王都襲撃 ~怒れるネコの肉球にある罪人~ その1
世界の終末なんてものは、いつやってくるかは分からない。
考えるだけ無駄だと、そう思う人間は多いのではないだろうか。
けれどまあ。
それは突然やってきた。
桜が咲くにはまだ早すぎるが、だんだんと――春の兆しが見え始めた冬の終わり。
世界を包んだのは温かさではなく――闇だった。
突如、訪れた世界の危機。
謎の大いなる闇が大陸全体を包んだのは、つい一週間前の話である。
王都の上空に漂うのは、この世ならざる黒き亡霊。
召喚に失敗し、世界の狭間に残された勇者になるはずだった魂――ブレイヴソウル。
尋常ならざる強さを持つ彼等は、黒く染まった空を泳ぐ。
くぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉ……と邪気を放ち人間達を見下ろし、顔のない瞳でじっと生者達を眺めていたのだ。
誰もが皆、終末を感じ――神に祈った事だろう。
どうか、助けて下さいと。
それもそのはず。
大いなる導きが滅んだという事を、一般市民はまだ知らないのだ。
だから皆、膝をつき教会に通い必死に祈っていた。
それはかつて、まだ大いなる導きが健在だった頃――多くの民から捧げられていた祈りを再現するかのように。
むろん、この騒動の犯人は決まっている。
皆さまご存じの偉大なるモフモフ!
とある異界の大魔族!
魔王陛下の素敵な愛猫!
魔王城みんなのアイドルニャンコなケトスちゃん!
ようするに――。
私である!
いやあ、終末感を演出するとはいえ、こーんなことになっちゃうとはね。
実際にやってみると。
うん。
けっこうインパクトがすごい!
今現在、ニャンコな私は世界で暗躍中。
ちょっとした作戦があり、世界を闇で包んでいるのだ。
ラストバトルの直前。
全ての街が機能不全になったり、暗黒に覆われた状態になってセリフが変わっていたりするアレを想像して貰えばいいだろう。
ちなみに。
軽く言っているが、現在世界はまじめに大混乱中である。
そして私がどこにいるか、というと。
王族達が集まる宮殿の隣の次元で、にゃほん!
亜空間にブルーシートを広げ、サンドウィッチなどを持ち込んでピクニックをしながら観察中。
姿を隠し、ずっと貴族たちの様子を眺めていたのだ。
時刻は昼と夕方の狭間。
場所は玉座の間。
王族や軍、ギルドに騎士団に魔導学園、そして教会のお偉いさんが集まる緊急会議中の出来事だった。
彼等はいわゆる戦いを生業とする者達である。
そりゃこんな緊急事態に動かないっていうのなら、給料泥棒になるだろうしね。
みーんな大慌てで、貌を青褪めさせている。
彼等の議題は、突如として空に漂い始めた黒き魂たち。
そして。
世界の滅亡を彷彿とさせるこの闇についてである。
まあようするに、私が放った黒マナティに大慌て。
アレはなんだ!?
退治するか!?
いや、とんでもなくヤベエから無理だ!
あれもヤバいが。この闇のモヤモヤはなんなんだ!
なーんてことをむずかしい言葉で語っている時に、デデーン!
と、登場してやるつもりなのである。
会議の中心にいるのは――金赤女帝さん。
なかなかどうして王者の貫禄を放っているが、彼女の顔は当然ながら曇っている。
いわゆる世界の危機だからしょうがないよね。
「王よ! 何を臆しておられるのです、我等騎士団はあの謎の人魚の討伐を提案いたします!」
「そうですわ、あたくし達教会も協力致します。いまこそあの不浄なる魂を浄化し、世界に平和を取り戻すべきではないでしょうか」
騎士団長っぽいオッサンと、大司祭クラスの淑女が提案するも。
答えるのは中央学園の理事長、ボクっ子娘の大魔女さん。
「とは言うてものう、具体的にどうするつもりじゃ? あの空に浮かぶやつら、一体一体がボクより強いぞ? やつらはこちらに攻撃を仕掛けようとはしていない。下手に刺激し、反撃でもされようものなら即座に破滅――おそらく数分と掛からずこちらは全滅じゃろうて」
《ギャーハッハハハハハハ、給料泥棒のてめえらはあいかわらず口だけが達者だな! 魔女より弱くてつかえねえ騎士団長さんと、祈る事すらできねえ詐欺師の大司祭ネエちゃんよお!》
ちなみに、続いた毒舌は魔女の巨大帽子君である。
いつも通りの辛辣に、騎士団長とやらと大司祭さんとやらはギロっと大魔女を睨んでいる。
騎士団と教会からの視線を受けた大魔女は、うっ……と怯みつつも。
「ボ、ボクを睨むでないぞ! これは師匠から頂いた帽子が勝手に喋ったことであるからな。まあ……言いたいことは間違ってはおらんが。冷静になるのじゃ、アレに敵意はない。何かを探しているように漂っているだけ。と、とにかく! 攻撃には反対じゃ! それにじゃ――アレ、絶対にあやつの眷属じゃぞ!」
