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全てを怨嗟せし者 ~哀しみの闇落ちチキン~後編



 多重起動される魔法陣の応酬。

 世界樹が根付き、猫じゃらし草原の広がったニャンコ砦に風が吹く。


 大魔帝ケトスこと私はいつになく本気の顔で、ぶにゃん!

 光と闇の結界を構築し続け、放出。

 死と状態異常を撒き散らす超範囲攻撃を相殺中!


『ニャニャニャニャニャ――っ!』


 ぶわぶわと広がるモコモコ。

 猫毛の一本一本に、凝縮された魔力が伝わっていた。


『こちらの次元に大魔帝ロック、別世界線のロックウェル卿が顕現したら、最後。ますます周囲を守れなくなる! 砦の中からでもいい! 補助魔術やスキルを構築できる者は魔術的、物理的、どちらでもいいから壁や結界を!』


 その本気を読み取ったのだろう。

 黒髪を靡かせ聖剣を再度顕現させるヒナタくんが後ずさり――跳躍。


「仕方ないわね! モードチェンジ!」


 ザザッ!

 と着地し、聖剣を変化させた一冊の黒色魔導書を開き――私の魔術式構築を援護し始める。


 猫目をギンギラギンにさせた私は、彼女の持つ見知らぬ魔導書に目を輝かせ。

 牙をクワ!


『って、ヒナタくん! 君、魔導書も使えたのかい!?』

「どーよ! すごいでしょー! ほらあたし、二回も異世界転移して世界を救ってたじゃない? さすがに二回目の転移から戻ってきた後、お父さんに気付かれちゃってさあ――ちょっと訓練を受けてたのよ。日本でこんな書を使ってたらヤバイ宗教に入ってるって勘違いされるからさあ、黙っていなさいって言われてたんだけど――ピンチだもん、仕方ないでしょ!」


 聖剣の魔力を魔導書の力に変換しているようであるが――。

 実際、結構助かった。

 コンピューターを並列使用して、計算領域を分担できるようになったものなのだ。


 しかし。


『えぇ……君のお父さんって、何者なんだい?』

「なんか前に一度異世界転生してたって言ってたから、転移されやすいあたしの体質はお父さんのせいなのかもしれないわねえ」


 と、唇に人差し指を当てて、考えるヒナタくん。


 なかなかどうして、ワイルドなお父さんである。

 まあ、転移される人がこんなにいるんだから――日本に戻って普通の生活をしているお父さんがいても不思議じゃないか。

 珍しいだろうけど。


 彼女はそれよりも、とばかりに説明を求めるように。

 けれどこっそり、私のモフ毛を撫でて言う。


「ていうか、このニワトリさん誰なの? さっきからわけわかんないんですけど! 知り合いなの!?」


 聖剣使い、もとい黒の魔導書使いの女子高生ヒナタくんの視線は――次元で唸る紅き瞳。

 大魔帝ロックに向かっている。


 砦内で待機する勇者たちや衛兵も気にしているようだ。

 砦全体に伝わる声で私は言う。


『百年前、私と共に勇者を滅ぼし魔王様を守った大魔族さ。その経歴は私と似ている』


 手と肉球でぷにぷに。

 ピアノを奏でるように防御魔術を並べ、投げつけながら――私はいつか魔王様が語った昔話を告げる。


『昔、人間に酷い目に遭わされてね――。仲間同士、家族同士、見世物のように殺し合いをさせられて、世界を呪い怨嗟を溜めていった魔鶏さ。そこを魔王様に助けられ魔族となり……怨嗟の魔性として魔王軍幹部の地位まで上り詰めた者』


 次元の狭間から紅い瞳をギラつかせ――。

 大魔帝ロックは、語る私の口をじっと眺めている。


『魔王様は私にも言っていた、憎悪してもいい、恨んでもいい。けれど、人間全てを恨まずに恨む相手は選べと……。おそらく、彼も似たようなことを言われたのだろう。けれど――その魔王様はもういない。今はもう、人間を心の底から怨嗟している魔性なんだと思う』

『よかろう、余の怨嗟――脆弱なる貴様ら人間にも授けてやるとしよう』


 グググググ、開かれる嘴から――灰色の霧が零れ始める。

 霧は記憶の粒となり――こちらの世界に顕現する。


 ざざ、ざぁぁああああああああぁぁぁぁっぁあ!

