王国奪還、準備編 ~ニャンコとたぬきと衛兵くん~
迅速な行動こそが勝利の鍵!
速攻に向けて、現在えらーい我等は準備中!
敵が無差別的な悪党召喚をする前に、行動したいからね。
ニャンコ砦から少し離れた平野に設置した転移門。
目的地と繋いだ裏道の前で、戦支度をしているのだ。
もちろん、目指すは大魔王ケトスの手に落ちた北西にある、縦に長い海沿いの国。
デルトライア王国!
王都奪還を目指しての、とりあえずの様子見!
ではなく。
そのまま悪党をちゃちゃっと生命のクリスタルに変換して全滅。
占領してしまうつもりなのだ。
参加メンバーは――というと。
大魔帝ケトスこともふもふ、ふわふわ! 最強ニャンコなこの私!
実は亡国の王族だった元聖騎士のシアンさん!
そして。
異世界から召喚された勇者で武闘家、タヌキ獣人のタヌキくん!
以上三名である!
タヌキ君の本名は、なんか長ったらしい名前だったんだけど……うん、三文字より多かったからね。
……。
まあ、タヌキくんで通じるから問題なし!
ヒナタくんもタヌタヌって呼んでるし!
さて。
その最終目標はデルトライア王家、その血筋の生き残りを探す事。
そして。
私の偽物――大魔王ケトスに支配されている民を助け解放することにある。
「あのぅ、猫の勇者様。ほんとうによろしいのでしょうか?」
帝国から派遣された衛兵君が、物資を亜空間に突っ込む私に声をかけてくる。
猫の勇者ってことになってるけど……。
ま、別に訂正しなくてもいいか。
目深に被った兜のせいで表情が読めないが、私は衛兵君をチラリ。
『どうしたんだい、えーと……衛兵君』
「陛下に報告しなくてよろしいのですか? いえ、たしかに猫の勇者様は自由に動いて欲しいと陛下も仰っていましたが。デルトライア王国奪還作戦ともなると、規模が大きいので……」
もっともな意見である。
けれど、ふと賢い私は考えたのだ。
王族のシアンさんは王国奪還そのものよりも、そこに生きる市井の人々の安全を最優先したいらしい。
ま、安全確保ならニャンコ砦に転移させれば問題ないわけだが――。
国土を取り戻さないと、その後の暮らしに影響があるわけで……結局は王都を奪還することになるとは思うんだよねえ。
そこに帝国の手が入るとなると――。
嫌な予感がするのだ。
猫のモフ毛が、ぶわぶわっとしてしまうのである。
帝国の遠征準備を待つ事自体がマイナスであるし、帝国軍が王国の民をちゃんと救うかどうかの保証もない。
もちろん、ちゃんと救ってくれる可能性も高いが。
そこまでの信頼関係を築けてはいない――それが正直な感想でもある。
まあようするに。
面倒なので、とっとと奪還しちゃいたいのである。
人間の国や政についてはあまり興味がないのだが――。
たぶん、魔王様ならこうしただろう。
私と同じように、魔王様もシアンくんを連れて亡国を救うために歩んだのではないだろうか。
なぜだろうか、私はそう思ってしまうのである。
だから。
私は猫の口を開く。
『君がもう報告してくれているんだろう? だったらそれでいいじゃないか』
「で、ですが――! 援助要請などは……だって、デルトライアの国を取り戻す戦いなのに、三人なのでしょう!?」
遠征メンバーが三人な理由も、もちろん決まっているのだが。
『君達、この大陸の者達は数名の異界人に街や国を滅ぼされたと聞くよ? その逆をするだけの話じゃないか』
「それは……っ、けれど、陛下になんと報告をすればよいか」
ふむ、と考え私は告げる。
『なるほど――たしかに理由の説明を求められるだろうね。じゃあ正直に説明させて貰うけど。失礼な話だとは思うが、邪魔なのさ。うっかりふっ飛ばしてしまいそうな味方が増えられると、不利になるんだよね。私はね――無駄な死者を出したくない。命そのものが勿体ないと思う意味もあるし、同時に、無駄に殺したと後に責められたくもないのさ』
ここ、実はけっこうシリアスな顔で私は言葉を紡いでいる。
もうご存知だとは思うが。
手加減が苦手な私は、わりと無差別破壊攻撃が得意なニャンコ。
蒼の魔槍ことカイセヌスチュールを持つ暗黒騎士シアンさんは――というと。
なんというか……かなり危険なのだ。
全ての槍撃が範囲攻撃と範囲即死攻撃になっちゃってるし……普段はともかく、戦闘ともなれば無差別範囲即死エフェクトをぶっ放し続ける魔道具状態なんだよね。
大勢でいくと絶対に、攻撃に巻き込む。
まあ、うっかり呪いの装備を渡しちゃった私のせいなんだけど。
……。
白銀の魔狼で私の友人ワンコ。ホワイトハウルなら、あるいは解呪もできるのかもしれないが……。
でも、シアンさん本人がその力を否定せずに、呪いで暗黒騎士になっている事も、装備から外せないこともそれほど気にしていないみたいだし。
うん。
私、そんなに悪くない!
