奇跡を運ぶ者 その2 ~悩めるニャンコなる独白~
曰くしかない孤児院にて行われた奇跡の再会。
文字通り引き裂かれた少年と少女。
運命に翻弄された彼らの出逢い。
不老不死という共通点があったから、もしやと思っていたのだが――。
いやあ、実際こういう流れになるとはね~!
世の中って、うん。
本当に何があるか分からない!
そんな、男女の再会を演出したえらーいニャンコな私。
大魔帝ケトスはミートボールにぶちゅっとフォークを刺して、ムシャムシャムシャ。
ネコちゃん専用椅子の上で、どでーん♪
伸ばすアンヨも、輝く肉球もイイ感じ!
ふさふさモフモフの照りも、心なしか三割増し!
さて現在。
私と元導きの女神教? の幹部、サメ牙ヴァルスくんと軍服男で狂戦士気味のウォールスくんの二人。
そして。
かつてこの地で死んだはずだったウェールちゃんこと、聖女で私を召喚したマイル君。
四人でおいしく夕ご飯をいただいていた。
料理で私を召喚してしまっただけあって、その出来は素晴らしく!
ミートボールとハンバーグ。
結局両方を作ってしまい、ウハウハのにゃはにゃは!
殺戮のヴァルスくんこと、かつてこの孤児院で不死の実験を受けていた被害者。
私からのお仕置きを、ちょっぴり受けた神父の契約強制解除は成功している。
ちなみに。
二人につけられていた神の瞳も解呪済みなので――もう彼らがあの教団に巻き込まれることはない……と思う。
ともあれ!
ウォールスくんの依頼もとりあえず完了。
私を敵対視していたサメ牙神父のヴァルスくんの方は――というと。
ごはん粒を頬につけたまま、ケラケラと笑って私の頭をナーデナデ!
「なんだよ、モフ猫~。てめえ、あんがいイイ奴なんじゃねえか!」
『くははははは!』
頭を撫でられると、つい反射的にクハハハハと笑ってしまうのである。
まあ、長年の妄執となっていた女の子との再会の因となった私に、それなりに気を許しているようである。
子どもっぽいせい。
なのだろうが――こうしている彼は本当に普通の若者といった感じで、ネコちゃんとしては色々と複雑な心境である。
ポテトサラダのきゅうりをガジガジしながら、私は三人をチラリ。
この子達、これからどうするんだろう。
と。
老婆心ながら考えてしまうのだ。
そんな私の心配などまったく気にせず、ヴァルスくんがニコニコしながら満面の笑みで言う。
「しかし、まあ色々とあったがぜーんぶ大団円じゃねえか。俺様達は再会したし、あのクッソ教皇からも解放された。この猫は、まあ一応? 恩人だから? 仕方ねえからこれ以上は揉めねえと誓ってやるとして――これで、三人で暮らしていけるんだよな!?」
「……」
明るい未来への言葉を受けて、現実が見えているだろう長身の男。
ウォールスくんは黙ってしまう。
私も告げる言葉を探しながらも、うにょーんと頭の上にモヤモヤを浮かべてしまう。
そもそもだ。
何故ウェールちゃんこと聖女マイルくんが生きていたのか――それが分からない。
どう考えてもわけありだ。
それに。
彼ら二人もそうだ。
理由があったとはいえ。
教皇とやらに強制契約を受けていたとはいえ――元女神教幹部の二人は、民間人を手にかけている。
奇跡的な再会をしました。
じゃあこのまま俗世を離れて、ハッピーな気分で三人仲良く暮らしましょう!
とはならないと目に見えている。
まあ……私個人としては?
彼らの犯した罪を考慮したとしても――既に十分な罰は受けているとは思うが……たとえば、愛する者を彼等に殺された人が、この世界のどこかにはいる筈だ。
そんな彼等に世間全体が。
この子たちは被害者だから許してあげましょう!
と、言う筈がない。
世界のために動く死なない狂戦士として、契約を強制しよう!
なーんて阿呆な事を言い出す輩がでてくることは、火を見るより明らか。
じゃあ私が再生できない程の滅びを与えたから消えちゃったよ!