「大魔女殿、あやつとは?」
「なにかをご存じなので?」
ボクっ子、だめだなあ……もう口を滑らせてるし。
助け船を出すように、金赤女帝が立ち上がる。
「ええーい! 騒々しい、粛にせよ――!」
キィィィン。
赤い瞳を輝かせ、翳す細い指先からは――女帝が持つ王者のスキル、強制命令が発動している。
言葉に従い、鎮まった皆が頭を下げる。
静かになった会議場を一瞥し――微笑。
金赤女帝は赤い紅の引かれた唇を妖しく動かす。
「妾も、その『あやつ』については承知しておる。あれほど大量の神話級の化け物が顕現したのは、おそらく彼の者の仕業だということもな」
「陛下! 本当で御座いますか!」
「ああ、本当じゃ。あやつとは一度対峙したことがある。正真正銘の神であった、異世界の神であるがな。これほどの天変地異を起こせるものがいるとすれば、あの者しかおらぬ。しかしじゃ。故なくこのような事態を起こす者とは到底思えん。なれど――この突然の闇。彼の者が動くその理由が分からぬのじゃ」
言葉を区切り。
金赤女帝は鋭く瞳を尖らせ言う。
「皆の者に問う。貴公ら、よもや神を怒らせる何かをしおったか? 心当たりがあるモノがいるのならば速やかに述べよ」
「あたくし共は神の僕、そのような無礼はけして……」
「我等騎士団にもそのような――」
否定の言葉を遮り――魔力を乗せた王者の視線が突き刺さる。
「ほぅ、そなたら――面白いことを歌うではないか。部下に確かめもせずに、なぜ分かる。妾とて末端までの行動を把握できておらぬというのに、何ゆえに、なにもないと言い切れる?」
その言葉には怒りと鋭い殺意が含まれていた。
神の機嫌を損ねた者がいるのならば、この場で処断も止む無し。
そんなきつーい空気が流れているのだが。
そろそろいいかな?
慌てて亜空間のピクニックセットを回収して、待機していた皆にモフ耳で合図を送る。
あーあー、にゃほん!
会議に乱入するべく広がったのは、膨大な魔力。
そして――麗しき魔猫の美声!
『くはははははははは! くははははははははははは! くはははははははははははははは!』
哄笑と共に、玉座の間が闇に包まれていく。
漆黒の霧。
ようするに、いつもの演出のモヤモヤを放ったのだ。
「なんだ、この人を小馬鹿にしたような声は?」
「猫、でしょうか?」
騎士団長と大司祭の声に続き。
ビシっと顔面を硬直させて大魔女と金赤君が声を荒らげる。
「こ――これは、ついにきおったか! 大魔女として警告する! 皆のモノ、絶対に手を出すでないぞ――!」
「大魔女殿の言う通りだ! 勅命である――全員、この場から動いてはならぬ!」
翳す金赤女帝の手のひらから、スキルが発動。
臣下たちへの行動制限スキルの効果が発揮したことを確認して。
と。
ニャンコな喉を肉球でトントン叩いて声量を調整して――いざ!
『会議の最中にすまないね。大事な話のようだから、私も参加させて貰おうと思うのだが――構わないよね?』
言って。
ズン――ッ!
重圧と共に、会議場となっている空間を威圧した私は――玉座の上に魔法陣を展開。
愚かなる人類に滅びを告げるラスボスよろしく。
いきなり魔法陣をビカビカさせて。
堂々と顕現してやるつもりなのである。
「空間が、割れているだと……魔術師団長、これは……っ!」
「ひぃ……っ」
「分かりませぬ、ただ――ただ、これは確実に……っ、やばい、やばいんです、やばいやばい!」
あ。
魔術師団長とやらが、やばいを連呼して倒れちゃった……まあいっか。
次元に走る亀裂から、ギギギギ。
ぐぎぎぎぎぎぃぃい……!
私はネコの手を、うにょーん!
本当なら一瞬で、ポンなのだが。
ちょっとそれっぽく顕現してやることにしたので――、亀裂の奥から紅い瞳を輝かせ。
ザシャン!
更に獣の前脚を掛けて、グイグイグイグイ――空間を広げてビーリビリビリ!
『ほぅ、見える、見えるぞ。脆弱なる人の子らの群れが――これが約束の果てに遺された生命だと? ふん、嗤わせる。ただのムシケラではないか』
黒い微笑を浮かべて言ったのは――それっぽい言葉。
むろん、そんなに深い意味はない。
ちなみに、今の姿だが。
障子を破り。
ドヤ顔で上半身を突っ込んでいる邪悪なるニャンコを想像してくれれば、たぶんまんまの姿になっていると思う。
「黒い、ネコ? なんだ、この異常な……っ、っぐ――っ!」
「魔力汚染が起こっているのか。ええーい、近衛騎士団前へ――! 陛下を御守りせよ! この魔力、ただ事ではないぞ……ッ」
人間達のザワつきを聞きながら、徐々に、徐々にと、もったいぶって姿を見せてやる。
別に。
お腹とお尻が引っかかっているわけではない。
大理石の柱の上に、スゥっと肉球を下ろし。
完全顕現完了!