そんなニャンコの感情を知らず。
表ではシリアスを維持する私に、ごくりと息を呑んだ衛兵君は言う。
「え、いや――も、もしそうだったとしても……こちらの砦の守りはどうするのですか!?」
『砦には信用できる人間を一人残した。あそこで聖剣をぶんぶん振り回して、猫魔獣から盗まれた肌着を取り返そうとしている女子高生が見えるだろう? あの子に任せるさ』
だんだんと、シリアスが崩れていく。
ヒナタくんを肉球で指差す私に、衛兵君は沈黙。
「悪戯そうなネコ達に……下着を盗まれて激怒しているようにしかみえませんが……」
『ウチの子は悪戯好きだからねえ、たぶん見たまんまだと思うよ?』
「彼女……ヒナタ様、でしたっけ。聖剣使いの勇者様ですよね? 猫に囲まれて、負けてますけど?」
悪意のある敵に対して力を発揮するタイプだからニャ~。
たぶん、猫の無邪気な悪戯は対象外。
本来の力の半分ぐらいしか発揮できないのだろう。
『ウチの猫、一匹一匹が異界の勇者クラスだからねえ』
「は、はぁ……」
冗談なのか本当なのか判断できないのだろう。
衛兵君が頬を掻いて黙り込んでしまう。
ヒナタくんは連絡係を兼ねたお留守番。
実はけっこう頼りにしてるんだよね。
ウチのニャンコと召喚獣には彼女の指示に従うようにと、命令を下している。
おそらく。
いま、この窃盗スキルでの悪戯は彼女が信用に値する人物なのか、ネコたちなりに試しているのだろう。
「うだうだうだうだ、びーびーびーびー! そんなに心配したって、仕方ねえだろうが! そこの……あー、アレだ。衛兵さんよ」
と、衛兵君に声をかけたのはタヌキくん。
私の指示で、現在彼は完全にタヌキモード。獣人からの完全なる獣化は不慣れらしいのだが。
トコトコトコとタヌキ足でやってきて。
ビシ!
