、楽園の時代から魔王様を知っていたのだから。
止めるには倒す、しかない。
まあ……手がないわけではない。
ブラックハウル卿を名乗るこの黒ワンコを倒す――いや、消滅させるだけなら、不可能な話ではないのだ。
周囲の犠牲や世界への影響。
そしてなにより、異界のホワイトハウルの本体を考慮せずに攻撃すればいいだけの話。
身も蓋も無い言い方をしてしまうと、非情に乱暴なのだが。
消滅させてしまってもいいのなら――話は簡単。
何も考えずに、本気をだせば終わってしまうのである。
主神資格者としての聖者の力。
そして憎悪の魔性としての闇の力。
二つを用いて、主神となったワンコごとこの世界を吹き飛ばすこともできるのだ。
むろん、その反動もすさまじい事になるだろう。
私は一度死ぬこととなるのだが――転生特典である不老不死で蘇る。もし不老不死の限界を超えるダメージを受け消滅したとしても、ラストダンジョンでリポップする。
私の配下の魔物達も同じくリポップするだけ。
けれど。
この大陸は、無事では済まない。
この大陸に何個の国が存在しているのか。
私はそれを知らないが……一つの国の首都の人口が二十万人だったのだ。
犠牲者はとんでもない数になる。
いっそ――全ての人間。
全ての動物をどこか別の空間に転移させて、世界破壊の魔術で吹き飛ばすという手もあるが――私はこの大陸の命の数と、場所を把握できていない。
そして、なにより。
色々と考える先に思い浮かぶのは――ワンコのおバカな貌。
そう。
単純な話だ。できれば私は友を……ホワイトハウルを殺したくない。
たとえ道を違えた。
既に別の存在になった異界の魔狼であったとしても。
おそらく、何度も嘆き哀しみ泣いたこの魔狼を消滅させたく――ない。
と、人がせっかくシリアスに考え込んでいるのに。
『んー!? んー!? どうしたケトスよ! 我の凄さに震えが止まらぬか! 凄かろう、格好よかろう! わほほーほーい! グハハハハハハハハ! 我が勝ったあかつきには、貴様を我が眷族とし、人間のいなくなった美しい世界でいっしょに散歩をしてやるのだ!』
次元の狭間を行ったり来たり。
空を駆けて、ズバ! ズバ!
ふはははははは! と、顔だけを出してご満悦。
こいつ……っ。
『君……ロックウェル卿とは違って、闇落ちしても根本的な部分は変わらないんだね……』
まあ、説得するにしても。
封印するにしても。
一度、こちらが勝った状態にならないと話にならないだろう。
そろそろ、いいか。
『ホワイトハウル、いやブラックハウル卿。君に提案がある』
『ほう! ついに降伏するか!』
風を切る、モフモフ尻尾がぶんぶん鳴っている。
彼の目的はおそらく――私と、異界の私と共に自らの正義を貫く事。
全人類を滅ぼす事にある。
その決意が揺らぐことは、もはやないだろう。
だとしたら、止めるには何らかの制約をつけるしか道はない。
『この勝負の行方が世界の運命を左右するだろう。そこでだ、魔導契約をしないかい?』
言って私は肉球でサラサラサラっと空を撫で。
一枚の契約書を顕現させる。
『この勝負、勝った方が相手の眷属となる、ごくごくよくある決闘の契約書さ。私も負けたら大人しく君に従う。人間を滅ぼすことに協力しようじゃないか』
ワンコは尾を振る速度を落とし。
じぃぃぃぃぃぃっと考え込む。
『ふむ、なぜそのような契約を結ぶ必要がある? どうせ我が勝つのだ。お前は契約により我に逆らえなくなってしまうだけであろうに』
『契約に従い人間を滅ぼしたのなら、私は魔王様の言いつけを破ったことにはならないからね。まあ、君に負けるなんてことはないけど!』
ニャンコとワンコが睨み合い。
魔狼は、ぐふふと吐息を漏らした。
『いいだろう。主神の名のもとに契約を交わそうではないか』
『オーケー。では私は魔王陛下の名のもとに契約を誓う』
狼神と猫神の契約が成立する。
これで、いい。
何か奥の手でもあるのか――異界のホワイトハウルは勝利を確信している。
だからこそ、彼はこの契約を結ぶと私は確信していた。
さて、後は勝つだけだ。
……。
いや、まあそれがしんどいんだけどね。
しかし、やるっきゃない!
