王都襲撃 ~怒れるネコの肉球にある罪人~ その2
何事も――見た目のインパクトが重要である。
というわけで!
大魔帝でニャンコな私は現在、王都で暗躍中!
具体的にいうと世界を闇で包んでいた。
当然、世界は混乱した――。
その解決を図るために人間達の主要人物が集まり、行われている会議。むずかしい顔をして唸っている場所に、私はぶにゃん♪
予定通り乱入したニャンコはムフフのフ!
玉座の上で、魔王様スマイル♪
モフモフな耳も尻尾もイイ感じに靡いているし、装備する大魔帝セット一式もギラギラギラ!
特に紅蓮のマントは、皆の視線を集めて気分が良いのか――私の貫禄を更に引き立たせようと、いつも以上の魔力を放っている。
いやあ。
普段は冷暖房か毛布代わりにしか使わないからね~!
ようするに。
ヤベエ奴らを引き連れて――玉座の上でドヤァァァァ!
猫モードを維持し王者の貫禄!
自分で言うのもなんだが、そりゃもう渋くてイケてる神々しい御猫様ラスボス状態なのである♪
偉大なる私を見る戦士たちの目には、深い怯えが走っている。
おそらく。
玉座を占拠する化け物たちの中で、この私の実力がもっとも高いと気付いた者達だろう。
ギルドの上級冒険者と思われる二人。
会議に加わっていた魔剣士姿の男と聖職者姿の女性が、ぎしり。
魔力に中てられ青ざめた顔で、重々しく口を開く。
「異界の大魔族……碑文に記されし破壊神……あの、殺戮の魔猫――!」
「契約する召喚獣から聞いたことがありますわ、異世界にはけして怒らせてはいけない三獣神がいると……」
聖職者は神託を告げるように唇を上下させる。
「人間に嫉妬しながらも天に仕え、全てを公正に裁定する――審判の獣。怨嗟の中で揺蕩い、霊峰にて全ての人間の未来を見通し嘲る――終焉の獣。そして――人間を憎悪し愚かさを嗤いながらも、戯れに救い戯れに滅ぼし欲望のままに全てを喰らい尽くす――災厄の獣……っ。おそらく、この方は喰らい尽くす災厄の獣」
え……たぶん。
最初の二つはホワイトハウルとロックウェル卿のことなんだろうけど。
なんか私より格好良くね?
しかも私、全てを喰らうっていわれても人間とか食わないし……。
人型の生物をそのまま食べるって言うのは――。
ちょっと、ねえ?
骨が刺さりそうだし……。
『ああ、召喚獣ならば確かに――様々な世界で魂を共有している。私の情報をもっていてもおかしくないかもしれないね。その全てを喰らい尽くすっていうのは、なーんかニュアンスが違うような気もするけれど……ともあれ、そう。私が君達のいう災厄の獣なんだろうね』
「戯れに救うというならば! なぜこのような暴挙に及んだというのだ! 正しき我等を救ってみせるべきであろう」
と、高官っぽいオッサンが私に声を荒らげる。
いるんだよなあ……。
こう、なんつーか。人間こそを優先して救わないと駄目とか考えてるおっちゃんって。
『この聖職者のお嬢さんの話をよく聞いていたかい? 戯れに救い、戯れに滅ぼす――と。そう言っていただろう? ちょうどいいや。いいかい、君達。よく聞いて欲しい。私はいま悩んでいてね、君たち人間に肉球を差し伸べるべきか、それとも他に差し伸べるべきか――迷っているんだよ』
告げて、尻尾をくるりと回し。
じっと赤い瞳で見下ろしてやる。
『どうか、勘違いはしないで欲しい。そもそもだ――人間如きとこうして話をしてやっているだけで最大の譲歩をしているのさ。本当ならね、ちょっと気に障る事があったから……このような場を設けぬままに、君達をヒュプノスの揺りかごに乗せ……長しえの眠りを与えてやっても良かったんだ。まあこの世界にも少し愛着ができた。話をしていて楽しいと感じる者達が、人間の中にもいる。けれど、けれどだよ。いいかい、よく聞いておくれ? 今、目の前でウジのように這う君達に対しては何の感情も無い。いわば脆弱なるアリが目の前で、列となって歩いているようなものにしか思えない。気にせず踏みつぶし歩くか、それとも避けて歩いてやるか――それを決めるのは私だ。君達ではない。どうか、そこは弁えて欲しいと、私はそう思うんだよ』
ここ。
なんか超越存在的なイイ感じなドヤポイントである!