 脳裏に、闘鶏場の記憶が浮かんでくる。

 私ではない、卿の記憶。


『まずい! 精神攻撃だ――っ! 精神耐性が無い者がいたらカバーを!』


 意識が侵食されていく。

 紅い瞳が二つ――。


 心に嘴が、刺さる!


 ◆◇◆


 目の前。赤く染まった自らのくちばしの先。

 死骸の山が築かれている。

 仲間の死骸だ。

 自分の嘴で突き殺した、昨日まで同じ檻にいたニワトリだ。


 人間達に言わせればただのゴミ。無惨に踏まれ、潰されるゴミの山。


 今、踏み砕かれたあれは父であったか。母であったか。

 兄であったか。妹であったか。分からぬ。分からぬ。


 戦いに負けたモノは廃棄される。

 燃やされる。

 煙となって、この闘鶏場という名の処刑場から抜け出せる。


 ニワトリは、煙となった同胞を紅き瞳で眺めていた。

 いつの頃だろうからか。

 瞳が赤くなっていたのだ。


 同胞を殺す日々の中。

 ニワトリは考える。


 人間よ。これ以上何を望む。


 我等の殺し合いを見て、何を嗤う。

 なにがおかしい。

 賭けの対象?

 我等は、そのような玩具ではない!

 人の糧として喰われるのならば、分かる。

 命を繋ぐための食事ならば分かる。


 けれど、これは――こんな醜い血の宴など、余は認めぬ。


 人間。人間。人間。

 勇者よ。

 お前たちが正義だというのならば、なぜこの悪趣味な殺戮ショーを看過する。


 人間を、勇者を――心の底から怨嗟し。

 そこで――かつてただのニワトリだった彼は、思い出したのだろう。


 人間とはそういう生き物だと。


 人を知っているのだ。

 そう知っている。

 なぜ。

 何故知っている。


 考える。


 様々な記憶がよみがえった。

 見た事も無い景色が、見えた。


 青い星、地球。

 栄華の王宮と宮殿。


 優雅に座る玉座の上――貴族風の男が一人、己が運命を嗤いながら死んでいた。


 その胸には大剣が突き刺さっている。

 信じていた部下に裏切られ。

 妻にも裏切られ――暗殺された帝王。


 誰もいなくなった国。

 賢帝が暗殺され。

 もはやまともに動かなくなった国が、そのまま滅んだかどうかを――。

 死骸の王は知らない。


 魂は既に、異界へと招かれていたのだから。

 ……。


 ――ああ、余も、余も。この世界に生まれ変わる前、あの青き星で醜い人間として生きていたというのか。


 思い出した魂が、震えだす。

 助け導いた民や人に裏切られ死に。

 そして今度は人の余興の玩具。


 人など、全て滅んでしまえばいい。


 かつて王者であったニワトリは考える。

 滅びを願い。

 全ての終わりを願う。

 そして思い至った。


 ああ、滅びぬのなら――滅ぼしてしまえばいい。


 思ったその瞬間。

 紅き瞳が――覚醒する。


 全ての未来、全ての現在――遠くにある夢か現実かもわからぬ先が見えるようになった。

 怨嗟の魔性。

 全てを見通す者。


 全てが見えるようになり、確信した。

 この世界に人は要らぬ。

 両翼を広げ魔性が誓ったのは、復讐。


 彼が下した決断は――人間駆逐だったのだ。


 怨嗟が拡大していき。

 殺戮が行われた。


 ――そう。気付いたその時。既に余は、化け物となっていたのだ。人間よ。異界より降臨せし勇者よ。このような醜い種族を守る世界の歯車よ。なにゆえ、きさまらは蠢き戦う。


 殺した。殺した。殺した。

 あの方が止めに入るまで――殺し続けた。


 いっそ、人間を生み出したこの世界。

 そのものさえも――!


 ◆◇◆


 まずい!

 私の意識は考える。このままだと全員侵食される!


 魔竜神としての精神感応能力だろう。


 大魔帝ロックの声が、精神の奥へと突き刺さっているのだ。

 オート状態回復バフをかけていなかったら、人間達は既に心の奥まで石化されていた筈。


『ロックウェル卿が、転生者!? って、そんなことで驚いてる場合じゃないか!』


 精神防御の結界を更に追加し、足の肉球で魔法陣を舞うように刻み。

 ビシ! バサ!

 放出!

