オアシスの街ガラリア ~魔導ショップと白亜の宮殿~
かつてこの世界には魔導軍事帝国ガラリアという世界最大の軍事大国があった。
そう、あったというのはもう既にないという事である。
他人事みたいにいってるが……。
何を隠そう、旧ガラリア帝国を滅ぼしたのは私だったりするのである。
いやあ、あの時はいきなり召喚されちゃって、魔王様を舐め腐ってたからついヤッちゃったんだよね。
だいたい人間統一とかいう主張を聞かされたって魔族で猫である私に分かるわけもないし。私を呼ぶために大量の生贄を使っていたり、占領地を植民地化してあんなことやこんなことをしていたり、獣人やエルフといった亜人類を奴隷並の扱いで使役していたり、ジャハルくんのお仲間でもある精霊族を魔道具に変換してアイテムとして酷使していたり、と。
まあ滅んで当然なことをしていたのだから仕方ない。
うん。
私、悪くないし。
世界から感謝されたんだから、むしろ善行だし?
それに非戦闘員と子供は保護しといたんだからいいじゃないか。
はい、この話は私の善行ってことで問題ない。
いいね?
うん。
そんな非戦闘員と子供たちの子孫が長い年月を経て、新しく建国したのが、この真ガラリア魔導帝国だそうである。
皇帝の名はガラリア=ヴル=パープルヘイム。ガラリアの血筋を持つまだ若い男帝らしい。まあ若いと言っても皇帝としてはであるが。
国の場所はというと。
西帝国と東王国の遥か北。
領土の多くを乾燥した砂漠地帯で占める北大陸。
真ガラリア魔導帝国の首都は砂漠のど真ん中、海にすら似た大きな湖に沿う形で栄える巨大な商業都市となっていた。
とある素敵で麗しい大魔帝に滅ぼされた傷痕は、既に癒えたのだろう。
一般に出回っている魔道具を購入するならまずはここ!
ここにないならほぼ他にはない!
あとは道楽貴族やら軍隊やら高ランク冒険者から奪い取るしかない!
さあ参れ!
君の探し求める魔道具はかならずここにある!
と言われるほどに大きな魔道具専門ショップが揃っている場所になっているらしい。
なぜらしい、なのかというと。
私、名物料理以外に興味ないからあんまり知らないんだよね。
とりあえずサボテンステーキはそんなに美味しくなかったし……。
サソリの唐揚げはパリパリしてるけど、味薄かったし。
はぁ、駄目だなここ。
ジャハルくんとの待ち合わせの時間にはまだちょっとある。
だからやはり、見るべきところと言ったら魔道具ショップしかないのだが。
……。
基本的に軍事の事は、部下達に全部任せているのである、私は。
私が率先して何かやろうとすると、みんな慌てて止めるから仕方ないのだが。
だいたい。
人間の作り出す魔道具なんて、たかが知れているのだ。人間同士の小競り合いならば意味のあるモノなのかもしれないが、魔族との戦いになったら何の役にも立たないモノばかり。
二重の魔法陣を即時展開できる魔道具を、ドヤ顔で販売されても反応に困るのだ。
なにより、値段もバカみたいに高い。
たかが魔法陣の発動速度増強魔道具で、一月遊んで暮らせるほどの金額もするのである。
まあ、魔族と闘ったのは百年前。
もはや人間にとっての魔族は御伽噺の登場人物に近くなっているのか。実在はするが直接敵対していない魔よりも、身近な人間を相手に有効な殺傷武器を作りだす。そんな即物的な気持ちもわからなくはない。
二重の魔法陣を連発できれば人間相手には十分なのだろう。
私も何軒か魔道具ショップに寄ってみたが、目を引く物はあまりなかった。
少しだけ、ないこともなかったのだが。
お金もないし。
それはまあ、ジャハルくんと相談してからか。
無駄なもんを作ってる暇があったら、肉まんの開発を早く進めて欲しいモノである。
待ち合わせまでの時間つぶしに、私はもう一軒マジックショップによることにした。
◇
物珍しいモノはないが、わりと品のある店だった。
冒険者が売りに来たモノを安値でよければとりあえず全部買う、不要な物でも買う、そんな心の広さを感じさせる店内ではあるが――あまり儲かってはいないようだ。
ジャレるのに最適そうなローブを眺めていると。
老店主に声を掛けられてしまった。
「お若いの。アンタ。異国の貴族様かなにか、かのう」