後ろにいるサメ牙ヴァルスくんが、格好つける私を三白眼で――じぃぃぃぃ。
ぷぷぷーと笑いそうになっているが。
軍服ウォールスくんがこっそり諫めているので、セーフ!
さて。
この会議にいる私の関係者は金赤女帝さんと、名もなき大魔女の二名。
他はみんな名前も知らないが、国を動かす組織やその重鎮たちである。
まあ、モブともいうが。
ギルドの魔剣士やら聖職者やらは私の実力に慄き、ちゃんとした態度を取っているが――他の高官やら貴族は……ちょっと怪しいかな。
果たして、この中に私が探している相手がいるかどうか――まあ、それもそのうち分かるか。
ともあれ。
実力者の代表でもある大魔女くんは、なにやら私の顔を見て――。
な、なにやってるんじゃあぁぁぁぁぁっぁあ!
と、言いたげなものすごい顔をしているのだが……あー、そういや。会議に乱入するってことを伝えていなかったような気もする。
……。
まあ、いっか。
玉座の上で魔杖をくるりと回し。
豪奢なティーセットを自分の前にだけ顕現させて、私は言う。
『そんなわけで、ちょっと会議に参加させて貰うよ。まさか部外者だから出て行け、なーんて冷たい事は言わないよね?』
こちらの一団はそりゃもう終末を告げる闇の軍団なわけだが。
「先ほどから言わせておけば、猫魔獣風情が偉そうに……っ! 虎の威を借る猫とはよくいったものよ! 強い言葉を吐くのならば、強者に守られながらではなく一人で吠えるべきであろう!」
それにも怯まず吠えたのは――金赤女帝の護衛騎士団か。
彼等は私たちの力を測りかねているのか、それとも金赤君を守ろうと必死なのか。
魔術と剣を構え――再度、唸る。
「ええーい。この異常事態に便乗し、異界の魔族だと? 魔術師団、近衛騎士達を盾に詠唱を――早く! 間に合わなくなる前に!」
「応! 我らが杖は陛下のために」
「いざ、いざいざ!」
むろん。
その後ろで金赤女帝さんは、ぎゃぁぁああぁぁぁっぁぁ! っと立ち上がり。
「ま、待てぇええーい! おまえたち! その者達には絶対に手を出してはならんと――!」
「分かっております、我等が陛下のために!」
忠義を捧げているようではあるが。
もはや命をかけて主を守る!
ということを優先していて、周りが見えていないようである。
「女帝よ! 早くおぬしのスキルで止めよ! おそらく攻撃したら魔猫はともかく、周囲がさすがに反撃してくるぞ!」
「大魔女殿か。分かっておる――! どうしたのじゃお前達! ならぬと言うとろうが!」
女帝さんは止めているのに、命を捧げる覚悟が出来ている護衛達は死を覚悟してギリリ!
私に向かい杖と剣を掲げ。
複合同時詠唱で、六重の魔法陣を三つ展開しはじめていた。
凛と手を翳す金赤女帝さんの、王者のスキルが発動するが。
反応は、ない?