と、嘘偽りを並べたとしても……今度は聖女マイルくんの存在が問題となる。
彼女、今回は私が特権を利用して――特例で連れ出しているだけだからね。
三人で仲良く暮らす。
言葉にすれば簡単だが、それが叶うかどうかは……かなり怪しい。
簡単にならないのが現実。
だから。
軍服姿のウォールスだけは下を向き。
難しい顔をして、副菜に添えられたピーマンをこっそりと避けて……。
……。
って、こいつ。
ピーマンが嫌いだな。
空気を察してか、それとも偶然か。
マイル君がおいしい湯気で曇った大きなメガネを、拭きながら言う。
「それにしてもケトスちゃん。ヴァルスくんと滅んだ女神様の祈りが魔物を生んでいたっていうのは、本当の事なの?」
『ああ、間違いないだろうね。実際、君と再会して呪いの祈りの効果が消えた途端――リポップポイントで溜まっていた滅びの魔力が薄れている。女神の残滓の影響もあるからね、全てが彼の力だったってことはないだろうが、まったく関係ないって事はない筈だよ』
言葉を受けて、眼鏡を拭く指を止めて。
ぎゅっと唇を結んで聖女は複雑な顔を浮かべてみせる。
「そう――それも、わたくしがあの時、ヴァルスくんに……あんなことを言ってしまったから……」
「ウェールちゃんは悪くねえ! 悪いのは全部、俺様達を散々に好き勝手弄って殺してくれやがった、人間じゃねえか!」
うんうんと頷き、私は尻尾をフリフリふぁっさふぁさ。
まったくもってその通りで。
これはこれで問題なんだよね。
私の依頼人である教師のハザマ君はおそらく、聖女マイルくんの考えを尊重するだろう。つまり、もしマイル君が世界の救済を望まず、この世界の滅びを許容するとなったら――私への世界崩壊を防ぐ依頼を破棄するだろう。
もちろん。
一方的な破棄ではなく依頼報酬であるグルメをきちんと提供した上でだ。
そうすると。
私がこの世界に味方をする理由はほとんどなくなってしまうのである。
一部の愚かなる人間の、自業自得の連鎖が生んだ結果の滅亡なのだから。
元魔物の中ボス。
学長のヒトガタくんも、自分の生まれの秘密を知る事となる。女神の亡霊と、心まで切り刻まれた少年による平和への願いによって生まれたという真実。
おそらく世界が滅びるというのなら許容するだろう。この世界がなくなるのならば私の眷属として同行、私の世界で新たな人生を歩むだけの話なのだ。
極端な話。
私が関わった生徒や教師たちを連れ帰ってしまえば、もはやこの世界に同情する余地なんてないんだよね。
まあ大魔女君や金赤女帝さんのような、ちょっと気になる人物もいるわけだが……。
罪のない民間人を回収するつもりも、もちろんあるが……。
かといって、世界を滅ぼすに至るまでの状態。世界の流れを作り出した人間という種族を救ってやるのが本当に正しいのか?
そう思う心が確かにある。
だから色々とモヤモヤしてしまうのだ。
むつかしい顔をして、私はミックスベジタブルにステーキソースを絡めてジュジュジュジュ!
ミートボールの代わりにハンバーグステーキを鉄板で焼いて。
じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅ!
にひぃ!
これぞ大魔帝にふさわしき贄よ!