「拳聖たるこのオレが保証してやる。ここの防衛に関しちゃまったく問題ねえよ。その、なんだ。衛兵の兄ちゃん!」
すくっと二足歩行になり、腕を組んでニヤリ。
もふもふ尻尾がけっこう可愛いかも。
でも、たぶん、タヌキくんもこの衛兵君の名前……忘れていそうである。
名前を忘れられた衛兵君がビシっと敬礼をする。
「これは! 武闘家の勇者様、挨拶が遅れまして申し訳ありません! あの、それで、心配するなとは……?」
「見りゃわかるだろう? この砦はたぶん今、この大陸で一番に安全な場所だ。ここを落とせる奴がいるなら、バケモンをこえたバケモンだ。そこにいる魔猫様みてえにな。はなっからどうしようもねえ相手を心配しても無駄、杞憂ってもんなんだよ」
「そうは言われましても……――やはり不安です」
と、弱気に零し……ブツブツブツブツ。
もしここを取り返されてしまったら……。
陛下になんと報告すればいいか……。
なんというか……この衛兵君、気弱だなあ……。
「おまえさんも見ただろ、砦の門を守るあの巨大なカバを」
「え、ええ――なにやら強力な魔獣だと説明されていましたが。アレがなにか?」
タヌキくんが示すのは、力ある神たる二獣。
ビシっと明日を指さす私のニャンコ像が取り付けられた門を守る――巨大な陸獣と空を泳ぐ海獣。
通称、カバさんイルカさん。
むろん、私が召喚した魔獣である。
「ありゃ、オレがいた世界じゃ討伐不能の神獣と謳われた陸の王者。ベヒーモスっつー、マジもんの獣神だよ。今はあのお嬢ちゃんの言う事を聞くように命令されて従っているが――あれ単体で、既にぶっ飛んでやがる。召喚された勇者全員よりも強いんだよ。悔しいがな」
「あれが、ですか! あんなおめめがクリクリの、カバのヌイグルミをただ超巨大化させたようなファンシーな魔獣が、ですか!」
まともに表情をぐにゃっと崩して、驚愕する衛兵君。
その叫びに、タヌキのモフ耳をぶわっとさせて武闘家君は獣口を動かす。
「あー、そうだよ。てか、そんな大声出すな! アレの横にヌイグルミのイルカが巨大化したみたいな魔物もいただろう。あっちの存在は知らねえが、たぶんめちゃやべえ海獣神だろうな」
ふふん! ここもドヤポイントである!
分かる人には分かる魔獣!
そりゃレヴィアタンだからね。
陸の魔獣神と海の魔獣神。
創世神話時代の怪物だ。
たぶん、これを召喚してダンジョンに配置したって事を側近のジャハルくんに知られると、めちゃくちゃ怒られるヤツである。
「それに、ケトスの旦那があそこをダンジョン化した際に顕現した魔猫達。あれもやべえってレベルの存在じゃねえ。一匹一匹が勇者クラスのバケモノで、しかもそれが猫の楽園かってくらいに湧いてやがる。旦那の話じゃ、もしヤラれたとしても数十秒でリポップするらしいからな――だから、まあ。どっちかっていうと王国奪還に行く、オレとシアン嬢ちゃんの方が危険なんだよ」
話に割り込み、私は首を傾げてみせる。
『えー、私がちゃんと引率するから大丈夫だと思うよ?』
「ま、もし死んでもすぐになら蘇生してくれそうだけどな。ケトスさんよお、アンタはかなりのお人好しだが、つい! とか、うっかり! で、やらかすタイプだろ?」
タヌキ君が獣の目をじとぉぉぉぉっとさせて、私を凝視。
タヌキに睨まれるニャンコの図である。
圧力に負けて、ふいっと目線を逸らしてしまう。
『そ、そんなことないよ?』
「ほう、じゃああのシアン嬢ちゃんが装備してるあの魔槍、なんなんだありゃ? さっき聞いたが、旦那よ、アンタから授かった神器だって言ってやがったが――あれ、異界から召喚したかなりヤベエもんだろう?」
うっ……さすが獣人。
そういう勘が鋭いでやんの。
『ど、どーだろうねえ』
「ちっ……まあいいけどな。絶対に呼んではいけない魔剣つーか、魔の装備ってのもあるんだから気をつけろよ? 特にあれだ、やべえので有名なのは――紅の魔剣エキゾォチュール」
『紅の魔剣……エキゾォチュール、ねえ……』
……。
どっかで聞いた名前だね。
「持ち主を紅き刀身に刻まれた魔術文字で魅了し、操り、世界を壊滅させる……呪われし魔剣。ありゃあ、様々な世界を破壊して回っていたが――突如として消えたらしいって話だけどな。もし剣の所有者が剣の誘惑に負けちまったら最後――狂戦士と化して無敵の力をもって暴れ出すそうだ。あの魔槍は大丈夫か?」
『あー、あの槍「は」大丈夫だよ。そういう効果は確認できなかったし』
しれっと言い切ったが。
嘘は言っていない。
「そうか、ならいいが――ま、魔剣の話はただ聞いただけ。オレのクソ適当な性格をした師匠から聞いた話だから、本当かどうかは分からねえがな」
師匠とやらは異界の装備にも詳しいのだろうか。
なんか私の散歩には、変に異界とかに詳しい師匠をもつ人と出会うことが多いんだよねえ。
私の脳裏に、グルメと共に様々な人の顔が浮かぶ。
……。
どっかで、異界渡りをして弟子を育てる師匠ブームでもあったんだろうか。
まあ、いいや。
ともあれ、タヌキ君の言葉にぞっと顔を曇らせる衛兵君。
その心配を拭ってやるように、私はニッコリ。
肉球をぱたぱた振って、安心安全、アフターフォローもばっちりだとアピール。
『あー、魔剣については心配する必要はない。アーノルドくんの活動は定期的にチェックしてるし、魔剣よりもナディアくんを愛しているからね――暴走することはないさ』
魔剣の力を愛で抑えつけコントロールしている。
なかなか素敵な話だと私は思うんだよね。
美談と言えるだろう!