 ロックウェル卿の舞を習っておいて、よかった。


「はぁ……っ、はぁ……っぐ、精神攻撃ってラスボスじゃないんだから! ちょっと、そこのニワトリ! そんなところでセコセコしてないで、正々堂々戦いなさい!」

『いや……ヒナタくん……。こっちに出てきちゃったら、終わりだからね? こっちは世界を壊さないように制御しないといけないのに、向こうは壊してもいいんだから。こっちの次元で顕現しちゃったら……私以外の存在は、その時点でゲームオーバーだよ?』


 当然なツッコミに、ヒナタくんの頬にジト汗がたらり。


 精神感応を強制遮断する、魔力の波を作り出したから立て直せたが――。


 人間の勇者たちの魔力も乱れている。

 その経歴。

 人間を恨み、怨嗟するには十分すぎる理由を理解してしまったのだろう。


 何人かの戦意が消失している。

 ……。

 まーじで大魔帝ロックさぁ……こういう、ラスボスっぽい精神攻撃とか、卑怯じゃない?


 しかし、私も考える。


 そう。

 何を今さら――言葉にすると何の不思議もない。

 魔性とは本来――世界を滅ぼしたとしてもおかしくない存在なのだ。

 彼もきっと――ずっと。

 本音では、世界を滅ぼしたいほどに怨嗟していたのだろうから。


 けれど。

 おそらく戯れの中で心を誤魔化していたのだと思う。

 ビシ、バサ!

 っと、舞を興じ、道化を続ける事で――世界を壊してしまう程の悍ましき心と本性を封じていただけ。

 私のように怨嗟の心を――変換していたのだろう。


 滾る怨嗟。

 その全てを――グルメへの欲求や食欲に変換して、世界への呪いを誤魔化していたのだ。

 だから、尋常ではない程に食欲があった。


 食べても食べても、お腹が空くのは――。

 それほどに恨み嘆いている。

 世界を怨嗟しているのだ。


 それは哀しみのグルメ。

 終わる事なく回り続ける、無限の食欲。


 グルメを捨てた。

 舞を捨てた。


 その時点で、抑える事を諦めたのだ。

 ロックウェル卿は本来あるべき魔性へと、その心を戻してしまったのだろう。


 本来ならば、これが正しい姿だったのかもしれない。

 それを魔王様が――変えてくださったのだ。


 瘴気すら発生させる空気の中。

 やはりその暗さを払拭したのは、女子高生の高い声。

 空気をぶち壊す、ヒナタくんだ。


「だぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ! くらいわねえ! 共に勇者を滅ぼしたって……知り合いなら、なんとかしなさいよぉ! このニワトリ、まーじで強いわよ!」


 痛い所をついてくる。

 苦く笑って私は言う。


『知り合いだからこそ、やりにくいってこともあるのさ』


 漏らす私の吐息には、緊張の香りが漂っていた。

 肉球に、汗がにじむ。


 ロックウェル卿ではない。

 しかし彼と酷似した存在。


 状態異常への対応も終わりつつある。

 反撃の仕掛けも整いつつある。

 けれど――私は、できるならば戦いたくない。

 心のどこかでそう思ってしまうのだ。


 迷う私。

 モフ毛を世界樹の木漏れ日と共に揺らす黒猫を見て――大魔帝ロックは、ただただ、魔力の筋を涙のように上下させていた。

 それでも既に戦いは始まっている。


 私の張る結界に干渉し、鳥足でこじ開けようとしながら大魔帝ロックが言う。


『ああ……その声、その力。そして、その能天気――懐かしいな。大魔王ケトスとは別の道を歩んだ、憎悪の魔性の別個体。異世界のケトスよ。貴様も人を恨んでおるのだろう? 憎悪しているのだろう? いまもなお――憎悪も嘆きも、残って燻っている筈だ。どれほどの時を費やしたとしても余の怨嗟が消える事はなかった。汝も同じ筈。癒えることも、許せるはずも――ない』


 言って、大魔帝ロックは次元の隙間から翼を伸ばす。


『なあ――どうだろうか、余らと共に行かぬか?』

『そっくりそのまま返してあげるよ。異世界のロックウェル卿。君が私と共にくればいい』


 実際、仲間になってくれるとだいぶ楽なんだけど。


『余は大魔王ケトスの手を握った――大魔帝ではなくな。もはや、道が交わる事はあるまいて』


 もはや落ちた道は戻れない。

 グルメを捨て、あの舞を捨てた――そこに彼の本気があるのだろう。


 私は考える。

 どうしても、納得できないことがあったのだ。


 意思を確認するように、私は猫口を動かす。


『一つ、君達について訊きたい』

『ほぅ、どうせ今は互いに膠着状態――言うてみよ、懐かしき汝の顔に敬意を表そうではないか。余の知る汝ではないが、かつてそなたと同じ無邪気さに救われたことは……確かなのだからな』