お肉はやっぱり鉄板焼きが、熱々じゅるじゅるを味わえて最適だよね~♪
「わたくし、どうしたらいいのかしら。そもそも……なぜ生きているのか。不老不死になって、聖女をやっていたのか――分からなくなってしまって。ねえケトスちゃん、わたくしに何があったのでしょう?」
『分からないけれど、過去をあまり考える必要もないんじゃないかなぁ? これから君がどうしたいのか、私はそれを考えるべきだと思うよ?』
マイルくんが何故、いま不老不死となって生きているのか。
その真相に触れず。
あまり深く掘り下げようとしない私に気が付いたのだろう。
この中で唯一、頭がお花畑じゃなさそうな軍服男ウォールスくんが――ぼそり。
「そういえば正式な礼がまだだったな。異界の偉大なる魔猫よ。助力に感謝する。自分とヴァルスにかけられた教皇に忠誠を誓う、あの忌まわしき契約解除――アレの報酬の件だが」
『言っただろ。私も君達の事情を知らずにやり過ぎちゃったからね。まあこれでお互いにチャラ、サービスにしとくよ』
ウォールスくんは頭を下げ。
ポカーンとしているサメ牙ヴァルスの頭を、ぐぐぐぐと大きな手で下げさせて。
「貴殿と、貴殿の上司にあたる魔王陛下に最大の感謝と敬意を……」
『へえ、君。魔王様にも感謝を述べるなんて分かっているじゃないか』
なかなかに頭の回る男である。
まあ、なんか明鏡止水的な武人のスキルで――未来視とは違った手段の、最善の答えをみる能力を持っているようであるが。
瞳を細めた私はシリアスに……。
ステーキソースをデロデロに掛けたハンバーグに、更に! 大根おろしを乗っけて。
猫口いっぱいに頬張って言う。
『人間なのに、凄いね君』
「まあ――……その。長く、生きていますからね」
呟く男の頬はほんの少し赤くなっている。
この大魔帝に褒められるという言葉の重みを理解しているのだろう。
おそらく、剣の道を究めた果てで得た力なのだろう。
抜刀剣士の戦いは相手の次の手を読む能力を要求される。ようするに先を視る力を要求されるわけだが、それをものすごいめっちゃ突き詰めて――戦い以外にも使用できるように因果を変換、神の領域に届きそうな程の研鑽を昇華させた、特殊スキルなのだろう。
……。
便利そうだし、模倣っとくか。
スキルも勝手に習得させてもらったし。
さて。
そろそろ真面目な話を彼らにしなくてはならないか。
コップに注いだ緑茶で口を潤して、と。
にゃほん。
専用椅子の上で座り直した私は、元女神教幹部の二人に目をやる。
『これからのことだが……一応警告をしておく。今君達には、無辜なる者を殺そうとすると発動するネコの呪いがかかっている。効果は、まあヴァルス君の方が身をもって知っている筈だ。私はこれを解くつもりはない。それは君達を放置した結果、無辜なる者が死ぬことを快く思わない私の保険――だと思っておくれ』
「はぁ? てめえ、じゃあ俺様達が一方的にボコボコにされたらどうするんだ!?」
そういうこともあるだろう。
だからこそ、私はニヒイと黒い顔で猫笑い。
『言っただろう。呪いが発動するのは無辜なる者を殺そうとした場合だと。無辜じゃない者なら呪いも発動しないし、一方的に攻撃してくるような奴なんてロクなやつじゃないだろうし、好きにやっちゃえばいいじゃないか。むしろ君に掛けられた呪いが発動しないのなら、それは殺してしまっても問題ない相手と言えるだろう? 一つの基準とするといい』
「ふむ。バカなヴァルスにはちょうどいい鎖かもしれんな」
真剣な顔で、うんと頷く軍服ウォールス。
絶対、この子。
サメ牙ヴァルスくんに面倒掛けられまくってたんだろうなあ……。
「なあ一ついいか?」
『なんだい。別に一つと言わずに聞きたいことがあったら聞いてくれて構わないよ』
「モフモフ、てめえ……人間の味方じゃねえのか? なーんかさっきから、こっちに協力をしてくれてるみてえだが――いいのか? 分類するなら俺様達は人間の敵だろう」
ウォールスの瞳が、微かに揺らぐ。
その言葉の重みを彼は分かっているのだろうか。
今、自分で言ってしまったのだ。
もはや人間ではないと――、彼自身は自身をそう判断しているのだろう。
それはおそらく、とても。
悲しい事だと私は思っていた。
ともあれ私は応じていた。
『どうだろうね。味方ともいえるし敵ともいえるし。人間を殺した数で言えば、おそらく私は君達を遥かに凌駕しているだろうし』
「ないない、てめえ、それは言い過ぎだってなんなら勝負してみるか?」
『勝負って、いや、そんなニコニコ顔で言われるとちょっと興味はあるけど……』
なははは!
