集結、魔王軍 ~我はクールでニヒルな猫様ぞ その2~
議題は最近急速に勢力を高めている人間国家への対応だった。
魔族と人間の狭間に生きるエルフや獣人、いわゆる亜人達を仲間に取り込み成長をしている人間国家があるのだという。人間よりも魔導に詳しいエルフも参加しているとなると大規模な儀式を行う可能性も捨てきれない。
勇者召喚などされたらそれこそたまったものではない。
いっそ攻め込んで滅ぼしてしまうか、それとも今まで通り直接的な対決を避け軍備を蓄えるか。
その二点で論議しているようだった。
穏健派と過激派。
どちらが勝っても構わない。
そもそも百年前の戦争を最後に、人間と魔族は表立った戦をしていない。人間が戦うのは他国の人間、共倒ればかりなのである。
それは魔王様が人間に対し情けをかけ、非戦闘員への一方的な攻撃、そして子供への攻撃を禁止しているおかげもあるのだと思う。我々は魔王様の意志を尊重し、向こうから襲ってこない限りは対立しない方針を貫いている。
わざわざ藪蛇をつつくバカはそれほどいないだろう。
と思いたい。
まあ人間を喰う種族、特に子供をおいしく召し上がっちゃう魔族では魔王様の優しさに反発もあるようだが。
ともあれ。
魔王様の敵かどうか、それだけが基準だ。
魔王様が定めた方針が私の方針なので、今どうこう決まってもあまり興味がない。
百年前、か。
魔王様が勇者と本格的に衝突し戦争となった百年前。魔王様はお眠りになり、勇者は死んだ。その勇者を倒した中に私も含まれているのだが、魔王様を守り切れなかったということは、役目を果たせなかったのだろう。恩を返したかった。それは私の数少ない後悔、コンプレックスにもなっている。
まあでも。
私ネコだし。
仕方ないよね。
魔王様を守れなかった私は反省し、あれから更に修行を積んだ。
無論、並の人間よりも強い自信はある。
人間の国で崇められたちょっとした伝説クラスの神霊や神獣。異界の魔物。魔族に従わず孤高に生きる野良魔獣も、まあスナック感覚でなんとかなる。
が。
百年前に誕生したあの勇者クラスの人間英雄が、ダース単位の束になって向かって来たら負けそうだし。
お眠りになられている魔王様への考えの違いで、化け物ぞろいの魔王軍幹部達と全面戦争となったら――圧勝できる自信はない。
それでも。
最終的には私が勝つだろうが……魔王軍が崩壊してしまったら魔王様は悲しむだろう。
まあ、そんな争いが起こることはないか。
既に勇者もいないし、魔王軍は基本的に魔王様大好きだし。
はぁ、帰りたい。
外はたぶんぽかぽかな陽気だ。脚の付け根のモフモフ部分までしっかりと太陽にあててぐっすりと眠りたい。
くはぁぁぁぁぁっと欠伸が出た。
暇だ。
暇だから皆の目線を追ってみる。
机の上。そこには各国の情勢を詳細に記した調査書が山積みになっていた。人間たちは気付いていないようだが。それなりに大きくなった人間の町、国家にはそれぞれ知恵ある魔獣が既に潜入しているのだ。
スパイは主に魔犬。
普段人間たちに服従したフリをし、お手! とか、おかわり! とかやっているモフモフワンちゃん達である。
しかし彼らは皆、潜入のプロ。血も涙もない軍人だ。
有事の際には彼らは一斉に牙を剥く。
人間を不意打ちするべく、不可視の妖刀や魔道ステッキを口に咥えて参戦。賑やかな街並みを一瞬にして焦土と化すこともできるのである。
まあ最近はそういう戦争もないけど。
実はこれ、私が発案して私が育て上げた直属部隊だったりする。
人間という生き物はやはり怖い。優しい顔をして近づいて虐待をしてくる外道もいる。そんな下衆人間たちに対しての護身術としてちょっと魔導を教えてみたら、何故かいつのまにか魔王軍の精鋭になってたんだよね。にゃはははは、ワンちゃんってやっぱり勤勉で猫とは違うね。
こうして彼らから集められた資料はなかなか有益である。なんかやたらに食料事情に関して充実しているが、ともあれ。
円卓に広げられた書類をついつい肉球でつついてしまう。
あ、山が崩れた。
……。
トテトテトテと円卓の上を一周し、どでん。
散らばった書類の上で横になり、ドヤ顔。
ああああああああ、超きもちいい!
みんなが見ている書類の上ってなんでこんなにドデンとしたくなるんだろう!
力ある古参幹部達が貌を寄せ集めてひそひそ話をはじめる。
『ど、どうしましょう……まさかケトスさまにどけなんて言えませんし』
『あぁーん、マオにゃん様。なんて麗しきおみあし……あたくし、うずいて疼いて、疼いて困ってしまいますわ』
『さわぐなメス魔族。下品であろう』
『ワシはしらん……だれか死ぬ覚悟のある奴がやってくだされ、くわばらくわばら』
耳がぴくぴく動いてしまう。
は……っ!
ついつい猫の本能に負けてしまった。
これはまずい。これでは魔王様のペットの名が廃る。
汚名返上。名誉挽回だ。
「おっと、すまない。今のは忘れてくれ」
と、魔王幹部スマイル。
……。
まあ誤魔化せないよね。
せめてお茶でも用意するのができる上司。五百五年前にみたそんな新聞記事を思い出した私は、にゃふふふふと魔王城の遥か上空、魔力の濃い大気圏の間近で八重の魔法陣をくみ上げる。
「えーと、こんなもんでいいかな。あー、繋がった、繋がった」
魔術で世界の在り方そのものに干渉。繋げたのは無限に虚無が広がる暗黒空間だ。
虚無から絶え間なく湧き続ける魔力を媒介に紅茶入りティーカップと乾燥ササミジャーキーを構築、召喚してやると、なぜか皆がビシっと顔面をヒクつかせる。
たぶんジャーキーの香ばしい匂いに感動しているのだろう。
『あれ……ヤバくね?』
『くくくくく、ワシはなにもみとらん……なにもみとらんからな』
『だれかが止めないと世界が終わる』
『あらーん、それもよろしいのではなくて? あたくしは構いませんもの。マオにゃんさまのご意志のまま、破滅に流されて溺れる、それもいいわ、最高のエクスタシーを得られそうですもの。ま、まあちょっと……本気で世界がやばそうですけれど……』
古参幹部が目線を逸らしながら冗談を言っていた。
なかなかアットホームな環境に近づいてきただろう。
にゃふふふふ。
ブラック上司になどなってたまるか!
満足した私は玉座に戻り、ひとりだけジャーキーをむっしゃむっしゃと噛み締める。
緊張する会議でこんな礼儀知らずはどうかと思うが、それを咎める者はいない。魔王様が起きていた時代でもそうだったからだろう。
古参幹部達は胸をなでおろしていた。
しかし。
やっぱり暇だ。
いや、本気で帰っちゃおうか。肌寒いし。眠いしだるい。
そう思った矢先だった。
私よりもさらに遅れてやってきた者がいたのだろう。円卓の間の重い扉が開かれた。