「なっ――!?」
金赤女帝くんの赤い瞳が揺らぐ。
部下達の異変に気付いたのだろう。
ふむ……金赤くんのスキルによる制止が効かない。
と。
ちょーっと、きな臭いね。
ともあれ、なんとかしないと私の部下が反撃したら全部消し炭になっちゃうし。
肉球を鳴らし止めてやろうかとも思ったのだが――。
周囲が魔女の森に包まれていく。
領域の乗っ取りである。
「仕方ないのう――金赤よ、貸し一つじゃからな。補助金を上げておくれよ」
そんなことができるのは当然限られていて――大魔女君が腕をスッと伸ばし。
パイプステッキの先。
高速詠唱で生み出した高密度の魔法陣を展開。
「おぬしら目を覚まさんかい!」
《ぎゃはははははははは! バカか! お前らは――! 誰にかは知らねえが、簡単に操られやがって! ――サイレンスマジック・雄羊たちの沈黙――! クールに発動だぜえええい!》
大魔女の帽子から発動した魔術が、先走った連中の詠唱をキャンセル。
大魔女本人にも動きがあった。
前に飛び出し、子どもモードから妖艶魔女モードに変身。
パイプステッキから、ふぅ……!
「狂戦士化の魔術をかけられておるようであるな。ふむ、ならば……汝らに戒めを――」
行動遅延効果のある煙を吹きだし、周囲の動きを強制的に戒める。
行動を抑止された騎士達が、歯を食いしばり唸る。
「なにをなさるのです! 大魔女殿!」
「愚かな――ぬしらは力量差すらも分からぬのか? 老婆心からの警告じゃ、ババアの言葉を耳にせよ。この者らを下手に刺激するでない、機嫌を本気で損ねれば――ぬしらの命など塵芥。いや、この世界とて紙くず同然の価値となろう。主人を守ろうと思うのならば、周りをよく見ることじゃ」
言って、ふふふと艶やかに嗤い。
とてとてとて。
ちゃっかり私の列の方に並んでいる。
なあなあウォールス! こいつ、ロリから姉ちゃんになったぞ!
と、サメ牙ヴァルス君が目を輝かせているが……ともあれ。
このタイミングでわざわざこちらに歩み寄ってくるとは――大魔女もなかなかどうして、イイ性格をしている。
人間側の誰かが唸る。
「大魔女様! まさかあなたまで、このネコの手に落ちているのか!」
「左様じゃ。悪いがこの者とは既に一度戦い破れ、味方の契約を交わしていてな、魔導に詳しき者なら知っておろう? 魔術の制約には逆らえん。もっとも、逆らうつもりもないがな」
魔女は魔女たる冷徹な瞳で――人間をちらり。
「おぬしら、一度でも考えた事はあるだろうか? 魔物への生贄に捧げられている我等の学園を案じた事はあったであろうか?」
漏らす妖艶な唇は、少し揺れていた。
「あるまいて。ぬしらは我が愛しき教え子らに暗に死ねと笑いながら、見送っていたではないか。大いなる導き、我が母より作られ生を受け――これまで人に尽くしてきたつもりじゃ。人間よ――これ以上、魔女に何を求む。ババアに何を望む。尽きぬ欲望にはもううんざりなのじゃ――なれば戯れとはいえ、話を聞いてくれたこの方、大魔帝殿の傍にいる方が……残されし我が命も浮かばれよう。神に尽くし、人に尽くし、自らの歩みを何も残せぬまま――消えゆくババアの最後の我儘をきいてくれても良かろう?」
それはきっと。
大魔女がずっとため込んでいた想い、本音の一部なのだろう。
「そんな――っ」
「学園の代表すらも……っ」
いや、なんだかんだでいま助けて貰ったばっかりじゃん……。
あの大魔女が既に敵側に回っている。
それはここにいる者達にとってはそれなりの衝撃だったらしく、ザワつきが広がる。
大魔女はふふふと妖艶に微笑みつつも、こっそりと私を見て。
じぃぃぃぃっぃぃいい。
ボクに内緒で、いったい、どういうつもりじゃ! と、目で訴えているが、気にしない!