偉そうに腕を組んで、聖書を顕現させた彼は言う。
「俺様の職業は殺戮神父。殺戮数を見るスキルがあるかんな! どっちが人間を多く殺していたか、勝負しようぜ。てめえが勝ってるなら、てめえの言う事を一つちゃんと聞いてやる。もし、俺様が勝ったなら、モフモフ、てめえ俺様の子分になれ」
うーみゅ、これ。
子どもの悪さ自慢のようなもんか。
「おい、ヴァルス。失礼だぞ――この方は恩人だ」
「はあ? だってモフモフが言ったんじゃねえか、遥かに凌駕してるって!」
「だからといって、はぁ……異界の偉大なる魔猫よ。あなたも知っている通り、我等は女神教に戒められた契約の下、それなり以上の数の人間を殺している。それも長年に渡ってだ。この勝負の事は忘れてくれ」
まるで寡黙で真面目なお兄ちゃんと、ちょっとおバカな弟のようである。
きっと。
彼らには彼らの物語があるのだろう。
長い年月。
悲惨な境遇にいた二人だけの、残酷な物語が山ほどに……。
ともあれ。
ヒゲをうにょうにょさせて。
私は言った。
『まあいいよ。勝負しよう。それでヴァルスくんが納得するって言うのなら、勝負しちゃった方が早そうだし』
「お、いいねえ。モフモフ、おまえ、やっぱりノリもいいしモフモフだし、ウェールちゃんを連れてきてくれたし俺様の子分にふさわしいじゃねえか!」
言って、サメ牙神父は殺戮の聖書を開き。
バササササ。
この書は……おそらく、進化現象が起こったアイテムか。
呪われし女神――大いなる導きの聖書が、黙示録と変貌した魔道具とみるべきだろう。
冷静にアイテムを観察する私の前で、ヴァルスくんが指にバチバチと魔力を纏わせながら術を発動。
そして。
ニヒィ!
「勝負だぜ、モフモフ魔猫! 俺様とウォールスの殺戮数の合計でな!」
「なっ……ヴァルスおまえ!」
「なーっはははははは! だって言ったよな、君達を遥かに凌駕しているって。だったらこっちは合計で問題ねえだろう!」
魔術において、言葉を都合よく解釈する手段は極めて有効。
これはなかなか悪くない手である。
耳をピンとさせた私も、思わず感嘆とした声を上げていた。
『へえ、意外に頭を使えるじゃないか! その機転は悪くない。構わないよ、大魔帝ケトスの名において承認する。さあ勝負を始めよう』
「吠え面掻くなよモフモフ! てめえを部下にしたら、まず抱き枕に使ってやる! てめえは俺様の湯たんぽになりやがれ! んで、肉球をプニプニして朝は美味しいご飯を一緒に食べるんだ! どうだ、怖えだろう!」
これ。
案外、私……このヴァルスくんに好かれちゃってるのかな。
マイル君と契約解除の件の時点で、もう相当に気を許してるな、こりゃ……。
誰かに騙されないといいけど……。
だって、ねえ。
今回だって私に騙されてるわけだし。
結果が出たのだろう。
殺戮の神父。ヴァルスくんの顔がぎょっと、固まる。
「んだよ……これ」
サメ牙君の頬に、一筋の光が走る。
聖書の輝きに、汗が反射しているのだろう。
固まってしまったヴァルスに、眉を顰めたウォールスが言う。
「どうした?」
「はは、マジかよ……おい、ウォールス。こいつ、俺様達より……やべえわ」
聖書を持つ手を震わせて――。
神父は言ったのだ。
言葉を失ったまま。
まるで化け物仲間を見るような目で、殺戮の神父は静かなる私の顔を眺めていた。
殺戮の黙示録に記された魔術カウントに目をやる軍服男。
その鋭い瞳も、驚愕に歪む。
「これは……っ」
「ぱねえだろ? 桁も単位も、規模も違いすぎる――ああ、いいぜ。信用する、大魔帝モフモフ。てめえはぜってえ、人間の味方なんて軽いもんじゃねえわ」
必殺!
相手のどん引きするような自慢の上に、さらに自慢にもならない自慢を重ねるの術!