「まあ、そんなようなもんだけど。どうして分かったんだい」
「必要があってここを訪れる者はみな目が尖っているが、アンタはさほど興味がなさそうだからのう」
冷やかしと思われたか。
まあ実際そうなのだが。
「時間を潰されるのは構わないが、看板の裏に赤い印が刻まれている店には気を付けなされ」
「どういう意味だい」
「赤い印の店は取り扱ってはいけない品や、盗品、密売産のモノが多いんじゃ。それら全てはガラリア皇帝の名の下に禁じられておる、もし気付かずに買ったとしても――」
店主は自らの首に手を当て、斬首の仕草をして見せる。
密売品か。そういえば確かに、何軒かそういう店があった。
「親切なんだね、店主さん」
「皇帝陛下は国民想いの良い御方なのじゃが、禁止されている魔道具に関してだけは厳しいからのう。お優しいあの方に、そういう命令を出させたくないんじゃよ」
「あなたも優しい人のようだ」
少しだけ、心が温かくなった。
「ならその優しさにご褒美だ。私の所持品から一つだけアイテムを売ってあげるよ」
「ふぁっふぁっふぁ、それがご褒美ですかい。貴族の方の考えることは面白い、まあワシも暇じゃからな見せてもらうことにしよう」
私は亜空間収納からいくつかの武具と魔道具、そして魔導の護符を並べる。
老店主の瞳が、見開いた。
それなりの目利きであれば、人間にとってそれなりに貴重な品だと理解できるだろう。
空気が変わる。
ごくりと息を呑み。
慎重に、老店主は口を開いた。
「あんた、何者じゃ」
「言っただろ、貴族みたいなものだって」
「貴族様とて、このような――」
私は口元に一本指を立てて、内緒だとアピールするように。
「この私が人間に所持品を売るなんて本当はいけないことなんだ、だから、特別だよ」
その言葉で、私が人ならざるモノだと察したのだろう。
老店主は慎重に、ひとつひとつを吟味し。
「この護符は、いくらで売っていただけるのかね」
「へえこの中で幸運の護符を選ぶだなんて、意外に謙虚だね」
ダンジョン探索や人間の英雄と闘った際の戦利品が並ぶ中。
老店主が選んだのは私が暇つぶしに作った魔導石のアミュレットだ。
材料はいつもの様に、生え変わりの時期のモフモフ猫毛と爪。
様々な品が並ぶ中で私の自作品を選ぶとは、にゃふふふ!
なかなか見どころのあるやつだ。
「この護符には強力な幸運値補正の魔術が施されておる。人間では届かぬ果ての領域にある絶大な加護がのう。それに……」
老店主は魔剣に目をやって。
「そちらの武具は確かに全て、伝説級の品ではある。この店で扱えば名も上がりましょう。ただそれらは人を殺めるための道具。ワシには――恐ろしくて堪らないのです」
「欲がないね」
優しい老店主だ。
「この歳になると欲をかかずに、余生の幸福を願いたくなるのですよ。まあ幸運を求めるということ自体が、もっとも大きな欲とも言えますでしょうがな」
「その発想は素敵だと私は思うよ。値段は……そうだね」
私は三日間、市場で買い食いできるぐらいの金額を提案した。
おそらく、破格を通り越して捨て値の額。
「ありがたいのですが、よろしいので?」
「あまり人間から搾取すると主に叱られちゃうからね。それに君、売らずに身に着けるつもりなんだろう。優しい人間に損をさせたくはない」
もっともらしいことを先ほどから言っているが。
これ、実は私のためだったりするのである。
金額が少なければ人間界に影響を与える可能性は低い。
なおかつ、この老店主が店に並べずに使うのならば、私がこっそり、人間と取引したことがバレる可能性はほぼゼロ。
「ああ、でも。そうだね、この辺りで猫獣人が美味しいと感じる露店があったら紹介して欲しいんだけど、大丈夫かな?」
「それでは、中古ではありますがこの魔導地図を差し上げましょう。この辺りの食料品店が既にマッピングされておりますから、商品にはできないのですじゃ」
そういうことならと私は遠慮なく地図を受け取った。
魔導地図により、またたび饅頭が置いてあるという店を紹介され、それなりに満足した事は後で日記用クリスタルにも書いておこうと思う。
こういうノンビリとした日常も悪くはない。
そう、今回の旅はきっと、何の問題もなく終わるだろう。
……。
と、思いたい。