発動した防御結界を、べちんと肉球で叩き落とし。
更にドヤァァァァ!
心無い天使が下々を見下すような顔で、つぅっと瞳を細め。
『結界などあってなきようなもの、この世界の結界術師は随分と弱いとみえる。騒がしいが。まあよい、今日は気分も悪くないからな。汝等のざわめきも今だけは許してやるとしよう』
告げた直後に無詠唱で玉座に転移。
堂々と座ってやって――フフン!
口角をつり上げる。
いわゆる、魔王様スマイルである。
空間を渡り顕現した私に人々の目が集まる。
衛兵の誰かが、膨大な魔力に中てられて口元を抑えて蹲る。
「この悍ましい瘴気と魔力は……、いったい……っ――」
「なんなのですか、これは……っ」
力あるモノたち程、この異常事態と魔力の波に動揺しているようであるが――それもその筈だ。
私一人でも大物なのに、後ろにももっと色々といるからね。
更に生まれた次元の亀裂から、ぞろぞろぞろ。
闇の眷属達が顕現してくる。
私の背後には、部下となった元女神教幹部のヴァルスくんとウォールスくんが控え。
その横には黒マナティが数十体。
魔物の中ボスモードで魔導書を浮かべ、闇のオーラを纏う学長のヒトガタ君。
彼の管理下にある最上位ボスタイプのモンスターが十数体。
更に!
ヒトガタ君が説得した過去の英雄たちの亡霊を従えているからね。
「あれは――殺戮のヴァルスに、獄殺のウォールスだと!」
「それにっ――あの黒き人魚を従えるとはこやつが、今回の件の黒幕か!」
悲鳴に近い言葉が続く。
「かつて勇者様に滅ぼされた魔物の王……魔導王・千の魔導書」
「なぜ……だ! なぜ、まだリポップ期を迎えていない筈の死せる舟渡王と隻眼百腕鬼が、ここに……!」
「同時に――従っている、なんて……」
騎士団とギルド関係者の声が響き。
最後に教会の人たちが、瞳を震わせ跪く。
「おお、我等が始祖、我等が英雄が……なにゆえ、なにゆえこのような隊列に加わっておいでか!」
なんか、私の知らない情報もちらほら出ているが。
てか。
ヒトガタ君。君……最後は勇者に滅ぼされてたんだね。
てっきり毎回マイルくんにやられてたのかと思っていたんだけど。
まあいいや。
ともあれ!
さながら王の凱旋を彷彿とさせる豪華さで、ドヤァァァアアアァァァァァァ!
少しでも力のあるモノならすぐに察した事だろう。
下手に動いたら――死ぬ、と。
直訳すると。
こいつらヤベエである。
……。
ま、まあ――なんでこんなヤバイ奴らが、黒猫に従ってるんだ的な空気もちらほらと感じるが。
そういう感想の人たちは、たぶん。
こう言っちゃなんだが、私の力を見るステージにすら登れていない者達なのだろう。
そんな中。
分かる者には分かるようで。
ある程度の領域にあるモノが、私を見る瞳は違う。
深い畏怖が含まれているのだ。
もっとも。
その視線はすぐに沈む。
私を直視する勇気を折られ、床へと縫い付けられているのだ。
ぽたり、ぽたり……。
黙り込み――全身から流す汗の量が多い者ほど、強者だという事である。
下を向く、誰かの心が言っていた。
愚か者どもは、なぜコレを直接見る事が出来る。なぜ頭を上げていられる。なぜ、これほどまでに悍ましき闇に気付かずにいられるのか――と。
誰が強いのかを一応確認した私は、ぶにゃん♪
大魔帝セット一式を顕現させ。
赤き瞳を輝かせる。
『会議中に失礼したね、脆弱なる人間達。私はケトス。大魔帝ケトス――君達が言う所の異界の大魔族。それなりに強い異邦人さ。私を知らない者はどうか今この瞬間と我が名を心に刻んで欲しい。もしかしたら、今日この日こそが人類最後の日になるかもしれないのだからね』
発生する魔力風。
圧倒的なプレッシャー。
世界が揺れ始める影響で、玉座の間の空気も荒れ狂っているのだろう。
バタバタバタ。
モフモフしっぽも可愛らしいおヒゲも揺れている。
次元すらも裂く猫目石の魔杖を浮かべ、輝く王冠を傾け――。
紅蓮のマントをイイ感じに靡かせる私。
超、かっこういいね?