まあ、何か作戦があるのだろうと信頼はしてくれているようであるが。
まさか、いろんな人に連絡を取っていたから……ついうっかり……大魔女にまで伝達するのを忘れていた、なーんて言えないよね。
……。
言わなかったのも作戦って事にしておこう。
あ、ヒトガタくんがこっそりと今、悪意なくただ忘れていただけと真実を伝えたようである。
大魔女の額に、ビシっと大きな怒りマークが浮かんでいる。
ともあれ。
『さて、もう十分に分かってくれていると思うが――私は君たち人間よりもはるかに強い。ここにいる大魔女君よりもね。あまりバカな真似は考えないでくれると助かるよ。今のは余興として楽しんであげたけど、次はないよ』
私の言葉を補強するためだろう。
気怠く息を吐く大魔女が、妖艶な仕草で斜に構えて――続ける。
「この者の言うておることは事実じゃよ。以前、とある事情で時魔術を用いた事すらあったが――結果はこちらの大敗。いや勝負にすらなっておらなんだ。もし鑑定が使えるモノがおるのなら、使ってみるがいい。その深淵の一端を覗けるのならば――ババアの言うとる事も事実だと分かるだろうて。正真正銘、この者は魔王の称号に値すると言っていいほどの強者じゃ」
さすがに魔王様の称号は私には重すぎるが。
まあ、言葉のインパクトはそれなりに大きいか。
『解説をありがとう大魔女君。まあそんなわけで、この場にいる誰よりも強いと言わせて貰うよ。純然たる事実としてね。けれど、私はこれでも平和主義者でね。無益な殺生は好きじゃないんだ――だから、死にたい者は先に私に戦いを挑みに来ておくれ、一対一でも一対万でも引き受けよう。面倒な事は先に片付けておきたい』
反応はない。
皆が動かぬことを確認した後。
代表して金赤女帝くんがカツリと前に出てくる。
「先日は大変世話になったな大魔帝殿。改めて礼を言わせて貰おう」
『金赤君か。ああ、礼は構わないよ。ちゃんと報酬は受け取ってあるからね。あれから異常はないかい?』
「おかげさまでな――」
感謝を噛み締めるように瞳を閉じて。
けれど、王者の顔で女帝は言う。
「それで今日は何用だ。と聞きたい所であるのだが、その前に――そなた、何故女神教幹部のモノと共にいる。その者ら、殺戮のヴァルスと獄殺のウォールスであろう。最後に貴殿とお会いした時には紛れもなく敵同士であったと記憶しているが?」
『んー、その辺の事情を説明すると長くなるし、今日の本題に関わる事でもあるんだけど。まあ先に説明させて貰うと――あの後、一戦交えてね。なんだかんだあって彼らは今、私の部下になっているんだよ』
「この狂人どもを部下にだと!」
それは女帝さんでもさすがに寝耳に水だったのか。
金の髪と赤い瞳を揺らし、まともに顔色を変えている。
疑問に応える形で。
軍服姿のウォールス君が前に出て、凛と告げる。
「金赤女帝よ。ケトス様の仰っている事は事実だ。今の我等は教皇などというウジではなく――この方に忠誠を誓っている」
「まあ、そういうこった女帝さんよ。喜べ――人間ども、てめえらの命は取るなってボスが言ってやがるからな。てめえらのことは内臓を掻きだして抉ってやりてえくらいに反吐が出て、マジで殺してやりてえぐらいムカつくが――まあ殺したりはしねえよ。条件付きではあるがな! 良かったなあ、なーはっはっはっは!」
憎しみの感情が、人間の中に膨らんでいる。
ふむ。
そりゃ事情を知らないとこの子達、ただの殺戮者だったからね。
『彼等もなかなか可哀そうな子達でね。つい拾ってしまったんだ。事情を説明してもいいけど、長くなる。だから省かせて貰うけど――どうか今までの事はお互いに水に流してあげて欲しい。まあ彼らを許せとまではいわないけど……彼らの生存を認めて欲しいんだけど、駄目かな?』
ざわめきが起こる。
騎士団長が前に出て、重い口を開く。
「大魔帝殿。すまぬが、こちらにはその者らに身内を殺害された者もいる。我が部下もそうだ。いくら貴公にその者の生存を許せと言われても納得できぬものは多い」
『つまり、罪は罪として裁かせてほしいと?』
再びざわめきが起こる。