『それじゃあ、そういうことで――』
速攻で勝負をかける!
生み出した殺戮の霧を私は、ブニャニャニャニャ!
肉球で押し出し――黒ワンコの鼻先に纏わりつかせる。
『悪いけど! 決めさせてもらうよ!』
『このような脆弱なる綿帽子、主神となった我には無意味――!』
肉球足で黒き霧を払ったワンコは、そのまま口を開く。
魔術を発動させようとするが。
このタイミングを狙った私は、肉球と肉球をパン!
影を巨大化させて雲に届くほどの影猫を作り出し――口をあんぐり!
魔力をバークバクバク!
『ぶにゃはははははは! 神とはいえ魔力に頼る存在であることに違いはない。どーだどーだ! 周囲の魔力を奪われたら、どうしようもないだろう! 降参するなら、今のうちなのである!』
ようするに。
いつもの魔力喰い攻撃である。
単純とは言うなかれ。
実際、かなりワンパターンだが――シンプルで強力、決め手ともなる極悪な攻撃手段なのである。
魔力を奪ってしまえば、かなりの種類の攻撃を妨害できる。異界のロックウェル卿には仲間食いで凌がれてしまったが。
はたして。
しかし、これは私の得意技。
相手もちゃんと対策をしてあったのだろう。
グハハハハァァァアハハッハハハハハハッハア!
神狼の哄笑が、天を轟き嘶き始める。
『この時を待っていたぞ! ケトスよ!』
牙をみせつけるように吠えた、その瞬間。
吐き散らすワンコヨダレと共に――。
黒ホワイトハウルが次元からこちらへ顕現する。
その犬手に握られているのは――天秤。
ワンコ専用魔術。
『これは、罪を魔力と転化させる裁定魔術か!』
『魔力顕現! 神罰勅令――《冥府神狼の断罪天秤》!』
奥の手はこれだったのだろう。
裂けた次元から完全顕現した主狼神が、神たる顔で私をチラリ。
私の過去を覗き、私の心を覗き。
罪と罰を探し――ギロリ!
『審判を下す! 大魔帝ケトスよ――汝、罪ありき! その魔力、その神力。全てを神の管理下へと没収す! これで終わりだケトスよ! 我と共に、新たな世界を作り出そうではないか!』
両手にケトスじゃ!
両手にケトスじゃ!
ワンコは雪の日に庭駆けまわるバカ犬の如く、空をバタバタバタ!
まーだ、ギャグ属性を保ってやがる……。
これ、シリアス全開でやってくれたら楽だったのだが。
わふわふワンコモードだと、本気で厄介なんだよね。
天秤が罪に傾き――世界を包むほどの魔力が展開。
私の罪が――裁かれる。
魔力を吸われ――私は力を失っていく。
が。
ぶぶぶぶぶ、ぶにゃははははははははっはっは!
『出たね! 君、次元の狭間から出ちゃったね!』
ビシっと肉球で指差し、私は玉座を顕現させニヒィ!
ドヤ顔で、魔力を溜め始める。
『な、なぜ動ける! ケトスよ、貴様の罪は裁かれた! 罪の重さと、その罪悪感。二つの戒めにより、魔力を全て失っている筈! 貴様は、世界を既に数個滅ぼしている、罪も罪と断罪できる。なのに、何故! 何故、おまえは――!』
チッチッチッチ!
肉球で器用に指を揺らし。
『あのさあ、私――ネコちゃんだよ?』
『そ、それがどうしたというのだ』
訳が分からないと言った貌で、ワンコが眉間に濃い皺を刻む。
『罪って言っても、ネコちゃんのかわいい悪戯だよ?』
『いや、おまえ……我の知るお前とはまた別の意味で、そうとうにやらかしておるだろう』
『分かってないねえ。可愛いネコちゃんのちょっとした失敗と悪戯。それを本気の罪として裁けるわけないじゃん?』
ないじゃん! ないじゃん! ないじゃん!
草原に、ニャンコのえっへんボイスがこだまする。
断言してやると。
巨大な月の影から顕現した私直属の猫魔獣たちが、そうにゃー! そうにゃー!
と、大はしゃぎ!