 漏らす言葉には、やはりセピア色の香りがする。


 まだ、その闇に堕ちた道から引き上げる事ができるのではないか。

 私は考えてしまう。


 だから――口にした。


『なぜ、いまだに世界が壊れていないんだい? 暴走した私と君がいるのなら、世界なんて簡単に虚無の渦へと落とすことができただろうに。世界どころか、この大陸だって壊れていないじゃないか。本当は……迷っているのではないかい? 君達の本心は、まだ世界を壊したくない――そうなんじゃないのかな!』


 言葉と疑問を投げつけられ、大魔帝ロックの鶏冠が赤く染まる。

 嘴がわずかに開いて――息を吐く。


 しばらくして。

 嘴の隙間から零れるのは――笑い声。


『否、否、否――否! 我等三獣はあの忌まわしき勇者と、そして……我等の暴走を憂いた魔王様、あの方の残滓によって次元の狭間へと封印されているだけ。そう、それだけの話である。けして人間に、世界に情けをかけたわけではない』

『勇者と、魔王様に封印されている?』


 まるで事情を説明するかのようなロックウェル卿の言葉。

 私は違和感を覚えた。


『左様。我等三獣、いまだその本体は次元の狭間へと囚われている。恨み嘆いたこの世界、滅ぼせていたのなら、とっくにやっていたのであろうな――! 魔王陛下は余に告げた、関係なき無辜なる人まで恨むなと……そう仰った、封印の中で何度も何度も記憶の中のあの方は仰った。なれど、なれどなれど! 余はどうしても納得できん! どうしても我慢できん! どうして死しても尚、人などという愚かな存在に慈悲を与える魔王様が――! 誰よりも優しきあの御方が、滅びなくてはならないのだ!』

『ロックウェル卿……』


 掛ける言葉が見つからなかった。

 いつもなら軽い口で、騙してやろうと動いていた筈の私の猫口が――動かない。


 そんな私を見て、大魔帝ロックは嘴を動かした。


『もう、よいのだ。異界のケトスよ――きっとおまえも優しいのだろうな。あの方のように、かつてのケトスのように……けれど、もう遅い。もういいのだ――我等はあの方のいない世界に疲れたのだよ』


 世界に疲れた。


 本当に疲れ切った顔をして、呟いた淡々としたその言葉。

 それはきっと、本音だったのだろう。


『それでも私は、君なら――君ならまだ協力してくれると、そう思わずにはいられない! 世界を壊すなと説教を繰り返したあの君が、私を何度も叱りつけた君が――世界を壊そうだなんて言うのは……おかしいじゃないか!』


 これではいつもの逆なのだ。

 それだけ、魔王様を失った世界は歯車が狂ってしまった世界なのだろう。


『愉快! ああ。愉快! そうか! 貴様は、余にまだそのような心が残っていたと、そう思っておったとは――ああ、愉快! 平和ボケした世界を歩んだ貴様は……本当に、愚かなのだろうな――! 余を困らせているのであろうな!』


 愚かと嗤うその嘴。

 その瞳が、何故か慟哭して(泣いて)いるように見えるのは――私の気のせいではないのだろう。


 まるで歌うように言って。

 大魔帝ロックは嘶きを上げる。


『あと少し、あと少しの生贄を捧げれば大魔王ケトスが完全に覚醒する! 次元の檻から抜け出し、その暴走する力を解き放ち、全てを無へと帰すだろう! もうすぐ、もうすぐに全ての世界は終わるのだ! もはや言葉など要らぬ――! 余を止めたいのならば、実力で止めてみせよ!』