しばらくして、別の方向から声が上がる。
「偉大なる魔猫様、ギルドを代表して発言させていただいても?」
ギルド側の聖職者の女性が恭しく私に礼をし、問う。
紅茶をズズズとしながら、モフ耳を倒し頷いた私を見て――ゆっくりと口を開く。
「お許し、ありがとうございます。ですが――どうか我らの本音をお聞きください。貴方様がどう同情なさってその殺戮者たちを許し、憐れみ、手をお伸ばしになられたのかは分かりません。正直に申しますと、おそらく事情を聞かされたとしても……理解できることはないと思うのです。それほどに……彼らが憎い、憎いのです――ワタクシも身内を殺されているのです。とても優しい父でした……そう、とても優しくて、今でも目をつむると思い出すのです。父の温もりを父の優しさを、そして――同時に、ワタクシは悲しくなります。優しさと共に……どうしても、思い出してしまう。あの日、切り刻まれた父の無惨な顔を……思い出してしまうのです。けれど――もはや過去の話。今を生きる者たちにとっては過ぎさった思い出の中での話。あなた様ほど強大な方に、水に流せとそう言われれば、頭を垂れて従うべきなのでしょう。ですが……どう言い繕っても、この憎しみは本物であります。どのような事情があろうと、こちらの世界での罪として、罰を受けて欲しいとそう思わずにはいられないのです」
心を打つ言葉ではある。
ギルド一同も、高官たちも貴族も。
皆、清き聖職者の言葉を受けて、責めるように私を見る。
ま、こうなるよね。
実際、今でもお父さんを想う彼女はかわいそうだし。
感銘を受けた顔で、私は頷く。
『そうか。そうだよね――分かった。君達の言い分ももっともだ。じゃあ人間の回答は許さない、でいいんだね?』
私は落ち着いた口調で、聖人ともいえる程の穏やかな声を意識し。
言った。
人々の反応は――肯定である。
まあちゃんと事情を説明せずにこんなことを言われて、納得できる者も少ないか。
けれど、まあこれはこれで構わない。
『オーケーいいよ。そうだよね、どんな事情があろうとやはり――ヤラれたことは許せない。あったことはなかったことにならない。罪は罪。罰を与えなくては釣り合わない。そうなってしまうよね。分かった。それが君達の答えなのだろう。正しくあると思うよ。故にこそ、私は君達の答えを尊重しよう。大変心苦しいが、どうしてもというのなら彼らを君達に引き渡す必要もあるわけだ。ああ、困った。それは困った――けれど、仕方ないよね』
わざとらしく言って、私は穏やかな笑みを浮かべたまま。
手を翳す。
大魔帝セット一式は既に動きを開始していた。
私の意思を反映し始めているのだ。
『さて話は変わるが、ここにいる君達は大いなる導きが滅んだことは知っているよね?』
凛と告げる私に、周囲に混乱が広がる。
騎士の誰かが答える。
「そ、それは――ええ。ですが、なぜいまその話を」
『ちょっとね。それで正しく歩んでいるらしい、罪を許せぬ君達に問いたいんだが――何故滅んだのかも、知っているよね?』
やや間があって。
教会代表側の――大司祭の淑女が答える。
「悲しい事に人間の手によって、我等の神は討たれたと伝わっております」
『そう、正解だ。その辺を私は少し憂いていてね、ある程度どういう事が起こっていたのか、事情を知る事もできているんだ。実はね――この世界が滅ぶ原因も、生まれる魔物の真実も私は全て知っているんだよ。いやあ、その原因というか柱でもある彼女が言うんだよ。今でもどうしても許せないって。罪は罪だ。私は言ったんだよ? 彼等にも言い分があるって。だから、うん――彼女が暴れるその前に、色々と確認したかったんだけど、最初の段階で許せないだったから別にいいよね』
チペチペチペ。
猫のお手々を舐めて、身を清めて――と。
『罪は罪。いい言葉だと私も思うよ。あまり好きじゃないけどね』
告げた。
その次の瞬間。
私のモフ毛が、膨らんだ。
ざぁあああああああああああぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁ!