である。
言葉を失う彼らの重い空気の中。
マイル君が横から聖書を覗き込み。
「まあすごい! 数字がいっぱいありますわね。何桁なのかしら」
たくあんをポリポリしながら、いつもと変わらない空気で言うのはさすが聖女といったところだろう。
……。
この子も、大概だよなあ……。
『ま――これでも昔はそれなりにヤンチャでね、人間をもっと憎悪していたし、大陸だって国だって滅ぼした事もある。もちろん、無辜なる者は逃がしておいたけど……それ以外は全て消し炭にしたことだって沢山あるのさ。魔族と人間の戦争ともなれば、私は容赦なく敵を殺戮したし。殺戮の魔猫の名は伊達じゃないってことだね』
「ふふふ、つまりケトスちゃんはお二人よりも自分の方が悪さをしているんだから気にするな。そう仰りたいのかしら」
まあその通りなのだが。
なんか改めて言葉にされると、こう、うーみゅ……。
ともあれ。
気を遣われていたとは察したのだろう。
ヴァルス君の方が聖書をパシンと閉じて唸る。
「だぁああああああああああああぁぁぁぁぁ! ぜってえ勝てると思ったんだけどなあ! 分かったよ、分かった。まあいい、勝負は勝負だ。モフ猫、てめえのいうことを一つだけ聞いてやる。何でも言ってみろ」
『勝てる勝負だと確信していたけれど、まあ勝者の権利はそれとして頂くとしようかな――さて、私が君に言いたいことは一つだ』
悪い猫の顔をし。
邪悪なる魔猫な私は、丸いお口を黒く蠢かす。
『私はね――これから少し、この世界に波乱を起こそうと思っているんだ。そのためには手駒がたくさん必要でね。君達、私の部下になりたまえ』
「そりゃ、構わねえが……」
サメ牙神父ヴァルスが、巻き込んだ形になる相方の軍服ウォールスに目をやる。
彼は頷き。
そして私の真意にも気付いたのか。
ウォールスくんの方は私に向かい頭を下げる。
「ああん? なんだてめえら、目くばせしやがって」
「ふふ、ケトスちゃんはね。あなた達が心配なのよ。もし大魔帝ケトスちゃんの部下となっていたのなら、安易にあなた達に攻撃をしようとする人は減る筈。ケトスちゃんのメンツを潰すことになってしまうから。だから――これから何をしようとしているのかは分からないけれど、今のうちに、あなたたちと眷族という魔導契約を結んでおきたいんじゃないかしら?」
と、案外に状況をちゃんと見てマイル君。
これ。
また言葉にされちゃうとけっこう、恥ずかしいのだが。
ほら。
目の前のヴァルスくんが、なんか瞳をキラキラさせ始めてるし。
「モフモフ、なんだおめえ、俺様達が心配だったのか! かわいいところもあるじゃねえか!」
むぎゅっと私を抱き寄せて。
モフモフ、ナデナデ。
まるで子どものように、私を抱っこし始めちゃったよ。
ネコちゃんをかわいがる相方を見て。
ウォールス君の方が今一度、深々と――私に向かい礼をした。
本当に、深々と。
瞳を揺らして、唇をぎゅっと震わせて。
察しが良すぎるのはスキルの影響もあるのだろうが。
私の心が少し見えるのだろう。
だからこそ。
感謝しているのだと思う。
この私が、まあほんのちょびっとだけ?
この子らを案じていると――心より理解しているのだろう。
そしてこの軍服男は頭が良い。
彼等に手を貸すという事は――世界を滅びに向かわせていた魔物の生みの親を庇う事であり。背負う必要のない摩擦を増やすことになるのだと、理解しているのだ。
だから。
彼はこれほどにまで頭を下げて、瞳を濡らしている。
この人。
ほんとうに苦労人だよね……。
◇
さて。
また一つ歯車は動き始めた。
先ほどの話にもあったが、私が波乱を起こそうとしているのも本当の事で。
魔法陣を展開した私は、各所に連絡を入れた。
これからこの世界の人間が救われるかどうかは、この後の状況次第で変わるだろう。
人間よ。
愚かで悍ましくも、輝かしい人間よ。
どうか私を失望させないで欲しい。
どうか私を納得させてほしい。
お前達に助ける価値があるモノなのかどうか――私にその光を見せて欲しい。
私は憎悪の魔性。
人間を恨み、けして許さぬ闇の獣。
もし本当に、助ける価値がないと判断したのなら――。
私はお前たちを見捨ててしまうのだから。