 卿の言葉が本当なら、大魔王はまだ完全ではない。

 生贄を捧げさせないようにすればいい。

 つまり。

 まだ本格的に覚醒していない大魔王ケトスを止められる。


 そして彼は、我等三獣といっている。

 敵はいつもバカをやっている私達の数と同じ。


 まだ間に合う。敵は三体。どうか止めてくれと。

 まるで、そう伝えているように思えてしまう。


 なぜだろうか。どうしても。どうしても

 私には……そう思えて仕方がないのだ。


 本当の答えは分からない。


 けれど止めてあげるのが――きっと、正解だ。

 それが私の答えだ。

 私には――それだけの力がある。


 怨嗟の魔性として完全覚醒した彼の知らない物語が、私にもあるのだ。


 言葉はいらぬと告げる大魔帝ロック。

 その嘶きを宣戦布告と受け取り。

 私は亜空間に接続。


 大魔帝セット一式を装備し――。


『ああ、分かった。私も迷いを捨てよう。君に滅びを与えてあげるよ――!』


 言葉に従い――揺れたのは天まで衝いた世界樹。

 大樹の音を聞きながら、私のモフ耳は跳ねる。


 きぃーーーーきぃぃぃぃぃっぃぃぃいいいいいいいいいぃぃっぃ!


 全力全開の魔弾の射手。

 次元の狭間を縫い留めるような閃光が、猫目石の魔杖の先端から放たれる。


 その瞬間。

 揺らぐ大樹の影が赤く染まる。


 ギラギラギラギラ。ギラギラギラギラギラギラギラギラギラギラギラギラ!


 同時に、全ての眷属猫達は跳んでいた。

 空間を渡り。

 全員同時に詠唱を開始し――世界の崩壊を防ぐ結界を構築しはじめたのだ。


 憎悪の魔性と怨嗟の魔性。

 本物の大魔族の戦闘。その衝突が及ぼす世界への影響を、瞬時に察したのだろう。


『反撃の時は来た! さあ、いまからが我等猫魔獣のショータイムだ!』


 更に追加するべく、私は世界に干渉。

 バッと肉球を翳し――朗々と宣言する。


『我が眷族よ! 盟約に従い――顕現せよ! 我、大魔帝ケトスにその力と肉球を貸したまえ。やあ、久しぶりだね君達! 褒美は思いのまま、君達が望むグルメを我は提供しようぞ!』


 巨大な影を作り出す世界樹。

 魔力持つ聖樹の影から次々と眷族ネコ達が顕現する。


 ニャニャニャニャニャニャ! ニャニャニャニャニャニャ!


 ニャニャニャニャニャニャ! ニャニャニャニャニャニャ!


 まず召喚されたのは――世界樹が聳え立つ異界に散っていた聖猫騎士パニャディン

 騎士の誓いを剣で立て――盾を構え。


 きぃぃっぃぃぃいん!


 続いて連鎖召喚で呼ばれて飛び出たカボチャ兜をかぶった猫――。

 世界樹に巣を作る習性を得たハロウィンキャット達が、釘バットを振り回し邪属性の結界を構築。


 くぉぉぉぉぉおおおん!


 聖と邪。

 二つの結界を増幅するべく顕現したドリームランドの影猫が、影属性を追加し結界を更に増強し始めた。

 私の本気。

 比類なき魔力に崩れかける世界を、一瞬にして支えてみせたのだ。


 影使いの私に必要な影。

 力と応用の源となる広範囲の影は――天を衝くまでに成長した世界樹が、大量に補ってくれる。

 ここはすでに三毛猫部隊が構築した猫属性の猫じゃらしフィールド。


 無限に、大量に湧き続ける眷属猫の力は――大魔帝クラスにも匹敵する。

 そして私も猫魔獣。

 当然、その強化範囲の対象の一匹!


 おー!

 かっこういいぞ、我がニャンコ達!


 力ある眷属猫を目にし、大魔帝ロックは息を漏らす。


『ほぅ! 余も知らぬネコ眷族が増えておるな――異なる道を歩んだケトスよ、なぜわざわざ世界を守ろうとする。なぜもがき苦しむ道を選ぶ。もう――良いではないか、どうせ全てが無へと帰す。それが早いか遅いだけの話であろう?』


 再び精神攻撃の波が飛んでくるが。

 ある意味天敵であるヒナタくんがタイミングよく、くわ!