荒ぶる魔猫の魔力が空間を満たし始める。
吹き荒ぶ魔力の海。
異界の海獣によって浸透された魔力の軌跡を辿り、私はモフモフな獣毛を更に膨らませる。
過ぎる魔力の影響だろう。
ふわふわ尻尾の先までもが魔力を浴びて膨らんでいた。
魔力。魔力。魔力。
尋常ではない魔の力が、広がり始めていたのだ。
「て、てめえモフモフ! な、なにをするつもりだ――っ!」
「ケトスさま……っ!? 人間達には手を出さない筈では?」
ヴァルス君とウォールス君が動揺の声を上げるが、構わず。
『ああ、私はね。そんな責任を負わされるようなことをするつもりはないよ。私は――ね』
大魔帝の本気の魔力が、空間を軋ませる。
猫目石の魔杖。
我が至宝の武器を肉球で握り――その先端の瞳を、デラデラと輝かせる。
モヤモヤの闇の中。
漆黒の霧に包まれた私――その瞳が赤く輝く。
憎悪の魔性としての力を発動。
私の咢は言葉を紡ぐ。
『我、久遠の時を読み解く者。我、汝の憎悪と嘆きを知る者也や。この手掴むと欲するならば、我が命に応えよ。その身、嘆きの果てに顕現せんと欲するならば――この手、掴みて憎悪の果てより浮上するといい。我が許そう。汝を救い、掴み上げよう。我が名はケトス! 大魔帝ケトス! 真なる憎悪の魔性也!』
赤き閃光が地を走る。
闇の炎が天を衝く。
膨大な魔術式が十重の魔法陣という形をとって暴走する。
玉座の間。人々と闇の眷属が対峙するその空間一面に異変が起こっていた。
十、二十、三十……。
全て仕様の異なる十重の魔法陣が、互いに組み合わさりながら連結し、一つの巨大な魔法陣として構築されていく。
いわば無限の力。
魔術法則からも逸脱した力が、無尽蔵に生み出されているのだ。
並の使い手なら、溢れる魔力に耐え切れず押しつぶされていただろう。
扱いきれずに魂を焼き切られていた事だろう。
けれど。
私、大魔帝ケトスだしね。
できちゃうんだよな~、これが!
力の奔流をコントロールし、私はニヒィ!
『汝の本懐を遂げるのならば我は止めぬ、人々は答えを得た。我が問いに答えた! 己が罪に報いるだろう! さあ、蘇れ! かつて神であったモノよ!』
大魔族としての顔で――呪を解き放つ。
《――反魂召喚:怒れる女神の降臨陣――》
翳す杖の先から、涙のような雫が生まれ。
ぽつん。
玉座の間の床に落ちる。
その次の瞬間。
世界に広がっていた祈りが――収束する。
祈りという形のない無。
終末の空を憂う民たちの純粋な祈りが、私の導く魔力と十重の魔法陣を通して――有へと変換される。
術は――成功だ。
ドゴオォォォォゥゥゥゥゥッゥゥゥゥゥゥゥゥッゥン――!
宮殿に、王都全体に。
国家に大陸に――神々しい光が満ち溢れ始める。
そして。
それは顕現した。
 