『え、いや? は? ど、どういうことだぁぁぁぁぁぁあぁああああぁぁ!?』
『つーまーりー、君の裁定魔術は相手に罪悪感がないと効果が薄い。私は、ぜーんぜん、これっぽっちも自分が悪いとは思ってないからね! ネコちゃんの罪を許すことができないなんて、そっちが狭量でダメダメなわけだし。そんでもって、罪を裁く厳格で神聖な魔術だとしてもだ。魔術を生み出したのは魔王様。ニャンコ大好きな魔王様が、かっわいいこの私、ネコちゃんの罪を裁くと思うかい?』
言って私は肉球をパチン!
次元の隙間に逃れられないように空間を閉鎖。
『そ、そんな屁理屈が通るわけが!』
『魔術は屁理屈と言葉遊びの学問でもある。いつも楽しそうにそう仰っている、魔王様の御言葉を忘れたのかい? あの方が生み出した魔術の基本だろう? ま、君はまじめだから理解できないのかもしれないけど。実際、ほら? 私の魔力はほとんど奪われていない。私の世界のホワイトハウルとの戦いのときは、君より先に、カラアゲをロックウェル卿と食べちゃった罪悪感があったからさあ。君の裁定魔術もレジストできなかったけど、カラアゲが関わっていないこの世界の君に対する罪悪感は、まーったくないから! これっぽっちもないからねえ、ニャハハハハハハハ!』
ひとしきり笑って。
次元の隙間――彼の得意フィールドを封鎖した私は息を吐く。
止めるのだ。
『さて、チェックメイトだよ――魔力解放。ソウルリンク! 迷宮ボスのオスティナート!』
告げる私の言葉が、魔力効果となって発動する。
モコモコとモフ毛を膨らませた私は、超かわいい!
……。
じゃなかった、まん丸な猫の瞳を赤く染め上げる。
天使兵と戦いを繰り広げていた、私の部下たちの目も赤く染まる。
《迷宮ボスのオスティナート》。
自身と、仲間たち全員にかかる支援強化スキルである。
その効果は――攻撃リンク状態にすること。
つまり。
味方の攻撃に対し、《迷宮ボスのオスティナート》使用者が通常攻撃で追撃する、連携スキルを発動したのである。
ぐぬぬぬ、と魔力を滾らせる黒ホワイトハウルが、吠える!
『ならば、貴様の部下から先に滅ぼしてくれるわ!』
『我が名はケトス! 聖者ケトス! 白銀の魔狼、ホワイトハウルの試験を踏破せし者! 我願うは神の盾、我が同胞らの道を照らす肉球也! 全ての御手に、我がアイギスの盾を!』
聖者ケトスの書をバササササササ!
どんな攻撃も一回までなら無効化する防御結界を、魔物全体に付与。
ウォオオオオオオオオオォォォォッォォォォン!
黒ホワイトハウルの破壊と消滅の咆哮が、ラストダンジョンの魔物達に襲い掛かるが――。
無力!
なにしろこれは本物の裁定の神獣。本物の楽園の神獣ホワイトハウルから伝授された、防御奇跡なのだ。
『にゃーっはっはっはっは! 結界や守りは君の得意分野だろうけど、悪いね。私、異界の君に聖者の書を授けられてるんだよね~! これ、君に教えて貰ったんだよ!』
レベル三桁の魔物達であるが、相手は主神で大魔族。
ホワイトハウルの防御結界に阻まれて、極わずかなダメージしか与えられない。
だが。
ダメージが一でも通ると――。
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
ぺちん!
肉球パンチによる私の追撃が、魔力衝撃となってホワイトハウルに直撃する。
そして。
こちらの軍勢の数は――世界一個分の魔物。
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
この私の追撃だ。
いくら主神といえど、耐えきれる量ではない。
『こ、こんな……っ、卑怯な、戦術! わ、我は認めん、認めん!』
『君が認める認めないは関係ない。だってもう魔導契約しちゃっただろう? おとなしく降参するなら、痛い目をみなくて済むけど、どうする? ん? ん? ねえねえ! どうする!?』
くはははははははははは!
必殺、ネコちゃんの大笑い!
『我を愚弄するか!』
挑発のスキルを発動!
判定は、成功!