「ちょっと! ちょっとぉぉぉーー! ケトスっち! あのニワトリ! アンタの魔弾を喰らって普通に動いてるって、どういうこと! だってニワトリよ! チキンよ! 闇落ちしたニワトリなんだから、闇落ちチキンなわけでしょ!? たしかに強いのは分かりきってたけど。こいつ、そんなにヤバイニワトリなわけ!?」

『余、余が――や、闇落ちチキン……?』


 あ、完全に精神攻撃をキャンセルされてる。


 精神系の攻撃の弱点は――。

 こう、なんつーか。

 空気の読めない、おバカちゃん気味の存在に弱いのだ。


『娘よ――まずは貴様から消さねばならぬようだな!』

「ええぇぇええええぇっぇえ! なんで! なんか、めっちゃターゲットにされちゃってるし! ケトスっち、早く挑発でもなんでもいいからタゲとってよぉ! あたし、まだ死にたくないんですけどぉぉお!」


 この子、絶対にあの属性をもってるな。


『おーい、闇落ちチキン。こっちこっち、君の相手は私だよ、私!』


 ヒナタくんの影響を受けたのだろうか。

 それとも。

 私との日々を思い出したのか。

 大魔帝ロックはバサっとコミカルな音を立てて翼を広げ、くわ!


『だ、誰がチキンであるか! な……なるほど、たしかに守りだけは得意なようだ。だが! しかし――! 大戦の後、生ぬるい道を歩んだケトスなど、我が嘴の前では無力! 多くの世界を滅ぼし、多くの魂を復讐の果てに食らい尽くした余らの敵ではなかろう! どうせ、毎日くっちゃねくっちゃね、していたのだろうからな!?』


 す、するどい予想である。


 なんか、いつものロックウェル卿っぽい感じも戻ってきてるけど。

 まずい。

 彼が元の彼に戻る前に手を打たないと――押しきれなくなる。


 闇落ちする際に彼が捨てたのは、舞とグルメだけではない。

 そう。

 今の彼は、最強のチート属性であるギャグ属性まで捨ててしまっているのだ。


 だから――、やるなら今しかない。

 すぅっと息を吸い。

 吐いて――魔王様に私は祈りを捧げる。


 答えの代わりに、十重の魔法陣を肉球に灯し。

 ギッ!


『大魔帝ロックよ! 心して聞くがいい! 我が名はケトス! 大魔帝ケトス! 魔王陛下に全てを託されし、憎悪の魔性なり!』


 猫目石の魔杖を、ギンと翳し。

 靡く紅蓮のマントを広げ、周囲を包む熱と冷気の結界を展開。

 輝きの猫王冠がただでさえ高い私の幸運値を、倍々ゲームで引き上げる。


 これらの装備も、大魔帝ロックは知らぬ賜り品。

 勝負は一瞬。

 速攻!


『天にあまねく星々よ――! 揺蕩い蠢く黒天よ。大魔帝ケトスの名において、命じる。汝、その身を狂わせ我に歯向かう敵を討て!』


 次元の狭間を座標に設定し――術を発動!

 重力崩壊惑星、十字型、計五つのブラックホールを顕現させ眷族魔竜を全て消去してみせる!


 ぐぐうぐぐぐおおうおおうおおうおうおうおうおううおおおごごご!


 こちらの次元で使ったらその時点で世界終了なのだが、向こうは次元の狭間。

 力の収束と重力暴走は向こうのみで発現する。


 大魔帝ロックの魔力タンクとなっていた魔竜達が、スパゲッティのように細くなって黒惑星に呑み込まれて消滅していく。


 これでは大魔帝ロックを滅ぼすことはできない。

 それほどの存在なのだと、私は知っていた。


 けれど。

 魔竜を回復できなくなった時点で――卿は魔力を奪われ。

 終わるのだ。


 ヒナタくんが、えぇ……っと複数同時ブラックホール召喚の魔術にドン引きしている。

 他の勇者もドン引きしている。

 衛兵くんたちは既に気絶している。


 私はフフン!

 と、褒められ待ちの顔をして――ドヤァァアアアアアアアアァァァァ!

 眷属猫達も、ん? ん?

 早く我が主を褒めないの? と、ドヤアッァァァァアアアアァッァア!


 ちなみに。

 むろん、禁止されている部類の邪術で大量虐殺系の天体魔術である。


 あの魔竜も意思を奪われ操られているんだろうけど。

 魔竜だから、問題なし!


 だって私は猫だもの!



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるなる(^_^;)))実は本体はまだ勇者と魔王様に封印されていて本調子じゃないからまだ世界は残ってるわけですか。(゜ロ゜;ノ)ノ [一言] ロックウェル卿の過去もかなり悲惨ですね。ケトス…
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