完全にフォローしたつもりだったんだけど。
耳をピョコンと立てたタヌキ君が、わなわなと尻尾を膨らませ。
ぎょっと黒い瞳を見開いた。
「まさか! てめぇ、消滅した魔剣エキゾォチュールの行き先を知ってるのか!?」
……。
しばし、考え。
私は素知らぬ顔で首を横に倒し、こてん♪
『知らないよ?』
「だが、今――っ」
『あー、私が言っているのは呪われし魔剣全体の話さ。そう、魔剣はコントロールさえできれば問題ないから心配するなって話をして落ち着かせようと思った、それだけだよ?』
タヌキくんが……そうか……と、落ち着きを取り戻す。
そういや、前にフォックスエイルもあれが危険な魔剣だって言っていたような……。
ま、制御できてるんだし。
あれで姫が救われた一面もあったし。
問題ないよね?
タヌキくんがまだ考え込んでいるので――誤魔化すように私は言う。
『さて――今その件は関係のない話だ。話を戻そう』
必殺!
シリアスな空気を出して誤魔化すの術!
『とにかく、私はデルトライア王国を一刻も早く取り戻したい。長引けば長引くほど、いま向こうで捕虜となっている者の生存確率が減るだろうからね。私は――行くよ』
そう。
一刻も早く、末端でもいいから王家の血を継ぐ者を救出する義務が、私にはある。
王家断絶、ダメ絶対!
怒られたくないのだ!
その決意は――硬い。
私はまっすぐに衛兵君の顔を見た。
怒られたくない。
怒られたくない。怒られたくない。怒られたくない。
つい最近も怒られたばっかりなのに。
ぜったいに、怒られたくにゃい……ッ!
だから真摯に、私は告げる。
『分かってくれるね?』
その決意に胸を打たれたのだろう。
衛兵君が、感極まったような息を漏らし――。
「猫の勇者様はそこまで、異界の民を心配して……っ、わかりました、陛下にはこちらから事後報告となりますが、伝えておきます。どうか、御武運を」
衛兵君が畏まり、手を伸ばしてくる。
握手を求めているのだろう。
私はうにょーんと身体を伸ばし、握手を交わす。
『君も砦の方、頼んだよ。ヒナタ君を支えてやっておくれ』
「はい!」
女子高生勇者が、悪戯高レベルニャンコにスカート捲りをされる砦を背景に。
猫と人間が今、心を通わせたのだ。
タヌキくんが、なんだこりゃ……と尻尾を下げる中。
カツリカツリと暗黒騎士の鎧をまとったシアンさんがやってくる。
「異界の拳聖殿……これはえーと――いったい、何の騒ぎだい?」
「いや、オレに聞かれても、なあ……?」
ま、冷静になってみると。
かなり変な光景だよね。
ニャンコと女子高生とタヌキと暗黒騎士と、衛兵。
……。
この砦、傍から見るとギャグにしかみえないよなあ……。
ともあれ!
我らの準備は終わった!
この後、即座に――王国奪還作戦開始なのである!
 