私は物理攻撃無効状態になる黒い霧を発生させ、その中に潜り込む。
『ほーらほら! こっちだよ~!』
『し、しまった――っ! 今のは挑発! これでは……くっ、地上の魔物どもをターゲットにできんか!』
後はもう流れ作業だった。
私は挑発状態を維持させながら、黒い霧の中を移動。
挑発状態になっているホワイトハウルは私を追い回し続けるが――魔力喰いにより周囲の魔力を奪われ、基本攻撃が全て物理になっている。
当然、黒い霧はそれを無効化する。
超格上の主神相手。
そんな強敵相手にも、最低でも一ダメージを与えられるほどの多重バフ。強化状態になった地上の魔物達が、神話武器による攻撃でワンコにごく少量のダメージを与え。
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
『とりゃ! にゃん! ぶにゃにゃ! 追撃! 追撃! 追撃の追撃!』
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
彼等と魂をリンクさせている私の追撃が発動。
魔力衝撃波によるネコパンチ!
『さて、ダメ押しに――っと』
私は主神の資格持つ神としての聖光を肉球の上に浮かべ。
天使兵に向かい、飛ばす。
『猫神として命じる――汝、猫に従え。心無き汝等に、我は命と魂を与えよう!』
主神クラスの猫神としての権能を行使。
天使兵の美しい造形が、もっと美しいネコちゃんの姿へと変貌していく。
『まさか――っ、ありえぬ! 我の作りし人形に、魂を吹きこんだというのか!』
『器が完成しているんだ、それくらい簡単さ』
猫化した天使兵たちが、今度は私の命を聞き始め――瞳を赤く染める。
堕天。
魔王軍の一員となったのだ。
全軍突撃状態。
一ダメージの嵐と共に、私の追撃による大ダメージが白銀の魔狼を襲う。
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
『あた! いて! っく、詠唱が――ぐぬぬ! ぐわ! こ、こら! 痛い、やめ! 次元の狭間に、っぐ、にげ、こめさえ……すれば!』
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
《迷宮ボスのオスティナート》が発動!
もはや勝負は見えていた。
次元の狭間から完全に出てしまった時点で、彼の負けは確定していたのだ。
私は言う。
『さて、君の負けだよ。ホワイトハウル――降伏したまえ』
『まだだ、まだ――この世界ごと滅ぼしてしまえば』
挑発状態にありながら、魔狼は唸りを上げる。
主神としての権能で、この世界そのものを消滅させようとしているのだろう。
それは無辜なるモノへの攻撃となる。
彼の気持ちもわかる。
けれど。
私は――言った。
『すまないホワイトハウル。悪いが――あまり私を困らせないでおくれ。友と同じ顔の君を――この場で消したくないんだ』
『何をふざけたことを! 本気となった我を、主神となった我を止められぬくせに! そのよう……な、戯言……を――っ』
シリアスに――。
淡々と語る私の口と瞳。そして魔力で察したのだろう。
気付いたのだ。
やろうと思えば、私がいまこの瞬間。いや、出会った状態で即座に――敵、すなわち闇に堕ちた主神を滅ぼすことも可能だったのだと。
『もう一度言う、君の負けだ』
『――……』
彼の心の中には、何が映っているのだろう。
私には分からなかった。
彼には彼の物語があるのだから。
しばらくして。
答えを決めたのだろう――。
魔狼は、息を吐いた。
『そうか、異界のお前は――本当に、強く、大きくなったのだな。前のおまえならば、その膨大な力ですぐに我をねじ伏せていた。それをしなかったのは我を想い、我を説得するため――か。大きくなった心も魔力も……そして、その丸くコロコロ美味しそうに膨らんだモフモフも、我は知らぬ。我が知らぬほどに膨らんだケトス……か。敵わぬわけだ』
しんみりと、語るその言葉は彼の敗北宣言だったのだろう。
魔導契約書が輝き出す。
『仕方あるまい――我の負けだ。我は盟約に従い、汝の眷属となろう』
きぃぃぃぃぃぃん……。
個体名「主神ブラックハウル卿」が、私の眷属としてラストダンジョンに契約登録される。
女神の双丘に似た地。
何もない平原に風が吹く。
私は、いや――私達は戦いに勝利した。
勝利を知った魔物達が勝どきを上げる。
後は召喚されている悪党どもから国を取り返し。
そして。
異なる道を歩んだ異界の私。大魔王ケトスと相対するだけ。
……。
ん?
なんかこのワンコ。途中で微妙に私の事、遠回しにデブって言わなかった?




